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2012年7月24日 (火)

断念

  
  
 
物理学者たちは、ある研究がそれ以上どうしても進展しない時には、スッパリとその道を諦めて、改めて他の道を見出す努力をするのである。

そのことを学者たちは断念(だんねん)と呼んでいる。

ただ、この断念はふつういわれる、もうダメだ、もうどうしようもない、というように、心なえてヘナヘナになってしまうような状態ではない。

心新たに別の道に眼をむけてゆく時に使われる言葉なのである。

科学者がある研究を断念して、また新たに別の道に眼をむけうるのは、それまでの道を自分たちの研究のでき得る極限まで、研究しつくした、という信念があっての断念であって、力をつくしてのいさぎよさ、というものがそこにはあるのである。


そして断念した後でかえって素晴らしい道が開けてくる、とある科学者はいっているのである。




    
       日々の祈り 五井昌久 白光出版




 
感想

素晴らしいですね! このような科学者が日本にはたくさんおられるのではないかと確信しております。

ところで、科学者ではないのですが、この文章を読んでいて、今やヤンキースの一員となったイチロー選手を思い浮かべました。

彼も、マリナーズで一生懸命にやり抜いたからこそ、次の道が開かれたのだと思うのです。

イチローの背番号51は、五井先生を顕しているのだそうです。

彼の過去世は、もの凄い修行を積んだ高僧なのだそうです。

31に変わるのは残念ですが、31番にもきっと特別な意味があるのでしょうね。



  

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