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2012年7月24日 (火)

「赤信号は渡らない」 2

  
  
  
私は赤信号は渡らないと決めています。

ほとんどの人は、赤信号でも車が来なければ渡ってしまうでしょう。

車がほとんど走っていない田舎町の赤信号、深夜で静まりかえった道の赤信号、どう考えてもここに信号がついていることがおかしいと思う場所についている赤信号。

こうした赤信号をほとんどの人は渡ってしまうでしょう。

あるいは最初に待っていた人でも渡る人がいると、その人につられて、みんな渡っていってしまう。

一人渡ったら 「いいや」 という感覚です。

でも、私は赤信号は絶対に渡らない。


「49対51の法則」を知っていますか?


これは心の中のことは大体51対49くらいのところで勝負がついていることが多いという説です。

組織の不祥事、個人の不正や事件などが頻発していますが、その関係者で、始めから悪いことをしようと思ってしている人はまれではないでしょうか。

不祥事を起こす人でも、最初から悪い心が100で、良い心がゼロというわけではなく、おそらく悪い心が51で、良い心が49のギリギリのところで迷っての結果なのではないでしょうか。


人間は善の道を求める心が欠けると、すぐに悪い心がはびこってしまいます。

そういう弱い生き物だからこそ、常に悪い心がはびこらないように良い心を鍛え上げておく必要があるのです。


そこで、私は 「善」 の心を養う自分への訓練として赤信号は渡らないと決めています。


じつは、他にも二つ理由があります。

二つ目の理由は子どもの見本になることです。

世の中の子どもたちは、これからの世の中を背負う社会の大切な宝です。

大人が信号無視をしているのを見て、それをマネして車が来ないことをいいことに、信号無視をして交通事故にあったらゾッとしてしまいます。

二つ目に理由は、単純に、信号くらいきちっと守る余裕のある人生を送りたいということです。


「怒る」 「怒らない」 という判断にしても、 「落ち込む」 「落ち込まない」 という判断にしても、最初から 「怒る」 や 「落ち込む」 が100%ではないのです。

実際には、50前後のところでせめぎ合いながら、「怒る」 は51で、「怒らない」 が49だったために怒ってしまうのです。

人の心はそれくらい微妙なものです。


そうした僅差(きんさ)をコントロールするためにも、赤信号を渡らないことはいい訓練になります。





    「怒らない技術」 嶋津良智著 フォレスト出版



  

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