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2012年7月27日 (金)

いちいち善悪を比較するな

  
  
 
相手が悪い、自分は善い、と相手と自分をいちいち比較しているような想いでは、とうてい真実に相手を愛することはできないもので、相手も自分も、悪いも善いもすべて守護霊守護神の神愛のなかに投入することの練習が一番よい方法なのです。

自分のほうが善いと思ったところで、過去世からどれほど間違ったことをしていたかは、現在の自分にはわからないのであって、自分のほうが善い、と思うその想いは、ごく最近の出来事によるだけのものであるので、過去世からのその人の行為の何兆分の一かもわからないのです。

善い悪い等はいちいち自分で判断して、人を責めたり、自分を裁いたりするものではないので、自分は瞬間瞬間を神のみ心に波長を合わせつつ行為をしていればよいのであります。




     

        「日々の祈り」 五井昌久 白光出版







感想


このような説法は、昔は近くのお寺の和尚さんなどが民衆に説いていたと思うのです。

だから、前世であるとか因縁生とかをあまり信じていなかった人でも

なんとなく

「ああもしかしたら自分が前世で相手にひどいことをしていたのかもしれないなぁ」

「今、理不尽なことをされているのも、それがかえって来ているのかもしれない」

「人を責めたり自分を責めるのもやめよう」

とそれが、わかったようなわからないような心境であったとしても

いつしか

心穏やかになっていた

ということがあったように思うのです。

今は、そんなありがたい説法を聴くことが少なくなっています。

だから私は

自分からそういう機会(ちゃんす)をつくっていくことが大切だと思います。

本を読んでもいい

ネットでしらべてもいい

近くの公民館に来ているお坊さんのおはなしを聴きに行くのもいい

今はいくらでも

選択肢はあります。

「心が洗われるような話を聴きたい」

「自分の心をすっきりさせたい」

その気持ちが大切だと思うのです。



  


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