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2012年7月18日 (水)

仕事を修行だと思えば嬉しくなる♪ 2

  
  
  
精神は修行しなければ育たない

 

室町時代の水墨画家で、雪舟という人がいました。

若かりし頃、画の才能を認められた彼は京都の相国寺(そうこくじ)というお寺に送られます。

相国寺は足利将軍家ご用達の絵師が集まる場所だったのですが、同時に厳しい禅寺でもありました。

そこで最初雪舟に命じられたのは、画を描くことではなく、座禅修行でした。

しかし、彼はそんな命令にもめげることなく、

「これも画の深みのため」と禅修行に励んだそうです。

師匠に言われた通り、雪舟は来る日も来る日も座禅を続けます。

そして何年か経った時、ようやく師匠の画の模倣を許されたのです。

雪舟はもともと非凡な才能の持ち主なので、模写をしていくうちに周囲に認められるようになるのですが、同時に彼は模倣の画に物足りなさを感じます。

模倣の画には禅の心がない。画に禅の心を込めたい。

そう考えた彼は、40歳を過ぎてから中国で画の修行を決意します。

当時の40歳50歳と言えば完全にご隠居の年齢ですが、雪舟は実際に中国に渡り、思考錯誤を重ね、学んだ技法を画に反映させたのです。

その集大成とも言われる作品が 「破墨山水図」 という水墨画で、これは彼が76歳の時に描いた作品だと言われています。


なぜ人は修行するのかと言えば、技術を得るためだけではありません。

修行というのは精神的な成長をさせてくれます。

自分を律し、修行していくことで精神的な余裕が養われ、人間としてひと回り大きくなる。

だから、日本人は我慢の文化を受け継いできたと思うのです。

自己中心的になれば、気づかいはできません。

相手を思いやる気持ちというのは、精神的な余裕がなければ生まれません。

気持ちの余裕が、周りを広く見渡す視野、物事を深く考えるセンス、慮るセンスというのを養ってくれるのです。

人のための我慢は、人のためだけでなく、自分の修行にもなります。

日々是精進、多少の我慢は自分の糧となるのです。





  日本人にしかできない「気づかい」の習慣 上田比呂志著




  

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コメント

ほんと、昔の修行というのは、半端なく厳しいですね。


 

この雪舟の話も奥深いですね~

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