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2012年6月 9日 (土)

自他を生かすもの

    

愛とは、自分の生命をいかすと同時に、他の生命をも生かすものでなければなりません。

愛することによって、自分の生命がいきいきとし、愛されることによって、その人の生命がいきいきとしてくるものでなければなりません。

自他の生命がいきいきとし合うようでなければ、それは真の愛とはいい得ないのであります。

ところが現実は、愛するという名目の下に、相手を縛り、自己の生命の自由をも縛りつけている恋愛や、親子愛が、いかに多いことでありましょう。

自己が楽しむために人を愛そうとしても、それは愛ではありません。

それは自己主義の業想念であります。

自分というものがその人のなかにあることは、もうすでにその人を愛から引離しているのであります。




  
       「日々の祈り」 五井昌久 白光出版





 

感想

愛にもいろんな種類、段階があります。

私が今、行なっている愛とはどんな愛なのだろうか?

昔の自分よりも進化しているのだろうか?

またまたちょっと堅いかもしれませんが(笑)

今の私は、以前の私よりも

相手のことを考えて行動は出来るようになってきていると思っています。

以前の私はひどいものでした。わーい(嬉しい顔)

特に恋愛(そう呼べるものではないかもしれませんが)に関しては

相手の人に自分を好きであって欲しい、愛してもらいたい

そればっかりだったように思います。

だから欲求が満たされないと心は乱れていました。

感情的になっていたのです。(だから悲惨な?結末ばかりでした)

本当の愛とは

相手の心を縛らないこと、自由にさせることだ

ということに気づいてからは

そのことだけに意識を向けるようにしています。

だから自分が逢いたくても、感情を満たしたいと思っても

そのことによって相手の心、生命が縛られるのならば

逢わない方がいいときがあるのです。

これは友人関係においても、他の人間関係においても一緒だと思います。

3次元的にも

あの人は自分と会うことによってなんらかのメリットがあるだろうか?

今の自分にはなにができるだろう?

それは目に見える利益ということではなく

魂の成長という意味です。

だからお互いに無益ならば逢わない方がよい場合があるのです。

目的も無く逢うくらいだったら

家で1人で静かに本を読む

その方が有益な時間を過ごせることもあります。

トキは金なり

時間は大切です。

その判断がつくようになれば、神さまが使いやすい器になっているのだと思うのです。


  


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