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2012年6月21日 (木)

把われのある人とない人 2


  
あるお坊さんが、他の坊さんと旅をしていて、ある川にさしかかった時、その川を渡り悩んでいる女性のいるのに気づき、そのお坊さんが、私の背に乗りなさいといって、その女性を背負って川を渡ってしまい、渡りきるとその女性を背からおろして、さっさと歩きだした。

それを見ていた他の坊さんが、おまえは坊主のくせに何故女性を背負ったのだ、女性の体にふれるなどとは実にけしからん行為だ、と非常に怒って、その坊さんをなじった。

するとその坊さんは、平気な顔をして、

「わしはもう背中から女性をおろしてしまったが、おまえはまだあの女性を背負っておるのか」

といって大笑したという話があります。

心に把われのある人とない人との差をはっきり示した話です。





  「日々の祈り」 五井昌久 白光出版





感想


この頃の時代の仏教は、規律が非常に厳しく、女性と親しげに話しただけで即、破門だったそうです。

しかし、年頃の坊さんたちは、自然に湧いてくる欲望を抑えきれず、感情をもてあましていた。

そんなときにこのような事があった。

なじった坊さんは正々堂々と女性の体に触れ、川を渡りきった連れの坊さんが羨ましくてたまらなかったのだと思うです。

それが激しい嫉妬となり、寺に帰ったなら和尚さんに告げ口をし、破門にしてもらおうとさえ思ったのかもしれません。

現象面で言えば、背負った坊さんは規律を破った人です。

しかし問題は、目に見える現象ではなく、心の問題なのです。

把われているか、いないか?

何の把われのない人は

自由自在心

自由人なのです。

本来の人間の

素直な (自然な)

姿なのです。



   


 
  

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