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2012年5月30日 (水)

天命が与えられている 2

  

  
自分の生命は一体どこからきたのか、

それはわからない。

そのわからないということを素直に認め、その不可思議の存在を素直に肯定して、その不可思議力(神)の一つの生命としての自分が、この世にあることを知らねばなりません。

わからないのに、わかったような顔をすることこそ、人間の堕落の第一歩なのです。

わからないと正直に自分が認めた時が神を知る第一段階であり、そこから自己の天命がわかってくるのです。

神様が自分をこの世に出して下さった以上、必ずなんらかの使命があるのに違いないと信じることは、神の存在を信じ得る者の容易に肯定し得ることです。


全知全能の神が、一人の人間でも誤ってこの世に生むことはないからであります。





  

       「日々の祈り」 五井昌久  白光出版



 

感想

最後の文章


全知全能の神が、一人の人間でも誤ってこの世に生むことはないからであります。

が特に響きます。

この言葉は

「自分なんて生まれて来なければよかった」

と自暴自棄になっている人、真理を知らない人にとって

自分の存在を認めてくれる最高の愛の言霊(ことだま)だと思うのです。

肉体人間の親は本当の親ではなく

神様が本当の、真実の親であることがわかります。

人間は、“神の子” だからです。


  
 
  

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