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2012年4月26日 (木)

石から人間の心へ


  
地震か何かで自分が変わったというような、大きな話をするわけではない。

ただの平凡な男の話だ。

実際、人の人生について語るのは難しいことだ。

ましてや自分の人生について、何に影響され、どう変わったのかを語るのはなおさらである。

どのようなことがきっかけで私が変わったのかについて理解いただくには、私が何者で、変わる前にはどのような人間だったのかを知っていただく必要がある。


私は、ボスニア内戦でサラエボが包囲されている最中に生まれた。

祖父は1995年に銃撃され亡くなった。

当時、私はわずか2歳だったが、それでも、それまで人に対して感じたことがなかった憎しみの感情が心に芽生え、大きくなっていった。

その数年後、いつも一緒に過ごしていた幼なじみのダミールが地雷で亡くなった。

その時、私の中で憎しみの感情がますます大きくなり、善悪の境を越え、善の心を失ってしまった。

この事があって以来、ほとんど人とコミュニケーションを図ることもなくなった。

両親さえ避けるようになり、必要なときにしか顔を合わせなくなった。

心を閉ざし、自分の部屋から出ることは滅多になくなり、隣近所の人たちのこともわからなくなっていった。

とにかく人を愛することができず、さらには、憎むようになっていたのだ。

自分が好きだった人たちが死んだのは、周りの人間のせいだと責めていた。

ある晩のこと、学校帰りに犬のように道端に寝転がっている男性を見かけた。

その人のそばを通るとお酒のにおいがした。

気味が悪く、墓地の近くを歩くときのように足早に通り過ぎた。

翌朝、私は救急車のサイレンで目が覚めた。

昨夜見かけた男性が早朝に、つまり、私が通り過ぎた数時間後に心臓発作で亡くなったということだった。

人間であれば誰しもが罪の意識を感じるだろう。

でもそのとき、私は何も感じなかった。

そうなのだ、私の心はまるで石のようだった。

私が救えたであろう人の命に対しても無関心だったのだ。

2005年8月のある朝、暮らしていた建物の中庭で親猫と産まれたばかりの子猫の鳴き声で起こされた。

自分でも驚いたが、子猫たちが毎日がんばって生き延びようとしているその様子を見るのが楽しみとなった。

しかし、この子猫たちがその後の私の人生を変えることになろうとは、その時は想いもしなかった。

子猫たちに起こされる朝が何日か続いたが、ある日、急に彼らの鳴き声がしなくなった。

窓の外を見ると、ある光景が目に入った。

一匹の子猫が通りを渡ろうとして車にひかれ、死んでいたのだ。

するともう一匹の子猫、死んだ猫の兄弟が、そこまで行って体をなめ始めた。

その子猫は、まさに路上に横たわる男性を見つけたときに私がすべきだったことをし始めたのだ。

子猫はなめたり、頭を押したりしていた。

それは一時間程も続き、私はその間ずっと見ていた。

子猫は驚くほど粘り強く、兄弟を目覚めさせようと懸命だった。

いくらやっても無駄なことがわかると、今度は倒れた子猫の傍(かたわら)に横たわったのだ。

最初はちょっと横になっただけなのかと思ったが、実際は横たわったまま、もはや立ち上がらなくなってしまった。

死んだ兄弟への愛からすっかり傷心してしまったのだろう。

数時間にわたって、この劇的な出来事を見ているうちに、私の心の石は徐々に砕け、人間らしさを取り戻していった。

10年ぶりに私は涙を流した。

泣くという感覚を忘れていたのだが、神殿を飾るオベリスクに彫られている動物、子猫二匹が私を変えたのだ。

二匹の子猫の死をきっかけに、私はよい人間になって、また自分の周りの世界を暮らしやすいところにしようと思うようになった。

子猫たちを抱き上げ、建物の中庭に埋葬した。

この二匹の墓を見るたびに、私は自分が誰であるか、何であるか、そしてどうあるべきかを思い出すだろう。

それ以来、私は、隣人に会えば微笑み、カフェで会う女の子やパン屋で会う男の子に挨拶をしている。

それまで全然知らなかった同じ建物に暮らしている隣人の何人かとも知り合いになった。

人は、その本来の人間性を取り戻さなければならない。

人間性とは、私たち人間が今、本当に必要としているもの、すなわち、思いやり、慈悲、平和な共生である。

人は、人間の本質に従って生きていくことが大切である。

人間性こそ、現在、将来、そして一生を通じて、私たちをよりよい人間に変えてくれるに違いないからである。



ハルン・イセリッチ (18歳)ボスニア・ヘルツェゴビナ


「私を変えた体験」五井平和財団 編



  



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コメント

  
パンダさん、徳田さん嬉しいコメントありがとうございます。

感動する話ってたくさんありますよね。

人が感動したこと、気づいたことの話からまた私たちが伝染して感動や気づきをもらえる。

インターネットの素晴らしいところだと思います。

これからもプラスのエネルギーを発信していきたいと思っています。

応援してくださいね。happy01


                       グッドムーン

 

いつも拝読させて頂いてます。

とてもとても胸に響いたお話しで 初めてコメントを投稿いたしました。

小さな、暖かい心からの愛情が ある時から 世界がひっくり返ったように気付く気づきがありますね。

涙は心が本当の自分へ戻る水だと思います。

記事に感謝いたします。

2つのどちらもいいですね~。ありがとう。

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