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2012年4月30日 (月)

本気でまかない飯つくります。

   

「本気でまかない飯つくります」

私はこの話を読んだときに

「う~ん深いなぁ」(笑)

と思ったのです。

私たちは、ずっと緊張をしてはいられない

だからどこかで気を抜くところを作ります。

ほとんどの人は、家庭を “リラックスする場” だと思っている。

だから気を許して感情を出してみたり

他人にはしない依存をしたり、甘えたりする

その結果が離婚や家庭崩壊につながってしまう

家庭とは、修羅場なのです。

修行の場

それは一番因縁生の強い人が集まっている場所なのです。

過去世において仇同士だった関係が夫婦であったり親子になっている

だから気を抜いてはいけないのです(笑)。

家庭を上手くやって行ける人は

どこに行っても大丈夫だと言います。

それは油断をしていないからです。

気を抜くところを家庭とは別のところに持っている人だと思います。

それと同じように職場でも気を抜いてはいけない

まかないといえども

気を抜くと

それ(油断)が、働いている人に蔓延してしまうのです。

この料理長はそのことがよくわかっていたと思うのです。

 








おはようございます☆

ぼくは昔、飲食店で働いてました。

この前久しぶりにお店へ行くと

つぶれていましたΣ( ̄□ ̄ ||ガビーン

同僚も店長も良い人だったし、

どうしたら、あの店はつぶれなかったのかな( ̄ヘ ̄;)ウーン

場所はお客様がたくさん通る最高の一等地で、

お店も綺麗で、

クレド(企業理念をカードに書いたもの)も毎日読む時間がありましたが効果はありませんでした。

僕も充分に貢献できなかったので偉そうなことは言えませんが

「従業員が店を愛していること」

「サービスレベル・お客様の満足に責任を持つこと」

が必要だったのではないかと今は感じます。

被災後に42日間の休業から復活した宮城県白石市の旅館「湯主一條」さんが

その実践例として素敵だったのでご紹介します。

出典:内藤耕著「お客様を呼び戻せ!」P45 日経BP社 2011年12月5日発行

地震があったから品質を落としていい、

なんていうことでは通用しません……

料理長は毎日、いろいろなところに電話をして、

食材の入荷状況や品質を確認していました。

4月に入ったころから、

生魚が入り始めたという情報が入ってきました。

そこでスタッフのまかない飯に、

さまざまな魚を使ってもらいました。

まかない飯を食べながら、

「このレベルではダメだな」

「これはいい」

と話をして、

自分たちで食べながら食材の品質やコストを確認し続けました。

野菜や肉も同じです……

休業中、料理長がこだわったのは食材だけではありません。

まかない飯の調理も手を抜きませんでした。

美味しいものをスタッフに食べさせようと考えてくれました。

そのこだわりはすごかった。

まったく妥協しませんでしたね。

料理の盛りつけも素晴らしかった。

マーボ茄子を作ったとき、

チンゲンサイもゆで、

それで枠取りしてくれました。

料理長の品質に対するこだわりは、

休業中も衰えませんでした。

お客様にいい食事を出すのは当たり前です。

しかし、身内のスタッフにはどうでしょうか。

手を抜いてしまうこともあるのではないでしょうか。

うちの料理長は、

本気でまかない飯を作ります。

まかない飯といえども、

料理人が手を抜いてしまうと、

それを見たスタッフが

「このレベルでいいか」

と思ってしまう。

そうすると、

自分たちのサービスの品質を維持できなくなります。

とにかく、

「被災してるからいいじゃないか」

とは考えない。

まかない飯でも、

絶対に品質を落とさない。

まかない飯だからこそ、

逆に力を入れ、美味しい料理を出す。

愛情を感じましたね……

営業再開の初日、1室を残して、すべて埋まりました……

人間は仕事があって、

はじめて生き生きとするんだと、

震災を通じて痛感しましたね。


  

中国人と日本人 2

   

  
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

えんえんと述べてきたように中国人は欠点だらけの人々である。

そのめちゃめちゃさは正直、日本人の欠点をはるかに越え、エゴが強く自分勝手でまことにどうしようもない。

しかし、ひとつだけ彼らが確実に日本人を凌駕(りょうが)すると思うのは、その強さである。

生まれてから何度も崖っぷちに立たされて、裏切り合い、殺し合い、誰も信じられない中を生き抜いてきたその強さは、今の日本人にはない(ただし中国でも若者は、もうないが)。

コンサバな日本企業の社員でも、何かの縁で中国とかかわり、その後なぜか考えてもみなかった転職をしたり、突然独立する人はかなりいる。


年齢は関係ない。 失敗する人も多いが、人生、安定だけで何もしなかった、で終わるよりいいのではと私は思う。

この粗野で自分勝手だがどこか明るい俺様の国は、やさしい母にからめとられた国の男を、元の男に戻す。

日本男児よ、男稼業を思い出せ。 姑息な満足で自分をごまかさず、生きることの主導権を企業でなくて、自分にとりもどせ。


今後の日本の復興のためにも、ぜひともそう思うのである。




  
「男脳 中国 女脳 日本」 谷崎光 集英社インターナショナル


 


 

 追伸

中国の人のことを悪く言っているようですが、日本人の中にも騙す人や悪い人がいるのでやっぱり個人の資質なのです。

本当に心が通じ合い、真の信頼関係を構築していけば中国の人の性質も変わっていくと思います。

そのためには、日本人もある意味、強く逞しく、中国の人に負けないくらいのリーダーシップが必要ですよね。


そしてもう一つ思ったこととは、

環境というものが人を作ります。私は自分勝手な人や相手の立場になってものを考えない人を苦手?としてきました。

しかしこの本を読んで、「この人がこうなのは環境がそうさせたのだなぁ」と分かることによって自分が大らかな気持ちになれたのです。(それが一番大きかったかな)

環境に同情するわけでもなく、しょうがないなとあきらめるわけでもなく

あるがままのその人を受け入れられるようになった自分がいたのです。

人を責めなくなった、それが嬉しかったのです。



   

   

中国人と日本人 1

  

  
ハッキリと言って、中国の人と日本人というのは、まったく違う。

中国人のことを良く言う人は少ない。

仕事で中国へ行っている人

中国人と仕事をしたことのある人

みんなボロクソに言っている。

平気で嘘をつく、簡単に裏切る、信用させといて騙すのも常套手段、騙される方が馬鹿だと思っている

しかし日本人も良いところばかりはない、自分の身を守ることばかりを考えて冒険をしない、ハッキリとものを言わない、打たれ弱い、すぐにへこむ、中国人よりも陰湿なところがある、カラッとしていない・・・・


これをある人(作者)は、中国人は男性的(野生的という意味)で、日本の男子は女性みたいだと言っている。

于先生に薦めていただいた本で

「男脳 中国 女脳 日本」 があるのです。

読んでいくうちに

中国の人とはかかわりたくないと思ったのですが(笑)

同時に日本人の線の弱さ、細さが分かりました。

繊細であるというか、ちょっとしたことを気にして

イジイジしている

女々しいという言葉がありますが

女と書くけど

男のことを言っていますよね。涙

最近では女性の方が強いので

女々しいも死語になっていると思うのですが(笑)

日本の男性は、気持ちが女性的(繊細過ぎると言う意味)なのです。

昨日、テレビで

「新型の鬱(うつ)」について放映していました。

新しいタイプの鬱とは、叱られたり、怒鳴られたりした経験がないので

会社などの社会で適応できない人が徐々に内にこもっていくというものです。

物事を良い方に受け取るのではなく、悪い方、ネガティブな方に受取ってしまう。

自分を守ろうとする意識が強いので、相手を責めてしまう。

自意識過剰なんですね。

先輩や上司の愛のムチが通用しなくなっている。(一人前にしてやろう、鍛えてやろうとしてもその前に凹む)

中国の人は、いつ自分がやられるかわからない、やられる前に自分がやらねば生きていけない環境の中で育ってきました。

だから強くなければ、嘘をつかなければ、人を騙さなければ、したたかでなければ生きていけなかったのです。

だから精神的にもの凄く強いのです。

おそらく日本人が鬱になった原因を聞いたら

「信じられない!」と言うでしょう。

そして、打たれ弱いことを知ったら(もう知っていますよね)

それを武器につけ込んでくるでしょう。

私はこの本を読んで

作者の人のおっしゃる通り、自分の弱さに気づいたのです。

そういう意味では女性的であったのかもしれません。

この本は、中国人も日本人のこともボロクソに書いてあるので

途中でマイナスが入ったようになって凹みそうになりますが

読み終わった後は

「よし、それなら強くなってやろうじゃないか」

と勇気が湧いてくるのです(笑)。

ところで


映画にも本にも、作者の人が一番言いたい所(クライマックス)があります。

次の日記で本の中から抜粋しますのでまたまたよかったらお付き合いください。



  

2012年4月29日 (日)

自立について 2


 
日経新聞朝刊、4月29日(日)春秋のコラムから



障害者の親は「私が一日でも長生きして子の面倒をみる」という。

だが親がいなくなった後はどうするのか ━ 。

ヤマト運輸を育てた小倉昌男さんが福祉の仕事を始めて思ったのは、保護されたままでは、本人が困るということだった。


▼ 大半の福祉施設が国の補助金に頼っている現実を小倉さんは知る。施設は立派だ。しかし障害を持った人が働く場は十分でない。

そこで自活を促そうと、焼きたてパンチェーン店を展開。10万円の月給がもらえるようにした。

働くつらさと喜びを、ともに感じることが自立への第一歩だと小倉さんはいっていた。


▼ 国に手助けされて独り立ちできない様子に我慢がならなかった小倉さんは、今の産業界を泉下でどうみているだろう。

政府系ファンドの産業革新機構は液晶パネルの新社のほかにも、新型太陽電池の生産会社や電子書籍の出版事業などへ、出資先を広げている。

国の「保護」の拡大を、心配していないだろうか。


▼ 国のお金がテコになって新しい技術やアイデアを事業として伸ばせ、雇用を生んでいくなら結構なことだ。

ただし小倉さんによれば、公費が入れば自立への取り組みがおろそかになりがちだ。

政府の資金支援を受けた半導体メーカーが結局破綻した例もある。

国頼みのムードが広がらないことを祈りたい。





  
  
感想

今、国や県、府からの援助が少なくなったり、無くなったりしている公立高校などが自分たちの学校の設備などは自助努力でなんとかしなければならないと

営利事業を考えています。

トイレを綺麗にするとか、机や椅子を新しいものに入れ替えるために、学校の宣伝を兼ねたグッズを売り出すとか知恵を絞っています。

外に頼らずに 「自分たちのことは自分たちでやっていこう」という精神が育っているのです。

これは今の時代だからこそ、生まれた発想です。

そういう意味では、私は 「善い時代になったなぁ」 と思っています。

今、起こっている現象にはすべて意味がある。

意味のないことは起こらない

だから、そこでどうしたらいいのか?

どうしたら外に頼らずに自立できるのか?

みんなで知恵を絞って、考えていくことが大切だと思うのです。



  

 
 

自立について 1

  
 
最近、人(特に家族)と接していて気をつけていることは“自立”です。

息子であっても妻であっても両親であっても、友人、知人でもそこに甘えや依存心があるとその人のためにならない。(お互いのためにもならない)

その人の魂の成長の妨げになる。

私は“自立すること” が人間を幸せにし、最終的な人間の目的だと思っているので、自分がわかっているからと安直に助言をしたり、感情のまましゃべったり、簡単に助けたりしてはいけないと思うのです。

今、財政状態は、国も会社も個人もみんな苦しい状態にあります。

ギリギリのところでやっている、余裕なんてありません。

国に依存していては地方も成り立たなくなっている。

個人も親や子に依存していては、お互いが共倒れになってしまう。

個人個人が自立をしていれば、地方や国、地球という単位で考えなくとも、そこには安定した波動(エネルギー)が流れているのです。

それは星と星同士が、絶妙の距離感を保ちながら個々に光輝いている姿に似ています。

「なにがその人(相手の人)にとって一番大切なことなのか?」

「自分がどうすればその人にとって真の自立に役立つのか?」

それを考えてから行動する時期にきていると思うのです。(今までは甘え、依存の世の中だった)

自立するように持っていくのが “本当の愛” です。

それには厳しさが伴います。

相手の人から誤解されたり嫌われたりもします。

しかし、それでも実行して、貫いていくことが大切なのです。

それが他人だけでなく自分の自立にも結びついていきます。

人の自立が自分の自立、イコールです。

今日新聞を読んでいたら自立についての記事が書いてありました。

抜粋しますのでよかったらお付き合いください。わーい(嬉しい顔) ペン



  

 
 
   
 

三浦知良さん



魂が震える話」より


とある小児病棟へ慰問に行ったキングカズこと三浦知良さん。

普段湿りがちな病院の子供達や看護婦達に大歓迎を受け、

リフティングやらを披露して大歓声を受けている。

ふとした拍子に、

カズさんがあきらかにその輪に加わらないスキンヘッドの女の子を見つけました。

カズさんはその子に話しかけたけど、

「サッカーに興味が無い」と言い残し車椅子で病室に去って行ってしまいました。

看護師さんに聞くと、その子は白血病で抗ガン剤の副作用から髪の毛や眉毛が抜け落ちて、

それから誰にも心を開かなくなったのだと言います。

その子が去ってゆくとき小さな紙切れのようなものを落として行くのを、

カズさんは見逃さなかった・・・

カズさんがその紙切れを見るとこう書いてありました。

「試合いつもテレビで見ています頑張ってください」

それを見たカズさんは一枚の色紙を看護師さんに託しました。

そこにはこう書いてありました。

「絶対に何があってもあきらめない」

次の試合、

チームメイトやサポーターから大爆笑や野次がおこっていた・・・

新聞記者はこぞって書いた

「キングご乱心」

そこには、

クリクリ坊主頭で眉毛も無い状態でピッチに立つカズさんの姿があった。



  


お餅ありがとう


  
電話というのは顔の表情が見えないのでかける前にはちょっとした心の準備をします。

こちらが客の立場であればそれほど緊張することはないのですが、コールセンターなどでお客さんの対応をしている人は大変だと思うのです。

注文だけでなく苦情が多いと気分も滅入るでしょう。

お客さんを怒らせてはいけない、それでなくても何かがあって電話をしてきている。

腫れものに触るように自分の感情を抑えて、言葉を選んで・・・

ものすごい、プレッシャーだと思います。

テレフォンアポインターの人の時給がそこそこ良いのもうなずけるのです。

そんな大変な仕事をしている人にやさしい言葉をかけてあげたら

どんなに喜んでもらえるでしょう。

今回は心があたたかくなる “いい話” です。わーい(嬉しい顔)







おはようございます☆
斎藤一人さんが
取引先だけにお礼の手紙を書くのでなく、
職場を提供してくれた自分の社長宛に書くよう勧めてて
素敵だなと思いました。
今日はなかなか言わない「お礼」についてです(*^-^*)


『みなさん、朝食は普通パンやごはんを食べられる方が多いのではないかと思いますが、
私はちょっと特殊で、毎日餅を焼いて食べています。真夏でも真冬でもです。
切り餅2kgのお徳用パックなんかを買って、大体毎朝4切れくらい食べているのですが、
磯辺焼きは本当に美味しくて、10年近く食べていますがまったく飽きる気がしないです。

ある朝、「こんなに美味しいものを毎日食べさせてもらっているのだから、
メーカーに感謝の気持ちを伝えなければ!」と唐突に思いたったので、
袋に印刷されているお客様相談センターに電話しました。応対は若い声の女性でした。

コールセンター「はい、~~お客様相談センターです」

私 「お忙しいところすみません。いつも御社の餅を食べさせてもらっています」

コ 「ありがとうございます」
 
私 「もう毎日のように美味しいお餅が食べられて、本当に感謝しています」

コ 「(早く要件を言えよ、的な雰囲気で)こちらこそありがとうございます」

私 「もう何年も食べ続けているんですが、これからも買い続けていきたいと思っています」

コ 「お客様にそういっていただければ何よりです(そろそろ要件が来ると身構えている感じ)」

私 「私の感謝の言葉を、どうか現場の方々にもお伝えください。お忙しいところありがとうございました」

コ 「え…えっ!お客様、それだけですか!?」(本当にそういわれた)

私 「ええ、本当に美味しくて感謝しているので、その声をお伝えしたくて…」

コ 「あ…ありがとうございます(完全な涙声)」

私 「これからもよろしくお願いします(泣くとは思ってなかったからビビる)」

コ 「あ、お客様!現場にお伝えしますので、どうかお名前を教えていただけないでしょうか?」

私 「ええ、横浜に住む○○と申します。よろしくお伝えください」

コ 「本当にありがとうございました。どうぞ今後ともごひいきにお願いします」

きっとつらいことの多い職場なんだろうなあ、と思いつつ、やっぱり電話して良かったと思いました。』




  

どんな感情も60秒で消える 2

  
1分で 「感情のマスター」 になれる方法
 


みなさんに試していただきたいことがあります。

ほとんどの人は 「感情の扱い方」 を知らずに、あるいは理解しようとか、極めようと思うことなく一生を過ごします。

紹介するのは、これができれば 「感情のマスターになれる」 という真理です。



今すぐ 「感情を感じ尽くす」 ことをしてください。

注意していただきたいのは、

「頭であれこれ判断しない」 ということです。

そして次のようにしてください。


・ 感情に 「善悪のレッテル」 を貼りません。理屈をつけないのです

・ ハートのまわりにある 「感情センサーだけ」 で感じ続けます

・ 感情の波を 「全身にかぶって」 ください

・ 感情の波を 「体中に書け巡らせて」 ください

・ それを 「味わう」 のです

・ 細胞の一つ一つが振動するのを「感じて」 ください

・ 善悪の判断は 「シャットダウン」 します

・ 「評価」 もしません

・ ただ、体の中にいる感情を、「あるがまま放って」 おきます



どうでしょう?

  

 「感情は、たいていの場合、最長60秒くらいで消えてしまう」


のです。

信じられないと言う人もいるでしょう。でも、ぜひ試してください。

真実であることを実感するでしょう。

突然何か 「不愉快な知らせ」 を受けたとします。

それによりストレスを感じます。

そんなとき、知らせに反抗したり、感情に抵抗しようとしないことです。

感情が力を持ち

「あなたを支配してしまうから」 です。

そういうときは、感情に逆らわず 「そう、今、私はストレスを感じている」 と認める「セルフ・トークのスイッチをオフ」 にし、ボリュームをゼロにします。

その感情につながり、「感じるだけ」 です。

感情が大きくなっても、そのままにしておくのです。

ストレスという感情の幅の、端から端まで、

とにかく「今の感情を無心に味わい尽くす」 のです。

すると1分後には、

「その感情が消えてなくなっている」 ことに気づくでしょう。

これが 「感情の真実」 です。

「感情は抵抗するとパワーを持ち始め」、あなたを振り回します。

怒り、憂うつなど、役立ちにくい感情モードにはまったとき、あるいは、反対に、愛、感謝、喜びなど美しい感情などでも同じです。



「評価し、レッテルを貼れば貼るほど、頭で考えれば考えるほど、感情は力を持つ」


のです。 


押し殺そうと頑張ったり、強がったり、感じないように無視したりすると、それは再浮上し、「役立たない形で表面化し始める」のです。

なぜなら、「感情を処理したのではなく、抑圧しただけだから」 です。

「対処したのではなく、抵抗しているから」 です。

「あなたが感情のマスターになった」 のではなく、「感情があなたのマスターになってしまったから」です。

このことが理解できると、

 「99%人々が理解していない、感情のマスター方法を体得できる」 のです。



    
「自分を超える法」 アンソニー・ロビンス ダイヤモンド社


  




  


  

どんな感情も60秒で消える 1 

 
   
  
私たちが日常生活を送って行く中で、一日に何度感情的になることがあるでしょうか?

腹が立って何か言いそうになる、感情をぶつけそうになる。

しかしそれをすると後で後悔することはわかっている。

だから我慢をする。

しかしそれは抑えているだけだから(消えているわけではない)、後でまた想い出すことになる。

また怒りがふつふつと湧いてきて、

「なんであの時に言ってやらなかったのか?」

「今からでも言ってやろうか?」

なんて情けないことを想ってしまう。

・・・・・・・・

“人間は感情を超えないことには幸せにはなれない”

悟った人、賢人、聖人はそう言います。

ほんとそう思いますよね(笑)

でも、ちょっと待てよ

感情ってそもそもどういう性質を持ったものなんだろう?

感情と、どういうふうに接すれば(付き合っていけば)いいのだろう?

感情をコントロールして

ストレスを溜めない方法ってあるのだろうか?

悟った人、賢人、聖人は

そのメソッドは教えてくれなかった

ただ、感情的になってはいけない

超えなければいけない

それだけだった。

そんなことはわかっている

だからそのメソッドを教えてくれ!

って言いたいですよね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私はその方法を今、やっと見つけたように思います。

完璧かどうかはわかりません。

他の人にも使えるかどうかはわかりません。

でも、みなさんも解決するヒントにはなると思うのです。

それは感情というやっかいな奴の本質を捉えているからです。

次の日記でご紹介します。

参考にしていただけたら幸いです。わーい(嬉しい顔)

 
  
  

2012年4月28日 (土)

ゾウのはな子さん

  

  
自己犠牲ではないけれど、自分のことを顧みず

他人や動物や何かのために命がけで

一生懸命になる。

これほど美しい姿があるでしょうか 泣き顔

私は正直に申しますと

自分以外のことのために

自分というものをすっかり忘れて

無私になって

愛を注いだという経験がありません。

だから今からご紹介するゾウのはな子の物語は

感動するのです。

以前にご紹介した江頭2:50分さんもそうでしたよね。

自分がどう想われてるとか

想われたいだとか

そんなことには、一切とらわれない

ただ、自分の本心に忠実に、エネルギーを、愛を、惜しみなく相手の人に注いでいるのです。

だから相手の人はそれをストレートに感じ取って

心があたたかくなる。

理屈ではないんですよね。

“人間って素晴らしい!” 

って思うのは

このような実話を聞いたときです。









山川宏治さん(掲載当時:東京都多摩動物公園主任飼育員)
『致知』2007年5月号「致知随想」より


■「殺人ゾウ」の汚名
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

武蔵野の面影を残す雑木林に囲まれた
東京・井の頭自然文化園に、
今年還暦を迎えるおばあちゃんゾウがいます。

彼女の名前は「はな子」。
私が生まれる以前の昭和24年に、
戦後初めてのゾウとして日本にやってきました。

当時まだ2歳半、体重も1トンにも満たない
小さくかわいい彼女は、
子どもたちの大歓声で迎えられました。

遠い南の国、タイからやって来たはな子は
たちまち上野動物園のアイドルとなりました。
ところが、引っ越し先の井の頭自然文化園で、
はな子は思いがけない事故を起こします。
深夜、酔ってゾウ舎に忍び込んだ男性を、
その数年後には飼育員を、踏み殺してしまったのです。

「殺人ゾウ」──。

皆からそう呼ばれるようになったはな子は、
暗いゾウ舎に4つの足を鎖で繋がれ、
身動きひとつ取れなくなりました。

餌をほとんど口にしなくなり、
背骨や肋骨が露になるほど身体は痩せこけ、
かわいく優しかった目は人間不信で
ギラギラしたものに変わってしまいました。

飼育員の間でも人を殺したゾウの世話を
希望する者は誰もいなくなりました。
空席になっていたはな子の飼育係に、
当時多摩動物公園で子ゾウを担当していた
私の父・山川清蔵が決まったのは昭和35年6月。
それからはな子と父の30年間が始まりました。

「鼻の届くところに来てみろ、叩いてやるぞ!」

と睨みつけてくるはな子に怯むことなく、
父はそれまでの経験と勘をもとに何度も考え抜いた結果、
着任して4日後には1か月以上
繋がれていたはな子の鎖を外してしまうのです。

そこには

「閉ざされた心をもう一度開いてあげたい」、
「信頼されるにはまず、はな子を信頼しなければ」

という気持ちがあったのでしょう。

父はいつもはな子のそばにいました。
出勤してまずゾウ舎に向かう。
朝ご飯をたっぷりあげ、身体についた藁を払い、
外へ出るおめかしをしてあげる。

それから兼任している他の動物たちの世話をし、
休憩もとらずに、暇を見つけては
バナナやリンゴを手にゾウ舎へ足を運ぶ。
話し掛け、触れる……。

「人殺し!」とお客さんに罵られた時も、
その言葉に興奮するはな子にそっと寄り添い、
はな子の楯になりました。

そんな父の思いが通じたのか、
徐々に父の手を舐めるほど心を開き、
元の体重に戻りつつありました。

ある日、若い頃の絶食と栄養失調が祟って歯が抜け落ち、
はな子は餌を食べることができなくなりました。
自然界では歯がなくなることは死を意味します。
なんとか食べさせなければという、
父の試行錯誤の毎日が始まりました。

どうしたら餌を食べてくれるだろうか……。
考えた結果、父はバナナやリンゴ、サツマイモなど
100キロ近くの餌を細かく刻み、
丸めたものをはな子に差し出しました。

それまで何も食べようとしなかったはな子は、
喜んで口にしました。
食事は1日に4回。1回分の餌を刻むだけで何時間もかかります。
それを苦と思わず、いつでも必要とする時に
そばにいた父に、はな子も心を許したのだと思います。

定年を迎えるまで、父の心はひと時も離れず
はな子に寄り添ってきました。
自分の身体ががんという病に
蝕まれていることにも気づかずに……。

はな子と別れた5年後に父は亡くなりました。
後任への心遣い、はな子へのけじめだったのでしょう。

動物園を去ってから、父はあれだけ愛していたはな子に
一度も会いに行きませんでした。

■亡き父と語り合う
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

思えば父の最期の5年間は、
はな子の飼育に完全燃焼した後の
余熱のような期間だったと思います。

飼育員としての父の人生は、
はな子のためにあったと言っていいかもしれません。

残念なことに、私には父と一緒に遊んだ思い出がありません。
キャッチボールすらしたことがないのです。
家にじっとしていることもなく、
自分の子どもよりゾウと一緒にいる父に、
「なんだ、この親父」と
反感を持つこともありました。

ところが家庭を顧みずに働く父と同じ道は
絶対に歩まないと思っていたはずの私が、
気がつけば飼育員としての道を歩いています。

高校卒業後、都庁に入り動物園に配属になった私は、
父が亡くなった後にあのはな子の担当になったのです。

それまでは父と比べられるのがいやで、
父の話題を意識的に避けていた私でしたが、
はな子と接していくうちにゾウの心、
そして私の知らなかった父の姿に出会いました。

人間との信頼関係が壊れ、敵意をむき出しにした
ゾウに再び人間への信頼を取り戻す。

その難しい仕事のために、
父はいつもはな子に寄り添い、
愛情深く話し掛けていたのです。

だからこそ、はな子はこちらの働きかけに
素直に応えてくれるようになったのだと思います。

一人息子とはほとんど話もせず、
いったい何を考え、何を思って生きてきたのか、
生前はさっぱり分かりませんでしたが、
はな子を通じて初めて亡き父と語り合えた気がします。

私は「父が心を開かせたはな子をもう1度スターに」と、
お客様が直接おやつをあげるなど、
それまでタブーとされてきた
はな子との触れ合いの機会を設けました。

父、そして私の見てきた
本来の優しいはな子の姿を多くの方々に
知ってほしかったのです。

人々の笑顔に包まれたはな子の姿を
父にも見てほしいと思います。




  

2012年4月27日 (金)

おいしいごはん

  
  
 
最近、いい話を人からパクッテばかりのようですが(笑)

いい話というのは人を明るくさせる、そして元気の元となります。

だから誰が書いただとかはどうでもいいのであって

いい案(アイデア)が浮かばないときは人から気(エネルギー)をもらうに限ります。

言葉って言霊と言って力がある、エネルギーがある、神さまが宿っているっていうけど、そのことが本当にわかって実行してはいないんですよね。


先ほどの日記に書いたイチロー語録ではないけど、無理に善い言葉を使おうとしたらへんに意識をしてしまう。

よそいきの服を着るみたいに自分を着飾ろうとしてしまう。

でも、そんなに難しいことじゃない。

人や物に素直に感謝をして、人や物を素晴らしいものに変えていけばいいんだ。

変えていくって失礼ですよね(笑)。

確かに、お腹が空いているときは、どんなものでも美味しいって思います。

それは、そのときは、

「食べ物さん、私の空腹を補ってくれてありがとうございます。」

「私の命を生かせてくださってありがとうございます。」

という感謝の気持ちがこもっているからだと思うのです。

「ありがとう」という気持ちがごはんを美味しくさせる。

普通のごはんをおいしいごはんに変えるのは、感謝の気持ちなのかもしれませんね。







斎藤一人さんの言葉

ごはんを食べるときに黙って食べたら「ただのごはん」だけど、
「おいしいね」って言って食べたら「おいしいごはん」になるんです。

「おいしい」って言葉に出すと、
本当においしい味に思えてくる……

コロッケを食べるときに、
黙って食べてると、
「ただのコロッケ」なんですよ。

「これは最高のコロッケですね!」
って言って食べると、
「最高のコロッケ」の味がするんですよ。

「今日のカレー最高だね」って言って食べてると、
300円のカレーだって「最高のカレー」になるし、
「ここの牛丼は最高だね」って言って食べると、
280円の牛丼だって「最高の牛丼」になるんですよ……

言っていると、本当に「最高においしい味」になる。

人間の脳はそういうふうにできているんです……

「このおみつけ、おいしいね」
「おばあちゃんが作ったものって、最高だね」
って言って食べてると、
一緒に食べてる人にも、
その気持ちが連鎖するんです。

斎藤一人著「上気元の魔法」KKロングセラーズ 2012/3/12発行

一人さんは中華丼のことを「単品満漢全席」
吉野家では「料亭吉野の牛丼」と呼んで楽しみながら食べているそうです。

テレビを見ながらご飯を食べると味が少ししか分かりませんが
ご飯に集中して噛み続けると深い味まで分かりますね♪
感謝の気持ちでご飯をいただきます。
今日も素敵な1日を(*^-^*)



  

  

目標は低い方がいい?(イチロー語録より)

    

「志は高く持て!」

「青年よ大志をいだけ!」


と言って大人は子供を煽っています。

という大人も目標を持ってずっとモチベーションを継続させているかは疑問です。(モチベーションを持ちつづけるってそれくらい難しいのです)

目標ってそもそも何をもって目標というのか?

少年なら将来なりたいものを目標にするのか?

「プロ野球選手になるのが目標です、かっこいいから」

「お医者さんになりたい、いい生活が出来るから」

「特にないけど一生懸命に勉強していれば幸せになれるとママが言っているから」
(笑)

ただ漠然と目標を掲げているくらいではそれは本当の目標とは言えないだろうし、毎日目標に向ってコツコツと継続していかないと近づいていくことにもなっていない。


目標を忘れることもあればその時の気分で

「もうやめた!やっぱり無理だ!」

になってしまう・・・・・・。


私は目標は小さくてもいいと思うのです。

「今日は家のかたずけをしよう!」

「銀行に行って手続きをして来よう」

「お母さん(妻)に頼まれていたことをやってしまおう」

「日記(ブログ)を書いてみよう」(笑)

朝起きた時に、自分の中で無理をしなくても達成できること

気になっていたけど、手つかずになっていること(結構ありますよね)

を時間をかけずに

サーッとやってしまうのです。

これは目標を達成したなんてものじゃないかもしれない。

でも、心はかなり満足しているのです。

「お前もなかなかやるじゃないか」

と自分で自己満足に浸れるのです。

この小さな目標を達成させることを毎日のように続けていくと

自信が生まれます。

そしていつの間にか

以前立てていた

大きな目標にも近づいていっていることに気づくのです。

イチローも立てている小さな目標

あなたもやってみませんか?わーい(嬉しい顔)手(チョキ)







奥村幸治さん(掲載当時NPO法人ベースボールスピリッツ理事長、宝塚ボーイズ監督)
致知2010年6月号「致知随想」より
 


オリックスで打撃投手を務めていた頃、
不調に陥った選手に

「投げましょうか?」

と声を掛けると、ほとんどの場合、

「頼む」

と答えが返ってきた。
練習することによって、少しでも不安を取り除きたい
と思うのが人情というものだろう。

そんな中、私の申し出に一人だけ
首を振った選手がいた。
当時20歳だったイチロー選手である。

試合後にその理由を尋ねてみたところ、彼は

「僕はこんな心境で試合に臨みたいんです」

と言う。

「どんなに好きな野球でも、毎日続けていると、
もう疲れた、きょうは嫌だなと思う時ってないですか?
そうなっては、自分の能力って
絶対に発揮できないですよ。
バットが持ちたくて持ちたくてしょうがない。
そういう心境で、僕は試合に臨みたいんです」

そして彼はこう後を続けた。

「初めてお父さんとキャッチボールした時、
どんな気持ちになりましたか?
またやりたいなと思ったでしょ。
その気持ちなんですよ。
そういう気持ちが自分でしっかりつくれれば、
絶対に技術って向上していくと思いますよ」

イチロー選手のプロ入り3年目の年、
彼の専属打撃投手となった私は、
寮生活で1年間寝食をともにし、
多くのことを教わった。

彼と初めて出会ったのは、
私が20歳、彼が19歳の時だった。

初めてそのバッティングを見た時、
年下にこんなに凄い選手がいるのかと舌を巻いたが、
最も驚いたのは、彼が一軍に上がってきてからのことだった。

キャンプ期間中、二軍でプレーしていたイチロー選手は、
夕方に練習を終えると、早々に眠りに就いた。
そして皆が寝静まる深夜にこっそり部屋を出ると、
室内練習場で数時間の特打ちをするのを日課としていた。

ところがシーズンが始まり、一軍入りを果たした彼は、
全くと言ってよいほど練習をしなくなってしまったのである。

不思議に思って尋ねてみたところ

「体が疲れ過ぎるとバットが振れなくなるから」

とのことだった。

一軍でまだ何の実績もない選手が、
自分のいまやるべきことは何かを
ちゃんと理解して行動している。

私の知り合いにもプロ入りした者が数名いたが、
彼の取る行動や言葉のすべては、
他とは一線を画すものだった。

例えばこんな調子である。

「奥村さん。“目標”って高くし過ぎると
絶対にダメなんですよね。

必死に頑張っても、その目標に
届かなければどうなりますか?
諦めたり、挫折感を味わうでしょう。

それは、目標の設定ミスなんです。

頑張れば何とか手が届くところに
目標を設定すればずっと諦めないでいられる。
そういう設定の仕方が一番大事だと僕は思います」

二軍時代のイチロー選手は、
マシン相手に数時間の打撃練習をしていたが、
普通の選手に同じことをやれと言っても、
それだけの時間、集中してスイングすることはできない。

それがなぜ彼には可能なのかといえば、
私はこの「目標設定の仕方」に
あるのではないかという気がする。

イチロー選手には自分にとっての明確な目標があり、
その日にクリアしなければならない課題がある。

その手応えをしっかりと自分で掴むまで、
時間には関係なくやり続けるという練習のスタイルなのだ。

私が彼の基盤として考えるもう一つの要素は、
継続する力、つまりルーティンを
いかに大切にしているかということである。

ある時、イチロー選手に
こんな質問をしたことがあった。

「いままでに、これだけはやったな、
と言える練習はある?」

彼の答えはこうだった。

「僕は高校生活の3年間、1日にたった10分ですが、
寝る前に必ず素振りをしました。
その10分の素振りを1年365日、3年間続けました。
これが誰よりもやった練習です」

私は現在、少年野球チームの監督を務めているが、
それと比して考えてみると、
彼の資質がいかに特異なものであるかがよく分かる。

例えば野球の上手な子にアドバイスをすると
何をやってもすぐできるようになる。
下手な子はなかなか思うようにいかない。

ところが、できるようになったうまい子が、
いつの間にかその練習をやめてしまうのに対し、
下手な子は粘り強くそれを続け、
いつかはできるようになる。

そして継続することの大切さを知っている彼らは、
できるようになった後もなお練習を続けるため、
結局は前者よりも力をつけることが多いのである。

その点、イチロー選手は卓越したセンスを持ちながらも、
野球の下手な子と同じようなメンタリティを持ち、
ひたすら継続を重ねる。
私はこれこそが、
彼の最大の力になっている源ではないかと思う。




  

  

2012年4月26日 (木)

日々の指針 

  

   

1. いかなる人といえども本来みな神性そのものの存在である。どんなに肉体や感情、心の状態が移り変わっても、神性はそれらを貫いて光輝いている。



1. 心から怖れがなくなれば、人生は劇的に変わる。



1.今生において人類一人一人に課せられたる義務とは、自らを神性なる者として認め、磨き高め上げてゆくことである。



1. 無駄な情報、必要のない知識を、いかに上手に取捨選択できるかがリーダーたる条件である。



1. しっつこく、またか、これまでか、と出てくる無意識の悪い習慣のクセを限りなく意識的なポジティブな習慣に変容させてゆくことこそ生きがいである。



1. 真理の真髄が理解されていないと、何かを学ぶということ、また何かを練習するということは、一歩誤れば、学べば学ぶほど、練習すれば練習するほど誤ったことを脳や肉体に刷り込んでしまうという落とし穴が待っている。



1. いかなる時においても、自分自身を偽らず、自然体に振る舞えたら大したものである。





          

               西園寺昌美



  

石から人間の心へ


  
地震か何かで自分が変わったというような、大きな話をするわけではない。

ただの平凡な男の話だ。

実際、人の人生について語るのは難しいことだ。

ましてや自分の人生について、何に影響され、どう変わったのかを語るのはなおさらである。

どのようなことがきっかけで私が変わったのかについて理解いただくには、私が何者で、変わる前にはどのような人間だったのかを知っていただく必要がある。


私は、ボスニア内戦でサラエボが包囲されている最中に生まれた。

祖父は1995年に銃撃され亡くなった。

当時、私はわずか2歳だったが、それでも、それまで人に対して感じたことがなかった憎しみの感情が心に芽生え、大きくなっていった。

その数年後、いつも一緒に過ごしていた幼なじみのダミールが地雷で亡くなった。

その時、私の中で憎しみの感情がますます大きくなり、善悪の境を越え、善の心を失ってしまった。

この事があって以来、ほとんど人とコミュニケーションを図ることもなくなった。

両親さえ避けるようになり、必要なときにしか顔を合わせなくなった。

心を閉ざし、自分の部屋から出ることは滅多になくなり、隣近所の人たちのこともわからなくなっていった。

とにかく人を愛することができず、さらには、憎むようになっていたのだ。

自分が好きだった人たちが死んだのは、周りの人間のせいだと責めていた。

ある晩のこと、学校帰りに犬のように道端に寝転がっている男性を見かけた。

その人のそばを通るとお酒のにおいがした。

気味が悪く、墓地の近くを歩くときのように足早に通り過ぎた。

翌朝、私は救急車のサイレンで目が覚めた。

昨夜見かけた男性が早朝に、つまり、私が通り過ぎた数時間後に心臓発作で亡くなったということだった。

人間であれば誰しもが罪の意識を感じるだろう。

でもそのとき、私は何も感じなかった。

そうなのだ、私の心はまるで石のようだった。

私が救えたであろう人の命に対しても無関心だったのだ。

2005年8月のある朝、暮らしていた建物の中庭で親猫と産まれたばかりの子猫の鳴き声で起こされた。

自分でも驚いたが、子猫たちが毎日がんばって生き延びようとしているその様子を見るのが楽しみとなった。

しかし、この子猫たちがその後の私の人生を変えることになろうとは、その時は想いもしなかった。

子猫たちに起こされる朝が何日か続いたが、ある日、急に彼らの鳴き声がしなくなった。

窓の外を見ると、ある光景が目に入った。

一匹の子猫が通りを渡ろうとして車にひかれ、死んでいたのだ。

するともう一匹の子猫、死んだ猫の兄弟が、そこまで行って体をなめ始めた。

その子猫は、まさに路上に横たわる男性を見つけたときに私がすべきだったことをし始めたのだ。

子猫はなめたり、頭を押したりしていた。

それは一時間程も続き、私はその間ずっと見ていた。

子猫は驚くほど粘り強く、兄弟を目覚めさせようと懸命だった。

いくらやっても無駄なことがわかると、今度は倒れた子猫の傍(かたわら)に横たわったのだ。

最初はちょっと横になっただけなのかと思ったが、実際は横たわったまま、もはや立ち上がらなくなってしまった。

死んだ兄弟への愛からすっかり傷心してしまったのだろう。

数時間にわたって、この劇的な出来事を見ているうちに、私の心の石は徐々に砕け、人間らしさを取り戻していった。

10年ぶりに私は涙を流した。

泣くという感覚を忘れていたのだが、神殿を飾るオベリスクに彫られている動物、子猫二匹が私を変えたのだ。

二匹の子猫の死をきっかけに、私はよい人間になって、また自分の周りの世界を暮らしやすいところにしようと思うようになった。

子猫たちを抱き上げ、建物の中庭に埋葬した。

この二匹の墓を見るたびに、私は自分が誰であるか、何であるか、そしてどうあるべきかを思い出すだろう。

それ以来、私は、隣人に会えば微笑み、カフェで会う女の子やパン屋で会う男の子に挨拶をしている。

それまで全然知らなかった同じ建物に暮らしている隣人の何人かとも知り合いになった。

人は、その本来の人間性を取り戻さなければならない。

人間性とは、私たち人間が今、本当に必要としているもの、すなわち、思いやり、慈悲、平和な共生である。

人は、人間の本質に従って生きていくことが大切である。

人間性こそ、現在、将来、そして一生を通じて、私たちをよりよい人間に変えてくれるに違いないからである。



ハルン・イセリッチ (18歳)ボスニア・ヘルツェゴビナ


「私を変えた体験」五井平和財団 編



  



暴走族を抜ける

  
  
  
人間は日々進化している

だから昨日までの自分とは全然違っているかもしれないのだ。

だけど、自分のことってなかなか客観的に観れないので

そのことに気づいていない。

それは人のことでもそうだ。

「あいつは昔からああいう奴だったから、今もろくな奴になっていないはずだ!」

過去のことを引きあいに出して、今のその人を予想している。

だけど何がきっかけで、悪い人?が善い人になるかわからない。

逆に昨日まで善い人だった人が、嫌な人になることもある。

昨日の味方が今日の敵?

なんてこともめずらしくない

自分勝手で我儘で、人のことなんて考えもしなかった人が

大きな病気をしたことがきっかけで

仏様のような心境になったり、人の優しさがわかったりするようになる。

震災は人間の心を変えた

やくざの人が交通整理をしたり

それまで人に迷惑をかけていた人が

人の役に立ちたいと思うようになった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

これは奇跡だと思う。

奇跡とは目の前に現われて

誰もがわかるようなことばかりではない

心の変化をいう


特に、すさんだ心が 人の優しさに触れて

愛に目覚めてゆく話には感動します。涙

これから2つの私が感動した話をご紹介します。

よかったらお付き合いください。





暴走族を抜ける
  

おはようございます☆
僕は18歳まで広島にいたので、
暴走族がとっても多かったです。
金曜の夜は必ずバイクが走っていたのに
関西へ引っ越して、
暴走族があまりに少ないことにびっくりしました。

暴走族へ入るのは簡単でも、脱退することは難しい。
集団リンチを受けるか、金を払うか、脱退しづらいようなルールがあるからです。
そのリスクを背負ってでも脱退しようと思うきっかけは何か?
今日は暴走族を抜けるお話です。


『幼いころからやんちゃ坊主だった良平(仮名)。

近所の悪ガキどもを束ねて、ケンカに明け暮れる毎日だった。

年上の不良たちに絡まれても一歩も退かない良平。

そんな姿を見て、仲間たちはさらに良平をたきつけた。

「俺たちでこの町をシメちまおうぜ」

徒党を組んで町を闊歩する良平。

警察の厄介になることも増えた……

そんなはぐれ者に世間は冷たい。

良平の心はすさんでいった。

自分のことをわかってくれるのは仲間だけだ。

そんなとき、高校を中退した先輩に声をかけられた。

「棲袈琉頓(仮)って知ってるだろ」

「はい」

「入れてやってもいいぞ」

「ほんとっすか」

地域で最大の勢力を持つ暴走族・棲袈琉頓。

近所の不良たちの憧れのチームだった。

仲間と暴走行為を繰り返し、小さな火種を見つけては、

喧嘩に明け暮れる毎日が始まった。

少しでも気に入らないことがあると、

人や物に当たるようになり、

高校も辞めてしまった。

良平にとっては族の仲間が全てで、その他はどうでもよかった。

(東日本大震災発生。詳細略)

大震災によって地域の人たちが困っている。

なんとか役に立ちたい。

良平は、被災地域のためにボランティア活動をする決心をした。

しかし、そのためには、かつての仲間と決別しなければならないだろう。

族を抜ける際には、メンバーからリンチを受けるのがしきたりだ。

それでも良平は、地震後メンバーの無事を確認する集会で、恐る恐る

「チームを抜けてボランティアをしたい」

という話を切り出した。

すると、意外にも良平の話に共感する者が多かった。

避難所で人の優しさに触れ、

ショックを受けたメンバーは意外にも多かったようだ……

それからメンバーは、それぞれボランティアを始めた。

良平は炊き出しの手伝いをした。

料理はほとんど経験がないので、

最初は悪戦苦闘ばかりであった。

これが人のためになっているかどうか疑わしかったが、

炊き出しに並ぶ人たちからは毎回毎回、

「ありがとう」

と言われた。

自分が今まで迷惑をかけた人たちから、

感謝されるなんて思ってもみなかった。

その言葉が、良平のさらなる力となった。

良平はこれから同じような境遇の少年達に、

一緒にボランティアを行うよう呼びかけていく……

4月17日、茨城県大洗町を本拠地とする暴走族「棲袈琉頓」の解散式が行われた。

総長の牧野良平は、

「今まで地域の人に迷惑をかけた。

今後、暴走行為は行わない」

という宣誓書を読み上げる。

そして「族旗」を署長に手渡すと、

町職員や警察官から拍手が送られた。

この拍手は暴走族が解散することに対するものではない。

彼らの新たな出発に対する拍手だった。



出典:末並俊司,橋本玉泉,花山十也著「震災で本当にあった泣ける話」イースト・プレス社2011年10月1日発行


   

2012年4月25日 (水)

サービス(奉仕)が先で利益は後

  
  
商売で大切なことって

2つあれば、いいそうです。

それは奉仕の精神と明朗であること・・・・。 

この奉仕とは、みんなが幸せになることなんですね。

お客さんが満足し、働いている従業員の人も喜んで働いている

その間をお金というエネルギーが動く

明朗なのは、そのエネルギーを益々、強いものにしていく力があると思うのです。

でも、エネルギー(お金)が動くのは、すぐというわけではない。

樹が熟すというか時期があるんですね。

そのときまで辛抱出来るか?

直観を最後まで(結果が出るまで)信じられるか?

これからの経営者は忍耐?も必要だと思うのです。

またまた facebook からいい話を抜粋しました。

宇都宮恒久さん(中央タクシー会長)
致知2012年3月号特集「常に前進」より

MKタクシー創業者の青木定雄オーナーとの出会いです。
創業して1、2か月たった頃、友人から
凄いタクシー会社があると聞いてビックリしまして、
アポイントも取らずに夜行列車を乗り継いで京都に行ったんです。

京都駅からMKタクシーに乗って本社まで伺ったんですが、
早速驚いたのが、助手席の安全枕に
「お客様へのお願い」とありましてね、
次の4つを怠った乗務員には運賃を払わないでくださいとあるんです。

・「ありがとうございます」と挨拶をします。

・「MKの○○です」と社員名を明らかにします。

・「どちらまでですか」と行き先を確認します。

・「ありがとうございました。お忘れ物はございませんか」
  とお礼を言います。

感服しながら本社に着いたのですが、
やはりオーナーはご不在で翌朝3、40分なら時間を取れると。
その日は市内で何度もMKの車に乗り、
行き届いたサービスにつくづく感服しました。

翌朝お会いするとオーナーは開口一番
「君、年はいくつだ?」と聞かれました。
28歳で、まだ10台しか車を持っていないと申し上げると、
「そうか、実は私も32歳で始めた時はやっぱり10台だったんだ」
とたちまち話が弾んで、3、40分の面会予定が
3、4時間になったんです(笑)。

以来30年、青木オーナーを師匠と思い定めて
毎月のように通い詰め、頑張れ、頑張れと
励まし続けていただきました。

その青木オーナーからある時、
今度こんなことをやるんだと紹介されたのが
空港便だったのです。

数人乗りのジャンボタクシーで
お客様をご自宅から空港までお送りするサービスで、
素晴らしい業績を上げている。
ぜひ君もやりなさいと。

ところが地元の松本空港では便数、乗車率ともに
低くてとても採算が合わない。

諦めかけたところでパッと浮かんだのが、
成田空港だったんです。

すぐに長野から成田まで走ってみると、3時間半で着きました。
これならいけるということで、価格を
JRより安い8500円に設定し、24時間受付、
1名様からでもお送りするということで立ち上げたんです。

【記者:1名でも採算は合うのですか?】

1名の時は難しくても、トータルでは利益が上がるのです。
けれども当初はほとんど引き合いがなく、
やればやるほど赤字が積み上がりました。

3、4か月も続くと、やめたほうがいいかなと迷い始めたんです。

そんな時に出合ったのが宅急便の生みの親・ヤマト運輸の
小倉昌男さんの本でした。

宅急便も最初は5年間も赤字が続いたそうです。
しかし、それでも必ず逆転をすると信念を貫いて、
ついに翌日配送のシステムを確立したとのことでした。

その話に意を強くして、もう少し粘ってみようと思い直したわけです。

その小倉さんが赤字の時に言い続けたのが、

「サービスが先で利益は後」

ということでした。
それに感動して当社も

「お客様が先、利益は後」

という理念を掲げるようになったのです。

おかげさまで空港便は半年後に黒字転換し、
いまでは毎日35台、ハイシーズンには
45台くらい走らせています。

ご注文数では1日350件にも上ります。
新潟エリアにも1日70台くらい走らせ、
空港便は売り上げの6割を占める事業の柱になりました。



  

コントロール 2


  
昔、プロ野球に西鉄ライオンズという球団があったんです。
そこに稲尾和久という大投手がいました。

稲尾さんと同期で二人のピッチャーが入ったそうです。

ところが、その二人と自分の扱い方がぜんぜん違うわけです。

彼らはピッチング練習をしているんだけれど、
自分はバッティングピッチャーしかやらせてもらえない。
おかしいなあと思って、稲尾さんはタイミングを見計らって
二人に聞くんですよ。

「僕は3万5000円の給料と契約金50万円で入ってきたんだけど、
 君たちはいくらもらった?」

そうしたら二人は、契約金がそれぞれ500万と800万、
月給も10万と15万だったそうです。
球団の期待の度合いが全然違うわけです。

だから彼らはピッチャーの練習をしているのに、
自分はバッティングピッチャーばかりやらされるのか、
と稲尾さんは知るんですね。

普通ならみなさん、
「なんだ、馬鹿にするな、俺はもう辞める」というところです。
でも、稲尾さんはいわないんです。
どうすればいいか、じーっと見ていて考えるんです。

私はよくいうんですが、伸びていった人というのは
自分に与えられた環境、条件をすべて生かしきって成長していくんです。

わかりますか?

マイナスの条件もいっぱいあるんです。
そのマイナスの条件もすべて生かしきっていく人が成功するんです。
稲尾さんはまさにそうなんです。

彼は毎日バッティングピッチャーをやる。
だんだん嫌になってくる状況の中で、ハッと気づくわけです。
バッターというのはストライクばかり投げると嫌がるなって。

そりゃそうです。毎回毎回打っていたらしんどいでしょう。
3球ストライク投げて、1球外してやるとバッターが
一番嬉しそうにしている。

ボール球がきたら一球休憩できるからね。

そこに彼は目をつけるんです。

このボール球にする1球は俺だけのものだ。
この一球だけは別に相手を気づかわなくてもいい。

バッティングピッチャーだから3球はストライクを
投げなきゃいけないけれど、残りの1球はボールでいい。
だから、その1球は俺のものだ。

稲尾さんは、この1球で自分の練習をしようと決心するんです。
高め、低め、インコース、アウトコースと
ボール球を投げ分ける練習をしようと。

その結果、彼は名コントローラーといわれるピッチャーになるんです。

すごいと思いませんか。

普通の人間ならふて腐れる状況の中で、
1球のボールで練習しよう、と。

その一球だけは他の奴がピッチング練習するのと同じだと考えて、
高め、低め、アウトコース、インコースと投げ分けて
ピッチングの練習をしたんです。

1時間で480球投げたら、そのうちの120球は
自分のもんだと考えて練習を重ねて、
名コントローラーといわれるピッチャーになっていくんです。

そうやって自分の与えられた環境の中で
一心不乱に仕事をしていったから、
稲尾さんの人格が磨かれて、運命を招来していったんです。


   


コントロール 1

  
 

野球にまつわる話です。

日本ハムの斎藤祐樹くんは、今3勝しています。

高校時代の剛速球はもう投げれなくって

球速も130キロの後半しか出ません。

プロの投手からすれば、並み以下です。

それでも勝てているのはコントロールがいいからです。

インサイドワークともいいます。

速い球で三振を取るのは気持ちはいいけど

人間の目が慣れてくると

どんなに速い球でも打てるようになるのだそうです。

だから球に力があるよりも、最終的にはコントロールが大切なのです。

打者が打ちにくい

打たれたとしても

いい当たりにならないように

ストライクギリギリを狙っていくのです。


工夫をして、研究を重ねて、繰り返し練習をして、日々改善して・・・・。

それでも相手が好調だったらどんなに上手く投げても

打たれることはある。

コントロール命の投手はちょっとでも球が甘く入ると簡単に打たれてしまう。

勢いが無いので打ちやすくなるのです。

そんなときに

「ああやっぱり俺には力がないからダメなんだ」

「ここぞというときに三振が取れる速いボールが投げれたらなぁ」

と他の人が羨ましくなったり、自暴自棄になって諦めてしまっては

そこで終わってしまうのです。

成長が止まってしまう。


・・・・・・・・・・・・・・・・


宇宙って日々進化しているそうです。

停滞や後退は許されない

そして私たち人間も宇宙の一部、いや宇宙そのものなので

成長が止まること

後退すること(今を悔んだり、過去を振り返ること)は許してもらえないのです。


こんなことを書くと厳しいと思うかもしれませんが

これが宇宙の法則なのです。

逆に止まったり、後ろ向きになることの方が

楽に思えるけど

実はとてもしんどいことにも気づきます。

息を止めているのが苦しくなるのと同じように

気持ちを停滞させると苦しいのです。

エネルギーが流れなくなるからです。



すべてはプロセス



終りはない

それは死んでからもそうなのです。

生命は永遠なのです。

人間とは無限次元に進化向上してゆく

存在なのだそうです。

・・・・・・

そんなに長く、というより永遠に生き続けるのなら


「悠々と生きて行きたい!」

「楽しくなければやってられない」(笑)

と思いますよね。


ちょっとしたことで

一喜一憂していたのでは

疲れ果ててしまいます。

人生に疲れてしまう。

それは周りの状況、起こっていることに振り回されているからです。

「不動心になりたい!」

「マイナスのエネルギーに振り回されないようになりたい!」


そのためには自分の心をコントロールしなければなりません。

「人をコントロールすることは出来ないけれど、自分をコントロールすることは出来る」

これは、松井秀喜さんの言葉です。

今松井さんは

マイナー(日本でいう2軍)契約になって、苦しい立場にあります。

でも、諦めずになんとかしようとしている。

この

「なんとかしよう!」

とする努力、プロセスが大切なんですね。

結果はどうなるかわからない

野球は人が評価する部分も多いので

努力が報われるかどうかはわからない

でも、どう評価されようと

自分のすることは

いつも同じでないと駄目だと思うのです。

「自分をコントロールする!」

とても大切なことだと思います。

次の日記で、facebookで見つけた稲尾和久という大投手だった人のお話しを書きます。

よかったらお付き合いください。わーい(嬉しい顔)



  

  
 
 

2012年4月23日 (月)

想いは重い

  

  
自分が今、想っているのは、自分の本心ではなく人の想いをもらってしまっている。

想いとは相手の心なんだと書いてきました。

だから今自分が想っていること、考えていることに把われなくていいんだ。(どうしてこんなことを想ってしまうのだろう?考えてしまうのだろう?・・・と)

悩まなくていいんだ。

そして考え過ぎてはいけなんだ・・・・と。

想いって、相手の思いをもらうだけでなく、思うと気持ちが重たくなってしまうのです。

私はメンターに

「想いは重いのです。だから想わなくていいんです。想うのは違うのです」

と言われ続けてきました(笑)。

「先生、私はこう思うんですけど」

「それは違います」

「先生、こうも思うんですけど」

「それも余計なことです」

想うことに関して

全否定されていました。(普通では考えられないことですよね)

そのときにはわからなかった。

でも今、いろんな人の相談に乗るようになって

ほんとによくわかるようになったのです。

「人間ってほんとにああだ、こうだ、が多すぎる」

「考えてもしかたがないことばかりを思っている」

「たくさんの他人の人の想いをもらっている」

「混乱している」

「マイナスの想念エネルギーの中に入ってしまっている」

「幽界(迷いの世界)に行っている」

もっとハッキリ言うと想うとマイナスの想念と波長が合ってしまうのです。

そのことが手に取るようにわかるのです。

仏教言葉で

「無念無想」ってあるんです。

何も念じず何も想わない

念じるとは強く想う、願望、欲望のことだと思います。

「無念無想」とは

頭の中を空っぽにしてスッキリ爽やかな状態ですよね。

それが健全な人間の姿なのです。

でも私たちは念じ、想っています。


では想うとどうなるか?


ここにサラサラと流れている小川があるとします。

想うとはこの川に大きな重い(想い)石を置くのと同じなんです。

すると川はせき止められて水が流れなくなります。

川下に流れて行かなくなります。

滞ってきたところの水は濁って、腐っていきます。

これがストレスであり、病気なんです。

病気とは、気(エネルギー)が病むと書きます。

流れが滞った状態なんです。

何も考えず、想わず、頭を空っぽにしていれば

体、そして心の中のエネルギーはスムーズに流れて行くのです。(心と体は一体です)

お釈迦様の空になれ、老子様の無為になせ、キリスト様の幼子のように何も考えるな!とは同じことをおっしゃっているんですね。

でも、私たちは想わないと駄目だと思っている、考えないと生活していけない、考えていないと馬鹿になると思い込んでいます(笑)。

しかしそうではないのです。

本心というのは本当の心ということなんですが(当たり前ですよね)

この本心というのは肉体にはないのです。

正確にいうと肉体界という目に見える世界にはないということです。

本心はどこにあるのか?

それは肉体界でもなければ幽界でもなく、波動の細かい霊界でもなく神界(宇宙)にあるのです。

そこに本当の自分がいるのです。

そこから必要なメッセージは流れて来るのです。

本心の自分のメッセージをもう一人の肉体の自分が受けとるのです。


私たちがしんどく、苦しんでいるのは

肉体の頭と、神界に居る本心とが違っているからなんです。

悟るって自由自在心になるって書きました。

この悟るとはりっしんべん(心)と吾がくっついています。

この心とは真の心、本心のことです。

この本心と吾というのは肉体人間の自分のことです。

つまり天にいる本心の自分と肉体人間の自分が合体した姿をいうのです。

神我一体ですね。

これが悟った状態です。

近未来にはほとんどの人がこうなるのです。

天地が繋がって光の柱になる

天からの光(エネルギー)をそのまま受けるようになります。

すると神界(天国)がそのまま地上に、肉体界に降りて来るのです。

4次元が3次元に降りて来る

それがアセンション(次元上昇)なんですね。

それには、人間の意識が肉体意識から宇宙意識へシフトしなければならない。

今はその真っ最中なんです。

だからみなさん波動(エネルギー)が変わってきたと思いませんか?

感じませんか?

細かい波動になってきたと感じませんか?

話がまたまた逸れてしまいましたね(笑)。

肉体の頭で考えることは悪いことではない

しかし、エネルギーが流れにくくなる

エネルギーが流れにくくなると

それがストレスになり

病気になる

すごくシンプルなんです。

だからエネルギーを流すためには

運動も必要です。

肉体のメンテナンスですね。

そして精神のメンテナンスももちろん必要です。

その中に考えないこと

想わないことがあるのです。

みなさん

今まで想い過ぎてよかったことってありましたか?

考え過ぎて解決したことってありましたか?

その辺をよく考えてみて

あッ、考えることは違うんでしたね(笑)。

では、今回はこの辺で終わります。


    

2012年4月21日 (土)

想わないようにしよう 6

  
   
さあ、ここから本題に入ります。

考える、想うの他に感じるというのがあります。

「こう想う」というのも

「こう感じる」というのも

ほとんど変わらないかもしれない

それくらい感じるというのは曖昧です。

そして私たちはやっぱりこの

「感じる」を信じる、信じている。

しかし、この感じるとは肉体であり、幽体で感じ取ったものであり

霊界や神界の響きではないのです。

神様はそんなに簡単にはわかったりはしない(笑)。

お坊さんでも小僧さんの頃から何十年も座り続けても

仏様とつながること、悟ることは難しいのです。

それは、肉体人間のままで悟ろうとするからだそうです。

肉体に意識があるうちは霊界や神界のところまではいけません。

でも巷では

「悟った」

「神のお告げがあった」

「神とつながった」

という霊能者?の人たちがたくさんいます。

しかしそれは真に神界とつながったのではなく

幽界とつながっているのです。

本当の神様の世界(神界)は

感じない世界へ入っていかないといけないものなのです。

人間はいつのこのからか

感じることしか信じなくなった

目に見える世界、感じるという(五感)わかりやすい世界だけで生きるようになっていった。

怠惰になったんですね。

本気で自分探しをしなくなった

自分の中の神様を追求しなくなった

そして頭で想い、考え

心で考え思うことをしなくなった

そして頭には、玉石混交のいろんな想念が入って来て

混乱するようになっていった


私は、頭で考えることを否定しているわけではありません。

頭で考えることはもちろん大切なことです。

しかし、マイナスのエネルギーを防ぐことが難しいのです。

余計なことまで考えてしまうのです。

頭は肉体(物質)で出来ているので、粗いものとどうしても共鳴してしまうのです。

お釈迦様は 「空になれ」 とおっしゃいました。

それは頭を空っぽにしなさいということです。

でもただ空っぽにしただけでは幽界のオバケちゃんも入ってくる(笑)。

ところで頭で考えているときってどこに意識がありますか?

それはやっぱり頭ですよね。

この意識を頭(肉体)から外して、下丹田(かたんでん)に持っていくのです。

下丹田とはへその下3.5センチのところにあります。

ここから後ろにずっと意識を引いていくと神界へとつながっています。

つまり頭を空っぽにして

意識を下丹田に下げる

もしくは下丹田も肉体の一部なのでお尻の穴を意識をする。

そうすれば頭スッキリ、人の想念エネルギーも入ってこなくなるのです。

そしていつの間にか本題である。

“想わないようにしよう” が勝手に自然に出来ているんですね。


思い付くままたくさん書いてしまいました。
 

今日はこれくらいにしときましょう。


  


   

想うことをやめよう 5

  

 
肉体人間は馬鹿でどうしようもないけど、その奥で光輝いているその人は素晴らしい人なんだ。

ということをお釈迦様もキリスト様もわかっていたので、人間の神性を知らせるために、わからせるために一生懸命に布教されたのです。

そして人間の本来の姿とは、肉体意識を超えて宇宙(神)意識になれ!

そうすれば、生老病死の苦しみ、感情を超えて安心立命の世界へ行ける。

宇宙意識になるためには宇宙に意識(波長)を合わせなさい。

南無妙法蓮華経や南無阿弥陀仏の祈り言葉は宇宙に帰依しなさいという意味です。

帰依するとは、“尊いものに対して、身体(からだ)も心も投げ出して、信じ奉(たてまつ)る こと”です。

つまり全託ですね。

肉体人間のおろかな想念を全部、自分の本当のふるさとである宇宙に投げ入れてしまう。

するとそこはとてつもなく大きな溶鉱炉です。

全部を溶かして、綺麗なエネルギーにして私たちに還してくれる。


その綺麗なエネルギー(インスピレーションであり、直観)を受け取って行けば絶対に間違いはない。

人間よ、肉体人間の小智才覚(しょうちさいかく)で動くな、宇宙法則のまま動け!

そのためには、肉体から意識を外して宇宙に意識を合わせろ!

ということなんですね。

そこで宇宙とつながるメソッドなんですが

いくつかの注意点があるのです。


  
                  つづく


  

想うことをやめよう 4

  

  
肉体人間がもの凄い環境(マイナスの波動)の中で居ることがわかっていただけたと思います。

キリスト様が一番弟子に裏切られて磔になって殺されてもその弟子を恨まなかったのは肉体人間のもろさ、愚かさをわかっていたからなんですね。

神界(天国)に通じていない人間は、神性が顕われていない未熟な存在なんだ、その人間を責めるのは意味のないことだ、しかたがないことなんだと悟っておられたのです。

お釈迦様も人間の心を、蛇蝎(だかつ)のごとくと表現した。

それは人間の心はへびのように曲がりくねっていて複雑だ、神性を顕したかと思えば悪魔のような心にもなる。 という意味なんですね。

私たちが人間関係で苦しんでいるのもこの辺にありますよね。


善い人かと思っていたら違っていた(笑)・・・・。

信じていたのに裏切られた・・・・・。
 
 
だからこの人は善い人とか悪い人とか

ジャッジ(判断)するものではないんですね。

肉体人間は愚かなもの

それがわからないとずっと苦しみます。

法然さんはそれが心の底からわかったので悟ることが出来たのです。

だからみなさん

「あの人は私にこんなことを言った」

だとか

「あの人は心の中でこんなことを考えている。許せない!」

とかはもうやめましょう。 (罪を憎んで人を憎まず)

想いは相手の心だと言いましたが

その人の想っていることも

本心ではなく

他の誰かの想いをもらっているのです。

では他の誰かとは誰なのか?

なんて追求しても

しかたがないじゃないですか(笑)

書いていてなんだか収集がつかなくなってきました(笑)。

本題は想うことはやめよう!でしたね。


ここまでのところOKですか?

では次の日記に移ります。



  


想うことをやめよう 3

  

  
人間は生きているときも死んでからも心、魂、想念エネルギーは生き続けている。

だから、人に恨みを買ってしまうと、相手の人が亡くなったとしてもその想いは生き続けているので、絶対に人を傷つけることをしてはいけないのです。(必ず返ってきます、宇宙の法則)

3次元に生きている私たちは、目に見える波動の粗い肉体界だけでなく想いの世界、潜在意識の世界である幽界と幽界より波動の細かい霊界、そしてもっと細かい波動の神界も重なり合って同時に住んでいる。

だけど肉体界だけしかないと思っている。

そして、自分の今、想っていることとは、自分の本心であると固く信じている。

しかしこの世は波の交差であり、人の想いから、幽界のささやきも聞こえてきたり、そしてときどき、インスピレーションとして、霊界、神界から守護霊、守護神からのメッセージも送られてくる。

つまり、今の自分が想っていること、考えていることとは玉石混交した、いろんな考え、想いが入り混じっているのです。

「こんなこと想いたくもないのに想ってしまう」

「恨みたくないのに恨んでしまう」

「怒りたくないのに怒ってしまう」

感情的になってしまう。

これは先程の日記に書いた幽界の影響を受けているんですね。

幽界には、霊界の高いところや神界に行けなかった

仏教言葉でいえば、成仏出来なかった霊魂がたくさん居るのです。

そして幽界は肉体界とくっついているので、その影響を私たちはもろに受けている。

幽界は感情の世界です。

喜怒哀楽が激しくなるのは、幽界の影響を受けています。

すると正しい判断が出来なくなる。 無限なる光!

魔が差してしまう。

思ってもみないことをやってしまう。無限なる赦し!

これが肉体人間の実体なんですね。

人間は感情を超えないと安心立命できないというのは、幽界を越えて霊界、神界に意識を合わせないと感情に振り回されてしまうということです。

神界(宇宙・本心)に意識を合わせていないと感情想念に覆われてしまうということです。

ここで今の人間の状態を3つに分けてみます。

1.ときどき、守護霊からのメッセージが届き、その直観を素直に受け取っているので、感情の起伏もそれほどでもなく比較的順調に過ごせている。


2.心が業に覆われているので守護霊、守護神からのメッセージが届きにくく、自分が目立ちたい、儲けたいなどの欲望が強く幽界のオバケちゃんも取り憑きやすい。急に感情的になり、人に不快感を与える。


3.守護霊、神の存在を知っているので、守られやすく、心は神界に通じているので幽界のエネルギーに襲われそうになっても、すぐに本心に還ることができる。


3のような人は、極まれなのですが、3のような人がこれからどんどんと増えて行き、地球の波動は変わっていくのです。

さて問題は2なのですが、1の人もいつ2になるかわからない状態です。

それは先ほども書きましたようにこの世は波の交差なので

いつ強烈なマイナス想念が襲ってきて3のようになるかわからないからです。

ここまで書いてくると心配性の人は不安になると思います。

事実はその通りなんですが、あまり神経質にならないでください。

というのは、人間には、守護霊様が2体、守護神様が1体付いてくださっていて24時間プラスαで見守ってくださっているからです。

そして寝ている間に、肉体から意識が離れたときに全身全霊で浄めてくださっているからです。

だから翌日の朝になるとまたスッキリして元気になれる。(浄め切れなくて残ることもありますが)

しかし、守護霊・守護神様をしてもマイナスのエネルギーは結構強烈なのです。

それは、肉体人間がいつも肉体界、幽界にばかりに意識があるから守りにくくてしかたがないんですね。げっそり


 つづきは次の日記で ペン



  
   
  

想うことをやめよう 2

  

想うことをやめる!これはかなりデリケートな考えなので慎重に書いていきます。

お釈迦様は空になれ、老子様は無為に為せ、キリスト様は幼子のようになりなさい

地球人を救うために、進化した星(お釈迦様は金星、後のお方は知りません)からやって来た聖人は、同じことをおっしゃっていた。

それは、「肉体から意識を外して宇宙(神界、本心)に意識を合わせなさい」・・・と。

そうすれば本来の自分に還れる、つまり幸せになれるということだったのです。

そしてここからが問題なのですが、そこに達するまでは、幽界、霊界を通り抜けていかないとダメなのです。

一番やっかいなのは、幽界です。

幽界には、たくさんのさ迷った霊魂がいます。

人間は死ぬと守護霊様や守護神様が本当の世界である、霊界の高いところ、そして神界(天国)に連れて行こうとされるのです。

しかし、「人間は死んだらおしまいだ」と思い込んでいる人は、霊界、神界に行こうとしない。

肉体は無くなっても、意識は死ぬ前のままなので肉体界を離れようとしないのです。(死んだという意識がない)

そして肉体界と幽界を行ったり来たりしながら人間に悪影響を与えるのです。

動物霊、感情霊、不良霊とも言われています。

霊界、神界のあることを知らない人は

そんな世界があるはずがないと思い込んでいるので肉体界にしがみつくのです。

ガンや肺病などで亡くなった人は、家族とかに取り憑くとその家族の人も同じ病気になったりします。

だから死後の世界(霊界、神界)のこと、死んだらおしまいではないこと、魂、心は永遠に生き続けるのだということ、がわかっていないと死んでからも人に迷惑をかけてしまうのです。


話がちょっと横道にそれてるかな?(でも大切なことなのです)


頭を切り換える意味で、次の日記にまた書いていきます。わーい(嬉しい顔)ペン



  


 
 

2012年4月20日 (金)

想うことをやめよう!

  
  

最近、いろんな相談を受けることが多くなりました。

その中ですべてに共通しているのは

想うことがどれだけその人の神性を顕す上で邪魔をしているということです。

想いとは読んで字のごとく

相手の心と書く

つまり自分の本心から出た思いではなく

人の考え、想いをもらっているのです。

それはたくさんの人の集合意識の場合もあるし

縁のある人が思っていることが移って来ていることもあり

すぐ側に居る人の想念エネルギーを受けている場合もあります。

今、ほとんどの人がマイナス思考になっています。(無限なる光!)

例えば、隣に住んでいる人が

「もう嫌だ、死にたい」

と悩んでいるとすると

その「もう嫌だ、死にたい」というエネルギーを受けてしまうのです。

人間は、目に見えるものだけの影響を受けているわけではありません。

肉体は物質ですが

いつも言っていますように

人間は肉体の他に目に見えない

幽体、霊体、神体も同時にあるのです。

その世界はそれぞれに幽界であり、霊界であり、神界です。

幽体とはビル一棟分の大きさがあるのです。

これをオーラ写真で見ると肉体をたまご型のエネルギーが覆っているのが見えます。

つまり人間は、3メートルと離れていたとしてもエネルギーは重なり合っているのです。

プラスのエネルギーを持っている人もマイナスの想念を持った人の影響を受けるし

逆にマイナス想念の人は、プラス思考の人が側にいればいい影響も受けるのです。

人は起きているときにそれこそ、莫大な量のエネルギーを受け取っているのです。

そのエネルギーにいちいち反応していては、心も体もボロボロになる。

だからお釈迦様は、地球のマイナスのエネルギーに意識を合わせるな!

宇宙の無限のプラスのエネルギーに意識を合わせなさい!

と座禅観法することお弟子や人々に伝え説いたのです。

宗教とは宇宙を示す教えという意味なんですね。

ですから、結論を言えば想ったり、考えたりするというのは

人間本来の姿ではないのです。

と言われても

今まで散々頭を使って考えて来たのに

想うことや考えることはやめられない!

そうですよね(笑)。

五井先生のお言葉で

悟って難しいことではない、余計なことを想わなきゃいいんだ

とあります。

悟るとは自由自在心になることです。

スッキリ、爽やかになるということです。ぴかぴか(新しい)

想うことがどれだけ人間にとって有害かはわかっていただけたと思います。

では、どうすればいいか?

すいません、これから夜勤の仕事に行って来ます。

続きは明日書きます。

それでは、よろしくお願いします。



  

 

自分自身の力を信じる 最終章

  
  

世界平和の祈りを続ければ必ずよくなる


 
皆さんはもう世界平和の祈りを知っていますね。

だから常に、自分が罪を作ってるとか、自分が悪いことをしているとか、そういうことを一切帳消しにしなければいけません。

もし誤って人を恨んだとするならば

“ああこれは過去世の因縁がここで現われてくるんだから、ああ申し訳ない、そんなこと心に起しちゃいけないんだ、神様ありがとうございます、どうかあの方の天命がまっとうしますように”

と、パアッと変えちゃう。

悪い想いが出、悪い行ないが出る、そうした時にもう即座に神様に謝っちゃって、世界平和の祈りの中に入ってしまう。

そうやって常に常にいいものばっかり、いいことばっかり自分の中から出すんですよ。

悪いことはどんどん消えてゆく姿にしてね。

あとはどんどんいいことばっかり、自分がなりたいようなこと、人がなってもらいたいようなことを・・・・・・。

そうすると、一番なってもらいたいことは、世界人類が平和であること。

自分の天命が完うされること。 

そういうことが一番なってもらいたいことでしょ。

それを皆さんは気が付かないうちに、知らないうちに、世界人類が平和でありますように、と言ってるわけです。

日本が平和でありますように、と言っている。

私どもの天命が完うされますように、と一番自分の望むことを唱えているわけね。

毎日毎日、朝昼晩歩いていても、電車に乗っていても、お便所の中でも、食事の時にでも、いつでも世界人類が平和でありますように、とやっているでしょ。

これはただ事でない、大変なことなんですよ。

大変に徳を積んでることなんです。

分かりますか。

何故かというと、もう一回いいますけれども、人間は神の子で、自分自身が創造主なんですよ。

自分の運命を作るのは自分なんです。

誰も他の者が自分の運命を作ってくれるわけじゃないんです。

自分の運命はすべて自分が作るので、どんなに悪いことも、どんなにいいことも、みんな自分が作ったことで、ただその悪いことが現われてくる場合には、過去世の因縁として、それを自分の中に入れておかないで、消えてゆく姿で祈りの中に送り込んでしまえばいい。

だから常に悪が現われたり、不幸が現われたり、自分の中に嫌な想いが現われたら、過去世の因縁としてパアッと切り離さなけりゃいけない。

それで消えてゆく姿にしてお祈りの中に入れてしまう。

それで、今の自分はいいことばっかり、本当にいいことばっかりを思うんですね。

その一番最上のいいことが世界人類が平和でありますように、日本が平和でありますように、私たちの天命がまっとうされますように、という言葉に現われている想いなんですよ。


言葉は即ち神なりき。

だからそれを言葉に現わすと、言葉通りの運命が自分に現われてくるんです。

こういう簡単な原理です。

あまり難しいことはないんですよ。

人間が立派になるのも、運命がよくなるのも、あんまり難しいことはない。

ただひたすら、ひたむきに、たゆみなく飽きないで、世界平和の祈りを続けていれば、必ずよくなるに決まっている。

それは法然、親鸞が、南無阿弥陀仏と言えば、必ずその人たちはいい所へ行くと教えたのと同じであって

それがもっと現代的に分かりやすく、しかも意味がはっきりとれるように説いているのが世界平和の祈りなんです。 (昭和45年3月)




        

           「我を極める」 五井昌久 白光出版





  

自分自身の力を信じる 5

    
  
今、成功している人や生き生きとしている人を見ていて、普通の人とどこが違うかというと

自信に溢れているんですよね。

人がなんと言おうと、過去がどうであろうと

そんなことは気にしない

自分の信じたことにだけにエネルギーを注いでいる

イチローがあれだけ活躍しているのも

自分自身を信じる力がもの凄く強いのだと思うのです。

どんなに素質や資質があっても

「僕なんてたいしたことはないです」

と人に言うだけでなく

心の中でそう思っていたら

ほんとにたいしたことない人生で終わってしまう。

生きている限りは

本来の自分の持っている力を存分に発揮したい!

みんなそう思っているはずです。

でも、その自信の裏付けになるものが欲しい!

それは自分が何者なのか?を探求して、答が出れば自ずと自信へと変ると思うのです。






  
自分自身にある無限の力を信じる


だから一番最初に言いたいことは、神を信ずるとか、五井先生を信ずるとかいうより先に、自分自身を信ずることなんです。

自分自身には力があるんだ、自分は神の子なんだ、自分は神の分生命だから、悪いことがある道理がない、あったとすれば、神様を離れていた時の想いが、いわゆる消えてゆく姿として現われているので、それを知らない前の業が現われているので、自分が神の分生命と知ったその日からは、業はないんです、本当は。


それを信じないといけません。

だから神様の世界は完全円満であって、自分は神の子だから素晴らしい能力があるんだということを信ずることなんです。

ところがそう言われても信じられないでしょ。

信じられないから信じて行なっている私みたいな人がいますね。

こういうのを、先覚者って言うんです。

先に分かって、神と自分とは一つであるということが分かって、力、能力が発揮できた人、能力を出した人。

普通の人よりも能力が出ています。

“ああこういう人がいるんだな、それじゃこの人の言うこと、やることを信じよう” とこういうことになるんですね。

だから自分で自分の力を信じられる人は、誰にも頼ることはない。

自分一人で生きられるわけですよ。

自分の中の神様を出せばいいんだからね。

結局私を信じろとか、宗教を信じろというのは、各自の自分の中の力を出させるために、こういう宗教団体なんかがあるんですよ。

教祖とか会長だとかがいるんです。

だから自分自身で力をどんどん出せれば誰もいらないんですよ。

自分でやったらいいんですよ。

だが、自分で出せないと思ったら、“五井先生を信じよう、五井先生の言うことは間違いないから信じよう” と思って信じればいいんです。

分かりますね。

まず、第一番に自分を信じることなんです、根本は。

自分は神の子であって、無限の力を持っているんだということを信じることがまず第一なんだけども、出来ないから先に本当に力を出した人を信じる。

その生きてきた道を信じる。 その人の書いたもの、その人のしゃべることを信じて

“ああそうなんだ、ああやっぱり神の子なんだな、神の分生命なんだな”と。

もしここに不幸や災難や病気が現われているとするならば、それは過去世の因縁が、神の子であることを知らなかった時の想い、神様を離れていた時の想いが現われてきて消えてゆく姿なんだとなと思うんです。




  「我を極める」 五井昌久 白光出版



  


 

2012年4月19日 (木)

守護霊守護神に代わってあなたに語る

  

 
平原綾香さんの “おひさま~大切なあなたへ”を聴いていたら

私の中で、守護霊守護神に代わってあなたに語るの27の言葉が浮かんできました(笑)。

この曲とこの言葉が完全にリンク(重なる)するのです。

私たちは、守護霊守護神の存在をほとんど知らされていません。

でもみんな心のどこかで感じてるはずなのです。

21世紀は本物の時代

本当の時代

つまり今までハッキリとわからなかったことが

明白になってゆく時代なのです。

守護霊様、守護神様の存在は絶対にわかっていたほうがいい

わかっていれば、意識していれば

守護霊守護神も守りやすいのです。

これから世の中は益々混沌として行きます。

一人の力、自分だけの力、人間の力では

どうしようもないことが起きて来る。

そんなときに頼りになるのが守護霊守護神様なのです。

守るために存在して下さっています。

だから守って下さい

お願いします

と素直にお願いすればいい

と私は思っています。

私たちは明日どうなるのかさえも

一分先にどうなるのかさえわからない

でも、神界や霊界にいらっしゃる守護神様や守護霊様は

すべてお見通しです。

それがインスピレーションで流れて来るのです。

守護霊守護神と二人三脚でないとこの世は渡って行けないように

なっているのです。

これを読んでそれがわかっていただけたら

嬉しいです。わーい(嬉しい顔)






 


1、私は日頃あなたが思っていること、考えていることそのすべてを把握し、そしてその希

望をすべて成就させるよう願っている。

決してあなた一人だけの望みではない。

あなたの望みは常に私の望みなのだ。







2、自己の希望を実現しえないで人生を終わってしまう人の何と多いことか。
 
彼らは私の存在を少しも認めようとはしなかった。
 
私はどんな時でさえも常に彼らの側にあり、彼らの望みを達成し得んが為に彼らを見守り

導いてきたつもりでいる。
 
希望の成就は肉体個人一人で出来るものではない。
 
常に守護霊、守護神と共に歩んでこそ成就する路なのだ。
 
それが真実の人生の路なのだ。

   


 

3、出来うる限り明るく陽気に振るまいなさい。








4、私はあなたがいかなることをしようとも、決してあなたに罰を与えない。
 
私はただ、すべてを許すのみである。

そしてあなたのその罰を私が代わりにしょってあげているのである。
 
その代わりあなたは “消えてゆく姿で世界平和の祈り” を繰り返し繰り返し祈ればよい。

自分自身を深く信じなさい。

 


 

5、私はあなたにあえていいたい。
 
出来る限り明るい言葉や思いやり深い優しい言葉を常に、極力心がけて努力して使うよう

にし、光明思想の本を一日一回は読み、人の心を感動させるようなニュースを聞き、

人と語り合う時には人の心を豊かに楽しませるような話題をあえて選び、明るいことのみを

語るようにしてほしい。

そして暗いニュース避け、病気の話や人の不幸の話は出来るだけ口にしないことである。



 

6、羨望の心が湧くのも致しかたない。
 
嫉妬心にもだえるのもまたこれ仕方がないではないか。
 
そして人の幸福を妬み人の不幸を心ならずも喜ぶのもまた致しかたない。
 
人の心は感情によって左右されるものであるから、感情を無くさない限りこのようなことは

すべて人の心の中に起こり得る現象である。
 
この世は物質肉体の世界、完全なる霊なる世界と違って不自由な束縛ある世界、

よくないことだと充分にわかっていながら、正しいことではないと充分に理解していながら、

神から反している行為だと充分に納得していながら、やはり現れてくるのが現実なのである。
 
おさえる必要はない、出すだけ出すがよい。

だが、出来るだけ人に迷惑がかからないように出してゆくのだ。
 
相手にまともにぶつからず、声を出して私にぶつけなさい、私にどなりなさい、

私に非難をあびせかけるがよい。
 
私はあなたの心が充分にわかるだけに、あなたが愛しくて可哀相でならない。
 
私の大きな翼であなたを包んであげよう。
 
癒してあげよう。
 
心の中にある鬱憤をすべて私に吐きすてるのだ。
 
私が聞いてあげよう。
 
私が代わって祈ってあげよう。
 
あなたがあなた自身で祈れる時がくるまでは。

 偽善者 になるよりはよほどよい。






7、不調和な状態を一刻も早く自分の心の中から一掃せよ。

 



8、

あなたの内部の奥にじっとひそんで隠されている部分、秘密、嘘、葛藤、情欲・・・・

それらのすべてを私は知っている。

私の前には何の隠しだても無用である。

ただ裸になることだ。

私にとっては肉体人間の弱さなどは百も承知の上だ。

だからこそ私というものが必要なのだ。

私の支えを必要とするのだ。

朝な夕なに私の名を呼びなさい。




9、

大自然の修復作用が発揮出来るよう大自然に代わって祈れ。




10、


あなたの希望を実現する場合、まだこの世の中に何の手ががりも見出せず、皆目何も無

いところから全く新しい希望、この世に打ち出すそのきっかけを創造(つく)り出すのは、

いうまでもないこの私である。
  
常に私の存在を忘れず私の名を呼びなさい。守護霊、守護神同士でお互いに交流し合うからである。


 

11、

人の悪を聞くために耳があるのではない。
 
人の悪を語るために口があるのではない。

人の悪しき姿を見るために目がついているのではない。

 


12、

相手を解放してあげると自己の束縛から解放される。

 


13、

すべてを見知っている私の前ですら未だ嘘、偽りでもって自分を覆いつくし、隠しだてをす

るつもりでいるのか。

情けない。

私はすべてを許そうと思っているのに。

私は(宇宙の法則)から絶対なる権限を与えられている。

あなたのすべてをゆるし、あなたのすべてを愛するのが私の働きである。





14、


あなたが私から離れてどこへ逃げようとも、隠れようとも、またどんな罵詈雑言

(ばりぞうごん)をあびせかけようとも、それでもなお私は常にあなたの側を離れず、

怪我がないよう、苦しまないよう、痛まないよう、見守りつづけているだけである。
 
私はあなたに嫌われていても、それでも尚あなたが愛(いと)しいし、愛しつづけて

いるのである。





15、

私は肉体を持ちあわせていないので常にあなたの内部に働きかけ、内部の力を増し

、調わせ、そのエネルギーを外界に現わし、そして出来るだけあなたの思うようになる

よう、成就するよういたらしめているのである。

 

 

16、

私はあなたが暗く沈んでいる時、今まで以上に強い希望の光を投げかけている。
 
あなたが自分自身を傷つけ悲しみに浸っている時、すべては許されるのだという真理

の光を送り、あなたに語りかけているのだ。
 
そして私の慈愛の光によって次第にあなたが真理に目覚めはじめ、その暗く果てしない

入り組んだ道から脱け出してゆくあなたを見た時、私はあなた以上に天の神に感謝

しているのだ。


 

17、

私は常にあなたに真理を語りつづけている。
 
あなたの心が全智全能の創造主と同じような強い力を握っているのだということを。
 
あなたは自分の心で、自分自身を幸せにも不幸せにもすることが出来るのだということを。
 
自分自身を、傷つけ暗く悲しいものだと思ったら、その通りの人生が展開されてゆくで

あろうということを。

そして自分自身を神の分け生命として認め、明るく大いなる希望をもってゆくならば、

またその通りの人生が展開されてゆくであろうということを。
 
心はすべてのすべてである。
 
なぜならば、心は自分自身の運命の支配者であるからだ。



 

18、

私はあなたがいかなる苦悩、いかなる悲哀、いかなる絶望にあろうとも、必ずあなたを幸せにしようと心をくだいて見守りつづけているのである。

私の働きはあなたの真の幸せに導くこと以外の何ものでもない。


 


19、

 
私はあなたにお願いがある。この世は物質的肉体がすべてではなく、本来霊なる世界の

写し世である、という事実を自覚してほしいのである。
 
霊的自我に目覚めたその時から、もはや何ものにもしばられぬ自由自在なる世界が、

あなたの目の前に展けてくるのである。

それは無限の可能性を秘め、自分の思う通りになる世界となるのである。

 

 

20、

あなたは常に幸せを願うのだ。
 
あなたは常に神の無限なる能力を信ずるのだ。
 
あなたは常に調和を愛するのだ。
 
私はあなたのその望みにむかって全精力を傾けて、その実現のためにわがエネルギーをフルにあなたの心の中に注ぎこんでいるのだ。
 
だが、あなたの望みが常に暗く悲しく絶望的であるならば、その方向にむかってわがエネルギーを注ぎ込むことは、不可能である。
 
あなたの考えが明るく積極的な希望に満ち溢れたものに変わるよう、エネルギーを注ぎ

こむのであるが、そのエネルギーの消費量は並大抵ではない。
 
もともと+(プラス)の考え方を更に+(プラス)の方向に導き、この世に実現可能にせし

めることは、宇宙の法則通りに実に簡単で無駄なエネルギーを消失しないものであるが

、-(マイナス)の思考を+(プラス)に方向転換させることは、前者の何万倍ものエネル

ギーが消失されるものである。
 
 
常にあなたの考えを+(プラス)の方向に向けて生きて下さい。



 
 

21、

頭のよくない人ほど中途半端な聞きかじりをし、自分の知識をひけらかしたがるもので

ある。

頭がよくないから善悪の批判力が無くすべて受動的に自分に吸収してしまうため、

その人の潜在意識の奥にすべてそれらの中途半端な知識は溜めこまれてしまう。
 
さて、本人が病気になったり、挫折したり、失敗したりした時、これらの中途半端な知識が

次から次へと頭を擡げ(もたげ)はじめ、自分自身の下らない知識で自分自身をがんじが

らめにしばりつけ、また、自分自身の暗い思考力で自分自身を暗示にかけてしまい、

どうしようもなく救われがたき状態においこんでいってしまうのである。
 
浅はかというより他にいいようがない。
 
知識ならどんなものでも入れていいというものではない。
 
本来ならば自分の心が勇気づけられ、希望に満ち溢れ、生きることの幸せが鼓舞(こぶ)さ

れるような知識なら徹底的に入れこめよ。


自分の心を暗く不安恐怖に陥らせる知識は意識して取り払うべきである。



 
 

22、

“自分だけ悟ればそれでよい” という考え方は多分に利己的なわがままな生き方である。

これを出来るだけよい意味にとるとすると、人に真理を押しつけがましくするのは、

たとえその教えがどんなに素晴らしくても、そこで必ず人の自由を縛りつけてしまうもので

あるから、よくないということであろう。

だが神のみ心からみたならば、真理を一人でも二人でも出来るだけ多くの人達に知らしめ

た方が積極的な善なる徳のある生き方なのである。

また何回も何回も重ねて自分の口を通して真理を語るということは、逆に、更に自分自身

の潜在意識の中に改めて真理を吹きこむ形となり、自分の信念がまたここで更に強固に

絶対的なものとなってゆくのである。

真理は何度も何度も繰り返し繰り返し語れば語るほどよい。

 

 

23、


旧き自己を捨て新しき自己に 蘇(よみがえ)るのが世界平和の祈りである。


どうにもならない自分をしっかりそのままつかんでしまった上、私はこんなにも悪い人間で

すといわんばかりに、自分の悪を強調しても、誰も救われはしない。

むしろどうにもならない自分を一旦神の中に捨ててしまって、すべてを神の中に投げ入れ

ていまうと、宇宙の法則にのっとった生き方が示されはじめる。









24、

あなたの長い間にわたる苦しみは私にはわかっている。
 
あなたの悲しみや痛みも私にはすべてわかっている。
 
そして更に今あなたの上に投げかけられている不安恐怖、今のあなたの立場ではどうしよ

うもないのもわかっている。
 
私はいつでもあなたの心の叫びを聞き、訴えを聞き、その問題解決が一刻も早からんこと

を願い奔走しているのである。
 
だがあなたはこの私の心を知ってか知らないでか、常に自分自身の肉体の力でのりこえよ

うともがいている。
 
だがよく聞いて欲しい、もはや肉体界でトラブルが現われはじめたということは、もう何年

も、いや何千年も前に幽界で現れていたことを。

幽界で浄めることが全くできなかったが為に、この肉体界に現れはじめたのであるという

ことを。

そのためにはまず幽界を浄め去るのが先決である。

それが出来るのはこの私である。

霊なる力で、霊なる光で、幽界を浄めれば、自ずと肉体界のすべてのトラブルは自然に

解決されるものである。

私に頼りなさい。私を信じなさい。

あなたが夢をみているその時ですら、私は闇を光に変える働きをあなたの為にしているのです。

あなたはあなた一人で生くるに非ず、私の生命と共にあって生くるなり。


 
 

25、

今あるとるにたらない小さな小さな幸福にさえも、神の与え給いしごほうびだとして感謝せよ。








26、

私は “神の子” であるという徹底的なる自覚がいかなる災いからもあなたを防ぎ、

いかなる不幸からもあなたを脱出させる。
 
災いにも不幸にも絶対に波長が合わないからだ。







27、



私に徹底的に素直たれ。






  

 


 

おひさま~大切なあなたへ



facebookを覗いていたら、最近友だちになった人が平原綾香さんの「おひさま」をUPしていました。

以前、私も聴いていてとても感動したことを覚えています。

このドラマは全部は観ていないのですが、主人公の陽子が危ない場面に遭遇したときに亡くなったお母さんが助けてくれるのです。

亡くなったお母さんは、守護霊になっている。

そうハッキリとは番組では言っていないし、みんなもなんとなく

「誰かがどこかで守ってくれているんじゃないかなあ」と感じているんだと思うのです。



あなたは私の奇跡~あなたは私の希望~どこかで私を感じていて~すべていとおしい、あなたの痛みをも~らい~かならずどこかでみているわ、たとえ世界中があなたの敵だって、私だけはいつだってあなたの味方だわ~大丈夫、信じて~、あなたが忘れてたって私は忘れはしない、この命を投げ出すのに迷いなんてないわ~ お願いどこかで笑ってて~それだけでいいのよ


聴いていると涙が出てきます。涙

どんな人にも守護霊さまがついてくれていてこの曲のようにいつでもどこでも見守ってくれている。

そのことがわかればどんなにみんなが安心して

幸せになれるでしょう。

そんな日が早く来ることを

祈っています。




おひさま~大切なあなたへ


http://www.youtube.com/watch?v=huipH5EzxXo



   

かなりいい話

  

   
えがちゃんのいい話はあちこちで話題になっているようです(笑)。

私が一番感動するのは、人と人との触れ合いの中で

人間の中の神性(神さまの部分)が顕われているときです。

その人の素の美しい、そして輝いている姿をみると

胸が熱くなって、涙が出てくるのです。

それは懸命に頑張って

自分を変えようとしているすがたなのかもしれません。

もう何年も前に観て

感動して

それからも何度か観返しています。

感動したいとき

人間の素晴らしさを

再確認したいときに


観ているような気がします。

感動するって

理屈抜きにいいですよね 涙

自分が好きになるような気がします。

感動出来る自分って素晴らしい!

もう何度も観られている方もよかったら

お付き合いください。わーい(嬉しい顔)





レジ打ちの女性


http://www.youtube.com/watch?v=2M08p9leBio


 


 


自分自身の力を信じる 4



最近、学校の先生方も生徒たちの無限の可能性に気づき始めていて、これから教育のスタイル(形)が変っていくと思うのです。


教育とは、ラテン語でeducationといいます。「edu」は外「cation」は「carry」運び出す。つまり「能力を引き出す」という意味なのだそうです。

自分の中の無限の能力、可能性を自分自身で引き出していく、それが祈りなのです。

祈ると、いのちがのり出し、生命が生き生きとしてきます。わーい(嬉しい顔)

生命が生き生きとすれば、無限の力は自然と溢れ出てきますよね。


  
 


祈りにより本来の力が出てくる


だから自分に能力、才能、力がある、知恵があると再び思い出すためにお祈りをするんですよ。

自分が神様の子であって神様の分生命であるということを思い出すために、一生懸命お祈りをするわけです。

どういうお祈りかというと、自分が本当はまあ億万の力がある、素晴らしい力があるということを知らないでしょ。

何がそれを忘れさせているかと、ないと思っているかというと、自分の肉体のほうにある想いが自分は駄目だ駄目だと思うのです。

だからこの想いを、どんどん毎日、神様のほうへ入れていく、お祈りによって入れておきますと、邪魔がなくなるでしょ。

邪魔がなくなるに従って、力がどんどん出てくるわけです。

斎藤さんが私の所へ来た時には、唯物論者から抜け出して、ちょこちょこと心霊科学やったりなんかしていたところへ行って、何にも知らないわけですよ。

知らないから力がない。 ところが私のところへ来て、だんだん研究して、だんだん自分の力を開いていったわけですね。

霊能も何もなかったのが霊能が出てきた。

絵が描けないのが絵が描ける。 字も上手くなる。 すべてが向上してくるわけです。

それはないものだったら向上しっこないでしょ。

あるから向上する。 それは斎藤さんばかりじゃなく皆さん全部があるんですよ。

皆さん恐らく、例えば百万の力があったとしても、出しているのはたった三か五なんですよ。

百万分の三か五しか力を出していない。

それで自分はいっぱしやっているつもりなんです。


         つづく





     「我を極める」 五井昌久 白光出版




  

自分自身の力を信じる 3

  
  
今回は補足はいらないと思います。

すごくわかりやすいし、読んでいて元気、勇気が湧いて来ます。

人間ってやっぱり“素晴らしい力”を持っているんだ。

半信半疑だったけど、それを信じていいんだ!と思いました。

でも、こんな話、学校でも家庭でも誰もしてくれない げっそり

何だか知らなかったことが損をしていた

そう思えるような文章です。
わーい(嬉しい顔)





  
自分にお金があるのに ━ もう千万くらいじゃこの頃少ないですね。

百億くらいにしておきましょう。 百億くらいあっても、ないと思っている。

財布の中に千円しか持っていないとしますね。

百億あるんだけれども、千円しか持ってないとすると、もう千円だ千円だと思って小ちゃく細かくケチケチ使うわけです。

実際は百億持ってる。 でも知らないんですよ。

知らないから千円きりしか使えないんです。

ところが私は無限億万円持っていることを知ってるんです。

だから平気なんです。 お金にも把われない、何にも把われない。

分かりますか?

お金にたとえたけれども、力にしても能力にしてもね。

素晴らしい能力を持っているんだけれども、自分は知らないで、少しの能力きりないと思っている。

思い込んでいるから出せないんですよ。あると思っている人は出せるんです。

それで、どっちが本当かというと、あるほうが本当なんです。

何故ならば、人間の本体は神様だから、神様の生命をそのまま持っているんだから、いくらでも出せば出るんです。

天にありますから、どんどん引き出せば、どうにでもいくらでも出てくるんですよ。

それを引き出さない。 チョコチョコと出してね、それでもって、

“私は駄目です、私は出来ません” という。

何でもかでもやらないうちから出来ません、やりもしないで出来ません、と。

それが案外やれば、出来るんです。

まあ戦争中でも、力のない女の人が、もう空襲とか来れば、うんと力を出して、いくらでも力が出ましたね。

寝る時間でも二時間くらいしか寝なかったり、食べる物も、あんまり食べなかったり、それでいて、今以上の力仕事を平気でしていたんです。

ところが今は食べる物は余計食べて栄養をたくさんつけて、充分に寝ていながら、昔よりずっと力がないんですよ。

ないんじゃなくて出さないんです。

しかし一旦緩急があると、何か事があると、力が出てくるんです。

事があると力が出るということは、力があるのに出さない、出し惜しみしている。

出し惜しみじゃなくて力があることを忘れている。



            つづく



        「我を極める」五井昌久 白光出版



  

自分自身の力を信じる 2




本題に入る前に・・・

私は五井先生の書かれている本はかなり読破しているのでなんの抵抗もなく読めるのですが、みなさんはなじみが薄いと思うのです。

そこでちょっと補足をします。

業(ごう)=人間がつくってしまったマイナスの想念エネルギー、このエネルギーは消えないでその残像が人間の肉体にくっついて幽界という世界を作ってしまった。人間は肉体界の他に幽界、霊界、神界にも同時に生きているのだが、ほとんどの人は肉体界だけに生きていると思っている。本当の自分(本心)が住んでいるのは、神界であり、肉体界は仮の世界だと思えばいい。 だから肉体の死は肉体界から霊界、神界への移行であり、心、魂が死ぬわけではない、仏教ではそのことを往生(おうじょう)という。生きて往くという意味なのだ。



では、どうぞ・・・。わーい(嬉しい顔)




神様の力を忘れた人間
 


人間というものは、いつも言うんですけども簡単に言えば2つになっているんです。

肉体の中の自分というもの、何の誰がし、何の誰子という自分というものと、それから本心本体としての神そのものである自分というもの、この2つがあるんですよ。

それで、どっちが本物かというと、神様である自分が本物であるわけです。

よく人間だから神様なんかなれっこないとか、人間だから仕方がないって、言うんですよ。

しかし本当の人間というもの、神人というものは、神と全く一つなんです。


    
この世の中に現われているものの中で神様がお創りにならないものはないんです。

すべて神様がお創りになった。

本当のものは神様がお創りになった。

それから神様の生命エネルギー、いわゆる神様の力を人間は持っていますから、神様のエネルギーを使って、人間が作ったものがある。

それは何かというと業(ごう、マイナスの想念)なんです。

神様の中にはもう悪いものは一つもあるわけはない。

神様はもう全体ですからね。 完全円満大調和です。

神様は大調和そのままだし、人間は神の分生命だから調和そのままなんです。

ところがこの世の中というものは、実は悪もあれば、不幸もあれば、災難もあるわけです。

どうしてそうなってしまったか。

それは人間が肉体に入ってきてから神様の力を忘れてしまったんです。

自分の本体を忘れてしまった。

それで自分は肉体の人間だ。五尺何寸の人間だ、とね。

AとBとは違う、あの子とこの子は違う、とみんな別々に考えているわけですね。

今でもそうでしょ。 みんな人間の生命は、こう通い合っているのが分かりませんでしょ。

みんな形が別だから、あの人と私は違うと思っている。

ところが本当の底を探りますと、みんな一つの生命に結ばれています。

そこでキリスト教でもあらゆる宗教でも、みんな人間は兄弟姉妹であるという。

みんな一つの生命に帰一するわけですね。

みんな神様のみ心の中にあるわけです。そういうことがわからないと宗教がダメなんですね。

だから私この間も言ったけど、この五井先生という肉体がありますね。

肉体の五井先生というのは、やっぱり皆さんと同じようです。

皆さんよりちょっと微妙ですからね、微妙は微妙です。

あなた方の心が分かったり、いろんな運命が分かったり・・・・。

そうして普通の肉体よりは、大分上等は上等です、これね(ご自分の体を叩かれる)、申し訳ないけども。

だけれども、やっぱり肉体ですよね。

みなさんより物が分かるというだけで、肉体です。

だから肉体はやっぱり一つの道具ですよ。

本当の五井先生というのは、神界にいるわけです。

皆さんはそれがわからないんです。

私はわかっている。 その違いなんですよ。

分かるということは、大変に得なことでしてね。

分からないということは大変に損なことなんです。


  
              つづく


   

          『我を極める』 五井昌久 白光出版


  


  

2012年4月18日 (水)

自分自身の力を信じる 1

    
  

スピリチュアルなことに興味のある人は、いつ地球はアセンション(次元上昇)するのだろう?

そのときに人間はどうなるのだろう?と思っておられると思います。

私は、アセンションとは、人間が自分は何者であるのか?がわかることであり、肉体の自分がだけが本当の自分でないことを悟ることだと思っています。

それが結果的に、地球が進化した星へとシフトしていくことにつながるのです。

本当の自分に気づくとは、「自分の力は無限大であり、宇宙大である」ということを知るのです。

そして一番大きいのは、あなたと私の境界が無くなって、二元対立が無くなる。

宇宙の大きな光から分かれた、分霊であることを悟るのです。

あなたと私は、兄弟姉妹なんだということがわかれば心が一つになる。

愛が生まれる。

憎しみが消える。

戦争、争いが無くなる。

意識が変わる

肉体意識から

宇宙(神)意識へと変化してゆく・・・・・・・

ただ今はそのプロセスであり

ほとんどの人は気づいていない

気づいてはいないのだけれど

心の奥底では知っているので

なにかのきっかけで

知りたいと魂が叫んでいる

私はそれを伝える

メッセンジャーだと思っています。

どうしたらみなさんがわかってくれるのかなぁ

と五井先生や昌美先生、于先生の本を読んだりして探しているのです。目

そして

「これはわかりやすい!」 電球 わーい(嬉しい顔)

と頷いた文章がありましたのでご紹介します。

私はアセンションだとかスピリチュアルなことにはほとんど興味がありません。

そんなことはどうでもいいから

3次元のこの息苦しさとでもいうのでしょうか?

知らないためにいらない苦労をしている私たち人間が少しでも楽に幸せになれたらいいなぁと思っているのです。

人間が楽になり幸せになることが本当のアセンションだからです。

では次の日記を楽しみにしていてください。



  

 

宗教について 最終章


   
O・・・私も調和波動気功法をはじめた頃は半信半疑でした。ところが、よく考えてみると世界中の宗教が祭る神が雲の上の存在なら、我即神也とは、自分の中の神を信じる、ということだった。

自分の中の神を信じ、感謝し、祈り続けていくと細胞が生き生きして、お肌が綺麗になったり、勘が冴える仕事がうまくいったりする。

 


S・・・これはとにかく一度やってもらわないとね。口でいくら説明しても、体得しないとわからない。みんな体得中?(笑)

西園寺昌美さんの「我即神也」の本を読んだ時、すごく納得した。

現在の自分は良くも悪くも自分が創り上げた結果であって、何を信じ、何を選んできたかの結果が現われてると・・・・確かにそうでしょ。自分の人生なのに人まかせというか、悪いことは社会のせい、学校のせい、病院のせい、旦那のせい、妻のせい、子供のせい、・・・・ということが多いよね。(笑)

この前、気功協会みたいなのができるとかで、その案内に出てたんだけど、気功の真髄は単に型や呼吸法だけではない。

宇宙と一体になり融合することで、心の波動を高め、清め、人格・霊格・神格を向上することにある。

そして良い気を広め、地球が清らかな波動で包まれていくと、人類の平和と健康の意識向上に寄与することが出来る。

こんな感じだったかな。 その通りよね。

つまりこれからは個人個人一人一人が神性を顕していく時期にきたということ。

一人一人が自分の想念、人生に責任を持つ! ですね。

頑張りましょう!


 


O・・・若い頃は雑誌の占いを一番に見るほど好きだったのに、今は全く興味がなくて。 未来も今日の運勢も皆いいに決まってるって、自信たっぷりにそう思える自分がうれしいなって思います。

自分の未来は人任せ、宗教任せにするんじゃなく、「我即神也」 の自分の意思ではっきり決定できるからです。

これこそ正しい生き方ですよね。




● 自分の人生は良くも悪くも自分が創り上げた結果である。

● 宗教とは、字のごとくウ(うかんむり)=宇宙を示す教えの事。

人間とは何か、どんな目的で生まれてきているかなど、真の自分を知りたい方は、于寿明先生、五井昌久先生、西園寺昌美先生の著書をお読みください。




 「無限次元への誘い」 于寿明 星湖舎  


電子図書があります。 メモ

http://utoshiaki.wook.jp/detail.html?id=207092


 調和波動気功法   

http://homepage2.nifty.com/hmwave_goldendoor/




http://auraaura7.com/


  

宗教について 3

  

Sさん・・・現代の人は第6感・霊的なものを失っていると思う。

古代の卑弥呼や聖徳太子の頃は、もっとみんな解ってたんだろうね。

森羅万象の営みと共に在る! ということが。

聖徳太子が一度に7人の話を聞けた、という伝説があるけど、今はわかる気がする。

于先生だってそうじゃない? 波動が解れば、話をしなくても相手の意識や想念が解る。

于先生に相談する前に答えが返ってきた! っていう経験ない?


全員  あるある(笑)。


S・・・意識と想念には気をつけないとね。



Oさん・・・私も、意識って大切だなって思います。 ピーターパンに出てくるティンカーベルのように、意識は今ここにいたかと思えば、すぐに昔の悲しみの場所に行ったりする。

ここにいれば、悲しくないのに・・・・・。

今、誰かさんに怒ってる人は、相手の嫌なところに意識を置いているでしょう。 

先生に教えていただいたんですが、プラスに意識を合わせると、怒ったり悲しんだりする必要がなくなる。

でも、わかっていてもなかなか出来なくて、ついマイナスに捉われて顔に出て、

「怒ってるの?」って聞かれて我にかえる・・・・なかなか進歩がありませんでした。 おっと、これもマイナス思考。 危ない危ない。



S・・・今の世の中、マイナスだらけだもんね。そのマイナスのエネルギーが、人や環境にすごく影響を与えてる、というのも気功を始めて解ってきました。

もう今、地球は大変ですよね。人類の出すマイナスのエネルギーで壊れそう! あまりにも物質至上主義、拝金主義で豊かさを得るために地球の自然破壊も来るところまで来たという感じ。

でもみんな、それが本当の豊かさなの? と気づき始めてる。

いくら物をたくさん持って豪邸に住んだとしても、満たされてない人が多い。

結局、魂が満たされてないからだと于先生がおっしゃってた。

そして20世紀は物質至上主義の物質文明だが、21世紀は精神文明の時代になり、一人一人が自ら神性を顕していく時代だとおっしゃってた。

個人が神性を顕す。 つまり我即神也だね。

これが魂を満たす方法! かな。 我即神也なんて・・・本当?って、きっと半信半疑の人がたくさんいるよね(笑)。



                   つづく



  
    「無限次元への誘い」于寿明 星湖舎



  



  
  
   

2012年4月17日 (火)

ちょっといい話(江頭2:50分さん)

  
  


facebookをしていたら心に響く日記を読みました。

私たちは毎日を雑踏の中を生きていて人と人とのかかわり合いが希薄になっていると思うのです。

もっと一人一人に対してちゃんと向き合って深く入っていかないと(プライベートなことではなく)心友にはなれない。

心と心が通じ合うようにはならないと思うのです。

気にはなっていても

そのままにしていることってあります。

それをちゃんと整理していかないといつまでも奥歯にものが挟まったようにスッキリしません。

江頭さんは、そういうことが出来ている人だと思うのです。

  


 
    
江頭がとある公園でロケをしていると、公園の隣にある病院から抜け出して来ていた車椅子
の女の子が江頭のロケを見ていた。
 
 
 
ロケが終わり、その車...椅子の女の子は江頭に「つまらねーの」とつぶやいた。
 
それを耳にした江頭は当然「お前、もう一度言ってみろと」怒鳴った。
 
車椅子の女の子「だって全然面白くないんだもん」と呟いた。

江頭「なら、お前が笑うまで毎日ここでネタを見せてやろうか」
 
そして、断言どおり毎日仕事の合間にその公園に行っては車椅子の女の子にネタを見せ続けたのだ。

しかし、車椅子の女の子を笑わせるどころか呆れさせていたのは言うまでもない。
 
1ヶ月が過ぎた時、毎日のように散歩に来ていた車椅子の女の子が突然、来なくなってしまったのだ、次の日も女の子は姿を現さなかった。
 
そして、1週間が過ぎたある日、女の子がふと現れたのだ。
 
江頭はすかさず駆け寄りいつものくだらないネタを見せたのだ、しかし、いつもは全く笑ってくれない女の子が初めて少し笑ってくれた、江頭は調子に乗り、下ネタを連発してやった。
 
当然女の子は「それは最低…」と一言。
 
そして、日も暮れ、 江頭は「また、明日も来るから、ちゃんと待ってろよ」
 
女の子「勝手に来れば!!」
 
次の日、女の子は公園には訪れなかった。
 
江頭は頭にきて隣の病院に行き、車椅子の女の子を探した。
 
そして、担当の看護婦から、女の子が最近から急に容体が悪化していて、今朝他の病院に運ばれ、昏睡状態だという事を知らされた。
 
そして、看護婦に女の子の日記を渡された。

そこには…「大好きな芸人、江頭」と書かれていた。

10年後 今でも月に一度はその公園に来ては、花を手向け一人でネタを披露するそうだ。
俺は江頭ほど純粋な男を知らない。
      前坂 勇さん


  
  

  

宗教について 2

 
 宗教


Sさん・・・宗教って、言葉を聞いただけで引く自分がいます。やっぱり、一部の新興宗教のせいかな・・・・なにかと世間をお騒がせしてイメージが悪いですよね。



Fさん・・・そうね。“宗教に興味があります” っていうと人からあんまりいいイメージもってもらえない気がするな。「宗教=我をなくす」の“我をなくす”の意味をとり間違えて、“自分を持たない人、人の言いなりになること” と思っている人もいるよね。



S・・・私は大学の時大阪に来たんだけど、その時両親から 「家は先祖代々浄土真宗だから、変な宗教には気をつけなさい」 と(笑)。歴史ある古い宗教は安心ってことかな。

今の日本って、宗教に無関心な人が多い気がする。寺社仏閣とか歴史的文化財として形や儀式だけに関心がある感じで、初詣、七五三、お盆と寺社参拝あり、クリスマスもありでイベント化している。

奥深くない・・・・でもそういう日本が好きだったりもする(笑)。考えてみると、人類って歴史も文明文化も宗教抜きには語れない。

宗教と共にここまできたけれど、でも悲しいかな、戦争の原因にもなってますね。



Oさん・・・学校で歴史を習うと、たくさんの歴史戦いは、宗教信者同士の争いだったりして、とても幻滅した覚えがあります。たぶんここから私の宗教嫌いが始まったような気がする。




Yさん・・・子供のころから宗教戦争が不思議でした。うちの神様とよその神様という考えかたも不思議だったし、神様同士で喧嘩(戦争)なんてする訳がないのにって。



O・・・今でも宗教のいざこざで、人の命が失われている。



S・・・派閥とか儀式とか形式にとらわれて、基本の大切なものを失っていると思わない?

今の世の中、命の大切さや、感謝の心とか当り前の事がわからなくなってきている気がする。

子供だけでなく大人もね、最近モンスターペアレンツという恐ろしく自己中心的なクレーマーな親がいて、学校も大変らしいね。

例えば、給食代を払っているから、うちの子は「いただきますを言わなくてもいいとか・・・・。

どうして素直に感謝できないのかな。うちは仏教系の学校に行っているから、その点はいいよ。

この前なんか、お茶碗にご飯粒が残ってたら、「ママ、お米一粒一粒が仏様だから残しちゃダメ!」って言われた。 はい、すいません(笑)。



Wさん・・・私は、小学校4年生の時、お米の一粒はお百姓さんの手が108回かけられているんだよ、みんなの消しゴムのひとつさえ、お父さんお母さんの一生懸命働いたお金で買われた物なんだよ。と教えてもらった時、とても心にしみました。

身の回りの感謝を教えて頂くことは本当に大切だと思います。




S・・・やっぱり、命に対する感謝は小さいうちから学ばせないとね・・・それでもまだ、リアリティがない。

以前、TVでどこかの民族が狩りをしていて肉を食べていた。

それを見て娘が目をウルウルさせて「かわいそう」って言うから、「あなたもお肉好きでしょ」って言うと 「あっ~!」ってはじめて気が付いた。

お店で肉になっているから、牛や豚を殺して食べる感覚がない。

命を頂いているんだから、食前は「いただきます」と感謝して素直に言える人になりたいよね。

命がどこからきて、何の為に生れてきたかが、この気功に出会ってわかってきた。

それが私の人生一番のサプライズ! 命って、霊とか魂というとなんか非科学的に感じるけど、エネルギーとか波動というと科学的になる。

最近、波動とかオーラがブームよね。



O・・・そうですね、最近ではオーラ、守護神や守護霊、波動、霊、魂、前世、というような言葉が活字や音でおなじみになってるでしょ、きっと世界中が同じ現象だと思うの。

アメリカでは臨死体験の装置や科学の立場から作り出したし、オーラ写真の撮影装置やリアルタイムにチャクラの状態を分析できるコンピューターもすでに数年前に商品化されてるし。

宗教はこれからどんどん科学的に証明されて、今までご利益やばちあたりで済まされてきた事が、はっきりと納得できるようになる時代がもうすぐ来ている気がします。


 
            つづく




「無限次元への誘い」于寿明 星湖舎から


電子図書があります。本

http://utoshiaki.wook.jp/detail.html?id=207092



  


  

宗教について 1

  
  
  
「世界人類が平和にありますように」 という祈り言が

「それって宗教じゃん?」って言われたら

「そうですね」 と答える(笑)。 (私に自覚はありませんが)

でも宗教ってなに?

と聞かれても

ほとんどの人はちゃんと答えられない。

私もこの祈り言葉が

宗教から入ったのなら

受け入れてなかったかもしれない(いい言葉だなぁと思ったとしても)

それも、あやしい人(笑)から

誘われたとしたら

「いいえ結構です」

と答えていた。

それくらい印象や、伝えてくれる人は大切だと思う。

私の場合は、命を救ってくださった人(お医者様)

が当り前のように信仰されていたので

ごく自然と入っていけました。


私は宗教であろうと思想であろうと哲学であろうと

くくりはなんでもいいと思うです。

世の中が平和であったのなら

どんなにいいだろう

みんなが心の奥底で思っていることです。

でもなにか悲惨なことでもないかぎり

平和でないことが起こらないかぎり

心の中で思ったりもしないし

まして言葉に出すことも少ない

心の叫び

真実の言葉なのに

ほとんどの人は声を出して(唱えることも)

言霊(エネルギー)にしようとしない

だから、マイナスのエネルギーが強くなってしまうげっそり

マイナスのエネルギーは人間のネガティブな想念行為がつくり出してしまったもの

今、地球中がそのエネルギーで出来た、カルマ、業想念で汚れに汚れています。

これを綺麗に浄化するには強烈なプラスのエネルギーをぶつけるしかないのです。

たくさんのプラス言葉があります。

天国言葉もある

だからその言葉も使いながら

人間の最終目的である

「世界人類が平和にありますように」を唱えていけば

人間がつくってしまった

有限のマイナスエネルギーは消えてゆくのです。

幽界に溜まったマイナスのエネルギーが消えない限り

アセンション(次元上昇)は起こり得ないのです。


ここでタイトルにある

「宗教について」

ハーモニーの人たちに語っていただきたいと思います。

私たちは前世で必ず何かを信仰していた(今生では信仰していなくても)

それが宗教なのです。




「無限次元への誘い」于寿明 星湖舎



  



   

2012年4月15日 (日)

最近のつぶやき 

  
以前は、毎日たくさんのことをツイッターでつぶやいていたのですが、最近は毎日2つであったり、全然無かったりと減ってきました。

私の中で溜まったもの(ストレス)が無くなってきたのでしょうか(笑)?

よい傾向だと思っています。

ところで昨日、高校時代の仲間たちによる飲み会がありました。

とにかく楽しかったです。

その頃の仲間とはなんの打算も計算もなく、ニュートラルに付き合えるからです。(と言っても気は使いますが)

今、どんな仕事をしているとか、どんな地位にいるとか、家庭はどうなっているかだとか、

みんなそれぞれにいろいろあるのだけれど、今生のことは忘れてとにかく純粋で真っすぐだったあの頃に戻れる。

そしてリフレッシュして明日の活力にする。

それでいいのだと思うのです。

スッキリ爽やかになることの大切さを改めて感じました。

では、この何日かでつぶやいた一言です。


  

1. スッキリしていない状態で答を探そうとして、いくら本を読んでも、人からアドバイスをしてもらっても、考えることをしても、心にモヤがかかっていれば益々暗雲が重なっていくだけです。スッキリ、爽やかになることから始めよう!調和波動気功法


  
1.悩みというのは、闇が波のようにやってくるということ。やみを消すには、澄み渡った青空のように心をスッキリさせるしかないのです。スッキリすると直観が働きます。そこに本当の答があるのです。調和波動気功法http://homepage2.nifty.com/hmwave_goldendoor/



   
1.リーダー(人の上に立つ人)に求められる資質とは、1に人格、2.勇気 3.能力だそうです。「君、素晴らしい考え方をしているね、是非うちの会社に来てくれ!ところでどこの大学だったっけ?」/ 実際に採用現場ではこのような傾向になりつつあるそうです。今、真のリーダーが求められている。
  




1.  「心を高めるということは、生まれたときよりも少しでも美しい心になって死んでいくことではないかと思います。」/稲盛和夫  昨日より今日の自分の方が成長しているって思える(感じられる)ようになりたいですよね。

 



1. 4月7日は鉄腕アトムが生まれた日、8日はお釈迦様がお生まれになられた日、そして4月9日、今日は私の誕生日です。全国のみなさ~んありがとうございます♪





1. まだ、会ったこともないネットで知り合ったたくさんの人に誕生日を祝福されて幸せを感じています。みなさんのあたたかさが伝わってきました。感謝、感謝です。たぶんこういう心境なのだと思います。「幸せだから感謝するのではなく、感謝するから幸せなのだ」




1. 建築家の道徳とは、家を建てたら足場をきれいに取り払っておくことだ。園芸家の道徳は、枝を伐り終わったら落ちた枝や葉を掃除しておくことだ。これと同じように、私たちも何かをなしたら、きちんと後始末をしなければならない。そうして初めて着手した物事がようやく終わり、完成させたことになる/ニーチェ




1. 愛するとは、自分とはまったく正反対に生きている人を、その状態のままに喜ぶことだ。自分とは逆の感性を持っている人をも、その感性のままに喜ぶことだ。愛を使って二人のちがいを埋めたり、どちらかを引っ込めさせるのではなく、両者のちがいのままに喜ぶのが愛することなのだ。/ニーチェ




1. 他人をあれこれと判断しないこと。他人の値踏みもしないこと。人の噂話もしないこと。あの人はどうのこうのといつまでも考えないこと。そのような想像や考えをできるだけ少なくすること。こういう点に、良き人間性のしるしがある。/ニーチェ





1. 良い友達関係は、良い結婚を続けていく基礎にもなる。なぜならば結婚生活は、男女の特別な人間関係でありながらも、その土台には友情を育てるという才能がどうしても必要になるからだ。/ニーチェ なるほど妻とは最近、同志という感覚になっています(笑)。

1. 友人をつくる方法とは、「共に苦しむのではない。共に喜ぶのだ。そうすれば、友人がつくれる。しかし嫉妬とうぬぼれは、友人をなくしてしまうからご注意を」 /ニーチェ  そうですよね、共に苦しんでもそこからは何も生まれない。




1. もう自分の中で決まっているのに、人に背中を押してもらって決心を固めたいときがある。しかしそんなことをする必要はない。自分の背中は自分で押すのだ。




1. スッキリしているのなら頭で考えず、直観のまま行動してみよう。そして後から「ああ、これでよかったんだ」と思えたならそれが一番いいのです。



1. 人とのコミュニケーションをする前に、自分がどのような波動(エネルギー)を発しているのかチェックすることが大切です。言葉以前のエネルギーが、これから起きる目の前の現象を引き寄せるのです。調和波動気功法




1.頑張るって言葉、好きじゃなかった。我を張る、つまり必要以上に力んでいる姿を連想していた。しかし今日、ある人からのメッセージに「顔晴ります」と書いてあったのを読んで「これっていいなぁ」と思った。顔が晴れている。その人の笑顔が浮かんできた。こういう当て字だったら全然OK!ですよね!


これに対するコメント

この言葉は震災で中学生が復興を願い作った言葉でもあるそうですよ電球素敵な言葉ですよねぴかぴか(新しい)





1. 善いことと悪いこと(自分にとって都合の悪い)はたいがい交互にやってくる。いちいち一喜一憂していたら疲れてしかたがない。悪い出来事は 「自分の魂を鍛えて成長させてくれているんだ」と思えば、即、感謝に変わる。マイナスはない、あるとすればプラスから出たマイナスなのだ。




1.私はくじけそうになったときにカラ元気かもしれないけれど、「この世の修行なんて、逆立ちしながらでも卒業してやる!」と心の中で強く唱え、気合いを入れるようにしている。するとマイナスのエネルギーが一瞬で消えてしまうのです(笑)。みなさんも是非、やってみてください。




1. 自分を大切にして下さい。いたわって好きになって下さい。 そうすれば心から人を好きになれます。/よみ人しらず




1. 昨日の飲み会で思ったんだけど、飲んでいる席ではみんな我儘になる。そして人の話を聞かず、自分のことを語ろうとする。だから楽しくはあるんだけど・・・・心に残らない。お酒の場でも、もっと有意義な時間が過ごせたらいいのに。「聴き上手になろう!」スピーキングよりもトーキング




  





  
  

2012年4月13日 (金)

アメリカインディアンの教え 最終章

  

子供の存在価値を大いに認めよう

 


私は今の子供達を見ていてとても可哀想だと思うのは、子供達は自分自身がわかっていない、そしてわかってくれる友もいない、両親も先生もわかっていない、ということです。

また、自分自身をわかろうとするにはまだ幼すぎる。

聖書をひもとき、仏教書をひもとき、宗教の原点、五井先生のみ教えである、人間は本来神の子であるという、その原点を掴むにはあまりにも幼すぎます。

そういう時にこそ真の友、両親の本当の愛、真の宗教者が必要なのに、自分の周りに心を導いてくれる人が誰も存在しないと、しまいには自分の心を誤魔化して安易な方向へ流されていくのです。

それは子供だけではない、我々大人もそうです。

内的な目覚めのない人は、快楽の世界、欲望の世界のみがすべてだと思っている。

そういう人達がかなりいるわけですから、そういう生き方をしている親に育てられた子供は、また同じような道を辿らざるを得なくなるわけです。

子供達にとって一番大事なのは、自分の存在感です。

自分は親に必要とされているんだ、友人から必要とされているんだ、社会から必要とされているんだ、国から必要とされているんだという、その存在価値を大いに認めてあげることが大事なのです。

子供達は自分が必要とされていないと思うと自分を痛めます。

自分を痛めて、心だけではなく、肉体も傷つけはじめます。

自分を傷つけて喜ぶ、最悪の状況です。

しまいにはそれでも済まなくて自分をこの世から抹殺しようとします。

そして自殺に走るわけです。

自殺まではいかないけれど、親からも自分の存在価値が認められていない子供が増えています。

そいう子供達を我々大人救ってあげなければならないのです。

これからの地球を背負っていくあなた方は大事な人なのだ、あなた方を必要としているんだ、だから強く生きなさい、頑張りなさい、そうやって接することが大事です。

今の子供達の心は本当に空しい。生きる喜びがない。 

大局的に見た目的をあまりにも持っていない。親の考え通りに、いい学校、いい会社に入って、早く部長になり社長のポストを得ることだけが人生だと思っている。気の毒な生き方であります。

我々は誰しもが自分の存在価値を認めてもらいたいのです。

この世の誰からも相手にされないと思ったら孤独に陥り、生そのものを必要としなくなるわけです。

この世に生きている限り、誰でもが、神様は必要であるからこの世に置いて下さっているのです。

ですから周りが認めると共に、その本人自身が自分の生そのものの存在価値を認めていかれるように、子供を育ていくことこそ本来の育て方ではないかと思うのです。

現代の社会にとって、殊に現代の母親にとって、このインディアンの子育ての教訓は教育の原点です。

これから母になろうとする方々、これから結婚して子供をもうける方々、そして既に成人式を迎える子供を持っておられる方々、今からでも遅くありません。

母はいつでもその子にとっては母なのです。

“あなたを本当に愛しているのです。あなたを必要としているのです” そのたったひと言を子供に告げてあげるだけで、その子の人生はパッとばら色に変わるのではないと思います。

今日からでも家に帰ったら、早速子供に、否、子供だけではない、夫に妻に、舅に姑にそのひと言を告げて下さい。

誰でもみんな自分の存在価値を認めてもらいたいのです。

あなたがいらっしゃるだけで私たちは幸せなのだということを、語りかけていただければ、この世の中はみんな幸せになるのではないでしょうか。



  


    『光明思想に徹しよう』 西園寺昌美 白光出版







コメント

「アメリカインディアンの教え」 長いシリーズになってしまいました(笑)。最初は11の教えだけで終わるつもりが大切なことが書いてあるのでとても端折ることはできませんでした。

西園寺昌美さんの教育論、その通りだと思うし、人間神の子を伝えられたらどんなに子供達が輝いていくかと楽しみになります。

そのためには、私もブログなどを通してその考え方をいや真理を伝えていかなければなりません。

もし、みなさんの中でも共感してもらえる方がおられましたら、西園寺昌美さんのご著書とかをひもといて読んでいただけたらと思います。

ここでお伝えできなかったこともたくさん書いてあります。

では、長い文章に付き合っていただきありがとうございました。わーい(嬉しい顔)

 

  
   

アメリカインディアンの教え 5

  
子供のいい面を引き出すのは両親の愛
 


結論と致しましては、常に私が申しあげているように光明思想です。

すべてが素晴らしいんだということに尽きます。

自分の子供は天から授かったんだ、天から与えられ、天からお預かりしたんだという気持ちで子供を育てるべきなのです。

子供は生まれた時から憎らしい子、いやらしい子、汚らわしい子などいるはずがないのです。

充分に素晴らしい神の子として生まれてきているわけです。

その神の子としての素晴らしい部分を引き出すために両親の愛が必要なのです。

我々は今あまりにも物質に片寄りすぎて、精神をおろそかにしすぎています。

内的な力、心の占める位置、そういうものを無視して、ただこの世的な物質面のみ心が走っていく。

そういう現代において、このインディアンの教訓は改めて我々に警鐘をもたらしているのではないかと思います。

ですから世のお母様方はもっと原点に立ち返り、子供に心から接して下さい。

中学生、高校生、二十歳になっていても、今からでも遅くはないのです。

子供には素晴らしい面がたくさん隠されています。

悪い面ばかり、欠点ばかり、弱点ばかりを見て批判し育ててはいけないのです。

タバコを吸い、賭け事をし、果ては麻薬にまで手を出し、悪いことばかりをしているような子供でも、心の中をもっと深く見つめてみれば、淋しいのです。

孤独なのです。 誰にも自分のことをわかってもらえないから、そういう道に走るのです。

けれども子供をそういう道に至らしめた母親に、その責任が全部あるとは言えません。

その子は生まれてきた時、運命がある程度決まっているわけです。

ですから私は、両親の愛が欠けていたからとか、育て方が間違っていたからそういう道に走ったのだ、と両親に責任の全部を決して押しつけません。

その子はその子の因縁を持っている。

その子の運命はその子が導いていくものであるから、その子自身の責任であり、その子自身の生き方でもあるのです。

ですから責任とか義務とかいうことを私はここでいっさい申しませんけれども、やはり子供達に対し、人間の生きていく上で原点をもう一度見つめ直して接していただきたいと思います。

そうすれば今、自分の子供が自己を閉ざし他と交流しない自閉症であろと、また犯罪を犯したり麻薬に走ったり、快楽のみ追求していたとしても、その子供の心の奥を本当に見つめようとする少しの愛があったならば、その子の隠れている素晴らしい部分、まだまだ内に潜んでいて目覚めていない部分を引き出すことができるのです。

子供の長所をほめ、その子供の存在価値を認めながら導いていくならば、今までのその子の欠点、暗い嫌な部分が無くなり、いい面だけが現われてくるものなのです。




  『光明思想に徹しよう』 西園寺昌美 白光出版



     

アメリカインディアンの教え 4


 
○ 心が寛大な人の中で育った子はがまん強くなります。


子供はメチャメチャことをします。いけないことも間違ったこともたくさんします。

してはならないことを陰でこそこそします。

けれども親はいたずらにそれを責めません。

寛大な心でもって子供に接します。 

そして大きくゆるし、正しい方向へ子供を導きます。

そうすると子供は我慢強くなる。いい加減でごまかすことをしない。

嘘をつき途中で放り出すことをしない。

熱しやすく冷めやすい子供にはならない。

やはりひろい心で長く見守ってあげることです。

子供にすぐに結果を求めるのでなく、寛大な心で大局的に子供を眺めていると、子供は忍耐強くコツコツ自分のペースでやり遂げ、我慢強く最後まで達成できる子供に育っていきます。

それがインディアンの知恵です。





○ 批判ばかりを受けて育った子は非難ばかりをします。


これでは駄目ね、あなたは駄目ね、という言葉ばかりで育った子供は、今度は相手の弱みにつけこみ非難し攻撃ばかりする子供に育つ。

だから批判ばかりしてはいけませんよと言っているわけです。

人を非難ばかりしている子供を見ていると、その子の親はよほど子供を批判ばかりして育てたんだと思わざるを得なくなります。

あなたはここが間違っている、こうあるべきだと、理想論ばかり子供に浴びせていても子供はそれを受け入れていくことはできないわけです。

大体そういうことを子供に言う親は何もわかっていないから、そういう育て方をするのだと思います。





  
○ 敵意にみちた中で育った子はだれとでも戦います。


常に人と敵対して生きている両親の許で育った子供は、親と同じように誰とでも敵対しいく。

常に人を敵対視して、相手を負かしてやろう、自分は正しい、強いんだ、偉いんだと、自己主張し、自分の存在を示そうとして、誰とでも戦っていきます。



 

○ ねたみを受けて育った子はいつも悪いことをしているような気持ちになります。


ねたみを受けて育った子は、正しい良いことをしていても、やはり自分は行けない子なんだ、自分は生れてこなければよかったんだ、自分は必要とされていないんだと思い込む。

そういう子供に育ってしまう。

ですから子供の育て方、人間の生き方について、インディアンのこの教訓を一つ一つ我々は学び反省しなければいけないと思うのです。



  

    『光明思想に徹しよう』 西園寺昌美 白光出版


  
 

アメリカインディアンの教え 3

 

インディアンは本当に自然の中で子どもたちを素晴らしく育てております。

私はこれは一つの哲学だと思うのです。生きる原点だと思います。

釈迦やイエスや古来からの聖者賢者に負けない素晴らしい神の理念がここに表わされております。




○ ほめられる中で育った子はいつも感謝することを知ります。


子どもたちをほめてあげなければいけない。

ほめながら育てていく、ほめながら子どもとの交流をなしてゆく。ほめられた子というのはここで言われているようにいつも感謝する。人間は自然に感謝が湧き出てこなければならない。

食べ物を施された時に感謝する。人に親切にされた時に感謝する。何か与えられた時に感謝する。自分ができないことを克服できた時に感謝する。

自然に感謝できる、そういう感謝のわかる子どもというのはほめられる中で育った子だ、とこう言っているんですね。






○ 思いやりのある中で育った子は信仰心を持ちます。


今の子供達には思いやりとか親切とか優しさが欠けてきておりますが、まだまだ子供達の中に本当の思いやりのある子、親切な子、優しい子がたくさんおります。

厳しい苛酷な自然環境の中で必死に生きていくインディアンの仲間にとっては、お互いの思いやりが生きていく上での原点です。

太陽に感謝し、大地に感謝し、植物に感謝し、動物に感謝する。

自分の周りのあらゆる生きとし生けるもの、大自然の恩恵によって生かされている、そういう心になっていくのです。

でも現代の子供達をみて、こういう心を理解し育っている子供達は少ないのではないかと思うのです。

お互いがお互いを思いやる、そういう心の中か強い信仰心が生まれるのです。






○ はげましを受けて育った子は自信を持ちます。


これは私が常日頃申し上げている光明心です。

「大丈夫よ。あなたなら絶対にできるわよ。あなたの力で必ずやり遂げることができるわよ。どんな困難があってもあなたならできるわよ」

と常に子供達を励ましていく。

不安や恐怖を与えないで力づけていく、勇気づけていく。

そしてその子供が本来持っている神の資質、素晴らしい内在する宝物を引き出していく。それが親子の自然の交流なのです。

インディアンはやたらに甘やかし、ほめているのではないのです。

子供の中にある神様から授かった素晴らしい資質を、自然な親子の交流を行なうことによって引き出すのです。

自分はできるんだ、本当に大丈夫なんだと思う気持ちがあれば、どんな困難をも覆してやり遂げることができるのです。

子供がその自信をつけていくために親は励ましていかなければならないのです。

あなたは駄目ね、才能がないわね、それじゃ生きていかれないわよ、とすぐ
自分の子供をけなしてばかりいたのでは、子供は自信を持つことができません。

子供はいずれは親の手を離れ自立していかなければならない。

いつまでも両親が生きていられるわけではない。

子供を自立させるその原点は励ましです。

自分の子供を励ましていくことです。

どんなに内気で恥ずかしがり屋な子供でも励ましていく。

そうすると子供の中に自信が芽生えていく。

どんな不安の時も恐怖を感じる時も、大丈夫、自分はできるんだと、自信を持てるようになるのです。

励ましは素晴らしいことです。



  

    『光明思想に徹しよう』 西園寺昌美 白光出版



 




 

アメリカインディアンの教え 2

 

○ ほめられる中で育った子はいつも感謝することを知ります。


○ 思いやりのある中で育った子は信仰心を持ちます。


○ 仲間の愛の中で育った子は世界に愛をみつけます。


○ はげましを受けて育った子は自信を持ちます。


○ 公明正大な中で育った子は正義心を持ちます。


○ 人に認めてもらえる中で育った子はがまん強くなります。


○ 批判ばかり受けて育った子は非難ばかりします。


○ ひやかしを受けて育った子は、はにかみ屋になります。


○ 敵意にみちた中で育った子はだれとでも戦います。


○ ねたみを受けて育った子はいつも悪いことをしているような気持ちになります。



 
 ( 作・ドロシー・ロー・ノトル/訳・吉永 宏)

 『アメリカインディアンの教え』 (加藤諦三著、ニッポン放送出版)より




  



感想・・・こういう風に自分も育てて欲しかった(笑)私も含めそう思った人も多いと思います。

ここの教えにあるように育てられなかったからこそ、どこかに性格的に歪んだところが出ている。

そうではないでしょうか?

親が性格的に問題があった、その親に育てられたので影響を受けた。

だからいまもひきずっている。(性格的なことで悩んでいる)

でも、それはもうしかたのないことですよね。

いまさら、親や先生が教育し直してはくれない

その頃に戻って親や先生を代えることもできない

自分の歪んだ性格は自分で矯正していくしかないのです。無限なる可能性!

年を重ねると

「今さらもう遅いよ」

とか

「頭が固くなっているからダメ」とか言いますが

それは肉体人間の力でやろうとするから難しいのです。

私は性格的なものは神様だったら変えてくださると思っています。

キリスト教にある

「愛深い自分にならしめ給え」

「神様強い自分にしてください」

「私に勇気を与え給え」

でもいいと思うのです。

肉体人間の自分ではどうしようもないことも

完璧(パーフェクト)な万能の力を持った宇宙の神様だったら

出来ないことはないのです。

私は自分で出来ることは自分でやればいいと思うのです。

しかし性格を変えることや(変えようとする努力は必要です)

相手の気持ちをコントロールすることは

自分にはできないのです。

だから自分にできないこと

難しいことは神様に一任してしまえばいい

その部分は全託すればいいと思うのです。

神様は人間にできないこと、難しいことまで

「やれ!」とはおっしゃっていない。(それをやろうとするからしんどい)

そのために、弱い肉体人間を救うために

宇宙神は

守護霊と守護神をつけてくれた(守護霊は2体、守護神は一体必ずついてくれています)


また話がズレてしまいましたね(笑)。


では、次の日記でインディアンの教えの解説を西園寺昌美さんにお願いします。



 


 

アメリカインディアンの教え 1

 
  
良書って本当のことが書いてあっても、正しいことが書いてあっても、うんうんとうなずくような説得力があるようなことが書いてあっても、気づきが多いことが書いてあっても

それだけではダメだと思うのです。

読んだ後で明るくなって、元気が出てきて、前向きになろうとするものでないと・・・・。

今巷に溢れている情報も、残念ながらネガティブなものが多いです。

9割が暗いものだし、ネットもたくさんの情報に溢れているけど

疑心暗鬼になるものがたくさんある。

私たちは、そのネガティブなエネルギーをいつの間にかいっぱい受けてしまっている。

なんのための情報なのか?

なんのために本を読むのか?

なんのためのブログであったりツイッターであったり、facebookであったり、mixiなのか(笑)。

私はこれから日記を書いていく上で、後味がスッキリなるような、プラスのみの、そしてプラス思考になるにはどうしたらいいのか?

解決方法をしっかり書いて終わるような文章をかいていきたいと思っています。

ところで話は変って(笑)

私は未来を明るくするのは、こどもたちが健全な魂で育つことだと思っています。

そして元、子どもだった今の大人たちは、残念ながら健全に育たないまま大人になってしまった。無限なる光 ぴかぴか(新しい)

これからは素晴らしく健全に育った子どもたちの姿を観て、触れて大人が目覚めていくのが理想でもあるしこれからの姿だと思っています。

そのためには大人がこどもたちに対する接し方を変えないといけません。

では、健全とはなんなのか?

私は魂が宇宙に真っすぐに延びてゆく様子をイメージしています。

宇宙とは、人間の原点です。

素(もと)です。

宇宙(素)に真っすぐつながっていることを

素直といい

宇宙には曇りや雨はなくいつも晴れていることから

素晴らしい!

というのだそうです。

素晴らしい! 素直な子

これが本来のこどもたちの姿でもあり

大人の姿でもあると思うのです。

次の日記ではアメリカインディアンの教えから

子どもに対する接し方について書かれた言葉をご紹介します。

インディアンには、子どもを育てるために自然から、宇宙の根源からよみとった、いわゆる直観力から出てきた素晴らしい、心打たれる言葉があるのです。



 


 

2012年4月12日 (木)

仕事について(エネルギー編) 3

  
  
  
Y・・・それと仕事をする上で大切だと感じていることがあります。

それは人にはそれぞれの役割りや、もってうまれた 「天命」 のようなものがあって、Aさんにはこの役割、Bさんにはあの役割りというように適した仕事が異なることです。

やっぱり華やかな仕事や前にでる役割には憧れますし、そういう仕事に就きたいと思っていました。

それに、恥ずかしい話ですが、華やかで前に出る仕事の方が上で、裏方の仕事の方は目立たないし、下の仕事だとつい思ってしまいがちでした。

でも、印を組み気を鎮めて、感情に左右されないフラットな自分に出会って、客観的・総体的に考えることができるようになってくると、

目が口になることはできないし、足が頭になることはできない。

一見いろいろなことを考える頭は他の部分より 「優れて」 いるようにみえるけど、手や足がなければ実際に何かをすることはできない。

それぞれがそれぞれに自分の役割を全うしてこそ、体全体(つまり、仕事全体)がうまく機能する、という当り前といえば当たり前のことがすとんと腑に落ちるようになりました。

腑に落ちるとあら不思議!

今まで普通にしか見えていなかった周りの方々が急に素晴らしく役割を果たしていらっしゃることに気付いたんです。

ああ、こんなに素晴らしいんだな~と思って、1人でやらず一緒にやろうとするとうまくまわりだす。

1人でがんばらなくても、任せていけば周りがうまくかみ合ってまわっていく。

仲間と、そして自分を守って下さっている守護霊様、守護神様に感謝する。

これができるようになって、随分楽に、そして以前よりうまく仕事が進むようになりました。



W・・・その通りと思います。 任せる、感謝する、祈る、愛する、です。



Oさん・・・プラス思考で感謝の生活をしているとどんな事でもつらい事でも自分の必要性がわかり、その仕事が好きになってくる。



Y・・・あと、成果をあげるということについていえば、力ずくでがむしゃらにやるより、まずエネルギーを整えて、頭をすっきりさせてから取り組んだ方がよい結果になります。

但し、常に真剣に、地道に、そして手を抜かないこと。

仕事そのものもそうですし、そのためにエネルギーを整える時もこれは大切だと思います。



O・・・肩の力を抜き、落ち着いてから物事に取り組むと仕事がはやくできる。 祈りや印を取り入れるとさらに効果がありますね。




F・・・私も職場の扉を開ける直前 “絶対大丈夫。我即神也 成就 人類即神也”などのことばを心の中で唱えて心をスッキリさせてから仕事に入ります。

それをするのと、しないのとでは1日の仕事のはかどりや自分のエネルギー(元気)が違うような気がします。





● すべてはエネルギー、波動で出来ている。気を鎮めエネルギーを調えればおのずとまわりの状況は良くなる。


● 気を鎮めるには、下丹田・足の裏を意識する。(息を吸いながら「我即神也」、止めて「成就」、吐きながら「人類即神也」と心の中で唱えるのが効果大)


● 人にはそれぞれ役割、天命がある。



  

「無限次元への誘い」于寿明 星湖舎 第6章 半信半疑から


 http://utoshiaki.wook.jp/detail.html?id=207092


  

仕事について(エネルギー編) 2




 
仕事



Yさん・・・ 思うような仕事になかなか就けずにいた頃、于先生に「すべてはエネルギー、波動なんです。気を鎮めエネルギーを整えれば自ずと周りの状況がよくなり、望む環境が現われます」 とよく言われました。


Oさん・・・気が鎮まっていない時、Yさんの場合はどんな状態ですか?


Y・・・私の場合は感情のコントロールができない、すぐにイライラしてまわりに当たる、いやな出来事はみんな人やまわりのせいにするという状態でした。こうして書いてみたら、これってかなりひどい奴ですね(笑)。


O・・・みなさんどうですか? 気を鎮めるためにどういうことをしていますか?


Y・・・とにかく下丹田(かたんでん)を意識する、呼吸を意識する、印を組む、プラスの言葉を祈る、唱える、あとプールで泳ぐとか逆立ちやストレッチも効果大です。

于先生に言われた時は、そうなのかなあとあまり深く考えることもなく、言われままにとにかく気を下丹田に鎮めること、プラスのエネルギーに入ることを心がけて何年か経ちました。

その間に仕事を何度かかわりました。

なぜか誰がきいても 「それはあまりにきつすぎる」 「給料が安すぎる」
「人間関係が大変」 という職場を2回ほど経験した後、これまでには考えられないくらい働きやすい職場にうつることができました。

それはちょうど私が印と祈りのおかげて、気を鎮め感情のコントロールができるようになり、意識をプラスのエネルギーに合わせることができるようになってきたことに比例していたのです。

全てはエネルギーだとおっしゃった先生のお言葉を今では超納得しています。



Fさん・・・目の前の仕事に集中できないとき、たいがい別のことを考えていたりします。

別のことを考えている自分を客観的に観察できたとき、

「あっ気が鎮まってないな」と気づくことができます。

そして即、肛門をしめて、下丹田や足の裏を意識します。

すると姿勢もよくなり頭も冴えてくるようです。



Wさん・・・エネルギーが整っていない時は、簡単な事や、慣れている事さえうまく進まない。言葉つかいまできつくなる。

反対にエネルギーが整っている時は、大変な事が重なって困った状況になっても魔法のようにスムーズに片付いていき、とても次の予定まで無理と思われたことさえ可能になりますね。



F・・・振り返ると調和波動気功法と出会う前とその後での仕事の働きやすさは全然違います。

地が足についたというか、どっしりとしたというか。

きっと、調和波動気功法のおかげで自分が変わり、人間関係がよくなったおかげだと思います。

調和波動気功法に出会う前の私は自分に自信がなく、いつも心がうわの空のような状態だったと思います。

人のお役に立ちたいという気持ちは人一倍でしたが、一人で空回りして、他のスタッフとの連携がとれずに迷惑ばかりかけていました。

自分の事で精一杯ですから、周りの状況がまったく読めずに独りよがりの状態だったんですね。

仏の顔も三度までといいますが、ミスが続き、本当に毎日のように怒られ続けて(5年間)つらかったですね。

そして調和波動気功法と出会い自分にゆとりができてきたからでしょうか、周りの人の気持ちがわかるようになり、今何をしたらいいのか自信をもって行動できるようになりました。<働く> とは、<端が楽> ということですよと教えていただいた事を思い出して、なるほどと思うこのごろです。

今では人間関係もうまく築けてとっても仕事が楽しいです。




 「無限次元への誘い」于寿明 星湖舎 第6章 半信半疑から



  



   


  

仕事について(エネルギー編) 1

  
  
私たちは、目に見えることばかりに意識がいってしまい、心の中のことを忘れることがあります。

例えば、自分が家で家族の人と喧嘩をした、心の中は怒りの感情で悶々としている。

そのままの精神状態で、家を出て、車のハンドルを握った、反対車線のトラックには、同じように家で喧嘩をしてしまった運転手さんがハンドルを握っている。

2人ともまだ怒りを残したまま運転をしている・・・・・・・・・。



この世はもちろんのことながら、宇宙も波動(エネルギー)で出来ています。

海の流れ、風の流れ、水の流れ、そして物質も人も動物も、植物も・・・・すべては波動なのです。

人間の体は粗い波動体で出来ているし、目に見えない心も細かい波動です。

物でも人でも目を細めると波のように揺れているように見えるときがありますよね。(そんなことありませんか?)

そして波動は、同じところに集まろうとします。

共鳴するのですね。

これが宇宙の法則です。

ですから自分の心も常に何かと共鳴し続けているのです。

先ほどの話でいうと心と心が共鳴したら、車とトラックも共鳴してしまう。

人は事故が起こると偶然だと片付けます。

あるいは一方的に相手が悪いという。

しかしどちらの人の心が穏やかならば、この2台はぶつかることはないのです。

そして、もし車同士がぶつかったとしても(前世での因縁があって)

心穏やかな人は、かすり傷くらいで済むのです。

心が穏やかということは、波動が霊化しているのです。

細かくなった波動は、粗いものと共鳴しない。

だからトラックが目の前に迫って来ても

「絶対に大丈夫、私はこんなところでは死なない、私はまだ天命をまっとうしていないからここで死ぬわけにはいかないんだ」


という心境にあるとトラック(物質)が自分の体をすり抜けることもあります。

車ごとすり抜けることもあるのです。(心が細かい波動体ならば、乗っている車もそうなっているんですね)


人はこれを奇跡と呼ぶのですが

波動的に観ると不思議でもなんでもないのです。

それくらい心の中は大切です。

心を整えるとおのずと周りが整ってくる。

私はこのことをよく経験しているのですが(善い意味でも悪い意味でも)

みなさんもかなり心当たりがあると思います。

そこで、次の日記では

心の働きが仕事の働きと連動しているという実体験の話を「無限次元の誘い」という本から抜粋します。

この対話に出てくる登場人物は、私が実践している調和波動気功法の仲間たちです。

調和波動気功のこともよくわかっていただけると思いますので

どうぞお付き合いください。




  

  




2012年4月11日 (水)

流す、外す、消す 4

  
  

流す、消すは私の中ではほぼ同意語です。

でも微妙に違う

流すためには消さなければならない

消すと流れていく

こんな感じでしょうか

でもほとんどの人は流すことをしていても

消すことをしていません。

だからそのマイナスのエネルギーがよそにいったり

どこかでまた、悪さをする(笑)。

エネルギーとは消さないかぎりいつまでも残像は残っているのです。

地球が浄化されて本当に美しい星、

生まれ変わった星になるためには浄化をしないと顕われないのです。

そのためのメソッドはここでは何回も書いてあるのですが

神界(宇宙)と共鳴して、宇宙の美しいエネルギーを地上に降ろすしかないのです。

自分がその光(プラスのエネルギー)を降ろす光の柱になるのです。

天と地を貫く光の柱になることによって

自分が光始める

その光の柱が臨界点に達したときに

一瞬にして

3次元から4次元へと突入するのです。

話がまたズレてしまいました(笑)

では、消すにはどうしたらいいかですが

自分の想念をすべて宇宙に還してしまうのです。(マイナスを持ったままでいいから、汚れたままでいいから飛び込んでしまう)

肉体という小さな小我の自分が本当の自分の居る宇宙にいる自分、大我の自分と合体するのです。

小我の自分が大我の自分に溶け合うと大我の自分が肉体の自分に入ってきます。

これが神我一体です。

自分の汚れた想念は、宇宙に還すことで綺麗になって戻ってきます。(当然自分の運命も善くなります)

これで消すことが出来ているわけです。

そして消すためには、宇宙と波動、波長を合わせなければならない。

宇宙の意志、宇宙がなにを望んでいるのかを人間側が知らなければならない。

でないと共鳴しないからです。

その共鳴する言葉こそ

「世界人類が平和でありますように」

なんですね。

これは肉体人間が、肉体の頭で考えた言葉ではありません。

宇宙神からのメッセージなのです。

この言葉を唱えることで肉体意識を超えて宇宙意識になれる

そしてマイナスのエネルギーを消し去りプラスのエネルギーを創り出すことが出来る・・・・・・と

一気に書いてしまいましたが

みなさんわかっていただけたでしょうか?(笑)

補足としては、流すの中に肉体のケアがあります。

肉体を大切にして

軽い運動などをして

エネルギーが流れやすいようにしていく

それに祈りを加えると

ほんとに気持ちがいいです。わーい(嬉しい顔) ぴかぴか(新しい)

スッキリ爽やかになっていきます。

流す、外す、消すに関してはとても大事なことなので

これからも書いていきます。

よろしくお付き合いください。


  

宇宙と共鳴する言霊


世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます


無限なる愛

無限なる調和

無限なる平和


「必ず善くなる、絶対大丈夫、大成就」



  


 

流す、外す、消す 3

  
  
  
流す、外す、消すはセットになっていてバラバラにするものではないのですがここではわけて説明いたします。

では、流すですが、私たちは宇宙からエネルギーを戴いています。

肉体的にいうと頭のてっぺん(百会といいます)から入ったエネルギーは体の中の60兆の細胞を通って足の裏から地球の中心へと抜けていきます。

これは樹木を観ていただけたらわかりやすいです。

樹も天からエネルギーを受けて幹はもちろんのこと枝葉までそのエネルギーが流れ、根から地球の中心へ流しています。

川の流れも同じです。

エネルギーが順調に流れているから樹も健康であり、川も綺麗な水が流れます。

人間もこれとまったく同じなのです。

しかし病気になったり、悩んだりしているときとは、宇宙から戴いたエネルギーがサラサラと流れていないのです。

病とは気の病と書く。

気とはエネルギーなので、エネルギーが病んでいる痛んでいる、滞っているんですね。

エネルギーがサラサラと流れている状態!

これが本来の人間の健全な、本来の姿なのです。

だったらエネルギーがスムーズに流れるようにすればいい。

そのためにはどうしたらいいか?

次の日記に書いていきます。


  

流す、外す、消す 2


  
マイナスのエネルギーが肉体の頭脳に入ってきます。

感情的になるのは、頭に誰かの怒りの感情を受けて自分の中にもある怒りの感情と共鳴するのです。

「頭を冷やせ!」

「気を沈めろ!」

という状態は気が上がっている。

意識が頭(肉体)にあることを言っているのです。

肉体に意識があるから人の想念エネルギーを受けてしまうのです。

眠っているときには

苦しみはありません。

それは眠ることによって肉体から意識が外れているからです。(その間に守護霊様は人間についたマイナス想念を浄めておられるのです)

寝ている間に肉体界を離れて違う世界に行っています。


だから起きているときにも

肉体から意識を外してやればいい

スポーツをしているとき、運動をしているときは

嫌なことを忘れている

その感覚ですね。

これが順序は違いますが 流す、外す、消すの

外すにあたります。

調和波動気功法では

座っているときはおしり、立っているときは足裏といっています。

肉体から外れればどこに意識を置いてもいいのですが

気を沈めるためには体の最下点がいいのです。

おしりや足裏は意識しやすいし、肉体から意識も外れているのです。

これを実践するとかなり楽になります。

マイナスの想念エネルギーが入ってこなくなるからです。

では、次の日記で話を進めます。


  


流す、外す、消す 1

 
 
 
この世は、波の交差です。

電波だけでなく人の想いの波も容赦なく私たちの脳裏に次から次へと入ってくる。

「こんなこと想いたくもないのになんで想ってしまうのだろう?」

「頭の中を去来する元になっているものはなんなんだろう?」

と思わずにはいられません。

でも目にみえないものは説明のしようがない。

だからあらぬこと、よからぬこと、邪なこと・・・・を想ってしまう自分を責めてしまう、そしてマイナスをしゃべってしまっている相手を責めてしまいます。

いったい人間の頭の中を去来するものとはどういうものなのか?

調べてみる必要があるのです。

でも肉体人間ではわからない

今の科学でも全然わかっていません。

そこで、目にみえないことはみえない世界に住んでおられる守護霊様、守護神様に聞くのが一番だと思うのです(笑)。

肉体人間とは、どういう状態の中を生きているのか?

それを的確に教えてくれる文章があります。

まず、そこから始めましょう♪





守護霊、守護神に代ってあなたに語るより


6、羨望の心が湧くのも致しかたない。
 
嫉妬心にもだえるのもまたこれ仕方がないではないか。
 
そして人の幸福を妬み人の不幸を心ならずも喜ぶのもまた致しかたない。
 
人の心は感情によって左右されるものであるから、感情を無くさない限りこのようなことはすべて人の心の中に起こり得る現象である。
 
この世は物質肉体の世界、完全なる霊なる世界と違って不自由な束縛ある世界、よくないことだと充分にわかっていながら、正しいことではないと充分に理解していながら、神から反している行為だと充分に納得していながら、やはり現れてくるのが現実なのである。
 
おさえる必要はない、出すだけ出すがよい。

だが、出来るだけ人に迷惑がかからないように出してゆくのだ。
 
相手にまともにぶつからず、声を出して私にぶつけなさい、私にどなりなさい、私に非難をあびせかけるがよい。
 
私はあなたの心が充分にわかるだけに、あなたが愛しくて可哀相でならない。
 
私の大きな翼であなたを包んであげよう。
 
癒してあげよう。
 
心の中にある鬱憤をすべて私に吐きすてるのだ。
 
私が聞いてあげよう。
 
私が代わって祈ってあげよう。
 
あなたがあなた自身で祈れる時がくるまでは。

 偽善者 になるよりはよほどよい。






感想

この文章を読んでいると守護霊様守護神様のあたたかい愛ももちろん感じるのですが、人間がとんでもない環境の中で生きていることがわかります。

そう書いてしまうと嫌になるのですが(笑)

不自由な肉体界という世界だけで生きていることがわかります。

そして自分の意志ではどうにもならないほど、嫉妬や羨望、怒り、悲しみなどの人の感情の渦の中にいることもわかるのです。


私たちは人の感情という波(波動)の中で生きているのです。


肉体界だけに意識があるとこの波の中で生きて行かなければならないわけです。

お釈迦様が 「空になれ」 とおっしゃったのは、肉体から意識を外して、本当の世界(仏界、神界、宇宙)とつながりなさいということだったのです。

そうでないと人間は絶対に救われないとおっしゃったのです。

今、私たちは自分を含め、人間を守るために

この 「空になる」 ことが大切だと思います。

空になって神界、宇宙(本当の世界)につながる。


そしてマイナスのエネルギーを受け取らずに流していく

外す

そして流し外すだけでなく、マイナスのエネルギーを消して

プラスのエネルギーに換えてゆく

そのメソッドを次の日記に書いていきます。わーい(嬉しい顔)

  
  
 
 



友人を求める前に自分自身を愛する 2

      
  
できるだけ多くの友人を欲しがり、知り合っただけで友人と認め、いつも誰か仲間と一緒にいないと落ち着かないのは、自分が危険な状態になっているという証拠だ。

本当の自分を探すために、誰かを求める。

自分をもっと相手にしてほしいから、友人を求める。

漠然とした安心を求めて誰かに頼る。

なぜ、そうなるのか。

孤独だからだ。

なぜ、孤独なのか。 自分自身を愛することがうまくいってないからだ。

しかし、そんなインスタントな友人をいくら多く広く持ったとしても、孤独の傷は癒されず、自分を愛するようにはなれない。

ごまかしにすぎないからだ。

自分を本当に愛するためには、まず自分の力だけを使って何かに取り組まなければならない。

自分の足で高みを目指して歩かなければならない。

そこには苦痛がある。

しかしそれは、心の筋肉を鍛える苦痛なのだ。



        
               ニーチェ






詩でも歌でも、本でも読んだ(聴いた)後でその人の心が明るくなって前向きになれるものでなければ、読まない方(聴かない方)がいいと思うのです。

本が嫌い、苦手な人とは、良書に出逢ったことがないのかもしれません。

ニーチェのこの詩を読んでいると友人をつくるのでも自分を愛していないと意味がないと書いてあります。

その通りだと思う。

しかし

だったら自分を愛せない人は友達をつくってはいけないのか?

になってしまう。

これだったら、読まない方がよかったになるのです(笑)。

問題は自分自身を愛する方法が書いてないとダメですよね。

最後の方の文章で



自分を本当に愛するためには、まず自分の力だけを使って何かに取り組まなければならない。

自分の足で高みを目指して歩かなければならない。

そこには苦痛がある。

しかしそれは、心の筋肉を鍛える苦痛なのだ。


とあります。

ここで気づく人はいい

苦痛に耐えれる人はいい(笑)

だけどこれだけで気づける人が何人いるか?



そんなことをふと考えたのでした。

「自分自身を愛すること」

「自分を好きになること」

これが出来ればどんなに素晴らしいことでしょうわーい(嬉しい顔)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




私は、ダメな自分も弱い自分も

自分で自分をそのまま丸ごと抱きしめてあげればいいと思うのです。

子どもが母親の胸に抱かれるように・・・・。

母親になった自分が今の自分を抱きしめるように(実際に自分で自分を抱きしめてみるとほんとに気持ちがいいです)

それは無条件の愛ですよね。

自分で自分を癒してあげる

それしかないと思うのです。

これからどうするかは二の次、三の次

自分しか自分を癒せることは絶対に出来ません。



そして十分に癒されたときに

本当の元気が

心の奥底から

湧いて来ます。



それから始めたら

いいのです。



  

友人を求める前に自分自身を愛する 1

  
  
 
私の尊敬する坂本龍馬は、幼い頃一人遊びばかりしていたそうです。

そしてしゃべり出すのが他の子どもと比べてかなり遅かったそうです。

龍馬は、幼少の頃に自分自身と対話して、自分というものをしっかりと確立していったのだと思います。

今の人間に欠けているのは、人とのコミュニケーションではなく

自分との対話ではないのか?

自分というベース(基礎)が出来ていないのに

外に外に出ようとする。

だから「生き方」に一本スジが通っていない

すぐにブレてしまう(無限なる愛!)

哲学者のニーチェはそのことをよくわかっていたのだと思うです。

次の日記で、ニーチェの詩をご紹介します。

よかったらお付き合いください。わーい(嬉しい顔)



  

  

2012年4月 9日 (月)

私のメンター(人生の師匠)


  
今日は私のメンターである于寿明(ウ・トシアキ)先生をご紹介します。

先生のレッスンに通ってもう10年が経ちますが、教わることは無限大にあります。

そんな大きな存在の于先生とはどんな方なのか?

みなさんにご紹介したいと思います。

生徒たちが書いた文章ですが先生のお人柄をよく表わしています。




 
于寿明先生から学んだこと

 
 

● ユーモアを持つ

立派な人でも、まじめなだけでゃ近寄りがたい存在です。

先生はレッスンやセミナーの時、緊張していたり初めての方がおられると、

開口一番おもしろい冗談を言ってその場をパッと明るく楽しい雰囲気に変え

てくださいます。無駄な肩の力が抜け、ニュートラルな状態になれるので

す。

そして冗談の合間にポロッとおっしゃる真理の言葉は、心に深く残ります。



 

● 快いエネルギー

レッスンの時、先生の前に座るだけで、とても安心し、落ち着きます。

頭でいろいろ考えたり、マイナスのエネルギーを溜め込んで傷ついている心

が一気に溶かされていき、すっきりさわやかに明るくなります。

大きな深いあったかい無限のエネルギーに包まれている安心感があるので

す。



 

● 人の価値とは・・・・

于先生に教えていただいた特に印象に残っている言葉です。

「人は必ずいつかは亡くなりますが、その人の人生がどれだけ価値のあるも

のであったかは、どれだけ神性を現したか、それのみで決まるものです。」



 

● 超一流の人とは・・・・

「全ての人に対して同じ態度で接する。」

自分の周りの全ての人に対して、明るく、礼儀正しく、謙虚で思いやりを持

って接する。



 

● 全ての人に

先生は決して気取っているわけでもないし、親父ギャグも出てくる親しみや

すい方です。先生は社会的地位や名誉に関係なく、どんな人にでも同じ態度

と言葉使いをされています。 何年も経つ弟子にも丁寧に挨拶をされ、「あ

りがとうございます。」とお礼を言われます。 先生にそう言われると、こ

ちらも背筋が伸び、見習わなくてはと思うのです。



 

● 子育て、人育て

子育てで他の子と比べて気に病んでいた時、先生がおっしゃいました。

「私は待つことにしています。ここにくる生徒さんに、もっとこうしたらい

いとか色々あるんですけど・・・・本人がやる気を出さないうちは言っても

ね。助言はしますが待つことにしています。」




 
● 目的、希望、趣味を持つ人生であれ

数年前、私は子育てと、仕事を卒業し、幸せなことに色々な趣味に没頭する

人生を送っていました。最近、体操と気功の教室を持つことになり、急に生

活が華やかでパワフルになりました。先生がいつもおっしゃる目的と希望を

持てたのだと思います。



 
● 激しい感情

激高、激怒、ねたみ、嫉妬といった感情は暴飲暴食よりも身体を痛める。



 

● 忘れ物をする

しかも何回も続けて・・・・ミスを繰り返す・・・・こんな時は自分に嫌気

がして落ち込みます。

そんな時、先生が自分の行動にポイントを置くように言われました。

気を入れる所と、気を抜く所。だらだらしないで行動にメリハリを付ける。


この意識でミスは減ります!




 

● 太陽のような存在

初めてレッスンを受けたとき、先生は太陽のように明るく、その場にいるだ

けで体中の細胞が喜び、癒されている感覚になりました。

ただいるだけで、ただ横を通るだけで周りを幸せにできるエネルギ

ー・・・・。それは天地を貫きただひたすら世界平和を祈り続けておられる

から。





● 人を慈しむ


とても大切な人として扱われると、人間は癒されます。いつも人に対して、

真心で真剣に対座するのです。

絶えず人のことをきにかけ(この世に、こんなにも自分のことを考えてくだ

さる方がいるのかと、思うくらいに)、喜ばせ、笑わせ、元気にさせるので

す。


 

● 日々行ずる

安心立命している。下丹田がいつも地の根に結んでいる。心に余裕がありユ

ーモアに溢れている。愛に溢れている。

このような状態でいられるように「世界平和の祈り」を祈り、守護霊、守護

神に感謝し続けます。また、「無限なる愛、無限なる調和、無限なる平和」

という光明思想の言葉を唱え続けます。

印を組むほどに、信が深まります。

進化した自分の姿をイメージして過ごします。



 

● 平常心を保つ

リラックスする。

① 気を下げる。(立っているときは足裏、座っているときはおしり)

② 下丹田(へそ下3.5センチ)を意識する。

③ 祈り続ける




  
  「無限次元への誘い」于寿明 星湖舎 


 調和波動気功法

  http://homepage2.nifty.com/hmwave_goldendoor/


  オーラ・オーラ

  http://auraaura7.com/




  


  

こどもたちが地球の未来を創ってゆく 2

  

    
・・・・また、学校教育では 「正しい職業観」も指導すべきだと思います。

現在の日本には、学業のできる子どもと苦手な子どもを選り分けして、前者を優遇するという学歴社会ができ上がっており、そのことが若者の労働観をずいぶんゆがんだものにしています。

いい成績を上げて官公庁や大企業に入ることをよしとして、手先が器用であるとか、人と接するのが得意であるといった、学業以外の特性は置きざりにされているのです。

こういう現状を正すためにも、たとえば小学生のときから、世の中にはこれだけ多くの職業があり、それぞれの分野でたくさんの人が懸命に働いている、だからこそ社会や人間の暮らしが成り立っているのだということを教えていく。

そこから理髪師になりたいこどもには、どんな学校へ進んで、どのような資格をとればいいのかといった実用的な知識を授けていく。

そういう職業教育も施すべきです。

宮大工の例を前章であげましたが、大工に限らず家具職人、縫製師、あるいはお百姓や漁師など、どんな職業であってもその仕事に打ち込むことが心を磨き、人格を高めることに通じます。

そのような働くことの意義、つまり正しい職業観を教えてあげるのも、教育の大きな役目であるはずです。




        『生きる』 稲盛和夫 サンマーク出版



  


  

こどもたちが地球の未来を創ってゆく 1

    
今の日本の教育は少しおかしなところがあると思います。

しかし、良いところもたくさんあるので

「ここはちょっとおかしいぞ」

というところだけ改善していけばいいのだと思うのです。

そこで私の持論があるわけなのですが


私の考えとは


人間は神の子なので

「あなたは神の子なんですよ、だから神様の心、力が宿っていて、どんなことでも乗り越えていく能力が備わっているんです」

「その能力とは人それぞれ違うからそれがなんであるのかを見つけましょうね」

「見つけたら、それを自分だけのために使うのではなく、人のため、みんなが喜んでくれることに使いましょうね」

「それが職業となれば天職となります」

とこどもたち(大人にも)に言いたいと思います。


でもこれを言うには時期であるとか

タイミングがあります。

神様というものがどういうものかとわかっている人にしか通じません。(子どもは本能的に知っていますが)


だから段階がありますよね。

私は3次元(この世)と4次元(神界、宇宙)をつなげたいと思っているのですが、その前には3.5とか3.7とかの(数字はどうでもいいのですが)中間の話をして、神とか目にみえないものの存在(サムシング・グレート)がたくさんの人に理解されていけばいいなと思っています。


今、次元の高い本がたくさん出ています。


人間を覚醒させるために神様が、人間の器を使ってその人に書かせているのだと思うです。

そしてその本を読んで、人間は多くの気づきを得て、自然と悟っていく。

それから、アセンション(次元上昇)のターニングポイントを握っているのは、やはりこどもたちです。

今のこどもたちは、魂が非常に高く、多くは進化した星からやってきています。

だから、真理の言葉を伝えれば、すぐに覚醒するのです(笑)。

覚醒すると光輝いていきます。ぴかぴか(新しい)

こどもたちはそれでなくても光っているので

眩しいくらいに光っていくぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)

するとその光に触発されて

大人も自然と目覚めていくのです。

そのためにも

子どもに対する教育が大切だと思うです。

私が述べる持論もそうですが

真理を伝えることも大切です。

仕事の中にはいろんな真理が秘められている。

職業には貴賎(きせん)はないというのは

仕事の中には、人間を成長させる大切なものがあるからです。

どんな仕事をしてもそこには自分を磨くなにかがある。

そのことを大人自身が知って、こどもたちに伝えてゆくことが

大切だと思うです。

そこで稲盛和夫さんの「生き方」の本から

そのことを述べた箇所を抜粋します。

次の日記に書いていきますので

よかったらお付き合いください。わーい(嬉しい顔)


  


 
  

2012年4月 8日 (日)

思わんとあきまへんなぁ 3

 
 
 
寝ても覚めても強烈に思いつづけることが大切


 
思わんとあきまへんなぁ ━ この松下さんのつぶやきは私に

「まず思うこと」の大切さを伝えていたのです。

ダムをつくる方法は人それぞれだから

こうしろと一律に教えられるものではない。

しかし、まずダムをつくりたいと思わなくてはならない。

その思いがすべての始まりなのだ。

松下さんはそういいたかったにちがいありません。

つまり、心が呼ばなければ、やり方も見えてこないし、成功も近づいてこない。

だからまず、強くしっかり願望することが重要である。

そうすればその思いが起点となって、最後にはかならず成就する。

だれの人生もその人が心に描いたとおりのものである。

思いはいわば種であり、人生という庭に根を張り、幹を伸ばし、花を咲かせ、実をつけるための、もっとも最初の、そしてもっとも重要な要因なのである ━ 。

ただし願望を成就につなげるためには、並みに思ったのではダメです。

「すさまじく思う」 ことが大切。

漠然と 「そうできればいいな」 と思う生半可なレベルではなく、強烈な願望として、寝ても覚めても四六時中そのことを思いつづけ、考え抜く。

頭のてっぺんからつま先まで全身をその思いでいっぱいにして、切れば血の代わりに 「思い」が流れる。

それほどまでにひたむきに、強く一筋に思うこと。

そのことが、物事を成就させる原動力となるのです
。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






文章は続いていくのですが


私事ですが、私には夢があります。

その夢を実現する為に

やはり漠然と

「こうなればいいな」

くらいに思っていたのです。

善いことをしようと思っているのだから

「神様は応援してくれるだろう」

とたかをくくっていたんですね。(安直に考えていた)

でもそれでは自分で創造したことにはならないのです。

宇宙の法則に自分から乗り込んでいかないと

神様も手の貸しようがないのです。げっそり

3次元的な努力を精一杯する。

その中の重要なことの一つとして

思いを強くする

イメージをしっかり描いていく

ことがあるのです。

これから私は夢を実現させるために

具現化していくために

しっかりとイメージしていきたいと思っています。

それも白黒ではなく

カラー色になるまで(笑)・・・・・・。




  

 

思わんとあきまへんなぁ 2

  
 

求めたものだけが手に入るという人生の法則


 
・・・・いいかえれば、その人の心の持ち方や求めるものが、そのままその人の人生を現実に形づくっていくのであり、したがって事をなそうと思ったら、まずこうありたい、こうあるべきだと思うこと。

それもだれよりも強く、身が焦げるほどの熱意をもって、そうありたいと願望することが何より大切になってきます。

そのことを私が肌で知ったのは、もう40年以上も前、松下幸之助さんの講演を初めて聴いたときのことでした。

そこで松下さんは有名なダム式経営の話をされた。

ダムを持たない川というのは大雨が降れば大水が出て洪水を起こす一方、日照りが続けば枯れて水不足を生じてしまう。

だからダムをつくって水をため、天候や環境に左右されることなく水量をつねに一定にコントロールする。

それと同じように、経営も景気のよいときこそ、景気の悪いときに備えて蓄えをしておく、そういう余裕のある経営をすべきだという話をされたのです。

それを聞いて、何百人という中小の経営者が詰めかけた会場には不満の声がさざ波のように広がっていくのが、後方の席にいた私にはよくわかりました。

「なにを言っているのか、その余裕がないからこそ、みんな毎日汗水たらして悪戦苦闘をしているのではないか。余裕があったら、だれもこんな苦労はしない。我々が聞きたいのは、どうしたらそのダムがつくれるのかということであって、ダムの大切さについて今さらあらためて念を押されてもどうにもならない」

そんなつぶやきささやきが、あちこちで交わされているのです。

やがて講演が終わって質疑応答の時間になったとき

一人の男性が立ち、こう不満をぶつけました。

「ダム式経営ができれば、たしかに理想です。しかし現実にはそれができない。どうしたらそれができるのか、それを教えてくれないことには話にならないじゃないですか」

これに対し、松下さんはその温和な顔に苦笑を浮かべて、しばらく黙っておられました。

それからポツリと

「そんな方法は私も知りませんのや。知りませんけども、ダムをつくろうと思わなあきまへんなあ」

とつぶやかれたのです。

今度は会場に失笑が広がりました。

答になったとも思えない松下さんの言葉に、ほとんどの人は失望したようでした。

しかし私は失笑もしなければ失望もしませんでした。

それどころか、体に電流が走るような大きな衝撃を受けて、なかば茫然と顔色を失っていました。

松下さんのその言葉は、私にとても重要な真理をつきつけていると思えたからです。



  

思わんとあきまへんなぁ  1

  
 
  
思うってつまり、イメージすることですよね。

自分が○○になりたい!

○○したい!

と思ったらイメージしないとダメなんです。

心の中にあるものを外(具現化)させるには

強く思わなければならない

強く思ったら

エネルギーは、そう成る(成就)方に向って走り出す。

そうなるとゴールの途中でいろんなことが起きてくる。

これがプロセス(原因)になるのです。

でも、もう成功法則(宇宙の法則)に乗っているので

ほとんど障害物はない。

その場その場で心をクリアー、クリーン、ニュートラルにしていれば

難しい決断を迫られることもないのです。

ただし、この方法でみんなが喜ぶのだろうか?

幸せになるのだろうか?

神様がいらっしゃるとして

神様は認めてくださるのだろうか?

と検証することは必要です。

私たちは、自分が理想とする姿をつくろうとします。

そしてすぐにその方法(メソッド)を考えてしまう。

思うことよりも、イメージすることよりも

先に

そうなるためにはどうしたらいいか?

を探してしまうのです。

エネルギーが未だ、注がれていないのに

目にみえないもの(エネルギー)が整っていないのに

目にみえるものを現わそうとしているのです。

エネルギーが先です。

エネルギーとは人の思いです。

念力ではありません。

確かに念力は凄い力を持っている

戦争の武器にもなったりします。

人をマインドコントロールすることも出来る。

しかし、それは宇宙(神)が認めたものではないので

すぐにダメになってしまうのです。

念力をかけるにはもの凄いエネルギーが要ります。

体力も頭もへとへとに疲れ果てるまで使わないと持続できないのです。

当然、神様も応援してくれません。

終いには、自分の心と身体がやられてしまう。

それは無限のエネルギーではないからです。

宇宙法則に則っていないからです。

巷の「パワー」と言われているものは

すべてとは言いませんが

ほとんどが念力です。

想いの力を違う方に使ってしまっています。

「使い方」「考え方」 が非常に大事なんです。


あッ又、話が違う方にいってしまいましたね(笑)。


思いは実現する

しかしそのパワーは、宇宙が味方してくれることに使わなければ

とんでもないことになる。

そのことを参考にしていただいて

稲盛和夫さんの著書 ≪生きる≫ から「思わんとあきまへんなぁ」を抜粋した文章を読んで戴いたら幸いです。




  
 
追伸

思いのパワーを自分の夢の実現、病気が治るという個人的なことに使うのは、もちろんOKだと思います。

ただしその夢の向こうにはみんな(自分も含め)が喜んでいる姿をイメージしてくださいね。

  
    
  

「天国言葉」と「地獄言葉」 出来ることから始めよう!

  
  
「ダメだと思うからダメなんだ」

結構使われている言葉ですが

真理をついた言葉ですよね。

ダメだという思いが

ダメな状況を実現させています。

本人はダメなことを決して望んでいるわけではないのに

自分の言葉で、言霊で

その通りにしてしまっています。

だからうかつに

「最近どうですか、調子は?」

と聞かれたときに

「全然ダメです、さっぱりです」 (無限なる可能性!)

なんて言ってはダメなんです(笑)。

そしてこのことは同時に

プラスのことを思う、言葉に出すことでプラスの状況を創り出すことも出来るのです。

しかしプラスのことを思おうとしても

すぐにマイナスの想いが入ってくる

そうですよね?(笑)


この世は波の交差です。

電波が飛び交っているように

人の想いも飛び交っているのです。(目には見えませんが)

だから自分でマイナスの想いが入って来ないように

防御する必要があるのです。

「自分ではこんなこと想いたくないのに想ってしまう、なんて自分は浅はかなんだろう?」

という想いをシャットアウトさせることが大切です。

でないと自分の本心と人の想いがシャッフルされて

どれが自分の思い(本心)なのかわからなくなるからです。

それには、メソッドがあるのですが(追い追い書いていきます)

まず、最初にやることとは

自分で出来るだけ心を綺麗にしていくことです。

心の中にプラスのエネルギーを入れていくことです。

マイナスの言葉を発しないことです。

想いは知らず知らずのうちに入ってくるので

コントロールするのは難しいけど

言葉はコントロール出来ます。

マイナスを言いそうになったとき

「いけない、いけない、あぶないところだった」げっそり

と止めることが出来ます。

これだけで随分違ってくるのです。

そして出来ることと言えば

プラスの言葉を発することです。(唱えてもいいです)



ここで本で読んだ斎藤一人さんの

「天国言葉」 「地獄言葉」をご紹介します。

この言葉を比べてみると

確かにエネルギーが違うことがわかります。


天国言葉はポジティブになるし わーい(嬉しい顔)

地獄言葉はネガティブ、暗くなります。げっそり

私の使っている天国言葉も加えますので

使ってみてください。

どうか、よろしくお願いします。




 
天国言葉


◎ 愛しています

◎ ついてる

◎ うれしい

◎ 楽しい

◎ 感謝してます

◎ しあわせ

◎ ありがとう

◎ ゆるします

◎ 絶対大丈夫

◎ 必ず善くなる

◎ 世界人類が平和でありますように

◎ 無限なる愛 無限なる調和 無限なる平和





地獄言葉


◎ おそれている

◎ ついていない

◎ 不平不満

◎ 愚痴、泣き言

◎ 悪口

◎ 文句

◎ 心配事

◎ ゆるせない



 

 
「仕事はおもしろい」 斎藤一人 マキノ出版



  


   
     

2012年4月 7日 (土)

心を磨く6つの精進 2


 
① だれにも負けない努力をする

人よりも多く研鑽(けんさん)する。 また、それをひたむきに継続すること。不平不満をいうひまがあったら、1センチでも前へ進み、向上するように努める。



② 謙虚にして驕らず

「謙は益を受く」という中国古典の一節のとおり、謙虚な心が幸福を呼び、魂を浄化させることにもつながっていく。




③反省ある日々を送る


日々の自分の行動や心のありようを点検して、自分のことだけを考えていないか、卑怯な振る舞いはないかなど、自省自戒して、改めるよう努める。


 

④生きていることに感謝する

生きているだけで幸せだと考えて、どんな小さなことにも感謝する心を育てる。


 

⑤善行、利他行を積む

「積善の家に余慶あり」。善を行い、他を利する、思いやりのある言動を心がける。そのような善行を積んだ人にはよい報いがある。




⑥感性的な悩みをしない

いつまでも不平をいったり、してもしかたのない心配にとらわれたり、くよくよと悩んでいてはいけない。そのためにも、後悔をしないようなくらい、全身全霊を傾けて取り組むことが大切である。









感想

これらのことはほんとごもっともだと思います。

でも、これがなかなか実践できないのも事実です。(書いていて難しいよなぁ、稲盛さんだから出来るんだよなぁって正直思いました。)

そうなろうとしてもマイナスもいっぱい入ってきます。

知らず知らずのうちに怠惰でダメでどうしようもない自分になっていることもあります。

逆説的な言い方ですが、このような理想的な自分になれないことが苦しくなってしまう原因なのかもしれない。

自分はダメなんだ。

自分だけでなく、人間ってわかのわからない生き物なんだとも思うのです。

お釈迦様は

「人間の心は蛇蝎(だかつ)のようだ」

と評されたそうです。

蛇蝎とはへびの体が曲がりくねった様をいいます。

それくらい複雑でつかみようがないのです。

その心を自分でなんとしようともがいているのが人間なのです。

自分の心をうまくコントロール出来ないのが人間なのです。

コントロール出来れば、今生で修行のために肉体を持って生まれてくることはありません(笑)。

そのような人は修行は終わって霊界か神界に居るからです。

ただ、嘆いていてもしかたがない

肉体を持ったまま悟る(自由自在心になる)にはどうしたらいいか?

自分が理想とする生活をするにはどうしたらいいか?

性格をどうしていけばいいか?

自分を変えるにはどうしたらいいか?

そのやり方については小我の自分を宇宙にある本当の大我の自分に溶け込ませたらいい。

肉体意識から宇宙(神)意識にしていくんだ

祈ること、印を組むことで意識が変わっていく


とメソッドを述べていますが

その前に

「自分を変えたい!」

って気持ちが大切なのです。(前にも同じようなことを書きました)


どうすればいいか?

より

「自分は変わりたい!」

「このままでは嫌だ!」

「生まれ変わりたい!」

「幸せになりたい!」

「本当の自分でありたい!」

「自由自在心になりたい!」

「どんなときも平常心でありたい!」

「不動心になりたい!」

「感情想念に振り回されない自分になりたい!」

・・・・・・・

と本気(魂の叫びが)になったとき

このメソッドが生きてきます。

そのときを私はずっと待っています。

毎日日記を書きながら(笑)・・・・・


 

心を磨く6つの精進 1

 

 
精進というとなにか堅苦しい、くそ真面目な(ごめんなさい言葉が下品でした)、重苦しい感じがします。

ねばならない的なものがあるんですよね。

私はこう見えても(どう見える?)まったくの自由人です。

妻からは

「あんたくらい好きなようにお気楽に生きている人はいない、なにも考えていないでしょ?」

と言われています(笑)。

意外でしょ

mixi、ブログを通じて私に会った人の感想は

「もっと気難しいそうな人だと思った」

んだそうです。

確かに書いている内容を読んだら

そう思いますよね。

だからその気難しそう、怖そう、怒られそうという、印象を払拭させるためにおもしろいことを書こうと勉強中なのです。わーい(嬉しい顔)ペン

正しいこと、真面目なこと、当り前なことを書くのは案外簡単なんです。

でも人を笑かせたり、自分も楽しむって

奥が深いのです。


というわけで

稲盛和夫さんの 心を磨く 「6つの精進」

をご紹介しようとしたのですが

話が長くなったので次の日記に書いていきます。

稲盛さんは京セラの名誉会長、第二電電(KDDI)会長に就任。
経済界の重鎮として活躍中、仏門にも入り多くの人に心のあり方を伝えておられます。

私は稲盛さんのお考え、哲学にかなりの部分で共鳴しました。

「精進」 

親から 「精進しなさい!」 って言われたら

反発するけど ぷっくっくな顔 (この齢になっても)

人間っていつの間にか

「精進しないといけない!」

と思っているもんなんですよね(笑)。

人まねは嫌だけど

参考にさせていただくのは

一向にかまわないと思うのです。

そんな気持ちで読んでくださいね。わーい(嬉しい顔)


  


 
  

2012年4月 6日 (金)

4月6日のつぶやき

  
  
今回は、稲盛和夫さんの「生き方」という本の中から、稲盛さんの言葉と私の考えをミックスしたものをつぶやいてみました。

言葉の中から響いた文言がある、それを140字の中でまとめてみる。

どちらも簡潔(シンプル)にしないとまとまりません。

いろんな方法を

毎日、毎回考えながらやっていますが、お陰さまで時間を忘れるほど楽しいです♪

それではよろしくお付き合いください。


 
 

1. 「魂を磨いていくことが、この世を生きる意味」≪生き方≫稲盛和夫 シンプルだけど生きる意味はこれしかないと思います。


   

1. 「人生の真理は懸命に働くことで体得できる」稲盛和夫 家にこもっていては真理(本当のこと)はわからない。職業はなんでもいいから外に仕事を見つけて働いてみることが大事だと思う。

   

1. 「毎日の創意工夫が大きな飛躍を生み出す」稲盛和夫 すぐにうまくいかなくて当り前、だからどうしたらいいんだろう?と考えるのがおもしろいんだ。

   


1. 「人生も経営も原理原則はシンプルがいい」稲盛和夫 複雑だ、難しいと思っていたのが超カンタン、超シンプルだとわかったときは超快感です(笑)。宇宙(真理)はシンプルに出来ている。


   

1. 「現場で汗をかかないと何事も身につかない」稲盛和夫 お金を稼ぐ方法はたくさんあるけど人間は頭に汗をかくよりも体に汗をかくほうが健全だと思う。体の汗が心の癒しになる。

   

1. 「好き」であればこそ「燃える」人間になれる 稲盛和夫 出来ること、得意なことを仕事に選んだら行き詰まる。好きなことを選んだら試練を乗り越えられる(情熱で)。好きで好きでたまらないことを仕事にすればいいんだ。




1. 「つねに内省せよ、人格を磨くことを忘れるな」稲盛和夫 自分の本当の立ち位置がAとすると、私たちは毎日、B,C,D・・・・いろんなことをしてAからズレてしまっている。内省とは本来の自分を取り戻すためにするのです。そしてAという器を光らせ、大きくするために人格を磨く。




1. 「他を利する」ところにビジネスの原点がある 稲盛和夫 スゴイ言葉ですね、人が喜ぶという利益を与えない限りそこにはビジネスはない!



1. 「世のため人のためなら、すすんで損をしてみる」稲盛和夫 坂本龍馬がそんな人でした。損はしたけど、何かスッキリした~ってことありますよね♪ それはこの世的には損なのかもしれないけど、魂的には徳を積んだんでしょうね。

   
  

1. 「不完全でもいい、精進を重ねることこそが尊い」稲盛和夫 私は、結果よりもプロセスが大切だと思っています。結果は時期が来ないと現われてきません。死んだ後に結果が出る(評価される)かもしれない。要は、今この瞬間、燃え尽きているか?だと思います。



1. 「災難にあったら「業」が消えたと喜びなさい」稲盛和夫 これは仏教の教えにあるのですが、この境地に至るのは大変です。経験を積むことと内省を繰り返す(精進する)しかありません。でもこの境地に達しないと心の本当の平安が得られないのも確かなのです。





1. 「いまこそ道徳に基づいた人格教育へとシフトせよ」稲盛和夫 橋下さんが教育基本条例で教育改革について色々と語っていますが、条例案が良い悪いは別として、真の教育とは何か?を真剣に考るいいきっかけになっていると思います。



  

  

無限なる魅力を自分のものに 4


  

● 自分が好き


自分を喜ばせましょう。自分を笑わせ、楽しませましょう。自分を大切にしま

しょう。自分を卑下することをやめましょう。

自分の魅力をよく知り、その魅力をまわりの幸せのために使えるようになるこ

とです。

もし、才能や特技に恵まれているのであれば、それは天から与えらた才能であ

り特技なのです。





 

● 平凡であることを肯定する

無名の平凡な人間であることに誇りが持てる人は魅力的です。

名声を得ることや財産を築くことよりも、家族や身近な人たちを大切に、

日々平凡に生活しながら謙虚に世界平和を祈れる人を、天は必ず認めてくれ

るのです。






● 自分も人も大事にする


この世の中は、様々な人たちが様々な役割りを担いながら成り立っています。

一人一人の役割りの違いを尊重し、分け隔てなくつき合うことが大切です。

自分だけが幸せになろうとしても、けっして幸せにはなれません。

すべてが平和で調和していなければ、本当の平和はないのですから。



 

● 感謝

嬉しいことばかりでなく、何事にも感謝できる。いやだと感じることも、苦

手だと感じる人も自分にとって全部必要なんだと思える人は素晴らしい!





● 働くことは、はた(周り)をラクにすること。

仕事をする前に声に出して言ってみましょう。


・この仕事がうまくいきますように。

・この仕事を通して人類が平和へと転換されますように。

・自分がこの仕事に全エネルギーを注げ込めますように。

・この仕事を与えらたことを感謝いたします。

・この仕事に自分を使っていただけることに感謝いたします。






● 歌うように話す

旋律、リズムを意識し、歌うような気持ちで話してみましょう。






● 人を明るくする言葉

愛、調和、平和、ありがとう、絶対大丈夫などプラスの言葉には運を呼び込

む力があります。

心をこめてたくさん使って幸せになりましょう。








 「無限次元への誘い」于寿明 星湖舎

電子書籍もあります。 わーい(嬉しい顔) 本

 http://utoshiaki.wook.jp/detail.html?id=207092



  


  

2012年4月 5日 (木)

無限なる魅力を自分のものに 3



  
● 祈りのエネルギー

祈っていると若くなります。

祈っていると美しくなります。

その祈りは個人願望成就ではなく、世界の平和を祈る大きな祈り。



 

● 宇宙の法則

してもらう事を考えないで、まず自分が相手にしてあげる。

相手を喜ばすと自分も嬉しくなります。 相手を活かすことをすると自分が活かされます。

自分が発したエネルギーが返ってきます。 これが宇宙の法則です。

ある指揮者が言っていました。「演奏する音楽と人を尊敬すると、それが自分に還ってくる。」



 

● 喜び

感情を喜ばせるのではなく、魂が喜ぶことをしましょう。

それは、魂が浄まること、魂が進化することです。






● 気分を切り換える

気分が冴えないとき、瞬時に明るい気持ちに切り換えるには、印、祈り、呼

吸法が最適です。無条件に癒されます。






● 幸せのエネルギーを追いかける

物や感情を追いかけないことです。お金があって素晴らしい家に住み、何不自由のない生活を送っていても、幸せとは限りません。本当の幸せは魂が浄まり、そのエネルギーがわかることです。






● やさしさを発信する

満員電車や都会の雑踏の中にあっても、「ありがとう」「すいません」とい

う言葉が自然と口から出るようにしたいものです。

その一言があるだけで、心がフワッとあたたかくなります。

やさしさは人から人へと伝わっていくものです。

一人一人がやさしさの発信源になれば、世の中はどんなに平和になることでしょう。






● 美しいエネルギーを持つ

その人がいるだけで不思議とホッとでき、誰もがあたたかく明るい気持ちになれる。その人がいる空間は、なぜか空気が澄み渡り、とても気持ちがいい・・・・。

そんな人が身近にいれば、まちがいなく幸せな人生を送ることができるでしょう。

もしそんな人が身近にいなければ、自分がそういう人になりましょう。

美しいエネルギーだけを自分の中に持つことができれば、人は誰でもそのような魅力溢れる人になれるのです。





 

      「無限次元への誘い」于寿明 星湖舎



  





  

無限なる魅力を自分のものに 2


  

● 真理との出会い


真理に初めて触れたときは、奥深く感じますが、一歩一歩近づくにつれて、それがシンプルな法則であることがわかります。真理の言葉は一つ一つが魅力的です。

真理は一筋の光となって、感情想念、業想念の渦の中にいるこの体を貫きます。 垂れ込めた暗雲が晴れていくように、気も心も肉体も軽くなるのです。

人との出会いも、物との出会いも、自分の天命をまっとうさせるために、すべて意味があると信じられるようになります。

時には涙があふれ、感謝を抱かずにはいられないほどに。

真理との出会いが、自分にどれほど安心感と勇気、幸福を与えてくれるものか、計りしれないほどです。






● 世界を洗濯

坂本龍馬は、姉に送った手紙に 「日本を今一度せんたくいたし申候」と書いています。

私たちは、世界平和の祈りで 「世界を今一度せんたくいたし申候」と宣言します。





● 人の長所を探し、長所とつき合う

人の短所を探さないようにしましょう。もし、その人の短所を見つけてしまっても、そこに注目しないのです。良いところを見て、つき合いましょう。プラスのみを見つめ続けることです。





● 自然体でいる

自分を良く見せようとしないことです。

誰に対しても謙虚さを忘れないことです。






● 自分をアピールするより人の話を聴く

最初は特に相手をよく知ることが大事です。相手を理解しようと、よく話を聴きましょう。
自分のことはほんの少し話すだけで充分です。





● 目的意識をはっきり持つ

何のために生れてきたかをはっきり答えられる人は少ないですが、すべての人は魂の進化を目的に生れてきています。魂の進化を意識して日常生活を送りましょう。





● 人を楽しませることを考える

人を楽しませることを考えると、自然に自分が元気になります。






● 焦らない

焦ると、心が焦げます。人と自分を比べないこと、努力してもすぐに結果を

求めないことです。






● 人と比べてばかりいるとブスになる?

人と比べて自分のことを卑下していませんか? 人は想像力で良くも悪くもここまで進化してきました。自分の想像力の結果が今の自分であり、人類の想像力の結果が今の地球です。
最高の自分、なりたい自分をイメージしましょう!





●イチローの対談

「50歳で4割打って引退すること・・・それが夢!」

「今の自分に自信がある。」

そう言い切る彼に並大抵でない努力と勇気が伺える。彼は打率とか試合に勝つという無形のものを達成するために、できるだけ具体的にイメージし脳にたたみこむそうです。

自分をプロデュースする天才!





● 見えないものを信じる力

于先生にお会いして間もない頃 「守護霊が2体、守護神が1体、誰にもいて守ってくれているんですよ。今日は守護霊、守護神が大変喜んでおられます。」とおっしゃいました。
自然にそうなんだ! と思えました。
ある女優さんが雑誌のエッセイで(きっと私がここまでやってこれたのは、神の導きというか、守護霊に感謝しないとね。)と書いてありました。
彼女の強さはここにあると思いました。彼女は40代半ば過ぎにして、綺麗で、第一線で活躍し続けている。目に見えない存在が、いつも守っていてくれる・・・・なんて素敵で心強いことでしょう。



    

無限なる魅力を自分のものに 1

  
 
生きてゆくことって、簡単で楽で楽しいことばかりではありません。

どちらかというとしんどいことの方が多いと思います。

でも、自分がしんどいことだと思っていても

同じような環境、もしくはもっと厳しいのに

楽々と楽しみながら笑顔で過ごしている人がいます。

「いったいどんな境地(心境)にある人なんだろう?」

「どんなことを悟ったのだろう?」

と思わずにはいられません。

自分もそうなりたい!

そしてそんな人とはとてつもなく魅力的です。わーい(嬉しい顔)

最近、私のメンターである于先生のご著書を読むことがあったのですが(私も投稿しています)、そこには、私が知りたいこと、乗り越えたいと思っていることの答が書いてあるのです。

その本を読む前にはそこに答えが書いてあることなんて知る由もありません。

でも心の中は悶々としていて、本心はスッキリしたがっています。ぴかぴか(新しい)

そんなときに、砂漠でオアシスとでもいうのでしょうか

とても幸せな気持ちになるのです。

「あっそうか!」

「そうなんだよなぁ」

という嬉しい気づきです。

「求めよさらば与えられん」のキリストの言葉は本当だった。

改めて、実感しています。

次の日記から

無限次元への誘いの本から

「無限なる魅力を自分のものに」に書いてあることを抜粋していきます。

ここでは冒頭に真理についてが書いてありますが

みなさんは真理とは何だと思っていますか?

真理とは本当のこと、また本当であること

「絶対に定義が揺らぐ事のない普遍的な事象・思考」

と辞書などでは書いてありますが

私の思う(信じている)真理とは

人間とは神の子であり、神そのものである、よってその、本質、性質(みなもと)は神性そのものである。

今の人間は、その本質が顕われていないが、真理に触れるたびに

光を浴び、機が熟したとき、本来の素晴らしい姿を取り戻していくものである。

と思っています。

今はそのプロセスなんですね。

そのことを頭のどこかに置いて読んでいただいたら、きっとわかっていただけると信じています。

では、どうぞお付き合いください。

 

2012年4月 4日 (水)

宇宙が認める人とは?

  

  
宇宙、つまり神様が

「この人は素晴らしい!」と認める人とはどんな人か?

それはどんな環境にあってもプラスのエネルギーを発し続ける人なのです。

お釈迦様(ドロドロの沼に咲く蓮のような存在だった)やキリスト(はりつけになるような目に遭ったのに人間を赦した)のように輝き続けた人なのです。

人間は、酸素を吸って二酸化炭素を吐き出します。

でも神様が認める素晴らしい人とは二酸化炭素を酸素に変える人なのです。

悪い人?は酸素(プラスのエネルギー)を吸って、強烈なマイナスのエネルギーを蒔き散らします。(マイナスのエネルギーとはネガティブな言葉であったり、人に対する恨みや怒り・・・などです)

そして地球の波動、宇宙の波動を汚しています。

普通の人は、いつもではないにしてもマイナスを時々発している。

宇宙から観れば、悪い人も普通の人も50歩、100歩です。

人間の真の値打ちとは

どれだけ財を成したとか、社会貢献を以前したことがあるとか

そんなことはどうでもいいのです。

大切なのは過去の実績とか目に見えることではなく

目にみえないエネルギーをどれだけきれいにしていったかだけなのです。

宇宙的にみればそれしかないのです。

それがすべてなのです。

汚い場所を誰にみられていなくても黙々と掃除している(祈ったり印を組んでいる人)

そんなお掃除おじさん、お掃除おばさん、お掃除お兄さん、お掃除お姉さんが一番尊いのです。

エネルギーを除霊するだけではダメなんです。

汚れがよそに移っているだけだからです。

真の聖者(人間)の働きとは浄霊(潜在意識の世界である幽界を浄める)です。

マイナスのエネルギーをプラスのエネルギーに変えることが出来て初めて人間は、神さまに認められるのです。

人間が霊止(ひと)になれる。

真の人間とはどういう人なのか?

真の人間になるにはどうしたらいいのか?

今、真剣に考える時期が来ていると思います。

あなたは今どんなエネルギーを放っていますか?



  

超一流の人とは 2

  
斎藤一人さんがみっちゃんというお弟子さんに話されたお話です。




「みっちゃん、社長や上司も、みっちゃんと同じ人間だということを知ってるか?

みっちゃんは上司にほめられたらうれしいよね。

でも社長も社員の人からほめられるとうれしいんだよ。

上司も部下からほめられるとうれしいんだよ。

同僚もほめられるとうれしいんだよ。

新人もほめられるとうれしいんだよ。

上の人か、下の人とかいちいち差をつけちゃいけないんだよ。

立場は違っても、皆同じ人間なんだよ。

このことに気がついて、人に差をつけなくなったとき

悟り(差取り)というんだよ。

今日は、みっちゃんは、小さな悟りをしたね。

これを小悟というんだよ。

この小さな悟りをいくつもすることが大悟につながるんだよ。


最初から大きい悟りなんてないんだよ」





 ≪仕事はおもしろい≫ 斎藤一人 マキノ出版



  

 

超一流の人とは 1

  
  
「無限次元への誘い」于寿明著 の本の中に


● 超一流の人とは・・・・

「全ての人に対して同じ態度で接する。」

自分の周りの人に対して、明るく、礼儀正しく、謙虚で思いやりを持って接する。



と書いてありました。

ドキッとしました(笑)。

私は誰とでも仲良くなれる、親しくなれるという特技を持っていたのですが、最近、正直に申しますと、その特技が発揮出来ていなかったのです。

相手の顔色を気にしたり、相手が自分のことをどう思っているのか?を気にし過ぎたりすると本来の長所が鈍ってきますよね。

「相手が自分をどう想っているのか?をチェックする必要はあるけど、自分がどう想われたいかはいらない」

以前私がある方に教えていただいた言葉です。(この言葉も身に沁みました)

そして今は

「人に好かれる事を考えるより、人を好きになる」

を実践していこうと思っています。

相手の心を変えようとするより、自分が愛深い人間になることが大切なんだと思います。

そうすればいい結果は必ずついてくると思うのです。


ところで最近本を読んでいて

「あっここに書いてあること、あの本と同じことを言っている」

とか

「この本にかいてあることをもっと詳しく具体的にわかりやすく書いてあるのはあの本だ!」

などと、本と本同士のリンクが私の頭の中で始まったのです。


冒頭に書いた超一流人は 

は、斎藤一人さんの「仕事はおもしろい」の本のある箇所とリンクしました。

つながりました。

次の日記でその文章を抜粋して書いていきます。

よかったらお付き合いください。

 
  

サラリーマン川柳

 
  
普段、真面目?な日記を書いていると、プッと吹き出すようなおもしろい文章を読みたくなってきます。わーい(嬉しい顔)

いや私は決して真面目人間ではなく自由人間(妻いわく)なんですが、真理をなかなか噛み砕いておもしろく伝えることは難しいのです。

先日、新聞を読んでいたらサラリーマン川柳とやらの一句が載っていまして、思わず笑ってしまったのです。

5・7・5ですからたった17文字です。

ツイッターよりも短い文章で想い(イメージ、情景)を伝えるのですから凄いです。

おもしろいものから風刺にとんだもの、ブラックユーモア、考えさせられるもの、納得するもの・・・いろいろあるのですが、今回は私が気に入ったサラリーマン川柳からいくつか抜粋してみますね。

どうかリラックスして読んでください。

私もいつの日かつくってみたいなと思っています。わーい(嬉しい顔)  ペン




 

・ 仕分け人 妻に比べりゃ まだ甘い
 

・ こどもでも 店長なのにと 妻なげく
 

・ 社長より 現場を良く知る アルバイト
 

・ 『前向きで』 駐車場にも 励まされ


・ やめるのか 息子よその職 俺にくれ
 

・ 「ご飯いる?」 「いる」の返事で 妻不機嫌
 

・ パパ似だと 言われ泣きだす わが娘
 

・ イチローを 越えたと二浪の 息子言い
 

・ ナタ・デ・ココ どこを切るのと 聞くオヤジ
 

・ やめてやる 三億当たれば 言ってやる!
 

・ デジカメの エサはなんだと 孫に聞く
 

・ まじっスカ スカがついてて ていねい語


・ ドットコム どこが混むのと 聞く上司







サラリーマン川柳(第一生命)

http://event.dai-ichi-life.co.jp/company/senryu/24th/best_10.html




  

2012年4月 3日 (火)

言霊

  
  
私が尊敬してやまない于先生のお言葉が「無限次元への誘い」于寿明 星湖舎の本の中に書いてありました。

読んでいるだけで心があったかく幸せな気持ちになります。

よかったらお付き合いください。







于寿明先生の言葉



・ 明るく、笑顔で、優しい言葉、礼儀正しく、謙虚で思いやりを。
 
 

・ ふんわり、ゆったり、やわらかく。
 
 

・ 穏やかな、静かな心は美しい知恵の宝石です。
 


・ 爽やかで、明るいということが一番。
 


・ 子どもは20歳までの預かりもの。
 


・ 身体をほぐすより、心をほぐす。
 


・ 祈り、印で無条件に癒される。



・ 隠徳を積むのに最適なのが、印を組み、祈ることです。



・ 自然体で生きる。



・ 自分のすることに責任を持つ。



・ 自分の置かれた環境で精一杯頑張る。



・ 自分の響きを素晴らしくするという目的意識。



・ 自分に抑圧をかけない。



・ 何事にもとらわれない。
  魂が進化することを一番に考え、祈っていくと、すべてうまくいく。




・ 仕事を通して、いろいろな人に会い、喜び、悲しみに出会い、人として
  磨かれていく。



・ 人に好かれる事を考えるより、人を好きになる。




・ 幸せ、健康、能力、若さ等、自己限定しない。自己否定しない。
  限界を超えていると思うことをしてみるとパワフルになる。




  

4月3日のツイート


  
人間は2つのことにしか興味を示さないと以前日記にも書きましたが

それは、

1.おもしろいこと 2.自分の役に立つことだそうです。

おもしろいことって理屈ではなく、楽しくてリラックス出来ることですよね、おもしろいと笑顔になり、滞っていたエネルギー(ストレス)が流れていくようになります。 するとスッキリ爽やかになる。

そして役立つとは、今は、すぐに実践に移せて結果がすぐに現われるものでなくては通用しなくなってきたようです。
だいぶ後になってからジワーッと 「あれはそういうことだったのかぁ ありがたかったよなぁ」 では遅すぎるのです(笑)。

「あなたに役立つこんな善い本があります」

「こうすればすぐに健康になれます」

翌日とまではいかないにしても2、3日続けていると感じるものがある。そして、一ヶ月くらいでハッキリと結果が現われるものでないと人は納得しなくなっています。

そしてモチベーションが保たれて、精神面のフォロー付きでないと人の意欲はすぐに萎えてしまいます。

モチベーションを保つためにはおもしろいことも入れていかなくてはならない。

一つだけではダメなのかもしれませんね。

私の場合はおもしろいことはそのときの状態?(私の背後におもしろい神様がついてくださったらいいのですが)によってどうなるかわからないのですが、

為になる、役に立つことに関してはかなり知っていると思っています。

今回のツイートは後者が主になったようです。

于先生が薦めてくださる本は本当に良本です。

目からウロコ間違いなし!

是非、お読みになって下さい。 happy01
 







 
1. CNNで報道されたニュースですが,イスラエルのグラフィックデザイナーの方が自社のFace Bookに「私達は決してイランを攻撃したりしません.私達はあなた達を愛しています♡」というメッセージを載せました。




1. それを読んだイランの方が「このメッセージは政府の検閲をうけることなく届いています.私達は昔から多くの文化を共有しています。政府同士が争っているだけで、イランの国民はイスラエルの国民に親しみを持っています。私達もあなた達を愛しています♡」と返信しました。




1. このメッセージは数時間で数千人の人達に広まりました。エジプトの国民がエジプトを変えました。このような個人が世界を変えていきます。このような高い意識を持った個人が周りを変え世界を変えてゆきます。





1. 「お客さんはお金を使うプロ、プロをなめてはいけない」斎藤一人さん 確かにそうですね、だから趣味や好きなことを職業にしようとする人は人を感動させられる資質がなければ通用しない。




1. 21世紀は経済を学ぶ時期なんだそうです。私が経済を学ぶのに最もわかりやすく入りやすいと思った本は、≪ビジネスで大切なことはみんなレストランで教わった≫岡田博紀 大和書房 です。誰もが経営者になれる要素があることがわかります。





1. 「自分に価値を付けるって特殊な能力がないといけないって思うんだけど、使いやすいことなんです」一人さん なるほど、自分が経営者だったら使いやすい素直な人がいい。






1.「で、使いやすくて、本を読んで勉強をしたり、経済のことを知ってたらもっといい」斎藤一人  素直なだけではなく頼りにもなる人かぁ 21世紀は間違いなくそんな人が求められます。




1.難しい経済本はいらない。≪日本経済の実力≫三橋貴明、≪通貨を知れば世界が読める≫浜 矩子 この本を2冊読めば、勉強し過ぎている経済評論家?の人よりも本質がわかるようになると思う。本質がわかれば簡単なのです(笑)。





1. みんな同じくらいエネルギーを使って仕事をしています。でも評価される人とそうでない人に分かれる。それは考え方が違う(視点)だけなのです。力の差ではない。どうせなら頼りにされ、出世しちゃいましょう。たちまち「できる人」になる≪秘伝の仕事術≫福井克明





1.お金を稼げるようになるまでは「頑張れ!」「嫌なことも我慢しろ!」だけど稼げるようになったなら「楽しく仕事が出来るようにすればいい」一人さんの持論なんですが、未来の楽しく仕事をしている姿をイメージしながら今の厳しい?状況を乗り切るってどうでしょう?いいと思いません?(笑)



1. 近い将来、戦場に居る兵士たちがみな、自分の意志で武器を地面に置くようになるのだそうです。個人的には相手国になんの恨みをないのです。「私たちは貴方たちを愛しています♡」 これを私の苦手な人?に使ってみようと思います(笑)。




1. 本質ズバリを書いてある文章って短くてもビビッと響きますね。琴線に触れるというか、本質だけを磨いていけば宇宙の摂理がシンプルなんだってことがわかる。わかると楽しくなる♪


 

1. 今や人工衛星は凄く進歩していて、衛星からみると地面にあるどんなに小さな石ころでさえハッキリと識別出来るのだそうです。人間の歩き方はみなそれぞれに違うので歩く影で誰だか一発でわかる。犯罪者も隠れようがなくなってしまう(笑)。いよいよ自分をさらけ出す時代がやってきましたね。




  


善い人は強くなりましょう!

  

  
最近、感じることなんですけど

「この人、善い人だなぁ」

「ピュアな人だなぁ」

「お腹の中になんにもない人だなぁ」

と会っていて清々しくなる人というのは

ほんと素晴らしくて嬉しくなるんですけど

そういう人って

神経?波動、エネルギーが細か過ぎて

3次元の波動に合わないことがあるんですね。

でもご本人はあまり自覚をしていない(笑)。

そんな人が例えば金融関係の企業に入る(私がそうでした)

不動産の仕事をする

海千山千の人でないと対処出来ないような仕事に就いてしまう

するとそこは波動(エネルギー)が非常に厳しい(粗い)ところなので

苦しくてしかたがないのです。

仕事をする以前の場所であったりする。(あまりに違い過ぎるとまともに出来ない、失敗ばかりする)

“場”違いのところに来てしまっているんですね。

もちろん守護霊守護神がその人の魂を鍛えるために

その場に就かせている場合もありますが

「おいおいそこじゃないだろう」

という所に行ってしまっている場合があるのです。

ボクサーなのに相撲をとっているいるんですよね。

守護霊さんはそこでどうするかというと

無理に職業を変えさせることはしません。

場違いのところでも修行をさせるのです。

そして、苦労して、嫌な想いもいっぱいして

「ああ、ここは私の居場所ではないんだ」

と本人が心の底から思う迄は

そのまま、放って置きます。(もちろん見守りながら)

そして、人間側は、次の居場所を探し出す。

自分にとって最も適した場所を捜し出すのです。

一見、無駄な時間を過ごしたようにも思うけど

回り道をしたと思うけれども

そうではないのです。

人間は、間違っていても(間違いではないのですが)、経験しなければならないことがある。

そしてその経験をすることでいろんなことがわかってくるのです。

あ、また話がすこしズレてしまいました(笑)。

ですから同じ環境に居ても

Aさんは平気の平左なのに、Bさんにとっては苦しくてしかたがない

Bさんには空気、エネルギーが合わないんですね。

でも自分の波動(エネルギー)がわかっていないので

無理をする

「自分には出来るんだ」

と必要以上に頑張ってしまうのです。

しかし波動の違いというのはどこかで歪を生みます。

体調を崩したり、気分が悪くなったり、周りといさかいを起こしたり、その場の雰囲気になじめなかったり・・・・・

そして善い人というのは、そこで我慢をします。

我慢をするとは、不調和なエネルギーを溜めるということです。

溜まる一方で流していかないから余計しんどくなってくる。(土壇場になったら守護霊様が助けてくださいますが)

そして他の人がなんてことはないこと(たいしたことはないこと)でも溜まっているマグマ(業、カルマ)が大きいので傷ついてしまう。

過剰に反応する、ナーバスになってしまうのです。

ここが普通の人?と善い人の違いです。

せっかく前世で陰徳を積んで素晴らしい人に生れてきたのに

周りのマイナス想念に振り回されてしまっているのです。

なぜ、こんなことがわかるかといいますと

この善い人?というのが

私だからです(笑)。(自分でいうのはおかしいですね)

そこで周りの人には善い人はどう写っているかというと?

たぶん

「人間は悪くはないんだけど」

「いまいちなぁ」

「仕事がバリバリできるわけでもなく」

「かといって頼りになるわけでもなく」


エネルギーを集中出来ないので

結果として現われにくいのです。

それでも器用な人はなんとか生きて行けます。

でも命、活き活き楽しく生きることは難しい



それは、弱いからなんですね。

この世的には、「線が細い」と言います。

細いから何かあったときに

ポキリと折れてしまいやすい

曲がったままなかなか元に戻らない(立ち直りが遅い)


そんな人はどうしたらいいか?

それはここまで書いて無責任かもしれないけど

自分でどうしたらいいか?

は見つけていかなければならないと思うのです。

それは

私はこうしたらいいですよ

と言ったところで

みなさんそれぞれ違うからです。

強くなる方法も人それぞれ違うのです。

まずは求めることだと思います。

「強くなりたい!」

「どんな環境でも力強く生きていけるようになりたい!」

それを心の底から思ったとき

あなたに必要なメソッドは

守護霊様が教えてくださると思うのです。

みんな

「強くなりたい!」と強く思う前に

「どうしたらいいか?」

を求め過ぎています。

「どうしたらいいか?」

が先にあるうちは

強くなりたいがまだ本気ではないのです。

まずは自分の今の状況を客観的に観て

俯瞰的に観て

なぜ強くならないといけないかも考えてみましょう。

それが内観(ないかん)するということです。

内に居る本当の自分と話し合ってみるのです。

そうすると本当の自分が教えてくれます。




善い人は是非、強くなってください。わーい(嬉しい顔)手(チョキ)

そうならないと世界が平和になるのが遅れてしまうのです。( 無限なる平和ぴかぴか(新しい)



  

 

2012年4月 1日 (日)

プラスの言葉を発しよう!

  
  
仕事の得意先で毎日のように会っている人がいつも自虐的な言葉ばかりを発しているので

「○○さん、言葉っていうのは言霊(ことだま)といってエネルギーが宿っているんですよ。言葉に出したらほんとのその通りになってしまいますよ。止めたほうがいいですよ」

というとハッとしたような顔をして

「そうやなぁ、やめようかなぁ」 と言ってくれました。

人は悪気はなく、くせでマイナスの言葉を発しています。

でも、それが自分に還ってくること、宇宙にマイナスのエネルギーを蒔き散らしていることを知らないのです。

私たちが何気なく吐いている溜息さえ、宇宙の果てまで届いているのだそうです。

光明の言葉を発することと同時にネガティブなマイナスの言葉を発することを止めるだけで随分、地球の波動が違ってくるのです。

という私も、油断したり、他の人に合わせてマイナス言葉を言ってしまいそうになることがあります。

そんなとき、元に戻してくれるのが、私にとって側に置いてある本なのです。

その中から抜粋してみますね。わーい(嬉しい顔)


 



・ 否定的な言葉は、物質主義社会における伝染病である。

  人々は、物質主義的な欲求が満たされない時、

  否定的な言葉を用いて、欲求不満を解消する。

  それらの言葉は、エネルギーの磁場を形成し、

  人々の心に同様の感情をかき立ててゆく。

  そのような感情を出来るだけ言葉に表わすことなく、処理すべきである。


 



・ 「出来ない」「もうだめだ」「でも」「だって」「無理だ」「不可能だ」「今度する」・・・・・・などというマイナスの言葉自体に不運を導く力が潜んでいる。

  「ありがとう」「今、すぐしよう」「必ず出来る」「絶対大丈夫」「成就」「なんて素敵」「天使のよう」「神様のよう」「あたりに輝きを放っている」「身体中、愛のみの人」・・・・・などというプラスの言葉自体に強力な運を導く力が宿っている。





・ 言葉それ自体は生きている。自分の分身である。




・ 人類は、神霊の宿った言(光明の言葉)のみを語ることによって、世界を平和に変えてゆくことが出来る。




・ 神聖なる言葉には、神霊が宿っており、神霊が宿っているからこそ、その言葉は成就されるのである。




・ マイナス思想の習慣を一掃すること。何故ならば、人生は、習慣がつむぐ織物のようなものだから。




・ 自らの無限なるパワーやエネルギーを自己破壊に用いてはならない。





・ どのようにして、私たちは否定的な言葉を処理できるのか?

  それは、幸福や愛や寛容や感謝に満ち溢れた

  光明の言葉の高次元エネルギーによってである。

  光明の言葉は、その輝きで否定的な言葉を包み込み、光の波に変え、

  否定的な言葉を打ち消すことが出来る。


 


 ・ すべての瞬間、私たちは自分の目先の現実を創っているだけでなく、人類の未来の創造に参画している。





  

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