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2012年3月18日 (日)

人間は大馬鹿者なのか?それとも素晴らしい存在なのか?

  
  
  
人間の悲劇とは、自分や他人がどうしようもない大馬鹿ものなのか?

神性の現われた素晴らしい存在なのか? がこんがらがってわからなくなってしまっていることだと思うのです。

「あの人は素晴らしい!神さまのような人だ」

そう信じ切っていたのにその人の言動で醜い部分を見てしまった。

今度は真逆に「あの人は動物以下だ」と思ってしまった。(無限なる愛ぴかぴか(新しい)、否定的な言葉を打ち消しているのです)

それは自分にも言えることであって

自分の才能や運命が開花しているときは自信満々で自分を誇らしく思う。

しかし、いつまでも順風満帆には行かず、他人に否定されたり、自信を失ったり、自暴自棄になったりして、自分が嫌いになったり、人を責めたりする。

心も醜くなり、悪い方悪い方、ネガティブになっていく。

自分は“悪魔の子”に見え始め、とても“神の子”には思えない。

このように人間とは私がいつも言っておりますように

玉石混交(ぎょくせきこんこう)とした、神の部分(完璧な存在)と悪魔(業に覆われた、動物性の不完全な存在)が混ざった存在なのです。


実は悟った人とは、一旦はすっかり諦めているのです。

悟った人とは真実のわかった、本当にスッキリ爽やかになった人です。

何がわかったかというと

人間とは神様(完全)から離れてしまっているので大馬鹿者になってしまっている。

だから意識が肉体人間のままだったら大馬鹿者のままなんだ。

このままだと人間界は崩壊する。

と人間というものを完全に見放してしまうのです。(完全にですよ)

どこかで肉体人間(神様から離れた人間でも)どうにかなるものだ。

人間や自分に捨てたものではない、という一縷(いちる)の希望があるうちは中途半端なのです。

今、私たちの心境とはこの“中途半端な心境” なのです。

そうではありませんか?(笑)

私はそうです。(正直に言います)

だからしんどいんですね。泣き顔

「私は肉体人間としてとことんやってみましたが、もう私の力ではどうしようもありません」

「神様、どうにかしてください!」

と心を投げ出したところから

本当の世界が開けて来るのだと思うのです。

このことが身に沁みてわかった文章をこの後の日記に記載していきます。

みなさんが

「そうだったのか?」

「だからしんどかった、辛かったんだ」

とわかって元気になってくださることを

祈っています。



同時に私が提唱しております、世界平和の祈りの原理についても述べてゆきます。

世界平和の祈り無しでは本当の真実の世界はやってこないことも知っていただけたら幸いです。





世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)


  




     

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