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2012年3月31日 (土)

3月31日のツイッター

 
  
感動とは、相手の人の純粋で美しい心情、心境がそのまま人に映ってくることだと思うのです。テレビを観ていてもその人が心から感動したことは伝わってきて、目頭が温くなります。もらい泣きですよね。 そして感動することの多い人生は幸せだと思うのです。いつも感動している自分でいたいですよね。


  

1. ある有名高校(有名大学に多数合格者を出している)の校長先生は言っています。「これからはどこの大学を出たかなんてなんの役にも立たなくなる。これからの学校は社会に役立つ人間づくりをしていかなければならない」・・・と。人間の評価の物差しが確実に変わってきたんですね。

 
 


1. 「一行、たった一個の言葉を探すために、何冊も本を読むんだよ。そこがおもしろいんだよね」 斎藤一人さん 響く言葉の裏には地道な努力があるんですね。


 


1.世間の人はね、「学校も行けないで帰っちゃうような人間は、出世出来ない、ロクなものにならない」って言われたときに、信じちゃうからいけないんだよ。それより、「こんなくだらない授業をいつまでも受けているようじゃ出世するわけない」って思えばいいんだよ。一人 確かにそうですよね(笑)。




1. サントリーの社長に世話になったって言いながら、キリンビールで乾杯してるのはおかしいんだよ(笑)。おかしなことをしていると、わかるんだよ。意気に感じて生きているやつは、周りに意気に感じて生きてるやつがいっぱい集まってくるんだよ。斎藤一人 これが成功法則の基本なんですね。




1. 「一本スジの通ったものがないから人生ころころ流されちゃうんだよ」斎藤一人 昔はみんな「スジを通せ!」ってよく言っていた。スジが通っていなければ人として認めてくれないことが多かった。でも今はそれが忘れ去られそうになっていると思う。改めて、凄く大切なことだと思います。




1. 「優秀な人材はどこだって大切なんだ。それを引き抜いちゃいけないんだよ。自分がやられて嫌なこと、しちゃいけないんだよ」一人 会社を良くしよう、大きくしようとしたらヘッドハンティングすればいいは安直な考えだと思う。今居る人の中にも素晴らしい人材がいるかもしれない。灯台もと暗し




1.21世紀はものすごくその人情が大切なの。こころの時代って、そうなの。こころの時代って、人情、人の情けの時代なんだよ。新しいスピリチュアル系の話をいっぱい並べる前に、ここ日本ですから。最高のスピリチュアル系の話は、これだと思ってるよ。一人 人情って愛ですよね。それも慈愛に近いと思います。




1.「心に愛がなければ、どんなに美しい言葉も相手の心に響かない」 聖パウロの言葉より




   

 
 

プロ中のプロ

 

  
今、イチローがアメリカからやって来ていますけど、日本人大リーガーで、超一流として認められているのは彼だけだと思います。

松井も松坂も一流であることは確かだけど、超一流とは言えない。

みんなに認められるのはもはや、プロ中のプロでなければならなくなってきたのです。

それが本ものの時代、本ものだけが残っていくということです。



斎藤ひとりさんは、「仕事は楽しくやろう」「楽しくやったものが成功者になる」って言っているけど、それは仕事を楽しむプロになれ!ってことなんですよね。

それも中途半端ではない、楽しむプロ中のプロになれってこと。

このことってほんとにそうだと思うのです。

企業は企んでいるから企業なんだって前の日記に書いたけど、これから企業が企むのは、生産性の上げられる社員を雇うというこです。

30万の給料を渡すのなら、50万、100万の利益を稼いで来い。

そうでなければいらない。

当たり前のことです。 でもこれまでは景気が良かったので、ほとんど仕事をしない社員が少しぐらい居てもよかった。

まあまあでも雇ってくれた。

でもそれでは会社は生き残っていかない

生き残っていかなければ、社員だけでなくその家族も路頭に迷うことになる。

企業は、そのためには、リストラもしなければならなくなる。

これは自然の摂理としてしかたがないことなのです。

厳しい時代になってきたのかもしれません。

でも当り前の時代がやってくるんだと思えば

なんてことはない。

今、成功している人は凄いと思います。

一昔よりずっと努力しています。

少し前までは(20世紀の末)まぐれで成功することもあった。

運で大金を稼ぐことも出来た。

でももうフロック(まぐれ)は通用しなくなったのです。

だから今の成功者は、必死です。

いい思いなんてしていない。

楽なんてしていない。

社員よりも誰よりも会社のことを考え、がむしゃらに働いています。

それは個人にも言えて

自分に実力をつけないと周りは認めてくれなくなった。

お金も入ってこなくなったのです。

「レコーディングダイエット」「スマートノート」の本の著者である岡田斗志夫さんはこれからは

「評価社会がやってくる」と言っています。

人とは違う何か、人から頼られる何かがあり、そして自分の意見が役立つものでないとその他大勢の人で終わってしまう。

評価される人になるためには、地道な努力がいる。

のんびりと遊んでいる暇はない。

自分なりの考えや見識を持っていないと必要とされなくなる。

私は楽観主義者だけど

景気が良くなってみんなが貧乏にならず、幸せになればいいと思っているけど

それとこれとは違うのです。

厳しい時代が即、悪い時代ではないのです。

厳しい時代になったということは

自分を磨くチャンスがやってきたと思えばいい

これからは偏差値の高い、頭のいい人?の活躍する時代ではありません。

勉強が出来るというのは、試験で高い点を取るという才能に優れているということで

それが仕事に役立つとは関係のないことなのです。

そのことにたくさんの人が気づき初めています。

事実、会社の人事採用の人は

学生の資質を観て、その後でどこの大学の出身かを聞くそうです。

学歴はもはやあってないものになりつつある。

どこの大学を出たかより、なにをやってきて

なにを考えているかのほうがずっと大事かということが

わかっているからです。

つまり自分の資質を高めるしかないのです。

資質とは、人間性でもあり

感性でもあり

心の豊さであり

必要な(役立つ)知識を持っているか(得ようとしているか)だと思います。

必要な知識とは学校で習ったことではなく

人に役立つ知識を得ることにどれだけ努力してきたか(する気があるか)ということです。

ノウハウ、説得力も要ります。

自分自身や相手が納得しなければそれは本当の知識とはいえないからです。

そのためには勉強もしなければならない。

学校で習う勉強とは全然違うのです。

未来に役立つ知識です。

人に役立つ、地球に役立つ知識です。

そういった違う勉強をして初めて、役に立つことができる。

そういう人がこれから求められるのです。

私はそういった精神(意識)を持った人がプロ中のプロになるのだと思うのです。

これからプロ中のプロがたくさん出てくるようになります。

だから、必ず善くなる、絶対大丈夫なのです。


  

   

光明思想徹底行の言葉

  
  
  
心の中をきれいなもの、純粋なもの、プラスだけのもの、豊かなもの、強いもの、愛そのもののもの、平和なもの、穏やかなもの、強くてやさしいもの、幸せなるもの・・・・・

とにかくプラスのエネルギーでいっぱいにしたいですよね。わーい(嬉しい顔)

そうすれば24時間プラスα、いつでも、どこでも、どんなときにも幸せを感じていられる。

本当の幸せとは、今の自分の状態や周りの状況とかに左右されないものだと思うのです。

そうなるためにはどうしたらいいか?

そんなメソッド(方法)なんて今まで誰も言わなかった(少なかった)と思います。

そんな嘘みたいな話があるんです(笑)。

これからは心の時代がやってきます。

心の時代とは心がすべてのすべてだとわかる時代です。

これはそうなるためのメソッドなのです。

宇宙の無限のプラスのエネルギーがすべてこの言葉に入っています。

この言葉を唱えると

宇宙のエネルギーと共鳴し、肉体に入ってきます。

すると肉体意識から宇宙意識(神意識)へとシフトするのです。

宇宙には、病気、貧困、失敗、悲しみ、怒り・・・そういったネガティブなものは一切ないのです。

無限なるプラスのみと共鳴するようになるのです。


宇宙の数字である7回(完成された数字です)を唱えると心の中でなにかが?起こりますよ(笑)。

 








光明思想徹底行の言葉


界人類が平和でありますように
 
無限なる愛・無限なる調和・無限なる平和・無限なる光
無限なる力・無限なる英知・無限なるいのち


世界人類が平和でありますように
 
無限なる幸福・無限なる繁栄・無限なる富・無限なる供給
無限なる成功・無限なる能力・無限なる可能性


世界人類が平和でありますように
 
無限なる健康・無限なる快活・無限なるいやし・無限なる新鮮
無限なるさわやか・無限なる活力・無限なる希望


世界人類が平和でありますように

無限なる自由・無限なる創造・無限なる広がり・無限なる大きさ
無限なる発展・無限なるエネルギー・無限なる感謝
 

世界人類が平和でありますように
 
無限なる喜び・無限なる美・無限なる若さ・無限なる善
無限なるまこと・無限なる清らか・無限なる正しさ
 

世界人類が平和でありますように
 
無限なる勝利・無限なる勇気・無限なる進歩・無限なる向上
無限なる強さ・無限なる直感・無限なる無邪気


世界人類が平和でありますように

無限なるゆるし・無限なる栄光・無限なる気高さ・無限なる威厳
無限なる恵み・無限なる輝き・無限なる包容力



  


不安なことは数字に置き換えて安心しよう!

  
  
 
福島の原発についてですが、私は専門家でもないし、原発を詳しく研究しているわけではないのでうかつなことは言えないのですが

みんなナーバスになり過ぎているように思うのです。

斎藤一人さんの本にこんなことが書いてありました。




今、福島の原発の事故で大騒ぎをしている。このあいだの牛の騒ぎもそうだけど、一日に牛肉を一キロずつ一年間食べると、レントゲン検査一回の70分の一だって。

たったそれだけなのに、わけのわからない数字を並べられると、おかしくなるような気がしちゃってる。

長崎で原爆が落ちた後、原爆が原因となった障害者は生れてないんだそうです。 そういう事実があるんだそうです。

交通事故は年間一万人死んでいる、自殺者も年間3万人以上います。

でも、原発のほうが騒いでいる。

それからね、このままでいくと、あそこらへんに住んでいる人は1000人に1人ガンになる確立が出るって。1000人に1人。今2人に1人が、ガンになる時代なんです。それが、1000人に1人、ガンになる人が増えたって誰がわかるのかって、誰もわからない。


ということは、恐怖が起きたときに、数字に置き換えることを知らないんです。数字に置き換えないと、恐怖はますます起きるんです。

だから、人は冷静になって、数字に置き換えればいいんです。




まったくその通りだと思います。

人間は恐怖を感じると当然、感情的になります。 それを感じなくするには絶対大丈夫(かなり大丈夫でもいい)だという根拠がないと納得しません。

その根拠が数字なんです。 恐怖心が増幅するのは、現実(の数字)よりも不安要素の数字のほうが大きくなってしまうからです。

実際に1しかないのに100に見えてしまっているのです。

数字は勘定と言います。

感情は勘定とイコールです。

勘定を間違えているから、誤解しているから感情的になっているのです。

家計をうまくやっていけるのか、赤字が出るのではないかと不安になっている人は家計簿を付けていない(笑)。

なぜ売れないのかがわかっていない商売人は、数字で分析をしていない。

ただ感情的になって不安になってオロオロしているだけです。

オロオロしている時間があるのなら紙に落とし込んで今の状況を客観的にみてみればいいのです。

不安を煽ると稼げるのだそうです。視聴率が(笑)

私たちはテレビに、報道にしてやられているのです。

向こうは視聴率という数字に置き換えて

しっかり数字をみている

しかし私たちは見ていないので不安だけが大きくなっている

国民を馬鹿にしていますよね(笑)

私たちはもっと賢くならなければならないと思うのです。

でないとエネルギーが悪くなるからです。

マイナスのエネルギーが強くなってしまうからです。

例えばここにいい波動の場所があるとする

そこでみんなが穏やかに過ごしている

そこに不安要素がたっぷりのある人(マイナス思考)が一人、入って来ると

その部屋の雰囲気は一変します。

空気が変わります。

世の中がおかしくなっているのは人の想念エネルギーがネガティブになっているからです。

だから私たちは不安な要素を心の中から取り除くことをしなければならない。

そして根拠のない(少ない)情報に一喜一憂しないことが大切だと思うのです。

不安な情報がネタになるということはそれに共鳴する人が多くいるから視聴率が上がるのです。

共鳴する人たちが減ってくれば、視聴率は取れなくなる。

だからそんなネガティブな情報は観ないようにすればいいのです(笑)。

最近、テレビを観る人が減ってきているそうです。

良い傾向なのかもしれませんね。

テレビや報道が変わる前に私たちが変わる。

そのためには、事実をしっかりと数字に置き変えてみる必要があるのです。

数字は嘘をつかないのです。(デマでなければ)

プラスの情報を多く入れるようにしましょう。

心の中をプラスのエネルギー(言霊)でいっぱいにしましょう。わーい(嬉しい顔)ぴかぴか(新しい)


 


「必ず善くなる、絶対大丈夫、大成就」


「世界人類が平和でありますように」


  

「仕事はおもしろい」 2


  
4.「自分の限界を超える法」


 
・もともと人間は、限界のない創造物なんです

・「得意な部分」で必ず勝てるんです

・「不器用だからダメ」じゃなく、不器用は不器用でいい

・ 赤ちゃんみたいな歩みでも、進めばいいんです

・ よき仲間がいて助け合えば、人はできるようになる

・ 人の魅力って、その人が限界を超えたときに出てくる

・ サッカー場で茶道やっちゃダメですよね(笑)

・ 望みを高きにもって、高きに向って歩く

・ 自分が信じた道だったら、信じて進んでいけばいい

・ 仕事ってそれ自体、人を助けれくれる




 
5.「一瞬で人に好かれる≪ほめ道≫」


・ 「自己重要感」を満たしてくれる人は、みんな、大好きなんです

・ この世で一番必要なのは、ほめる人間なんです

・ 人ってね、人間なんです。機械じゃないんです

・ みんなお役目があって生きているんです

・ 感動する人間って波動が違うんです。相手も波動が変わる

・ みんなその道のプロなんです。プロをなめちゃダメなんです

・ この世の中って、真剣勝負なんです



 
6. 「大不況を生き抜く知恵」


・ 恐怖が起きたときには、数字に置き換える

・ お金の印刷機を回しちゃえばいいんだよ

・ 非常事態なんですよ。今、非常事態なんです

・ 笑っていられるように備えておくしかない

・ おいといて得な人をやめさせる会社はない




7. 「仕事はおもしろい 楽しい実践例」




 
このページは7人のお弟子さんが一人さんの「仕事はおもしろい」というノウハウを実践したことで成功した実例が書かれています。

この部分は端折(はしょり)ります。

この本を読んだ率直な感想ですが

みんなそれぞれに一生懸命に生きていて、努力しています。

でももったいないことにエネルギーの注ぎ方がへたくそなんです。(という私もそうなんですが)

違ったところ、無駄なところ、注がなくていいところに注いでいる

時間は限られています。

そして、時間もエネルギーです。

そのエネルギーを大切にし、有効に使えばなんだって出来る。(無限の可能性)

人間にはそのような素晴らしい力が宿っている。

そのように感じました。わーい(嬉しい顔)



そしてやり方は極めた人のマネをしちゃいましょう。

そこに自分なりのオリジナルを加えていけば

自分のものになるのです。(世の中にオリジナルだけで生きている人なんていません)

  

 


  

「仕事はおもしろい」 1

  

   
本って読む人と読まない人がいるんでしょうけど、読んだ方が絶対にいいなと思います。

というのは、私たち人間は毎日変化を求めている。

そして、昨日より今日、今日よりも明日と進化することを本心が望んでいます。

しかし、人と会ったり、仕事場や家庭の中だけでは大切なことに気づく機会(チャンスがそう多くはないと思うのです。(野球でいうところの守備範囲が狭いんですね)

だから本を読むことによって他の人の人生をいただくことができる。

その人とまったく同じようにはいかないだろうけど、その人の気づきをもらえるのです。

書いている人も自分の気づきを与えたい、知らせたいと思っています。

そこと共鳴すればいいのです。

一人だったら少ししか会得出来ない経験や気づきを読んだ本の数だけ自分のものに出来る。

これって素晴らしいことだと思うのです。

だから読んだ後に心がぽっかぽかになります。

だが、しかし、世の中には良本もあれば悪本もある。げっそり

悪本とは、ほんとうのことが書いてあるとしてもネガティブになるものです。

それは書き手の人がネガティブ(マイナス思考)なんです。

すると、その人のエネルギーをそのままもらっちゃいます。

于先生(私のメンター)はご自分で“これは”という本を読まれて、3回、繰り返し読んでそれで“大丈夫”と確信されてから私たちに薦めてくださいます。

少しでも、把われる部分(箇所)があると薦めるのを止められるのです。

心が把われるとエネルギーが停滞するからです。

生命(いのち)が活き活きするのを邪魔するからです。




ということで

最近は斎藤一人さん一本みたいですが(笑)

この本の目次そのものがすでに凄いエネルギーを含んでいるのです。

本を読むのが苦手の人も

「買ってまで読むのは・・・」と躊躇している人も

エネルギーを感じてください。

そして目次のタイトルから何かを感じ取ってくださったら幸いです。(なんのことかわからなければスルーしてください)

では、目次だけを紹介するのは初めてなのですが

よかったらお付き合いください。





1.「仕事はおもしろい」


・ 自分と目的地をゴムひもでつなぎ、ポーンと上に飛び上がる

・ ねらいすまして、一つの魅力みたいなものを突き詰める

・ 成功とは「どんな口ぐせを持ってるか」だよね

・ カメは、水泳に持ち込むんだよ。そうすれば勝てる

・ 自分が成功しないのは、自分の問題なんだよね

・ 「仕事がおもしろい」ってわかったら、もう成功者

・ 神様が出してくれた人に、イチャモンつけちゃダメ

・ プロで食えたのは20世紀まで21世紀はプロ中のプロ

・ よき人は企てないんだよね。企業というのは企てるんだよ

・ 仕事はドロ縄なんだよ。泥棒を捕まえてから縄をなう

・ これからの社長の仕事は、会社をどうしたらおもしろくできるか

・ 高校野球だって、苦労して甲子園に来たやつはいないんだ

・ 成功法則の根本は 「仕事を楽しくする、好きになる」

・ 「一日、4回以上、ありがとうって言われるゲーム」

・ 神様が、「普通の人は、これで幸せになれるよ」って



2. 「義理人情の成功法則」


・ あたりまえのことをできるって、すごいことなんだよ

・ 納税一番をずうっと続けられる法則があるんだよ

・ 仕事の成功だけじゃつまらないよね。やっぱり仲間だよね

・ 人間ってね、総面積が決まってるのね

・ 世間の見る目が変わると、人生が変わる

・ その人のかっこう、言うこと、態度、それを世間が見る

・ 意地になること自体が小さいよね

・ 人って2つのことしか興味ないんだよ(おもしろいこと、自分に役立つこと)

・ 善人はもっと善人に見えるようにするんだよ

・ 「総理大臣になってもあそこに行ってコロッケ食うんだ」

・ 人情忘れて高級料理店でメシ食うな!

・ スジの通らない生き方しちゃダメなんだよ

・ 世話になったおばちゃんのことを忘れてほしくない

・ 21世紀はこころの時代。人情、人の情けの時代なんだよ



3.「魅力をつければうまくいく」


・ 絶対外れない経営を 「神的経営」っていうんだよ

・ 「死ぬまで最高に魅力的な人間になって死んでいく」

・ 魅力の高まった人は、なにをやっても成功するんだよ

・ 商売というのは、お互いが得になることなんだよ

・ この世はね。幻なんだよ。自分が映し出す幻なんだよ

・ すてきな人生生きていると、すてきな人が出てくるんだよ

・ 欲から始めないとつぶれちゃうんだよ


・ 文化程度の上がってるところが、よくなるんだよ

・ 世の中には、突然変異が起きるゆとりがあるんだよ

・ スジを通して生きたほうがすてきだよ。なぜかうまくいくよ

・ 立派なこと言うより、立派な行ないしな

・ 私もあなたも同じたましいで、脳細胞も同じなんだよ

・ 数字もすてき、言っている言葉もすてき、笑顔もすてき





  

2012年3月30日 (金)

善い人ほどリスクヘッジしましょう。

 

 
善い人というのは、心が澄んで美しいので、ずる賢いところがない、だから想定外のことがあると弱いのです(笑)。

例えば人に、急に思わぬ罵声を浴びせられた。何かその人を傷つけるようなことを言った覚えもないし、以前ことでも思い当たらない。(想い出す時間もありません)

そんなときはあわてふためいてオロオロしてしまう。

気が動転することもあります。

そうならないように想定外のことを想定内にしておくのです。

「アホか?」と言われたとする

「アホちゃいまんねん、パーでんねん」(さんまさんの古いギャグですが)

と心の中で言いかえす。

相手が急に怒り出したとする。

相手の声をかき消す音楽を流し聴こえないようにする。

以前も書いたことがあるのですが

苦手な人がやってきたときに

ゴジラのテーマソングを流す (もちろん心の中で)

そうしておくことで気持ちに余裕が出来ます。

企業は企てることで会社を守るけど

「善い人は企てないから弱いんだ」

と斎藤一人さんが本の中で書いていました。

私もほんとにそう思います。

善い人は善い人だけで終わってはいけない。

強くならないと

世の中は善くなっていかないのです。(無限なる平和)

みなさ~ん

良い意味で企てて、工夫して

強くなっていきましょう。わーい(嬉しい顔)手(チョキ)



  

「神様助けてください」はすがっているのではない

 
  
 
「神様助けてください」というのはなんだか頼りない自分がすがっているようだけど本当はそうではないのです。

人間は神の子です。ということは神の親でもある。

先日、于先生のレッスンで

「子は自分の親なんです(前世、魂的に)。だからある時期から親は子に、親に逢いたくなるような気持ちで子をみるようになるのです」と教えていただいたのです。

子どもが急にたくましく、強く感じるのも子に親の姿をみているのかも知れません。


そういえば、私も子どもに対してたくましさだけでなくなにか懐かしい故郷のようなものを感じていたのです。

確かに、無性に逢いたくなるときがあります。

そして、先祖の悟った霊が守護霊様、その守護霊様と肉体の人間も守ってくださっているのが守護神様です。

なんだか守護霊様、守護神様というと大それた、とても遠い存在の人たちなんだと思ってしまいますが、亡くなった親又は祖父母だと思えばいいのです。

亡くなってからあの世に行って悟った、そして守ってくれていると思えば親しみが湧いてきます。

そして自分も過去世で守護霊、守護神だった時期があったのです。

つまり自分とは神の子であり、守護霊、守護神でもある。

自分って凄い存在なんです。(我即神也)わーい(嬉しい顔)

神である自分に頼ること

なんら恥ずかしいことでもなんでもない。

堂々と自分自身(神)に頼ればいいのです。






  
追伸

ここで問題?になってくるのは、なんでもかんでも神に頼ればいいのかというとそうではないのです。

神様は一生懸命に努力している人にしか力を与えてくれないのです。(自分に厳しいとも言える)

天命を信じて(神である自分を信じて)人事を尽さないと(3次元のことを一生懸命にやらないと)神風を吹かせてはくれません。

それを多くの人は誤解しているのです。

巷では3次元のことを疎かにして神頼みをしたり神秘的なものに逃げている人が多くいます。

そんな人は幽界の不良霊に遊ばれています。(操られています)

地に足をつけること(仕事を一生懸命にする、当たり前のことをするのに手を抜かない)が一番大切です。

神秘的なことに興味を持つのはその後でいいのです。(神秘的なことには守護霊様が自然と導いてくださいます)



     

人間あきらめが肝腎

  
  
 
実は、斎藤一人さんの本「仕事はおもしろい」を読む前に、私は一縷の期待を持っていたのです。(私も仕事はおもしろくないと思っていた一人です)

「この人だったら仕事がおもしろくなるそして楽しく楽になるメソッドを教えてくれるかもしれない」 と。

しかし読んでいくうちにハッとする箇所にあたったのです。

それは「仕事なんて所詮おもしろくもなんともないものなんだ」 って。

それはどうにもならないものなんだから

どうにかしようとするのは諦めよということだったのです。

どうにかしよう、あいつをどうにか変えてやろう、なんとかしようと相手や外の状況を変えようとしてもそれは無理なのです。

それも絶対、絶対、ぜった~いに無理なんです。

そこで一旦、あー無理なんだ

自分の力、人間の力ではたかがしれているんだ

たいしたことないんだ



「や~めた」、と諦めてしまうのです。

あきらめてしまうと

案外、いやかなり楽になるんです。わーい(嬉しい顔)

なんとかしよう、なんとかしようとするから

しんどい、辛い、、苦しいんであって

なんとかしようとするのを止めたとき(手を放したとき)

ふっと楽になる。

すると(しばらくすると)

じゃあどうすればいいんだ

と方向転換してくるわけですね。(ずっとあきらめたままじゃない)

そこで頼りになるのは誰なんだ?

自分や他の人ではどうにもならない

人間ではどうにもいかないことはわかった

では

後、誰が残っているんだ?


そこで神様が出てくるのです(笑)。

神様と決めなくてもいい

仏様でも宇宙でも、サムシング・グレートでも

大自然様でも、宇宙天使様でも

私たちを創ってくれた肉体人間よりもずっとずっと大きな、偉大な何かに

頼るしかなくなってくるのです。

法然さんという偉いお坊さん(法華経を説いた)は3次元的なことは徹底してやったのです。

肉体を持った人間として人の何倍も何十倍も何百倍もこの世的なことに努力した。

で、出た結論が

肉体人間では絶対に無理だ、悟れない、幸せになれない

と諦めたわけです。

それも中途半端な諦め方ではなかった

だからそれからスーといろんなことがわかり始めたのです。

諦めたから頭で考えることをやめ肉体意識を超えていったんですね。

実はここまでいかないと本当に楽にはならないんです。

なぜならば中途半端だから

中途半端が一番苦しいんです(笑)



話を元に戻して

斎藤一人さんは、仕事はおもしろいもんじゃないってあきらめたわけです。

あきらめるというのは同時にあきらかになるということです。

あきらめるとあきらかになったのです。



そこからどうしたらいいか?

というメソッドを考えた

実はこの方法なんて

あきらめたら自分の中からいくらでも出てくるものなのです。

一人さんのやり方をマネしなくても

いくらでも自分なりの方法って出てきます。

だから私はみなさんにあきらめることをお勧めします。


でもなかなかあきらめることってできません。(時期があります)

自分を信じたい、なんとかしたいという気持ちが働くからです。

それもとても大切です。

どちみち自分でとことんやってみないと気持ちの整理なんてつくものではない。

でも、これだけは知ってください。

本当にたのしくなるのは、楽になるのは、幸せになるには

自分でもがいているうちはどうにもならないんだってことを

そして答は自分の心の中にある

耳を心に傾けるってことです。

とりとめのないことを書いてしまいましたが

人間は苦しむために生れてきたのではない

楽しむため、喜ぶため、幸せになるためです。

それを神様は望んでいらっしゃる(もちろん私たちも)

だったらそのためにはどうしたらいいか?

を真剣に一生懸命に考えることが

大切だと思うのです。





世界人類が平和でありますように


「すべては必ずよくなる絶対大丈夫、大成就」




  




私を変えた体験談 2

 


   
仕事への誇り


フィリピンの看護学生はかなり大変な状況にあります。

卒業後に待つ、何千人という求職者と競争する就職難のことを考えておかなければならないからです。

看護学校を卒業してもまったく就職できなかったり、失業してしまう人がたくさんいます。

こうした事情から、悲しいことに、不名誉な烙印を押されてしまいます。

専攻を聞かれ、看護学と答えるたびに、まるでだめだというようにみんな首を振るのです。

私が就こうとしているこの職業を、軽んじる人たちもたくさんいます。

ある時は、友人たちから

「四年も勉強したその挙句が、病人用の便器を洗っただけじゃない?」と軽口をたたかれました。

この偏見を持った発言はさすがにこたえました。

自分自身を取るに足らない存在だと考えるようにもなりました。

学校に行ってもやる気が起こらず、勉強にも身が入らなくなりました。

「君はどのみち、看護学生に過ぎないのだから」と彼らは言いました。


しかし、三年生のある日のことです。 私はまったく思いがけない場所で、人生を変える出来事に出あいました。

その年の4月、友人たちから論文の手伝いを頼まれました。

友人たちは高齢者の孤独について研究しており、老人ホームの入居者へのアンケートの手伝いを頼まれたのです。

私は高い塀に囲まれた人里離れたその施設を訪ねました。

とても穏やかで静かなところでしたが、管理が行き届いているとはいえない状態でした。

廊下は鼻をつく臭いがし、憩いの間はひどい状態でした。

世話役のスタッフは、施設の管理に最善を尽くしていましたが、人手不足と資金不足は明らかでした。

面談を通して、入居者のそれまでの経緯などを知るようになりました。

大半は路上生活から保護されたか、家族に捨てられた人たちでした。

特に記憶に残っているのは、ある老女との面談です。

彼女の話によれば、数年前まではホームレスで、たまたま家族と離れたときに当局に「保護」され、老人ホームへ連れて来られたということでした。

それ以来、家族とは一度も会っていないそうです。

その後の自分の状況と体験も話してくれました。

ずいぶん前から高血圧とひどい関節炎であるにもかかわらず、施設では一貫した医学的な管理や助言がなく、治療がほとんど施されていないこともわかりました。

家族との再会を手助けしてもらえる方法はないかとまで尋ねられました。

正直なところ、どのように対応したらよいかわかりませんでした。

家族との再会を手助けしたいのはやまやまでしたが、資金や頼りになる手立ても限られており、とても無理でした。

私はただ黙って彼女の話を聞くしありませんでした。

そして自分でできる高血圧と関節炎への対処方法として、生ニンニクを食べたり、痛みのある部分に温湿布をするとよいと教えてあげました。

看護学生として、それが私にできるすべてでした。

その後も雑談を続けました。 そのうちに彼女の気持ちが明るくなってきたことに気づきました。

すでに私たちは何度か笑い合っていました。

面談が終わる前に、彼女は私の名前と専攻を再び尋ねてきました。

「ダンと言います。看護学を勉強しています」と答えました。

その時です、今も私の心の中に刻まれている言葉を彼女が口にしたのは。

「ありがとう、ダン。あなたのために祈っているわ。あなたが無事、看護学を修められるように」と。

それから私は、ほかの面談者の話にもできるだけ耳を傾け、健康面のアドバイスをするように努めました。

私が、自分という存在や自分がしていることの重要性に気づけたのは、この日のことがきっかけでした。

私は、ただ面談をしているだけでなく、実はケアを施していたのです。

看護師はケアを行う訓練を受けますが、話を聞くこと、そして健康についてアドバイスすることもケア行為の一つであることに気づきました。

私は自分の職業を新たな視点で見るようになりました。

考えなればならない最も大切な問題は、

「卒業後、どのようにうまくやっていくのか」ではなく、「結果としてどれだけの人の手助けができるのか」 だと気がついたのです。

その日の経験は、

「人の人生に影響を与えるのは、優れた学位でもたくさんのお金でもない。必要なのは、人の話を聞く耳と、共感できること、そして実用的な基礎知識」だということを教えてくれました。

その夏以降、私は学業にいっそう励み、様々な団体に積極的に参加するようになりました。

私たちの赤十字部門で活動を開始し、医療ミッションにも参加し始めました。

さらには、卒業したら老年に関する研究を専攻しようと計画しています。

将来いつかまた、あの老人ホームに戻って研究をしたい、少なくとも入居者の生活が改善されるように何かをしたいと考えています。

入居者の方々のおかげて、こうして自分自身の話を書く強さと決意を持てたのですから、そのお返しがしたいのです。

私は、ただの看護学生に過ぎないのではありません。

「看護学生です」 と、胸を張って言えるようになりました。

そう言える誇りを私から奪うことは、もう誰にもできません。





  
 ダン・アーウィン・バガポロ(20歳)フィリピン・マラボン市 サント・トマス大学   <若者の部> 文部科学大臣賞(最優秀賞)

五井平和財団・ユネスコ主催 国際ユース作文コンテスト選集

世界の若者からのメッセージ 「私を変えた体験」 五井平和財団編



    

私を変えた体験談 1

  
  
  
「仕事はおもしろい」という本の中で、斎藤一人さんは、本音として実は仕事なんておもしろくない!って言っているのです。

言い切っているのです。

ほとんどの人はそう思っていると思います。

朝、眠くても行かなければならない、したくない仕事をさせられる、嫌な上司や気の合わない同僚がいる、拘束時間がある上に残業もさせられる、逆らうとクビになるから言いたいことも言えない・・・・・・


仕事を離れたプライベートだったら避けれることもあるのに仕事場はまず逃げ場がない、我慢するしかない


「仕事なんだから当り前だ!」 「お金をもらうということは嫌なことと引き換えなんだ」 「苦労しないと一人前になれないんだ」 なんて言う人もいます。

ネガティブなことがいっぱいあるし、嫌なエネルギーの中で包まれている。

まさに、修羅場です。

辛いことを耐えるために修行をさせられているみたい。

斎藤一人さんはそう認めているのです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ただそこでそのまま終わっちゃあおもしろくない わーい(嬉しい顔)

おもしろくないのなら自分でおもしろいように

変えちゃおう(ここがみそですよね)


自分の意識、考え方、思い方次第で見方が全然変わってゆく

マイナスのものがプラスに思えてくる

嫌な人がそうでもない人、そして「いい人だったんだ」になっていく(笑)

嫌で嫌でしかたがなかった仕事がゲーム感覚(工夫)にしただけでおもしろくなってきた

周りの環境を変えようとするから難しいし限界を感じるのだ。

自分の気持ちを変えることにエネルギーを注ぐと

まったく違う世界になっていく

奇蹟って

自分の心境が変わることだと思うのです。

心の中にまったく違う世界が顕われるからです。(感じ方も変わってくる)

地獄の中にいる心境だったのが

天国に住んでいるような心境になった♪





私たちは創造主です。

自分で自分の世界を創ることが出来る。

そしてそれが周りをも変えてゆくことになる。

動物と違うところはそこのところなのです。

動物は神様がつくった被造物です。

自分の想いで世界を創ってゆくことができません。

しかし、私たち人間は神様の力がそのまま肉体に宿っているのです。

物質的に見れば、動物もサルも人間もそんなに変わらないのだけど

中身(本質、元)が全然違うのです。

そして中身(心)が変われば、自分も周りもいくらでも変えることが出来るのです。

心が変わるとそれが外に出ようとする

そして外も変わってゆく・・・・・。(人も物質も)

それが奇跡なのです。


これからいくつかの「私を変えた体験談」をご紹介します。

奇跡とは、昨日の自分(今までの自分)と今の自分が違っていることを言うのです。

それは自分を変えた体験から始まります。




  



  

  

2012年3月28日 (水)

ちょっといい話

  
  
人間ってちょっと考えたら気がつくのに習慣で気づきを見逃していることがあります。

それに、他に頭を使って考えないといけないことがあるのでそこに神経を注いでいないとき、それから欲が勝っていて気づかない場合・・・。

最後の欲が勝ってというのが少し悲しいですね(笑)。


ということで今回のちょっといい話は欲くが無い人(勿論それだけではありませんが)が大切なことに気づいたお話です。


話しに出てくる人の優しさ、感性は素晴らしいと思います。


今、読んでいる本「仕事はおもしろい」斎藤一人マキノ出版から抜粋します。


一人さんのお弟子さんのみっちゃん(愛称)の投稿です。





ほめ上手の一人さんですが、一人さんにほめられたときの印象的なエピソードがあります。昔から私は生鮮品を買うとき、製造年月日の古いものから選ぶクセがあります。

コンビニは時間単位で食品をどんどん捨てます。

売り場の隅で置いてけぼりになっているサンドイッチやおにぎりが、それが自分だったら嫌だなと本気で思っていたのです(笑)。

ある日、一人さんとコンビニにお昼と買いに行ったとき、いつものようにサンドイッチのチェックをしていると

「みっちゃん、なにしてるんだい?」ときかれたのです。

それで、かくかくしかじかのクセでと話しました。



すると、一人さんは、「世間の人はどう思うかは知らないけれど、オレはみっちゃんみたいなことができる人を成功者だと思うよ。魂的、精神的な成功者だ。たいがいの人は新しいのを選ぶよ。一時間でも新しいのを買おうとする。だけどみっちゃんはそれをしない、エライよ! 一時間遅いぐらいで廃棄処分されるサンドイッチを救ったんだからな。食べ物って生き物だからね。生命あるものを捨てるなんて、申し訳ないし、お店の人も困るしな。それを古いほうからもってきてあげるって、みっちゃん独特の優しさだ。師匠のオレにもなかなかできないことだよ。感服しました」



    

日々の指針

  


  

1.知識、情報をどれだけ時間をかけて取り入れても、それらには賞味期限がある。知恵は永遠の真理。


1.心に雑念、欲念、妄念があっては成し得ることも成し得ない。無心こそ成就への道。



1.どんな小さなことでも、自分の心身を捧げて取り組めば、その道の大家となる。



1.何でもよい。一つだけ自分の打ち込むことが見つかれば、人生、不幸にはならない。



1.常に他人が目的ではなく自分自身を目的として、自分自身の最高の状態を築き上げるべき。



1.人から信頼に足る人間になるためには、まず自らが自分自身を信じられる人間にならなければならない。自分が自分自身を信じられなくして、一体誰が信じられるというのか。



1.不安や恐怖を一掃させるためには、自分自身をとことん徹底的に信じること。自分自身の中にこそ強さや自信はみなぎっている。






           西園寺昌美 白光誌4月号より




  


  



 

2012年3月27日 (火)

27日のツイッター


 

1.“幸せに輝いている人を見てみよう。きっとその人は人の行ないを裁かないのであろう。人々の行ないにその善意を見ているのであろう。人を軽蔑するような心はないのであろう。その人はすべての人々の美点のみを見て美点のみを語るのであろう。だからその人はいつも美しく光輝いているのであろう。”  (西園寺昌美)



1. 資格や技術を修得することはよいと思うが、修得後に自分が活躍し人が喜んでいる姿がイメージ出来るのかをやってみよう。もしイメージできなければ需要が少ないことになる。将来何が求められ何が必要になって行くか?先を見通す目が必要である。努力をしても役に立たなければ食べてはいけない。



1. 人は「あの人に傷つけらた」と言う。しかしその人が心の中に傷つけられる要素(マイナスのタネ)を持っていなければ何を言われたとしても決して傷つくことはない。心の中にマイナスを入れない努力をしよう。プラスのみに意識を合わせよう。調和波動気功法



1. 一人さんの本を読んでいると、人を褒めるってすごく大切なことだと思う。だけどなぜか日本人は相手のことを素晴らしいと思っていても言葉にしない。みんな褒められたがっているのに褒めれば喜んでくれるのに・・・「ほめて感謝する人にはツキが雪崩れ込む!」「この世で一番必要なのはほめる人間なんです」斎藤一人  



1. 大学の試験って「こういう人にうちの大学に来て欲しい」という意図を持って問題を作るのだそうです。だから落ちたということは相手のニーズと違ったということ、考え方に相違があったということ、相思相愛にはなれなかったということ。結婚する前にわかってよかったんだと思えばいいのです。




1. これからは中国が世界の経済を引っ張っていきます。中国とは世界の中心という意味だそうです。残念ながらアメリカは衰退して行く。だからこれからは中国語の需要が増えます。(現に増えている)英語を習得しようとしている人、中国語へ乗り換える勇気を持ってください。

1. 「中国語へ乗り換える勇気を持ってください」は言葉が悪いですよね。ごめんなさい、切り換えるに変更してください(笑)。親戚の子が英語を一生懸命にやってペラペラにまでなったのですが就職がまったくないのです。すごい努力をしていたことは偉いのですが、今は、時代の流れに合わせることが大切なのです。




  




  




 

自信を持ち、強くなるにはどうしたらいいか?


自信のある人ってどんなことがあっても絶対に大丈夫なんだという確信のある人だと思うのです。

絶対に大丈夫とは、明るい未来は必ずやって来ると確信を持っている

そのプロセスにおいていろんな障害があったとしてもそれは一過性のもの(消えてゆく)であって、光を消すものではない。

その未来の姿がハッキリクッキリと見えているから大安心しているのです。

しかし自信のない人は未来だけでなく今も不安であり、おまけに過去まで引きずっている。(無限なる光)

自信のない人が自信をつけるには

自信のある人(真理を知った人)が、真理(人間神の子)や未来が明るいことを伝えてゆくしかないと思うのです。

そしてそのメソッドを伝えてゆく。

自分が神の子だと思いたくても思えない人は、我即神也の印を組んでいけば、自分は神であったことを想い出すのです。 (神であることを確信できたなら絶対に大丈夫だとわかる)

光明思想徹底行をすれば、自分が光輝いている存在であることがわかる。

感謝行をすれば、どんなことがあっても感謝の気持ちが湧いてくるようになる。(すべてのことに感謝出来るようになる)

神様は、人間が不幸になることを望んでなどおられない。

地球人類を含めた宇宙全部が幸せ、平和になることを望んでおられます。

その神様の願いに波長を合わせたのが

世界平和の祈りなのです。

宇宙の波長に意識を合わせると

肉体意識を超えて宇宙意識(神意識)へと宇宙大に拡がってゆきます。

宇宙の中に自分がいるのではない、自分の中に宇宙があるのです。

人間にとって必要なすべてのものは自分の中に入っているのです。



 
世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます


 

時間は、未来→現在→過去へと流れてゆくんだ

  
  
滝の前に座ってぼんやりと滝の流れを見ていると滝の水は、過去からやってきたようにも思えるし、未来から今に流れて来たように思えるのです。

「今、見ているこの水は(現在)は下流へと流れていく(過去)だったらこの水はどこから来たのだろう?」

そんなどうでもいいこと?をふと考えている自分がいたのです(笑)。

ところで桃太郎さんの昔話ってこれとよく似ていると思うのです。

正直者のおじいさんとおばあさんは善いことをして善い種を蒔いていた。すると未来から桃太郎という幸福の贈り物がやってきた。

それは過去から来たのではなく、確実に未来からやって来たのです。

“時間の流れは自分自身で創れる”

これって凄いと思いません?

「時空を超えるってこういうことだったんだ」

人間はやっぱり創造主(我即神也)ですね。わーい(嬉しい顔)



以下、西園寺昌美さんのお話です。



「まさに今の瞬間、自分の未来に関する希望や出来事、そして輝かしい人生の設計図を強く思い、“必ず善くなる、絶対大丈夫、大成就” “すべては完璧” “すべては可能” ・・・・などと心の中に、魂の中に強くインプットすることによって、自らの人生の未来に刻まれたことになり、それが現在に流れてくるのである。

また、今この瞬間未来について思ったこと、考えたことの『成就』は、いずれ現在にやってくるのである。

そして今現在、この瞬間、同じことを繰り返し繰り返しインプットすることにより、時間はどんどん未来から現在、過去へと流れてゆくのだ」






追伸
 
“必ず善くなる、絶対大丈夫、大成就”の言霊は宇宙神がこの言葉を唱えたら「もの凄い勢いで成就(完成、完璧)に向っていくよ」というメッセージなのです。

宇宙からの贈り物です。

たくさんの人がこの言葉を唱え、その数が臨界点を超えたら時間は未来からやって来る、いや時空を超えるのでそんなことはどうでもいいものへとなっていくのだと思うです(笑)。

要は、地球が平和になればいい、幸せになればいいのです。

そのためには“意識”が大切です。

「自分が未来を創っていくんだ」

「自分が幸せを創っていくんだ」

「病気も未来に健康な姿を刻印すればきっと健康になれるんだ」

・・・・・・・という意識です。

奇跡を起こすのも“意識が起こす”のです。
  


   

2012年3月26日 (月)

26日のツィート

1. うつでノイローゼの人がいる。そんな人って毎日ステーキを食べている姿はあり得ない、それで一人さんが、ほぼ毎日焼き肉かステーキを食べに連れていった。「あり得ないことは起きない」から毎日、肉食べているうちに治っちゃった。「仕事はおもしろい」斎藤一人、バツグンに面白い本です。元気がでます。




1.「仕事じたいが、笑っちゃうほどおもしろい」そのことをわかってほしくて、この本を出しました。“仕事はおもしろい”斎藤一人 マキノ出版 本当にそうだったら明日から元気がでますよね。もうサザエさんが始まっても憂鬱にならない(笑)



1.子供さえしっかり育てば未来は明るいと言える、大切なのは「ああ私はこういうことが好きだったんだな」と子供の好奇心に灯をともすような教育をすること、そして、「ああボクって素敵なやつなんだ」と思えるように育てることだ。日立製作所会長川村隆さん 自分を素敵に思えるって魅力的だと思えるということだ思う。


1. いくら力強さがあっても、頭が良くても、金力、行動力、推進力、説得力、実行力・・・いろんなあらゆる力を持っていたとしても、人間的な魅力がなければ人は最後の最後で離れていくことになる。人は最後にはその人が「好き」かどうかで判断する。頭ではなく心(感情)で判断するのだ。


1. 人はそのお店が美味しいからだけで行くのではない、そこで働いている人の笑顔を見に行くのだ。(その“場”のエネルギーが良ければ、人は自然と集まって来る)



1. 昔お世話になった人には、忘れずにその恩を返してゆく。そしてその人がもういなかったら他の人にその恩を還してゆく。人間がみんなそんな気持ちになったなら「すぐにでも平和はやってくるのになぁ」って思いますよね。



1. 試験などがあって記憶しなければならないことがあったときは、トイレ(大をしながら)で覚えたらいいそうです(笑)。出せば入る(自然の法則)。それと同じで頭は出来るだけ空っぽにしておく、考え過ぎるとパンパンになってアイデアが入って来れないのです。 何も考えない、リラックスの時間をとりましょう。

1. お金を得るとは、人に喜んでもらうというエネルギーを与えて、そのお礼をお金というエネルギーに換えて返してもらうということなんだ。





  

幸せの種の育て方 最終章

  
  
 
ほとんどの人がAという道を行こうとしているのに、「私はBを行く!」と、何の迷いも躊躇もなく決断している人が極くわずかですが存在します。

その人は損得で判断せずに自分の直観で決めている。

「Bにした根拠は?」と聞かれても「そんなものはない」と答え、「Aにしといた方がいいんじゃない」と言われてもびくともしない。

それはただの直観ではなく、目にみえない何かが自分に訴えかけて来るのを感じているのだと思うのです。(私もまさしくそのタイプです(笑))

たぶん、守護霊、守護神からのチカラが強くて光が強烈なんだと思うのです。

だから肝腎なところ、人生の岐路に立っているときは、本人が何の根拠もないのに

「これで間違いない!」と魂が震えるようなエネルギーを受けているのです。

それを素直に受けて、直観のまま実行していれば絶対に間違いはないのです。(宇宙法則に乗るから)

守護霊様はその場その場の利益があるかないかで直観を与えたりはしません。

そのときには損をするかもしれないけれど、後々になってその人が幸せになり、かつ魂の成長に役立つ方を選ばせようとします。

だから守られているその人にとっては、都合の悪いことかもしれない。

「かわいい子には旅をさせろ」とは魂が成長させれるのなら苦労でもなんでもさせなさいということです。(でも耐えれない苦労は絶対にこない)

しかし、人間はすぐ良いことが起こることを欲している。

だから人間と守護霊の考え方が違うことがあるのです。

そして人間は、直観で知らせてきても無視をしたり(笑)後ろめたさを感じながらも(スッキリしていない)Aを選択してしまう。

私たちは直観に素直になることが大切だと思うのです。

そうでないといつも中途半端なまま

人間のままで本当の人(霊止)=神になることが出来ない。(無限なる可能性!)

でも大丈夫、地球人類が救われることは決まっています。

ただ救う側に行くか、救われる側に行くかです。

早く目覚めた人は、輝き始めるので救う側に回ります。

今、神々は人間が一刻も早く目覚めることを願っているのです。

そうすれば早く地上天国が訪れるからです。

また前置きが長くなってしまいました(笑)。

「幸せの種の育て方」最終回です。



 

 
真の目覚めをもたらす直観力

 

人間のすべての苦悩は自分自身で創りあげてきたもの、それは、真理を知らずして、無意識に積みあげてきたものなのである。


人類は一人一人が真理に目覚めた時、初めて真の幸せ、真の自由を体得出来るものなのである。

私は常日頃、人間一人一人の心の複雑怪奇なるさまを見つづけているため、それを出来るだけ解いてさしあげたいという気持ちで一杯なのである。

そのために、一日も早く、一刻も早く人間神の子観に触れることをお勧めするのである。

目覚める時は不思議なもので、一瞬のうちに目覚めてゆくのである。

真の目覚めとは時を重ねて、努力して、忍耐して、勉強しつづけて目覚めるものではないのである。

それは知識によって判るものではない。

いや知識で判ろうとしているうちは、真の目覚めはあり得ないのである。

真の目覚めとは、本来すべての人間に備わっている直観力をとり戻すことにあるのである。

この直観力こそ、神の光が自由自在に交流している場なのである。

この本来誰しもが持っている素晴らしい直観力を使わずして、知識のみを駆使しているからこそ、本来苦しまなくてもよいのに苦しみ、悩まなくてもよいのに悩み、迷わなくてもよいのに迷い、余計な苦労を背負っているのである。

あなたの直観力は冴えわたっているのである。今すぐあなたの心をその直観力に合わせなさい。

あなたの直観力はすべてを把握している。

あなたの直観力は、今何を為すべきか、今何を必要としているか、今何を目指して歩むべきか、すべてを読みとっているのである。

あなたが今までに溜めこんできたいかなる知識をもってしても、あなたの前に積まれている難題をクリアーにすることは無理であろう。

どんな膨大な量の知識を自分のものにしたとしても、所詮それは過去の体験である。

それらは人間がつくり、編み出してきたもので、現在のあなたの真の方向づけのためには決して役立たない。

少しは役立つかも知れないが、根本解決にはなり得ないのである。

結局、自分の人生を操っている自分自身が変わらずして、いかなる知識をもってしても問題解決は不可能としかいいようがない。

自分自身を変える唯一の方法は、自分の直観力に頼ることである。

どんな人も生まれながらにしてその直観力を持ち合わせているのである。

今日まで、いかに多くの人々が知識のみを頼りに生きてきたことか。

その結果は皆様方のよく知っておられる通りである。

その結果、戦争につぐ戦争、病気につぐ病気、そして飢餓など、あらゆる非哀や苦悩が人類にもたらされてきたのである。

ここへ来てようやく、人類一人一人が心して目覚める時が来たのである。

人類はいつまでも同じ生き方を繰り返していてはならない。

目覚めた人々が、次々と出現して、この世界を神の世界へと変えてゆかなければならないのである。

人間は本来神の子であるから、どんな人間も光輝いているものなのである。

そして、幸福、富、健康、歓喜、繁栄など人間が欲する生き方をしたいと思ったら、心の焦点をそこに合わせると、その生き方に沿った原因が自然に引き寄せられて、結果に一致するような状況へ導かれてゆくのである。

もっと詳しく説明すると、もし私が、今とても苦しんでいるとする。そして何とか幸せになりたいと思う。

そのために自分の心を常に神の無限なるものに合わせてゆこうと努力する。

心はいつも神の無限なるものに合わされているとは限らないが、今までのように、苦しい状態に心が100%向けられてとらわれている時とは雲泥の差である。

人間神の子観を深め、光明思想に徹する努力をしていると、その人の心が放つ光明思想の波長がそれを成り立たせるような原因を引きつける働きをする。

そして、その人が望んでいるような状況を創りあげてゆくにふさわしい、素晴らしい人や物や才能やひらめきを引きつけ、自分の望むような幸せな状況へと導いてゆくのである。

この生き方を素直に信じ行じてゆくと、いつの間にか、自分自身が素晴らしく変わってゆくのに気がつくはずである。

一にも二にも、自分自身を変えてゆくことが、幸せになるための第一歩なのである。



 白光出版小冊子 『幸せを創る光明思想━果因説について』より






追伸

実は昨日、調和波動気功法のセミナーで于先生にご紹介いただいた本があるのですが、その内容が果因律そのものなのです。

先に自分が成りたい姿(結果)を心の中に創ってしまう。その姿にエネルギーをどんどんと注いでゆく。すると本当にその通りになってしまう。

エネルギーを未来の明るい姿に向けるだけなんですよね。

その方が毎日楽しく過ごせます。

なんでこんなに善い方法がみつからなかったんだろう?

そう思ってしまうような素晴らしい本です。

その本と幸せの種の育て方(果因律)を重ねて読むともっとわかりやすいと思います。

是非、読まれてみてください。



「仕事はおもしろい」 斎藤一人 マキノ出版


   
  
  

2012年3月25日 (日)

己を知る、自分に勝つ、足るを知る

  

 
“己を知る、自分に勝つ、足るを知る”
 


今日、調和波動気功法のセミナーで于先生に教えて戴いたのですが、人間として必要な3つの要素です。


もしこの中で自分に足らない資質があるとしたら、それを補う努力をしていくことが大切だと思うのです。

これらは自分の努力(精進)で得ることが出来るものだと思うのです。




下記は私の解釈です。


己を知る・・・自分自身を知ること、これが一番難しいのかもしれません。思ってもないようなことが脳裡に浮かんできたり、本当の自分でない自分が心の中に存在しているような気がする。一体自分は何者なのか?本当の自分はどこにいるのか? 感情想念をどう処理をしていけばいいのか? 真剣に生きれば生きるほど謎は深まるばかりです。(無限なる光明)
本当の己を識ることが出来たときが悟るという心境になったときなのです。



 
自分に勝つ・・・これは自分の中にある感情想念に勝つ、超えるということです。感情ほど人間の神性を隠蔽するものはありません。本心はキラキラと光輝いている。その輝きを顕すには、感情を超越して消し去らねばなりません。しかし、自分で消そうとしても消えるものではないのです。感情想念が襲ってきたときに、とらわれないことです。つかまえないことです。そうすれば太陽を覆っている雲のようにいつの間にか消え去るのです。




足るを知る・・・中国の聖者である老子様のあまりにも有名なお言葉です。
人間は最初から満たされているんだ。生きて行く上で必要なものは全て神様(宇宙)から与えられている。しかし人間は欲望があるため、与えられた幸せを考えずに与えられている以上のものを求めてしまう。人間の不幸は満たされていることを知らないからだ。




  

幸せの種の育て方 5

 
  
  
何事も原点、元が大切だというのは、そこに素の答(本当の答)があるからです。

答は単純明快ですごくシンプルなのに、そこに余計なものがくっついてくるので原型をとどめなくなってしまう。

本来の姿がわからなくなってしまう。

そこで人間の原点とはなんぞや?ということになってきます。

今の人間の姿を見ていたらとても神の子なんて思えない。

悪魔の子、罪の子だと思ってしまいます。

でもそうでしょうか?

元(素)の人間とは、罪の子なのでしょうか?

神の子なんでしょうか?

その原点がわかっていないと、糸がこんがらがった毬(まり)の塊のようになってしまい(あーでもないこーでもない)と、迷路に入って行ってしまうのです。

答が見つからなくなってしまうのです。

人間とはいったいなんぞや?

自分とは何者なのか?

わかっていて当たり前なのに

ほとんどの人がまだわかっていない疑問?

ここらでビシッわーい(嬉しい顔)手(チョキ)と答を出そうではありませんか(笑)?




 


人間神の子に立脚した果因律

 

人間の心というのは大変に複雑に入り組んでいて、自分自身のことすら判らないのであるから、ましてや夫や妻や子供たちの真の心が判るはずもない。

このように、人間同士お互いに本心が覆い隠されたまま付き合っているのであるから、うまくゆくはずがないのである。

人類の歴史が始まって以来、どこかの時点で真理から大きく外れてしまった人間たちが、この世をうまく生きてゆくためにルールづくりをせざるを得なくなった。

そして、人間が人間を規制するために、ルールを創り、その中に人間をはめ込もうとしたところから、人類の苦悩が始まったのである。

所詮、一人の人間が他の人やルールによってコントロールされて生きられるはずがないのである。

人間、本来自由に生れてきた以上、何らかの束縛に耐えながら生きてゆけるはずがないのである。

また、どんなのすぐれたルールでも、それについていけない者や、そのルールに違反する者が出てくることも致し方ないことである。

長い長い人類の歴史の中で、人間の手で生み出されてきた因縁因果説が、人々の行動を規制するのには大いに役立っていると言うことも出来る。

しかし、反面、その因果律によって苦しんでいる人々が多くいるということも事実なのである。

善人であればあるほど因果律に縛られやすい。

側でみていて、そんなに自分を責めなくとも、そんなに自分を裁かなくとも、そんなに自分をいためなくともよいのではないか、と思うほどに、因果律にとらわれ、縛られている人々が多く見られるのである。

人々を幸せに導くはずの因果律が、逆に善人を光の世界、幸せの世界から遠ざけてしまうのである。

因縁因果の法則は悪人に対しては有効に働くかも知れないが、善人にとっては、それを超えた果因律のほうが有効であり、自然であると思うのである。

人間罪の子観では救われない。

人間神の子観でなければならないのである。

因縁因果説は人間罪の子観から出ており、果因律は人間神の子観から出ているのである。

人間が罪の子であったならば、人間の生そのもの、存在そのものが罪意識から脱け出られない。

どんなによいことをしても、どんなに人類のために尽しても、原点である罪の子に立ち戻れば、真の喜び、真の幸せ、真の自由が得られるわけがないのである。


だから私の説く人間観は、人間は本来生まれながらにして光り輝いている神の子なのだ。

そしてこの世に必要なものはすべてすでに自己の内部に無限に存在しているのだ。

だから今どんなに苦しくてもつらくても、必ず救われるのだ。

自分が神の子であるという真理に目覚めさえすれば、必ず神の姿が自己の肉体の上に現われてくるものなのだ。

この神の姿の中には、無限なる供給、無限なる繁栄、無限なる幸せが包含されている、というものである。

人間は本来生き生きと輝いていなければならないものなのである。

人間は本来幸せでなければならないものである。

人間は本来生命さわやかにして健康そのものなのである。

人間は本来愛深く、思いやり深く、優しいものなのである。

人間は本来自由自在なのである。

人間には本来不可能などないのである。

このような状態が、あなた本来の姿なのである。

あなたが今苦しんでいる状態、悩んでいる状態、傷つき悲しんでいる状態、病気であえいでいる状態、挫折感に打ちひしがれている状態は、本来の姿ではないのである。

本来の姿でない状態をとらえて不幸だ、地獄だ、死にたいなどといっても始まらないのである。

それよりも何よりも、今の状況から一刻も早く脱け出すことに心を傾けてゆかなければならない。

そこから脱け出す唯一の方法は、人間神の子としての自覚からはじまり、光明思想に徹することである。

自分は神の子なのだ、光輝いているのだ。

神の子が苦しむはずはないではないか。神の子が判らないことや出来ないことがあるはずがないではないか。

神の子が病気で苦しむはずがないではないかと、徹頭徹尾、光明思想に心を転換させてゆくのである。

今まで自分の心が百%近く苦しい状態、悲しい状態、無能な状態にむけられていたものを、逆に百パーセント近く神の心にむけかえるのである。

人間本来神の子観を自己の内部に徹底的に入れ込むのである。

そうすると、今まで潜在意識の底の底まで固定観念に縛られていた心が徐々に解き放たれ、自然と明るいほうへ、前向きの方向へむかってゆくエネルギーが湧いてくるのである。





          
                  西園寺昌美



  



  

2012年3月24日 (土)

幸せの種の育て方 4


  
原因をつきとめても仕方がない
 


常に因果律を恐れてビクビクしながら生きていても仕方がない。すでに時遅く、種を蒔いてしかったのなら、仕方がないではないか。

いつその結果が自分に現われてくるか、恐怖や不安を抱いてオドオドしながら生きるのはつまらない。

それらはすべて、自分の過去世の因縁が現われて消えてゆく時に起こる姿であって、消えれば必ずよくなるのであるという強い信念を持って、今現われている現象にとらわれないで生きるべきである。

私の説くところの果因律は徹底した光明思想そのものである。

常に心の中に無限なる可能性を持ちつづけ、無限なるものに心を合わせ、全知全能なる神の姿に限りなく近づくための方法なのである。

このように私の説く果因律は実に簡単なことである。

一例を挙げると、彼は幸せではない(結果)。なぜ幸せではないのか。母親に愛されなかったから(原因)、これが因果律である。

次に、なぜ彼は愛されなかったのか(結果)。反抗ばかりしていたから(原因)。なぜ反抗ばかりしていたのか(結果)。

母親の心が他の兄弟にばかり向いて、彼を無視したから(原因)。なぜ母親は他の子どもを可愛がり、彼を無視したのか(結果)。

彼は子どもたちの中で特に陰気だったから(原因)。彼は子どもの時になぜ陰気だったのか(結果)。それは、自分の欲するものを何も与えられなかったから(原因)。なぜ彼の欲するものを何も与えられなかったのか。(結果)。彼の家が貧しかったから(原因)。

なぜ、彼の家が貧しかったのか(結果)。彼の両親が仕事に失敗したから(原因)。なぜ彼の両親は仕事に失敗をしたのか(結果)。・・・・・・・・

このように原因結果をつきとめていっても因果律は果てることがない。

しかも、ある一つの原因で、その結果が現われたと断言できるものでもなく、いくつもの原因が重なりあっているのであるから、どこまでさかのぼっても簡単に原因を究明出来るものでもない。

最終的には、赤ん坊の時の状態までさかのぼり、なぜ、そのように生れてきたのかと更に原因を究明してゆくと、前生にまでさかのぼってゆく。

前生を更に突きつめてゆくと、その前生のまたその前の世の生き方に及び、更にその前の世とさかのぼってゆくと、今の我々には、その真の原因を突きとめることは不可能なことになる。

因果律と言っても、このように単純ではないのである。


一つの原因があって、それによって一つの結果が生じてくるといったものではないのである。

要は、本当に幸福になりたかったらならば、本当に健康になりたかったならば、本当に成功したければ、本当に繁栄を求めるならば、あなたの心を今すぐに、これらの求めるものに焦点を合わせつづければよいだけでなのである。

今までのように、過去に原因を探し求めても、結局は、今までと同じことを繰り返すのみで、不幸の原因を根本的に解明しない限り、全く意味のないことなのである。

人間本来神の子としての真理に目覚めて生きることが、何よりも大切なのである。 徹底した光明思想で生きない限り、あなたの現在の状態は決して変らないのである。

たとえ、原因を探り当て、結果が変わったように見えても、それはほんのわずか外側の部分が変化しただけで、根本的には、何も変わっていないのである。

根本的に変わるためには、まわりの条件や原因を変えただけでは駄目なのである。 一番肝心なことは、自分自身が変わらなければ、何も変わらない、
ということに尽きるのである。

幸せになりたい、健康になりたい、調和したいと思って、一所懸命励んでみても、自分自身が徹底した光明思想家に変らない限り、よくなるわけがないのである。



            

               西園寺昌美



   

 

2012年3月23日 (金)

幸せの種の育て方 3

  
  
  
原因結果という因果律


 
土にスミレの種を蒔けば、目が出てスミレの花が咲く。これは種を蒔くという原因が先にあって、花が咲くという結果が生じるわけである。

姑が嫁いびりをくり返すから嫁は姑を憎むようになった。

結婚したから子どもが生まれた。

夫の浮気が原因で離婚した。

これらも原因があって結果が生じているわけである。

この世の中に生じているさまざまな事柄はすべて、この因果律をもって説明することが出来る。

原因のないところには決して結果は生じないのである。

原因があるからこそ結果が現われてくるのである。

この原因結果という因果律は、一般常識として広く世に知れわたっている。

それではなぜ、人々はこの因果律をよく知っていながら、同じような失敗や不幸を果てしなく繰り返すのであろうか。

今の苦しみや悲しみは、過去にその原因があったのだと知ったならば、二度と再び同じ失敗は繰り返すまいと心に誓うはずなのに、なおも懲りずに、同じ苦しみの種を蒔いてしまう。

これを人間として生まれてきた業というのであろうか。

不幸の原因を創り、悲しみの種を蒔いたならば、その結果として必ず未来において、不幸や悲しみが現われるということを知りつつも、同じことを繰り返してしまう人類の愚かさを、いやという程思い知らされるのである。

究極のところ、人生とはつまり、この原因と結果の繰り返しなのである、と言うことも出来るのである。

この世に現われているいかなる不幸や悲しみも、戦争も飢餓も病気も天変地変もすべては、過去にその原因がある。

人類の余りにも多くの人々が、各々過去において、あらゆる不幸や苦悩の種を蒔き過ぎたのである。

その結果が今現われているのである。

だが人類はそのことを真実に自覚することなく、また新たに不幸の原因を創り出そうとしているのである。

国家とは一人一人の個人の集合体である。

個人の発した原因はもちろんその個人の上に結果として現われてくると同時に、その個人が属している国家や民族にも必然的に影響を及ぼしていることを決して忘れてはならない。

 となると、人類の一人一人が、不幸になる事柄をよほど吟味して創っていかなければならないということになる。

人類一人一人が、不幸になるような、病気になるような、戦争になるような、不調和になるような原因を創ってゆくことを慎(つつしめ)めば、自ずと人類の未来はよい方向に変わってゆくことになるのである。

一瞬一瞬が原因になるのだ。

あなたはその一瞬一瞬に、原因となる悪いことを創り出してはならないのだ。

不幸になる種を蒔いてはならないのである。

それは自分自身で選んでゆけるのである。 そして自分の未来に起こりうる不幸な原因を創ってはならないという、強い自覚が必要となるのである。

それはまた、不幸の原因は自分にあるのだという、強い自覚ともなってゆくのである。

こんなに不幸でみじめな人生にしてしまったのは、他の誰のせいでもない。

自分自身がその種を蒔いてしまったのだ。

それなのにあなたは今まで、自らの不幸を他人のせいにしてきたのだ。

国家が悪い、政治が悪い、社会が悪い、隣人が悪い、夫や妻や姑が悪いと。

今までのあなたは、自分が何をしていたのか気がついていなかったのだ。

もしあなたが自分が何をしているのか気づいていたならば、あなたの今の不幸は無かったのだ。

不幸の原因を創らないですんだのだ。


この因果律こそ、人生の幸不幸を分ける大きなカギなのである。


しかしまた、この因果律を自己の運命を好転させる方向に運用するということは、実際問題としてなかなか難しいことも事実なのである。





     「幸せの種の育て方」 西園寺昌美 白光出版





    

幸せの種の育て方 2



 幸せを創る光明思想 ━ 果因説について



 鶏と卵のどちらが先か


皆様方は、鶏(にわとり)と卵のどちらが先か、という議論をご存知のことであろう。

卵が先にあって、それが鶏になったとする。 だがそうすると、卵はどこから生まれてきたのかということが問題になる。

すると、やっぱり卵は鶏から生まれたということになってしまって、いつまでも原因結果の連鎖は果てることがない。

これは一種の円環運動であって、どこが始まりで、どこが終わりなのか、本当のところは誰にも判らないのである。

そうすると、ここで卵を原因、鶏を結果としてみれば、ある人は原因を先とし、別の人が結果を先としたとしても、お互いに、相手は間違っていると決めつけることは出来ないわけである。

人それぞれの考え方や意見によって、原因結果の因果率を選ぶか、あるいは結果原因の果因律(?)を選ぶかは、すべて本人の自由なのではないかと思うのである。

ここで皆様方は、因果律という言葉は聞いたことがあるが、果因律という言葉は聞いたことがない、とおっしゃることであろう。

事実、果因律という言葉は今まで存在しなかった。

何故ならば、これは私が創り出した言葉だからである。


因果律とは、先に原因があって、後に結果が生じてくることをいい、因果律とは、結果が先にあって、それにともなって原因がついてくる、ということになる。

長い間、固定観念に縛られ、それから逃れられないで苦しんでいる人々をみるにつけ、私の心は締めつけられるような思いがするのである。

何とかしてその殻を破ってさしあげたい、という気持ちが強く働くのである。

そして、最後までお読みいただければ、私のいう真意をご理解いただけるこことと確信する。




          西園寺昌美





  

幸せの種の育て方 1

  

  
私たちは、いつもニュートラルの位置にいます。

そして今のこの瞬間を明るく生きるか、ネガティブに生きるかによって未来は全然違って来るのです。

会社が窮地に立たされているときに、社長が「うちの会社はもうダメだ、もうおしまいだみんな覚悟してくれ」と毎日のように言っている人と

「絶対に大丈夫!、さあ今日も一日頑張ろう!」と言っているのとでは、エネルギーが違うのです。

エネルギーは言葉通りに動こうとします。

後者の場合は、思わぬところで助けが入ることがあるのです。

人かもしれないし、状況が好転することがある。

しかしそれは光明思想がプラスの出来事を引きつけているのです。(人はこれを奇跡という)

幸せの種を蒔けば、必ず幸せになる。

あまりにも当たり前のことなのに、多くの人が気がついていなかった。

いや、気づく時期ではなかったのかもしれません。

これから果因律(かいんりつ)に基づいて幸せになるためのメソッドを日記に書いていきます。

正確には、果因律を創った西園寺昌美さんの本を書き写していくのでが、書いている私がワクワクしてくるのです。

それは、パソコンを通して、みなさんが「なんだそうだったのか」と明るくなっていく姿が想像できるからなのです。

少し長くなりますが6回に分けて書いていきます。

どうぞお付き合いください。



 

    「幸せの種の育て方」 西園寺昌美 白光出版





  


 

2012年3月22日 (木)

子どもは神様からの預かりもの

 
  
  
子どもとは、授かりものではない。

預かりものなのだ。

授かったと思うから、自分の息子、娘という所有物のように勘違いをしてしまう。

預かったものはいつかは返さないといけない。

その時期は、いろんな考え方があるが、私はハタチ(20歳)でいいと思う。

どこに返すかというと世の中であり、社会である。

そのときには、一旦は心の決別(生きていようといまいと)をしなければならない。

縁があってその後も付き合いがあればすればいいし、縁が切れれば、すっぱりと神様にお返ししたものと諦める。

だって期限付きの預かりものだからだ。

私が神様から預かった息子は、今、東京の大学に行くために大阪を出て行った。

浪人したのでそのとき19歳、現在は22歳である。

小さいときに思わぬ病気をして2回も大きな手術をした。

そのときから息子に対して感情移入が始まり、思い入れが強くなり、心配性となり(嫌われた時期がありました)、子離れが出来ない父親になってしまった。

そんな息子は私を子離れさせるために「東京に行くように」と、守護霊様に導かれたのだと思う(笑)。

もし、東京に行かずに大阪に居たら、きっとかまい過ぎていたに違いない。

本当にそう思うのです。

東京では地震もありました、東京に限らず生きていたら何が起こるかわからない。

何があっても動揺しないためにというのではなく、親は子どもに対し、けじめをつける(精神的な面で)必要があると思うのです。

それが子どもとは自分にとってどういう存在なのか?

を認識することだと思うのです。


昨日、ある小冊子(PHP)を読んでいたら

77歳になった女性が50歳になった息子の突然死を受け入れられず、ずっと泣き明かしていたと書いてありました。

読んでいてジーンとしました。涙

息子はまだ22歳であるし、私もまだ53歳です。

でもこのお母さんの気持ちがわかるのです。




以下、抜粋


納骨堂の立派な阿弥陀様の前で手をあわせたとき、「子供は阿弥陀様(神様)からの預かりもの」とずっと昔読んだことを思い出した。

だとしたら、いつかはお返しせねばならない。

もっと長くお預かりしたかったのに。

もっと思い出を語り合ったり、議論したかったのに。

もっともっと好物を作って食べさせてやりたかったのに。

でも就職して以来28年間、特技を活かせる大好きな職場で嬉々として働けた彼は最高に幸せだった。彼なりに精一杯私を喜ばせ、楽しませて逝った。

「50年間預からせてくださり、ありがとうございました。これからもよろしくお願いします」と深く頭を下げ、納骨堂を後にした。




   




光明思想徹底行



心の中を愛で一杯にしていて溢れ出そうな人はどこを突いても、愛しか出てこない。

だから怒りも悲しみも苦しみも・・・・感情的なものを一切持ち合わせていない。

いつも楽しいそうにニコニコしている。(どんなことがあっても)


私はそんな人になりたいと思っています。わーい(嬉しい顔)ぴかぴか(新しい)


「そんなこと絶対に無理だよ」

「神様、仏様じゃあるまいし」

ほとんどの人がそう言うと思います。


でもそんな人になるメソッド(方法)があるんですね。

それはすごく単純です。

心の中を宇宙の光輝いている言霊でいっぱいに充満させればいいのです。

理屈ではありません。

素直な人が救われる(まず最初に)のです。

この言葉(言霊)は宇宙の光明の言葉を集めたものです。(49あります)

宇宙は7という数字で構成されている。

7は完成された数字です。

その7が7つ集まった光明の言葉が光明思想徹底行です。

読んでいるだけで心がポッカポカになっていきます。

7回繰り返して唱えたらいいですよ。わーい(嬉しい顔)



 
 

世界人類が平和でありますように

無限なる愛・無限なる調和・無限なる平和・無限なる光
無限なる力・無限なる英知・無限なるいのち



世界人類が平和でありますように

無限なる幸福・無限なる繁栄・無限なる富・無限なる供給
無限なる成功・無限なる能力・無限なる可能性




世界人類が平和でありますように

無限なる健康・無限なる快活・無限なるいやし・無限なる新鮮
無限なるさわやか・無限なる活力・無限なる希望



世界人類が平和でありますように
無限なる自由・無限なる創造・無限なる広がり・無限なる大きさ
無限なる発展・無限なるエネルギー・無限なる感謝



世界人類が平和でありますように

無限なる喜び・無限なる美・無限なる若さ・無限なる善
無限なるまこと・無限なる清らか・無限なる正しさ



世界人類が平和でありますように

無限なる勝利・無限なる勇気・無限なる進歩・無限なる向上
無限なる強さ・無限なる直感・無限なる無邪気



世界人類が平和でありますように

無限なるゆるし・無限なる栄光・無限なる気高さ・無限なる威厳
無限なる恵み・無限なる輝き・無限なる包容力




  


果因律のツイート

 
1.時間は、過去→現在→未来に過ぎてゆくのではなく、本当は未来から現在→過去へ流れて来ているのです。だから想ったことが現実になるとは、未来に刻印して創造したものがカタチになって降りてきているということ。未来の素晴らしい姿をイメージすればきっと明るい明日はやって来るのです。(果因説)





1.人間の心には想ったことを現実にするチカラがある。暗い過去を想えば、その想いが現実になり、明るい未来を想えば、明るい未来がやって来る。“目はなぜ前に付いているのか?それは前を見て生きていきなさい”ということだそうです。


 

1.「今」という空間の中には、「過去の結果として現われてきた現象」と「未来をつくりだそうとしている自分」が同時に存在している。私たちはつい過去に今の現象の原因をみてしまう。原因(マイナス)はいくらでも出てくる。原因はもういい。それより善い結果をイメージ(想像、創造)しよう。




1.何かを創造する時、最初にすべきことは、自らの強い意思決定である。 「幸せの種の育て方」 白光出版 強い意志はエネルギーです。意志が強ければ強い程、早く成就する。





1.人は毎日、素晴らしいことのみ、善いことのみ、心ときめくことのみ、成就したことのみを創造してゆくことが大事である。 (光明思想徹底行)





1.人生は、未来にあって過去にはない。過去の犯した過ちは、これから創造するものに比べれば、比較にならないほど価値がない。 「幸せの種の育て方」 白光出版 





  





  

果因律(かいんりつ)について


    
 
果因律(かいんりつ)って聞きなれない言葉ですよね。

普通は因果律(いんかりつ)といって原因があって結果が生まれるといいます。(仏教的な思想)

「あなたが私にこういうことをしたから私は悪くなってしまったんだ」

「あなたがこんなことを言ったから私は腹が立ったんだ」

すべて過去のことにさかのぼって、現在の自分(心境)をつくっています。

人間というものは勝手なもので良かったことはほとんど覚えていなくて、今や過去に起こった悪いことばかりに目がいっている。(マイナス思考)

だから心の中はネガティブになってしまう。

ほとんど過去に振り回されていると言っていい。(不幸の原因になっている)

そこで現在(現在はすぐに過去になる)や過去に目や意識を向けずに

一切を無視して

未来に想いの強烈な磁場(エネルギー体)をつくってしまおうというのです。

明るい、素晴らしい、善い結果(未来)を想像(イメージ)して、それのみ集中する。(過去のマイナスを一切入れない)


そうすると心の中のものが外へ出ようとします。(宇宙の法則)

人間には、想像(イメージ)したことを、創造、具現化出来る素晴らしいチカラを持っているのです。

想いを過去に向けるのも未来に向けるのも同じくらいエネルギーを使っています。

暗い過去の、ネガティブの方に向けるのか?

明るい未来に向けるのか?

それは人間の自由です。

神様に任されています。

これからは結果をイメージすることによって、イメージしたことが現実のものとなっていく。(病気も治ります)

現実に善くなっていく段階のプロセス(過程)が原因になのです。

だから原因を楽しむことが出来る。

それが当り前の時代がやってきます。



果因律は単純だけど奥が深い(宇宙につながっているから)です。

これからも “果因律について” 述べていきたいと思っています。



  


    

2012年3月20日 (火)

3月20日のつぶやき


 

1. “幼いころの自分ではどうしようもなかったことが、大人(成長した)になった今の自分だったら解決出来る” 「そうだ、今の自分が昔の自分を救いに行こう!」 「1ヶ月」で新しい自分に生まれ変わる方法 中村延江 すばる舎 自分でトラウマを消す、自分でしか自分を救えないのです。


 

1. 仕事(何事でも)で成功している人は決して楽なんかしていない。必死で頑張っている、しんどいんだ。楽をしようとしたとき、時間を無駄に過ごしているときは、意識が落ちている。人間は不格好でも前に進むしかないんだ。


 

1. 自分で自分を癒せない(救えない)人は、人を救うことは出来ない。自分がたくさん荷物を背負っているのに、人の分まで背負えない。スッキリ軽く、そして強くなろう!



 
1. お金はエネルギーなのでその得方(入り方)によってその後に必ず影響を受けることになる。盗んでつかんだお金は刑務所に入る結果を生み、一生懸命に働いて戴いたお金は、エネルギーが澄んでいるので良い流れをつくることになる。良い流れをつくっておけば、必要な時期に必要な分だけ流れて来る。

 


1. お金はいろんな人の想いを受けて汚れています。「このお金が浄まりますように」と差し出すとそのお金は浄化され、喜び、ふたたびあなたの元に還って来たいと思うのです。


 

1. 人が少々とんちんかん(気に障るようなことを言われても)なことを言ったとしても、気にせず聞き流しておけばいい。大切なのは内容よりも話す(放す)こと。その人は溜まった想い(ストレス)を話すことで放っているのだ。サラサラと流れて行くように相手の幸せを祈っていればいい


 

1. 人はいろんなことを教えてくれる(反面教師であろうと模範教師であろうと)。だからすべての人に感謝なのです。



 
1. パソコンは、過去のいらないデータまで消さずに残しておくと重たくなって、軽快な動きが出来なくなる。人間も同じです。過去も現在起こったことも(一瞬で過去になる)サラサラと流していきましょう。(調和波動気功法)




  





  

  

なぜ、目的を持つことが大切なのか?

  

  
自分の子どもに 「目標を持て!」

と言いたくなることがある。(フラフラダラダラしていたとしたら)

でも、「なんで持たなくてはダメなの?」「無理して持つことないじゃん」

と言われたら、反論出来ず

「うん、なるべく持った方がいいと思うよ」

と力なく答える。げっそり

それでは説得力も何もあったもんじゃない。


なぜ、目標を持った方がいいのか? が自分の中でちゃんと確立されていないからだ。

論理的に説明できない。

言葉という形にして言うことが出来ない。

それは

自分の中でハッキリとしていなくて漠然と思っているだけだからです。

これはただ感じているだけで考えていることではないからです。

頭の中って考えているように思っているだけで

実は、あまり考えることが出来ていないのです。

感じていることを考えていると錯覚している。

これは、私が実践している「スマートノート」岡田斗司夫さんの受け売りなんですが(笑)

私にも、感じているだけで

人と話をしたり、ブログを書いていることがありました。


“想いをカタチ” にする。

感じているを考えているに変えていく

そして考えるに立体感をつけていく

それが大切なことだなぁって思うのです。

善いことを想い付いても

素晴らしいことを伝えたくても

それを伝える力やスキルが乏しければ(もちろん感性もですが)

人には伝わりにくい

もったいないと思うのです。

だから文章力のある人

人の心を打つ文章の書ける人って

凄いな、素晴らしいなと思うのです。(陰で地道な努力をされていると思います)


前置きが長くなってしまいました(笑)。

では、私が目的を持つことの意義を述べてみたいと思います。

みなさんも自分は目的を持ったことで 「ここが役に立った」「必要性を感じた」「人に伝えたい」 というところがあれば教えてくださいね。

よろしくお願います。



 

1.エネルギーが集中(集約)されて、実現しやすいから

2.実現すると自信がつくから(これが大きいと思うのです)

3.余計なことに意識がいかなくなるから(マイナスが入って来にくい)

4.ブレないから(迷わない、悩まない)

5.目的という前を見るから、後ろを振り向かなくなる(過去に意識がいかない)

6.達成するにはどうしたらいいかと創意工夫し、創造していくから(創造主である神に近づく)


7.目的(夢)は実現するんだという真理がわかるから。(想いはカタチになる)



8.目的がなかったら怠惰に生きてしまうから(無限なる快活)



  

あなたを天才にする 「スマートノート」岡田斗司夫 文藝春秋 本


素晴らしい本です。この本を読んで人は誰でも天才になれる要素が十分にあると思いました。



  

これからの意識、これからの私たち

 
  
人間の体は物質(固形)ですが、心は物質ではないことはわかっています。

でもほとんどの人は、肉体の消滅(つまり死)とともに魂(心)までもが無くなると思っている。

ここに、「人間死んだらお終いだ」「生きている間に好きなこと、悪いことをしてでも得のある生き方をした方がいいんだ」 と間違った考え方が生まれる。

でも、そうではないんだ。

物質(肉体)はいつかは消えて無くなる。

本当に大切なもの、いのち(心)は永遠に生き続けるんだ ということが人間の意識の中に徐々に芽生え始めているように最近、感じるのです。


それは心に光が当たって、本心がわかり始めたからです。

これから人間の意識はどう変わっていくのか?

それは

地球に降り注ぐエネルギーが変って人間の意識が自然と変わる部分と自分が自分で意識改革をしていく部分とがあります。(他力自力)


他力とは、近々人間の意識が変ざる得ない、宇宙の波動によって無意識に変えさせられる(そうでないと地球は人間の欲望によって滅亡するから)意識があります。

それは

物質がすべて肩書きがすべてという意識(この意識が強い人はあがき、うろたえます)



そして人間が自分で意識して変えていく部分とは


潜在意識の自分は小さい頃に言われた自分、顕在意識は神意識。自分の意識で引き付けられるのです。人から与えられるものでは無い、すべて自分の意識が作りあげるのです。

言葉は大事です。「絶対大丈夫」

必ず思ったとおりになります。



潜在意識の自分は植え付けられた嘘の自分、本当の自分は神意識。すべては意識次第、言葉は大事、絶対大丈夫の言葉が、「絶対大丈夫」を引きつける。これが自力(自分の力ではないのですが、自分の器を使って出来る事と言う意味)なのです。

これから私たちは肉体意識が薄くなって、神意識(宇宙)へと変わってゆきます。

いよいよ地上天国が近づいてきました。わーい(嬉しい顔)



 
一日でも早く、地球と人類が幸せになりますようにぴかぴか(新しい)



「必ず善くなる 絶対大丈夫 大成就」




世界人類が平和でありますように 
  
日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます



無限なる愛

無限なる調和

無限なる平和


  

  
 

今の自分が過去の自分を救いに行く

  
  
 
例えば、普段は豪快で度胸のある人なのに、雷雷にはからしきダメな人がいるとします。

ピカッ、ゴロゴロ雷 げっそり と鳴り始めると大きな体なのにブルブルと震えて机の下にもぐったりしているのを想像するとなんだか人間らしい、ユーモラスなかわいい感じがしますよね。


でも本人は結構深刻なのかもしれない。


実は、その原因は前世が大きく関係しているのです。

その人は前世?、前々世?、前々々世?・・・で雷に打たれて死んでいる。(その時の記憶が残っている)

だから、「なんで自分は雷ごときが怖いのだろう?」と検証、分析してみても今生の経験だけはわからない。

よってこれを克服するのは難しいのかもしれない。(無限なる可能性)


しかしトラウマ(心理的打撃)は、前世だけではなく今生でも結構生じている。

幼い頃、誘拐されそうになった・・・・自分の子が同じ目に遭わないかと心配でならない。


幼稚園に通っている頃、犬に追いかけられた・・・それ以来犬が怖い。


父と母が壮絶な喧嘩をしていた、父が母を殴っていた・・・父が今でも許せない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

たくさんあると思うのです。

そしてそのときのことは結構鮮明に覚えていて

なにかがきっかけとなって ふっ と想い出す。

そして心が痛むのです。

幼い頃の経験が大人になった今でも心の傷として残っているのです。

解消されずそのまま・・・・。

私にもトラウマがありました。

例文にある父母の喧嘩です。

人は感情的になったときに豹変してしまいます。

神性が失われて(忘れてですよね)動物的(感情のみ)になってしまう。

だから私は感情的になっている人に会うと体が固まり、思考がストップしてしまうという、金縛りのような状態になっていた。

私の最大のテーマである、「どんなときにも不動心でありたい、平常心になりたい」というのはこのトラウマからきているのです。


そこで、自分の心の中でこのトラウマを解消したいと思ったのです。

それにはどうしたらいいか?

ある本がそれを教えてくれました。

“幼いころの自分ではどうしようもなかったことが、大人(の心)になった今の自分だったら解決出来る”

“そうだ、今の自分が昔の自分を救いに行こう!”


そして今の自分が昔の「あきら君(私の名前です)」と会い、本音で話し合った。(会話の内容は恥ずかしくて書けません)


まず、自己紹介から始まって(笑)

そのときの状況をあきら君に詳しく聴く

父と母の心理状態を今の私が分析する

父の気持ちをわかってやってくれとあきら君に説明する

あきら君はやっと父を理解してくれる

あきら君はスッキリする

あきら君が納得したので、今の私までスッキリした清々しい気持ちになる。

そして

トラウマはいつの間にか消えていた・・・・。

父へのわだかまりも消えていた・・・・。


このメソッド(方法)で今生のトラウマがすべて解消されるとは思っていません。

しかし “自分を本当に癒してくれるのは自分しかない”“自分を変えるのは自分しかいない” と私は思っています。

そのためには何もしないのでは、いつまでもスッキリしないままです。

私はモヤモヤ(自分が弱いままが)しているのがイヤなのでこの方法を実践しました。

心の中のモヤモヤは自分で解消出来るものと出来ないものがある。

「出来るものは自分でやる」

それが大切なことだと思います。






「一ヶ月」で新しい自分に生まれ変わる方法 本 中村延江 すばる舎



ホントだ 私、どんどん幸せになってる!!

人付き合いがラクになる やりたいことが見えてくる スッキリした気持ちを伝えられる もっとラクに楽しく過ごせる いつだって“人生のシナリオ” は書き直せます。





追伸

前世のトラウマ、肉体人間の自分ではどうしようもないことは守護霊様、守護神様が助けてくれ、消してくださる。 「守護霊様、守護神様、いつも見守り助けてくださってありがとうございます」 

これで完璧(パーフェクト)ですね!

  

 



   

2012年3月18日 (日)

肉体への感謝

  
    
先日、体調を崩してから、「こうなったのは肉体への感謝が足りなかったからだなぁ」と反省したのでした(笑)。

体の中の内の声に耳を傾け、体が何を欲しているのか? どこで悲鳴を上げているのか?

感謝が足りていれば、きっとそのメッセージは私に届いていたはず、そして短期間で治っていたように思います。

遅ればせながら、サボっていた「肉体への感謝行」始めました。


読んでいると体の細胞が喜んでいるの伝わって来るようです。
わーい(嬉しい顔)


    

 

 
   肉体への感謝

 

人類を代表して 肉体に感謝申上げます。

私の肉体を生かしている すべての機能 すべての血液 すべての骨 すべての体液 すべての神経 すべての筋肉 すべての内臓 すべての器官 

肉体を構成している 一つ一つの細胞さん ありがとうございます。

肉体は 神様のみ心を現わす大事な場。

肉体なくして この世に完全平和を実現することは出来ません。

我々は 我々の肉体を 尊い神の器として 神の表現体として

尊敬し 愛し 大切にいたします。

世界人類が平和でありますように

肉体さんありがとうございます。

肉体さんの天命がまっとうされますように




 




 

人間は大馬鹿者なのか?・・・・終章

  

  
根本原理の要約 (ここに私の一番言いたいことが書かれています)



本来は平和であり、調和であるこの世界を、今日のような闘争にみちた世界、悪想念に満ちた世界にしてしまったのは、地上人類が神のみ心を離れてしまったからであるので、神を否定する想念、つまり悪や不調和を認める想念をも諸共に、神様の世界に投入させるための祈りなのであります。


業想念を神様の世界に投入すれば、神様の世界は大光明の世界であり、調和した世界なのでありますから、地上人間の業想念は、太陽にとける雪のように解け去ってしまうのであります。

神様の世界をこの地上に現わす邪魔をしているのは、自己をはじめ人類の業想念、神性の否定の想いであるのですから、この業想念を神様の世界に投げ入れて、この業想念にとらわれなくなってしまえば、とらわれなくなった人や場所だけ地上天国が出来るのです。

それが人類全般にひろがれば、地上人類に大平和が出来るのです。

こうした根本原理を聞いた、あるいは読んだあとで、先生はそんなことをいうけれど、そんなことで世界が平和が実現出来るものではない、と又否定してくる人もあるでしょうが、その否定が出たら、すぐその否定の想念を世界平和の祈りに切りかえてしまうのです。

そうすることを度重ねることによって、いつの間にか、その人の心は、世界平和の祈りを全肯定する立場で祈ることが出来、自己の安心立命をかち得るのです。




自己を否定したり、人類の完成を否定したりする想念は、神の力を度外視した、人間は肉体なりという立場からはうなづける考えであって、私も肉体的立場としては、全否定の立場をとっているのであります。

しかし、肉体人間の力を全否定した瞬間に、神の力、神の完全性を全肯定する立場に心を切りかえしてしまっているのです。

肉体人間の力では、この世はどうにもならぬ、という否定があってはじめて、神の力に全託する世界平和の祈りが生まれたのであります。





自己の力、肉体人間の力に幾分でも依存しながらの祈りでは、とても世界は平和にならないのです。

何故ならば、この地上界を救おうとして働いておられる守護の神霊団体、いわゆる救世の大光明が、そうした人間や、そうした人類世界では、その力を全面的に働かせるわけにはいかぬからです。

人間に働いている力が、すべて神の力である、という考えが根底にあれば、神をはなれた自己の力などというものがある、ということの誤りに気づかぬ筈がないからであります。

このような真理に気づいた人が多ければ多いほど、守護の神霊の救援の力は強まってくるのです。

そのような、神一筋の人々を一人でも多くつくるための祈りが、私の提唱する世界平和の祈りなのであります。





            
              五井昌久




  

人間は大馬鹿者なのか?・・・・3

  
     
  
神様との約束言


世界平和の祈りは、私と神界霊界を貫く守護の神霊との約束言であって、この祈りを祈りさせすればよいのだ。

どのような悪業想念所業の人であっても、世界人類が平和で・・・と唱えさえすればよいのだ、その人の周囲には、守護の神霊の大光明が輝きわたるのだ、それは唱える人の業想念でやるのではなく、人間内部の神の分霊と守護の神霊とのつながりによってなされるのであるから、ただ、世界平和を祈ろうと想いさえすれば、その想念がスイッチとなって、内部の分霊の光と守護の神霊の大光明とが一つにつながって、自己も光り、自己の周囲も光明に輝いてゆくのだ。

いかなる雑念が起ろうと、否定の想念が起ろうと、守護の神霊につながるスイッチをひねりさえすれば、つまり、世界人類が平和でありますように・・・・と祈りはじめさえすれば、あなた自身の分霊の光が、守護の神霊の光明とつながり、あなたの業想念を破って外部にその光を放射しはじめるのだ。


自分の運命を悲観したり、自己の善い性質を否定したり、自己の能力を否定したりする想念があっても、それはそのままで、なんら世界平和の祈りに悪影響を与えるものではないのだから、ただ一途に祈る心になっていさえすればよい、と説いているのであります。





         

               五井昌久




  



  

人間は大馬鹿者なのか・・・・2

    
   

世界平和の祈りの原理



業生の人間が祈る祈りでない


世界が平和だとよい、戦争がないとよい、天変地変がないように、自分たちが幸福であるように、とは、正気の人である限りは想っているに違いありません。

そして中には、世界人類が平和でありますように、戦争がありませんように、と時折は神に祈っている人もあるでしょう。

しかし、そうした想いや、そうした祈りと、私の提唱している世界平和の祈りとは、根底的にまるで違っているのであります。

世界平和の祈りとは、そのような力弱い希望的想いや、懇願的祈りではないのです。


私の世界平和の祈りは、この地上人類の今日の苦難を知っておられた、大神様の分れであり守護の神霊の集いである救世の大光明に、私共人類の業想念、迷いの想念をすべて投入してしまって、救世の大光明と、地上人類の分霊的光明とを一つにつなげる祈りなのであります。

ただいたずらに、願望的に世界平和を想ったりするぐらいで、この業想念に満ちている地上世界が平和になるわけがありません。

また真剣に、真摯に世界平和の祈りをする人々があったとしても、その祈りが、この地上世界の悪想念、悪行為を認めながらの祈りであっては、とうていこの世界が平和になりっこはないのであります。

私の提唱する世界平和の祈りは、業想念世界に生活し、業想念の行為で生活する人間がする祈りではないのです。

業想念とは、この世には善もあり、真もあり、迷いもあるというふつう一般の人々の考え方ではありますが、私の祈りは、そうした考えを基にして神に祈るというような祈り方ではありません。


 神様の世界には不和や闘争などない、平和そのものなのだ、人間はそうした神さまの世界に自分の生命根源をおいているもので、神の分霊そのものなのだ、だから、人間各自が自己が神の分霊であることを悟りさえすれば、自然に神の世界がこの地上界にもひらけてくるのだ、ということを根底にして、世界平和の祈りをするのであります。







 
感想

同じ祈るのでも、「人間は馬鹿者なんだ」という意識の中で祈るのと自己が神の分霊であるという意識の中で祈るのとでは雲泥万里の差があるんですね。 意識がどこにあるのかによって、人はどこの世界にも瞬時に行くんだということがわかりました。
 わーい(嬉しい顔)



  

人間は大馬鹿者なのか?それとも素晴らしい存在なのか?

  
  
  
人間の悲劇とは、自分や他人がどうしようもない大馬鹿ものなのか?

神性の現われた素晴らしい存在なのか? がこんがらがってわからなくなってしまっていることだと思うのです。

「あの人は素晴らしい!神さまのような人だ」

そう信じ切っていたのにその人の言動で醜い部分を見てしまった。

今度は真逆に「あの人は動物以下だ」と思ってしまった。(無限なる愛ぴかぴか(新しい)、否定的な言葉を打ち消しているのです)

それは自分にも言えることであって

自分の才能や運命が開花しているときは自信満々で自分を誇らしく思う。

しかし、いつまでも順風満帆には行かず、他人に否定されたり、自信を失ったり、自暴自棄になったりして、自分が嫌いになったり、人を責めたりする。

心も醜くなり、悪い方悪い方、ネガティブになっていく。

自分は“悪魔の子”に見え始め、とても“神の子”には思えない。

このように人間とは私がいつも言っておりますように

玉石混交(ぎょくせきこんこう)とした、神の部分(完璧な存在)と悪魔(業に覆われた、動物性の不完全な存在)が混ざった存在なのです。


実は悟った人とは、一旦はすっかり諦めているのです。

悟った人とは真実のわかった、本当にスッキリ爽やかになった人です。

何がわかったかというと

人間とは神様(完全)から離れてしまっているので大馬鹿者になってしまっている。

だから意識が肉体人間のままだったら大馬鹿者のままなんだ。

このままだと人間界は崩壊する。

と人間というものを完全に見放してしまうのです。(完全にですよ)

どこかで肉体人間(神様から離れた人間でも)どうにかなるものだ。

人間や自分に捨てたものではない、という一縷(いちる)の希望があるうちは中途半端なのです。

今、私たちの心境とはこの“中途半端な心境” なのです。

そうではありませんか?(笑)

私はそうです。(正直に言います)

だからしんどいんですね。泣き顔

「私は肉体人間としてとことんやってみましたが、もう私の力ではどうしようもありません」

「神様、どうにかしてください!」

と心を投げ出したところから

本当の世界が開けて来るのだと思うのです。

このことが身に沁みてわかった文章をこの後の日記に記載していきます。

みなさんが

「そうだったのか?」

「だからしんどかった、辛かったんだ」

とわかって元気になってくださることを

祈っています。



同時に私が提唱しております、世界平和の祈りの原理についても述べてゆきます。

世界平和の祈り無しでは本当の真実の世界はやってこないことも知っていただけたら幸いです。





世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)


  




     

2012年3月17日 (土)

17日のツイッター

  

  
自分でいうのも変なのですが、ツイッターを書いていて毎日毎日の心境が微妙に違っていることを感じています。それはどういうふうに書けば自分の言いたいことが伝わるのか?とか、今、人はどんなことを求めているのだろう?とかを常に考えているからだと思うのです。改善が出来ているのかはわかりません(笑)。でも少しずつでも進化していこうという気持ちでやっております。 よろしくお付き合いください。 happy01






  
1. なぜ人は他人ことはわかっても自分のことはよくわかないかというと客観視ができていないから、肉体から意識を少し遠く(上がいい)へ外して自分を見守るような感覚でしばらく観ていると、ハッと気づくことがあります。





1. 今、何となくやる気がしない、何となくイライラする、何となく気分が落ち込んでいるという人がたくさんいます。実は、それは感じているのであって考えているのではないのです。根拠(原因)もないのにその時の気分のせいにしている。想いを形にしなければ何も解決しない。モヤモヤを紙に書き出してみよう。






1. 仕事を辞めるかどうかで真剣に悩んでいる人は、紙の真ん中に縦に線を引き、左に自分のやりたいこと、右に絶対にやりたくないことを書いてください。今している仕事の中に絶対やりたくないことがたくさん入っていたならばあなたはかなり無理をしていることになる。紙に落とすと自分を客観的に観ることができる。



 

1. 紙に全部書き出してみるといろんなことがわかってくる。悩みの数、種類、傾向とか・・・すると案外少なかったことに気づく。悩みとはそれらが“ジャグリング”しているんです。頭の中をちゃんと整理しないと感情の正体がつかめない。「スマートノート」岡田斗司夫





1. どんなに素晴らしい!と思っていた人でも、その人が感情的になっている姿を見ると、「たいしたことなかったんだ」と思い、がっかりします。人間は感情を越えないと悟れない。悟れないとは安心立命、幸せになれないということです。感情を越えようとする努力が必要です。





1.モチベーションが上がって、やる気が本気になるときって、少しやっただけなのに、すぐに結果が出た、面白い。もっとやればもっと期待できるかも・・・という即答と期待感が必要である。先が見えないとほとんどの人は続かない。でも本ものはすぐには結果は出ない。そこに人に伝える難しさがある。




1.自分が本当に経験をして、心の底からわかったこと、結果を出したこと(つまり自信のあること)しか人には響かない。だからいい恰好をして偉そうなことを書いても、人の言葉を引用してきてもダメなんだ。自分の言葉で伝えよう。

1.どんなに仲のよい兄弟、親戚でも遺産相続ではもめるという。「たわけ者!」とは、昔は、田んぼを相続で分けたときに醜い争いが起きたことから生まれた言葉らしい。お金を得ることはエネルギーを得ることには違いないが、プラスのエネルギーなのか?マイナスのエネルギーなのか?を見極めよう。





1. 物事を判断するのに困ったときは、目にみえないエネルギーで判断すればいい。澄んだスッキリしたエネルギーなのか?どんよりとした、くすんだ、濁ったエネルギーなのか?そのときは損をしてもスッキリした方を選んでいれば後で必ず良い結果になる。損得で判断してはいけない。



  



 




   



2012年3月15日 (木)

短いつぶやき

     
 
ブログよりもツイッターという傾向があるようです。

自分の気持ちが乗っているときでないと長い文章は読む気になれない。

短い文章(140字以内)のツイッターでさえ、目いっぱいに書いてあると飛ばしたくなる。

短くてもインパクトが強ければ十分その真意は伝わる。(読む人にイメージを働かせてもらわなくてはいけませんが)

そこで、私が響いた短い文章を特集?(大げさですね)してみます。

尚、今回のツイートのほとんどは私が参加している調和波動気功法のセミナーから抜粋したものです。

よろしくお付き合いください。

 

・ 嫌なことには意味がある。
 

・ 嫌なことがあっても祝福の扉がある。


・ 扉を開いていく。
 

・ 人と比べるとおかしくなる。
 

・ やる気を起こすことに努力をする。

・ 自分を喜ばすことが出来なければ、人を喜ばせない。
 

・ 本(良書)は素晴らしい、人に勇気を与える。
 

・ 無理をして人と会うことはない(自分がやられる)
 

・ 反省、努力、勇気
 

・ マイナスのエネルギーにとらわれず、プラスのエネルギーをつくろう。
 

・ いいかっこうをせず、ぶかっこうでもやるべきことはやる。
 

・ あれも欲しい、これも欲しいではなく、一つのことに焦点を絞る。
 

・ 気が落ち着くまで、物事は考えない。
 

・ 人の希望に応じるのもよいが、自分の希望を実現することに専念する。
 

・ 他の人たち、世間の人たちと同じことを考えず、新たに自分の考え、行動を起こす。
 

・ 目をつむって考える。


・ 今、自分が考えていることは全て人の想い。(相手の心が想い) だから考え過ぎないようにする。
 

・ 否定しないで、人の話を聞く。 褒める、絶対に否定しない。


・ 求める人に与える、無関心の人はよい。


・ 点を線にしていくと “ハジク”


・ 奇跡を起こすのは神々であって肉体の自分ではない。


・ 自分が見守られていると思うと楽。(守護霊、守護神)


・ 自己限定しない(過去を認めない)


・ 自分で出来ないことは神様が応援してくださる。


・ 男は間合い、女はひびき


・ 言葉を波動にする(音楽をかなでるように)


・ 考えない努力をする。(これが難しい 笑 )


・ ゆっくり食べる、ゆっくり飲む。
 

・ 良いことも、悪いことも忘れる。



 





  

 

人に好かれようとするより、人を好きになるほうが楽


     
人に好かれようとするより、人を好きになるほうが楽


私がなぜ、この言葉に惹かれたかというと、人間関係がしっくり(うまく)いっていないときってどうしても相手の心情が気になります。

この言葉は以前聞いていて心に残っていました。

何かがつかめるヒントになると思っていたのです。(私も人間関係で悩んでいます)

 
「自分は嫌われているんじゃないか?」

「この中で浮いているんじゃないか?」

「くだらない奴と思われているんじゃないか?」

そう想ってしまうとますますコミュニケーションが少なくなっていって、ますます気まずい雰囲気になってしまう。

すると自分を弁護(守る)するために自分も相手を嫌いになっていく。


苦手意識を深めていく。


「オレは悪くない、向こうが嫌っているからしかたがないんだ」

・・・・・と。

人間は誰も嫌われたくはない、仲良く、うまくやっていきたい。

でも相手が嫌っていたらどうしようもないではないか?

八方ふさがりになってどうしようもない状態になっている。


どうしたらいいのだろう?・・・・・。

昨日、新聞を読んでいて

ハッとしました ぴかぴか(新しい)電球

そこには大橋秀行さん(日本プロボクシング協会会長)が語っていたのです。


 


私の先生

海藤先生(72歳、現アマチュアボクシング連盟理事)は横浜高校で40年間基本重視の指導をされました。

「おまえは駄馬だ。人の3倍は練習しろ」と言われ、常に厳しく、こわかった。生徒指導担当なので学校中が恐れていましたね。

僕なんか何を言われても、「はい、はい」としか言えず、廊下で姿を見かけたら隠れるくらい苦手でした。

普通に話せるようになったのは卒業後、プロデビューしてプロ5戦目、勝てば次は世界王者挑戦という試合で負けてから。

ひどく落ち込みましたが、敗因を考えているうち、アマでもプロでも、指導者を大嫌いな時に思わぬ負けを喫していることに気がついたんです。

それでは伸びるわけがないと反省し、その頃嫌いだったジムの会長を無理にでも好きになろうと決めたら本当に好きになり(ここが凄いですよね)、海藤先生のことも改めて好きになりました。(もっと凄い!)

一昨年、先生はアマの日本連盟の幹部のパーティーに、日本協会会長である僕を誘ってくれました。

それを機に、プロとアマは雪解けし、今では一緒にジュニア選手の大会を運営しています。

アマも今、ロンドン五輪を控えて盛り上がっています。

理事として、先生にはボクシング人生の集大成を見せていただきたいですね。    (読売新聞 楽しい教室 学ぼうより)




 

今の自分がダメなのは、至らないのは自分が相手を嫌っているからだ。

これでは伸びる(成長)するわけがない。そうだ無理にでも相手の人を好きになろう!

こう決心したら、本当に好きになっちゃった。わーい(嬉しい顔)

そうしたら昔嫌い(苦手)だった先生のことも改めて好きになった。

凄いです。

凄過ぎます(笑)。

こんなことってあるんですね。

出来るんですね、人間って

大橋さんも凄いけど

決心したら人間の気持ちってどのようにでもなる。

これを知ったことは私にとって素晴らしい知識、叡智となりました。



「人に好かれようとするより、人を好きになるほうが楽」


人間はわざわが苦しい生き方を選んでいる。

肩の力を抜いて楽に生きればいいんだ。わーい(嬉しい顔)

同じエネルギーを使うのなら好かれようとすることに使うのではなく、人を好きになる方に使ってみよう。




  

  
  

人に好かれようとするより、人を好きになるほうが楽

  

人間関係がしっくり(うまく)いっていないときってどうしても相手の心情が気になります。


「自分は嫌われているんじゃないか?」

「この中で浮いているんじゃないか?」

「くだらない奴と思われているんじゃないか?」

そう想ってしまうとますますコミュニケーションが少なくなっていって、ますます気まずい雰囲気になってしまう。

すると自分を弁護するために自分も相手を嫌いになっていく。

「オレは悪くない、向こうが嫌っているからしかたがないんだ」

・・・・・と。

人間は誰も嫌われたくはない、仲良く、うまくやっていきたい。

でも相手が嫌っていたらどうしようもないではないか?

八方ふさがりになってどうしようもない状態になっている。


どうしたらいいのだろう?・・・・・。

昨日、新聞を読んでいて

ハッとしました ぴかぴか(新しい)電球

そこには大橋秀行さん(日本プロボクシング協会会長)が語っていたのです。





私の先生

海藤先生(72歳、現アマチュアボクシング連盟理事)は横浜高校で40年間基本重視の指導をされました。

「おまえは駄馬だ。人の3倍は練習しろ」と言われ、常に厳しく、こわかった。生徒指導担当なので学校中が恐れていましたね。

僕なんか何を言われても、「はい、はい」としか言えず、廊下で姿を見かけたら隠れるくらい苦手でした。

普通に話せるようになったのは卒業後、プロデビューしてプロ5戦目、勝てば次は世界王者挑戦という試合で負けてから。

ひどく落ち込みましたが、敗因を考えているうち、アマでもプロでも、指導者を大嫌いな時に思わぬ負けを喫していることに気がついたんです。

それでは伸びるわけがないと反省し、その頃嫌いだったジムの会長を無理にでも好きになろうと決めたら本当に好きになり(ここが凄いですよね)、海藤先生のことも改めて好きになりました。(もっと凄い!)

一昨年、先生はアマの日本連盟の幹部のパーティーに、日本協会会長である僕を誘ってくれました。

それを機に、プロとアマは雪解けし、今では一緒にジュニア選手の大会を運営しています。

アマも今、ロンドン五輪を控えて盛り上がっています。

理事として、先生にはボクシング人生の集大成を見せていただきたいですね。    (読売新聞 楽しい教室 学ぼうより)





今の自分がダメなのは、至らないのは自分が相手を嫌っているからだ。

これでは伸びる(成長)するわけがない。そうだ無理にでも相手の人を好きになろう!

こう決心したら、本当に好きになっちゃった。わーい(嬉しい顔)

そうしたら昔嫌い(苦手)だった先生のことも改めて好きになった。

凄いです。

凄過ぎます(笑)。

こんなことってあるんですね。

出来るんですね、人間って

大橋さんも凄いけど

決心したら人間の気持ちってどのようにでもなる。

これを知ったことは私にとって素晴らしい知識、叡智となりました。



「人に好かれようとするより、人を好きになるほうが楽」


人間はわざわが苦しい生き方を選んでいる。

肩の力を抜いて楽に生きればいいんだ。わーい(嬉しい顔)

同じエネルギーを使うのなら好かれようとすることに使うのではなく、人を好きになる方に使ってみよう。




  



  

2012年3月14日 (水)

「あなたは世界を変えられる」

  
      
自分の運命を良くしようとしたら、自分がプラスのエネルギーを発して(続けて)、それと共鳴するプラスの出来事を引きつけるしかないのです。


これって凄くシンプルですよね。


宇宙の法則って実はとてもわかりやすいのです(笑)。


だがしかし、人類はマイナス思考を繰り返すことによって地球をマイナスの想念エネルギーの磁場を作り上げてしまったのです。(私たち個人ももちろん加担しています)


宇宙はプラスのエネルギーで出来ている。しかし地球という波動圏ではマイナスのエネルギーが覆っている。

宇宙のエネルギーは無限のパワーがある。

地球人類が作ったマイナスのエネルギーは人間が勝手に作ったものなので、有限でパワーある。

だがしかし、有限であってもかなりあなどれないくらい力を付けてしまった。(天変地変を引き起こすくらいの)


それを死に体(完全に力を失ったエネルギー体)にするには、宇宙のパワーのある言霊をぶつけるしかないのです。


不安、恐怖、病気、飢餓、破滅、ダメ、心配、絶望、孤独・・・・その他の一切のマイナスを死に体にさせるのです。


「すべては必ず良くなる 絶対大丈夫 大成就」の言霊を唱え続けると自分自身の意識が過去から離れ、何事に対しても不安恐怖が一切なく、常に平安、幸せとなる。 すると「平安、幸せ」が自分自身に引きつけられる。

自分自身に「平安、幸せ」を引きつけられたなら、人類に「成就」が引きつけられてゆくのです。


ほんとうはこれ以外にマンダラを書くという神事もあるのですが、言霊の力は大きいです。


今、地球人類はマイナス思考に走っています。

「すべては必ず良くなる 絶対大丈夫 大成就」の言霊はそれにストップを掛け、プラスに転じるパワーがあるのです。


それは宇宙の無限のパワーが宿っているからです。


心が沈んだとき、未来が不安になったとき、意味もなくネガティブになったとき・・・・・・・・。


祈り続けると、きっと安心します。

そして明るい未来はきっとやって来ます。ぴかぴか(新しい) 電球


個人の運命も必ず好転します。わーい(嬉しい顔) 手(チョキ)



  
 「すべては必ず良くなる 絶対大丈夫 大成就」 百回唱えてください。

 「世界人類が平和でありますように」


   


 

追伸

「あなたは世界を変えられる」 アーヴィン・ラズロ、西園寺昌美著 本


日記を書いていてこの本のことを想い出しました。

今、意識を変えたい人、運命を変えたい人、世界を善くしたいと思っている人にピッタリの本だと思います。





  

3月14日の気づき

     

今、テレビを観ても、新聞を読んでも、ネットも覗いても、暗い話がたくさん溢れています。

だからあまり自分の中に余計な情報は入れない方がいいとさえ思ってしまう。げっそり

私もついうっかりするとマイナス思考になってしまいそうになりますが、あえてプラスのみ、明るく元気になる話題のみに徹してブログを書いて行きたいと思っています。

つぶやきでも気づきでもどちらでもいいのですが、パッとヒラメイタ電球言葉をいくつか選んで文字にしていきます。

よろしくお付き合いください。






 
1.私は人から無視をされる人にも、なんらかの問題はあると思っていた。でもある場面に遭遇して、その人にはほとんど(100%とは言えないかもしれないが)問題ないとわかった。 人から無視をされたとしても、自分に誇りを持って堂々と生きよう。(我即神也)





1.人はいろいろなことを教えてくれる(反面教師であろうと模範教師でああろうと)。だからすべての人に感謝なのです。



 

1.前世込みの話(4次元)と前世とは全く関係のない話(3次元)が出来て、初めて人の相談にのることが出来る。



 

1.人間の最終目標とは、「自立」 です。だからどんな小さなことでもよいから「自立」につながることをしよう。そうすれば魂が喜ぶ。



 

1.モチベーションを持続させることは本当に難しいことだけど、大きな目標であればあるほど、“ブレることは少ない” と思うのです。
そういう意味では「世界人類(宇宙人類を含む)の平和を望むことほどグローバルな祈りはない。(個人の望みは大きな望みの中で成就していく)




1.良い人がある日突然悪い人?になることもあれば、悪い人が人が変ったように良い人になることがある。 だから人を簡単に批判、非難、評価してはいけない。




1.悟とは、吾(肉体人間)が心(本心、神)と一体となることをいう。神我一体となったとき、本当の安心立命が得られる。




  

2012年3月13日 (火)

13日のツイッター

  

  
1.相手を責めている時は、相手のマイナスだけを見ている、自分を責めているときは、自分のマイナスだけを見ている。



  
1.人の評価なんて気にしなくていい。ほとんどの人は感情(好き嫌い)で判断しているからだ。



 

1.アメリカナイズされて、「あの人はどんな人ですか?」と聞かれると「いい人です」か「悪い人です」の対極(ハッキリと)を答えないといけないと思っている。そんなことわかるわけがない。人間とはそんな底の浅い存在ではない。「わかりません」でいいのだ。



 

1.人がわかってくれるのには、時期がある(一生わかってくれないかもしれない)。わかってもらおうとすることにエネルギーを注ぐより、自分の信念を深めよう。(エネルギーは外に注ぐのではなく、内に注ぐのだ)内から溢れたエネルギーは勝手に外に流れて行くのです。



 

1.焦りは禁物。焦ると焦げ付く。




1.プロの演奏家、プロのスポーツ選手に成れなくても、卓越した技術と精神で十分、人を魅了し、感動させることが出来る。それだけで、素晴らしいことではないか?プロという職業にこだわらなくていいと、私は思います。





  





  





  

私が最終的にお伝えしたいこと

    

私は何のために調和波動気功法をしているのか?

何のためにブログやツイッターをしているのか?

そんなことを書いたらなんだか重たく(大げさ)になってしまいますが(笑)

私が最終的に行きたい境地、そしてみなさんも共に行ってもらいたい世界(心の)を書いてみたいと思います。

今、この文章はとても不思議かもしれませんが、後数年すればほとんどの人が理解出来ると思うのです。

いや今の時点でもわかる人がきっといらっしゃる。

そんな人が一人でもおられたら

書く意味があるのでないか?


そう思った(直感ですね)のです。





  
人間は神の分霊(わけみたま)である。

神から分かれた完璧な生命である。

だから完全な自分が3次元に降りて来るのであって

不完全な自分を、努力によって完全(神)にするのではない。

自分が肉体だと思っているうちは絶対に悟れない。

自分(肉体)でなんとかしようとしてもどうにもならない。


自分を尊び、認め癒してあげる

勝ち取るのでなく、判らせていただく



   


  

一切のマイナスを認めないなんて出来るのか?

  
  
相手の良いところだけを見て、マイナスを一切見ない。そうすれば相手のプラスだけが大きくなってゆき、いつの間にかマイナスは無くなっている。


みなさんも子どもを育てる上で聞かれたことがあると思います。


でもついついマイナスに目が行ってしまい、そのマイナスを大きくしてしまっている。

そしてプラスが小さくなってしまったので、見つけるのに意識をしないと見つけられなくなってしまっている(笑)。


昨日、新聞を読んでいたらサッカーのブラジル人の監督さんの話が載っていました。


「僕が『あの選手はなんで、こんなこともできないんだろう』と言うと、ブラジル人指導者は必ず『いや、あいつだから、ここまでできたんだよ』 と返す。 ものごとを悲観的にとらえない。


凄いですよね、素晴らしいですよね 涙

こんな監督さんに育てられた選手の人たちは幸せですよね。


読んでいてジーンとして来ました。 泣き顔


これぞ、人即神也だと思うのです。


人間は不完全なんかじゃない。(マイナスなんてないんだ)


完璧(パーフェクト)な存在なんだ!


それを忘れているだけなんだ。




 
世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます



我即神也

人類即神也




  

もう一つのツイッター 3


   
 
1.愛で叱れば、相手を傷つけることはない。



1.マイナスのときは祈りを忘れている。



1.人を喜ばすと自分が元気になる。



1.自分で無理をしない。(天命以外のことをしない)



1.周りの人を意識し過ぎている。(金メダルを取る人は気にしない)



1.自分を評価しない、ジャッジ(判断)しない、責めない。



1.口あたりのいい人には気をつける。



1.その人の悩みは、その人の守護霊にしゃべらすと治る(開放的にさせる)



1.感動は自分でつくる、人を感動させるとアイデアが浮かぶ。



1.計画は立てなくていい。(直感で動けなくなるから)そのかわり目標を持てばいい。(期限付きの)





    



2012年3月12日 (月)

もう一つのツイッター 2

  

  
もう一つのツイッターではみなさんが今までにほとんど聞かれたことのないことを書いていると思います。でも潜在意識では知っていたり、なんとなくわかるような気がするという方もいらっしゃると思うのです。

話ってわかっていることばかりじゃ面白くないですよね。

受け入れられなくても、読んでいてなんだかスッキリする。

そんなコーナー?にしていきたいと思っています。
わーい(嬉しい顔)ペン






 
1.今が貧乏だからと気にすることはない、前世では大金持ちだったのだ。(貧乏の人の気持ちがわかるように経験させられている)病気も同じことなのです。



 
1.今生(せいぜい100年)は永遠の生命の一瞬に過ぎないのだ。そう思えば今起こっていることに一喜一憂したり、振り回されなくなる。




1.私たちは祈るために生れてきた。祈りとは生命が活き活きすると、生命がのり出すということ。太陽系の星の中で祈っていないの地球人だけだそうです。



1.自己肯定感とは、自分の神性を認めること。つまり自分が神であることを感じる、理解することだと思う。自分が神(完全なるもの)だとわかれば、周りがどんなマイナスを言ってきても、動じることはない。(我即神也)



 
 
1.舌先を上顎(うわあご)に付けると天になり、足の裏を意識すると地になる。これで体が天地を貫いたことになる。人間とは天地を貫く光の柱(波動体)なのです。 


 

1.どれだけ良書と言われている本を読んでも「それはちょっと違うのではないですか?」と突っ込みたくなる箇所がある(笑)。私はそれがあっていいと思う。無理をして受け入れることはない。(私が今まで読んだ本の中で100%受け入れられたのは五井先生、西園寺昌美先生のご著書だけでした。天に通じた本は、不純物は一切入らない)


 
 
1.マイナスは他人が作ってしまうもの。プラスは自分が創っていくもの。マイナスは有限、プラスは無限(宇宙のエネルギー)
プラスがマイナスに屈することは絶対にない! 常にプラスの言霊を唱え続けよう。「平安・幸せ」を自分自身に引きつけよう。そうすれば「成就」する。



 
1.人間はどこからやって来て、どこへ行くのか? 何のために生れて来て、何のために生きて行くのか? そんな基本的なことをほとんどの人がわかっていないのが地球人なのです。(無限なる叡智)


 

1.地球人は“幼い兄弟達” と進化した星の仲間から言われているそうです。 事実だけど、なんだか悔しいですよね(笑)。





  





    


2012年3月11日 (日)

3月11日のつぶやき

  


   
1.リストラ(再構築)をしようとしている人は、スターバックスを見習うといい。S・Bは破綻寸前になった時、経営者の人が「どうせ潰れるのだから最後にみんなが喜んでくれることをしよう」とパートに保険をつける給料を上げるという真逆なことをした。みんなは嬉々として働き始めた。S・Bは見事に再生した。


 
1.諸葛孔明は、敵と戦うことよりもまず、身内に敵を作らないことを考えた。身内までに嫌われれば周りはすべて敵になる。身内に愛される人はいつか外部の人(敵)にも愛されるようになる。(家族に愛されている人はどこででも上手くやっていける)



1.嫌なこと、マイナスなことが起りそうだと予感がした時、「すべては必ず善くなる、絶対大丈夫、大成就」と強く唱えよう。そうすれば闇は一瞬で消えて光になります。



1.結果的に善くなったのであれば、そこで自分が発言していなくても、目立っていなくても、評価されなくても良いではないか。宇宙的に観ればそんなことはどうでもよい。同じようにしていて他人だけが評価を受けたとしても、喜んであげるだけの大きな気持ち(度量)を持とう。坂本竜馬はそんな人物でした。


1.会社が潰れたり、事業がどうしてもうまくいかなくなったとき(やるだけのことを精一杯やって)は、「他にもっといいことがあるよ」というメッセージだと思えばいい。そう思ってアンテナを張っていると必ず良い知らせが舞い込んでくる。


1.坂本竜馬の写真を見ていると、竜馬の肩は驚くほどなで肩です。(女性の肩みたい) つまり、力んでいない、リラックスをしている。人間は力を抜いた状態でないと本来の力が発揮出来ないのです。厳しい状況のときこそ、力を抜こう。深呼吸をしよう。楽観的に、考え過ぎないようにしよう。(調和波動気功法)


1.「人の諸々の愚の第一は、他人に完全を求めるというところだ。」(坂本竜馬) 竜馬は人間を「不完全な生き物」と割り切って大人の心で人に接していたんですね。


1.商売のコツは2つしかないそうだ。明朗と奉仕の精神(愛、思いやり)。ほんとこの2つがあれば人に受け入れられるだろう。人間はある意味、みな、生まれながらにして商売をしているように思う(笑)。


1.相手の人も自分も大人(完全なもの)と思うから腹が立つのだ。自分も含めみんな子ども(精神的に未熟)だと思えばいい。人間とは、神と動物(不完全なもの)の間という意味なのだそうです。



1.忍耐力のある人はたいてい度量も広い。取るに足らないことにこだわらず度量を広げる努力を続ければ、いずれは信用が身に付き、成功が近づくことになる。 諸葛孔明人間力を伸ばす七つの教えより



1.プラスもマイナスも2倍になって返ってくる。



1.今現われているその人は未熟かもしれないけど、奥戸の本当のその人は光輝いた神聖なる素晴らしい人なのです。




  

もう一つのツイッター

 
 
 
私のツイートはツイッターやfacebookにも掲載しているのですが、神秘的なことや祈り、神などの言葉はまだ載せる時期ではありません。

だから日記にはその辺のことを遠慮なく書いていこうと思っています。(この中にはセミナーで于先生に教えていただいたことも含みます)

よろしくお付き合いください。わーい(嬉しい顔)


 


1. どうしても嫌いな人、許せない人、関わりたくない人は自分の前世なのだ。未熟だった過去の自分に腹を立てているに過ぎない。(人はみな自分の鏡)


1. 自分の響きを素晴らしいものにすることを目標にする。



1. 相手のマイナスに合わさず奥戸の神に合わす。


1. 人を傷つける人は淘汰される。


1. 魂の古い人は見守らないといけない。


1. 天地を貫くことを意識する。


1. 自分の光明波動で自分を癒す。


1. 統一とは背後の守護霊、守護神と一体となって体の力を抜くこと


1.余計なことを考えそうになったら祈りに切り換えていく。


1.何のために生れて来たのか? 何のために生きていくのか?


1.自分の中に男も女もある。


1.子どもとは、自分とは違う人格者だと思いなさい。


1.やるだけやって神様に任せる。




1.スッキリするとは頭に何も浮かばない状態をいう。お釈迦さまの言う「空」ですね。頭にいろんなことが浮かんでいるうちはスッキリしていないのです。(浮かぶとマイナスを探してしまう)スッキリするには祈りと呼吸法(統一)が必要なのです。 (無限なる幸せを体得する方法 于寿明)




  





 






  



  




2012年3月 9日 (金)

3月9日のつぶやき

 


1. 挨拶をしても返してこない人がいる。でもそんなことは気にせずに自分は「光を振りまく太陽!」に徹しよう。太陽はどんな人にも光を降り注ぐ。



 

1. 人に怒られてそこで最もいけないことは、ネガティブな世界へ入って行くことなのだ。斎藤ひとりさんの本の中に、仕事をゲーム感覚でとらえよう。怖い上司が現われたらゴジラのテーマソングを心の中で流せば楽しい気分になると書いてあった。上司の人が憎めない愛らしいゴジラに見えてきたら大成功ですよね。






1. 「相手が許せないのではない」、本当は、度量の狭い自分の心が許せないのだ。






1.ほとんどの人は自分が怒る原因は他人だと思っている。だが、原因のすべては自分にあるのだ。例えば全財産が5万円しかないのに全額、目の前で盗られたとしよう。当然怒り心頭になる。しかし宝くじが当たって1億5万円から5万だけ盗られたとしたら。「余程の事情があったのだろう」と笑っているに違いない。






1. 目に見えない世界に依存し、神様を利用している人より、神仏を信じなくても3次元(この世)を一生懸命に生きてる人の方がずっと立派だと思う。「あやしい人には気をつけてくださいね」(笑)。





1. 目にみえない世界(4次元、神界)と3次元(肉体界)はつながっている。3次元後半は4次元の入り口でもある。だから3次元を極めた人でないと神様(真理)はわからない。3次元を極めた人とは、「仕事を一生懸命にした人」だと私は思う。仕事はいろんなことを教えてくれる。





1. 自信とは自分の気持ちが強くなって「自分もたくましくなったなぁ」と自画自賛(認めた)ときに、ジワーッと湧いてくるような気がします。






1. 改革をしようとしている人は、権力を得ることよりも、反対者(敵)を賛同者に変える努力をした方がいい。反対者も考えていることは同じなんだ。(みんなが幸せになればいいと思っている)そして自分に私心がないこと(欲が無いということ)を伝えればきっとわかってもらえる。






1. スキ―でも、ゴルフでも、テニスでもイメージトレーニングが効力があると言われている。それは想像した通りにエネルギーが集まり、それを形にしようとするからだ。だからどんなことがあっても自分は善くなっている、周りも幸せになっている、そして世界が平和になっていることをイメージしよう。






1. 自分が力をつけてきたときに、絶妙のタイミングで試練(辛いこと、嫌なこと)はやって来る。しかしそれは 「今のあなたはこれを克服出来る。克服したならもっと大きくなれる」というサムシング・グレートの愛であることがわかったとき、試練は試練ではなくなり感謝へと変る。






  
  









イメージしたことが現実になる。

  
  
  
人間が創造主(神)そのものと言われているのは、イメージしたこと(想ったこと)を具現化出来るからです。

心の中で何かを想う。

そうするとエネルギーは想ったことを外に現わそうと働く。

陶芸で轆轤(ろくろ)を回しながら自分で壺でも灰皿でも茶碗でも・・・・なんでもイメージした物が出来たりするのは凄いことだと思いません(笑)。

犬や猿には絶対に出来ない(笑)。

だから人間はもっと心の中を綺麗にしておかなければならない。

でも心の中は波の交差でいろんな人の想いも入って来る。

想いは相手の心であるとここでは何回か書きました。

その想いがプラスで美しいものであればいいのだけれど

今、世の中の人のほとんどはマイナス思考です。(無限なる光!)

自分を責め、相手を責めています。

暗くおかしくなってしまっている。(無限なる平和!)

だからこんなときだからこそ

マイナスのエネルギーに負けない

強いプラスのエネルギーを蓄えて発することが大切なのです。

今日、自殺に関する記事が載っていました。

若者の自殺が増えているとか、被災地の自殺がどうだとか・・・・・。(無限なる愛!)

自殺をする人とはネガティブ(暗い)な闇の世界に入って行ったことは確かです。

光の無い世界へ行ってしまった。

だから、光を投げかけることが必要なのです。ぴかぴか(新しい)

悩みとは闇が波のようにやってくることをいうそうです。

闇は光があたると一瞬にして

明るくなる。電球

目の前の道が見えるようになる。目

それは私たち人間が灯さないといけないのです。

そのために祈りがある。

祈りとは命がのりだすという意味です。

生命が活き活きとしてくるのです。

昨日、言霊の凄さ!をご紹介しました。

この言霊は自信を無くしている人

自暴自棄になっている人

挫折している人にも

是非、教えてあげてほしいのです。


あなたのやっていることは絶対に善くなるよ。

今は厳しいかもしれないけど

善くなることをイメージすれば

その通りになるよ。

他のこともきっと大丈夫だよ。

成功するよ。


それが

「すべては必ず善くなる、絶対大丈夫、大成就」

です。

神様は人間が落ち込んでいく姿を見たくない。

助けたい!

だからこのメッセージ(言霊)を送ってくださったのです。

悩みって実は実体のないものなのです。

理由もなんだか急に暗くなったり、落ち込んだりするものなのです。

反対に光を投げかければ

その人は

理由もなく

元気になる(笑)。

自分からプラスのエネルギーを発する人になりましょう。

マイナスの言葉は発しないようにしましょう。

そしてプラスの言霊を唱えましょう。





「すべては必ず善くなる、絶対大丈夫、大成就」ぴかぴか(新しい)

「世界人類が平和でありますように」ぴかぴか(新しい)





   

   

2012年3月 8日 (木)

言霊の凄さ!

    
  
私は一昨日からある言葉(言霊)をずっと意識的に(気がつけば)祈り続けているのですが、本当に気持ちが明るく、なんだか幸せな気持ちになって来るのです。

なにもしなければ気持ちも現状もなにも変りません。(マイナスが入ってくるだけです)

騙されたと思って(笑)実践してみてください。

これは私だけでなくみなさんもきっとそうなると思うのです。



 
すべては必ず良くなる絶対大丈夫、大成就
 



を百回唱える。(心の中でも口に出してもいいです)


この祈りには宇宙神が直接働くので,必ず良くなるのだそうです。


気がついたら唱えるようにしてください。



  

私の健康法


 
一ヶ月ほど前に体調を崩してから痛感したのは、体のケアと体の中に入れるものに気を配ることでした。「私は調和波動気功法をやっている、だから一般の人よりも体は健康なんだ」という驕りがありました(笑)。

以前、于先生に薦めていただいた本を読み返していると問題点が浮き彫りになってきました。

みなさんにもきっと共通する部分があると思います。

今日ツイッターでつぶやいたのですが、参考にしていただけたら幸いです。




   

1. 水分の摂り過ぎは体を冷やすことになり病気の原因、肥満の原因になります。水分を摂り過ぎる→体に水がたまる→体が冷える→血の巡りが悪くなる→代謝が下がる→脂肪が燃えない→太る 意識して水分の摂り過ぎに注意しましょう。体温を上げることをすると(食事、運動)健康になります。



1. メタボリック・シンドロームは「内臓脂肪症候群」と訳されているが、メタボリックは「代謝」の意味なので、正しくは「代謝低下症候群」である。これも過剰な水分によって体温が下がり、代謝が落ちることが大元の原因なのだそうです。代謝が良くなれば(血の流が良くなれば)脂肪は燃えるんですよね。



1. 血の流れは、エネルギーの流れ、気の流れと直結します。水の流れが悪くなった川の水は滞って腐っていくようにそこに不調和が生まれる。想いを溜めず(気にし過ぎない)に想いを流していく、そして身体を動かして血の流れを良くしていくことが大切です。(調和波動気功法)






世界人類が平和でありますように




   





  

2012年3月 7日 (水)

今日投稿したツイッターより

  
今、ツイッター(つぶやき)が主流のようです。

確かに限られた短い文章の中に言いたいことを凝縮させることは今の時代に合っているように思います。

私もブログよりもツイッターに力を入れているのが現状です。

ときどきこのブログにも転記しますし、一般に公表出来ない真理に関してはオリジナルのつぶやきをブログに書いていこうと思っています。

よろしくお付き合いください。







1. 心が苦しく、状況が厳しいのは、心がネガティブになっているからだ。「必ず善くなる、絶対に大丈夫!」と何度も繰り返し唱えていると “あら不思議!” 気持ちも明るくなり、本当に大丈夫だと思えてくる。すると状況も好転し始める。(目の前に現われて来るものはすべて心の投影である)





2.家計簿を付けることは数年前に話題となって今だにたくさんの人に支持されている“レコーディングダイエット”と共通している。今日何を食べたか全部書き出すだけで自分のしていることを客観的に観ることが出来るからだ。文字、数字にすることでぼやけていたものがスッキリクッキリ見えてくる。






3. ふと浮かんだこと、思いついたこと、ひらめいたことなどは、忘れないうちにメモを取ろう。それが後になってあなたの素晴らしい財産となるのだ。(インスピレーションは流れ星のようなものなのです、一瞬のうちに消えてしまう)





4. 本当の幸せとは目に見える状況で感じるものではない。ある時ふと、「自分はなんて幸せなんだろう」と心の奥底からじんわりと湧いて来るものなのです。





5. 心を乱すことは暴飲暴食をするよりも肉体を痛めるのだそうだ。そうなれば今、流行りの健康食品はなんの意味もなさない。心が主で肉体が従。 “健全な魂に健全な肉体が宿る” は名言だと思う。心を平安にすることから始めよう。(調和波動気功法)




6.今のこの時代は、世の中を善くしてくれる救世主を待っているときではない。私たち一人一人が世の中を善くする人になるのだ。(プラスのエネルギーを振り撒いて)





7. 本ものとは、プラスのエネルギーを発し続けている人(もの)のことをいう。




8.家の経営を大きくしたものが会社経営、そして国の経済につながる。自分の家の一ヶ月の電気代、水道代を知らない経営者を信頼して大丈夫だろうか?




9. 漠然としてハッキリしていないから不安になる。何が不安なのか紙に書き出していくと問題点が見えてくる。経済的に不安のある人は家計簿(小遣い帳)をつけるといい。数字が問題点を浮き彫りにしてくれる。(無駄な出費、くせ、節約出来るところ・・・)原因がわかれば対策も見えてきて気持ちも落ち着いてくる。







10. その人にとって良きアドバイスを連発することは、かえってその人の自立(成長)を妨げる。答はアドバイザーがするのではなく相手の人が自分の心の中から引き出すものなのだ。アドバイザーはただ肯定も否定もせず、相手の人の鏡になるだけでいい。もしアドバイスするとしたらそれは自分がするのではなく、自分が相手の守護霊、守護神様と一体となって自然と口から出てくるもなのだ。(これはツイッターには書いていません)



  







  
















 

2012年3月 5日 (月)

祈ることの大切さ

  

 
  
・ 文句や不平不満を言う暇があったら即、祈る。

  祈ることで意識が変わる。

  
  日々の指針2  西園寺昌美





・ 人間は肉体意識(3次元意識)から宇宙(神)意識(4次元意識)へと意識を変えないといつまでも低次元のことで悩まなければならないことになる。
そのためには、祈って自分の想念をすべて宇宙へ投入するしかないのだ。

 
       グッドムーン





 
 



 感想


最初の昌美先生のお言葉は私にとって強烈でした。意識が低次元(3次元)にあるということは、そこにはマイナスのエネルギーが容赦なく入って来ている状態なのです。 そんな状態でプラス思考になるわけがない。正常な判断が出来るわけがないのです。 祈るといつの間にかプラス思考、宇宙意識に変っています。その状態を出来うる限り維持していくのが本当の努力だと私は思っています。ちょっと難しいかもしれませんが、人類は今こそ肉体から意識を外して、自分の本心がある宇宙へ意識を合わせる時期に来ているのです。




2番目は、私たちの想念というのは、マイナスとプラスの想念が入り混じっています。だからその起伏で悩む。いつもプラスであったらいいのだけれど、脳裡にはマイナスのエネルギーがいくらでも入って来る。それを止めるのは、守護霊様、守護神様にお願いして助けていただくのと自分がプラスのみの世界(宇宙)に意識を合わせ続けるしかないのです。
宇宙に意識を合わせるには、宇宙の願い事(神様は宇宙人類が平和であることを願っておられる)を唱えて、宇宙に意識に合わせればいいのです。(それが世界平和の祈りです)

自分のマイナス想念、プラスの想念も一緒に祈りの中に投げ入れてしまうと宇宙から浄化されたエネルギーが降りて来ます。

それが、自分の意識を宇宙意識に変える、人類の意識を変える、次元上昇させる光のエネルギーなのです。





世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます





  

2012年3月 4日 (日)

意識次第で住む世界が決まる


  
  
3人の人がいる

みんな同じ仕事をしているのに

1人目は与えられた仕事を素晴らしいもの楽しいものととらえ

「なんて自分は恵まれて幸せなんだろう」

と思っている。

2人目の人は真面目に仕事だからしかたがないと目的もなく無感動に働いている。

3人目の人は

「自分がやりたいのはこんな仕事じゃない、すぐにでも辞めてやる」

と思っているとします。


この3人は仕事が終わった後でも影響が残ると思うのです。


プラス思考は持続して仕事の後も有意義に過ごす人


不完全燃焼の人(なんだかスッキリしない)


不満が充満して誰かに当たり散らしている人




これから私の仕事が始まります。

仕事中、天国に居るような心境になれるのか?

嫌だなぁ、早く終わりたいたいなぁ


になるかは自分の心境(内なる心)次第です。

他人は関係ない(誰がどんなことを言おうと)

外の状況も関係ない (どんなことを起ころうと)

そんなことを考えさせられたある文章をご紹介します。






レンガ積みの話


レンガを毎日毎日一つ一つ積み上げる仕事をしている人がいて、その方になにをしているのか尋ねます。そこで「見ればわかるでしょ、レンガを積んでいるんですよ」と答える人、2人目の人は「このレンガを積んで壁を作っているのですよ」と答え、3人目の人は、「レンガを積んで教会を作っているのです。みんなが集い、祈りを捧げる場所になるんですよ。」と答えました。まったく同じ仕事をしていても大きな違いがありますよね。レンガを積むことにも夢を持ち、どうしたら皆がお祈りをささげる教会をしっかり作れるかを考えての仕事と、つまらない、くだらないと思ってレンガを積んでいる仕事では、まず出来栄えが違いますよね。出来栄えが違って、本人の成長も違います。だって取り組む姿勢が違うのですから。意識一つでその違いが生み出されるのです。




  

2012年3月 2日 (金)

寛容になる 2

 
  
ある男の話である。


この男の隣人が、自分のにわとりを男が盗んだと村中に言いふらしていた。

男には心当たりがないので、そのまま放っておいた。

しかし、男の女房は犯人が自分ではないことを弁明しなさいと言った。

「好きなように言わせておけば、いずれ隣の人の気も張れるだろう」

今度は反対隣の人が、雨でできた水溜まりの水を男のほうに掃き流した。

それを知った男の女房は隣の人に文句を言ったらいいと男に言った。

しかし、男の答はこうだった。

「晴れればいずれ乾くだろうから放っておきなさい」


男は常にこうして、何事も寛容に対した。

小さなことに文句を言っても諍(いさか)いを生むだけだと知っていたからだ。

男の寛容さに周囲の者は好感を持つようになっていった。

さて、男が寛容であることにつけこんで、物盗りが男の家に押し入ってきた。

さすがに男も慌てたが、その騒ぎを聞きつけて両隣の者が男の家に駆け込んできた。

そして賊を追い払ったのだった。

寛容であることが生んだちょっといい話である。




 諸葛孔明 人間力を伸ばす七つの教え Yao Lei 著





 
 
 
感想


実際ここまで寛容でいられるのか?

または寛容過ぎていいのか?

と思われる人もいるかもしれません。

でも現実を生きていると

この話に書いてあるようなことの連続ですよね。

だから私たちも 

しょっちゅう感情的になってしまう

人間関係が常にぎくしゃくしてしまう

空気(雰囲気)が悪くなる

でもそんなところに

大らかな

寛容な人がいたらどうでしょう?

きっとその場は

天国のような “場”

になると思うのです。

私は そのような “場”

器になることを自分自身に誓います。 
わーい(嬉しい顔) 手(チョキ)


  



  

寛容になる 1

  
  
 
自分が寛容で、とてつもなく広い心を持っていたならどんなに心が平穏で、平和、幸せに生きていけるだろうと思います。

人が自分にどんなにきつい、厳しい、辛辣(しんらつ)なことを言ってきても、理不尽なことをしてきても

「まあまあ、そのうちどうにかなるだろう」 

「時間が解決してくれるさ」

フランス語で

「ケセラ・セラ」

という言葉があります。(歌もある)

「なるようになれ!」

という意味ですが

そんな大らかな大きな気持ちでみんなが生きて行けたなら

きっと世界は平和になると思います。


寛容になるにはどうしたらいいか?

私は自分の努力でそうなれると思うのです。

「神さま、私を寛容な寛大な心の広い人間にしてください」

とお願いしていれば

心掛けていれば

いつかしらない間に

そんな自分になっていた・・・・・。


私は本を読んでいて

“自分はこういう人間になりたい”

と強く思った文章がありました。


次の章でご紹介しますのでお付き合いください。



  


  

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