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2012年1月31日 (火)

日々の指針(トゲは自分で抜け)

  

  
1. 貴方は人から傷つけられ苦しんでいると思っているが、真実は、自らが自分自身を傷つけているのである。


 

1. 自分自身を傷つけていると、ついには自らの肉体も次第にむしばまれ、傷ついてゆく。


 

1. トゲのある言葉を突き刺されたら、即、そのトゲを自分自身で抜け。

 


1. まず初めに愛深い立派な人間になりたい、なろうと強く思い、決意しなければ、決して立派な人物にはなれないものである。


 


1. 誰からも愛され、尊敬され、慕われる人間は、いかなることといえども、他の人に責任を転嫁せず、すべて自らの責任として受け入れる懐の大きさがある。



 

1. それがたとえ善であれ悪であれ、自らが行なった成果に決して執着しないこと。 即放つこと。



 

1. 絶対大丈夫、必ずよくなる、大成功、大成就、と強く思いつづけ、心に刻みつけることにより、思ったこと、刻みつけたことそのものが自分に引きつけられ、向こうから飛び込んでくる。











            西園寺昌美 白光誌 2月号より





   




 

2012年1月28日 (土)

「お釈迦様がおっしゃったことを私はこのように聞いた」

  
  
  
短くてもズシンと心に響く言葉があります。

如是我聞とは「お釈迦様がおっしゃったことを私はこのように聞いた」 という意味だそうです。

私が尊敬してやまない五井先生は空の人です。

空とは自分という我がまったくない人のことです。

我がない(自分というものがない)と心は自由自在心、宇宙大に広がっていきます。

そして宇宙大に広がった心の中にはお釈迦様やキリスト、老子様が入ってきます。

そして五井先生の器を通して(使って)お釈迦様等が語り始めるのです。

巷には、「我は○○の生まれ変わりなるぞ」とか「私の背後には△△が付いておる」

などと似非宗教者がいますが(笑)

それは空とは違う幽界のオバケちゃんに取り憑かれた人たちなのです。

いつも申していますように

目にみえない世界で幽界、霊界、神界(大きく分けて)がありますが、神界が一番波動の細かい本当の自分がいる実在の世界なのです。(あとの世界は消えていきます)

霊界は波動は細かいのですが霊界の下部は迷いの部分があります。

仏教では霊界の下部と幽界、肉体界を三界といって迷いの世界、つまりこの世界をグルグル廻っている状態が輪廻転生(りんねてんしょう)です。

人間は意識が神界(天国)にいかない限りずっと迷ったままなのです。

肉体を持って生まれ変わり死に変って、修行をして悟りの境地に至るまで輪廻を繰り返すのです。


私はお釈迦様の言葉も五井先生のお言葉も同じだと思っています。


意識が神界(宇宙)まで至った人は、キリストであり、お釈迦様であり、老子でもあるからです。

宗教とは弟子たちによってかなり歪められてきました。

だから

「これほんとにお釈迦様がおっしゃったのかな?」

「キリスト様の言葉なのかな?」

と疑いたくなるような言葉(経典)が結構あるのです。

それに比べ、五井先生のお言葉は新しいし、歪められていることはまず考えられません。

それが証拠に私の心に響いて来ますし、清涼感があります。

スカッと爽やかになる ぴかぴか(新しい)

エネルギーが流れるとでもいうのでしょうか?

そのエネルギーは私を通してもきっとわかってもらえるものだと思います。

前置きが長くなりました(笑)。


久しぶりに読んだ続・如是我聞から抜粋します。





  

・ 組織(会社・党・組合等)の中で発言するのではなく、宇宙の法則、人間の本質、原則によって発言せよ。そうすると自然に人はついてくる。




  
・ えらいとほめて認めてくれるのは他人。うまいですね、といってくれるのも他人。





・ 自他の想いにとらわれず、想いを自由自在にできる人を悟っている人という。



 

・ 自分を愛するとは、神さまからきた自分の生命を大切にすることである。自分の心、自分の生命を汚さないことである。つねに自分の心をきれいに磨いておくことである。



 

・ 言葉と行動を一致させよう。



  

・ 自分自分と思っているものは、単なる想いに過ぎないのである。水泡(うたかた)の如くあらわれては消えてゆくものである。真の自分とは、内奥で光輝いているものである。この真の自分を把握し、自覚できる時、人は真に幸福になれる。



  

・ 人間は肉体だけのもの、としか考えられない人は不幸だと思う。たかだか長くて百年という短い期間の中で、人をあざむいたり、人をおとしいれたりして栄華を尽して何になろう。

ふみつけられ通しの一生だとしても、苦しみの連続の生涯だったとしても、生命を汚さず、生命を生かしているものは、永遠の生命をすでに輝かしているものなのだ。





・ いかに自分が正しいことをやっていても、他の人に不快な感情を与えるようでは、まだその行為は本ものとはいえない。






・ 表面だって働くこともよいだろう。しかしそれよりも自分を浄め、深めることがもっと大切なのだ。





・ 調和とは自分がなくなることである。




・ 人間大きくなりたかったら、自分の責任を他に転嫁するな。




・ 三界(迷いの世界)をこえるには空になることが必要である。 しかしくうという言葉はむずかしいし、わかりにくい。 そこでわかりやすくいうと、命を捨てるということになる。 これでもまだわかりにくいならば、現われてくるすべてのものに “ありがとうございます” といえることである。 そういえるようになれば、三界をこえているのである。




・ 頭をカラッポにして天の霊気で一杯にしよう。






・ 自分の体というのはないのです。 神さまが創った体なのだから、神さまの体なのですよ。 それを自分の体だと思うから、そこに執着が生じ、執着から迷いが生まれてくるわけです。 はじめから 「自分」 なんていうものの所有物は一つもないのです。





・自分に酔うな。 自分の言葉に酔ってはいけない。自分の研究に酔ってはいけない。 自分の芸に酔ってはいけない。 酔うと進歩が止まる。






・世界の三分の二亡びてから救世主が現われる、そんなのろまな救世主は役に立たない。 三分の二亡びるということは、三分の一残った人も苦しむのです。 恐怖で苦しむのです。

そんな時に現われるのろまな救世主はいらない! と私はいうのです。

そんなノロマでどうするんだい。 だからみな各々が救世主になって、世界を平和にしなければならないというんです。

今に大救世主が現われ、奇蹟の力を現わしてくるだろう、とそれだけを生甲斐にしていてはいけない。

キリスト教の人の中では、キリストが再臨して世を救うと想っている人が多い。

キリストの再臨とは皆さんの本心開発のことなのだ。

本心を開発したとき、その人はキリストとなるのだ。

皆さんが本心を開発したとき、世の中は救われるのだ。

そのために、世界平和の祈りが生まれたのです。

世界平和は必ず出来ます。









   続・如是我聞 五井昌久 白光出版




 


世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます




  




  

2012年1月27日 (金)

修行経験はいるか?

  

  
東京の大学に行っている息子にとって今はまさに就職氷河期の真只中にいる。

これだけ不況だと優秀な人であったとしても希望通りのところに絶対に就職できるとはかぎらない。

そして運よく入ることが出来たとしてもその会社が安泰であるとは限らないのだ。

だからどこででも必要とされる、どんなところでもやっていけるという力(評価社会の到来)を付けていかなければならない。

先日も帰阪した息子に

「これからはどこかに雇ってもらうだけでなく、自分で起業することも考えないとな、友達とそんな話してる?」 と聞くと

「もちろんしてるよ」 と言っていた。

「でもせっかく大学に入ったんだから会社勤めも経験したいけどね」 と笑っていた。

その気持ちも分かる。

外でもまれて、人の下で働いてから独立する、起業するという方がいきなりするよりも成功率は高い、自信を付けてからでも遅くはない、社会を少しでも体感している方がいい。

それはみんなが思うことだろう。

しかし今はそんな時代ではないのも確かだ。

お笑いの世界でも同じことが言えそうだ。

以前は、立派な芸人になるには師匠に付いて修行することが当たり前だった。


芸とは関係ない師匠の家での住み込み、掃除から始まり、子どもの子守り、料理、洗濯・・・・・、芸人としての腕前を磨くよりそれ以外の時間の方が長い、そんな中でも寸暇を惜しんで稽古をしたり、師匠の芸をぬすんだりする。


これは芸の上達より、「人として苦労して人の気持ちがわかるようになれ!」 「厳しさを乗り越えて一人前になれる」 「人間としての深みをつけろ」という意図があったに違いない。


このことは芸人だけでなくどんな世界でも云える。

大阪の芸人さんで太平サブローさんがいる。

私はサブロー・シローの漫才が大好きだった。わーい(嬉しい顔)

特にやすきよのやすし、人生幸朗(じんせいこうろう)、いとし・こいしのものまねを交えた漫才は絶品で、今、youtubeで観ても理屈抜きに面白い。


サブローさんは関西を中心に、トーク番組にも出ている知性を備えた息の長い芸人さんだ。


そのサブローさんがお笑のタレントの養成学校でたくさんの若手芸人が輩出していることについて語っていた。

「僕らの頃と違って今は師匠に弟子入りしなくても芸人になれる道が開かれた、楽屋での振舞い方、先輩への言葉遣いなど、社会の基本ルールを教わりました。師匠に怒られ精神的にきつくなってやめていく仲間も多かった。今の子はそんな厳しさを知りません。

でも売れていく子は、僕らが弟子時代に学んだことを自然に身に付けている。
流れや空気を読んで瞬時に反応しないといけない世界ですから、そこを感性で理解できる子が生き残っていくんでしょうね」


なるほど、自然と身に付いている人、対応出来る人であれば修行はなくてもよいということか(私)。


そして最後にこう語っていた。

「・・・・ただ一つ忠告したい。キャラクター先行でネタを軽視する今の風潮に乗っていては、そのうちつぶれてしまう。 しっかりネタをできる人が長い目でみたら強いんです。

活躍している人を見たら、それがわかると思います」

そうか、うさぎと亀ではないけれど、やっぱり地道な努力が実を結ぶんですね。

サブローさんは陰でかなり努力されていると私は睨んでいる(笑)。









追伸



あなたにとっての「ネタ」とは何ですか?

これを大切にして伸ばすことが生きていく上でも

人生を幸せにする意味でも大事なキーポイントになると思います。

「ネタ」って心の財産

自分に厚みや余裕を加えてくれるもの

だけど使えば使うほど目減りしていくので絶えず足していかなければならないもの。

才能に繋がるようなもの

そんなものなのかもしれません。
わーい(嬉しい顔)

   
     

  

2012年1月26日 (木)

メモ魔になろう!

  
  
  
インスピレーションとは直観のことだが、この直観はどこから来るかというと自分の本心から来る。

では本心はどこにあるかというと神界にある。

この神界と肉体人間の自分は遠く離れているので通りやすく中継をしてくれるのが守護霊、守護神なのだ。

宇宙(神界、本心)→守護神→守護霊→自分

だからいつも「守護霊さまありがとうございます」「守護神さまありがとうございます」 と唱えていると守護霊、守護神がピタッとくっついて守られやすくなり、通じやすくなる。

しかしこのインスピレーションというものは光なのですぐに流れ去ってしまう。

頭の中を去来するが記憶に留めておくのは難しい。


だから人間側としては 「来た~」電球 と感じたらすぐにメモを取らなければならない。

何かとてつもなく凄いことを思いついたんだけどなんだったのかどうしても思い出せないという人は多いと思う。

そして守護霊、守護神は同じことを何回も言ってはくれない。

一回もしくは数回しか送ってくれないのだ。

インスピレーションというヒントはくれるけどあとは人間にまかせている。

そうでないとこれでもかこれでもかって何回もヒントを出して助けていては甘えるからだ。

「自分はにぶいので何回も教えてください」

「今のはわかりにくかったのでもう一回言ってもらっていいですか?」

な~んてねむたいことは聞いてくれない(笑)。

宇宙のテーマも「自立」なのだ。

インスピレーションを大切にしている人は必ずメモを取っている。

エジソンもメモ魔だったらしい、膨大なメモを残していて死んでから随分たつのにまだ整理出来ないくらいメモが残っている。

アインシュタインもいつもメモを取っていた。

そのメモから相対性理論という世紀の大発見も生まれた。

アインシュタインの発見があったから今の科学は飛躍的に進歩したといえる。(おとなの学問 斎藤孝より)

天才もメモを取っていた。

いや天才だからインスピレーションの意味がわかっていて取っていたんだと思う。

私たちもメモを取れば天才になれる?

そうです。

宇宙の法則(メモを取る)に乗れば誰でも天才に成れるのです(笑)。

私たちはみな、どんな人でも天から才能を戴いている。

それを開花させるのが(ツールが)メモを取ることなのです。




  
 
お薦め図書


あなたを天才にする 「スマートノート」 岡田斗司夫 文藝春秋



 


      

2012年1月25日 (水)

おとな「学問のすすめ」

  
  
タイトルは今私が読んでいる本のことなのですが、「学問のすすめ」というと福沢諭吉です。

「天の上に人をつくらず・・・」とか一万円札の人、慶応義塾大学の創始者くらいでは知っていますが、どういう人だったのかは広く知られていないと思います。

諭吉が本当に日本人に言いたかったことは今の時代に最も当てはまる 「自立」だったのです。 それも自分で努力して自分という“個”を立派にさせることがひいては日本のため、世のためになると説いています。


人間としてのあるべき姿を書いてあります。


本の中から訳文(原文は割愛します)をご紹介します。





人間たる者は、ただ自身と家族の衣食を得ただけで満足してはならない。人間にはその本性として、それ以上の高い使命があるのだから、社会的な活動に入り、社会の一員として世の中のためにつとめなければならない。


独立して他人に頼ることなく、もし志を同じくする仲間がなければ、一人で日本を背負って立つくらいの意気込みをもって、世の中に尽さなければいけない。 

学問をするならおおいに学問をするべきである。農民ならば、大農民になれ。商人になるなら大商人になれ。





            福沢 諭吉





    おとな 「学問のすすめ」 斎藤学 筑摩書房より




   


2012年1月24日 (火)

人の力とは守護霊・守護神のこと

  

  
自立というのが人間のテーマだとすると、他力というのは甘えになるのか?

もちろん自分一人で何かを成し遂げるには無理がある、一人の力はしれている、だったらどうやって他の人の力を借りたらいいのか?

私は仕事(ビジネス)は別として、それ以外のことは原則、たった一人でするべきだと思っている。

よくこのイベント(企画)はみんなで協力して出来上がりました。たくさんの人と相談して決めていきました。という話を聞くが、出来上がったものをみると案外平凡だったり、インパクトに乏しかったり、逆に複雑だったり、ぼやけていたり、つまりいろんな人の意見が入り過ぎてまとまっていないことがあるのです。(エネルギーが分散しているのですね)

それよりも一人の人がイメージしたことをその人自身が創り上げていく。その代わり自分でほとんどの事をやらなければならない。脚本から演出、場の手配から金銭的なことまで・・・たった一人だけがすべてのことがわかっている状態です。

そこまでやっているとどうしても自分では出来ないことが出来てくる。

切羽詰まってどうしようもないことが起ってくる。

そうすると不思議なことに

土壇場で

「手伝おうか?」 「私に出来ることがあるなら」と手を差し伸べてくれるありがたい人が登場してくれるのです(笑)。

こっちはなん~にもあてにしていないから凄く嬉しい。

そんなときは遠慮なく、手伝ってもらったらいいのです。

それは嫌々頼まれたわけではなくごく自然と生まれたものだから・・・。


人に頼むことの難しさ、煩わしさ?を感じます。

そこにはどうしても甘えが出る、自分に出来ることでもやらせないと損しているように思ってしまう。

その気持ちが相手にも伝わる。

するとその時点でもうピュア(純粋で美しいもの)では無くなっている。

いいものではなくなっている。

何かをするってことは “自分がする” ということです。


だったら他力とはなにか?

あとの力はどうやって集めたらいい?

それは守護霊様にお願いする。

しかし、相手の守護霊さんにお願いするのではない。

自分の守護霊さんに具体的に事細かく「○○してください」な~んて神頼みおねだりするのでもない。


何の講釈も付けずにただ、守護霊様お願いします、守護霊様ありがとうございます、とご加護だけを願う。


そうすると自分の守護霊様が相手の守護霊様と話し合ってくれる。

「うちの○○が頑張っている、ここは一つなんとかしてやってくださいな」

すると相手の守護霊さまは

「わかりました、うちの△△に伝えます」・・・・・しばらくすると肉体の△△はなんとなく協力したい気持ちになってくる(笑)。

順番としては、私→私の守護霊→相手の守護霊→相手 になるのです。

それを普通は 私→相手に直接頼んでしまっている。

だからうまくいかない。げっそり

これは仕事(ビジネス)でもいえることなのです。

ビジネスでの失敗は

ほとんどがこのケースです。


ここで復唱します。

自力ってなんだろう?

他力ってなんだろう?


自力とは、自分の守護霊・守護神と一体となること(空になること)

他力とは、守護霊同士で交流してもらうこと


これだけなのです。

それだけでいいの?

もちろん肉体の自分が人に頼らず(甘えず)に自分ですべてをやるつもりになって努力する。

そうすると

「それは私がやります」と言ってくれる人が出て来る。

中には甘えてなんにもしない人もいる。(それはどうしたらいいか?)

放っておけばいいのです。

その人の分くらいは自分でやる。(人の2倍、3倍くらいは肉体の自分がやる)

それが度量の広さです。

器の大きさなのです。




 
   
世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます





   

2012年1月23日 (月)

今年の指針

  

  
昨日、私が実践している調和波動気功法のセミナーがあったのですが、そこで今年一年の指針をいただきました。 その中で私の心に残ったものをご紹介します。


みなさんにとっても必要(ドキッとした、心あたりのある)なものがありましたか? (笑)



 

・ 人の後ろ姿に感謝出来る人は真(まこと)の心を持った人である
 


・ 人間は他人の手によって自分が鍛えられているように錯覚しているが自分で自分自身を鍛えているのです
 


・ 暗い色を好み、求めているときは心は暗い影を覆っている、そういうときこそ思い切って明るい色を好み明るい色の服を着てみるとよい
 


・ 自分の思い通りに人を動かそうとしても無理なことであって、相手を動かすより相手の中に溶け込んでみなさい(コミュニケーションが一番難しいのです)


 

・ 我儘を通さずに思いやり一筋に
 


・ 人間が大きな進歩をするための道は 苦難のあとに開かれることが多い
 


・ 苦しみや悲しみをゆうゆうと耐えていくことによって一個人の人間が形成される、苦労なくしてなして大物になれよう
 


・ 自分の善悪にとらわれない 自己の不都合な出来事は内の善きことを現わすための一コマに過ぎない
 


・ 神は愛そのものである あなたは神の愛しき子である
 
 

・ 急がばまわれは結構だがときには真直ぐに突っ切ることも必要だ
 


・ ありがとうという言葉を響かせよう(自分自身に対しても)
 
 

・ 神の深い愛を感じたとき すべてのことに感謝の気持ちが湧いてくる
 
 

・ チャンスをつかむにはいつも落ち着いた心でいることだ
 


・ 他人に小言を言われたとき 腹を立てずにすぐに平和の祈りをしよう (私はこれが一番響きました)
 


・ 肉体の執着をすべて捨てて 生命(いのち)そのものになると神の力がはっきり顕われてくる
 


・ あなたの細胞はあなたのすべてを知っている 静かに耳を傾けよ








  

2012年1月20日 (金)

ダルビュッシュの凄さ

  
   
 
ダルビュッシュがメジャーリーグのレンジャーズへの入団が決まったが、ダルビュッシュの凄さ、他の投手との違いが新聞に書いてあった。

2007年の北京五輪予選で巨人の阿部捕手が若手投手に、調子の悪いときにどう修正するかと尋ねたことがある。ダルビュッシュは

「自分のフォームが6種類くらいある。どれか試していればしっくりくる」と答え、阿部は「ほかの投手の参考にならない」 とあきれ顔で聞き流したそうだ。・・・・・

これって凄いですね~

でもこれは誰に教えてもらったのではなく自分だけの哲学、自分にしかわからない世界・・・・だから他の追随を許さないだけの力を備えている。

私は話しは違うかもしれないけど、人と会話、対話する上で

「私は経済、経営のことはどうも」

「音楽やスポーツのことも知らない、よくわからない」

「恋愛経験もないし人間関係はめんどくさいです」

とかでは人と交わって交流することは難しいと思うのです。

ダルビュッシュのように変化に対応できない

出たとこ勝負になってしまう

速球投手が

「今日は真っすぐが走っていない」

となったら

相手と対戦する前に

「打たれるかもしれない」

という恐怖と戦わなければならないのです。


人生相談をするのでもそうですよね。

「その分野の話は置いといて違う悩み、心配はないですか?」

では話になりませんよね(笑)。

先ほどのお笑いの話しではないけど

常にいろんな分野のこと

広く浅くでも知っておく必要があると思うのです。

詳しくは知らなくても本質(基礎、原点)はわかっている必要がある。

そのために今、自分は一番苦手な分野を

経験させられている

いろんな人の気持ちが分かるように

どんな人とも調和できるように・・・

だから嫌がらずに

「これを克服したら自分は完璧なんだ」

「この仕事を極めるんだ!」

という強い気持ち

そして、楽しむつもりでやればいいと思うのです。

ほとんどの人は今やっている仕事が最後です。(次は肉体では生まれることはない)

他はもう前世でクリアできているそうです。

嫌な仕事が好きになったとき

面白くなったとき

次の舞台(次元上昇)が用意されています。




   


お笑いの世界

  
  
 
私はテレビを観る時間はそんなに多くはないのですが食事をしているとき(行儀が悪いですね)や炬燵に入ってリラックスしているとき、妻と話しているときなどになんとなく観ていることが多いです。

いろんな番組の中でもお笑いの人が出ている場面は結構好きですね。

今は以前よりもずっとそのタレントさんの人間性が浮き彫りになってわかりやすくなっていると思います。

以前は人を笑わす生業(なりわい)なのにコンビ仲が悪いとか、私生活がめちゃめちゃだとか、外の面と内の面が違うとか、テレビを離れたらすごく無愛想だとか、演じるために無理に自分を装っていた人が多かったようですが今は自然体の人が受け入れられているように思います。

その人の持っているエネルギーが直に伝わって来てやさしい人はふんわりしたエネルギーが、明るい人は元気をもらえるような、だから内面がそのまま電波を通じてわかるんですよね。

私の好きな芸人(タレント)さんは何人かいるのですが

その共通点が見つかりました。

面白い人って楽しくお笑いを追求していると思うのです。

みなさんの好感が持てる好きな人はどんな人ですか?

笑のツボはどこにありますか?

あなたにとっての面白いはどんなところにありますか?

話し上手な人ってどんな人なんでしょうか?

もし下記以外にあったのなら教えてください(笑)。


 


1. たとえ話がうまい

2.起承転結が出来ている(流れを作っている)

3.タイミングがいい(間がいい)

4.自分でも笑って楽しんでいる

5.リラックスしている

6.うそは言わない、誇張しない(うそはばれる)

7.失敗談(ネタ)がたくさんある

8.人の悪口は言わない、攻撃しない、責めない(自虐もしない)

9.何でもないことでも面白くする、言える特技がある

10.自分のことがたぶん好きなんだと思う

11.一回目はウケなくても2回目で落とすことができる(前振りができる)

12.憎くめない、愛されるキャラを作っている

13.観察力が鋭い

14.新しいネタを常に作り続けている(枯れることがない)

15.人をうまく利用している(相手の面白いところを引出している)

16.いろんなことに興味を持っている

17.根っから明るい (いつでも上機嫌)



 ちなみに最後の上機嫌は英語でハイスピリットというそうです。

 つまり魂の高い人という意味です。

 どんなときでも明るく朗らかでいたいですね。
 わーい(嬉しい顔) ぴかぴか(新しい)


    



     

2012年1月17日 (火)

17日のツイッターへの投稿

  

  
 
イギリスでは、宝くじの勝率は1400万分の一、毎日10枚のくじを3千円出して3888年、42億円を投資して一回当たるかどうかだそうです。(日本も同じようなものでしょう)当たったとしても人生が狂う。なんだかむなしくなりますね(笑)。

 


「お金はあなたがどれだけ多くの価値を与えることができているかを表す指標である」 「お金は貢献した後に入ってくる」ピーター・セージ  感想 お金を得ようとしたなら自分は世の中に何を貢献できるかを考えればいいんですね。


 

仕事は、自分が得意なこと、できることで選ぶのではなく「情熱」で選ぶべし、なぜなら想定外のこと(苦難)が襲ってきたとき、大好きなことであったら乗り越えていくことができる。「情熱」があれば水をかけられても炎は消えないんですね。

 



物は付加価値をつけることによって高くても売れるようになる。これから益々厳しい時代になっていく。自分にも付加価値を付けていこう(評価社会の到来、本物の時代)。





   
  

2012年1月16日 (月)

今日投稿したツイッター



 

「あなたが○○な人でいてくれるなら、私はあなたを愛します」 「あなたが○○をしてくれるなら、私はあなたを愛します」という「条件付きの愛」は、「本当の愛」ではありません。アンソニー・ロビンス 私たちが今まで愛だと思っていたのはほとんどが商取引だったんですね(笑)。



 
 

1億円を持っていたなら1000円を取られてもどうってことない、しかし持ち金が1000円しかなかったら、そのすべてを取られたら相手を恨み許せない気持ちになる。つまり心の問題は相手にあるのではなく自分にあるのだ。そして自分を十分に愛せていたなら人からどんなにひどいことを言われても傷つくことはない。



 
 
自分とは周りの人の自分への評価で創られてしまう。その評価とは悲しいかなポジティブなものよりネガティブなもの批判、非難があまりにも多い、「己の評価に対していっさい耳を貸さない」 くらいの気持ちでちょうどいい。



   

2012年1月15日 (日)

高貴なる魂の群団 2

  

  
今や地球上に


高貴なる魂の群団が存在する

人類一人一人の存在を讃え

人類一人一人の尊厳を認め

人類一人一人の神性を拝し

人類一人一人を真理に目覚めさせる群団

この世から怒り、憎しみ、報復、罪、汚れ、不幸、苦悩を取り除き


人類一人一人のの再生を祈る群団




その群団は、世界の平和と幸せのみを祈りつづける

その群団は、人類一人一人に対して決していかなる非難、批判もしない

その群団は、己の評価に対してさえもいっさい耳を貸さない

その群団は、地上に愛と調和と悲しみと赦しの光を放ちつづける



その群団こそは、聖なる人々の集まり

その群団こそは、高貴にして崇高なる魂の集まり

その群団こそは、究極の真理の法則に生きる人々の集まり



この地に唯一存在する

宇宙神より選ばれし群団

地上に人類の平和をもたらし、人類の進化創造を司る群団




その群団こそが、

神人および神人候補者の集まり




彼等の天命は、瞬々刻々世界平和の祈りを祈り

人類即神也の印を組みつづけて生きる

世界人類救済者群団である




この世界人類救済者群団を構成し、支えている人々は

日本を中心とし、各国各地に存在している

だが、お互いに国籍も名前も知らない

ただ、世界平和を祈り、印を組むことによって、全く一つに

強く結ばれているいと高き、素晴らしき群団である



その群団は、今日も日本国内はもとより、世界中のどこかで


世界人類が平和でありますように

人類即神也

と祈り、印を組んでいるのである





           

               西園寺 昌美






  




  

高貴なる魂の群団 1

  

  
「この世はもうお終いだ!」 (無限なる調和)

「地球は破滅する!」 (無限なる平和)

「世紀末だ!」 (無限なる愛)


と言っている人は幽界をみているのです。

幽界は人間の潜在意識の世界

マイナスの想念がいっぱい詰まった世界

神様から離れた業想念、カルマの世界

幽界ではもう地球は破綻している

破滅しているのです。 (無限なる光)

確かに幽界がそのまま肉体界に降りて来たなら

地球という星は救われない


なぜならば今

幽界の汚れたエネルギーを必死になって消している人たちや神様、宇宙天使、宇宙人がいるからです。

幽界が浄めまると幽界が消えます。

そして神界がそのまま肉体界(地球)に降りて来る。

地上天国が現われるのです。

ですから

みなさん、変な予言に騙されてはダメです(笑)。

マイナスの想念エネルギーに振り回されてはいけないのです。

なぜ地球は大丈夫なのか?

それは先ほど書いたようにもの凄い光のエネルギーが降りて来ているからです。

そして益々その光は強くなるからです。

光を降ろすためには器が要ります。

それが人間の肉体なのです。

強烈な光が降りても大丈夫な

崇高な器を持った人間 (お釈迦様やキリストのような意識の人たち)

そんな人たちがたくさん現われて来ているから

大丈夫なのです。

そんな人たちがいるのか?

いるのです(笑)。

数はまだまだ少ないけど

確実に増えているのです。

その人たちの数が臨界点を超えたとき

幽界が浄まって

一気に

4次元へ突入するのです。

それがアセンション(次元上昇)なのです。

次の日記で

どんな人たちなのか?

どういう意識の持ち主なのか?

をご紹介します。


みなさんもきっと理解していただけると思います。




  


生まれ変わり

  

  
私は死をテーマに書いていこうとしたとき、調和波動気功の教室に置いてある本棚の中に「生まれ変わりの村」森田健著の本を見つけた。

ダイレクトに死について書くより、生まれ変わりについて書いてある本、つまり前世を覚えている人が語った本を読んだ感想を書くのも一考だと思ったのだ。

多くの人は前世は覚えていなくても

「あれっこの場所は以前見たような気がする」 とか

「この人はなんだか懐かしい、以前から知っていたような気がするという不思議な体験をしたことがあるだろう。

ことわざにも“袖すり合うも他生の縁” とあるたしょうとは多少ではなく他生のこと、前世のことなのだ。

今生で会っている人は必ず前世で関係のあった人なのだ。

自分の息子が死んだお祖父さんに似ていたり、よその子でも自分の亡くなった母親に雰囲気がそっくりで「ドキッ」とした人もいるだろう。


死後の世界というものがあるのかないのか?と結論付けるより、人は生まれ変わり死に変り、死んでもまた違う個性(男・女)になって生まれてくるものなのだと思った方がわかりやすいのかもしれない。


「生まれ変わりの村」は中国のある地方(村)で前世の記憶を持った人がたくさん住んでいるという特殊な村を著者がインタビューしたというものであった。

人は生まれ変わって記憶を無くしていても何らかのくせやトラウマを前世から引き継いでいる。

怒りっぽい人、悲しみの(マイナス思考)多い人、恐怖心の強い人・・・・良い意味では素直な人、正直な人・・・。

物の考え方も前世に大きく左右される。

そして人間は今はまったくの無宗教であったとしても前世では必ずと言っていいほど何らかの宗教を信仰していた。

昔は今よりもずっと宗教的考えが人間の思考に与えた影響が大きかったのだ。

個人の考えと宗教的考えは決して切り離して考えることは出来ないのだ。

私は以前、外国人の人で“常識(私の中では)を逸した行為をされたことに対して、“この人とはもうかかわり合いになることを辞めよう”と思ったことがあった。(腹を立てたわけではないが)

そのことを先生に告げると、先生は

その人は前世である宗教をされていたことをおっしゃった。

その宗教とは邪教といわれるものだった。

そのことを知った私は許すというより納得したのだった。

私は死後の世界へ行ったことはありません(笑)。

臨死体験もしたことがない。

でも死後の世界も霊界、神界もあることはわかっている。

目にみえる世界(3次元)の他に目にみえないもっと波動(エネルギー)の細かい世界がきっとあると思っているのです。

ただ思っているだけで特に深く追求(研究)しようとか

そんな気持ちはまったくありません。

それよりも3次元(この世、目に見える世界)を整えていくことの方がずっと大事だと思っています。

だから私の感じる範囲のわかる範囲の“死について” 述べていくつもりです。

よかったらお付き合いください。わーい(嬉しい顔)



 

 
 
参考図書 「生まれ変わりの村」 森田健著 河出書房新社

この本を読むと死に対する恐怖が少なくなるかもしれません。そんな方にお薦めです。



    

バランス

  
  
  
バランスってすごく大事なものだと思うのです。

目にみえないエネルギー(宇宙、神)に敬意を払い、生かされていることに感謝し、そして目に見える3次元的なことを一生懸命にやっていく。

宇宙からの4次元のエネルギーが縦 ┃ 、そして3次元のエネルギーが ━ 、このエネルギーの交差してバランスが取れた状態がプラス+ 、キリストのシンボルである十字架です。

これに天と地の 一(いち)が加わると王になる。

漢字とは凄いですね、真理を顕している。

十とは人間の本来の姿、神性をあらわしたものなのです。

天と地を貫く光の柱が真実の人間なんです。 ぴかぴか(新しい) わーい(嬉しい顔)

先日、調和波動気功のセミナーで于先生が

「辛いという字に十字を加えると幸せという字になります」とおっしゃっておられました。

つまり人間が真理に目覚めて縦横バランスの整った光のエネルギー体になると辛さ(感情)を超えて幸せ(自由自在心)になるということです。

人間は宇宙(神、本心)に意識を合わせていたら神界(天国)に住人になる。

肉体は3次元(地球上)に居ても心は神界に居る。

それがこれからの人間の生き方なのです。

そしてそれだけでなく3次元の努力も必要です。

縦と横(4次元、3次元)のエネルギーを整えるのはどちらが先か?

それは、私は同時進行だと思っています。






 
宇宙(神界、本心)に意識を合わせる祈り言霊


  
世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます




  

2012年1月14日 (土)

話法 2

  

  
「バインド」 を用いた質問


A 「デートしない?」━ 「イエス」 or 「ノー」

B 「ご飯を食べにいかない? それともお茶にする?」 ━ 「ご飯」 or 「お茶」


ともに選択肢はふたつですから、相手がどちらか一方を選ぶ確立は同じ50%。

でも、その50%が重要なのは前者のケースだけで、後者の場合は確立自体がナンセンス。

相手がどちらを選んでも、目的達成度の観点から考えれば100%なのです。


基本的に、何か質問するというのは、相手に選択肢を与えています。

その選択肢が 「イエス」 「ノー」 であれば、相手はどちらかから一つを選ぶことになります。

そこで、「イエス」 の枠のなかからピックアップした、別の選択肢である「ご飯」と「お茶」を提示すれば、相手はなんとなく、そのなかから選んでしまいます。

もちろん、聞き方はともかく内容は 「デート」 という特別なことですから、完全に 「ノー」 という答がなくなるわけではないでしょう。

でも、最初に 「イエス」 と 「ノー」 の二択から入るわけではないので、相手の意識に 「ノー」 が浮かびにくくなることは確かです。

 
電化製品を購入した際 「オプションはどちらを選びますか?」 と聞かれた経験はありませんか?

「オプションは付けますか?」 と聞かれたら 「いや、いらないです」 と言う人も多いと思いますが、こうやって 「オプションを選んでください」 と言われると、つい 「何か選ばないといけないのかな?」 と思ってしまいますね。

これも同じバインドを使った話法。

選択肢がふたつの場合はダブルバインド、3つの場合はトリプルバインドと呼びますが、内容は同じです。



人間は自分が思っているほど、自由に行動しているわけではありません。

言ってしまえば、結局はそこにある選択肢から選んでいるだけなのです。

「好きな服を買う」ことにしても、店に行って、そこに並んでいる洋服(選択肢)のなかから、どれか一つ選んでいるに過ぎません。

しかしそれでいいのです。

人間は 「自分で選んだ」 という実感があれば、それだけで満足できる生き物です。

ですから、どれを選んでもあなた(質問者)の思い通りになるよう、選択肢を絞って相手に投げかけ、相手の選択する自由を確保しながら、相手の発言を縛る。

それがバインドのテクニックです。



 

 「誰とでも心を通わせることができる7つの法則」 Daigo ワニブックス






 

感想

相手の人が明らかに間違った方を選択しようとしているとき、判断力を失っているとき、冷静だったら絶対にこの選択はしないだろうと確信があるときは、このようなテクニック?を使って相手を導くのもありかな?と思うのです。 しかしその根底には 愛 がなければならないのは言うまでもありません。

ちなみに私の若かった頃(30数年前)は、男子は結論を求め過ぎていました。(付き合ってくれるのか?くれないのか?)

可能性があったとしてもみすみすチャンスを潰していたのです。

友だちからとか

相手の趣味を聞いてそこから仲良くなるとか

クッションを置いていたなら

上手くいっていたかも

少なくとも上手くいかなくても

悔いはなかったように思うのです(笑)。

だから、焦りはいけませんよね。




   


 

 

話法 1

  

   
私はこれまでに人と話すときに特に何かを意識して話をしていたことはない。

私の発言で相手を怒らせてしまったり、誤解をされるようなこともほとんどなかったように思う。

逆に人の発言を聞いていて


「あんなこと言わなければいいのに・・・・」

「あー、この人ほんとは悪い人じゃないのに口で損をしているな」

と客観視出来ている方だと思う。

しかしそれは私の思い過ごしで相手の人は怒っていてもそれを口に出して言っていないだけかもしれないし、私のわからない所で「あの人にこんなことを言われたと」噂されているかもしれないのだ。

ただ人の逆鱗に触れるような人を傷つけるようなことは言っていないという自信はある。

言葉とはエネルギーであり、人を喜ばせたり怒らせたり・・・人をコントロールすることは出来ないが、言葉によって相手の気持ちが動くことは確かだ。

だったらもっと話術、話し方の基本的なことだけでも頭の中に入れて持っていたらどうだろう。

私のメンター(人生の師匠)である于先生は、余命いくばくもなかった人に

「あなたの目は活き活きしている、輝いています」

と言ったところとたんに相手の人は精気が漲り始め、なんとそれから5年も生き続けたという。

言葉にはそれくらいの “力” があるのだ。


今読んでいる本は 
誰とでも心を通わせることが出来る7つの法則 Daigoメンタリズム



この本は相手を観察することで感情を読み取りそれを利用(活用)して自分のペースにしていくという・・・・・途中で読んでいてそこまで細かく観察したりテクニックを使わなければならないのか?とうんざりする部分があったが、「なるほど、そういうことなのか~」 という気づきもあったので最後まで読み終えることが出来た。


本というのは全面的に受け入れるのではなく、自分にとって必要な部分だけを受け入れればいいのだと思う。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


話しは全く変って(笑)。

私の青春時代の同性(男子)たちは異性(つまり女子)と付き合うのが下手な人が多かったのです(笑)。


真面目だったというか、女子との接し方を教えてくれる人がいなかったというか、異性を意識し過ぎていたというか、異性をまったく別のもの(良い意味での美意識)と思っていたというか

私も友達から恋のキューピット役を頼まれたことがあったのですが

「う~ん難しいなぁ」というのが実感だったのです。

今にして思えば

それは余裕がなかった

結論を焦り過ぎたと思うのです。

あの頃にこの本があったなら(笑)。

私はいいアドバイスが出来たのに

次の日記でその

話術をご紹介します。

よかったら(遅くなければ)参考にしてください。



  
  

2012年1月12日 (木)

習慣

  
  
  
私の正月休みは3日間だった。 世間一般からいえば短いかもしれないが3日も休むと体が “もっと休みたいモード” に入って行きそうになる。

仮に休みがあと4日続いていたら完全な “お休みモード” に入っていったかもしれない。

こうなると “休むのが当り前モード” “仕事をしないのが普通モード” になってしまう。

正月の3日間歯を磨かなかったら(忘れていたら)次に磨こうとしたときにかなりのエネルギーが必要だと感じた人もいるだろう。(そんな人いないか)

普段学校や会社、出掛ける時は当たり前の習慣になっているのに正月家でゴロゴロしていたら歯を磨くというリズムがないのだ。

家にこもっている人、しばらく仕事を休んでいる人は

怠惰であるとか意欲がないとか怠け者であるというのではなく、家にいること、働かないことが習慣(当たり前)になっているのだと思う。

一週間普段と違うリズムになるとそれが身に付いてしまう。

人間の適応力の早さには驚いてしまう。げっそり

しかしそれは、習慣を変えるまでには多少のエネルギー(人によって違う)は必要だが、一旦変えてしまえば

慣性の法則?(冗談です)に従って、変えた状態に案外早く慣れてしまうということではないだろうか?

ただ急激な変化を求めてしまうと無理をしてしまう。

就職をしようとして自分に合わない仕事を選び、運よく?採用されても長続きしない。

順応性のない人、人との付き合いの苦手な人、人の顔色ばかりが気になる人などは、人間関係の厳しい仕事には向かない。(しかし求人はこの手のものが多い)

対面を離れた(極力話さなくていい)職種を選んだ方がいい。

適材適所があるからだ。

経済的に甘えられる人は、ボランティアなど、結果を求められることの少ないことから慣れていけばいいと思う。

こうして少しずつ習慣を変えていけば生活に “リズム” が出来る。

この “リズム” という流れ(エネルギー)をつくること、そして継続させていくことが大切なのだと思う。

何かを成し遂げた人と 未だ成し遂げていない人との違い

怠惰な人と怠惰でない人の違いはリズムをつかんでいるか?

まだつかんでいないかの違いだけなのだ。

何か新しいことを始めて一週間経った、一ヶ月経った、半年経った

どんなことでもいい、続けることに意味がある。

そこに何かがみえてくる。

「どんなことでも地道に、人にわかってもらわなくてもいいから、小さいことからコツコツと・・・・・それしかないなぁ」

と思うのです。

みなさん

何か新しいこと

始めてみませんか? わーい(嬉しい顔) 手(チョキ)


  

  


  

2012年1月10日 (火)

「ひとり会議」 を開こう!

  
  
 
私には大阪から東京の大学に行った一人息子がいます。

一人暮らしをして(彼女はいるみたいですが)、大学のゼミやテニスサークル、広告研究会、バイトに忙しく飛び廻っています。

友だちもたくさん出来て充実しているようです。

一人っ子なので友達をとても大切にしています。

でも最近、一人でいる時間が必要だって言っていました。誰かとずっと一緒にいると一人になりたくなる。

「もう帰ってくれ!」 と言いたくなる(笑)。 のだそうです。

「お父さんもその気持ちわかるよ」と言いました。

人と一緒にいて楽しいのは自分という世界が確立されての話なのです。

自分の世界と他人の世界、ネットの世界、その他いろんな世界が一緒くたにされていては気の休まるときがないのです。

エネルギーが混乱します。げっそり

自分がどこにいるのか立ち位置がわからなくなります。

一人になりたくなるときとはそんなときなのです。

“息子は成長したなぁ”

と思いました。

自分自身と対話(会話ではなく)できるようになれば

自分の内から答が出せるようになる。

自分の内から出た答は絶対です。

周りで何と言われようと

動じなくなるからです。

一人になりたくなる とは

孤独になる

孤立する

とは違うのです。

一人でも力強くいきていけるということです。

これが自立です。

自立できれば友達はいくらでも出来るようになる。


人は自立できている人が “素敵” にみえるからです。

頼もしく思えるからです。

自分もそうなりたいと思っているからです。



そこで私はある本を息子に渡しました。


「ひとり会議」 の教科書 山﨑拓巳 です。

そこには肉体の自分と本当の自分との対話の仕方が書いてあります。

本当の自分はオールマイティ、完璧です。(神そのもの)

智慧も叡智もアイデアも予知能力も

生きていく術をすべて兼ね備えています。

人間は本来持っている能力のほんの数%しか出せていないといいます。

それは本当の自分と出逢っていないからです。


この本を渡したからって

本当にこの本を読んで活用してくれるとは限りません。

それは本人次第だからです。(時期もあります)

あまり期待せず

でも、少しは期待しながら

息子の成長をこれからも見守っていきたいと思っています。



みなさんもいかがですか?

本当の自分と巡り合える

チャンスですよ(笑)。


 


「ひとり会議」 の教科書 山﨑拓巳 サンクチュアリ出版




   

今年の私の新年の指針

  
  
私事ですが、私は毎年自分の今年の指針を戴きに行っています。


おみくじ方式でたくさんある指針の中から選ぶのですが、なぜか自分にとって必要なことが必ず書いてあるから不思議です。わーい(嬉しい顔)
3枚引いてきました。 よかったら一緒にみてください、シンクロしているかもしれませんね。







1. あなたはあなた自身を解放し自由にしてやりなさい すると自分が一回りも二回りも大きな人間に見える




2. あなたの人生はあなただけのもの大切な人生を内なる神の力を発揮し 実りあるものにしよう





3. 死というものを自覚出来た時 人間は本当の生き方を知ることが出来る




  







感想

1.確かに私は自分を必要以上に責める癖がありました(笑)。もっとリラックスしてもっと大らかに生きていきたいと思います。

 

2.“自分の人生は自分だけのもの” これも言われてみればもっともだけど、そうか 人に介入されるものではなく自分らしく自由に好きに生きればいいんだという気持ちになって嬉しくなってきました。
 


3.ほとんどの人は死を暗いものだと思っています。だから少しでも体調を壊したりすると(不調和なことがあると)不安になる。病気や死と直結するからです。 最近読んだ本で死とは新しい世界への出発である、誕生と同じく喜ばしいものであると書いてありました。私のミッションの一つはこれまでの間違った死の概念を正し、それをみなさんにお伝えしていくことだと思いました。これからしばらくは死に対して書いていきます。





  

2012年1月 9日 (月)

あきらめるとあきらかになる。

  
  
  
私の名前は朗(あきら)です。


だから私の名前からペンネームはグッドムーンと付けました。

そしてグッドムーンとは月が良いと書く。

つまりついているというおめでたい名前だったんですね。

だからみなさんついていないときは、グッドムーン、グッドムーンと唱えてください(笑)。

と冗談はここまでにしといて

いきなり堅い話になります(笑)。

人間とは人(霊止、霊とは神様なので神が宿っているという意味)と動物(不完全なもの)の間という意味なので、玉石混交、神性と動物性(感情的という意味)がいりまざった生命体なのです。


人間の成長とは、この動物性(不完全)が消えて完全なるもの(神)に近づいていくことをいいます。

今は不完全なるもの、未熟なもの、幼稚なもの、マイナスなもの、嫌なもの・・・が消えてゆこうとしている時期なのです。

消えるためには一旦は表われなければならない・・・。

この消えてゆく姿を見て私たちは嘆き、悲しみ、怒り・・・つまり感情に振り回されています。

「ああこれは消えてゆくんだ、消えると善くなっていくんだ」と思えば早く消える。

しかしそれにとらわれてしまい、つかんでしまうとなかなか消えない。

病気も貧乏もあらゆる苦しみもつかんで、もがかなければ、スーッときえてゆく。

なんとかしよう、なんとかしなければと思ってオロオロしているときはなかなか状況は変わらなかったのに、諦めて

「どうにでもなれ!」 と思ったときに

突然物事が好転していることがあるのは、心(執着心)を手放しているからなんです。

あきらめるとはあきらかになるということ、光が射すということ、明るくなるということです。(執着心という暗雲が、本心という太陽を覆っていた)

でも世間一般では

「あきらめるな! 頑張れ!」 っていいますよね(笑)。




だからあきらめなければいけないことと、あきらめてはいけないことがあるんですよね(笑)。


私は人の気持ちをコントロールすることはあきらめた方がいいと思います。

そして反対にあきらめてはいけないのは、自分の気持ちをコントロール出来るようになることです。


つまりどんなときにも自分の気持ちが慌てない、不動心、平常心であること。


私はこのことをあきらめないでこれからも努力していこうと思っています。
わーい(嬉しい顔)手(チョキ)


   
 
  

世界人類が平和でありますように




  

 

2012年1月 7日 (土)

足るを知る 2

  
  
  
メキシコの漁師が小さな網に魚をとってきた。

その魚はなんとも生きがいい。

それを見たアメリカ人旅行者は、「すばらしい魚だね。どれくらいの時間、漁をしていたの」 と尋ねた。

すると漁師は 「そんなに長い時間じゃないよ」と答えた。

旅行者が 「もっと漁をしていたら、もっと魚が獲れたんだろうね。おしいなあ」と言うと、漁師は、自分と自分の家族が食べるのにはこれで十分だと言った。

「それじゃあ、あまった時間でいったい何をするの」と旅行者が聞くと、漁師は、「日が高くなるまでゆっくり寝て、それから漁に出る。戻ってきたら子どもと遊んで、女房とシエスタ(昼寝)して。夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、歌を歌って・・・・ああ、これでもう一日終りだね」

「ハーバード・ビジネス・スクールでMBMを取得した人間として、きみにアドバイスしよう。

いいかい、きみは毎日、もっと長い時間、漁をするべきだ。それであまった魚は売る。お金が貯まったら大きな漁船を買う。そうすると漁獲高は上がり、儲けも増える。その儲けで漁船を二隻、三隻と増やしていくんだ。

やがて大漁船船団ができるまでね。

そうしたら、仲介人に魚を売るのはやめだ。自前の水産品加工工場を建てて、そこに魚を入れる。そのころにはきみはこのちっぽけな村を出てメキシコシティに引っ越し、それからロサンゼルス、さらにはニューヨークへと進出していくだろう。きみはマンハッタンのオフィスビルから企業の指揮をとるんだ」


漁師は尋ねた。


「そうなるまでにどれくらいかかるのかね」

「20年、いやおそらく25年でそこまでいくね」

「それからどうなるの」

「それから? そのときは本当にすごいことになるよ」と旅行者はにんまりと笑い、「今度は株を売却して、きみは億万長者になるのさ」

「それで?」

「そうしたら引退して、海岸近くの小さな村に住んで、日が高くなるまでゆっくり寝て、日中は釣りをしたり、子どもと遊んだり、奥さんとシエスタして過ごして、夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、歌をうたって過ごすんだ。 どうだいすばらしいだろう」





 * 出典:藤井義彦『ハーバード流「第二の人生」の見つけ方』東洋経済新報社)




   


   

足るを知る 1


  
“足るを知る” 中国の有名な思想家、というより聖者である老子のあまりにも有名な言葉である。

もっと○○したいと思いを募らせるのではなく、今のこの状態はすでに満たされているのだ(幸せなのだ)、それを知れ! ということである。


私は昨日、2人の友人(高校時代の)と会ってきた。

一人は公務員をやりながら地主さんでマンション経営をしている。今は貸し手の立場が弱く、家賃を踏み倒されたり、賃貸契約をめぐって裁判を起こされたり気苦労が多いと言っていた。収入は多くて羽ぶりはいいがその生活を維持していくには弱腰ではつとまらない。

ときにはハッタリを利かせたり、ヤクザまがいのドスを利かせたりしないと借り手になめられてしまうそうだ。

中には本当に失業をして生活に困って家賃が払えない人もいる。

そんな人にも「出て行ってくれ」と言わなければならないこともあるだろう?

私はいくらお金をもらってもそんな仕事はしたくない(笑)。


一方もう一人の友人は独身で東京で気ままな一人暮らし。

イベント等の舞台作りの下請けをしている。

個人事業主なので生活はかなり不安定、景気に左右される。

飲みに行くことが好きなのでほとんど貯金もなく将来は漠然と不安なのだそうだ。

私はこの友人にもなれないと思った(笑)。


妻や子ども(息子)がいないのも考えられないし宵越しの金を持たないというのも理解できない。(私も貯蓄はありませんが)

好きな仕事であったとしても、自分には背負うもの(家族)が必要なんだと思う。


この2人もみていて思ったのは自分の今の生活(状態、環境)は

やっぱり自分で望んで選択していたということなのです。

もっとお金を稼ごうとしたら(割り切って)やれる仕事もある。

無理をしたら今の生活を変えることもできる。

しかしそれをしないのは今の現時点では、

今のこの状態が

“ベスト” だからです。

お金がもっとあったら・・・。

とか

これでいいんだろうか?

とか

もっと違う仕事(やること)があるはずだ

と思うときもあるけど

それは欲望が勝っているのです。

2人を客観的に観ていて

「ああ、自分は今の状態で十分充たされていたんだなぁ、幸せなんだよなぁ」

と実感したのでした。

それがわかっただけでも2人の友人に会ったことはよかったと思っています(笑)。

次の日記ではそのことを確信出来た文章を掲載します。


幸せって頑張ってなるものではなく、もうすでに掴んでいるものなんですね。


そうと分かればなんだか嬉しくなってきます(笑)。わーい(嬉しい顔) 手(チョキ)




   
    
追伸
 
今の現状をありがたいと思う(感謝する)、そこから積み上げていくものが本物なのだと思います。

 



   

    

2012年1月 4日 (水)

人間関係について 2

  
    
  
 私のおすすめは、目的別の人間関係を複層的に用意しておき、用途に応じて使い分ける方法だ。

旅行をするなら気心の知れたこの仲間、食事に行くなら味覚の合うこの人たち、映画を観に行くなら感性が近いこの人たち、愚痴を言いあうなら後腐れのなこの人たち・・・・。

そんなふうに決めておき、その時々によって、用途に合った人たちの中から都合がつく人を見つけ、行動を共にするのだ。

「それでは広く浅くの人間関係しかできないじゃない、それでいいの?」

と思う人もいるだろう。 それでいいのだ。 深いつきあいが本当に必要か、心から楽しめるものなのか、先入観を捨てて考えてみよう。

私たちはDVDを見ることもできる。 本も読める。 インターネットの世界も広がっている。

今どき、いつもそばにいる人だけがすべてではない。

人間関係も、その関係の深さも、どこからでもどのようにでも操作できる。

むしろ、ある特定な人に 「かけがえのない存在」 というディープな幻想をもたないほうが、ずっと楽に心地よく、安心して生きていけるだろう。


タフに生きることは、寂しさに耐えることではない。寂しさと共に生きることだ。

また、友だちがいない、なんだか寂しい、私には家族がいないと思ったときも、短絡的に 「私は孤独だ」 と思い込まないでほしい。

結婚する前は、おしゃべりをしたり、一緒に食事に行ったりする友だちがいたはずなのに、やがて「かけがえのない人」 が登場し、「しあわせな結婚」をしたとたんにその人がその人が最優先となり、どんどん周囲から切り離されていく。

家族ができて、かえってひとりぼっちになることもある。


さんざん苦しい思いをして、長い時間をかけて離婚を決意した女性を私は何人も見てきた。

そこに至るまでに彼女たちは、孤独な自分をイメージして、離婚することにたじろき、恐れる。

「私、これから孤独に生きるわ。友だちとのつきあいも、今はもうないから」

などと言う。 だが、実際は違う。離婚したとたんに人間関係が広がり、結婚生活で失ってきた数々の楽しみが復活する。

何より自由が手に入る。

そして彼女たちは自信に満ちた表情で言う。

「先生、私、当分は、特定の男はいらないわ」




  「タフラブという快刀」 信田さよ子 梧桐書院


 


  
   

 
感想


実際この文章を私に当てはめてみると、私は映画を観るのも旅行をするのも一人がすきです。(相手に合わさなくていいから)

たまに友だちと会って食事をするくらいでちょうどいい。

家族もそれぞれに好きなことをしていて

たま~に一緒に行動する。

「美味しいラーメンが食べたいね、連れていってよ」

と言われても

私が同じように食べたいと思ったときは行きますが

気がすすまないときは

「今は食べたくない、一人で行ったら?」

と冷たく(笑)突き放します。

無理をしてつきあっても自分が楽しくなければ

それは相手にとっても気の毒だと思うからです。

友だち同士の飲み会もみんなの気持ちに任せています。

「○月△日、どこそこで飲み会をします。会費3000円、参加しない人は連絡不要です」。

不参加の人は連絡不要としているのは、行かない理由を考えないで済む
からです。

誘いがある度に断る理由を考えないといけないとなるとメールがある毎に苦痛になります。

30人ちかくメールを送って、4~5人のときもあれば15人くらいになるときもある。

決して無理に誘わないようにしています。


付かず離れずの関係

親しくもあり、そうでもない関係

一人の時間を大切にできる関係


それがうまく付き合っていくコツなのかもしれませんね。




  

人間関係について 1

 
     

3次元での生活経験(前世)が少なかった(笑)私にとって、人と人との関係、距離感はなかなかの難題です。

どこまで親しくしたらいいのか?

どこで線引きしたらいいのか?

距離を離し過ぎたら親しみを感じてもらえないし

近づき過ぎると相手もしんどいし自分もしんどい

家族も前の日記に書いたように

絆を持たねばならないとか

絆を深く強くしていかなければならない

などというねばならないになると

急に息苦しくなる

私の本音をいうと

基本的には一人がいい

常に誰かが側にいると

苦しくなってくる

勝手かもしれないが

人恋しくなったときだけ

いてくれたらいい

幼子は

ある時期から一人遊びを始める

そして寂しくなったとき、お腹が空いたとき、うんちをして気持ち悪くなったときだけ

ママを呼ぶ

坂本竜馬は一人遊びが好きだったそうだ。

自分と向き合うことで自分を確立させていった。

自分と仲良しになって

自分と最高の関係を築けた。

自分と仲良くなれて自分のことを好きになって

そして初めて自分のことを誰よりも信じることができるようになる。

そんな気がするのです。

だから人との関係は2の次3の次

自分と向き合う時間を最優先させて

周りの人は適当でいいんだ。

そんなことを言っては怒られるかもしれませんが

自分を大切にするからこそ

他人も大切にできると思うのです。

これから人とどうやって付き合っていけばいいか?

お正月に読んだ本の中から

なるほど!わーい(嬉しい顔) 電球

と思えた箇所を次の日記で抜粋します。

よかったらお付き合いください。


 

「タフラブという快刀」 信田さよ子  梧桐書院

       


今年もよろしくお願いします。

  
  
  
みなさ~ん遅くなりましたが

新年明けましておめでとうございます。

今年のお正月は、家にこもって読書三昧をしていました。

やっぱり私は根っからの本好きみたいです。

本には私たちの知らない凄いこと、素晴らしいことが書いてあります。

そこに私の私見をいれて

興味深い、気づきのいっぱい詰まった日記を書いていけたらいいなと思っています。
今年もどうぞよろしくお願い致します。




世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)



  

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