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2011年12月19日 (月)

愛と赦し 6

  

人間神の子の生き方と良心的生き方

 

正義心と同じような心に良心というのがあります。 この良心のあるために、人間はどれ程悩むかわからないのですが、またこの良心のために、人間はやがて神の子の姿を、この地球世界に完全に現わすことができることができるのであります。

この良心という心は、正義心が他を責め裁くという欠点を伴いやすいと同じように、自己を責め裁きがちになるのです。

良心の強い人は、ちょっとした誤まちでも自分を責め裁いて、自己の心を暗くしますが、良心の光の弱い人はかなりの悪事をしても、恥じることも反省することもないのです。

とかくこの世の生活では、こうした良心的でない人の方が、社会的な高い地位をしめていたり、財産を多くもっていたりするものです。

それは、自己の行動に、これは善か悪かなどという、ためらいがないので、一直線に目的を達することができるからなのです。

良心的な人というのは、どうも、自己の行動に批判的な想いが多く、ああすればあの人に悪いし、こうすれば、あちらの迷惑になる、などと考えたりしているうちに、他の人に先を越されてしまったりするので、つい地位や財産が得られなくなってしまうのです。

神のみ心からみれば、良心的な方が良心的でない人よりよいにきまっているのですが、人間神の子の立場からみると、良心的なあまり、自己の心を責めたり裁いたりすることは、かえって、神のみ心を責め裁いて、暗いものにしてしまうことは、どうも、神のみ心の光明心、本心に反しているように思われるのです。

人間の本心は光明心なのですから、その光明心を暗くするような想いは、どんな理由があろうとも、これは本心に反することなのであります。

と致しますと、良心に忠実なために、自己を責め裁くということは、良心に忠実な点だけはプラスであっても、自己を責め裁いて、心を暗くするという点はマイナスになるということになります。



  


       「愛と赦し」 五井昌久 白光出版 小冊子より



 


 
感想

正義心が強すぎても、良心が過度であってもそれは自分や人を責めることになる。

“過ぎたるは及ばざるがごとし” はまことに真理であり、バランスというものが大切だなぁと思うのです。

私は以前、調和波動気功を始めた頃にメンターから

「あなたは真理(神、本心)にも素直だけど、業(神から離れたマイナスの想い、カルマともいう)にも素直ですね」

と言われたことがありました(笑)。

これには苦笑するしかないのですが、もういい加減で業を引きつける、つかんでしまうことからは卒業したいです。(みなさんもそうですよね)

これからマイナスを引きつけずにプラスのみを心の中に入れていく、私なりの方法をご紹介していきたいと思っています。

よろしくお願いしま~す。
わーい(嬉しい顔)

  



  

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