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2011年12月12日 (月)

心に肉体を纏っているのが人間なのです。

  
  
 
まず最初に心、魂というものがあってそれを覆っている(まとっている)のが人間なのです。

心に肉体という服を着ている。

服が無くなっても心は残るのです。

そして時期を経てまた肉体を纏って肉体界に生まれ変わる。

肉体界にいないときは幽界、霊界、神界の世界でちゃんと生きています。

そのことがわかっていないので

肉体界を去ったら(死んだら)もうおしまいだと思っている。

先日、義理父が亡くなって喪中のハガキを妻が頼んできたのですが

そこには、永眠とかかれていました。(暗く重たい感じがしますよね)

「しまった!」と思ったのですが

この永眠という言葉ほど誤解されることはありません。

お義理父さんはちゃんと生きているのに・・・。

眠ってなんかいないのに(笑)

でも一般的には

肉体の死は

永遠の生命が無くなるということなんですよね。

これだけ情報が発達しているのに

まだ世の中の意識はそうなんだとちょっとびっくりしました。

人類は今、真理を知る時期に来ていると思います。

以前は、真理の本を読むことはなかった、手にすることも、目に触れることもなかったと思います。

しかし人類はほんとうのこと(真理、真実)を求めていると思います。


日々の指針は真理に目覚めるための“往復ビンタ”(笑) と言ったら

言い過ぎかもしれませんが

「いい加減でしゃんとしなさい!」

「いつまでも自分を誤魔化すな!」

「甘えるな!」

「目覚めなさい!」

と語っているように思えてしかたがないのです。

「喝ーっ」パンチちっ(怒った顔)

を入れられているようです。

少し怖いかもしれませんが(笑)

勇気のある人はお付き合いください。




 

・ 時間がない、お金が無い、才能が無い、力が無いなどと下らない言い訳をしても、なんの足しにもならない。すべては自分の至らなさの言い訳にすぎない。自分の本来持てる力を充分に発揮しきれず、何もかも中途半端で放り出し、あきらめきってしまった人の最も体(てい)のいい弁解にすぎない。
自分は愚者です、といっているのと同じである。


 
 

・ あなたの人格が向上し、進歩し、更に今より一層高まるよう、毎日努力していかなければならない。それが為にはよい本をたくさん読むことである。その中で最もよい本は真理の書である。毎日、真理の書に親しんでいれば、決して誤った道を選ぶことはなくなる。 「神と人間」五井昌久著は人類に幸せをもたらす光の書である。




 

・ 正岡子規は 「さとりとは、いかなる場合にも平気で死ぬことかと思っていたのはまちがいで、さとりとは、いかなる場合にも平気で生きていることであった」といっている。
全くその通りであって、完全に生をまっとうすることによって、はじめて死をもまっとう出来得るものである。
生を逃避することによって、死への恐怖を拭いさることは不可能である。
生への恐怖を乗り越えることによって、死への不安はまったく無くなる。
生と死とは別なものではなく全く一つのものである。



・ 騙された、裏切られた、と人を恨むでない。騙された君が悪いのだ。裏切られた君が悪いのだ。騙した相手が悪いのでも、裏切った相手が悪いのでもない。ただただ君の前生の消えてゆく姿なのだ。ここで騙されることによって、前生の因縁がその人を通してやっと消えていこうとする時に、またもや、騙した相手が、裏切った相手が悪いと思いこんで、恨んだとしたら、消えてゆくどころか、またここで再び二重の罪を背負わなければならなくなる。これは真理を知らない人の落とし穴である。
真理を知ろうとしない人は、気の毒なことに、いつまでたっても一生裏切られの人生を歩んでゆくより仕方がない。


 


・ すべて苦しみの元は、その人の心の中にある。一切の自己弁護を避け、我の想いを捨て、正しく自分を見つめれば、その苦しみの原因があざやかに心の表面に浮かび上がってくる。原因がわかれば、後は悩まず、悔まず、消えてゆく姿として世界平和の祈りに入れ、神に感謝するのみである。すると不思議なくらい安らぎを得られるのである。




・ 人は何か事にあたると「やるだけやってみたのだが・・・・」と必ずいう。が 「やるだけやってみたのだが・・・・」の解釈では、私にとって全く中途半端なやり方であって、何もやっていないのと何ら変りない。そればかりか、何の進展の兆しもない。
とことんまでやらなければ、どんな道も開かれない。
とことんまでやる意志さえあれば、どんなに固く閉ざされている門も、重たい鉄の扉も、一筋の光が入るくらいの隙き間が生じてくる。
ほんの少しでも開いたらもう〆たもの。
あとは忍耐強く時の来るのを待つのみ。必ず自分の思った通りの道が、期待しつづけた通りの道が開かれる。





 



     『日々の指針』 西園寺昌美 白光出版




  



  

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