« 清めるとはどういうことか? | トップページ | 心に響く日々の指針 2 »

2011年12月11日 (日)

心に響く日々の指針

 
  
  
久しぶりに『日々の指針』 という本を読んでみました。

なんだか心がスッキリしていなかったので読み始めると 「ドキッ」とすることや「ハッ」とすることの連続です。

心が洗われる想いがしました。

いくつか書いてみますね、よかったらお付き合いください。






・ 一人でいるから孤独なのでない。家族の中にあっても友人の中にあって、恋人といてさえも孤独な人は結構いる。 孤独とは心が充たされない状態をいう。一人で住んでいても何らかの人の為に役立っている人々は、心にいささかの孤独感もない。孤独になりたくなければ、どんなことでもよい、人の為に尽すことだ。




・あなたはどんな人から侮られ、馬鹿にされても平気です。人は皆勝手気ままなもの、いつも自分のご都合次第に、機敏に動くものということを知っています。人がどう思おうと、自分自身が信念をもって生きていさえすれば、どんな些細なことにでも心を動かされることはありません。世界平和の祈りこそ、どんな人も絶対に文句のつけようのない素晴らしい生き方です。誇りをもって生きることです。



・神さまはこうおっしゃっている。

「何故あなたは一人でそんなに嘆き苦しんでいるのか。あなたの小さな心では到底その重荷を背負いきれるものではない。あなたの器が大きくなり、自分一人で背負いきれるようになるまで、私が肩代わりしてあげよう。
さあ、すべてを私に任せなさい。 あなたはもうその悩みについて、その悲しみについて、その苦しみについて一切忘れなさい。
考えることを一切放棄しなさい。私がみんな背負ってあげよう。その代わり必死で真剣に世界平和の祈りを祈りつづけなさい。
朝から晩まで今日一日、心の中に迷いが生じないように一所懸命祈りつづけなさい。 明日は大分楽になっている筈である。一筋の光があなたの行く手を照らし始めたのです。 安心なさい。」




・心の中を全開せよ。 一分の隙もなく全開せよ。 隠し事は一切認めるな。汚い心も、醜い心も、憎しみの心も卑しい心も、すべて持ったまま大きく全開せよ。 そうそれでいいのだ。 安心するがよい。 他の人の心をみてみよ。あんなによい人だと思っていた人が、あんなに立派な人だと思っていた人が、あんなに多くの人から尊敬され慕われていた人々が、心のすべてをオープンにしたら、皆どうということはない。
多かれ少なかれ、誰しも同じ醜い心を持っているものだ。
どんぐりの背くらべだ。
貴君だけが劣等感にさいなまれる必要もない。 人間はみなそんなもの。
強いていうならば、自信のない人達のほうが善人なのかもしれない。



・あなたはあなたの持てる全エネルギーを、くだらない競争心や野心などに浪費せず、自己完成にむかって全面的に使用すべきである。あえて人の上に立とうとせず、自らの才能を磨き、それを完成させるようにもってゆくべきである。



・いくら素晴らしいからといっても、他人の脱ぎ捨てた衣服を着て、果たして自分にピッタリと似合うであろうか? やはり自分自身の体型にあった衣服を着るのが一番好ましい。物真似は愚の骨頂である。自分の心からしたいこと、好きなことをやる。それでよいのである。何故、他人の目を意識しなければならないのか。自分自身に確固たる自信を持て!
自分に自信がないから、人の物真似をしたり、他人の目を恐れるようになるのである。自分とはこの世にたった一人しかいない存在なのである。神様が降してくださった尊い生命なのである。本来の自分自身にもどろう。





  

             『日々の指針』 西園寺昌美 白光出版



  


  

« 清めるとはどういうことか? | トップページ | 心に響く日々の指針 2 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/160971/43338560

この記事へのトラックバック一覧です: 心に響く日々の指針:

« 清めるとはどういうことか? | トップページ | 心に響く日々の指針 2 »

最近のトラックバック

2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ