« 愛と赦し 2 | トップページ | 愛と赦し 4 »

2011年12月16日 (金)

愛と赦し 3

  

  
神を愛する心
 


愛とはそうした神のみ心であって、人間は愛の行為によって、神のみ心と一つになり得るのであります。

その愛の行為のうちで最も高いとされているのが、神を愛する心、信仰心なのであります。 

神を愛するというのは、どういうことかと申しますと、神の実在を信じそして仰ぐと共に、神のみ心を行為にうつして生活してゆくということであります。

神のみ心の最大のものは、万物に光を与える、すべてのものを生かし切るということなのです。

そこで、神を愛する人間は、万物に光を与えるような想いを抱き行為をしなければならないということになるのであります。

真の愛に裏表はないのです。

只、光明一元の心なのです。

愛の裏が憎しみだなどとは、全く愛の本質を知らぬ虚言であるのです。

如何程愛して裏切られたとしても、裏切られたことは、自己の過去からの業想念の消えてゆく姿として起ったことであって、相手を恨む何ものもないのであります。

愛が恨みに変化したとしたら、その愛は、愛と呼ぶべき性質のものではなく、自我欲望の想念行為であったというべきです。

私の詩集 『いのり』 に “愛することは” という詩があります。

あの詩の中で、

愛することが哀しい時があっても

友よ 愛しつづけてゆかなければいけない

あなたの愛がたとえ地上に燃える焔(ほのお)であっても

神はあなたの愛が天上界のものであると知っている


という一節があります。 この地球界で真の愛を行ずることは、全くむずかしいことです。

この地球界の愛情には、悲しみがつきまとうものです。 

妻や夫や恋人や子どもたちが、いつでも素直に自分の愛を受け入れてくれるものではありません。

愛されていると知りながら、かえってその愛を裏切るような行為をしてしまうことがよくあるものです。

愛されれば愛される程、どこまで愛してくれるか試してみたい、などと思う、恋人や子供がよくあるものです。

愛しても愛しても、自分の心を素直に受けてくれない時などは、全く愛することの非哀を感じるのは誰しものことです。

しかしそれだからといって、愛することを止めてしまったり、相手を憎んでしまったりしたら、折角の神のみ心が現わせぬことになってしまいます。

愛することが哀しい時があっても、やはり愛しつづけることが大事なのです。

愛するというそのことが、神の光なのです。

愛は時には、焔(ほのお)のように燃え盛る情愛となって現われる時もあります。

しかしそうした時でも、常に神のみ心の中に自己の想いを一つにするような祈り心になっていれば、その人の愛は真の愛から離れることはないのです。

『神と人間』 という著書にも書いてあるように、愛がもしも愛情という形で流れてゆくような時があったとしても、愛から全く離れた、冷酷という、光の無い想いよりも、そうした愛情の方が神の光を現わす機会が多いと思うのです。




   
          「愛と赦し」 五井昌久 白光小冊子より



 


  

感想

自分の愛を相手の人は素直に受け取ってくれない

それどころかその愛が本物なのか試してみる

人間の心理の複雑さ、お釈迦様は人間の心を「へびのようだ」(蛇蝎のごとく)のようだと言っておられますが(笑)

ほんとその通りだと思うのです。(無限なる愛)

曲がりくねって屈折して訳がわからない げっそり

女心と秋の空どころの騒ぎではありません(笑)。

わからないと言えば話は長くなるのですが以前、NHKの朝ドラで「ちゅらさん」をやっていましたよね。

主人公の国仲涼子が介護ヘルパーの役をやっていました。その介護先で体が不自由な夫人に献身的に介護をしていたのですが、明るく接していて仲良くなったのにある日突然冷たくされるようになった。「自分が何か気分を害することを言ったのか?」いくら聴いても言ってくれない、そしてその態度は頑なになるばかり。それでも恵里(えり)は精神的にぼろぼろになりながらも介護を続けた。 最後になってようやく真相を教えてくれたのは介護されている女性の夫だった。
その真相を聴いて私は愕然としました。
「あなたのことが好きになってしまいそうで怖かった、介護が終わってあなたと別れる時に辛い想いをするのが嫌だった、だからあなたのことを嫌いになろうと思ったの」
なんという身勝手なんでしょう。自分を守るためにここまでやっていいものか? 相手を苦しめてもいいのか?
でも人間の心理ってこういうものなのかもしれません。
私は素直なので(笑)とてもこの心理は理解できませんでした。
しかし人間界で生きていくためには
「こういうこともあるんだ」と知っておかなければ穏やかにすこやかに生きてはいけないのです。
素直って素(もと)に直って書きますよね。
素って宇宙のことなんだそうです。
宇宙にそのまま真っすぐにつながっている人を素直っていう。
素直な人って邪心(よこしまな心)がないから生きていくのが大変なんです。(自分で言うなよ)
でも本当です。 だから素直な人は経験を積んで強くならなければならない。
しかし愛を失わないで、愛することを続けていかなければならないミッションがあるのです。

ちょっと話が堅くなってきましたね(笑)。

では、この辺で終りにしときます。
わーい(嬉しい顔)


  

  

« 愛と赦し 2 | トップページ | 愛と赦し 4 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/160971/43399481

この記事へのトラックバック一覧です: 愛と赦し 3:

« 愛と赦し 2 | トップページ | 愛と赦し 4 »

最近のトラックバック

2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
無料ブログはココログ