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2011年11月 4日 (金)

携帯電話 2

  
       
 
  ≪携帯電話≫


最近、残念なことに私は携帯電話を肌身から離せなくなってしまっています。

仕事のメールや、友人たちへの連絡、ちょっとした地図代わり、そして情報の検索と、何から何まで携帯に頼ってしまうようになってしまいました。
 

携帯を忘れてしまって一日持っていないと、どこか不安(無限なる信頼!)な自分に、少し気を付けなければとせめてものあがきを入れているこの頃です。

先日、ふと電車の中で、向かい合った席一列の人全員が携帯を操作しているのを見た時、大きな違和感を感じてしまいました。


携帯で音楽を聞いている人、メールを打っている人、インターネットの情報を読んでいる人、何かをつぶやいている人(twitter)、ゲームで遊んでいる人、予定調整をしている人・・・・・その小さな機械と必死に向き合っている人々の光景は、今の日本を象徴しているかのようでした。


しかし実は、その光景の異様さに気づくまで、何を隠そう私も乗り換え駅の検索のため、携帯を眺めていた一人でした。

その携帯の先に皆それぞれ自分の世界を持っていて、そことつながっているのだろうと思いましたが、それが不自然なことは言うまでもありません。
 

そしてある友人のことが思い出されました。


彼女は仕事をバリバリこなす女性なのですが、一週間の瞑想の合宿に参加するのだ、と言っていました。

 
その間は、テレビも電話もダメ、話してもダメ、書いても読んでもダメ、人と目を合わせてもダメというのです。
 

そのようにして一週間過ごすと気が狂いそうになるのだけれど、その経験を通して、たくさんの気づきや内なる変化や目覚めを感じるのだそうです。
 

それを聞いて、今の時代はお金を払って、自らを社会から隔離し、何もしない環境を他につくってもらって初めて内なる自分を見つめる時間が出来るのだと気づきました。
 

皆、忙しく生活していると、たくさんの情報やら時間に追われてしまっているのでしょう。

 
しかもそれらの情報は自分を見つめたり、自然に感謝したり、あるいは守護霊・守護神様とつながるという内なる自分を育てるものではなく、入ってきてもすぐに消えてしまうような情報です。
  

自分自身を見つめる時間は、今の時代にはどんどんなくなってしまっているように思います。
 

目の前にいる人々が携帯を通して世界とつながるように、真理を通して内なる世界とつながっていたら、今どんな光景になっていたかと、電車の中想像をめぐらせていました。
 

携帯ではなく、真理とまっすぐにつながり、外の情報ではなく、内にある情報と叡智を引き出していく。

 
この世の地図ではなく、守護の神霊の導きをしっかり心で聞き、必死に向き合って生きている。
 

それこそが神性復活のこれからの日本人の姿なのだ。


 
成就!・・・・・・一人電車の中、こんなことを思うのでした。


人類即神也


  


     西園寺由佳さん 白光誌 11月号より



  
    

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