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2011年11月30日 (水)

人の評価を気にしてはいけない。

  
  
私たちは自分のことは自分が一番よくわかっているはずなのに、自分をよく知らない他人の言っていることを信じてしまうことがあります。

特に否定的に言ってくるものに弱いですよね(笑)。

私は最近、人の評価は気にしないでいいんじゃないか?と思えるようになってきました。(遅いかな?)

ノートにいろんなことを書いていたらそんなことを書き連ねていたのです。

よかったらお付き合いください。





 
人は表面的なもの(こと)だけでその人を判断している。つまり自分の世界でしか相手を見れていない。

自分の世界が狭かったら、狭い世界で相手を見、そして判断しているのだ。(自分の世界が否定的だったら見るもののほとんどがマイナスに見える、相手が嫌な奴、敵にみえる)


ほとんどの人は「あの人は○○だ」「あの人△△だから嫌い」と薄っぺらい表に現われていることだけで善悪、好き、嫌いと判断している。


もっと深い素の部分、本質的な部分がわかっていないと判断することなんて出来ないのだ。(わかったとしてもジャッジするべきではないが)


相手のちょっとした感情で 「あなたは善い人」 が 「あんたなんて最低!」と酷評されたことはないだろうか?


だがしかし人間というものは弱いものでこんな理不尽なわけのわからないことにも振り回されたりするのだ。


自由自在に生きるとは、つまり活き活きと生きるには、「人の生き様に振り回されないこと」とセミナーで教えていただきました。


人の生き様に振り回されないとは、その人の世界に干渉しない、入っていかないということなのかもしれませんね。




   

    

日々の指針

  

  
1.余計なことをゴチャゴチャと考えなければ、物事はひとりでに進んでゆく。

 

1.欠乏していることを強調すればするほど、供給はもたらされなくなる。なぜなら欠乏に意識が集中しているからである。



 
1.今、現実がどうであれ、「私はすべてに満たされている」と思い、語り、行なえば、その通りになる。

 


1.今、被災した人々のことを想うと、たとえいかなることといえど、自分の立場のありがたさが身にしみるものである。

 


1.老齢に至ってもなお、新しいことを学びたいと挑戦しつづける志は、新たに生きる力となってはね返ってくる。



 

1.真理は汝を自由ならしめん。 煩悩は汝を不自由ならしめん。



 

1.いついかなる時も、否定的想念が入りこむスキを断じて拒否すべきである。






 
            西園寺昌美






  


2011年11月24日 (木)

「世界人類が平和でありますように」

  
   
 
なんか最近私がまた「世界人類が平和でありますように」を連呼しているので、もうそれは聞き(読み)飽きたと思われている方もいらっしゃると思います。(笑)

でも、言わずにいられない、書かずにいられないのです。

というか他のことを書いていても最後はそうなってしまうというのが正直なところでしょうか。

ところでまたかというのを承知の上でまた書いてみたいと思います。

今、私は統一を極めようと「無限なる幸せを体得する方法」を読んでいたのですがその中に世界平和の祈りについてという題目があったのです。

読んでみて改めて納得、世界平和の祈りというのは地球人類だけの祈りではなく全宇宙人が祈っている祈り言なのです。

私たちが肉体を去った後、違う星に行っても立派に通用する全宇宙共通の幸せのパスポートのようなものです。わーい(嬉しい顔)

この祈りがある限り、どんなことがあっても大丈夫!

前日記に書いたそこに神風が吹くからです。

神さまの光によって守られているからです。

ちょっと長いですけど、よかったらお付き合いください。





  

世界平和の祈りについて
 


私どもが唱えております世界平和の祈り、特に最初の世界人類が平和でありますようにという祈り言について述べてみたいと思います。

世界人類が平和でありますようにという祈り言を心に思い浮かべた時、その人は神様のチャンネルをひねったのと同じであります。

人類すべての悲願が結集し、祈り言となったこの言葉には、どんな人間の個我をも消してしまう大きな光がこめられ、放射されているのでありまして、この祈り言を、思い浮かべるだけで私どもは大光明霊団の中に参加しているのであります。

ところで、この祈りの世界人類とは、どの程度の世界でありましょうか。


勿論直接的には、私どもが住んでおりますこの地球を指しているのであります。

我々人間のいのちを細かくみて参りますと、それは光子という宇宙子から成っており、いのちの源はすべて波動から複雑に構成されているのであります。

 宇宙に浮かんだ小さな星、この地球人類達は、こうしたいのちの成り立ち、いのちの仕組みというものにまだ気づいておりませんので、そのために宇宙人達から 「幼い兄弟達」 と呼ばれているのであります。

私は今、宇宙人と申しましたが、実際この地球以上に、心も科学も数百倍も進んだ星々と人類が存在することは、事実でありますし、それのみならず、我々はこうした宇宙のすぐれた兄弟達から様々な援助を得て、一日一日を無事に過ごしているのであります。

 世界平和の祈りはここに至って、地球人類のみならず、宇宙に生きるすべての我々の仲間、兄弟、宇宙人類が平和であるようにという、宇宙の大調和をも目指した祈りであることが理解されるのであります。


この地球上には多くの国々があり、そのそれぞれの国は国交を結んでおります。

これからの政治家は、世界平和を根底に据えてかからなければ、一日たりとも政治がとれなくなってくるでありましょう。

 しかし、もっと真理を見極める眼を持ちますなら、単に地球という星の地上の国々との交わりというばかりではなく、星と星の交わり、星交というところまで進まなければ本当の宇宙全体の調和というものは完成されないのであります。

そして現在、我々にコンタクトを求めてきております宇宙の兄弟達は、この宇宙の大調和の中に、我々地球人類が一日も早く溶け込むよう、最大の助力を日々行ってくれているのであります。

 世界人類が平和でありますようにという祈り言は、宇宙神のみ心、愛の中に溶け入り、宇宙人類の一人として、全宇宙と宇宙人類全員の平和を祈り、又その愛念を彼らに送って、我々が日々彼らから受けております援助にも、応える形となっているものであります。


宇宙は玄妙であります。

そしてその玄妙な宇宙の運行を支えているものは、一点のわたくしなき、宇宙神の愛であります。



さて世界人類が平和でありますようにという祈り言には、さらにもう一つの奥義があります。

それは、人間というものの全体に向って、祈り言を発しているということであります。

人間というものは、この肉体だけではありません。

幽・霊・神・大きく分けて、肉体以外にさらに三つの世界に生きているものであります。

この人間の本質、本体と申しましょうか、それぞれの世界に呼びかけ、霊界神界から光の放射をしやすくする働きを、自然と持っているのが、世界人類が平和でありますようにという祈り言なのであります。

個人と人類の同時救済という性質を、この祈りは持っております。

さらにこの祈りは、人間の本体である光に向って愛と調和を放っている祈りなのであります。

ですから、心の中に 「世界」 と思い浮かべただけで、直ちにそれは、宇宙と人間の本体である光につながり、大光明を発揮することとなるのであります。

 ちなみに宇宙人達は、こうした光体が自己の本質であることを熟知して、日々我々を助けてくれているのであります。

こうした世界平和の祈りを我々はたゆみなく祈って、宇宙人類と光と愛の世界建設のために邁進(まいしん)致しましょう。





 「無限なる幸せを体得する方法」 于寿明 星湖舎




  


神風が吹いて世の中が変わる。

  
   
  
今のこの地球世界がどのようにして善い形になっていくのか?

お金というものが無くなっても(世界全体が金融破綻)うまく機能していくのだろうか?

人間の欲望がなくなり、そして戦争などは本当に終わるのだろうか?

確かに何かが変わって来ているようには思えるけど劇的に変わるとも思えない。

人間にそれだけ(意識を変え次元を変える)の力があるのだろうか?


と思います。


ところでみなさんは元寇(げんこう)ってご存知ですか?

昔、日本史で習った覚えがあります。確か元(モンゴル)が日本を攻めてきたことがあって、絶体絶命の瀬戸際になって神風が吹いて相手の侵略を防ぐことが出来た。という不思議な出来事です。

私はアセンションのときには、間違いなくこの神風が吹くと思っているのです。

人間の意識が高まったとき、人間が肉体意識を超えて神意識になったとき、奇蹟は起こると思うのです。


そう思った、いや確信した文章を


世界のひな形━日本より抜粋します。




 

日本人8千万人(昭和30年代の人口)全部がこの祈りをするならば、日本全体が光に輝き、光に囲まれて、武器を持たずとも日本の平和はゆるぎなく守られ、保持できるのです。

この祈りは一方では外敵を防ぎ、一方では光を引出してゆくわけなのです。

そうなるためには、皆さん方一人一人神さまとつながり、神の子の自分を出すことに努めなければなりません。


元寇(げんこう)の時には神風が吹いて蒙古を撃退させることができました。

しかし第二次世界大戦の時には日本は世界を征服しようという野心があったし、アメリカにも同じような野心があったのです。

その野心と野心とがぶつかりあって世界大戦となったのです。

業と業との戦いであったわけです。

何か戦争をしなければ気がおさまらなかった。

そんな気持ちで始めた業の戦いであったものですから、神さまは神風を吹かせなかったのです。

元寇のときには、蒙古が日本を蹂躙(じゅうりん)し、征服しようという野心をもって攻めてきたのです。

しかし、日本はそんな野心はさらさらなく、ただ攻めてきたので、やむを得ず戦って守るより他になかったわけです。

戦うより他にない絶体絶命の状態になって、国民挙って神仏に祈り戦いました。

だから神風が吹いたのです。

第二次世界大戦は両方の業のぶつかり合いでしたので、神さまは日本にたまった業を浄める丁度よい時機と思われて、神風を吹かせず、敗戦ということで日本を浄められたのです。



 

  世界のひな形━日本 五井昌久 西園寺昌美 白光出版



  
 

元寇(げんこう)とは、日本の鎌倉時代中期に、当時大陸を支配していたモンゴル帝国(元)及びその服属政権となった高麗王国によって二度に渡り行われた対日本侵略の呼称である。一度目を文永の役(ぶんえいのえき・1274年)、二度目を弘安の役(こうあんのえき・1281年)という。蒙古襲来とも。主に九州北部が戦場となった。


   



   

2011年11月23日 (水)

自他一体感があれば悩みはなくなる。

  

  
私とあなたがあるから、つまり二元対立があるから敵と味方に分れる。

好き、嫌い、をハッキリしないといけないと思ってしまう。

愛というのは会い、合いという意味で2つのもの、あるいは複数のものが一つに溶けあうことを言います。

世界中が愛で満たされたならそこに調和、平和が訪れます。

世界が平和になるには、まず個人が他人と壁をつくらずに一体観を体験して

「みんな一つなんだ自分は人とも生きとし生ける物とも自然とも空とも宇宙ともすべてにつながっているんだ」

と実感することから始まるのです。

いくら頭でそうなんだと思い込もうとしても

本当の一体感を味わっていなければ

「やっぱり自分とあの人は違うのだ」 と思ってしまうのです。

一体感を感じるには、体験するにはどうしたらいいか?

それは昔からお坊さんのしていた坐禅観法(統一)があります。

統一とは宇宙(神、本心)とつながるためにするのです。

今、まさしくこの時期は宇宙との一体感をたくさんの人が体験すべきときだ思うのです。

そうでないと本当の愛に目覚めないからです。

世界のひな形━日本には

西園寺昌美さんが祈りを通して宇宙(神)とつながるとはどういうことなのか、つながるとどうなるのかが書かれています。

みなさんも是非、宇宙、いや本来の自分とつながってください。

そこには本当の幸せがあります。

肉体に本当の自分が降りて来るのです。



 


私の祈りの体験


私が祈りに入る時は、本質的な宇宙の振動と一つになることに集中します。

呼吸は深く、ゆるやかに、そして霊的になります。

体の細胞もより霊的になります。

私と宇宙、私と他者の間を隔てる境界がなくなり、私の細胞が周囲の空間に広がっていくのを感じることが出来ます。

意識の上では自分が○○○○だとわかっているのですが、私の存在そのものの境界線がなくなるのです。

私は字空間を越えて、宇宙、地球、生きとし生けるものと一つになるのです。

私たちは皆つながっているのですから、お互いの心や気持ちを解りあえます。

過去に起きたことを理解し、将来をどのように導くべきかが見えてきます。

ひとたびこの一体感を味わいますと、がんばったり、耐えたり、努力したり、先生に習ったりする必要はなくなります。

一体感に身をまかせ、つながりをつくるだけでよいのです。

このようなつながりを築くまでは、常に想いを無限の可能性の源である生命の本源に向けなければなりません。

途中であきらめてはなりません。

ゴールが遠いように感じたとしても、一歩前に踏み出さなければなりません。

決して退かないで、一歩前進あるのみです。

人と人を隔てる境界線は実在しないことを常に肝に銘じておかなければなりません。

境界線がないことがわかれば、自分の話すこと、考えること、為すことが他者への影響として瞬時に伝わることが理解でき、自ずから責任を感じるようになります。

他者に良い影響を及ぼさなければならないことに気づくのです。

ですから、意識を努めて明るく保ち、宇宙の根源に近づける必要があります。

その明るさはたちまち他者にも影響し、プラスの方向に向かって人々をかり立てます。

調和の乱れた創造の場にエネルギーを注ぎたくないのであれば、言葉、想い、行動をよく観察して、プラス指向にしていくことが大事です。

そうすれば調和を乱す場は、ゆくゆくは消えて明るいものだけが残ります。




             

                 西園寺昌美






追伸


正しい統一の仕方は私の先生である于寿明著の 「無限なる幸せを体得する方法」 星湖舎 をお読みください。

 
間違った瞑想は、危険です。 

瞑想が迷走になってしまいます。(笑ごとではありません迷いの世界である幽界とつながってしまうからです)

電子書籍もあります。

http://utoshiaki.wook.jp/detail.html?id=207092





  


  

私一人が祈ったって・・・・

 

  
自分一人の力なんてたいしたことはない!

自分の意識が変わっても他に影響を与えるほどではない!

目に見えるものだけを見ていると確かにそう思います。

だがしかし、自分の心境がポジティブに変わったとき、周りのものが光ってみえたことはありませんか? わーい(嬉しい顔) ぴかぴか(新しい)

祈りの力もすぐに見えてくるものではありません。

しかしその光は確実に伝わっているのです。

世界のひな形━日本から抜粋します。




 
貴方の祈りこそ世界を救う


自分一人で祈ったって、力がない私なんかが祈ったって仕様がない、と思うことはないのです。

真の世界平和を願っている人たち、団体はたくさんいます。

世界平和を祈っているのは一人ではないのですよ。

多くの人々が、そのために生命を燃やしているのです。

その祈りが光となり、神さまの働きとなって平和を妨げるあらゆる力を消しているのです。

力のない自分なんか、と思ってはいけません。

自分が祈るのではないのです。

守護霊、守護神が祈られるのです。

これは世界を創り、世界を司る神さまの大悲願なのです。

ですから神界に通じて、世界を光で満たすのです。

どんな人でもできる大きな仕事なのです。

平和を実現させる大きな力です。

平和にならないのはアイツが悪いのだ、こいつが悪いのだ、こうだから、ああだから駄目なのだ、と非難しているだけでは何にもならない。

平和に一つも貢献しません。





 世界のひな形━日本 五井昌久 西園寺昌美 白光出版



 
 
世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます



  


2011年11月22日 (火)

世界のひな形━日本 4



  
・どんな些細なものでも与えられた仕事に全力をあげる、全生命をかけてするということが光になっていることなのです。

しかしいつでも全力をあげているということはないわけですから、暇が逢った時は欠かさず、世界平和、人類平和と自分の天命の完成されることを祈れ、というのです。


そうしていくうちに神と一体となり、不動の心、不動の精神をもつことができるのです。





 
・祈らねば平和はこない。





・いくら個人の平和、個人の利益、自由のみを願っても、世界の平和、人類の平和なくしては、それら一切の平和は成り立ちません。原爆が一発頭上に落ちれば、自己の平和など一瞬にして消滅してしまうものです。はかない消えてしまうような、そんな自分だけの平和は本当の平和ではないのです。



 
・相手をやっつける平和、人を倒す平和は本当の平和ではないのです。それは業であって、神、光ではないのです。

 





「世界のひな形━日本」  五井昌久 西園寺昌美 白光出版




  


 
  

世界のひな形━日本 3

  

  
本文より・・・・
  
多くの人々が祈る高い光の祈り、平和の祈りは結集して、世界の指導者連の頭にひらめき、魔を消して、世界を平和にさせるのです。

ですから一人でも多く大平和の祈願に燃えることが、業を一日も消して、真の平和を完成させることになるのです。





 
感想

私たちは人間の意識は急に変わらないと思い込んでいます。(無限なる可能性!)

だから「あの人には何を言ってもダメだ」 「誰がやったって(政治)同じだ」

なんて思ってしまいます。

しかし祈りとはその人たちの想念さえも変える(消す)ことが出来るのです。

政治家の人たちを見ていると

失言をしたり失態をしてしまうのは多くの国民感情を代表しているからです。

国民の集合意識がそうさせているのです。

大臣になる、すると多くの人の感情がその大臣にいくことになります。

そして大臣はいつの間にかマイナスの言葉を発している。

潜在意識の中にそんなものがなければ言うはずはないと思いますが

人の想念エネルギーの力は有限ではありますが凄まじいのです。

それを消すには強烈な無限の言霊(エネルギー)しかありません。

それが祈りであり、印であり、マンダラなのです。

人を変えるにはまず自分が祈ることによって光一元になる。

するとその光は業を覆っている人の心に届く。

北風と太陽のように

光でその人を変えることが出来るのです。

いつの間にか真人間になっている。

ピュア(純粋)な素晴らしい人になっている。

そのいつの間にかが大切なのです。





世界人類が平和でありますようにぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます



  

魂の親が言いたいこと

  
  
  
私たちには親が2人います。 父親と母親という意味ではなく、肉体界の親と魂の親という意味です。

肉体界の親は悲しいかな何にもわかっていません。(もちろん私もそうです)


これから何が起るのか?どうしたらいいのか?自分はどこから来たのか?死んだらどうなるのか?

な~んにもな~んにもわかっちゃいない

そんな未熟な親が子を育てている

否定しているわけではありません。

それくらい肉体人間とはもろい頼りないものだということです。

でも心の奥底では人間はそんなちゃちなものではない。

崇高で気高くてピュアで素晴らしいものなんだ!

と思っています。


本当のことが知りたい。

今私たちが住んでいる肉体界という世界はどういうところなのか?

肉体界の奥にはなにがあるのか?

人間とはいったい何なのか?

どういう心境で毎日を過ごしていけばいいのか?

何が必要なのか?

それを本当の親である守護霊様が教えてくださっています。

私はこの文章を読むといつも心がジーンとしてきます。

潜在意識の奥では知ってることなんです。

でも日常生活を送っていると奥に入って行ってしまっている。

それを時々引っ張り出して来て、確認しているのです。

肉体界の親もありがたい存在です。

しかし私たちは魂の親の存在も忘れてはならないのです。

目に見えない世界のことは守護霊様に聞くしかないのです。

本当の親は本当のことを子どもに伝えようとしています。

どうぞ、かみしめてみてください。わーい(嬉しい顔)










1、私は日頃あなたが思っていること、考えていることそのすべてを把握し、そしてその希望をすべて成就させるよう願っている。

決してあなた一人だけの望みではない。

あなたの望みは常に私の望みなのだ。







2、自己の希望を実現しえないで人生を終わってしまう人の何と多いことか。
 
彼らは私の存在を少しも認めようとはしなかった。
 
私はどんな時でさえも常に彼らの側にあり、彼らの望みを達成し得んが為に彼らを見守り導いてきたつもりでいる。
 
希望の成就は肉体個人一人で出来るものではない。
 
常に守護霊、守護神と共に歩んでこそ成就する路なのだ。
 
それが真実の人生の路なのだ。

   


 

3、出来うる限り明るく陽気に振るまいなさい。








4、私はあなたがいかなることをしようとも、決してあなたに罰を与えない。
 
私はただ、すべてを許すのみである。

そしてあなたのその罰を私が代わりにしょってあげているのである。
 
その代わりあなたは “消えてゆく姿で世界平和の祈り” を繰り返し繰り返し祈ればよい。

自分自身を深く信じなさい。

 


 

5、私はあなたにあえていいたい。
 
出来る限り明るい言葉や思いやり深い優しい言葉を常に、極力心がけて努力して使うようにし、光明思想の本を一日一回は読み、人の心を感動させるようなニュースを聞き、人と語り合う時には人の心を豊かに楽しませるような話題をあえて選び、明るいことのみを語るようにしてほしい。

そして暗いニュース避け、病気の話や人の不幸の話は出来るだけ口にしないことである。



 

6、羨望の心が湧くのも致しかたない。
 
嫉妬心にもだえるのもまたこれ仕方がないではないか。
 
そして人の幸福を妬み人の不幸を心ならずも喜ぶのもまた致しかたない。
 
人の心は感情によって左右されるものであるから、感情を無くさない限りこのようなことはすべて人の心の中に起こり得る現象である。
 
この世は物質肉体の世界、完全なる霊なる世界と違って不自由な束縛ある世界、よくないことだと充分にわかっていながら、正しいことではないと充分に理解していながら、神から反している行為だと充分に納得していながら、やはり現れてくるのが現実なのである。
 
おさえる必要はない、出すだけ出すがよい。

だが、出来るだけ人に迷惑がかからないように出してゆくのだ。
 
相手にまともにぶつからず、声を出して私にぶつけなさい、私にどなりなさい、私に非難をあびせかけるがよい。
 
私はあなたの心が充分にわかるだけに、あなたが愛しくて可哀相でならない。
 
私の大きな翼であなたを包んであげよう。
 
癒してあげよう。
 
心の中にある鬱憤をすべて私に吐きすてるのだ。
 
私が聞いてあげよう。
 
私が代わって祈ってあげよう。
 
あなたがあなた自身で祈れる時がくるまでは。

 偽善者 になるよりはよほどよい。






7、不調和な状態を一刻も早く自分の心の中から一掃せよ。

 



8、

あなたの内部の奥にじっとひそんで隠されている部分、秘密、嘘、葛藤、情欲・・・・それらのすべてを私は知っている。

私の前には何の隠しだても無用である。

ただ裸になることだ。

私にとっては肉体人間の弱さなどは百も承知の上だ。

だからこそ私というものが必要なのだ。

私の支えを必要とするのだ。

朝な夕なに私の名を呼びなさい。




9、

大自然の修復作用が発揮出来るよう大自然に代わって祈れ。




10、


あなたの希望を実現する場合、まだこの世の中に何の手ががりも見出せず、皆目何も無いところから全く新しい希望、この世に打ち出すそのきっかけを創造(つく)り出すのは、いうまでもないこの私である。
  
常に私の存在を忘れず私の名を呼びなさい。守護霊、守護神同士でお互いに交流し合うからである。


 

11、

人の悪を聞くために耳があるのではない。
 
人の悪を語るために口があるのではない。

人の悪しき姿を見るために目がついているのではない。

 


12、

相手を解放してあげると自己の束縛から解放される。

 


13、

すべてを見知っている私の前ですら未だ嘘、偽りでもって自分を覆いつくし、隠しだてをするつもりでいるのか。

情けない。

私はすべてを許そうと思っているのに。

私は(宇宙の法則)から絶対なる権限を与えられている。

あなたのすべてをゆるし、あなたのすべてを愛するのが私の働きである。





14、


あなたが私から離れてどこへ逃げようとも、隠れようとも、またどんな罵詈雑言(ばりぞうごん)をあびせかけようとも、それでもなお私は常にあなたの側を離れず、怪我がないよう、苦しまないよう、痛まないよう、見守りつづけているだけである。
 
私はあなたに嫌われていても、それでも尚あなたが愛(いと)しいし、愛しつづけているのである。





15、

私は肉体を持ちあわせていないので常にあなたの内部に働きかけ、内部の力を増し、調わせ、そのエネルギーを外界に現わし、そして出来るだけあなたの思うようになるよう、成就するよういたらしめているのである。

 

 

16、

私はあなたが暗く沈んでいる時、今まで以上に強い希望の光を投げかけている。
 
あなたが自分自身を傷つけ悲しみに浸っている時、すべては許されるのだという真理の光を送り、あなたに語りかけているのだ。
 
そして私の慈愛の光によって次第にあなたが真理に目覚めはじめ、その暗く果てしない入り組んだ道から脱け出してゆくあなたを見た時、私はあなた以上に天の神に感謝しているのだ。


 

17、

私は常にあなたに真理を語りつづけている。
 
あなたの心が全智全能の創造主と同じような強い力を握っているのだということを。
 
あなたは自分の心で、自分自身を幸せにも不幸せにもすることが出来るのだということを。
 
自分自身を、傷つけ暗く悲しいものだと思ったら、その通りの人生が展開されてゆくであろうということを。

そして自分自身を神の分け生命として認め、明るく大いなる希望をもってゆくならば、またその通りの人生が展開されてゆくであろうということを。
 
心はすべてのすべてである。
 
なぜならば、心は自分自身の運命の支配者であるからだ。



 

18、

私はあなたがいかなる苦悩、いかなる悲哀、いかなる絶望にあろうとも、必ずあなたを幸せにしようと心をくだいて見守りつづけているのである。

私の働きはあなたの真の幸せに導くこと以外の何ものでもない。


 


19、

 
私はあなたにお願いがある。この世は物質的肉体がすべてではなく、本来霊なる世界の写し世である、という事実を自覚してほしいのである。
 
霊的自我に目覚めたその時から、もはや何ものにもしばられぬ自由自在なる世界が、あなたの目の前に展けてくるのである。

それは無限の可能性を秘め、自分の思う通りになる世界となるのである。

 

 

20、

あなたは常に幸せを願うのだ。
 
あなたは常に神の無限なる能力を信ずるのだ。
 
あなたは常に調和を愛するのだ。
 
私はあなたのその望みにむかって全精力を傾けて、その実現のためにわがエネルギーをフルにあなたの心の中に注ぎこんでいるのだ。
 
だが、あなたの望みが常に暗く悲しく絶望的であるならば、その方向にむかってわがエネルギーを注ぎ込むことは、不可能である。
 
あなたの考えが明るく積極的な希望に満ち溢れたものに変わるよう、エネルギーを注ぎこむのであるが、そのエネルギーの消費量は並大抵ではない。
 
もともと+(プラス)の考え方を更に+(プラス)の方向に導き、この世に実現可能にせしめることは、宇宙の法則通りに実に簡単で無駄なエネルギーを消失しないものであるが、-(マイナス)の思考を+(プラス)に方向転換させることは、前者の何万倍ものエネルギーが消失されるものである。
 
 
常にあなたの考えを+(プラス)の方向に向けて生きて下さい。



 
 

21、

頭のよくない人ほど中途半端な聞きかじりをし、自分の知識をひけらかしたがるものである。

頭がよくないから善悪の批判力が無くすべて受動的に自分に吸収してしまうため、その人の潜在意識の奥にすべてそれらの中途半端な知識は溜めこまれてしまう。
 
さて、本人が病気になったり、挫折したり、失敗したりした時、これらの中途半端な知識が次から次へと頭を擡げ(もたげ)はじめ、自分自身の下らない知識で自分自身をがんじがらめにしばりつけ、また、自分自身の暗い思考力で自分自身を暗示にかけてしまい、どうしようもなく救われがたき状態においこんでいってしまうのである。
 
浅はかというより他にいいようがない。
 
知識ならどんなものでも入れていいというものではない。
 
本来ならば自分の心が勇気づけられ、希望に満ち溢れ、生きることの幸せが鼓舞(こぶ)されるような知識なら徹底的に入れこめよ。


自分の心を暗く不安恐怖に陥らせる知識は意識して取り払うべきである。



 
 

22、

“自分だけ悟ればそれでよい” という考え方は多分に利己的なわがままな生き方である。

これを出来るだけよい意味にとるとすると、人に真理を押しつけがましくするのは、たとえその教えがどんなに素晴らしくても、そこで必ず人の自由を縛りつけてしまうものであるから、よくないということであろう。

だが神のみ心からみたならば、真理を一人でも二人でも出来るだけ多くの人達に知らしめた方が積極的な善なる徳のある生き方なのである。

また何回も何回も重ねて自分の口を通して真理を語るということは、逆に、更に自分自身の潜在意識の中に改めて真理を吹きこむ形となり、自分の信念がまたここで更に強固に絶対的なものとなってゆくのである。

真理は何度も何度も繰り返し繰り返し語れば語るほどよい。

 

 

23、


旧き自己を捨て新しき自己に 蘇(よみがえ)るのが世界平和の祈りである。


どうにもならない自分をしっかりそのままつかんでしまった上、私はこんなにも悪い人間ですといわんばかりに、自分の悪を強調しても、誰も救われはしない。

むしろどうにもならない自分を一旦神の中に捨ててしまって、すべてを神の中に投げ入れていまうと、宇宙の法則にのっとった生き方が示されはじめる。









24、

あなたの長い間にわたる苦しみは私にはわかっている。
 
あなたの悲しみや痛みも私にはすべてわかっている。
 
そして更に今あなたの上に投げかけられている不安恐怖、今のあなたの立場ではどうしようもないのもわかっている。
 
私はいつでもあなたの心の叫びを聞き、訴えを聞き、その問題解決が一刻も早からんことを願い奔走しているのである。
 
だがあなたはこの私の心を知ってか知らないでか、常に自分自身の肉体の力でのりこえようともがいている。
 
だがよく聞いて欲しい、もはや肉体界でトラブルが現われはじめたということは、もう何年も、いや何千年も前に幽界で現れていたことを。

幽界で浄めることが全くできなかったが為に、この肉体界に現れはじめたのであるということを。

そのためにはまず幽界を浄め去るのが先決である。

それが出来るのはこの私である。

霊なる力で、霊なる光で、幽界を浄めれば、自ずと肉体界のすべてのトラブルは自然に解決されるものである。

私に頼りなさい。私を信じなさい。あなたが夢をみているその時ですら、私は闇を光に変える働きをあなたの為にしているのです。

あなたはあなた一人で生くるに非ず、私の生命と共にあって生くるなり。


 
 

25、

今あるとるにたらない小さな小さな幸福にさえも、神の与え給いしごほうびだとして感謝せよ。








26、

私は “神の子” であるという徹底的なる自覚がいかなる災いからもあなたを防ぎ、いかなる不幸からもあなたを脱出させる。
 
災いにも不幸にも絶対に波長が合わないからだ。







27、



私に徹底的に素直たれ。





   


世界のひな形━日本 2

  
  
 
本の中から・・・


私は空っぽで、場所ですから私にそれらの守護神、天使が働きかけ、私の肉体を使って浄めているわけなのです。

私が浄めるのは肉体ではなく、主として幽界、霊界を浄めているのです。

幽界から迷いが業がどんどん流れ出ているのですから、現われ出る場の肉体をいくら浄めても、出てくるわけなのです。

そこで業の流れ出る根源を私は浄めるわけなのです。

幽界の迷える魂等を浄めているわけなのですよ



 


感想

前の日記で申しましたように今を善くしようとしたら今現われて来る前の見えない世界、つまり幽界を浄めなければどうしようもないのです。

蝿(ハエ)が大発生した、いくら殺虫剤をまいたところで今度はその毒にも負けない強いハエが出てくるだけです。

それよりも汚い水溜まりを浄化した方がいいに決まっています。


私にはこのことがズバリ書かれている西園寺昌美先生の守護霊守護神に代わってあなたに語るのある一節が浮かぶのです。

これを読むと肉体界のこと幽界のことがよくわかります。

抜粋しますね。




  

24、

あなたの長い間にわたる苦しみは私にはわかっている。
 
あなたの悲しみや痛みも私にはすべてわかっている。
 
そして更に今あなたの上に投げかけられている不安恐怖、今のあなたの立場ではどうしようもないのもわかっている。
 
私はいつでもあなたの心の叫びを聞き、訴えを聞き、その問題解決が一刻も早からんことを願い奔走しているのである。
 
だがあなたはこの私の心を知ってか知らないでか、常に自分自身の肉体の力でのりこえようともがいている。
 
だがよく聞いて欲しい、もはや肉体界でトラブルが現われはじめたということは、もう何年も、いや何千年も前に幽界で現れていたことを。

幽界で浄めることが全くできなかったが為に、この肉体界に現れはじめたのであるということを。

そのためにはまず幽界を浄め去るのが先決である。

それが出来るのはこの私である。

霊なる力で、霊なる光で、幽界を浄めれば、自ずと肉体界のすべてのトラブルは自然に解決されるものである。

私に頼りなさい。私を信じなさい。あなたが夢をみているその時ですら、私は闇を光に変える働きをあなたの為にしているのです。

あなたはあなた一人で生くるに非ず、私の生命と共にあって生くるなり。




  

世界のひな形 ━ 日本 

  
  
たった今、「世界のひな形━日本」という本が届いたところです。

ここには今人間が、いや日本人がしなければならないことが書かれています。

いつもだったら読んでしまってから感想などを書くのですが、読むのと書くのを同時進行でやってみたいと思います。

心の響いた文章をそのまま、あるいは感想を交えながら書いてみたいと思います。

では、まず世界のひな形とは何か?

日本は地球の国の縮図と言われています。

九州はアフリカ、四国はオーストラリア、地球の中で一番波動が粗いのはニューヨークだそうですが、それは私が住んでいる大阪のミナミという街だそうです。

つまり日本は地球を代表する国なのです。

だから原爆も一番最初に落ちた、地震や津波等の被害も一番受けています。

しかしそこから立ち直っていける強さを持っているのです。

日本が浄まればそこから世界へ発信していき、全世界が善くなっていく。

それは神様のご計画なんですね。

これからそのことを詳しく書いて行きます。

私たちは肉体界に住んでいるのですが、その前に幽界があるということを知らねばなりません。

幽界とは霊界との間に出来た世界です。

人間の想念がつくった潜在意識の世界です。

想いの世界、迷いの世界です。

人間はマイナスを想うと(プラスもそうですが)そのエネルギーは消えることなく滞っていきます。

プラスを想うよりもマイナスを想う気持ちの方がずっと多かった。

それが今、肉体界に現われて来てしまっているのです。

しかしそういう世界になることも神様はもちろん御承知です。

神様は何を望んでいるか?

それは人間がつくってしまった幽界を浄めていくことを人間がしていくこと。

つまり祈りによってきれいに浄化して神様の世界、天国を地上に現わすことを望んでおられるのです。

人間は神の子です。

幸せになって欲しい、平和になって欲しい、調和な姿を現わして欲しい、・・・・・それは、私たちの魂の親である神様の率直な願いなのです。


そしてそれは私たち人間は誰でもが想っていることかもしれません。


しかし人間は自分のことばかりに意識がいって、本当に大切な事を忘れてしまっている。

そのことを想い出させるために、今いろんな天変地変を始め、個人的にも不調和(本当は違うのですが)と思われることが起っています。


どう受け止めてどう対処するのか?

人間の真価が問われています。

今、気づかずにいつ気づくのか?

それがこの本に書かれていると思うのです。




「世界のひな形 ━ 日本」 五井昌久 西園寺昌美 白光出版



  
世界人類が平和でありますようにぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます



  

2011年11月21日 (月)

左肩は過去、右肩は未来を・・・・

  
    
  
肩がこっているとします。

左肩がこっていれば過去が浄めてもらいたいと訴えており、右肩がこっていれば未来を整えて欲しいと訴えている。

オーラでも左は過去、右は未来を表わすと言われています。

過去の結果が現在、現在の原因が未来、だから現在が大事・・・・と于先生のご著書(調和波動気功法 于寿明 三晃書房)にありますが、今は過去(幽界)も浄めていかなければならないのです。

肩がこってこってしかたがないのはどうしたらいいか?

それは左がこっていれば、右手を左肩に乗せて(胸の前でクロスする形)世界平和の祈りを祈ってください。

あ~ら不思議、ウソみたいに楽になってこりが取れていきます。(笑)

同じように右肩も手当て?すれば未来も整っていきます。

こんな簡単に治っていいものか?

いいんです。

世界平和の祈りの言霊は凄いのです。わーい(嬉しい顔)  手(チョキ)


後、昨日のセミナーで教えていただいたことを述べていきます。




 
天命を信じて人事を尽す

嫌な仕事も自分なりに全力投球する

やるべきことをして、後は任せる



・ 神様は業想念を消すため、そしてプラスを出す人だったら力を与えてくれる。
 


・ 人はプラスを探さずマイナスを探している。
 


・ プラスのエネルギーは10倍になって還ってくる。
 


・ しんどいことを放っておいてはダメ。(祈りによって取っていく)
 


・ 好きなものに依存しているとそれがダメになったときに崩れる。
 


・ 依存しても片寄らないようにする。
 


・ 人の心の奥はみんなつながっている(宇宙)、だから心を鎮めて奥に入れば客観的に観れるようになる。
 


・ 明るく、プラス思考の人に人は寄っていく、人は明るいプラス思考の人が好きなのです。




  


人の生き様に左右されない!

  
  
  
私はここで偉そうなことを書いていますが(笑)

そういう私も人間関係は難しいなぁ、そして煩わしいなぁとさえ思っているのです。

どうしても相手の言動行為は気になります。

そして、面と向かったとき、どういう態度をしたらいいのかわからなくなってしまうことがあるのです。(相手が自分に対して不快感を持っていると感じたとき等)

こちらも出来るだけ目を合わさないようにした方がいいのか?

些細なことだったので何事もなく(忘れたようなふりをして)接していったらいいのか?

いや、向こうの方から話しかけてくるまでは、時間をおいた方がいいのか?

頭で考えることではないのに、そのときはどうしても考えてしまうのです。

気にしないでおこうと思っても気になりますよね。

そんなとき昨日のセミナーで于先生がおっしゃったのが

「人の生き様に左右されない」

でした。

目からうろこでした。

そしてそのハッキリとした答が仕事の前に私の心に浮かんできたのです。

すぐにメモをとりました。

今からその清書をします。

よかったらお付き合いください。




 

人は70億に分かれているが、一つの光から分かれた分霊(わけみたま)なのだ。

太陽の光がそれぞれを照らしているように、役割りが違うので他人と思っているにすぎない。


他人とは自分であり、自分は他人である。

それぞれの役割りを生き様という。

人はつい、人の生き様(つまり言動行為)を見て、それに振り回されてしまう。


自由自在に生きるとは、人の生き様に振り回されないことなのだ。

人の言っていることを気にするな!ということではない。

人の行為を自分と比べるな!ということでもない。

人の生き様に左右されるな!ということなのだ。


人それぞれ役割りが違うのだから・・・・・。




  

  

2011年11月20日 (日)

プラスのエネルギーは10倍になって・・・・

  
    
今日の調和波動気功セミナーで于先生が

『プラスのエネルギーは10倍になってかえって来る』 とおっしゃっておられました。

と言われても一般の人はプラスのエネルギーってどうやって放ったらいいんだろう?

と思いますよね。

でも私たちは即、祈りだとわかるのです。

世界平和の祈りは宇宙人(宇宙天使、神様)が祈っている言霊です。

これ以上のプラスの言霊は宇宙に存在しません。(笑)

だから祈り続けていれば、時期が来れば必ず10倍になって還って来るのだそうです。

祈らなきゃ損! ではありませんが

勇気がそれこそ10倍、いや例えられないくらい湧いて来ます。

これから世界中の人たちが祈るようになる。

来年は2012年、アセンションが形になって現われて来ます。

私は祈りのエネルギーが具現化して来るのだと思っています。



 

世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます





 

調和波動気功法


  http://homepage2.nifty.com/hmwave_goldendoor/ 




   

2011年11月17日 (木)

ツイッターからの転送です。

  
  
みなさんはツイッターなるものをご存知ですか?

毎日何かをつぶやく、書くことを考えていたって何も浮かんでこない。

な~んにも考えていないときに、ふと浮かんできたことを文字にする。

書いてみる

なにか違うような気がする

後から読み直してみる

なんかしっくりこない

でも日々何かが進歩していると思いながら

そんな感じてやっています。

今日私が投稿?したつぶやき3つここにも書いてみますね。


ちなみに条件は140字以内なのです。



 
東京大学の学生さんに「あなたはなぜ一生懸命に勉強して東大に入りたいと思ったのですか?」と聞くと多くの学生が 「勉強したその先には、感動することや神秘的なものがあると思ったから」と答えたそうです。 感動的なことってなんとなくわかりますよね。 神秘的なこと? 私は本当の自分に出会うことだと思っています。

 


人工衛星から人の影を判別すると誰がどこを歩いているかがわかるのだそうだ。人は歩き方に特徴があって70億通りのくせがある。だからもう悪いことはできない。(笑) 裸の心になって「私はこれだけのものです」と正々堂々と言えるようになろう。

 

 先日プライベートで友人の人生相談にのっていた。その時私はアドバイザーになってしまった。だが答(ヒント)は私が出すのではなく、彼自身の心の中から出てくるのが本当(本物)なのだ。私は彼の鏡であればいいのです。鏡はしゃべってはいけない。(反省を込めて) 




  

2011年11月14日 (月)

ツイッターって凄いですね。

 
  
  
私はほとんど人に左右されない人間なんですが、人気のあるツイッターってどんなのだろう?どんな人が書いているんだろう?今どういうものが支持されているのだろう?と興味を持ったので調べてみました。

すると、驚きました。

心が動かされます。

それは文章の奥にその人の人柄がみえるからです。

人柄というよりも人間性なのかもしれません。

心の温ったかい人はその人の温もりが、心の大きい人はその人の包容力、優しさが伝わって来る・・・読んでいてジーンとくるんですね。

苦しいけどみんな頑張れ! というメッセージに聞えるのです。

とても人真似や受け狙いなんかでは、こんな文章は書けない!

そして私もいつかはこんな文章を書きたい! と強く思ったのでした。

いくつかご紹介しますね。(140字以内の世界です)





 

以前、どこかで聞いた話。日本の親は、「人に迷惑かけちゃダメですよ」と教えるが、インドでは、「お前は人に迷惑かけて生きているのだから、人のことも許してあげなさい」と教えるそう。前者は、息苦しさを、後者には、ホッとするものを感じる。迷惑かけずに生きられるわけない。


 
  

「世界中の2割の人はあなたがどんな行動をとってもあなたの事を嫌いになる。
6割の人は行動によって好き嫌いが分かれる。
でも残りの2割の人はあなたがどんなヘマをしてもあなたの事を好いてくれる。
世界はそういう比率でできてるらしい。」その事を母に聞いて私は結構心が楽になった。



  


『カッコイイから好き』 よりも 『カッコ悪いけど好き』 の方が大きな想いを感じるよね
『素直なところが好き』 よりも 『ワガママだけど好き』
の方が何だか嬉しいよね 人の本当の魅力ってさ 長所より短所にあると思うんだよね
『だから好き』は嘘の愛 『だけど好き』が本当の愛 かもね

 

   

  

  

2011年11月13日 (日)

言霊の神事

  
   
言葉というのは、エネルギーです。

いのちが宿っています。

だから「ありがとう!」という感謝の言葉はプラスのそして光のエネルギーを放出します。

世界平和の祈りも宇宙(神)と共鳴する、もの凄い光の言霊です。




解説

この祈りは五井先生と神界との約束事で、この祈りをするところに必ず救世の大光明が輝き、自分が救われるとともに、世界人類の光明化、大調和に絶大なる力を発揮するのです。



世界平和の祈りというのは、神界から五井先生の器を通して降りて来た言葉なのです。


そしてこの度次のような神事が降りました。

今地球は汚れています。

それを浄化するには強烈な光の言霊が必要なのです。ぴかぴか(新しい)

どうしてもしんどいとき唱えてみてください。

内容をよく理解していない人でも足がジーンとして来たり、心が洗われる(浄化)ような気持ちになります。わーい(嬉しい顔)







言霊の神事



地球の安寧(あんねい)と世界人類の平和のために

祈れる私は 光そのもの 真理そのもの

神の器そのものなり



故に いかなる時も宇宙神の光に包まれている


私○○(自分の氏名)を 侵すものは一切何もない



やがて迫り来る地球規模の大変革に際し

人類の意識を目覚めさすリーダーとして

真理の祈りと真の言霊を

捧げつづけるのである



すべては

必ずよくなる

絶対大丈夫

大成就




  




2011年11月12日 (土)

本来の自分に還る

 

先ほど、ツイッターに投稿した文章があるのですが、私が調和波動気功を真剣にすることになったきっかけがそこに書かれてあるのです。




ツイッター

A、B、C、D、E・・の行程を経て自分の定位置に戻るのとAをしたら定位置に戻るBをしたら定位置に戻るCをしたら・・・とは、時間的には前者の方がずっと早いけど何回も繰り返しているうちに戻った時にブレが生じるのです。定位置とは本来の自分です。あなたは違う自分になっていませんか?自分と向き合っていますか?





ここに最新式の機械があるとします。

このロボットは凄いスピードで大量生産できる。しかし難があるとすれば長い操業を続けているとほぼ定期的に故障を起こすのです。

でもその間にたくさん生産するのだからいいじゃないか?

「故障ってすぐに治るの?」

いや、そんな単純なものではありません。

基盤(ベース)がズレているのでその機械そのものがもうダメになってしまうかも?

それって使い捨てってことですか?





私はある人から

「A、B、C・・・・・の行程を続けていると本来の自分からどんどん離れていってしまうんです」

「それを本来の自分(我即神也)に戻すのが祈りであり、印(我即神也)でありマンダラなんです」

と言われたのです。

それにプラスしてもっと自分を顧みる方法として調和波動気功法を実践しています。

人間は光の波動体です。

自分を整えるとは波動を整えること

それを波動調整といいます。

私は波動が整ってこそ、本来の自分になれる

そして幸せになれると思っています。






世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます




  
 

2011年11月10日 (木)

ツイッターで書けないこと

  

 
ツイッターなどでいろんな気づきを書いてゆきたいのですが、変な奴と思われる可能性のあることは書けません。(笑)

守護霊、守護神、祈り、世界平和・・・・・ここに書いてきた当り前だと思っていることが世間一般では受け入れられないんですよね。

私は今、「スマートノート」なるものを実践しています。

自分の中にあるモヤモヤしたもの、感じていること、思っていることを抜き出しているのです。

それらを抜き出すと余計なものが出されてスッキリしてくるのです。

答は靄(もや)に包まれているから見えていないだけで

そのもやが晴れてくれば答は浮き出てくるのです。

今わたしはそれを実感しています。(だから楽しくてしかたがない状態です[m:50])

この感覚を是非、みなさんにも味わっていただきたい!

本当にそう思います。

インスピレーションとはつまり

神様からのメッセージですよね。(ああ、スッキリした)

でもここ以外では書けない(笑)

ツイッターには書けなかったことをここで書いてみます。

人間の頭というのは、実は処理能力はないのです。処理しているのはインスピレーション(直観、神智)です。インスピレーションとは何か?は置いといて、頭を使って考えれば解決するという思い込みが益々混乱するのです。(ここまではなんとか書けたかもしれない)

紙に書き出すと(自分の肉体(指)を動かせて)身体と本心がつながるのです。(キーボードで打ち込むのはダメです)

そしてその答を本心から身体に送信して来る。

問題点(感じたこと、わからないこと)を紙に書いて後は放っておくとしばらくすると答を送ってくれる。(これがインスピレーションです。)

だから紙に書いたあとは、心配事、モヤモヤしたことを頭で考えてあーだこーだとコネ繰り回さないで忘れてしまえばいいのです。

でも紙(神)は覚えていて、あちら(神界)で考えて一番いい答を送ってくれるのです。

肉体人間の頭は馬鹿だから考えない方がいい。

だったら自分は馬鹿なのか?

そうではありません。

インスピレーションを送っているのは本当の自分だからです。

本当の自分から肉体の自分へのメッセージなんですね。

我即神也なんです。

それが答なのです。

世界人類が平和でありますように 

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます

 

追伸

すいません補足が必要です。

紙に書く、書いたら忘れていたらインスピレーション(神智)が降りて来るというのは安直な考えです。

本当のインスピレーションとは神界の自分と肉体の自分とがつながることです。

私たちが直観だと思ってるのはほとんどが幽界とつながっているのです。

迷いの世界の幽界

こことつながらないために世界平和の祈りがある。

世界平和の祈りは神界の調べ、ヴァイブレーション、波動なのです。

祈りなくして正しい神智はありません。

正しくつながることを統一といいます。

正しい統一の仕方

それはこの本に書かれています。

「無限なる幸せを体得する方法」 于寿明 星湖舎

電子書籍もあります。

 http://utoshiaki.wook.jp/detail.html?id=207092




    

  

2011年11月 9日 (水)

やまない雨はない(治らない病気はない)

  
     
 

“3日3晩降り続く雨” という言葉があります。

雨はたいがい、まる一日もあればやんでしまうけど、3日も降り続いたら、その光景が目に

焼き付いて

「本当にやむのだろうか?」

「このままずっと永遠に降り続くのではないか?」

とさえ思ってしまうことがあります。

そんなわけがないのに人間の心ってそれほど目の前に現われたことに影響されやすいの

です。

病気もそうです、病気も目の前を通り過ぎる “現われ” です。

どんなものも現われれば必ず消えてゆきます。

だけど私たちは感情を持っているのでそこにとらわれてしまう、つかんでしまう。
 

病気といえば

私がいつも思い出すある人のエピソードがあります。

作詞家の湯川れい子さんです。

湯川さんは仕事で外国(どこの国か忘れましたが)に行っていた、そこで体調を崩し、

現地の病院に行ったら末期の癌だと言われた。

「すぐに帰国して手術を受けなさい!」という忠告も聞かず

「いいえ私にはやり遂げなければならない仕事(ミッション)があります。ここで死んでもかまいません」

と言い、仕事を見事やり遂げたそうです。

そして帰国してある病院に行くと

“癌は跡かたもなく消えていた” 

そうです。

私はこのエピソードを聞いたとき

もの凄い衝撃を受けました。

人間の強さと想念の力を感じたのです。

人間の想念は病気をも超越する。

「想いのエネルギーは凄いのだ」・・・・と。

湯川さんは仕事という目標を持っていましたが病気という影が現われたときに心がブレることがなかった。

そして諦めたと思うのです。

「なって(病気に)しまったものはしかたがない、なるようにしかならない」

諦めたときに病気に対する執着が取れた。

つまり降り続く雨を意識しなくなったのです。

このままいくと私はどうなるのだろうか?

という不安を持たず雨が通り過ぎるのを眺めることもせず、気にも留めなかった

すると病気は通り雨のように過ぎ去っていった。

そして消えていった・・・・・・。



湯川さんのまねが私たちに出来るか?

湯川さんのように大きな目標(ミッション)がない人はやっぱり病気に負けてしまうのか?

そんなことも思います。

でもこのことが教えてくれるように

やまない雨はないのと同じように

“治らない病気はない” のです。


病は気からって言いますよね。

気持ちを病気に向けないようにする 努力 

この努力、工夫を続けていくうちに

意識しなくなる

意識することが少なくなると思うのです。


病気の人は世界平和の祈りに


やまない雨はない

治らない病気はない

を付け加えたらどうかな?

と思いました。


そのうち付け加えたことも忘れてしまえば

病気はきっと回復(消えて)しているんでしょうね。 





世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます


 
      

2011年11月 7日 (月)

いい話なのでみなさんも聞いてください。

 

  
 
ある小学校で良いクラスをつくろうと一生懸命な先生がいた。

その先生が五年生の担任になった時

一人、服装が不潔でだらしなく、遅刻をしたり、居眠りをしたり

皆が手をあげて発表する中でも、一度も手を上げない少年がいた。

先生はどうしてもその少年を好きになれず

いつからかその少年を

毛嫌いするようになった。

中間記録に先生は少年の悪いところばかりを

記入するようになっていた。


ある時、少年の一年生からの記録が目に留まった。

そこにはこう書いてあった。

「朗らかで、友達が好きで、人にも親切。
勉強もよくでき、将来楽しみ」とある。

間違いだ。他の子に違いない。

先生はそう思った。

二年生になると

「母親が病気で世話をしなければならず、時々遅刻する」
と書かれていた。

三年生では

「母親の病気が悪くなり、疲れていて、
教室で居眠りをする」。

三年生の後半の記録には

「母親が死亡。希望を失い、悲しんでいる」とあり、

四年生になると

「父は生きる意欲を失い、アルコール依存症となり、子どもに暴力をふるう」。

先生の胸に激しい痛みが走った。

だめと決めつけていた子が突然、

深い悲しみを生き抜いている

生身の人間として自分の前に立ち現れてきたのだ。

先生にとって目を開かされた瞬間であった。

放課後、先生は少年に声をかけた。

「先生は夕方まで教室で仕事をするから、あなたも勉強していかない?
わからないところは教えてあげるから」。

少年は初めて笑顔を見せた。

それから毎日、少年は教室の自分の机で予習復習を熱心に続けた。

授業で少年が初めて手をあげた時、先生に大きな喜びがわき起こった。

少年は自信を持ち始めていた。

六年生で先生は少年の担任ではなくなった。

卒業の時、先生に少年から一枚のカードが届いた。

「先生は僕のお母さんのようです。そして、今まで出会った中で一番素晴らしい先生でした」

それから六年。またカードが届いた。

「明日は高校の卒業式です。僕は5年生で先生に担当してもらって、とても幸せでした。おかげで奨学金ももらって医学部に進学する事ができます」

十年を経て、またカードがきた。

そこには先生と出会えた事への感謝と、父親に叩かれた体験があるから

感謝と痛みが分かる医者になれると記され、こう締めくくられていた。

「僕はよく五年生の時の先生を思い出します。あのままだめになってしまう僕を救ってくださった先生を、神様のように感じます。
大人になり、医者になった僕にとって最高の先生は、五年生のときに担任して下さった先生です。」

そして一年。

届いたカードは結婚式の招待状だった。

「母親の席に座ってください」

と一行、書き添えられていた。

先生は嬉しくて涙が止まらなかった。



僕は、このお話を日本中の先生に読んでもらいたいです。

日本中の大人に読んでもらいたいです。

ダメな人なんていない。

可能性のない人なんていない。

僕たち大人が、ダメだと決めつけてしまう考え方があるだけで…。



  




感想

友達がfacebookをしていてそこに紹介されていたのをシェア(共有)させてもらいました。

この生徒が誰なのか? 誰の作品なのか?を探すのは止めました。(笑)

私も人を結果(今の状態)で判断することがあります。

相手を知ろう、理解しようとすることは点ではなくグローバルな視野で観なければならない

過去がどうであったかは観えなくても、大きな愛の心で包み込まなければいけない! と感じました。

ほんとこんな先生ばかりだったら世の中はすぐにでも善くなりますよね。
わーい(嬉しい顔)




世界人類が平和でありますように  ぴかぴか(新しい)




   





 

2011年11月 5日 (土)

人は気づきを促すメッセンジャー

  

 
よく、「子は親の鏡である」 とか 「人は自分を写し出す鏡である」 とかいいますよね。

それもわかるような気がするんだけど、でも「自分は自分だし他人は他人でしょ」と思う気持ちの方が勝っています。

そして「私をあんな奴と一緒にしないでくれ!」ってどこかで思っています。

自分とは何なのか? そして自分を取り巻く人(他人)とはどういうふうに捉えたらいいのか?

この文章を読んで少しわかったような気がします。

私もその辺は試行錯誤なのです。げっそり

よかったらお付き合いください。




 
  
気づきを促すメッセンジャー


人はみな愛がなければ生きてはゆかれない。

自分を愛し人を愛することによって初めて、人と人との関係が調和し、うまくゆくのである。

素晴らしい関係は愛の高さ、深さ、大きさに由来する。

自分がどの位自らを、そして人を愛しているか。

それにより、自らの状況や環境、そして人々との関係は構築されてゆくのである。

ゆえに自分自身を取り巻く環境にいかなる人がいようと、かつまた自分に連なる大勢の人々が関係していようとも、究極的には自分の目の前に生ずるいかなる出来事も現象も、決して他ではなく自分自身のために現われた、自分自身そのものなのである。

自分とその意識の問題である。

未だ自分に憎む心があった。

嫉妬する心が潜んでいた。

怒る想い、妬む想い、争う想いがあったことを、自分が出会う人々を通して知らされるのである。

決して出会った人そのものが憎い相手でもなければ、悩みの原因でもない。

彼らの存在は、自分自身の生き方を変えるためのメッセンジャーなのである。

導き手なのである。

それを即、自分の悩みや憤りの元凶とレッテルを貼って考えるのは愚かなことである。

今や人類のほとんどが自分自身はもちろんのこと、自分の家族や友人、そして他人を、同じ人間として心から信じられないでいる。

常に人類一人一人のマイナスの想念が造り上げたマイナスの現象を信じて生きてしまっているのである。

人類が信じられるのは、愛でも赦しでも幸せでもない。

平和でも健康でも至福でもない。 

人類の信じるもの、いや生きる目的そのものが他より勝る、他を見下す、他を突き落とす・・・・という相対的なことに向けられているのである。そこに人生の意義を見出すから、人類の非劇がもたらされるのである。




    

       西園寺昌美 白光誌11月号より






感想

自分の心の中にある憎む心、妬む心、いやらしい嫌いな心、それがすべて無くなってしまったらそれを写し出す他人はみな、愛そのものの人になっていく・・・・。

だから自分の心を限りなく浄化していくことが大切なんですね。

浄化するために美しくするために

祈りがあるのです。

祈ることによって自らも浄め、そして守護霊守護神に自分の中の肉体、幽体、霊体を浄めてもらう。

そうすると自分の心の中は神界だけになります。

神界は天国でありみんなが仲良く調和している世界です。

そこの(神界)住人に自分がなるわけです。

アセンションはこうして起る

今日、たった今

そのことを認識しました。





世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます




   


  
      

2011年11月 4日 (金)

11月4日の気づき(人間は光の波動体)

  
  
    
・ 祈っていて人が離れていくというのは、自分の波動が変化して(光が強くなって)その光の強さに相手の人が合わなくなったからなのです。

一緒にいることで眩し過ぎてその人がかえってしんどくなることもあります。だから自分に思い当たるふしもないのにそういうことがあっても気にしないことです。


 

  

・ 自分が祈って穏やかな波動(エネルギー)を出していれば決して怒りの波動とは共鳴しません。しかし業想念、カルマを浄めてもらおうと近づいてくる人(魂)もあります。 するとその人は怒りをぶちまけることがある。
あなたの波動が気持ちが良くて近づいて来る人、感情をぶつけて来る人・・・・だから現われる現象にとらわれては(振り回されては)いけないのです。どちらも相手の人(魂)にとってはありがたいことなのです。



  
  
  

追伸

すいません、今回は祈っている人ヴァージョンになってしまいました。けれどこういうことは一般的にも言えるのです。 穏やかな人を見ると腹が立つという人がいます。「俺がこんなに怒っているのになんであんたはそんなに冷静なんだ!」・・・・・と。
 それはやっぱり相手の魂を多少なりとも浄めているのです。 霊性の高い人(魂が高い人)は結構その役目?をします、みなさんも心あたりないですか?(笑)


    

   

携帯電話 2

  
       
 
  ≪携帯電話≫


最近、残念なことに私は携帯電話を肌身から離せなくなってしまっています。

仕事のメールや、友人たちへの連絡、ちょっとした地図代わり、そして情報の検索と、何から何まで携帯に頼ってしまうようになってしまいました。
 

携帯を忘れてしまって一日持っていないと、どこか不安(無限なる信頼!)な自分に、少し気を付けなければとせめてものあがきを入れているこの頃です。

先日、ふと電車の中で、向かい合った席一列の人全員が携帯を操作しているのを見た時、大きな違和感を感じてしまいました。


携帯で音楽を聞いている人、メールを打っている人、インターネットの情報を読んでいる人、何かをつぶやいている人(twitter)、ゲームで遊んでいる人、予定調整をしている人・・・・・その小さな機械と必死に向き合っている人々の光景は、今の日本を象徴しているかのようでした。


しかし実は、その光景の異様さに気づくまで、何を隠そう私も乗り換え駅の検索のため、携帯を眺めていた一人でした。

その携帯の先に皆それぞれ自分の世界を持っていて、そことつながっているのだろうと思いましたが、それが不自然なことは言うまでもありません。
 

そしてある友人のことが思い出されました。


彼女は仕事をバリバリこなす女性なのですが、一週間の瞑想の合宿に参加するのだ、と言っていました。

 
その間は、テレビも電話もダメ、話してもダメ、書いても読んでもダメ、人と目を合わせてもダメというのです。
 

そのようにして一週間過ごすと気が狂いそうになるのだけれど、その経験を通して、たくさんの気づきや内なる変化や目覚めを感じるのだそうです。
 

それを聞いて、今の時代はお金を払って、自らを社会から隔離し、何もしない環境を他につくってもらって初めて内なる自分を見つめる時間が出来るのだと気づきました。
 

皆、忙しく生活していると、たくさんの情報やら時間に追われてしまっているのでしょう。

 
しかもそれらの情報は自分を見つめたり、自然に感謝したり、あるいは守護霊・守護神様とつながるという内なる自分を育てるものではなく、入ってきてもすぐに消えてしまうような情報です。
  

自分自身を見つめる時間は、今の時代にはどんどんなくなってしまっているように思います。
 

目の前にいる人々が携帯を通して世界とつながるように、真理を通して内なる世界とつながっていたら、今どんな光景になっていたかと、電車の中想像をめぐらせていました。
 

携帯ではなく、真理とまっすぐにつながり、外の情報ではなく、内にある情報と叡智を引き出していく。

 
この世の地図ではなく、守護の神霊の導きをしっかり心で聞き、必死に向き合って生きている。
 

それこそが神性復活のこれからの日本人の姿なのだ。


 
成就!・・・・・・一人電車の中、こんなことを思うのでした。


人類即神也


  


     西園寺由佳さん 白光誌 11月号より



  
    

携帯電話 1

  
  
  
インターネットは、世界を一つにしよう、世界を平和にしようという想いからビルゲイツが創った世界だそうです。

世界中を網羅しているインターネットが愛で溢れだしたら、どこからか発信した宇宙の、神の波動が伝わっていけば、見事に次元上昇を迎える時期にはインターネット、そして携帯電話などの役割りは終わります。

進化した星(金星など)には、もちろんそんなものはありません。(笑)

しかし今わたしたちは本当の目的から離れたところでも使っています。

そしてそこには、莫大な量の情報が入っている。

多くの人のその中で本物を探して、さ迷っています。

私たちはつい本当の目的(世界を平和にする)を忘れて、外の世界、違う世界へと入って行きかけたりするのです。

自分が必要とする情報だけを仕入れて、後は深入りしない方が絶対にいいのですが、ついつい余計なことまでしてしまうのです。

他にしなければならない優先順位の高いものを放っておいてそこに時間を取られてしまう。

大事なことに目が行かなくなってしまう。(例えば子供と遊ぶ時間が減る、料理を作るのに手を抜く、人との対話が減る・・・・・)

便利なものがやり過ぎては本末転倒になってしまうのです。

私も最近、ネットでの行動範囲を広げたために

「あーこれではいけない」 と反省することが多くなってきたのです。

なんでもバランスが大切だと思います。

そこで私がハッとしたコラムを書き写してみたいと思います。

長くなりましたので携帯電話2にてご紹介します。





世界人類が平和でありますようにぴかぴか(新しい)



  


2011年11月 3日 (木)

11月3日の気づき

  
  

 
  
・ 急いだ方がいいときには神様からのフォローが必ず入る、だから焦らなくていいんだ。

 

 

・ この世を善くするためには、肉体界に現われて来る前の世界(幽界、潜在意識の世界)を浄化しなければならない、取り除くのではない、それは除霊であって浄まって消えたわけではないのだ。世界平和の祈りは強烈な光なので浄め消すことができるのです。 浄め、消して始めて善いものが現われて来る。
祈って掃除をしている人が世界平和の祈りを祈っている人たちなのです。
世界平和の祈りしか、すべてのものを浄めることはできないのです。


 
 

・ よいことを書いているなぁと感心して調べてみると結局はビジネスのことであったりする、それでもよいのだろうけどなにかがっかりしてしまう。ビジネスが悪いのではない、そこには自分があるからなのだ、自分という気配を消さなければそれは本物とは言えない、自分がやっているのではない、神様の代わりにやっているのだ。



 

・神性のまだ顕われていない肉体人間に期待してはいけない、そして信じてはいけない!

 



・やるだけのことをやったら、後は神様にまかせてしまおう・・・それを呑気という。 happy01

 

  

世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます





   



   

つぶやきを始めました。

   
今流行りというか旬のツイッターでたくさんつぶやいています。

最近の人は忙しくて(忙しくなくても)本も読まない、もしかしたらお気に入りのブログを読むのもおっくうになっているのかもしれません。

ツイッターは限られた文字数(何文字だったけ?)で自分の意志を伝えなければなりません。

そこでの私の感想なのですが、短い文章でも目いっぱい文字数を使うと “長い” と感じてしまうのです。

たくさんの文章を読みたい、そこから自分に必要なとこだけを見つけたい

そうなると長目の文字はパス(スルー)してしまうのです。

短くてもインパクトのある文章・・・・

短すぎて伝わりにくい文章・・・・


いったん書いた後また減らしたり増やしたりしながらやっています。(俳句、短歌をつくっている感覚なのかもしれません)

そしてそこでは、ここで書いていたような真理をズバリと書くことをしていません。

まだ時期的に受け入れられない人の方が多いからです。

ここでは本音、本心を書く

よそ(笑)では

誰にでも受け入れられるように書く

そのバランスが大切だと思っています。

しかしいつかはその2つはつながっていくと信じています。

よろしければそちらの方も覗いてくださいね。

これからもよろしくお願い致します。

世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます



  

  

2011年11月 2日 (水)

日々の指針

  
  
  
一、 才能というのは、努力して習得するものではない。誰もが持って生まれた天性のものである。 自らが認めた時、それは開華する。

 

  
一、自立への誇り。
  
 


一、人生とは、どの瞬間も自らの意識のみでつくられてゆく。
 
 


一、人生とは、生きがいある目的を持って生きることのみ。
 
 


一、人生とはそういうこと(マイナスの状況)が起きるであろうことを自分で許せば、そのようになる。

 
  

一、人生とは、こういうこと(プラスの状況)が起きると創定すれば、そのようになる。


 
 
一、自らの神性に逆らえば逆境に陥る。




    


                    西園寺昌美




  

2011年11月 1日 (火)

本当の知識は行動のなかにある

  
  

すいません、最近facebookやツイッターに書くようになってから日記のほうに来ることが少なくなってしまいました。

私の中ではどちらも大切で短い文章で伝えられること、伝えにくいものがあると思うのです。

やっぱりここに帰ってくるとホットします。わーい(嬉しい顔)

私にとっての原点、オアシスなのかもしれませんね。ぴかぴか(新しい)いい気分(温泉)

ところで今読んでいる本(途中ですが)は「ダントツ経営」です。

建設機械では世界を圧巻する“コマツ”の経営者である坂根正弘さんの書き下ろしです。

最近思うのは、考え方って大事だなぁってことです。

考え方(思考)が自分を創り、そしてそれが周りに影響を与えていく

人間とは思考(心)がすべてだとも思うのです。

だから立派な思考を持っている人に惹かれます。

そしてその人の生き様に凄い真理やヒントが隠されています。

それを見つけるのがまた楽しいのです。わーい(嬉しい顔)

思考が先か、行動(アクション)が先か

そしてバランス、タイミングが大切なのではないか?

そんなことを考えているときに読んだ一節があります。

よかったらお付き合いください。



 
本当の知識は行動のなかにある



私の好きな言葉に 「知行合一」(ちこうごういつ)があります。

出典は、中国・明代の思想家である王陽明の『伝習録』という古典です。

その意味するところは、「知ること」と「行うこと」は同じことで、両者に違いはない。

行動や実践を通じてこそ真の知識が身につくし、逆にアタマに知識だけ蓄えても、それを行為や行動に活かさないのであれば、真に知っているとはいえない ━ そういう教えです。



  「ダントツ経営」坂根正弘



この後、著者が仕事の現場でクレーム、修理の要望があったときに頭に持っている知識を使って解決するのではなく、実践で「なんとかしなねば」という必要に迫られて必死で取り組んでいるうちに力がメキメキついてきたという体験談を書いておられました。

まさしく 「行なう」ことと同時に知識(ノウハウ)が身についてきたということですね。

そして知識は持っているだけではなく、使って役立てていかないと朽ち果ててしまう。

この知識と行動をバランスよく組み立てていくことが大切なんだなぁと思うのです。

どっちがでっかちになってもいけない

本ばっかり読んでいてもダメだし、考えないといけないときに考えずにただやみくもに突っ走ってもいけない。

そのさじ加減はどうするのか?

それは自分で加減するしかないんでしょうね(笑)



  
 
追伸

先ほども書きましたように、facebook、ツイッターで人生相談のベースをつくるための準備(目的はそれだけではありませんが)をしています。

ここでは書いてないことも書いていますのでよかったそちらも覗いてみてください。(正式なホームページはまだです)

そしてよろしければお友だちになっていただけたら幸いです。

今後ともよろしくお願い致します。

尚、本名 篠崎 朗 (しのざきあきら)で登録しています。わーい(嬉しい顔)

下記は人生を明るく生きていこうのfacebookページアドレスです。

 
http://www.facebook.com/media/albums/?id=100002579354047#!/pages/%E4%BA%BA%E7%94%9F%E3%82%92%E6%98%8E%E3%82%8B%E3%81%8F%E7%94%9F%E3%81%8D%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%93%E3%81%86/101088433338557



     



  

  

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