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2011年9月 1日 (木)

偽善者になりたくない 10

  
  
  
 
善悪の把われを神様にお返しする

 

私たちのやり方というのは、今までの把われ、過去世からの把われ、善悪に対する把われ、これがいい悪いという把われを、みんなひとまず神様の中にお返ししてしまって、改めて神の子として日々を送る、というやり方なのです。

その一番易しい方法が世界平和の祈りなんですよ。

真理ばっかり求め、真理ばっかりくっついていたら、真理に把われることになる、把われたら悪となる。

いい事をしなければいけない、いいことをしなければいけない、とそればかりに思っていると、今度はいい事に把われちゃうんです。

ちょっとでも真理にはずれたことをすると、至らない自分が苦しくて苦しくて、生きているすべがなくなっちゃう。

そうするとその想いが今度業想念になって、病気なり不幸なりになって現われてくるの。

だからそういうやり方じゃダメなんですよ。

自分の行なっていることが、もし悪いとするならば、悪いなら悪いで仕方がない。 やっちゃったんだからね。

兄弟喧嘩をする。 隣人と喧嘩する。 ああしまった! と思いますね。

しまったと思った時に

「これは消えてゆく姿だったんだ、もう再びこういうことはしますまい、世界人類が平和でありますように。 隣人の天命がまっとうされますように、私たちの天命がまっとうされますように」

そういうふうに世界平和の祈りをすれば、喧嘩したことがかえって、相手への祈りとなって、相手を祝福することになって、それで昇華されてゆくわけでしょう。

喧嘩という災いが転じて福となるんです。

そういうふうにやんなきゃ。

失敗したことをみんな幸せになるようにやってゆくのが、世界平和の祈りなのね。

そうすると何にも把われない。 あなたがいいも、私が悪いも、そんなこと一つも言わなくてすんじゃう。

何にも責めることがなくなっちゃう。

自分を責めることもなくなっちゃう。 そうするとその人はどういう人になるかというと、世界平和の祈りの中から生まれた神の子になってくるんですよ。

原理としたら実に易しいんです。

行ないとしても易しいんです。

やりさえすればいいんです。

こういう教えを今、私は一生懸命説いているわけですね。

それで心をいつも透明にしている。

ごたごたしたものを、いつも世界平和の祈りの中に入れちゃって、いつもこの中はスッキリとしている。

いつも透明になっているような人間になれば、姿が見えなくなる透明人間より、よっぽどいいですよ。

心がスッキリしているんだから。

そうなれば 「死んでも生きても神様のみ心のまま」 ということが本当に行なえるようになるわけです。

業想念が幽体の中にいっぱい溜まっていて、無理やりに命を捨てよう、命を投げ出しても、神様! なんて言ったってそれはダメなのよ。




 

      「自分も光る人類も光る」 五井昌久 白光出版



 



    

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