« どれもこれも神様に見えてくる 1 | トップページ | アセンションとはみんな(人類)が幸せになること »

2011年9月 7日 (水)

どれもこれも神様に見えてくる 2

  
   
  
仮に自分だけ業想念が消えたとします。


きれいになった。


ところが世界人類は全部まだ浄まっていないんだから、人類の波がかぶさってきます。


その時は菩薩として、他人のものも背負って、また世界平和の祈りの中に入れてやるわけです。


そうやっていると、自分がますます大きくなってくるんですよ。


一人救えば一人だけ大きくなる。


十人救えば十人だけ大きくなってくる。


それで宇宙全部を救えば宇宙神で、宇宙そのままになっちゃう。


そういうような生き方が大事なわけです。


始めのころは、お金がぼんぼん儲かる場合もあるんです。


先生のところへ来たら、病気は治った、商売も繁盛してきた。


心はもう安らかになって、家庭も安全になってきた、ということになる。


ところが一年やった。 二年したら、このごろは体が悪くなりました。


家庭がなんとなくおかしい、と言ってくる人がある。


それは菩薩的になったから、一段階上の世界で、少しずつ苦しいこともある。


それが済むと、またパーッと一段階上に行くんです。


そうすると終いに、何にも問題にならなくなる。


出て来ることが、どんないいことが出て来ようと、悪いことが出て来ようと、あまり問題にならなくなる。


ただつねに神様への感謝だけで生きられるような、そういう人になってくるんですよ。


そうなると “こんにちは” と挨拶すると、ああ、この人は神様の子だ、というのが ピーッとくるんですよ。


みんなが神様の子に見えて来ます。


どれもこれも神様になってくるんですよ。


そうなるためにいろいろ苦労をするわけなんですけれど、やがてみんな、そうなるんですよ。


誰を見ても憎む心が起こらない。


人を見て、あのヤロウこのヤロウと思う想いがなくなってくる。


どんなことをされても、その人が憎くなくなってくるような、そういう人間に自分がなるわけです。


その人はなんて幸せな人でしょう。


その人の住んでいるところは天国に決まっています。


人を憎む想いがない。 恨む想いがない。 そういう人は天国に決まっています。


天国に住んでいる人なんです。


そういうふうにみんながならなきゃね。





「自分が光る人類が光る」 五井昌久 白光出版





  

« どれもこれも神様に見えてくる 1 | トップページ | アセンションとはみんな(人類)が幸せになること »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/160971/41556497

この記事へのトラックバック一覧です: どれもこれも神様に見えてくる 2:

« どれもこれも神様に見えてくる 1 | トップページ | アセンションとはみんな(人類)が幸せになること »

最近のトラックバック

2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ