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2011年9月30日 (金)

本は素晴らしい!

  
  
  
今私は、5~6冊の本を同時に読んでいることは前の日記に書きました。

そのどれもが面白く時間がいくらあっても足りないくらいです。

ここに感想をすぐに書ければいいのですが書く時間ももったいないくらいなのです。

本になんでこんなにのめり込んでいるのか?

共通しているのは、書いている人それぞれがその道のエキスパート=プロだからです。

自分も気功の他にもいろんなことをやってみたい、たくさんのことを知りたい、経験してみたい・・・・・


みなさんもきっとそうだろうと思います。

しかし一つのことを極めるのでも大変なことです。

そして一つのことでも一生懸命にしていればたどり着く先は同じだと思うのです。

だがしかし、いろんな世界を覗いてみたい・・・・

そんなとき本はいろんな世界へ連れて行ってくれます。

于先生がお薦めてしてくださった本はその中でもなぜか私が知りたくて知りたくてしかたがなかったジャンルの本ばかりなのです。

それらの本に共通して言えるのは

真実のエキスだけを出し惜しみすることなくすべてをさらけ出してくれているところです。

真実(真理)の波動は底の方から湧き上がってくるので私の本心に響くのです。

本心に響かないものは感動も呼ばないし本物ではないのです。(私にとってですが)

だからここにかいてあることは本当だ! ってわかるんですね。

前置きが長くなりました。

本のご紹介です。 
本
 




「自分を超える法」 アンソニー・ロビンス ダイヤモンド社


お金が無くても成功できる、これから何かを始めようとしている人に読んでもらいたいです。



 
ビジネスチャンスに気づく57の法則 阪本 啓一 日経ビジネス人文庫


私は今、ビジネスを始めようとしています。だからビジネスにはどのような感性が必要でどういうふうにアンテナを張ればいいのか?を知りたかったのです。それにはビジネス特有の気づきがいるのです。気づきを得る方法が楽しく読めてわかりやすく書いてあります。



 
世界で一番!「日本経済の実力」三橋貴明 

 
は今まで日本は財政危機にあると思っていました。しかしそうではなかった日本は経済的にも自立した素晴らしい国です。
みなさん政府やマスコミの危機感を煽った報道に振り回されないでください。日本の国の財政事情がわかると自分にも自信が持てます。全体が見えて来ます。 



 

「人は死なない」矢作直樹 バジリコ


東京大学医学部卒で臨床医の先生が書いた本です。私はこの本に書いてある内容もさることながら矢作さんの謙虚で素直な人間性に惹かれました。
人は人を信用するとき、理屈ではなく人柄で決めていると思うのです。
そしてこの本が多くの人に読まれて死からの間違った恐怖から抜け出すことができたらどんなにいいだろうと思っています。





 
「悠々とした生き方」 五井昌久 白光出版

 
五井先生のご著書を読んでいると明るくなって生きる勇気が湧いて来ます。

純度100%、だから読んだ後にスッキリ爽やかになります。

真理を知りたい人、真の生き方を実践していきたい人は是非読んでください。




 
「光の勢力は集合する」 ベンジャミン・クレーム シェアジャパン出版

 
今日届いたばかりなのでまだ読んでいませんが、サブタイトルが ━ UFOと彼らの霊的使命 ━です。 宇宙人は地球人に対して何を伝えようとしているのか? 宇宙人の意図とは神の意図でもあるのです。そこから私たちのミッション(使命)がわかるのでないでしょうか?
于先生からあまり本にのめり込まないでくださいという注意がありました。
意識がよその世界に行ってしまうからかもしれません。
そのような傾向のある人はやめておいた方がいいかもしれませんね。(笑)



  

9月30日の気づき

  

   
・ 商売(仕事)で成功するには、自分に何が出来るかではなく、何が貢献できるか(与えられるか)、なのです。


 


・ 反省というのは、人や物に対する思い遣りが足りなかったときに自然とさせられるものだと思う。



 

・ お金も きれいなところに行きたいぴかぴか(新しい) のです。

だから 「このお金が浄まりますように」 とお金を差し出す人のところへ戻ってくるのです。




 
・商売は熱意だけでは成功しない 「こんなサービスをしたらお客さんが喜ぶだろうな」 という たゆまない創意工夫(思い遣り)が必要なのです。



 


・細かいところに気が付くとは、波動(エネルギー)が細かい、やさしいということです。 人を心地よくするエネルギーなのです。



 

・ 相手の天命がまっとうされることを祈るのは、相手の魂の成長を願っているということです。 最高の愛を捧げる祈りなのです。




 
・ 人は文章のうまさ(テクニック)に感動するのではない、伝わってくるエネルギー(波動)に感動するのだ。






 

2011年9月29日 (木)

9月29日の気づき

  

  
  
・ 今まで(過去のこと)はどうでもいいんだ、これから(未来)をどう創っていくかなんだ。

 

・ 事故に遭って、奇跡的にかすり傷で済んでも、重傷を負っても、また死んでしまうことになっても、自分の魂の成長にとってこれでよかったんだ、「神様ありがとうございます」 という心境になりたい!



・ お金は引力のようなもので、これまでは「お金が欲しい!」という人の処にも行っていた、しかしこれからは “愛のある人” の処へしか引き寄せられて行かない。(本物の時代がやって来る)




    

2011年9月28日 (水)

「悠々とした生き方」

    
私は今、5冊ほどの本をほぼ同時に読んでいます。わーい(嬉しい顔)

だから気づきが一杯です。(笑)

その中からご紹介します。


本のタイトルは 「悠々とした生き方」 

私たちは毎日を忙しく生きている、だけどそれは目の前に現われている現象が目まぐるしく変化しているだけであって心が平穏であるならば、なんら慌てることはないのです。

朝早く起きて煎りたてのコーヒーを読みながら新聞をゆったりと読む 富士山 コーヒー 

私たちはそんなことさえ出来ていないのではないでしょうか?

生きていることの苦しみとは心が乱れていることにあると思うのです。

それは今も昔も変らないことなのかもしれません。

人間の心(魂)を救ったお釈迦様は何を伝えたかったか?

そこに答があると思うのです。





 
本文

お釈迦さまは、老人を見て、人は年をとって体がきかなくなり汚くなってゆく “老” の苦しみを感じた。

病に冒されて苦しんでいる病人がいる。

それらを見て、生老病死という苦しみを解脱するために、どうしたらいいかということを考えて瞑想したわけですね。

そして、生老病死の四苦を解脱する路を悟って、それが仏教になったわけですね。

どういうふうに悟ったかというと、悟ったから環境がすぐ直るというんじゃないんです。

お釈迦さまの悟りというのは、悟ったといってすぐに病気が治り、貧乏が直せる、すぐ地位が上がるというのではないんです。

いかに病身であろうとも、いかに貧乏な環境にあろうとも、いかに追い詰められた環境にあろうとも、地位が低かろうとも、心がそういうことに把われないで、そういう外界の想念波動を超越して、心がいつも豊かで明るく美しく生きられる方法を悟られたわけです。




      

          「悠々とした生き方」 五井昌久 白光出版





 
感想

お釈迦さまもやっぱり心の持ち様大切だとおっしゃっていたのです。

心が穏やかで豊かで明るく美しければ、心を侵すものはなにもない

すると調和がとれてきて、結果的に病気が治ったり、貧乏が直ったりする、心が豊かになればいるものは自然と整ってくるのです。

だからすぐにどうこうしようとせずに、まずは心を整えなさいと説いたわけです。 

整えるのには、整える対象となるものがいる

しっかりとした基盤となるものがいる

完全に完璧に整った世界とは

肉体界にはない・・・

それは自分の心の奥にある本心だ

本当の自分の心は神界というずっと奥にある

そこに意識を合わせると、つながると(天と地が繋がる)

もう外界の出来事に惑わされることはない

そのために心を無にして

坐禅観法して本心と繋がらせたのです。

でも今はそんな時間もないし

その方法ではなかなか悟れない

悟るとは本心と吾(肉体人間のこと)がつながるということです。

そのために降ろされたのが

世界平和の祈りであり、印であり、マンダラなのです。


 


世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます


  
 
   
 

「人は死なない」

 
  
先ほど、私は高校のときの友人が入院している病院に行って来ました。

あいにく外出していて(連絡なしで行ったので)逢えなかったのですが、私の中で彼に何かを伝えたい

神秘的なことでもなく(奇跡は起るよとか)、今の医学は素晴らしいから大丈夫だよとかいう気休めでもなく

なにか力強い言葉をかけたかったのです。

結局は逢えなかったので私の中での宿題になったのですが

帰路の電車の中で読んだ本の中のその宿題の答を見つけたような気がしました。


先日、ご紹介した 「人は死なない」 の本に書いてあった中の文章です。




 
● 現代医学の限界


先にあげた容態の急変による死亡にせよ、予想を超えた蘇生にせよ、その原因は現代の医学では情報が少なく説明をすることができません。

生命とは我々が考えるほど単純なものではなく、自然科学としての現代医学が生命や病気について解明できているのはほんのわずかな部分でしかない。

患者さんやご家族からすれば、我々医師は生命ないしは体についてのプロフェッショナルとして期待されていることでしょう。

しかし、我々医師が 「あらゆる総合である存在としての生命」 について知っていることは、実のところ本当にごく限られたものです。

確かに、現在では様々な病気に対していろいろな治療が受けられる。


だけれども、その後の治療の経過は、結局患者さんの心の持ち様が重要だと思っています。

私だけでなく、臨床医は少なからずそう思っているはずです。

だから、私は事あるごとに 「意欲」 はとても大事であると、冗談ではなく本気で訴えています。

米国の総合医療の提唱者アンドルー・ワイルは、近代医学に欠けている全体を見るという立場で 「人は心で治る」 と力説しています。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



        「人は死なない」 矢作直樹 バジリコ


 
 
病気を追求している医学でも最後の最後行き着くところはやっぱり心なのです。


 魂(心)を癒さずして真の医療(治療)はない


真実の言葉だと思います。




  

アインシュタインの宇宙観

  
  
ニュートリノが発見されて、これまでの理論がくつがえされる事態になるかもしれません。

アインシュタインの相対性理論が間違いだったと言われるかもしれません。

しかし私にはそんなことはどうでもよく、それよりもアインシュタインは素晴らしい人だったと思っているのです。

物理学者であったアインシュタインは天才と言われていました、天才に対してはいろんな説があると思いますが、本物の天才とは、天国、つまり神界の意識をそのまま3次元である地上に降ろせる人のことです。

だから普通の肉体人間とはそれこそ次元の違う考え(意識)を持っています。

アインシュタインは神界の何を人々に伝えたかったか?

自分の天命(使命)をなんだと思っていたか?

彼の人間観、宇宙観は何だったのか?

私はアインシュタインは間違いなく天才だったと思います。

それは宇宙の響き(バイブレーション)を知っていたから・・・

宇宙の響きとは愛です。

それもとてつもなく大きな 愛  

彼は自分(人間)という枠を外して自分の意識を広げたかったのだと思います。

科学を突き詰めていくと宇宙に行き着く

そして宗教、哲学・・・どんなことでも極めていくとそこは宇宙(愛)です。

アインシュタインの宇宙観は素晴らしい! 

ここにご紹介します。








「人間は宇宙と呼ばれる全体を構成する一部であるが時間と空間の枠に閉じ込められているために独立した自分が考えたり感じたりするものと理解する。

この理解は想念に生じた一種の幻像であって、我々の意識に対して牢獄のような作用をし、我々を自分の欲していることにのみに気を配ったり、身近の人々のみ愛情をそそぐようにしてしまう。
 
我々の使命は自分の意識をこの牢獄から解放し、すべての生物やすべての自然をあるがままの美しさで抱擁するまで自分の愛念の及ぶ範囲を拡げることである。

これは非常に難しい仕事で誰にも成就できないがその努力は自分を解放する道を歩むことであり、心の落ち着きをつちかうことである。」




    


2011年9月27日 (火)

仕事(起業)について 1

    
    
近未来においてお金は確実に無くなっていきます。

なぜならばお金とは勘定のこと、つまり感情です。

感情というエネルギーを処理するためにお金が存在している。

もし感情がなくなったら

そしてみんなが愛に目覚めて助け合うようになっていけば

自分の提供するもので相手が潤い、相手が提供してくれるもので自分が充たされていきます。(物々交換の時代)

そこにはおカネという媒体は存在しなくていいのです。

それと並行して金融破たんもあると思います。

しかしそんなことを言っても

今の段階ではお金がないと生活出来ません。げっそり

住むのも食べるのも自分を磨くのも、家族を養っていくのにもお金が必要です。

だがしかし、生活は確実に苦しくなっていく・・・・・(無限なる光)

リストラ、ワークシェアリング、会社の倒産、給料年収ダウン・・・・・・・・そんな中で増えてくると思われるのが個人的な起業です。


こんな時代に起業する?


しかし会社にしがみついていてももはや安定はない・・・・


実は私も考えています。


だがしかし、お金は自分への投資に惜しみなく使い、そしてなぜか溜まるような状況になかったので貯蓄ほぼ0(ゼロ)


こんな自分に何が出来るのか? げっそり

やりたいことはあります、しかしそれはビジネスになるのか?

ビジネスには何が必要なのか?

お金がなくても誰でも起業し、成功することなんてできるのか?


そんなこんな悩みを持った人は今や星の数ほどおられるのではないでしょうか?


お金を得る方法って5つあるそうです。




 
1.時間とお金を交換して稼ぐ

 
私が今やっている方法です、しかし給料は下げられ生活し自分のやりたいことができないところまできています。 デメリットは一日は24時間しかない稼ぐには限界がある。


2.相続する


両親から土地や家屋を相続する。デメリット 誰にでもできることではない


3.盗む

デメリット 言うまでもなく法律違反、やってはいけない


4.ひと山当てる


イギリスの宝くじの場合、勝率は1400万分の一



5.ビジネスをする


 成功する確率は20分の一




さあ、あなたはどうしますか? (私も含めて)


続きはまた書いて行きます。(笑)


  
  

 
 

9月27日の気づき

  
  
  
・ 忙しいとは心を亡くす、心が亡びると書く、忙しくしている人は本当に時間に追われているのではなく、脳が混乱しているだけなんだそうです。 脳が要らないもので一杯になっている状態、みなさんもそうではありませんか?

 


・ 気づきがあったとき、それは小さな悟りかもしれないけど、幸せを感じます。歯ごたえのある生活、生きていて良かったという充実感! 人間は気づきを得るために生きているのかもしれない。

  

・ 生命の使い方は自分の責任、死に関しては神様の責任(セミナーより)

 


・ 現われにとらわれず、光明波動(プラスのエネルギー)を出し続ける
 



・ プラスのエネルギーを投げかけると、2倍になって自分に返ってくる(セミナーより)
 


 
・ 何万回も輪廻転生している人の魂を救うのは自分の命と引き換えにするに等しい、それでは自分を犠牲にしてしまうのだ、そうではなく相手に真理を伝えて(人間は本来神であり自分の中にすべてがある、完璧な存在である)その人自身の神性で自らを整えていくことを説いていくことが大切なのだ。それが本当に人を救うことになるのだ。


 
・ 天には光輝いた素晴らしい本当の自分がいる。頭のてっぺんと天の自分が糸で結ばれているとイメージしよう、天の自分が糸を辿って肉体に降りて来る、すると神である自分が肉体に顕われるのだ。近未来に人間はみな、神を顕す。


 

・ 歯ごたえがあることをすると自分の心が納得する、前向きに天命、使命感を持って生きよう、人間に後ろ向きは許されない、宇宙は常に進化し続けているのだ。




・ いくら言葉でうまいことを言っても、それが自分の行動に出ていないと他人を納得させることは出来ない。


 

・ 頭の中を空っぽにして(スッキリさせて)そこに本心(神)を住まわせることが、お釈迦様のおっしゃる 空 なんです。





   

2011年9月26日 (月)

あるお坊さんの説法

  
  
私は仏教が好きです。

というよりお釈迦様が好きなのかもしれません。

日本には仏教がわかれてたくさんの宗派が出来ています。

でもその宗(もと)は同じですよね。

お釈迦様の教えがそのもとにあります。

ある仏教徒のお坊さんがおっしゃておられた言葉があります。

昨日、セミナーで于先生がお話ししてくださいました。




人として大切な事

3つあります。

心にジーンと沁みました。 
涙



1. 自立すること


2. お陰さまという心(感謝の気持ち)


3. お任せ (考えてもしかたないんだ、神様の中へ入っていくということ)



 
そして神様、仏様が人間に求めておられることは

一生懸命に努力しなさい、喜びなさい、感謝しなさい だそうです。

これは次元がどれだけ上昇しても変らない、金星などの進化した星(宇宙人)夜の人でも永遠普遍の真理なのだそうです。



   

「死の美学」

  
  
    
昔の武士は、どういう死に方をするかにこだわっていたそうです。

死に方とは、つまりどう生きるか?ですよね。

いつ死ぬかわからない武士は、いつ死んでもいいように

毎日を真剣に生きていた

死がまだだいぶ先だと思っている私たちは

いつの間にか怠惰な生き方をしているのかもしれません。

そこで死とは何か?

ですが

私たちは死んだ後自分がどうなるのかがわかっていません。

お墓に入るのか?

でも、 「私は墓にはいません」 という歌もあります。(笑)

死の世界があるのか?

ないのか?

わからないから死ぬのが恐い!

死んだ後がどうなるのかがわからないで

死に方も生き方もないと思うのです。

もちろんそんなこと関係なく

一生懸命に生きていくことは

大切ですが・・・・・・。

ただお葬式のときに

亡くなった父や母に対して

子どもが

「おじいちゃんは死んでどこに行ったの?」

と聞かれて

「あのね、お星様になったのよ」

と答えても

それはなんの確証もない

答えてる自分もわからない

そんなんでいいのか?

と思うのです。

宗教家や霊的な人、たまたま死後の世界へ行って来た人が

「死後の世界はあります」

と言ったところで

まゆつば(あやしい)

と思ってしまいます。

だったら東京大学の教授が

科学的に検証した結果

「人は死なない」 と言ったら

かなり信憑性があると思うのです。

私は死後の世界があることを信じています。

理屈ではなく

間違いなくあると思っています。

でも科学的にも知りたい

そして

人々から死からの恐怖が無くなれば

どれだけ

生きることに前向きになれるか?

病気などの恐怖が無くなるか

悲しみが無くなるか

死の悲しみが無くなるか


今、紀伊国屋さんに電話で注文しました。

みなさんも読んでみてください。

きっと人生観が変わると思います。




「人は死なない」 矢作直樹 バジリコ 

人は死なない-ある臨床医による摂理と霊性をめぐる思索



一条真也さんという方のブログがこの本の内容を上手く表現されています。参考にされてください。


http://d.hatena.ne.jp/shins2m/20110924/1316790067



  

空気で車が走る

  
   
  
昨日の、調和波動気功セミナーで于先生がおっしゃっておられたのですが、もうすぐ空気で車が走る時代が来るそうです。

ガソリンも電気も使わない

空気を圧縮することでエネルギーが動く、その力を利用して車を動かす。

これまでにも地球資源を使わないクリーンなエネルギーを開発していた人はかつていたそうです。

しかし、影の圧力によって封印されてきた。

悪のマイナスのエネルギーが強かったときには、地球のためになる、人類のためになるものは出て来れなかった。

それが波動(エネルギー)が変って、本物の時代、神界が地球に現われる時期になると本当に人類に必要なものが出て来るのですね。わーい(嬉しい顔)

先日、光よりも早いニュートリノが見つかりました。

時空が無くなります。

過去も現在も未来も無くなる。

それは、自分と他人という垣根が無くなるということでもあるのです。

人間の意識が宇宙大に拡がってどこまででも行けるようになる。(自由自在心)


素晴らしい時代がやって来ます。

世界に平和が訪れる


これからは、毎日がサプライズの連続になります。

みなさ~ん時代に乗り遅れないようにしましょう。わーい(嬉しい顔)





空気を動力に時速129キロ豊田自動織機が試作車 (26日日経新聞より)



http://www.nikkei.com/news/headline/article/g=96958A9C93819696E0E0E294E58DE0E0E2EBE0E2E3E38698E3E2E2E2




  

2011年9月21日 (水)

次元(意識)が上がるとわかるようになる

  
  
  
親という字は、木の上に立って見ると書きます。

意識を肉体から外して、肉体の自分を上の方から見ていることを想像してみてください。

なんだか不思議なもう一人の自分がもう一人の自分を見守っているような心境になります。

物事というのは、次元を変えて一段上から見ないと解決できません。(3次元のことは3次元の意識では解決できないのです)

今起きている3次元(肉体界)のことは、4次元、5次元、多次元でないとわからないのです。

目に見えることも目にみえないことが原因で起ります。

つまり、肉体界にくっついている幽界(潜在意識の世界)、波動の細かい霊界、神様の世界である、神界が肉体界に交ざって現われて来ている。

だからこの世のことは神界、霊界、幽界のことがわかっていないと本当に安心立命して生きていけないのです。

これから先に何が起こるかわからない

自分はどうなっていくのかわからない

自分はどうしたらいいのかわからない

わからない、わからない、わからない、わからない、わからない、わからない・・・・・・・・・・・・・・・・・

わからないことを肉体の頭だけを使ってどうの、こうのと考えを巡らせているのが私たち人間です。

わかるようになるには肉体人間の意識を超えること 、
親という字のように 次元を上げて観るようにすること それがお釈迦様のいう 空 だったのですが 3次元の雑踏で生きている私たちがお坊さんのように坐禅を組んで空 の心境になるなんて至難の業です。

意識を変えないと真っ暗闇の中を歩いているようなものだけど空になるメソッド(方法)がわからないわからないと不安で不安でしかたがないほとんどの人が今、そんな心境だと思うのです。


冒頭で親のことを書きました。

親というのは、木の上に立って見ている存在だと・・・・。

肉体人間の親は、残念だけどそこまですぐれた人はほとんどといっていいほどいません。

肉体から意識を外して次元を変えて子どもたちを見守っている人なんて聖者、賢者でないとあり得ないのです。

だから肉体界での親は本当の意味では親の役割りを果していません。

私は肉体界での親にはあまり期待してはいけないと思うのです。

世間一般では


「親なのに・・・・」

「親としての責任を果たしていない・・・」

「親は子に尊敬される存在でなければならない・・・」

だけど世間でいう親はそんなに立派なものではない・・・・・・

親として、その心境、境地、意識になっていないのに(自分のことで精一杯なのに)

親としての高い意識、見解、思慮分別を求められる。

子から観れば師匠のような存在を求められる。

肉体人間の親なんてそんな立派なものではないのです。

だから親も ねばならない をやめるべきだと思うし 子も親に対して期待することをやめるこれって大事なことだと思うです。


そこで本当の親はどこにいるの?

期待していい素晴らしい親はどこにいるの?

と思いますよね(笑)


それが私たちを見守ってくださっている守護霊守護神様なのです。


守護霊様は霊界から 守護神様は神界から、高い、とてつもなく高~いところから私たちを見守ってくださっています。

だからすべてをお見通しです。


これから何が起こるのか?

どの道へ行けばいいのか?


守護霊守護神に意識を合わすとインスピレーション(直観)で教えてくださるのです。


守護霊守護神なんて得たいの知れない人に頼るのは嫌だ そんな人もいると思います。

しかし私たちは何度も輪廻転生(生まれ変わり死に変わり)しています。

過去世において守護霊だったこともあり守護神だったことがあるのです。

つまり私たちは守護霊でもあり守護神でもある。(我即神也)

他人に頼るのではなく、神である自分自身に頼っているのです。

そう考えると自分という存在、人間という存在はとてつもなく 大きいですよね。

宇宙に拡がっています。

意識を宇宙に向けると

肉体を超えて宇宙大なるのがわかります。

そのことを実感するにはまず守護霊守護神と一体となることです。

守護霊守護神が宇宙とつなげてくれるのです。

宇宙とは神界のこと本当の自分がいる世界です。

世界平和の祈りは本心とつながるために神界から降ろされた言霊なのです。
 




 
世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます


 
  
    

2011年9月19日 (月)

調和波動気功セミナーへの誘い

  
   
  
私が毎月参加している調和波動気功法のセミナーです。

私が私らしくあるために波動(エネルギー)調整をしている

大切な“場” なのです。

みなさんもきっと本当の自分に出逢える “場” になると思います。

ピンと来た方は是非、思い切って参加してみてくださいね。

気功講座  『Moon River Star』 参加者募集!

宇宙の中心からの光と響きを体感しましょう

まず、本来の自分を知ることから・・・

下記の通り開催いたします。

この会で是非一体感をつかむヒントを
見つけてください。

日   時:2011年9月25日(日)  12:00~16:00
         
会   食:          12:00~13:30
講 演 会:         14:00~16:00

場   所:中国料理大成閣 (大阪 市中央区東心斎橋)

会費:8,000円 (中学生以上)
    4,000円 (小学生4~6年生)

申し込み方法:
電話予約の後、3日前までに下記口座へ郵便局からお振り込みください。

TEL:06-6245-5457 FAX :06-6243-7896 (9時~18時)
振込込先:ゆうちょ銀行
記号:14620  番号:1486351
口座名義:ニューハーモニーの会

お子様が参加される方、ハーモニー以外の方で
初めての参加となる方は、上記まで連絡の上
お振り込みをお願いいたします。

調和波動気功法

http://homepage2.nifty.com/hmwave_goldendoor/index.htm

あなたはどんな波動を発していますか?

オーラ・オーラ

http://auraaura7.com/

  

グッドムーンのイメチェン

  
    
  
自分の書いている日記(ブログ)を客観的に観ることって難しいですよね。

だから書いている本人と読んでくださっている人のイメージが離れていても自分では気づかない。

グッドムーンというのは私のペンネームです。(ご存知の方も多いと思いますが)

私の名前は朗(あきら)といいます。

明朗、朗らか

中学の頃はいつも笑っていたので(アホの子ではありません)

「ほがら、ほがら」 と呼ばれていました。

朗を半分に割ると

良と月

つまり

グッド



ムーン


2つ合わせて

グッドムーンです。わーい(嬉しい顔)

私のキャラクターは

誰とでも友だちになれて、親しみやすい(自分で言うのも変ですが)

へたなダジャレでみんなを失笑させる?

そんな奴なのですが


しかしブログのグッドムーンのイメージは

堅物、気難しい、じいさん、とっつきにくい、会うと怒られそう(笑)

冗談が通じない・・・・・・・等だそうです。げっそり


「○○さん、グッドムーンのイメージを変えなきゃダメよ」

と気功仲間のNさんから指摘されました。


そこでアドバイスされたことは



面白いことを書く、

癒されること、

ほっとすること、

以前と違う文章(スパイスを加える)を書く、

人は興味のあることでも理解出来ないと読まない

親しみやすい(柔らかい)イメージにする

尾ひれハヒレを付ける(無駄話、つなぎも必要)

寄り道を長く本題を短くする




なる程


おっしゃる通りだと思います。

真理を伝えるには真面目?ストレートだけでは伝わらない

「○○さんはユーモアたっぷりで面白いんだから、そのままを出して書いたらいいのよ」

とも言われました。

そうか~

無理をしてイメチェンする必要もないんだ~

これから少しずつ

気難しいグッドムーンから

親しみやすい

グッドムーンに変身、変化して行きます。


意識して変えてみようと思います。


これからもよろしくお願いします。わーい(嬉しい顔)

   


  

9月19日、気づいたこと

  

  
・ 家族のことで苦しんでいる人は多い。しかし家族であっても受ける試練、果たす天命はそれぞれ違うのだ。家族の運命を自分が背負うのは違う。(家族は運命共同体ではない)
個々で果して(乗り越えて)いくものなのだ。


 

・ すごく腹の立つ人がいます。だけどよく観察しているとついこの間の自分自身の姿なのです。未熟だった自分の姿を相手に観て腹を立てている。
よく他人は自分を写す鏡だといいます。その通りだと思う。腹を立てているのは自分に対してであって相手は関係ないのです。

 
 

・相手の天命がまっとうすることと相手の守護霊守護神に「○○さんをよろしくお願いします」という祈りを捧げていたら相手の人との縁が切れることは絶対にない、祈っていないから関係がおかしくなるのだ。


 

・ 自分が神(本心)とつながることに集中していれば、周りで何が起ろうと他人が何をしようと気になることはない。


 

・ 本心(神)とつながる力を集中力という。
 

 

・ 物事がうまく行かないのは、まだ時期ではないのか、自分が焦っているかなのです。 焦るとは焦げ付くと同意語、焦げると元に戻らない、焦ることが一番いけないのです。 焦らずに気を鎮めて全体を観ているとどこが間違っているのかが見えてくる。


 

・ 相手を説得しようとするとき、肉体人間の相手に一生懸命に説いてもダメなのです。 まず自分が自分の守護霊守護神さん(本心)とつながること、自分の守護霊守護神に認めてもらうこと、そうすると自分の守護霊守護神が相手の守護霊守護神を説得してくれる。 相手の人は自分の守護霊、守護神のいいなりなのです。(笑)
つまり自分に信念があれば絶対に大丈夫ということなのです。



 
・ 神様は切羽詰まったときでないと助けてはくれない、最大の努力をした後でないと奇跡は起きない。(出来るだけやったはやった内に入らない、とことんやることが大事)




 
・ 相手には立派な守護霊様、守護神様がついていらっしゃる、自分が助けようなんてもの凄い驕りなのだ、肉体人間の自分に出来ることなんてたかが知れている。


 

・ 相手の人によくなってもらいたかったら本心を目覚めさせるしかない、相手の心に光を送るのだ、それには相手の守護霊守護神に頼むしかない。



 
・ 祈りは自分や他人の過去世を浄めてくれる、幽界(潜在意識)を浄めてくれる、マイナスの想いを浄めてくれる、汚れているエネルギーを浄めない限り世の中は善くなっていかない、目にみえないエネルギーを浄めないと目に見える世界(3次元)は整っていかないのだ。 世界平和の祈りのエネルギーは神界から来た言霊です。「印と祈りはこの地上最高のエネルギーなのです」



  
 
 

世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます



  

  

2011年9月16日 (金)

9月16日 気づいたことパート2

  
  
    
・ 守護霊、守護神に甘えて(頼って)、肉体人間の他人に甘えるな!
そうすればすべてが整っていく。
 


 

・ 結婚に夢をみてはいけない、結婚生活、家庭での生活は修羅場なのだ、魂を磨くための修行の場なのだ。


 
 

・ 家族には申し訳ないが、家族のいない時の自分の家は最高に居心地がよい(笑)
一般的に家が落ち着くと言われているのは、家の波動が自分の波動(エネルギー)に近いからであって家族といるから落ち着くのではない。
祈って家の波動を高めているとそれがハッキリとわかる。


 
 
・ 家庭をうまくやっていける人はどんな人とも調和が取れるという、本当のことだと思う。
夫(妻)、子ども、親、前世での相性はほとんど最悪に近い(だからわかり合えなくて当り前なんだ)、だがその相性を良くしていくことに魂の成長、喜び、同じ家族として生まれてきた意味があるのだ。

 

・ 家で気を抜いてはいけない、気を許してはいけない、油断してはならない、家はリラックスする場ではないのだ、だったらどうしたらいい? 自分で居心地のいい波動圏を創るしかない、その場所にいると癒されるという磁場を自分で創るのだ。
祈りは最高の磁場(光の柱)を創ってくれる。




・ 人と会うと疲れる、それはその人のエネルギーをもらうからだ、疲れるとはとり憑かれることをいう。 疲れているときはマイナス思考の人とは会わない方がいい。(自分を守るために)







世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます





  



    

気づいたこと 9月16日

  
  
  
・  反省は少な目に、切り換えは早目に
 
 


・  相手の雰囲気(エネルギー)を誉めると凄く喜んでくれる、それは背後の守護霊が喜んでいるのだ。



 
・  自分の発しているエネルギーを整えている人を 凛とした 人という。
 




・  お金を無駄なく有効に使っている人は貯蓄は少なくてもお金に困ることはない。(お金というエネルギーが正常に動いている)

 



・  想いを溜めない人(祈っている人)の周りは滝のような清々しいエネルギーが流れている。そこは光っている。 だから気持ちがいい。わーい(嬉しい顔)ぴかぴか(新しい)




 
・  なんの得にもならないことでも、人の喜ぶことをしているとそれは徳になる。 天に徳(宝)を積んでいるのだ。




 
・  結婚したり家庭を持ちたいと思わない人は、前世で十分、その経験を積んでいるのだ、今生で無理をして持つことはない。

 



・  大きな目標を持つと小さいことが気にならなくなる。






・ アクションを起こさないと奇跡は起きない(進化していかない)





  

2011年9月15日 (木)

気づいたこと 9月15日

  
・ 質問とは自分がとことんやってみた後でするものであって、思いつきでするものではない。 そして人生の相談に「こうすればいい」と簡単に答を言う人は真の指導者ではない。

 

・ 答は自分の心の奥から出て来てはじめて心から納得する。
 


・ 大らかな人って相手の善いところしか見ていないような気がする。



・ 電車に乗っていると ガタンゴトン♪ ガタンゴトン♪ ガタンゴトン♪

と心地よいリズムが聴こえてきて私たちはいつの間にか眠りにつく。

癒してくれているのだ。機械的なリズム正しい響きは調和をもたらす。

しかし私たち人間は感情によってリズム(調和)を乱している。

自分の発している響き(波動)を整えよう。





・すべてのものは神様から生まれている。だからマイナスはないのだ。

 


・順調に行って早く終わると思っているとつまずくことがある、つまずいて遅くなると諦めているとうまくいくようになったりする。
結局、終わる時間は同じだ。 だからのんびりゆったりと行こう。



  
・ 感情を一切入れず、淡々と仕事をしている人は美しい!


   

2011年9月14日 (水)

最近気づいたこと 9月14日 パート2

  
  
    
・ 親は子どもの将来を案じて、ついつい子どもの欠点に目がいってしまう、しかし良いところ、優しいところ、素晴らしいところもたくさん持っているのだ、欠点ばかりに目を向けず、よいところに目を向けるようにしよう。 すると欠点は気にならなくなる。



 

・ 大切なのは自立すること、波動(神様)がわかるようになること





・ 祈ってから(波動調整が済んだ後)でないと行動はあり得ない。
これをわかりやすく言うと目にみえないエネルギーが整っていないと目に見えるものは整っていかないのだ



 

・ 講師と言われる人はたくさん居る、しかし公私混同している人があまりにも多い(笑)



 

・ 嬉しいことは忘れた頃(突然)にやってくる わーい(嬉しい顔)

 実は今日やって来ました。わーい(嬉しい顔) わーい(嬉しい顔) わーい(嬉しい顔) 

ありがとうございました。
 
 


 
・ 仕事は何をしたいかで決めるのではなく、どんな自分になりたいかで決めれば(探せば)いいと思う。





・ あなたが偉いのではない、あなたを見守ってくれている守護霊守護神が立派なのだ。




  

 

 深~い話 深~い人々

  
  
  
NHKの番組で DEEP PEOPLE(ディープピープル)があります。

(同じ道を極めた3人のプロフェッショナルが司会なし台本なしで語り合う新しいスタイルの トーク番組です。)

私はまだ一回しか観たことがないのですが(そのときはフォークボールを投げた3人の男たち 村田兆治、佐々木主浩、牛島和彦 が語り合っていました。)

私は野球が好きだった(過去形)ので興味深く観ていました。 フォークボールというのは、ボールを指で挟んで球に回転を与えずに投げるのです、空気の抵抗をまともに受けるので球に力が無くなり下に落ちていく、打者は打とうとしたら球が逃げるように落ちていくので打ちにくいのです。

そのときの空気の流れによって変化もするので投げている本人もどう変化するのかわからない、だから魔球と言われています。

ただ肩や肘にかなりの負担がかかるので野球の本場アメリカでも投げる人が少ない、そういう意味では希少価値がある。

この3人は体を酷使しながらもこの魔球の研究に没頭した。

そしてそれぞれオリジナルを開発した。

当然、シークレット、自分だけの秘密です。

研究に研究を重ねて自分の理論を作り上げて成果を出す。

失敗したら(打たれたら)そこからまた工夫を加えてまた挑戦する。

失敗、研究、成功又は失敗、研究・・・・・

それを何度も何度も繰り返す

いつまでたっても終りはない・・・・

男のロマンですよね。

そんな極めた人たちが現役を去って何年もしてからそのときの切磋琢磨した研ぎ澄まされた感性を本音で語り合う。

いや、最初は警戒して手探りだったかもしれません、相手が心を開かなかったら自分もやめておこうという気持ちもあったのかもしれない

でも話が深い核心に触れていくと思わずその世界に入って行ってしまう

核心の世界は本物の世界

極めた人、一生懸命に努力した人しか入っていけない聖域です。

3人はいつの間にか熱く語り合い、お互い自分をさらけ出す

するとそこからまた、新しい発見や気づきがある

「あっそうだったのか?」

自分が気づかなかったことを相手はわかっていた・・・・。

そこに尊敬や相手を認める心が生じる

3人の心が一つになる・・・・・。

時間も場所も忘れてしまう(時空を超える)

テレビを観ている私も、その世界に入っていました。

深~い人たちによる深~い話

いいですね


人間の奥の深さ、素晴らしさが垣間見れるようです。
 


番組の紹介で寿司職人の3人が語っているビデオがありました。

そこで語っていたのは

すしはなにで決まるか?

私は ネタ で決まると思っていました。

しかしすしを極めた達人は3人とも シャリで決まると言っている。

シャリとはすし飯のことです。

それも80%はシャリで決まる・・・ と

えッ 80% も占めているの?

そんなにシャリって大切なものなのか?

見た目にはシャリはネタを支える土台になっています。

シャリという土台の上にネタが乗っかっています。

そしてすしが口の中に入って行って唾液とネタとシャリの調和が始まる。

美味しい! という感覚はこのハーモニー(調和)で決まるのだと思うのです。

シャリが果す調整役の大きさが80%なんだと思います。

だから主役はネタではなく

シャリなんだ

いくらいいネタがあっても

土台(基本、根本、原点)がしっかりしていないとダメなんだ

ということがわかったのです。

一芸に秀でた人は

本質がわかる

真理がわかると言われています。

つまりは原点がわかるからです。

原点とはいったいなんなのか

それは、神界であり、宇宙であり

私たちが生まれた

本当の世界です。


深いところに入っていくと本当の世界をみることが出来る。


人間って素晴らしいなぁって思いますよね。わーい(嬉しい顔)




 
DEEP PEOPLE

  http://www.nhk.or.jp/deeppeople/index.html


  


  

気づいたこと 9月14日

  
  
  
・ 心に余裕があれば感情的になることはない、だから感情的になっている人は余裕を失っているのだ、相手の感情に振り回されてはいけない


 
・ どの人に付いていけば得かと計算(勘定)している人は、結局は遠回りすることになる。(進化が遅れる)
 


・ 妥協すると相手も自分もダメにしてしまう、寛容は相手も自分も自由になれる。

 

・ 「一日だけ幸せでいたいなら理髪店に行け。一週間だけ幸せでいたいなら車を買え。一ヶ月だけ幸せでいたいなら家を買え。一生幸せでいたいなら正直でいることだ」 (西洋のことわざより)




・ 一生懸命にすることがなぜ大切なのか、それは命を懸けて(魂を込めて)やらないと本当のこと、真理がわからないから


 

2011年9月12日 (月)

最近気づいたこと 23

  

    
・ 食べていけるんだったら仕事はなんだっていいんだ、それより自分にはもっと大切な本業がある、それは真理の伝達


 


・ 業ってマイナスのイメージがあるけど業がなければ職業(仕事)にならない。 業はなりわいでもあるのだ。 だからマイナスもあっていいのだ。





・ マイナスのエネルギーを受けて正気を失っている人がいます。 みんなの業(マイナスのエネルギー)を一身に受けて背負ってくれている、ご苦労様です、ありがとうございます。あなたのお陰でたくさんの人が正気(まとも)でいられるのです。


 

・ 怒られたことを引きずるとまた失敗、ミスをする。 それは怒られたことに意識がいって集中力が薄れるからだ、ミスをしたらごめんなさいと言ってすぐに忘れてしまおう。 ミスに捉われないことが大切だ。




     
・ 人にどう思われているかはチェックする必要はあるが、人にどう思われたいはいらない




・ 前向きに借金をしている人、それは成功報酬の前借りなのです。




・ マイナスがあるからプラスがわかる、プラスがある、そして本当はマイナスもなければプラスもない、大切なのはマイナスにもプラスにも捉われないことなんだ。



 
・ 捉われないって 気にしない ってこと、マイナスの想念もプラスの想念も溜めないで流し続けることなのです。

 


                   
    

     

聖徳太子は凄い人!

  
  
  
今、世間はリストラの嵐で

以前は4人でしていた仕事が3人

3人でしていた仕事は2人というように仕事量は増えているのに、給料は減らされて、人員も減らされています。

仕事量が増えるということはミスも増える

ミスをすると余計に時間がかかったりする。

益々ストレスが増えていきます。

それでもまだ仕事があるだけ有り難いと思おうとするのだけど

人の倍働いてもミスなく疲れもしない

って方法があればいいのに

って思いますよね。わーい(嬉しい顔)


聖徳太子は同時に7つのことが出来たと言われています。

それはどういうことかと申しますと

聖徳太子には7人の守護霊様が付いておられたのです。

だから7倍仕事が出来た。

聖徳太子本人も居るのだから8人分ではないのか?

そうではないのです。

肉体人間は馬鹿だから一人前にもならないのです。(聖徳太子であっても)

聖徳太子は役割りが大きかったので7人の守護霊様が付いていましたが、普通の人でも2人の守護霊さまが付いてくださっています。(人によって違います)

2人であっても凄い人たち?なのです。

あらゆる仕事を知り尽したエキスパートです、肉体界の人間のどんなにすぐれた人よりも優秀なのです。

肉体人間は明日のことも数時間、数分先のこともわかりません。

でも守護霊様は未来において何が起こるか全部わかっておられるのです。

このような人?を味方につけたら鬼に金棒、なにも怖いことはありません。

守護霊様は字のごとく人間を守るために存在してくださっている。

それに甘えればいいのです。

「私はこの先に何が起こるのかわかりません、仕事もどうしたらいいかわかりません、人間関係もどうしていいかわかりません」

わからないことはいくら考えてもわからない

わからないことは守護霊様にお願いして教えてもらう

よいようにして戴く

だけどわかること

肉体人間の自分に出来ることは自分でやる

そう考えると

肉体人間の自分に出来ることなんて

たかが知れている

とわかります。

そうです、肉体人間の自分に出来ることなんて

ほとんどないのです。

だから聖徳太子みたいになっちゃえばいいのです。




聖徳太子のようになる方法が世界平和の祈りを祈ることなのです。



  

今日も一日ご苦労さまでした。

  

 
今、私たちは自分のことでいっぱい、いっぱいで

他人のことを思い遣って、相手の立場になって労をねぎらう言葉さえもかけ合う余裕もないようです。

「 毎日ご苦労様、暑いのに大変だったね 」と冷たいおしぼりが出てきたり、冷えたお茶やビールビールなんかが、スーッと出てきたらどんなに嬉しいでしょう。

私の妻も働いていて勤めから帰って来ると、ぐったりしています。

お互いに自分のことは自分でやらなければ相手に負担をかけてしまう。

だからねぎらいの言葉も行為も人に期待せずに自分ですればいいのです。

自分で自分に向かって

「 今日も一日お疲れさん、この波動(エネルギー)の厳しい職場で仕事をこなせるのはあなたしかいない、たいしたものだ、あんたは偉い!凄い!素晴らしい!」


自分で自分に向かって誉めちぎって労をねぎらう

自分のことを癒せるのは自分しかいない

自分の心の奥底までわかっているのは

長所も短所もわかり過ぎるほどわかっているのは

親でも夫婦でも親友でもなく

やっぱり自分自身だと思うのです。

自分に向かってやさしい言葉をかけてあげるとほんと癒されます。

体の細胞が喜びます。わーい(嬉しい顔)ぴかぴか(新しい)

そしてそれだけでもいいのだけれど

ほんのちょっとだけ自分にご褒美をあげる、贅沢をする


私の場合は

コンビニで缶コーヒーまたは野菜ジュースを買います。

自分をいい気持ちにさせておいて

そこにご褒美を与えるのです。




追伸

アサヒ金の微糖、かなりいい豆を使っています。ほどよい甘さが疲れを取ってくれます、以前のように豆の悪さを隠すために砂糖を5~7杯も入れているのとは全然違います。

野菜ジュース、伊藤園の充実野菜(野菜50%野菜50%、味、そしてのど越しが最高!)


みなさんにもこだわりの逸品があると思いますが

よかったら試してみてください。

きっと気に入ってくださると思います。
わーい(嬉しい顔)





渡辺美里 マイレボリューション♪


http://www.youtube.com/watch?v=Tm67VN__Nys




  

2011年9月10日 (土)

どれもこれも神様に見えてくる 終章


    
善い人ほど自分を責めます。

私は怠惰である

私は家族、人に対して辛く当ってしまう

私のこの性格をどうやって直したらいいでしょう?

直せるものなら直したい

人間は無くて七癖

少なくとも七つの直らない癖を持っていると言われています。

それは今生だけでなく前世からずっとずーっと受け継いだものもある。

善いくせもあれば悪いくせもある

善いくせは直す必要はないのだけれど

悪いくせは直したい!

でも先ほど述べたように簡単に直るものではない・・・・

そこで五井先生の教えが生きてくるわけです。


自分を責める想いも

人を責める想いも

自分がダメだという想いも

前世から受け継いだ癖も・・・・・・

全部めんどくさいから自分の心の故郷である宇宙(神界)に返してしまいなさいというのが本当の宗教なのです。(すると宇宙という巨大な洗濯機が過去世も今生のマイナスもすべて浄めて運命を改善してくれる)


宗教というのは宇宙を示す教えとここでみなさんがうんざり(笑)するほど書いて来ました。

私たちはどこからやってきたのか?

そしてどこへ帰ってゆくのか?

それも実は宇宙なのです。

話が飛んで(宇宙まで)しまいました。夜

それでは、五井先生の素晴らしい教え

最後になりましたがよろしくお付き合いください。わーい(嬉しい顔)





   

本文


自分だけが山に籠もって安心しているという時代は過ぎた。

山に籠もっても原爆が落ちればお終いなんだから、一人だけが救われたってしょうがない。

自分の救われが同時に人類のためになるような、そういう教えが現在なければならないでしょ。


それが世界平和の祈りなんです。


そこで第一歩として、悪いことに把われない。

自分の悪にも、自分のマイナスにも把われない。

他人のマイナスにも把われない。

すべてに把われない。

把われないということは、思っちゃいけないという意味じゃない。

思っちゃいけないと言ったってしょうがないんだ、思っちゃうんだから。

思ってはいけませんよ。

あの人を好きになってはいけませんよ、ハイ、と言ったところで、好きになっちゃう。

そうでしょう。 そういうもんですよ。 いけません、と言われると余計に出てくんのよ。

おかしなもんだね人間の想いは。

天の邪鬼(あまのじゃく)なのね。 だからそういうものも、ああそうか、といって、世界人類が平和でありますようにって、世界平和の祈りの中に入れる。

世界平和が間に合わなかったら、先生! と呼んでもいい。

あるには気をどこかに変えてもいい。

ともかく中で出して、消さなくちゃダメ。

そのために消してくれるのは、守護霊守護神に、世界平和の祈りなんだから、その中に入れて消してもらうのです。

私は一つも無理言ったことないんだから。

易しいことを言っているんです。

易しいことで出来なければ、世界人類が救われるわけないよね。

むずかしいことを言って、これをしてはいけない、何をしてはいけない。

こうしてはいけない、といけないづくしでやってごらんなさい。

生きていけなくなっちゃう。

ましてこの大変な世の中なんだから、業生の世界なんだから、汚れた波が漂った中で、自分がですよ、全然汚れないで生きてゆくなんていうことは、出来っこないんだから。

汚れをどうしたって身に受けるんだからね。

だから自分だけが完全円満で生きて行こうなんて思ったら、苦しくて生きてゆけない。

汚れたら汚れたでいいんだ。

汚れたままで自分の分も他人の分も背負って、世界平和の祈りの中に入れちゃえ、って私は言う。

世界平和の祈りの中に入って、じゃぶじゃぶ洗って、また汚れたらまたじゃぶじゃぶ洗ってくればいいんですよ。

なんのことはない。

向こう(救世の大光明)で待っているんだから、サァいらっしゃいと待っているんだから、世界人類が平和でありますように・・・・・と想いさえすれば、向こうで上げてくれるんです。

それは阿弥陀様のやり方なんですよ。

どんな悪人でも救ってくださるというのが阿弥陀様でしょ。

そのために法蔵菩薩が願をかけ、それで阿弥陀様になったんだから。

その教えを法然や親鸞は説いたんです。

自分がよくなろうと思って、自力でやるんじゃないんです。

自分が磨こうとして、阿弥陀様を呼ぶんじゃないんだ。

汚れたままで、悪いままで、短気なら短気のままで欲望gくあるんならあるがままで、そのままで阿弥陀様の中に、南無阿弥陀仏って入んなさい、と言うんでしょ。

それと同じように、汚れたままの心でいいから、把われたら把われたままの心でいいから、世界平和の祈りの中に入りなさい。

年中入っていれば、世界平和の祈りの大光明がきれいに消してくださるんだよ ━ というわけ。

だから年中、それをやっていればいいわけですよ。

そうすると、いつの間にか自分の霊体が浄まっていって、肉体もすっかり浄まってきて、妬み心がなくなってくる。

恨みの心がなくなってくる。

不安の心がなくなってくるわけですよ。

それを私がやさしく説いているんですよ。

そういうわけです。




 「自分が光る人類が光る」 五井昌久 白光出版





  

2011年9月 9日 (金)

最近気づいたこと 22

  
  
  
1. 頭で考えても一流にはなれる、しかし空にならなければ、超一流(天才)にはなれない。


2. 人間はいつの間にか余計なことを考えている、だから考えない努力が必要なのだ。



3. 必要でない人は絶対に生れてこない


4. 気づかされるためにマイナスが起こる


5. 相手を信じるのではなく、自分を信じる


6. 自分の周りを幸せにしようとしたら元気が出てくる


7. 人間の成長なくして技術の成長はない


8. 病気を治す3つの方法 手を触れない いつどうなるか考えない 今日一日しかないと思う






   今日の気づいたことは于先生の教えが入っています。わーい(嬉しい顔)




   


  

どれもこれも神様に見えてくる 4

  

  
宗教ってよくわからないけれど、簡単に言えば把われを無くすということだそうです。

把われとは、執着のこと

お金に執着、物に執着、愛情に執着、健康に執着・・・・・・・・人間の心にしがみついている、この執着、欲望という心が無くなったら


どんなに楽に楽しく生きていけるだろうって思います。

しんどいとき、苦しんでいるときって

たいがい何かに執しています。

しがみついています。

キリストがおっしゃいました。



空の鳥を見るがよい。まくことも、刈ることもせず、倉に取りいれることもしない。それだのに、あなたがたの天の父は彼らを養っていて下さる。あなたがたは彼らよりも、はるかにすぐれた者ではないか。



聖書にあるこのお言葉が心に響きます。



執着、把われを無くすにはどうしたらいいか?


少なくするにはどうすればいいか?


五井先生が教えてくださっています。





 
本文



誰だって病気の人は病気が治りたいのは当たり前だし、お金がない人はお金があったほうがいいに決まっているし、地位が低いよりは高いほうがいいんだし、これは当たり前で、本然の姿なんです。


高きを求め、完全円満なものを求めているんだから、形の世界でも良い生活を望むのは当たり前ですよ。

良い生活より貧乏生活がいいってことはないんだ。

負け惜しみなんですね。 

金がないより、あったほうがいいんです。

私だってそうなんだから。

そんなにないけれども、ただ把われないことよね。

思うのは結構です。

思うのさえいけない、と思う人があるんですよ。

銭にあんまり把われちゃって

“ああ私は金が欲しい、ああいけない、金が欲しいなんて思うのは業だ”

なんて苦しんでいる人がある。

そんなことはない。

思ったら思ったでいいですよ。

ああ恋人が欲しいな、と思ったら思ったっていいですよ。

思ったのをいちいち悪いと言ってちゃ生きられないから。

思うなら思うでいい。

思った途端に、世界平和の祈りの中へ入れちゃうんですよ。

ああ思っても詮(せん)ないことだ、世界人類が平和でありますように、と唱えたほうがいい。

想った現象利益になんか把われない、ということです。


思ってはいけない、ということはないんですよ。

イエス・キリストは思っちゃいけないと言った。

思うだけでそれは行なったことだというふうに。

仏陀(お釈迦様)もそう言いました。

昔の聖者はそういうふうにむずかしく真理を説いています。

それだから救われなかったんだよね。

想念を説いたけれども人類は救われていなかった。

戦争はたくさんあったし、飢餓や飢饉や大地震もあった。

みんな苦しんでいます。


なぜ苦しんでいるかというと、心の目が開いてきたからです。

お釈迦様の言葉を聞き聖者方の言葉を聞いて、心の目を開いた人が随分あります。

心の目が開けてくると、善悪がハッキリわかってくる。

ハッキリわかってくると、悪いこの状態、現象の世界というのに耐えられなくなってきます。

それで昔の武士は殺生のこの世界にたまらなくなって、出家して、山に隠遁したりした。


その時代はもう過ぎたんです。

自分だけが山に籠もって安心しているという時代は過ぎた。

山に籠もっても原爆が落ちればお終いなんだから、一人だけが救われたってしょうがない。

自分の救われが同時に人類のためになるような、そういう教えが現在なければならないでしょ。


それが世界平和の祈りなんです。




 「自分が光る人類も光る」 五井昌久 白光出版





  

  

なでしこジャパンに思う

  

  
なでしこジャパン! サッカー 富士山

オリンピック出場おめでとうございます。わーい(嬉しい顔) 

選手のみなさんの頑張りは素晴らしいと思います。

選手をここまで強くしてきた原動力は

ハングリー精神だと思います。

男子と違って高校のインターハイもない、注目もされない

男子に交じっての練習は邪魔ものあつかいもされたそうです。

プロになっても設備や環境も整っていない

そんな中で

「なにくそ、今に見てろ」

言葉は悪いですがその反骨精神が奇跡を生んだ(それだけではありませんが)



これからは環境も整ってくる


ハングリーだった部分が解消されていく

すると奇跡を生んだパワーが弱ってくる


試合もたんぱくになっていく

負けるようになっていく

仲間割れも起きてくる (マイナス思考ではありません)


しかしそれでは本物ではない

本物になるためには

どこに意識を置くかだと思うのです。


意識を環境や待遇や目に見えることに置くのではなく


「みんなが感動する試合をしたい!」


という精神的なことに意識を置くと

そこからブレなくするようにすると

目の前のことに惑わされることはないのです。



人間は待遇や環境が善くなると


安心します、油断します


これでいいんだ


と思ってしまう


だから高い目標、目的、志がいるのです。


どんなことがあっても気持ちが揺るがない・・・・・・・


私には世界平和の祈りがあります。

世界が平和になるまでは祈り続けるという信念がある

これ以上高い目的はないと思っています。(自分では)


だから少々のことではブレないんだ


小さなことでは動じないんだ (自分に言い聞かせています)


これからも世界平和の祈りを大きな柱にして生きていこうと思っています。





世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます




   

  
  
 

最近気づいたこと 21

  
  
  
1. 相手の人が自分にひどいことを言ってきたならば、自分は前世で相手にもっとひどいことを言っていたんだ、これくらいで済ませてくれてありがとうと思おう

また、相手の人が自分にひどいことをしてきたならば、前世では相手にもっとひどいことをしていたんだ、これくらいで勘弁してくれて有り難いと思おう


そして相手の人が自分を嫌っているならば、自分は前世で露骨にその人を非難していたんだ、ごめんなさい、そしてこれくらいの嫌われ方でありがとうと思おう

これは誤魔化しではなく、本当のこと(真理)なのです。

すべては大難が小難で済んでいる。

そう思えば、腹の立つことは何もない。





2. 相手に対して 「あんな悪い奴はいない! 自分はあんな奴じゃない!あんな奴になりたくない!」 と腹が立って感情的になることがあるけど、冷静に振り返ってみると自分も同じようなことをやっていたことに気づく、特に子どもは以前の自分と同じようなことをしている、肉体人間なんて同じ穴のむじななんだ、50歩、100歩
だから、人を非難することはやめよう。




3. たくさん食べると体が重くなって内臓に負担がかかっているのがわかる、川の中に大きな石を置いているのと同じだ、食べる量を減らして川の流れ(血液、エネルギー)をスムーズにしてあげよう、すると体が喜ぶ




4. 人間が進化して、波動が細かくなってくると宇宙からの霊要素をたくさん受けることになる、食べ物というエネルギーが少なくて済むようになる、近い将来、果物や野菜を少しだけ食べるようになる、肉や魚は食べなくなる。





       


                  グッドムーン




  

最近気づいたこと 20

  
  

  
1. 何も考えないのと、お釈迦様の空とは全く違う、何も考えずボーッとしていると幽界のオバケ(不良霊)にとり憑かれ、魔が差すことがある。

一方、空とは頭を空っぽにして心を神様のみ心でいっぱいにすることなのだ、空になるにはものごとに一生懸命に取り組むか世界平和の祈りを祈り続けるしかない。




2. 集中力とは、余計なことを考えない力をいう。




3. 久しぶりに頭でいろいろ考えてみた、ロクな考えしか浮かばなかった。(笑)


 

4. 私はマージャンというゲームが苦手だ、相手が何を考え何を想っているかを詮索する、そんなことどうでもいいことじゃないか


 

5. 相手が何を考え何を想っているかがわかったところで何の意味もない

なぜならばそれはその人の本心ではないからだ、ほとんどは業想念なのだ。


 

6. 仕事をするとはお金を戴く代わりに仕事をしている時間、私の意識を仕事に集中させますという約束事なのです。 エネルギーの交換なのです。

だから余計なことを考えては契約違反なのです。



 

7. 相手が何も考えずにスムーズ(順調)に進めるように気を配ることを思い遣りと云う。






                 

                    グッドムーン



  

  



2011年9月 8日 (木)

「おひさま」 大切なあなたへ 2

  

  

たとえ世界中があなたの敵だって私だけはいつでも味方だわ

大丈夫、信じて

あなたが忘れていても 私は忘れはしない


このいのちを投げ出すのに まよいなんてないわ~




このフレーズって凄いですよね、


そして



どこかで私を感じていて それだけでいいのよ


後から気づいたんだけど

この歌詞は守護霊の愛が描かれています。

どんなことがあっても私(守護霊)は

あなたを見放なさない

だから安心して

笑って生きていきなさい・・・・・

もの凄い愛ですよね

肉体人間の親は

子を捨てることもあります。

愛を注がない親もいる

悲しいことだけど

でも

心の親

魂の親は絶対にそんなことはない

だから

心を私に向けなさい


そんな深い

深~い愛をうたっているのです。

これは天からのメッセージですね。

みなさんも心を澄ませて

後ろで見守ってくれている守護霊の愛を感じてください。

きっと

あったか~い

幸せな気持ちになれますよ。
 わーい(嬉しい顔)



   

  

平原綾香 「おひさま~大切なあなたへ」

  
  
  
たとえ世界中があなたの敵だって私だけはいつでも味方だわ

大丈夫、信じて

あなたが忘れていても 私は忘れはしない


このいのちを投げ出すのに まよいなんてないわ~





平原綾香さんの歌声が心に沁みます。


自然と涙が出てきました。   涙



昨日、ハーモニー(気功仲間)の人からメールがありました。

明日の昼一時、NHKスタジオパークに渡辺俊行さん(朝ドラおひさまテーマのソロギター)が出演されます。

お時間のある方はご覧になって下さい。


ちょうど時間があったので観ることが出来ました。

渡辺さん素晴らしいです。

愛ふかく、そして自分に正直に一生懸命に生きておられる。

それが音楽に現われています。

そしてそれを表現する平原綾香さんがまた素晴らしい!

歌詞と旋律(メロディ)が絶妙なハーモニーを奏でています。



言葉には出来ない感動です。


みなさんもこの感動に浸ってください。



http://www.youtube.com/watch?v=huipH5EzxXo&feature=related




  
  



  

どれもこれも神様に見えてくる 3

  
  
  
儲かったって、病気が治ったって、そんなものは大したことはない。

本当に消えてゆく姿なんだからね。

やがてはどうせ死んでじゃうんだもの。

肉体はどうせなくなっちゃう。 何が残るかというと心だけが残る。

永遠に残ってゆくのは心だけよ。

心だけが残っている。

生命と心ですね。

肉体は滅びるんです。


肉体に付随する肉体の損得なんて、二の次三の次。

ところが新興宗教に入るような人たちは、肉体の損得が最上のものなの。

明日のことはいいですよ。

今日のことですよ、来年より今月をよくしてくれ、というやってくるのよ。

そういうふうに言ってくる人には、ハイハイと言いますよ始めはね。

ポンポンとお浄めして、実際よくなってきます。

それで少しアメをなめさせておいて、しばらく経つと、だんだん本性を現わして、本当の話を始めますよ。

そのころには言われた人もわかってきますから、本心が開いてきているから、言われても、ごもっともごもっともということになる。

そのごもっともごもっともになると大したものよ。

現象利益を問わなくても

“ああ、ごもっともですね、先生有り難いなァ” とついて来られるようだったら、ふつうの人より偉くなっている。

そう思って自覚してなさい。 そうやって磨かれてくると、みんな偉くなってくる。

現象利益だけを追い回しているうちは、チャチな人です。

現象利益は誰だって追いますよ、思わない人はおりません。

誰だって病気の人は病気が治りたいのは当たり前だし、お金がない人はお金があったほうがいいに決まっているし、地位が低いよりは高いほうがいいんだし、これは当たり前で、本然の姿なんです。


高きを求め、完全円満なものを求めているんだから、形の世界でも良い生活を望むのは当たり前ですよ。

良い生活より貧乏生活がいいってことはないんだ。

負け惜しみなんですね。 

金がないより、あったほうがいいんです。

私だってそうなんだから。

そんなにないけれども、ただ把われないことよね。






 「自分が光る人類が光る」 五井昌久 白光出版




  



アセンションとはみんな(人類)が幸せになること

  

   
病気になってもたいしたことではない

貧乏になってもたいしたことはない

たいへんなことが起こってもたいしたことはない

死んでしまってもたいしたことはない


ほんとうに心の底からそう思えたら

なんにも嫌なこと、辛いこと、 悲しいことがなくなったら

つまり感情の起伏が無くなって (喜ぶことも無くなるということではない)

感情を超えることができたなら

どれだけいいだろうって思います。

これが平常心、不動心だと思うのです。


そうなるためには本当のこと(真理)がわからなければならない

本当は苦しみは無いんだ

悲しみは無いんだ

貧乏も病気も無いんだ

みんな現われては消えてゆくだけなんだ

消えてゆくんだから

それを掴まなければいいんだ

生きていることが嬉しくてしかたがなく

なったとき

本当の幸せを感じることができる

地球人類のすべてが

その幸せ感を持つことができたとき

もうすぐやってくる

アセンションが始まるのです。

こんな楽しみなことはありませんよね。わーい(嬉しい顔)

そのためには

世界が平和になることが条件なのです。

そのために世界平和の祈りが

神様の世界(宇宙)から

天下って来たのです。




 
世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます




  
  
 

2011年9月 7日 (水)

どれもこれも神様に見えてくる 2

  
   
  
仮に自分だけ業想念が消えたとします。


きれいになった。


ところが世界人類は全部まだ浄まっていないんだから、人類の波がかぶさってきます。


その時は菩薩として、他人のものも背負って、また世界平和の祈りの中に入れてやるわけです。


そうやっていると、自分がますます大きくなってくるんですよ。


一人救えば一人だけ大きくなる。


十人救えば十人だけ大きくなってくる。


それで宇宙全部を救えば宇宙神で、宇宙そのままになっちゃう。


そういうような生き方が大事なわけです。


始めのころは、お金がぼんぼん儲かる場合もあるんです。


先生のところへ来たら、病気は治った、商売も繁盛してきた。


心はもう安らかになって、家庭も安全になってきた、ということになる。


ところが一年やった。 二年したら、このごろは体が悪くなりました。


家庭がなんとなくおかしい、と言ってくる人がある。


それは菩薩的になったから、一段階上の世界で、少しずつ苦しいこともある。


それが済むと、またパーッと一段階上に行くんです。


そうすると終いに、何にも問題にならなくなる。


出て来ることが、どんないいことが出て来ようと、悪いことが出て来ようと、あまり問題にならなくなる。


ただつねに神様への感謝だけで生きられるような、そういう人になってくるんですよ。


そうなると “こんにちは” と挨拶すると、ああ、この人は神様の子だ、というのが ピーッとくるんですよ。


みんなが神様の子に見えて来ます。


どれもこれも神様になってくるんですよ。


そうなるためにいろいろ苦労をするわけなんですけれど、やがてみんな、そうなるんですよ。


誰を見ても憎む心が起こらない。


人を見て、あのヤロウこのヤロウと思う想いがなくなってくる。


どんなことをされても、その人が憎くなくなってくるような、そういう人間に自分がなるわけです。


その人はなんて幸せな人でしょう。


その人の住んでいるところは天国に決まっています。


人を憎む想いがない。 恨む想いがない。 そういう人は天国に決まっています。


天国に住んでいる人なんです。


そういうふうにみんながならなきゃね。





「自分が光る人類が光る」 五井昌久 白光出版





  

どれもこれも神様に見えてくる 1

  
  
  
「この人は神様か」 と思える人がいます。(ほんとに少ないけど)

こんな人ばかりだったら世の中平和なのに・・・

争いごとも起こらないし、みんなが気持ちよく生きていける

誰もがそう思っていると思います。

だったら

善い人も悪い人も関係なく

みんな善い人に見えたら

どれだけ自分も幸せな気持ちになれるでしょう わーい(嬉しい顔)

本当に悟った人というのは

こういう人をいうのだと思うのです。


どんな悪人も

どんなに自分に都合の悪い人も

みんな

み~んな

神様

仏様に見える




五井先生のご著書にはそんなことが書いてありました。

地球が天国になるというのは

そういうことだと思うのです。







 
本文


どれもこれも神様に見えてくる



世界平和の祈りの一番最初の、根本の出方は、肉体人間の自分はダメなんだと、肉体人間のこの地球人類はダメなんだ、いっぺん否定してしまわなければダメです。



そうしないと、神様をぬきにしても、世界平和の祈りをぬきにして、なんか他に方法がある、という考え方になるんですよ。


他に方法があると思っている以上はダメです。


神のみ心から出てくる想い以外に、世界平和の祈り以外に、他にも方法があるだろう、という想い方でやっていたんでは、その信仰は成就しません。


途中で崩れます。


すべてが神のみ心だ。


「世界平和祈るは神のみ心のひびきにあれば祈るたのしさ」 で、すべて神様の中から出てくるんだ。


すべて神様の中から出てくるものを、自分は頂いて、自分の行ないとして生きてゆくんですね。


それならば首をパーンと切られてもいいですよ。


サーッと天国に行っちゃうからネ間違いなく。


そういう生き方をするのが宗教精神なのね。


お祈りをしたから、明日儲かって、お祈りしたから、今日病気が治って、そういうのは枝葉です。

うちでも随分そういう事実があるんだから、それでもいいですよ。

それは神様の心と波動があって、神様の中にその人の心が入った時、パーッとよくなってくる。

それだけ本心が開いてゆくんだから、その人が立派になってゆくんだから。

それは本当のよくなり方です。

有り難いですね。

立派にならないで、業想念をかぶせてしまって、それでもって商売繁盛したって、役が上になったって、業がかぶさって、欲がよけいに出てくるようじゃ、何にもならないでしょ。

そんなんだったら宗教なんて要らないです。

そういうことは私は教えない。

あくまでも本心が開いて、神様の子である本当の自分がここに現われてくることを念願して、私は教えているわけね。

 
それで一番いいのは、世界平和の祈りだと言うんですね。

世界平和の祈りの中に入ってしまう。

世界平和の祈りの中には、悪もなければ何にもない。

光り輝いている本当の姿があるだけなんです。

神の子の本当の姿があるだけなんです。

神の子の本当の姿がこの地上に現われてくるまで、いろいろな業想念が消えてゆく姿として現われてくるわけです。

それで全部、業想念が消えてしまう。

そうすると本当の世界平和の祈りがここに実るわけです。





「自分も光る人類も光る」 五井昌久 白光出版







  

2011年9月 6日 (火)

最近気づいたこと 19

  
  
  
1. 悪いこと(ほんとうはないのだけれど)が起こるにも2通りある、前世の因縁がただ現われて来ているのと、善くなるために悪いものが消えるために現われる場合だ。 世界平和の祈りを祈っていると後者の場合は大難が小難になる。

 
 
 

2. 親は子どもが苦しんでいる姿をみたくない、しかしそれは子どもの魂にとっては喜ばしいことなのだ。



 
 

3. 調子のよいときほど気を沈めよう。


 

 

4. どんなことを言われても、どんなふうに思われても

   平気でいられるような自分になりたい!



 
 

5. 何かがあって、他人のことを悪く思ってしまったら 「自分はなんてことを想ってしまったのだろう」と自分を責めるのではなく、誰かが思っていた想い(エネルギー)をもらってしまったのだ、これは自分の本心ではないとハッキリ否定しよう。 想いは相手の心と書く、自分ではないのだ。





 
 


                 グッドムーン





  

最近気づいたこと 18

 

  
1. 悲惨な目に遭うことが不幸ではない、不幸だと思うから不幸なのだ。



2. 乗り越えられる力がついてきたからこそ試練が来たのだ。
 


3. 自分がなんとかしようと力まなくても神様が一番よいようにしてくださる。



4. 自分のことも実はコントロール出来ないのだ、だから全てを神様にまかせよう。

 

5.「ちょっと無理があるな」 と思ったら止めておいた方がいい、自然の流れは神様が作ってくれる。


 

6. 頭でごちゃごちゃ考えるのはよそう、 ロクな考えは浮かばない。げっそり



7. これを乗り越えたらもっと自分は強くなるんだと自分に言い聞かせている今日この頃です。わーい(嬉しい顔)



8. 処理しないといけないことをノートに書いて整理しているときに飲むコーヒーは、最高に美味しい、ホットする わーい(嬉しい顔) コーヒー


 
9. 話さなければならないと思っていても、どうしても口から言葉が出てこないときがある、それは話すべき時期が 今 ではないのだ、無理に話すことはない。



10. どうしていいかわからなくなった時は、魂が成長することを優先させよう、すると自ずと答は湧いてくる。
 


11. 人間、余計なことを考えないようになったらみんな聖者になれる。
わーい(嬉しい顔)


 
12. 自分が光輝いていたら闇は光が眩し過ぎてやってくることはない。
(悪いものとは絶対に共鳴しない)

やって来たとしたらそれは自分のプラスのエネルギーが闇(マイナス)を消している姿なのだ。






                 

                  グッドムーン




  

2011年9月 5日 (月)

言霊の神事

 

          言霊の神事



  
祈れる私は、光そのもの、真理そのもの、神の器そのものである。


いかなる時も宇宙神の光に包まれている私、○○(自分の氏名)を侵すものは何もない。


やがて迫り来る地球規模の大変革に際し、人類の意識を目覚めさすリーダーとして、真理の祈りを捧げつづけるのみである。



すべては必ずよくなる。 絶対大丈夫。 大成就。




   

     白光誌 9月号 53ページ掲載



 






解説


一般には知られてはいませんが、世界人類(宇宙を含む)の平和を心の中で祈り、印を組み、マンダラを書いて、地球の波動を浄化し、次元上昇のために尽力している人たちがいます。

この文章はその人たちに降ろされた啓示なのです。

読んでいるとパワーが漲ってきます。

荘厳なエネルギーが伝わってきます。



   

        

肉体の自他に期待するな 2

  

  
人と人とが話し合いをして、みんなが同じ意見、考えがまとまることなんてまずありません。

この人はわかってくれるだろう、心を込めて話せばきっと理解してくれる。

そう思っていてもその人がなにか些細なことにひっかっかってまとまらないことがあります。

「そんなことどうでもいいことじゃん」

とこちらは思っても、相手の人にすれば小さいことではなく、妥協できないことがあるのです。

だから

「みんなにわかってもらおう」

と思わない方がいい

いや

ほとんどの人の賛同を得なくても

自分はこうだという信念があれば

他人の評価、思想は関係ないのです。

とはいっても

賛同者が多ければ嬉しいし

わかってほしいという気持ちはあります。

いろんな人を人間ウォッチング(観察)していると

ピュア(純粋)だなぁと思える人と

たくさんの業想念(マイナスのエネルギー)をくっつけているなぁ

と思える人がいます。

人間は本質的に 純粋で素直で幼子のような性格の人を好みます。

私もそうです。

顔色をみながら相手が何を考えているかを探りながら付き合うのは疲れます。

竹を割ったような性格で

明るくて

裏表のない人が一番いい

確かにそうなんだけど

そんな人はめったにいないし

そうでない人とも付き合っていかなければならない



そこで素朴な疑問として浮かんでくるのは

ピュアな人とそうでない人との違いです。

なんでそうなるのか?

生まれ持ったものなのか?

前世のその人の生きた方が今生で出ているのか?

そうです、前世の生き方がその人の性格に大きく影響しています。

では、そうでない人に対してどう接していけばいいのか?

その人はほんとうに悪い? 素直でない、どうしようもない人なのか?

でもそんな人でも時々みせる

キラリと光る部分が必ずあります。

神性があるのです。

震災のときにやくざの人たちが交通整理をしていたそうです。

「こんなときはみんなが助け合って生きていかなければならない」

それは人類共通の人類愛です。

その 愛 の部分だけを

その人の神性、神、愛が宿っている部分だけを観ていけたら

どんなに素晴らしいことだろうって思います。

光輝いた神性のみを観ていたら

覆っていた業、カルマがスーッと消えてゆく


みんなが善い人になっていく


そして地球上に地上天国が現われる

そうなる日が一日でも早くなることを

みんなが望んでいると思うのです。

どんな人でも神様、仏さまにみえる

自分もそうなりたいと思っています。



 


本文


肉体人間のやるほうはみんな消えてゆく姿、守護霊守護神がちゃんとやってくれる。

だから肉体の人が、守護霊守護神に見えてくればいいわけなんだ。

ああ、あの人も神様なんだ、この人も神様なんだ、仏様なんだ、というふうに見えてくればしめたものよ。

その人が何をしたって何でもない。

“ああ神様が私のために、こちらの業想念を取ってくださるために、ああいうひどいことをなさってくださるんだ、有難うございます” というなってくるわけね。

そこまでゆくには相当な事実、経験がからむんですよ。

いっぺんにそこまで行かれないから、

そこで 「肉体人間はみなダメなもんだ」 といっぺんやっちゃうんだ。

肉体人間にあんまり期待しちゃダメだ。

今日、好きだ好きだと言っていて、明日は嫌いだ嫌いだ。

そうなっちゃうんだからね。

それがいいとか悪いとかの問題じゃなくて、それは業想念の因縁因果のためだから仕方がないんですよ。

理想をあんまり求めてはダメだというんです。

肉体人間に求めたらダメですよ。

そうすると本当に泣く時があるからね。

悲嘆のどん底に陥ることもある。

だから一切求めない。

求めるとしたら、守護霊守護神に、神様の中に求めるんです。

今度は神様になって現われる。

しかしこの人は向こうにとっては神様ではないかもしれない。

他の人にとっては悪くても、自分にとってはよくなってきます。

それが世界平和の祈りなんですよ。




   

      「自分も光る人類も光る」五井昌久 白光出版






世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます


  

  

2011年9月 3日 (土)

肉体の自他に期待をするな

  
    

今回のタイトルは本当は 偽善者になりたくない11 なのですが、連続ではなく、いきなり読む人にも読んでいただきたいのであえて変えてみました。わーい(嬉しい顔)

実は、私がみなさんに読んでいただきたいことがこの後の本文には書かれているのです。

私たちのほとんどの苦しみは、自分や他人に期待するところから始まると思うのです。

自分はもっと力がある、自信を持ちたい、とか他人にも自分のことをわかって欲しい、自分が望むように相手にも共感して欲しい

常に自分にも相手にも自分に都合のいい状態を期待します。(自分中心にこの世が回って欲しいと思います)

しかし期待した通りにいくことの方が少ない。

期待する、期待が外れる、また期待する、また期待通りにいかない・・・・・・・

ある賢人、一流と言われる人は、

「相手の心はコントロール出来ないが自分の心はコントロール出来る」といいます。

その通りだと思います。

でも自分の心をコントロールすることも難しいです。げっそり

そしてやっぱり期待します。

コントロール出来る自分に期待をする。


自分は感情的になりやすいとします。

おこりっぽいとします。

わかっちゃいるけどなかなか治るものではない

冷静になることを期待しても

溢れ出る感情を抑えられない

期待通りに行かなくては

「やっぱり自分はダメだ」

になるのです。

 

そこで私は、ダメってなんなんだろう?

って思うのです。

ダメなのはダメなのか?

人間失格なのか?

どうしようもないのか?


そこでダメでもいいじゃん

になれば楽になりませんか?

ダメだからしかたがない

ダメは悪なんだ

ではなく

期待することをやめれば

ダメもないと思うのです。

期待するから

○○でなければならない

があるから

ダメも存在する

な~にも期待しなければ

「私はダメだ」

「おまえはダメだ」

はないのです。

肉体人間とは上っ面の表面の人間ということです。

表面の自分は確かにダメかもしれない

だけどその奥にある本当の自分は

素晴らしい

それでいいのではないでしょうか?

うその自分はダメだけれど本当の自分は光輝いているわーい(嬉しい顔)ぴかぴか(新しい)


この後の文章を読んでいただければそれがわかります。

よかったらお付き合いください。



 


 

肉体の自他に期待するな

 

私などずいぶんいろいろな人の経験をしています。

先生のためなら命もいらない、なんて言ったって、なんかで都合の悪くなれば離れてしまい、どこかへ行っちゃたりする。

それでまたやがて都合がよくなって

「先生、どうもご無沙汰いたしまして!」 とやって来ます。

私は肉体の人間など、悪いけれども、何にも信用していない。

私が信用しているのは、守護霊だけですよ。

皆さんの本心と守護霊守護神は信用していますけれど、さんざん恩を着せた人が他で悪口を言ったとしても、それは当たり前、消えてゆく姿だと思っています。

別に何とも思わない。

あのヤロウこのヤロウ、くやしいなんて思わない。

もう始めから諦めているから。

あんまり肉体人間に期待しちゃダメですよ。

友だちにも親にでも、なんでも期待しすぎると、しっぺ返しされますよ。

向こうは向こうの都合でやってんの。 実はこっちもこっちの都合でやってんの。

みんなお互いが都合でやってんですよね。

自分の都合で、この人を愛したほうがいい時は愛するし、離れた方がいい時は離れようとするわけなんです。

表面でも心でも同じことですよ。

それをいつでもいつでも、あの人は愛していてくれる、あの人はいつも私のためにやってくれる、こう思っていますと、向こうに他の友だちが出来たりして、向こうと親しくなって、こっちのことを忘れかけたりする。

そうすると、あの人はひどい人だ、あんなに誓った間柄なのに・・・・・恨み心が出てくるでしょ。

そういうのは凡夫のやることなんです。

業想念のやることなんだよね。

そういうやり方じゃダメなんです。

自分に対しても、他人に対しても、肉体人間は業想念の人間だから、肉体人間には一切期待してはならない。

火を見たら火事と思え、人を見たら泥棒と思え、そういうんじゃないんです。

そういう言い方じゃないんですよ私の言い方は。

肉体の人間を全部あてにしないこと。 そして世界平和の祈りの中から出て来た人だけは当てにするんです。

これは間違いないから。

もっと言い換えると、守護霊、守護神だけ相手にするんです。


Aという悪い人だとします。 しかしその守護霊守護神は、その悪いことを消そうと思って、一生懸命になっているんだ。 神様なんだから。

だから守護霊守護神さんに対して

“ああ守護霊さん守護神さん、どうぞあの人をよろしくお願いします。私との仲をうまくやってください” とこういうふうに頼んでおくのです。

そうすると、どんな悪い人でも守護霊守護神と結んじゃうと、今度、この人に対して敵対して来なくなるんです。 そういうやり方よ。





  「自分も光る人類も光る」 五井昌久 白光出版



 
   

2011年9月 1日 (木)

偽善者になりたくない 10

  
  
  
 
善悪の把われを神様にお返しする

 

私たちのやり方というのは、今までの把われ、過去世からの把われ、善悪に対する把われ、これがいい悪いという把われを、みんなひとまず神様の中にお返ししてしまって、改めて神の子として日々を送る、というやり方なのです。

その一番易しい方法が世界平和の祈りなんですよ。

真理ばっかり求め、真理ばっかりくっついていたら、真理に把われることになる、把われたら悪となる。

いい事をしなければいけない、いいことをしなければいけない、とそればかりに思っていると、今度はいい事に把われちゃうんです。

ちょっとでも真理にはずれたことをすると、至らない自分が苦しくて苦しくて、生きているすべがなくなっちゃう。

そうするとその想いが今度業想念になって、病気なり不幸なりになって現われてくるの。

だからそういうやり方じゃダメなんですよ。

自分の行なっていることが、もし悪いとするならば、悪いなら悪いで仕方がない。 やっちゃったんだからね。

兄弟喧嘩をする。 隣人と喧嘩する。 ああしまった! と思いますね。

しまったと思った時に

「これは消えてゆく姿だったんだ、もう再びこういうことはしますまい、世界人類が平和でありますように。 隣人の天命がまっとうされますように、私たちの天命がまっとうされますように」

そういうふうに世界平和の祈りをすれば、喧嘩したことがかえって、相手への祈りとなって、相手を祝福することになって、それで昇華されてゆくわけでしょう。

喧嘩という災いが転じて福となるんです。

そういうふうにやんなきゃ。

失敗したことをみんな幸せになるようにやってゆくのが、世界平和の祈りなのね。

そうすると何にも把われない。 あなたがいいも、私が悪いも、そんなこと一つも言わなくてすんじゃう。

何にも責めることがなくなっちゃう。

自分を責めることもなくなっちゃう。 そうするとその人はどういう人になるかというと、世界平和の祈りの中から生まれた神の子になってくるんですよ。

原理としたら実に易しいんです。

行ないとしても易しいんです。

やりさえすればいいんです。

こういう教えを今、私は一生懸命説いているわけですね。

それで心をいつも透明にしている。

ごたごたしたものを、いつも世界平和の祈りの中に入れちゃって、いつもこの中はスッキリとしている。

いつも透明になっているような人間になれば、姿が見えなくなる透明人間より、よっぽどいいですよ。

心がスッキリしているんだから。

そうなれば 「死んでも生きても神様のみ心のまま」 ということが本当に行なえるようになるわけです。

業想念が幽体の中にいっぱい溜まっていて、無理やりに命を捨てよう、命を投げ出しても、神様! なんて言ったってそれはダメなのよ。




 

      「自分も光る人類も光る」 五井昌久 白光出版



 



    

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