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2011年6月27日 (月)

一生懸命な人は輝いている 2

  
  
  
やさしいでしょう。

空なんていうと難しそうな気がするのだ。

坐らなければならない。

坐禅観法してやらなければ空にならない。 そんなことはない。

空になるということは、本当のものを出すために空になるのです。

肉体想念のまつわっていない肉体の業生ではない、業生をぬけた神様の本当の元の光、それを出すために空になるのです。

だから空になった、ただ空という時間はないわけです。


空になる時というと、必ず光が輝いている時なのです。

本当の光が働いている。

だから○○さん、△△さんが坐って統一をしていて、何もなくなった。

体もなくなった、意識もなくなったという時、それは空ですね。

その時には霊体がうんと働いている時です。


それと同じように、お掃除をしていても、つまらない仕事をしていても、その一生懸命、誠をもって 

“これをきれいにすれば、みんなが喜ぶ” という気持ちでやっているのは愛の心です。

それは光ですからね、それはもう空を超えているのですよ。


だからいちいち空になってから、光が出てくるのではなくて、空になると途端に、光が出ている。

光になる時には空を超えているということです。

何回も言いますが、どんなつまらなそうな仕事でも、生命(いのち)をかけて、生命をそのまま出している、素直に喜んでやっている。

その姿は空の姿です。

そうするとその人は必ず成功しますよ。


私は一生懸命やったけど、ちっともよくならない、という人があるとしたら、それは一生懸命ではないのだ。

不平不満があるんだ。

空じゃないんだ。

光じゃないんだ。

業想念でやっているからね。

儲けたい儲けたい儲けなければ・・・・・とやってるから儲かりはしない。


儲けなければ・・・・というのは業だからね。


本当に一生懸命にやっていれば、儲けようと思わなくたって、儲かります。


金が要らないと思ったって、居ると思ったって、ちゃんと出てきます。

私どもがいい証拠です。 何にも思っちゃいない。

ただただ人を救おうと思って、やっただけでしょう。

それでこうなる。 こうなろうと思っていない。

何も思わなくて、なるのです。

それは本源の光を掴んでいるからね。

空になって本源の中に入ってしまっているから。

だから本源のところから出てくるのですよ。

必要なものは何でも出てきます。

必要でないものは出てきません。

必要でないものが、もし出てきたとしたならば、それはマイナスになります。

ここにたとえば億万円の金を使えない人があるとしますね。

使うだけの器量がない人に、億万円来てごらんなさい。

どうしようもないから。

持ったって宝のもちぐされですよ。

裏長屋に住んでいたとします。

そこにダイヤモンドなんかもらったってしようがないでしょう。

それと同じように、一番自分に適したものが現われてくるわけです。

適当なものが現われて、魂がだんだん光を増してきたら、またそれにつれて物資も来る、ということになるのであって、本源さえ掴めばいいのですよ。

本源を掴みさえすれば、世界は平和になるのです。






  「自分も光る 人類も光る」 五井昌久 白光出版




   


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