« 光輝く真理の言霊 | トップページ | 一生懸命な人は輝いている 2 »

2011年6月27日 (月)

一生懸命な人は輝いている 1

  
  
    
「私は真剣に一生懸命にやっているんだ」

と主張していても輝いていない人がいる。

ほんとに一生懸命な人とはそこに命を懸けているわけだから

命を捨てているわけです。

すごい集中力で余計なことなんてこれっぽっちも考えていない。

だから心も身体もスッキリと澄み渡っている

すると奥のほうから光が出て輝いてきます。

目に見えて実際に光ってなくても

魂が光輝いているのが雰囲気でわかるのです。

この状態を仏教では 空 といいます。

人間本来の美しい姿です。

一生懸命になるとは この 空になるということです。

私たちは一日のなかでどれくらい

一生懸命になれているか?

空になれているか?

美しくなれているか?

そして光輝いているか?

光輝くにはどうしたらいいか?

今、読んでいる本の中から抜粋します。




 



赤ん坊を見て、憎らしい、なんて思う奴はいない。

ニコニコと赤ん坊に笑われてごらんなさい、もうとても嬉しくなっちゃう。

それはなぜか?

赤ん坊は何もしないですよ。

ただニコニコとやっているだけで、おぎゃあと泣いただけで、みんな周囲の者が、ああよかったなァ、嬉しいなァと、みんなの中から光が出るんです。

喜びが出るんです。 

喜びが出た時はそこが光なのです。

喜びは光です。 

そこで愛らしいなァという愛情がみんなに出ます。

それは光です。


赤ん坊が一人いることが、周囲の何人もの人をみな輝かすことになる。

赤ん坊が寝ていて、おしっこをしていて(笑)。

それでもってみんなを喜ばせ、輝かせている。

それは赤ん坊がいのちそのままむき出しに現わしているからです。

だからその生命(いのち)の光に打たれる。

生命というのは神様ですから、神様の光にみんなが打たれるわけです。

それで愛情が湧いてくるわけなのです。

だんだん大人になってくると、輝かせていないのだ。

くもらせちゃうのだ。


どういう姿が生命の輝いている姿かというと、それは素直な明るい姿ですよ。

柔かな穏やかな平和なものを、自分が持っていると、何も話さなくたって、持ったものが出てくる。

そうすると会っている人は、なんだかいい気持ちだな、なんだか輝かしくなってくる。

そういう人間というものは、肉体だけの存在ではないのです。

肉体から出るのではなく、神様のみ心が、神様の光がこの肉体を通して出てくる姿ですよ。

それにみんながふれるわけなのです。


そうするといい気持ちになる。



空の心が愛になり、光に変わる


だから理論的に 「汝自身を知れ」 といっても、解剖学的に皮をはいだってわからない。

どこに汝があるのか?

本体はどこか?

と頭を叩いても、心臓を切り開いても本体はありませんよ。

どこに本体があるのか。 

それはわからないのです。

しかしわかる方法が一つある。

肉体的な想念というものを、自分というものをなくせばいいわけ。

自分というものをなくすと、サアッと神様が現われてくる。

空になると、パッと現われてくる。

ところが空、空と言ったって、簡単には空にはなりはしません。

空になるという方法は何かというと、ふつうは仕事に打ち込んでいる時よ。

どんなつまらない仕事でも、一生懸命、仕事に愛情をもって、お裁縫ならお裁縫でも、この仕事によって、着る人が幸福になりますように、という気持ちでやっている。

愛の心ですね。

それが空です。

空即是色です。

空の心がたちまち愛になって光輝いている。

どんな仕事でも愛をもって、そのまま一生懸命、愛に托して仕事をしている場合には、それは空即是色になって、空がそのまま光になって出ている姿です。

ただ坐っているだけで空になるというのではないのです。

それだけじゃない。 

それだけで空になれる場合も随分あります。

皆さんが統一会で、坐って統一していると、スーッと空になる。

空即是色の光が出てくる場合もある。

それは勿論いいことです。

しかし年中、坐ってばかりいられない。

お母さんが朝から晩まで坐っていては、子どもは食えなくなっちゃう。

空じゃない、おなかが空だと言っちゃう(笑)。

それじゃダメです。

当り前に、日常生活の中で空になれる方法は何か、といったら仕事に熱中することです。

たとえば天才的なピアニストがいる。あるいはオイストラッフほどのヴァイオリニストがいる。

彼らだって、練習に練習をつづけて、空の状態になって弾いているのですね。

なにか気が入ってごらんなさい。

そうすると、早い曲だったら間違えてしまうもの。

それが空になって、一生懸命になって勉強したものが、光になって出ている。

空になった時にはじめて、光が出てくるわけなのですね。

すべてそう。

だからどんなにつまらない仕事も、たとえ廊下をぞうきんで拭くのだって、部屋を掃除するのだって、いい加減な心でやるのだったら、空には一生なりません。

どんなつまらない仕事でも、一生懸命やれる、本当に愛をもってやれるようになると、それは空の状態なのです。






「自分も光る 人類も光る」 五井昌久 白光出版







 
感想


書き写していて長くなるのでどこかで切ろうとするのですが、どれもこれも凄く大切なことが書かれていて割愛することなんて出来ないのです。(笑)


なんのために仕事をするのか?

その原点をほとんどの人間はわかっていないのだと思います。(勿論私もそうですが)

仕事に限らず、自分の中の神性、愛を顕すために

私たちは生きているのだなぁ

と実感させられました。

みなさんはどうでしたか?




  

    

« 光輝く真理の言霊 | トップページ | 一生懸命な人は輝いている 2 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/160971/40566549

この記事へのトラックバック一覧です: 一生懸命な人は輝いている 1:

« 光輝く真理の言霊 | トップページ | 一生懸命な人は輝いている 2 »

最近のトラックバック

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
無料ブログはココログ