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2011年5月 3日 (火)

志の高い人は

   
       
私は日記で世界平和の祈りの素晴らしさ、大切さを書いているのですが、これを素直に

「その通りだなぁ、世界の平和がなければ自分の幸せもないよなぁ」

と思える人は魂の古い立派な人たちなのです。

でもそんな人たちばかりではないので、そこに壁が出来てしまいます。

地球という星は面白いところでいろんな魂の人が混交している星なのです。

だから自分が真理の伝達をしていく上でいろんな出来事があります。


以心伝心ですぐに伝わる人と全く通じない人、通じそうでそうでない人(笑)

今は、通じない人はひとまず置いておいて、すぐに通じる人に広めていく“とき” なのです。

そのプロセスで

「そんなものいらない!」

「祈りなんてなんになるんだ」

と言われても、その人に同調せず(振り回されず)、自分の波動体の中に居られるようになりたい、不動心になりたいと思っています。

そして、気持ちが落ち込んだときに心強い味方になってくれるのが、今までに読んできた書物なのです。(本はほんとにありがたいです)

私は 老子様を 尊敬しています。

志(こころざし)がとてつもなく高いからです。

もしかしたら志さえも超越しているのかもしれません。

自分というものが全くない、無私の人です。


私が大好きな“老子講義” の中から抜粋します。

大きな志を持っておられる方はきっと共鳴すると思います。


 



上士は道を聞いては、勤めて之を行わんとし、中士は道を聞いては、存するがごとく亡きがごとく、下士は道を聞いては、大いに笑う。笑わざれば、以て道と為すに足らず。


 

上士というのは勿論志の上等の人、上位の心の人という意味ですが、そういう人は、道を聞くと、どのようなむずかしい行為でも、勤めてこれを自己の行為に現わそうとするが、中士は道を聞いても、判らないところでも、判ったような顔をしてみたり、頭では理解しながらも、なかなか行為に現わそうとする努力をしなかったりする。

それは道に対する信というものがあまり深くないからで、この人にとっては、道というものが、自分の都合次第では存在するように思えたり、存在しないものに思えたりするのである。

ところで下位の人になると、道を聞いては、そんな道などというものが存在するものかというように、大笑いに笑いとばしてしまう、というのであります。


そして老子は、そういう下級の人に大笑いされないようでは、道というには足りない、といっているのです。


こういうところは、老子の時代も今日の時代でも少しも変っていません。

今日の宗教者がいくら口をすっぱくして神の存在を説き、神の道を説いても

「そんなものあるものか、神様があるのなら、何故こんな不公平な世の中を造ったんだ。口惜しかったら、こんな苦労しなくとも楽に食えるような世界をつくってくれ、あなたたちのいうような、神の道なんていうのは、私たちには用はないよ」 

などという人々がかなり多いのであります。

老子は、神の存在ということと、神のみ心の在り方というものを、ここでは道という言葉だけで説いております。

そして、この道ということが判るのはむずかしいことなので、そうやすやすと理解できるものではない。

だから、現象世界の利害損失のみに追われているような、下級な志の者には理解しがたく、そんな話を聞いたって、一文の得にもならない、と馬鹿にされて大笑いされるものなのだ、道というものはそんなものなのだ、といっているわけです。

 実際この世の大半の人々は、利害損失ということが、先ずその想念の先に立つのでありまして、宗教信仰をしているような人々でも、自己の現世的な利益を保証して貰いが為の信心であったりすることが多いのであります。


ですから、老子のいうような上志の人は実に少ない人数しかないのではないかと思われます。


しかし、信仰の最初は中志の人であっても、その信心をつづけてゆくうちに、いつの間にか上志の人と同じレベルの心境に到達している人々が、世界平和の祈りの同信には非常に多く存在するのです。

そこでたゆみなき信仰ということが大事になってくるのであります。

神などあるものか、それよりは飯だ、というような下級な想いの人々でも、医者に見放された病気などになると、溺れるものは藁をも掴む、というように、神信心に想いをむけることもあるのですから、現在下級のように見えている人でも馬鹿にしてはならない。

人はみな神の光のひとすじなのだ、と私はいっているのであります。




     「老子講義」 五井昌久 白光出版 本




  


    

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