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2011年5月 1日 (日)

メンターとは?

  
     
先生とは、学問を教えるだけでなく人生の指導者でなければならないと思うのです。

人生の指導者(メンター)であるためには、本当の事(真理)がわかっていなければならない。

真理がわかっていないのに人を指導したりなんて怖くて出来ません。げっそり

子どもには何を伝えていけばいいのか?

何が大切なのか?

何がいらないもので何が必要なものなのか?

大人、親が未熟なのに何を教えたらいいのか?

教えるなんておこがましいのかもしれない。

真理を伝えるだけでいいのだと思います。

これからの先生(メンター)とは、自分でも真理がわかっていて責任を持って伝えられる人だと思うのです。(わかっていないからいつまでも自分に自信が持てない・・・無限なる勇気!)

そうでないと人類は益々、間違った方向へと向かってしまう。

「真理の法則」の本の中に子どもたちに教育すべき項目が書いてありました。

この中のいくつかは今の常識?から言えば 「えっ」 と思うものもあります。

しかしそれが本当のことなのです。

わからないからもういいやではなく逃げずに“真理を追究する時”に来ていると思うのです。

薄々感じていること、潜在意識の中ではわかっているだろうということをハッキリとさせる時期が来ているように思います。






真理の教育とは



○ いかなる子どもも無限なる能力を内に秘めている。その能力をオン、オフにするのは本人の目覚め次第である。


○ 自分が蒔いた種は必ず自分が刈り取らねばならない。


○ 光明の言葉、想念、行為からは、光明の人生が創造される。否定的な言葉、想念、行為からは、不幸な暗い人生が創造される。


○ 人間は本来、神そのものである。


○ 人は、自らの内に秘めた無限なる能力を磨き高め上げることによって、人類の進化創造に参加すべきである。


○ 人生は、自分の思った通りのものになる。


○ 人類の未来は、予言するものではなく創造してゆくものである。


○ 過去に起ったこと、今自分の目の前に起こっていること、未来起こるであろうこと、そのすべては自分の責任である。


○ 肉体は死んでも、生命は永遠である。


○ 自分という存在は、世界広しといえど、自分一人しかいない。自分の存在価値のいかに尊いことを知らなければならない。


○ いかなる人も、自由に生きる権利を持っている。誰もそれを侵すことは出来ない。





  
      「真理の法則」 西園寺昌美 白光出版 本




  


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