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2011年4月15日 (金)

言葉の持つ威力

  
  
   
最近日記を書くのをさぼっていますが、実は私は高校の同窓会の会長と同期会の幹事をしているのです。

三つの行事の開催の時期が6月初旬、6月半ば、7月の初旬と連続してあるためにその準備に追われています。

パソコンの前に座ってじっくりと日記を書いている余裕がない。

忙しいというのは心を亡くすと書きます。

今一番すべきことは目に見える3次元的なことに東奔西走するのではなく、心を落ち着かせること

わかってはいるのですがなかなか上手くいきません(無限なる可能性!)

そんな煩雑な状態の中で

「気をつけなければいけないな!」

と思うことは自分の発する言葉や相手の人に送るメールに細心の注意をするということです。

忙しいとイライラして来る、上手く伝わらないことがある、相手もイライラしている。


そして、お互いに感情的になりそうになることがある。


そんなときについ言葉を荒げそうになったり、送られて来るメールの語意にカチンと来たりします。


今日の新聞にこんなことが書いてありました。

被災地を見て来た人が「東日本大災震」という状況ではなくではなく津波による印象が大きいので今回の災害は「東日本大津波」と呼ぶ方が実感に近いというのである。

自分が見聞きしたものや考えを言葉にする際、少しでも合ったものを探そうとするのは人間ならではの、ごく自然な営みだ。

しかし見つかった言葉が万人の人にしっくりくるかは別問題。

どこか引っかかり、靴の中の異物のように落ち着かない気分にさせられることも多いようである。

例えば、ボランティア精神に燃えるアスリートがよく口にする「~してあげたい」 「~を与えたい」 という言葉。

これだと上から目線とまではいわないが、やや施しのニュアンスが強すぎるのではないだろうか。・・・・・・・・・・・・・・続く


言葉とは怖いものでそんな意味で言っているのではないのに誤解をされて伝わることがあります。

言葉だったらまだニュアンスは伝わりやすいのですが、もっと怖いのはメールです。

文字そのものだけが独り歩きする。

自分が思っている返事より簡潔(短い)ならば相手に対して 「冷たい奴」と思ってしまう、それがエスカレートして「冷たい奴なのでなく相手は怒っているのでは?」 

「だから短い心のこもっていない文章なんだ」げっそり

「自分が何か怒らすことをしてしまったか?」

自分のやったことを振り返ってみる。

自分の言ったこと、メールで送った内容を振り返ってみる。

相手はただ忙しくて簡潔に書いただけなのに事務的な文章が氷のように冷たく感じる。

人間とはなんと繊細な生き物なのでしょう げっそり

めんどくさくなることなんてしょっちゅうです。(笑)

人間関係から逃げたくなります。

でもそこで逃げ出したらすべてのものが無くなってしまう。

相手と溶け合って、解り合って気持ちが一つになることが無くなってしまいます。

だから相手の感情に合わさずに

自分の心を整えて

世界平和の祈りを祈って

相手の天命を祈って

そして謙虚になって

言葉や文字を選んで

言葉を発したり、メールに文字を打ち込んで行くのです。

そうしていても誤解されるときは誤解されます。

腹を立てられることもあります。

しかしそんなときにもこちらが惑わされずに万全を期していたら大丈夫なのです。

自分の波動(エネルギー)が相手に行くのです。

落ち着いた細かい波動が相手に行くと最初は怒っていても段々と穏やかになって行くのです。


今日もたくさんの電話で人と話し、メールが鳴り響いています。

自分が穏やかであれたなら誤解は最小限度で済み、結果的に物事は順調に進みます。

毎日を送るってこの繰り返しだと思うのです。


そのためには自分はどう思うか、考えるかより

相手の人はどう思うか、受け止めるかの方に意識を置くべきだと思うのです。

自分の感覚、直観なんていい加減なものです。

インスピレーション、天から来た! 

なんて思わない方がいい

そんなことを信じていると

墓穴を掘ってしまいます。

天から来たものなんかではなく(ほとんどの直観と思われるものは)

幽界のオバケちゃんにもてあそばれているのです。

インスピレーションは自分が穏やかで落ち着き払ったときにしか降りて来ないのです。

天界の波動とは肉体界の波動とは比べものにならないくらい細かいのです。

心を鎮めて、自分の本心と向かい合わなければつながるはずがないのです。

天とつながって初めて

正しい判断が出来る。

正しいとは天(一)に止まると書きます。

自分の心が鎮まって不動心になったとき

天界とつながるのです。

天界とは本当の自分(我即神也)がいるところです。

そのことをかみしめながら日々の生活を送って行こうと思っています。






世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます




 



「無限なる幸せを体得する方法」 于寿明 星湖舎 
 

本当の自分と出逢うためのメソッドが書かれています。


電子書籍もあります。


http://utoshiaki.wook.jp/detail.html?id=207092&COOKIE_CHECK=TRUE




調和波動気功法

http://homepage2.nifty.com/hmwave_goldendoor/



  

  


  

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コメント


 
マザーテレサさんこんにちは、ご自分が不動心になりたいと思っているということは自分のことをちゃんと客観的に観れているということです。

人は他人のことはよくわかっても自分のことはわかっていない人が多いのです。

だけどテレサさんはそれがわかっている。

これってなかなか凄いことなんですよ。happy01


足をケガされたとのこと

誰かが大けがされるのをテレサさんが代わりに受けてさしあげたのかもしれませんね。

震災で亡くなられた方や難を受けた人は人類の業(マイナスエネルギー)、やカルマを代わりに受けておられるのです。

そのお陰で他の国の人や私たちは大難が小難で済んだり小難さえ消えたりしている。


つまり自分がけがをしたり病気をしたりするのは、悪いものが消えてゆく姿なんです。


大きな病気をした後でなんだかスッキリしてその後体が丈夫になるときがあります。


ほんとうはマイナスなんてないんですね。


でもなかなかそうは思えないですよね。


しかし真実はそうなんです。


病気になったりケガをしても

「これで悪いものが消えたんだ、後はきっと良くなるんだ」

と思ってみてください。

きっと心の中から元気が湧いて来ますよ。happy01


 

私はグッドムーンさんがよく使われる「不動心」という言葉が好きです。一番苦手だけど今私に一番必要なことです。日本中がこんなに大事な時期に私は足を怪我してしまい松葉杖の生活です。被災地に思いを寄せていたのにそれも叶わず、自分のできること、自分に与えられた職業を精いっぱい頑張ることすらできず、家でほとんど動かずダラダラしては自己嫌悪です。不動心で仕事ができず登校拒否の感覚だったのでホントに足を悪くしてしまい一カ月近く休むことになりました。戒めでしょうか。不動心で生きたいです。

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