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2011年3月28日 (月)

プラス思考はなぜ悪い?

  
  
タイトルを見られてプラス思考が悪いこと? なぜって思いますよね。

正確には、「マイナスというものは無いんだ」 なのです。

私たちは、つい物事を、善いこと、悪いこと と2つに分けてしまいます。

しかし悪いことが起ったと思ってもそれが後になって善いことになっていった、禍転じて福となった。

福にはならなくても精神的に強くなれた、優しくなれたなんてことは結構ありますよね。

そして、同じことが起っても

「この世の終わりだ」 と絶望視する人と

「たいしたことないや」 と簡単に乗り越えてしまう人がいる。

だったら簡単に乗り越えてしまう人にとればそれは悪いことなのか?

問題はどうも心の持ちようにあるように思うのです。

それも 「悪いことが起った」 という決めつけですよね。

起こったことに、「これは悪いことだ」 とラベルを貼ってしまう。

もう当分立ち直れないと決めつけてしまう

悪いことの原因は、 「あいつにある」 とまたまた決めつける。

私は真理を追究(勉強)しているのですが

この世で自分の周りで起こることとは前世での清算なのです。

自分が過去世において悪事を働いていた

人を憎んでイジメテいた とします。

今生ではそれが返ってきて イジメられる方に回っているのです。

自分のしたことは必ず自分に返って来るという真理の法則です。

ただ前世のことなので自分では覚えていない(だから被害者意識ばかりがある)

「私は何も悪くないのになんでこんな辛いことばかりが起るんだ」

って


しかしそれも自分がやったことがそのまま返って来てるのではなく

大難が小難に、例えば人殺しをしていたところを

一発殴られるくらいで済んでいるのです。

それは守護霊様が過去世(因縁生)を浄めて現われを小さくしてくださっているのです。

そしてその小さくなった因縁生(マイナスの出来事)は現われると消えて行きます。

殴られたらそれで相手の人はスッキリして(気が済んで)きれいに消えて(マイナス)行くのです。

だから今自分にとって都合の悪いことだと思っていることはマイナスの消えてゆく姿なのです。

プラスに転じるためのプロセスでしかない

運命が好転していくための出来事でしかないのです。

つまりマイナスではないことが分かります。

今読んでいる本は ラオ教授の 「幸福論」 には

「マイナスというラベルを貼るな!」 

とあります。

プラス思考というのは一方でマイナス思考があるということです。

二面性があると認めるということです。

するとマイナスがあると認識してしまいます。

そしてマイナスをやっつけようと戦ってしまいます。

マイナスはないのにそこに意識がいく

そして気持ちが負けてしまうと

落ち込んでしまうのです。

実体のないものに挑んで勝手に落ち込んでしまう

もし、マイナスなんてないんだ と思えばどうでしょう。

すべては善くなるためのプロセスなんだ と思えたらどうでしょう。

マイナス(-)からのスタートではなくなります。

ゼロに戻す必要もないのです。

すぐにプラスになります。(ゼロからのスタートなので)

私はこの本(幸福論)を真理と照らし合わせて読んでいます。

するともっとこの本に書いてあることが理解出来、そして実践出来るのです。

中国の有名なことわざで 「人間万事塞翁が馬」 があります。

説明は省略しますが

私たちは善いことも悪いこともないんだ

淡々と平常心で生きていればいいんだ

と本を読んだり、人から聞かされた時はそう思うのです。

でもすぐに忘れてしまいますよね(笑)

では、どうしたらいいのか?

私は、善いとか悪いこととかのラベルを貼らないことがまず大事だと思うのです。

善いこともです。

なぜなら善いことだと思っていても違う場合もあるからです。

「この人は最高に善い人だ」

と思っていても違う場合もあります。

善い人とは自分にとって都合が良いので善い人なのであって他の人にとっては悪い人なのかもしれません。

とにかく決め付けないことです。

善いか悪いかハッキリさせないことです。

分別心を無くすということです。

分析しない(突き詰めて考えない)ということです。

話は長くなりましたが

悪いことが起ったと思って

自暴自棄にならないことの大切さをこの本に書いてありました。

マイナスをつかまなければ、諦めなければ

神様は人間を幸せに導いてくれる

そんなエピソードです。







 
彼は非常にすぐれた水泳選手で、重要な大会に向けて練習に励んでいました。

ところが地面に張った氷に滑って転び、手首を骨折してしまったのです。

何週間にもわたり、チームメイトが激しい練習を重ねているのを横目で見ながら、コーチの指示でプールの横でキックの練習を続けました。

当初、彼は絶望して、自分の選手生命は終わったと思いました。


けれど、気を取り直してコーチに言われたとおりの練習に精を出したのです。

そして、きわめて重要な大会で、彼のライバルは生涯最高のレースをしました。

ターンをした時点では彼はライバルに大きく水を開けられていて、負けが濃厚に思われました。

ところが数週間にわたるキックの練習で、彼の筋力はかつてないほど高まっていたのです。

彼はそこから力強くキックして、見事なレースをしたライバルにタッチの差で勝利したのでした。




その選手とは、マイケル・フェルプスのことです。

そしてそのレースとは、2008年の北京オリンピックの100メートルバタフライでした。

彼はミロラド・カビッチに100分の一秒差で勝ち、七個目の金メダルを獲得しました。

フレームごとの写真で見ると、フェルプスが最後のキックをしたとき、疲れたカビッチの脚は水を打つことはなく、彼はただ体を流していました。

これは競技史上でもまれに見る僅差(きんさ)のゴールでした。

そして、この最後の一蹴りがなければ、フェルプスがオリンピックで8個目の金メダルを獲得して、マークスピッツの最多金メダル記録を破ることはなかったのです。

ということは、フェルプスがトレーニングのもっとも大切な時期に、手首を骨折したのは、悪いことだったのでしょうか、それとも良いことだったのでしょうか?

それは誰にもわかりません。

ただ、そのケガが彼にとって生涯最高の出来事だったという可能性もありうるのです。



 


    ラオ教授の「幸福論」 スリクマー・S・ラオ




  



  

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