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2011年1月17日 (月)

実は・・・・・・・

 
  
  
       (一)



人間というのは

ここに肉体があるけれども

実はここにあるのではなく

光が流れて来ているのです

純粋な無念無想の状態で

光そのものになっているのです



肉体というのは  本当は

あるのではない  ただ見えているだけなのです

みなさんはここに坐っているけれど


実はここに坐っているわけではないんですよ

光の波が幾すじも流れて来て

ここに止まっているのです

光の波と業の波がまざったものが

ここに来ているのです

そこへ太陽よりもっとすごい光明が言葉とともに柏手

 とともに流れてゆくと

業の波がきれに洗われてゆくのです

みなさんは肉体と思ってはいけません

人間は肉体である  という観念から

一日も早く脱却することです



人間は肉体ではないんです

霊なのです  光なのです  光線なのです

太陽が光り輝いているけれど

光線としては見えません

見えないけれど光線はある

それと同じように

人間はみんな光の波で天から来ているのです




それなのに肉体というものに把われて

肉体ばかり見ているから

太陽の光を否定し

神さまから来ている自分の力を否定している

否定しただけ汚れてしまうのです  だから

人間は勝手に苦しんでいる  といわれてしまうのです



私は今までかつて生れてからこの方  悪いことをした

 ことがないという人がある

ちっとも悪いことをしていないのに

私が不幸なのはどうしたわけか

神や仏があるのなら  こんなに私を不幸にするわけがない

自分は悪いことをしたことがない  といいます

悪いことをしたことがない  というけれど

いったい誰がそうきめられるのでしょう




悪いことの一番の根本は何だろう

それは

自分が神から来たものである

神と自分とは一体である

ということを否定すること  そして

神と人間とは別なのだ と思うことです

神から分かれた光線なのだ  分霊(わけみたま)なのだ

とはっきり自覚しない以上は それだけ悪なのです



自分の真実の姿を否定して

神も仏もあるものかという時

その心は闇の想いです

そうした想いを持ちながら

神さまに助けてもらおうとするのは

お金を下さったり  一日の糧を下さったりしている人

の悪口をいうのと同じです

人間は天の恵み  地の恵みで生きています

神さまは天にもいるし 地にもいます

天地縦横 宇宙一杯に光り輝いているのが神さまです

そこから人間は生きるすべての原料をもらっているのです

神さまなくして  人間は生きられません





    
         (二)



神さまがあるのか  ないのかわからない

見たこともない  という人がいる

けれど本当は神さまをあなたは毎日見ているのです



自分がいることは神さまがいることなのです

毎日 毎日 神さまを自分に見

夫に見  妻に見  子供に見ているのです

見ているのに 神さまを見たことがないという

神さまは宇宙に充満しています

自分の中にい  人の中にもい  植物の中にもいて

すべての中に生き生きとしているのです

神さまはいのちなのだから

年中お目にかかっているのです



神さまは手にふれない  という

自分の子の手を握った時には

神さまを間接的に握っているのです

自分の友だちの手を握った時

神さまを間接的に握っているのです

子供をだいた時

神さまをだいているのです




神さまはすべてのすべて

在りてあるものなのです

全部が神さまなのです

それなのに

神さまの外に何かあると思っている

神さまの外には何もないのですよ

自分は神の分霊なのです

全知全能の神さまから分かれたいいのちなのですよ




        (三)


私たちの天命がまっとうされますように

と祈っていますか

誰にでも天から与えられた使命があるのです

天命をまっとうするために生れたのです



天命をまっとうされますように  と祈っていれば

 家も

 金も

 力も

 健康も


天命をまっとうするために与えられるのです




けれど天命を損なうお金もあります

人からむしりとったお金

賭け事や宝くじなど労せずして得たお金はすぐなくなります

金 金 金と金ばかり思っていると

金は入ったとしても業の想いだから

消えてなくなります



業の想いはすべて消えてゆく姿なのです

消えないものは何かというと

神さまだけなのです

お金を頂いた  着物を作ってもらった としても

すべて神さまから頂いた神さまのものなのだ

神さまが人を通して私に下さったのだ

そのように思っているお金や物はなくなりません

もしなくなったら

もっと増えてやって来ます

何故ならば 神さまのものなのだから

尽きることがないのだから

神さまだけしかいらっしゃらないのだから

神さまを100パーセント思うのです。

100パーセント思えば

自分は神の分霊なのだから

神さまの光がそのまま現われて

自分の世界が完全になるに決まっているのです



 

      (四)


 
宗教信仰はこうありたいですね

良寛さんや  法然さん  親鸞さんのように・・・・・・

悪いものはないのだ  消えてゆく姿なのだと

本当に心の中で思っていることです



みな神さまに生かされているのだから

神さまが生かして下さるのだ

間違った生かし方をするわけがない

自分の前に不幸の姿が現われて来ても

それは過去世の因縁が消えてゆく姿なのだ

どんなに自分の中に怒りの心が出て来ても

どんなに迷いの心が出て来ても

それは消えてゆく姿なのだ

どんなに自分を仇(あだ)する人があっても

みな過去世の業の消えてゆく姿

在るものは 仏さまの慈悲だけ

神さまの慈愛だけが光り輝いているのだ



こういうように思える境地に

世界平和の祈りをして

一歩でも二歩でも近づいて下さい



悲しみが起ったら世界平和の祈り

怒りが起ったら世界平和の祈り

恨みが起ったら世界平和の祈り

病気になったら世界平和の祈り



すべて世界平和の祈りの中で生きてゆくのです








       「大決意」  五井昌久 白光出版



  
  


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