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2010年12月27日 (月)

謙虚であるということ

 
  
  
「何も考えずにただ人のことをのみ思って一生懸命にやっているときは、びっくりするほどうまく行っていました」

「でもそこでほんのちょっとでも欲を出してお金のことを考えてしまったらとたんにうまくいかなくなってしまったのです」

「そんなことがあって私は調和波動気功につながりました」

とあるハーモニーの方がおっしゃっておられました。


これはどういうことかと言いますと

何も考えずに相手の喜ぶことのみを想い、ただ目の前のことだけを自分の器を使って一生懸命にやっているときには神さまが働いておられるのです。


そこには自分というものが一切ない

だから自分は神さまの器なのです。

しかしそこで自分という欲を出すと

神さまが働けなくなってしまうのです。

わたしたちはプラスのエネルギーを出さずにマイナスのエネルギーばかりを出してしまっています。


だから地球も人類も危機的状態になってしまったのです。(無限なる光)


“プラスのエネルギーとは謙虚になったときにしか流れない”


これは宇宙の法則なのです。



私たちは宇宙からエネルギーを戴いています。

そのエネルギーは頭のてっぺんの百会(ひゃくえ)に入り60兆の細胞を通りそして地球の中心へ流れるのです。(引力と言います)

そしてそのエネルギーは私たちの心を通って横へ出て行きます。

心の中が愛で溢れていれば愛の波動が

怒りでいっぱいならば怒りの波動が横に流れて出て行くのです。(雰囲気、オーラです)

宇宙からエネルギーを受けた樹がエネルギーを地面へ流しそして酸素を出しているのと同じです。


つまり縦に流れ来たエネルギーを私たちの心(想念)で横に流しているのです。

これが十字架であり、プラスのエネルギーの姿です。


人間はこの十の形(エネルギー体)になるのが本来の姿なのです。

しかし私たち人間のほとんどはプラスのエネルギーを出せてはいなのです。(無限なる赦し)

横に流れるエネルギーは下丹田(かたんでん、へその下3.5センチ)から出ています。

縦のエネルギー ┃ をプラスにするには奥に引いてそこから前に出ないと交差しないのです。


奥に引かないで前に出ようとしてもプラスという形にはならないのです。


ただマイナスがずっと横に広がっていくだけです。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━・・・・・・・

奥に引くとはどういうことなのか?

それは冒頭にあったように自分を奥にやる、謙虚であるということです。

人間は肉体が自分だと思っている

だけどそうではない

本当の自分は心の奥にいる

神界、宇宙に居るのです。

その自分と出逢って、本当の自分と一緒になって前に出て来て

初めてプラスのエネルギーになるのです。

本当の自分とは神のことです。(我即神也)

そのことがわかるようになることが謙虚ということなのです。

ただ謙遜しているのが謙虚ではありません。

肉体人間というのは仮の姿です。

本当の姿ではない。

謙虚になっていないときとは

仮の自分が本当の自分だと思って前に前に出ているときなのです。

だから本当の力が出て来ないのです。

于先生はおっしゃいました。


「自分の後ろの守護霊様守護神様と一体となるのです。後ろに引くのです」

この後ろに引くというのが謙虚ということなのです。

自分(肉体)がやるのではない

守護霊守護神様がやってくださるのだ

守護霊守護神様が働きやすいように使われやすいようにするのが

自分の役割りなのだ

自分は(肉体は)その器なのだ

ということなのです。


  
 
    
世界人類が平和でありますように

我即神也

人類即神也




   
 

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