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2010年12月17日 (金)

ある女性の苛酷な運命

  
  
  
ある女性の苛酷な運命


 
人間のあらゆる人生には意味がある。どんな悲惨な状況、どんな苦難の状況、どんな過酷な状況とも、それでも生きる価値がある。

それでも未来に可能性がある。そしてそれでもなお、生きる意味があるのである。

その女性は、ある戦争によって難民となった。難民となったというだけでも、どれだけその女性にとっては辛く悲惨であったことか。

今まで働いて蓄えておいた財産をはじめ、すべてのものを失った。

そして寝る場所も水も食べ物も十分ではないキャンプ生活を強いられ、自由を束縛され、ただ他からの救援に頼らなければならない生活が始まったのである。

苦境の中で、さらに過酷な状況が彼女を襲った。

それはレイプされたのである。その二重の責め苦の上に、もう一つの苦が覆い被さった。

彼女はエイズに冒されてしまったのである。

想像を絶するような状況、苦難を背負って生きなければならない人生。

他と比べ、自分のみに与えられた絶望的な苦悩。

そのような状況では、誰もみな自暴自棄(じぼうじき)に陥るであろう。

生きる希望も全く失ってしまうであろう。

自分の人生に何の意味があるのか、そう自問自答することであろう。

それでもなお、人間には生きる意味がある。

自分に与えられた、自分のみの人生があるのである。

戦争、難民、レイプ、エイズ。

外側の現象面から見たら、その状況はまさに救われ難き混乱状態に陥っているというよりほかない。

だが、私はテレビで語るその女性の崇高なまでに美しい姿を目に焼きつけた。

なぜ彼女はそれだけの苦難がありながら、あのように美しく気高い心境へと自らを導けたのであろうか。

私もここで、彼女を通して人間の生き方というものを深く見つめてみたいと思う。





 

現状を直視し、内面を見つめる




人間には二通りの生き方がある。 


一つは悲惨な状況に追い込まれると、他を恨み、政治を恨み、環境を恨み、攻撃的になり、怒りと憎しみと絶望にかられ、自らもどん底に陥ってしまう生き方。


もう一つは悲惨な状況にありながらも、日々を重ねるうちに自らの内側に入ってゆき、自らの内面を見つめるよう自然に導かれてゆく生き方である。


その時、内面を見つめてゆくと、これまでに全く気づかなかったこと、こうした状況に置かれなければ一生気づくこともなかったであろう真実に目覚めてゆく。



それは外側の現象面を、逃げることなく真正面から直視しようとする、別面の自分が存在しているということである。



そして、そこから生きようという力、このような状況のままであってはならない、何とかしてここから新しい生き方を見出そうという生命力が湧き出てくるのである。

人によっては、内面を見つめ、探求しようともしないで人生を閉じてしまうこともある。

それが大半であろう。


現象のみを見て、自分の人生を恨み、嘆き悲しいで生きる人々は多い。


「生老病死」 という仏陀(お釈迦さま)の言葉がある。


生、老い、病気、死は、自分ではどうにもならない人生の苦しみと言われているが、しかし、それらを通してもう一面の自分に気づくという生き方、自ら内面を探求して真実に気づき、目覚めてゆくという生き方も同時に存在するのである。


「生老病死」も受け取り方によっては、苦しみではなく、自らの現状を直視することによって真理に目覚めてゆく、そのような人もいるのである。






自己救済のへの道 ━  人のために人生を捧げる





世界には、二通りの人々が存在する。

一方は一生現象面のみに執着し、他人の一挙手一投足に一喜一憂し、真理に目覚めないまま、ネガティブな人生を閉じる人々。

もう一方は現象面の苦しみを通して、次第に内面に向かって人生の意味を探求しはじめ、真理に気づき、目覚めてゆく人々。

二十一世紀には、この真理に気づき、目覚めてゆく人々が大半を占めてゆくようになるであろう。


このように、いかなる人生にも必ず意味があるのである。

意味のない人生などないのである。

ゆえに、先の女性は自らの内面と向き合うことで深い気づきを得、ついには自らの人生の意味に気づいたのである。

彼女はどんな苦難にも打ち克ってゆく、究極の真理に到達したに違いないのである。

自分の過酷な人生のみに意識を把われず、自分よりももっと悲惨な人たちのために自分を役立たせていこうと決意した時に、その気づきが始まったのであろうと私は推察するのである。

自らの人生に執着しないで生きるということは大変難しいことであるが、人のために自らを生かすことによって、生きる意味を見出してゆこうという生き方がある。

同じ難民キャンプに、自分よりももっと悲惨な人たちがいると考えた時、そして実際にその姿を見た時に、彼女の意識は変わったのであろう。

両親を失い、誰からも愛されずに放り出された赤ちゃんや、幼い子どもたちや、病気のこどもたち・・・・・・・・その姿を見た瞬間、彼女は自分よりももっともっと生きるのが大変な子どもたちが存在していることに気づき、そうした子どもたちの母親になろうと思ったのであろう。


自らの三重苦、四重苦の責め苦から救われてゆくためには、自分よりももっともっと悲惨な人たちのために、自分の人生を役立たせ、そのために人生を捧げるのである。


それによって、自分は過去から救われてゆく。


過去の苦しみから癒されてゆく。


それは他から与えられた救済ではなく、自らの内面によって切り開かれていった救済である。

私はこの一人の女性の生き方を通して、人生について考えさせられた。

人はみな、いかなる状況にあろうとも、生きよう、自分を見出そうという意識が大切なのである。

そして自分は何のためにここに存在しているのか、そのことに思い至った時、初めて自分の意識は自分の内面へと向かってゆく。


そして真理の究極に出合うのである。






自他の天命まっとうのために





未だ人類の大半は、悲惨な状況に遭った時に自分の人生を呪い、悲しみ、嘆き、そして他に怒りを向け、他に依存して生きる人々である。

だが、そのような時こそ、ただ他に依存するだけではなく、彼女のように自分を見つめることが重要なのである。

そして、自分に生きる価値がある、未来がある、可能性があると気づいた時、どんな状況の中でも自分を崇高に神々しく生かせるのである。


また、悲惨な状況に遭った人を救済する側においても、ただテントを与えればいい、食べ物を与えればいいというような安易な救済では、本来の人間の生き方をまっとうさせることは出来ないのである。


しかし、救済される側も最後には、彼女と同じように自らの内面に気づき、目覚めてゆく生き方に次元上昇していくのである。

だからこそ、人間はどんな状況にあろうとも、生きる価値があるのである。

そしてどんな人生にも意味があるのである。

目的のない人生などはないのである。

そう思うと、究極の真理に出合い、自分の存在価値を認めさせることが出来、人から必要とされている生き方が出来る私たちは、そのような自分自身に誇りを持ち、死ぬ瞬間まで人類のために捧げ尽くしてゆきたいと思うのである。




世界人類が平和でありますように

人類即神也








    
        白光誌 12月号より  西園寺昌美





 


感想


説明文もなくいきなり本文から入ったのですが、素晴らしい内容はみなさんに十分伝わったことと思います。

現象面で何かの試練があったとき、エネルギーを外に向けるか、自分の心の内面に向けるかによって人生が悲惨なものとして終わってしまうか(無限なる光)

素晴らしいものになるかが分かれるのです。

私たちは、今の時期ほど勇気を持って心の奥底に入っていくことが大切だと思います。

西園寺昌美先生の文章を書き写している間にふと気づくことがありました。


于先生のご著書で “無限なる癒し” があります。

この本は2冊目なのですが私たちハーモニー(于先生の生徒たち)が本の出版に際し本の推薦文を書きました。


そこにはハーモニーの人たち(80人余り)が苦難、試練、体験したことを外に向けずに内に向けて于先生、そして真理につながったという経緯が書かれているのです。


みなさんの今の状況と似通った人がこの本の中に必ず出てくると思うのです。

同じような体験をされていると思うのです。

そしてそこにはこれから自分はどうして行きたいのかという“決意” が書かれています。

そして、今の自分から抜け出すためには “勇気” が必要です。

勇気とは、本当の自分に出逢った瞬間(とき)に内から湧き出て来るものなのです。

ハーモニーの人たちのいう勇気とはどういうことなのか?

それも“無限なる勇気” の本に書かれています。

これらの本は、人類が次元上昇していくための

バイブルになると私は確信しているのです。





1冊目  調和波動気功法 于寿明 三晃書房

2冊目  無限なる癒し 于寿明 星湖舎  (以下出版社は同じです)

3冊目  無限次元への誘い  

4冊目  無限なる幸せを体得する方法  

5冊目  無限なる勇気  




電子書籍は

wookという出版社です。

本の名前で検索すると出てきます。


http://my.wook.jp/

 
  于寿明書籍販売ページ



http://utoshiaki.wook.jp/





  



  

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