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2010年11月23日 (火)

想いには力がある 1

  
  
  
私たちは常に誰かと接しています。

一緒にいて心地の良い人、悪い人、どちらでもない人・・・・。

だがいつも心地の良い人ばかりが側にいるわけではない。

イライラして怒っている人、タバコを吸っている人、大声でしゃべっている人・・・・・。

そんな人たちの影響を受けてしまいます。

自分も人もなんらかのエネルギーを発している

それは間違いのないことですよね。

「どこか静かな所へ行きたい!」

そう思っても社会生活をしていたらそんなことは出来ない。

またどこかへ行けたとしても

それは逃避であってなんの解決にもなっていない

それだけではない

人がいなくても

私たちの心の中にはいろんな想いが入って来る。

なんでこんなことを想うのだろう?

なんて低俗な想いが出て来るのだろう?

生きていると人と接していると不思議なことばかりです。
 
 

想いは消えてはいない

ずっと生きている



目にみえないエネルギー(想念)を西園寺昌美さんが本の中で教えてくださいました。







想いは生きている



想いには力がある



我々の頭の中では瞬々刻々と、さまざなな想いが浮かび上がっては消えてゆく。

それらの多くは、大して意味も為さぬような、とりとめのないものである。

果してこの想いとは、いかなるものなのであろうか。

我々は時に、強く意識して一つのイメージを心の中に思い描く時がある。

そして、その想いは、過去から現在を通過して、未来へと駆け巡る。

こうした想いの断片をあれこれ取り上げ、問題にしても始まらないが、これらの想いには、どのような影響力があるのだろうか。


心ある人ならば、この種々さまざまな想いが無数に組み合わさり、自分の人生に大きく関わっていることに気づいているはずである。


どのような想いが心の中にとどまっているかによって、人は時には繊細に、時には鈍感に、時には強く、時にはにぶく、そして時には清く崇高に、また時にはみだらで低俗に、時には知的に、時には愚かに・・・・・と、さまざまな状況を呈してゆくからである。


心踊るような輝かしい歓喜に満たされたかと思えば、次の瞬間には黒雲のような不安、恐怖、絶望感が立ちこめることもある。


日々瞬々刻々、変わりゆく想いは、まるで自分の心を支配しているかのようではあるが、実体があるわけではない。

かといって、全く影響力がないわけでもなく、実際、我々の人生はこの想いによって、常に振りまわされているのである。

そうした状況を鑑みると、我々の想いは力を持っているように思われる。だが、果たして想いには力があるのか。


もちろん、力があるのである。そればかりか、想いは生きているのである。

かつまた、すべての想いは種々さまざなな色をも伴っているのである。




 


人間は常にさまざまな色の想念を放ちつづけている



想いの色について説明する前に、まず、太陽の光を思い浮かべていただきたい。

ご存じのように、太陽の光がプリズムを通し空中に放射される時、その光は赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の七色に分散される。

それらには、それぞれ固有の波長があり、波長が最も長いものは赤色、最も短いものは紫色である。

すべての光はそれぞれ波長に伴った色彩を放ち、また、それらは他のものと交わらない限り、純然たる色彩をたたえているのである。

想念もまた然りである。

希望や神聖さに満ちた祈りや瞑想などは、限りなく透明な青や白光を放ち、愛、慈しみ、清純さなどは澄んだ深紅色を放つ。

反対に怒り、憎悪、野心、欲望、嫉妬、残虐性に燃えた想いには常に、毒々しい赤や、どす黒い炎のような濁った色を放っている。

絶望、利己主義、貪欲さは限りなく暗い灰色や黄褐色である。

このように、想いというものは同時に色をも宇宙空間に放ちつづけているのである。


この想いの波は、エネルギーでもある。 エネルギーというのは、即ち生命の力である。


想いは種々さまざまな色合いを織りなしてゆく。それこそ限りなく白光のものもあれば、限りなく濁ったものまで・・・・・。


人類は、この宇宙空間に、人それぞれの想念による色彩を放ちながら、自らの存在を世に示しているのである。


自らが悪しきことを思えば、その瞬間、暗黒想念と濁った色彩が宇宙空間に放たれてゆく。

それらは生きているため、自分と同じように宇宙空間を浮遊している人類一人一人の想念の中から、自分に類似している、波長の合う資質を引き寄せ、集めてしまうのである。


それはつまり、自らの心が暗黒想念に満たされているならば、それに見合った低次元の想いを、相手の心の中から引き出してしまうということである。


その結果、自らの想念に他の人々の否定的な力が加わって、自らの暗黒想念は、激しい活動性を帯びた生きもののような存在に変じてゆくのである。


この想念の生きものは、放った人の意識をそのままに、大変な力とエネルギーを内に蓄えつつ、その意識の具現化を図ってゆくのである。

従って、それが誰かに向けられた場合、想念を送る者の意志が強くしっかりとしていればいるほど、非常に強力な代行者となって、その偉力を発揮してゆくのである。



                     つづく



  

      「今、何を信じるか?」 西園寺昌美 白光出版




  


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