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2010年11月 6日 (土)

天職とは? 3

 
   
  
 * 利他の意識が自分をレベルアップさせる

 
有名になることではない。権力を得ることでもない。尊敬されることでもない。 あなたが必要とされる人間になることです。
 

そういう人間になることによって、どんな道も創り上げることが出来るし、開拓することが出来るし、歩むことが出来るのです。
 

皿洗いがいなくなったら、コックさんは忙しくて仕方がなくなります。汚い皿に新しい料理をのせて出すわけにはいきませんから、皿洗いがどんなに大事なことか。皿洗いは、卑しい仕事でもないし、レベルの低い仕事でもありません。


仕事というものは、他を生かすものです。働きというのは他を生かすもの。自分の肉体労働、精神労働、時間のエネルギーを与えて人を生かすこと、それが働き、仕事です。
 

自分のために働くのではない。人のために働くことによって、喜ばれ、感謝される。
 

あなたを必要としていますと言われた時、これこそが働くことの喜びです。
 

そして次に、自分の意識が高まって、もっと多くの人たちのために生きようと思えば、自分がもっと多くの人たちから必要とされるようになり、より大きな立場へとおのずから引っ張られていきます。


皿洗いも、一つのミッションです。自分が洗ったピカピカの皿に新しい料理がのせられて、お客様を喜ばせる。 それが自分の喜びとなる。


人の見えないところでも自分が納得がいくまで仕事をする。その意識が人を動かし、自分をもっと大きな世界へ導いてくれます。


すべては人間関係です。相手を立てながら、相手の素晴らしさを称えながら、生きていく人。これはどこの道に行っても、皆から必要とされる人です。


自分は本当はこんな場所にいる人間ではない、自分はもっとこういう才能があるのに誰も認めてくれないと、不平不満ばかりを言っている人を、誰が必要とするでしょう。
 

自分自身を磨き、高める。職を通して、自分自身が立派になっていく。限りなく自己滅却していく。

 
利己から利他へ。これが、個の幸せと同時に全人類の幸せを可能にする道です。

 
平和を唱えても、みんな自分のビジネスのことばかり、自分の国のことばかり言い立てています。
 

親も、他の子どもを思いやり、皆で育んであげられれば、いじめはありません。皆がいかに楽をして生きよう、働かないで生きようなどと、棚からぼたもち式を求めているのなら、こういう生き方が蔓延したなら、人類は滅亡へ向かっていきます。
 

それを救うのが私たちの意識です。
 

自分が祈ることによって、自分が高めあげられると同時に、人類をも高めあげて浄めていくのです。
 

世界人類が平和でありますようにと、他のことを祈っている人は、六十億人の中にどれだけいるでしょうか。
 

祈りは、自分を通して世界に及ぶけれども、祈りのきっかけがなければ、世界平和も祈れません。
 

自分の悩みをいうきっかけがなければ、最初は祈れないでしょう。
 

自分の悩み、困難、つらさは自分を昇華するためにどれだけ必要であったか。

 
祈りの道へ入れたというのはどんなに幸せな人生、天職を得たことでしょう。

 
どんな問題を抱えてても、どんな病気になっても、人は人のために祈れるのです。
 

祈りは生活を通して、自ずと魂の中から響いてくるものです。


 



 
 * 努力する日々は必ず報われる


これは私が体験した話です。アメリカでオペラを観ました。第一幕が終わって主役の女性が倒れてしまいました。
 

そうすると、第二幕から主役は他の人に代わらなければなりません。みんなのムードが高まっているところに、突然主役が倒れて第二幕から出られないというアナウンスがあり、観客からはブーイングです。

 
さあ、第二幕が開きました。すると、主役とはほとんど変わらない、同じ顔形、同じ雰囲気、同じ声の人が現われました。

私は思わず 「えっ?」って疑ったぐらい。

その人はずっと自分の出番を待ちつづけていたのです。

もしかしたら一生チャンスはないかもしれない。それでも、台詞(せりふ)も演技も全部、主役と同じレベルで出来るよう努力し、いつでも出られるよう忍耐しつづけていました。

ただただオペラが好きだから、ただただ歌いたいから、ずっとチャンスの訪れをあきらめもせず待ちつづけていた。

 
普通なら途中からほかの有名な歌手を連れてきても、同じように出来るものではありません。


アメリカのオペラ界では、スターと同じ姿形、顔色、髪の色、言葉、振舞い、雰囲気、同じように演技できる人を育てて、スタンバイさせていて、何かがある時に出演させることがあるそうです。
 

結局、その人はその倒れた人を凌いで有名になりました。
 

その人がいつ出演できるかどうかは、誰にもわかりません。しかし、歌いたいからという一念で、じっと待っていたのです。
 

相手を倒したのでなく、相手が偶然倒れてチャンスが訪れた。
 

人を動かすというのは、そういうものなのです。
 

働きというものはそういうものなのです。
 

目に見えない努力をしてこそ、人から必要とされ、大事にされ、尊敬され、天職に就いていきます。
 

もちろん、その人は端役も出来る。だからある舞台では、みんなと一緒に演じる。

 
だけど、いずれは主役を演じたいと思い、主役をいつも見ていた、演出家の
アドバイスを自分のことのように聞いている。
 

そのことは、演出家が一番よく知っています。

 
そういう意味で、成功する人、頭角を現わしていく人は、それだけ目に見えない努力を本当に果して、自己を滅却してきたといえます。
 

好きだからこそ続ける。そこにいることによって、学ぶことは多くあります。
 

有名な先生について、月謝を払って個人レッスンを受けても、成功するかどうかはわかりません。
 

その人の日々の態度、意識こそが重要なのです。



                         つづく






        「人生はよくなる」 西園寺昌美 白光出版




   

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