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2010年11月26日 (金)

想いには力がある 6

  
  
  
私たちは一日のうちで崇高な気持ちになることもあれば、気分が落ち込んで鬱状態になることもあります。

感動の涙も流せば、怒りの涙も流す。

それくらい心は揺れ動いている。

私はどんなときにも不動心の自分になりたかった

感情に振り回されない落ち着いた自分になりたかったのです。

そしてようやく調和波動気功法に出逢えた。

于先生に出逢えたのです。

でも逢えただけで問題が解決したわけではありません。

毎日のたゆまない努力によって、少しずつ

なりたい自分に近づいて行くのです。

今、地球の波動は人類の過去からこれまでの汚れた想念波動と宇宙からの聖なるエネルギーとが混ざり合っているのです。

どちらに自分の意識を合わすかによって結果は天と地との差が出て来ます。

本物の時代とは意識のことなのです。

自分の、そして人類の意識が宇宙(神)意識に合うことによって天の波動が地上に降りて来ます。

そのためには私たちはどうしたらいいか?

「今、何を信じるか?」 から抜粋します。

 





毎朝の祈り、印により高い意識を持つ



 
世界平和の祈りや印は、自らを宇宙神のひびきに合致させ、自らの肉体的、物質的欲望を取り除いてくれる働きをする。

そして自らの意識を新たな、より高い段階へと引き上げてゆく。

祈り、印は自らの感情想念 ━ 特に否定的想念を鎮め、精神を安定させてくれる。

そして自らが発する真理の言葉、神聖なる言葉、無限なる光明の言葉により、その言葉が示す具体的な意味において、宇宙神のひびきが地上に降ろされる。

これが祈り、印の本質である。

祈りの目的は、神性との一体化を果すことであり、印は宇宙神のひびきと一体となり、自らが神へと至るツール(道具)なのである。

今、我々に必要とされるのは、あくまでも自らを完成へと推し進めてゆく意志と、内的な無執着である。

そのために自らが置かれている、さまざな欲望のからみ合う環境から、自らを引き離すだけの強い意志が必要となる。

それには、祈り、印の時間を毎朝、持つことがよいのである。

そして、朝の祈り、印により、魂が高揚した、その高い志、意識を一日中維持させるよう試みるべきである。

巷の物質波動の中に身を置きつつも、高次元意識を維持しつづけるには、それなりの努力が必要である。

否定的カルマに巻き込まれそうになったら、その瞬間、すかさず五分ほど深い呼吸による祈りや印を行なうか、または無限なる光明の言葉を唱えるのである。

そのように、自らの周りに漂うカルマや低次元意識の渦に飲み込まれないためには、絶えず自らの心をチェックし、注意を払う必要がある。

隙あらば引きずりおろそうとする低次元カルマに絶えず注意しなければならないのである。

これは、言葉で言うのは実に簡単であり、また、知識として蓄えるのも実に簡単なことである。

だが、これを日常生活においてコツコツと毎日実行することは大変難しい(無限なる可能性!)

なぜならば、心はいとも簡単に、低次元レベルへと転げ落ちるからである。

しかし、毎朝三十分ほど、真剣に神聖なる言葉(人間と真実の生き方、印の宣言文、光明の言葉など)を語り、祈り、印を組みつづけるならば、自らの欲望や否定的想念に自らのエネルギーを与えることがなくなってくる。

そして、それらはエネルギー不足に陥り、見る見るうちに委縮し、やがては消滅してしまうのである。

人類の多くは、意識に上ってくるあらゆる不安、恐怖、病気への心配といった否定的想念に、無意識のうちにエネルギーを与えつづけてしまっているのである。

それらに自らのエネルギーを与えれば与えるほど、それらの否定的想念は現実化してゆくのである。

真理を知らない人は、この悪循環を毎日繰り返している。

そのため、人生は少しも好転せず、それどころかますます悪くなってゆくという状況に陥っているのである。

だが、究極の真理を知る人たちは、自らの意識を真理の中に投げ入れ、自らのエネルギーをその崇高なるひびきに捧げつづけているのである。

そして自らの希望や願いや望みを神への意識、神への憧憬、神との一体化に向け、エネルギーを注いでゆく。

そのため、自らの願いや望みはエネルギーの法則により、エネルギーが注がれるほどに膨れ上がり、ついにはその通りに現実化されるのである。

究極の真理を知る人と知らない人とでは、このように人生において大きな差が生じてくるのである。

不安、恐怖、心配の念が生じたならば、即、祈り、印を組み、自らの意識を神の意識へと引き上げることにより、自らのエネルギーは、不安、恐怖、心配の想念に注がれなくなり、それらの想念は次第に委縮し、ついには死に絶えてしまう。

欲求や欲望などもそうである。

欲望にエネルギーを与えないことである。

その代わりに崇高な志、希望、無限なるものすべてに意識を集中させるならば、それらの無限なるものは必ず地上に顕現されてゆくのである。




  

    「今、何を信じるか?」 西園寺昌美 白光出版







  
印について

印には、さまざまな種類があります。著者が提唱した自己の神性を顕現させる「我即神也の印」と、人類に真理の目覚めを促す「人類即神也の印」は、国内外に広まり、多くの人々によって組まれています。この二つの印は、宇宙エネルギーを肉体に撮り込むための、発声を伴った動作です。印の組み方は、白光真宏会のホームページ 
http://www.byakko.or.jp でご覧いただけます。


光明の言葉とは

無限なる愛、無限なる幸せ、無限なる健康・・・・など、無限なる○○という「光明思想の言葉」を指します。これらを唱えることで、自己の神性を自覚できるようになります。また、日常生活の中で、否定的な想いや言葉を発した時に、それを打ち消すための言葉として用いれば、悪い因が善い果に変わってゆきます。(例えば、憎しみの想いが出た場合、その反対の “無限なる愛” を唱え、打ち消します)


「人間と真実の生き方」「我即神也の宣言文」 「人類即神也の宣言文」は白光ホームページでお調べください。

  
  

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