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2010年11月18日 (木)

只今、充電中!

  
    
   
最近、日記(ブログ)が毎日のようには書けていないのですが、それはある本が面白くて面白しくて夢中になっているのです。わーい(嬉しい顔)

その本を読み終えて、熟読して自分のものにしてから又、書いていこうと思っています。

でもそれではいつになるかわかりませんよね。

それで本の中で特に響いたところを抜粋します。

今回は、私が一番なりたい自分についてです。

日常生活を送っているとどうしても人の言動行為が気になります。

相手の人が自分のことをどう言っているのか、評価をしているのか?

そしてそれに心がかき乱されてしまう。

そんな自分にほとほと嫌気がさしてしまう。

自己嫌悪ですよね。

どんなことがあっても把われない自分でありたい

それが私の究極の目標なのです。




  

 


目覚めた人は把われない




世俗的な価値観や常識に把われ、常に他人の目や他人の思惑を意識する人は、霊性意識も未熟で幼い。

現世的なモノに目的と価値を置くため、感情の起伏が激しく、心は常に不安定である。

精神的に未熟なため、内面よりも外面の豊さ、きらびやかさに心が惹かれるのである。

広く大きな邸宅、高級な宝石やハンドバッグや衣服、家具、自動車・・・・・・を揃えては、優越感に浸っているのである。

霊的、神的に成熟していない人ほど、物質面の豊さやバックグラウンド(背景)、キャリア(経歴)、肉体の美醜を競い、そのことのみに誇りを感じるのである。

その反対に、神性意識に目覚めた人は、外面よりも内面の関心を深め、そこに生きる価値を置く。

物質やバックグラウンドやキャリアに把われることなく、かつまた財欲や肉欲、食欲にも全く囚われない。

心は淡々として澄み清まり、生活はシンプルで贅沢を好まず、かといって物質欲に把われている人々に関しても一切意に介さず、どの人の生き方をも受容し、すべての多様性を認め、生きてゆけるのである。


要するに、本能的欲望意識から解放されればされるほど、何の執着も未練もなくなり、悲哀、苦悩に支配されることもなく、輪廻転生にも何一つ把われることなく、日々瞬々、今現在を真剣に、しかもリラックスし、エンジョイしながら生きてゆけるのである。






  
        「今、何を信じるか」 西園寺昌美 白光出版





  


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コメント

 
   
その通り! happy01

でも、時々忘れちゃうんですよね。

忘れる、思い出す(我即神也、人類即神也)

忘れる、気づく(我即神也、人類即神也)

その忘れるが段々短くなって来ています。

それが日々の進化なのでしょうか upwardright

 

こんにちは!
グッドムーンさん!

現実はあまりにもリアル過ぎるものthunder

でも、本当の現実は「人類即神也 我即神也」の世界でしょhappy01

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