« 無題  | トップページ | 菩薩行は命がけ »

2010年11月 2日 (火)

アセンション 5

  
  
  
“猫をかぶる” という言葉があります。

普段は、活発、オテンバ?なのに、人の前に出ると借りて来た猫のように大人しくなる。

この “かぶる” とは違うのですが

私たち人間は、本体は神性そのもの、神そのものなのに

その上に幾重もの業、カルマを重ねているのです。

赤ちゃんの頃は、神性が顕われて光輝いています。ぴかぴか(新しい)

宇宙からのエネルギーは頭のてっぺんの百会(びゃくえ)というところから入るのですが、赤ちゃんはこの百会が全開しているのです。

しかしある時期からこのチャクラは閉じ始め、大人になると閉じてしまう。

それと同時にいろんなエネルギーを受けるようになるのです。

そのエネルギーが汚れていれば、業をかぶることになります。

しかし世界平和の祈りを祈ったり、自分が神そのものであることを意識している人はかぶることは少ないのです。

肉体を持った以上、まったくかぶることは不可能です。

それは綺麗にしても、また業は寄って襲ってくるからです。

この業(マイナスエネルギー)をたくさんかぶるとどうなるか

神性が顕われなくなるだけでなく本来の自分でなくなるのです。

犯罪を犯した人がよく言うのは

「魔が差した」

ですがこの魔とは間のことです。

神性な魂の間に業が入りこんでしまうのです。(だからたゆまない祈りが大切です)

でも私たちは、この業が入ってきたときがいつなのかわかりません。

いつ自分が自分でなくなったのか区別がつきません。

他人が見ても

「少し様子が変だったわよ」 げっそり

くらいで終わっているかもしれません。

しかし中味(心)はひっくりかえっているのです。

ある程度かぶるのはしかたがないことです。

しかしそこからいつもの神性の顕われた自分に出来るだけ早く戻すことが大切なのです。



先日の調和波動気功のセミナーであるハーモニーの人が

自分がかぶっているか?いないかのチェックをする方法を教えてくださいました。

それは

「神である自分がしているんだと自覚出来ているときはかぶっていない、しかし、自分がなんでこんなことをしなくちゃいけないんだと思っているときは、かぶっているのです」

とおっしゃっていました。

これはほんとにわかりやすい例えなのです。

「自分がなんでこんなことをしなくちゃいけないんだ」 と思っているとき、不平不満があるときとは、計算をしているのです。

損得勘定があるのです。

計算する、勘定をするとは、=感情なのです。

感情的になっているときは絶対に神性は顕われていないのです。

神性とは、穏やかで愛深く、無限なる赦しが顕われた姿です。

しかし、感情的になっているときは自分ではわからないときがあります。(自分を見失っているから)

でも不平不満、損得勘定をしているときは自分でも客観的にわかるのです。

そんなときは

「あっいけない、いけない、神である自分が○○をしているんだ」

と意識を変えればいいのです。

すると意識は神界につながるので

すぐに波動調整が出来るのです。

アセンションするとは、業をかぶらなくなる

本来の姿である“神性が顕われる” ということなのですが

そこにはやっぱり努力がいるのです。

自分が本来の自分であろうとする努力です。

アセンションは勝手になるのではありません。

人間の努力と宇宙(神)の叡知が結集して起るのです。





世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます




我即神也

人類即神也




  



  

« 無題  | トップページ | 菩薩行は命がけ »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/160971/37500075

この記事へのトラックバック一覧です: アセンション 5:

« 無題  | トップページ | 菩薩行は命がけ »

最近のトラックバック

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ