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2010年10月19日 (火)

本来は覚者宣言

      
    
南無妙法蓮華経とお題目を唱えることは、私は仏である、覚者である、その経を今ここに唱えているのである、ということになるのです。

この題を知って、よくよく南無妙法蓮華経と唱えている調子を聞いてごらんなさい。

非常に高い調子の、高揚した堂々として確信に充ちたリズムをこのお題目はもっているではありませんか。

「私は仏なのだ、覚者なのだ、さあ、みんな私の下にいらっしゃい、みんな救ってあげますぞ!」というようにきこえるのです。

南無妙法蓮華経は自分や自分一家を救ってもらうために唱えるものではありません。

世を救い、国家を救い、人類を救うために、自己の生命を投げ出し得る人たち、つまり菩薩級の人たちが唱えて、はじめてその意義が現われるので、単なる一般民衆が、自分を救ってもらえるつもりで唱えたりしたら、実に危険なことだと思うのです。





  

    

           「日々の祈り」 五井昌久 白光出版  




  

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