« 2010年9月 | トップページ | 2010年11月 »

2010年10月31日 (日)

心が鎮まっていなければ、正しい判断は出来ない。

  
  
  
今日、調和波動気功のセミナーがあったのですが、そこで于先生が気を鎮めることの大切さをおっしゃっておられました。

気が鎮まっていないと人間はまともな精神状態ではないのです。

常軌を逸してるのです。

以前から言っておりますように正しいという字は

真理を現わしています。

漢字の一は、天と地を現わしています。

正しいとは天に止まった状態

宇宙とつながって心が止まった、つまり不動心の状態をいうのです。

不動心になるためには、目の前に起きているあらゆる現象に振り回されず、そして頭脳を駆け巡るいろいろな想いを止めなければ、そうはならないのです。

心があっちにいったりこっちにいったりして動き回っている状態では、正しい判断は出来ないのです。


私たちは正しい判断は、あれやこれや頭をこねくり回したときに生れるものだと思っています。

頭を使って熟考したのちに出るものだと信じています。


しかし真実は違うのです。


アセンションとは、心が不動心になって正しい判断が出来る、精神的に大人の星になるということです。

そのための準備として、出来る人から心を鎮めるという習慣を身に付けていくことが大切なのです。


于先生は、五井先生の書かれた「老子講義」という本の中の一節を紹介してくださいました。(これは白光誌11月号にも書かれています)


気を鎮めることの大切さがわかりやすく書かれています。



抜粋しますのでよかったらお付き合いください。


老子は中国の人?なので漢詩で書かれています。



 


躁勝てば寒、静勝てば熱。 清静なれば、天下の正と為る。



 


五井先生の解説


躁勝てば寒というのは、人の真性というものは、表面静かであってしかも生命生き生きと働いているという状態なのでありまして、いたずらに躁がしく騒いでいる、躁騒しく踊り廻り、走り廻り、主義主張を喧伝し合っているという状態は、人の真性の現われていない状態である。

つまり、生命の光が輝いていない状態であって、寒々とした空虚なものを感じる。黒々とした影が踊り廻っているようなものである、というのであります。

実際に、いたずらに自己主張をしたり、大言壮語した後のむなしさ、騒がしく遊び廻った後の寒々とした心境などは、多くの人が味わったり、味わされたりしていることです。


その逆が、静勝てば熱でありまして、人間の頭脳を駆け巡っている様々な想念(おもい)の波動を鎮めて、静寂そのものの心になると、神道的にいえば、鎮魂致しますと、生命そのものの働きが非常に活発になりまして、光明燦然としてくるのです。 静勝てば熱なのであります。


どうして静が勝つと光明が輝き出るのかといいますと、生命の本質は光そのものであり、熱でもあるのです。

生命の働きは光の波動なのであります。

私たちの宇宙子科学では、生命の最初の波動(ひびき)を宇宙子の働きといっているのです。

生命は生き生きとしています。

その生命の働きを生き生きと光そのものとして活動せしめるためには、人間の頭脳を駆け巡る想念波動を静め、生命の働きを業想念波動で蔽わぬようにしなければなりません。

その為に、宗教では、空になることの修行をしたり、鎮魂の為の行をしたりするのであります。

想念を鎮めるということは実に大事なことなのです。

清静なれば天下の正となる。

清というのは勿論、清いということですが、清は清いという意味だけではなく、本質そのものという意味があるのです。

何故かと申しますと、さんずいは水です。

水が青である、と書かれているのが清です。

水の色が青であることは、水の本質です。そして水が青く澄んでいるのは清い姿です。

そこで本質が静かに澄みきって現われていれば、これはまさしく天下の正となるのであります。

ですから、世界中の民族がそして個人個人が自己の本質を現わして生活をしていさえすれば、世界は平和になるにきまっているのです。

ところが、個人の本質も民族の本質もそのまま現われているというわけにはゆかないのであります。

どうして、個人も民族もその本質を現わすことができないのでしょうか、それは、本質を隠してしまう業想念波動が、頭脳を駆け巡っているからなのであります。

個人個人の頭脳を駈け巡る、肉体身の自己を防衛しようとする動物的本能は、各民族の動きに影響し合いまして、躁勝てば寒、という寒々とした心の状態を各国家民族が味わいつづけているのです。


そこでどうしても、清静ならざれば、世界平和は成り立たぬということになるのであります。

清静なるためにはどうしたらよいか。

それは祈り心で日常生活をしつづけるより方法はないのです。

祈りとは業想念波動を静めて、神のみ心の光明波動の中に自己が入ってゆくことであります。

自己の神の子としての本質を光輝かす為の方法であります。

静を勝たせるための方法です。

そして、その方法の最高の在り方が、世界人類の平和を祈願する世界平和の祈りであるのです。





 

 
追伸

私は無人島に流れ着いてあるいは牢屋?に入って、たった一冊本を持ち込んでもいいと言われたら

迷うことなくこの 「老子講義」 を選びます。

老子という方は、お釈迦さまやキリストとは全く違ったお方?なのです。

人というより聖者というより神というより宇宙の法則の人?と言った方がよいでしょうか

とにかく宇宙を感じるとてつもなく、途方もなく無限の大きさがあるのです。

読んでいると私自身が宇宙に溶けていく感覚を覚えるのです。

その老子様と一体となった五井先生というお方?そして于先生・・・・・。

地球の完成はもう約束されているのです。ぴかぴか(新しい)

  

 

2010年10月28日 (木)

波がかかって来ている

 
  
自分のことを

「なんて怠惰なんだろう」

「なんでやる気が出ないんだろう?」

「なんですぐに嫌になるんだろう?」

と悩んでいる人が多いと思います。

そして自己嫌悪に陥っている。

でも、それは本当のあなたではないのです。

怠惰な人の想い、やる気のない人の想い、すぐに嫌になる他人の想いがあなたの心に覆いかぶさって来ているのです。

想いとは相手の心と書く。

本心の自分は怠惰でもやる気がないわけでもない。

だから無気力な自分を責めるのではなく

心を覆っている闇を消すことをした方がいいのです。わーい(嬉しい顔)ぴかぴか(新しい)


なやみとは闇が波のように来ることをいうのです。げっそり


寝ている間は、人間は肉体界を離れているので守護霊、守護神が浄化してくれている。

だから起きた時にスッキリすることがあります。

起きているときは、守護霊様、守護神様が浄めにくいので

自分で自分をきれいにするのです。

これを波動調整といいます。

どうしたらいいか?

それは世界平和の祈りをする

守護霊守護神様に消してくださるようにお願いするしかないのです。(すると守りが強くなります)

自分の身体を綺麗にすることは自分で出来る。

でも心をクリーニングすることは肉体人間には出来ないのです。

そのために守護霊様、守護神様は存在している。

守るためにいらっしゃるのです。

だから甘えていいのです。わーい(嬉しい顔)

今、地球は汚れに汚れている

そのままにしていると汚れで光が入らなくなってしまいます。

本当の自分で無くなってしまいます。

光を与えてくれる守護霊様、守護神様につながらないと生きて行けない時期に来ているのです。

私たちは明日自分がどうなるのか?

地球がどうなるのかさえわからない?

でも守護霊様、守護神様はわかっておられます。

暗い道は光がないと歩けない。

守護霊守護神の光は歩く先の道を照らして下さるのです。



 

世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます




  


アセンション 3

  
  
  
今回の地球のアセンション(次元上昇)には、金星の宇宙人の人たち?霊(神)たちの助けが入ります。

霊力、奇跡がなければとてもではないけれど、宇宙の大イベントであるアセンションなんて成功するわけがない。

そのときには、人間の形をした守護霊、守護神様達、宇宙天使、金星の人たちが一斉に応援をしてくれます。

地球とは太陽系の中で最も精神的に遅れた幼い星です。

戦争もするし憎み合うし、妬みなど、感情という業のマイナスエネルギーで覆い尽くされています。げっそり

呼吸をするのもしんどい状態です。げっそり
 

そんな地球を地球よりずっと進化した金星の人たちはどうみているか?

決して

「バカだなぁ、なんで戦争なんてするんだろう?」

とはみていないのです。

それはかつての金星も地球と同じように同じ時期があったからです。

かつての金星も幼い時期があった

同じことをやっていた

だから決してバカなことをしているとはみないのです。

それよりも、そんな迷いの世界からなんとか脱皮して欲しい。

素晴らしい星になって欲しい

という気持ちの方が強いのです。

それは金星という星が愛に溢れているからです。ぴかぴか(新しい)

このことは私たち人間同士にもまったく同じことがいえるのです。

私たち人間は、星なのです。

地球上には、たくさんの星同士が同居している。

進化している人(星)、途上の人、精神的に幼い人(星)

だから進化している人が金星のように周りの星(人)たちを見守っていかなければならない。

そうでないとアセンションは成功しないのです。

アセンションとは、宇宙人たちと地球人類とのコラボレーション(共同作業)です。

宇宙人と地球人たちの意識が合ったときに次元は上昇するのです。

その鍵を握っているのが進化している人たちです。

世界平和の祈りを祈り、印を組み、統一をしている人たちです。

肉体意識を持ちながら宇宙意識を持っている人たちです。

その人たちが十万人を超えた時、宇宙から猛烈な光が降りて来る。

宇宙人たちは、このような人たちが誕生することを上の方から観察し光を送り、人間の意識が変わることを待ち望んでいるのです。



  

世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます






 


 
追伸

金星と地球は違う星のように思いますが、実は一つであることがわかります。

金星は地球の未来の姿、地球は金星の過去の姿

つまり地球は昔の金星なのです。

私たち人間も別々の人間(存在)だと思っているけど

周りの人たちは自分の過去であり、未来でもある

人をみて、腹を立てているのは過去の幼い自分をみている。

「なんであんなことをするんだろう?いうのだろう?」

でもそれは過去の自分の姿なのです。

“周りの人はすべて自分の鏡である”

とはそういうことです。

だから相手に腹を立てる、相手を殴る、相手を責めることは

全部自分にしていることです。

自分に還って来るのです。

金星の人たちは私たち地球人を温かく見守ってくれています。

だから私たち人間同士も赦し合って温かく見守ってあげましょう。

まずは真理を知って、神化(真化、進化)した人たちから始めましょう。



  


如是我聞

  

  
1.何事もそうだけど、心を緊張させて固くなってはいけません。力むということは、やはりそれだけ自分がやる、という 「自分」 が残っているからです。


1.自己満足、自己陶酔をしているうちは、本心を開くことは出来ない。


1.自慢高慢バカのうち。おれは偉いんだ、というヤツは一番バカだと思っていい。自分で悟った、なんていう人は本当に悟っていないのだ、と思っていい。


1.常に守護霊につながっていけば、直感的に善と悪がわかる。


1.最悪の状態は、これから善くなるという前兆である。


1.祈りの中から最善の知恵が授かる。



1.自分自身としてなすことは、愛深い自分になること、この上もなく優しくなること。誰でも優しくされれば嬉しいものです。霊的な力とか、知恵はすべて天からくるもの、それを受け、人々に分かち与える器となればよいのです。




  

                      五井昌久




  

日々の指針

 
  
  
1. 自分は不幸だとあなた自身に無意識に告げてはならない。告げなければあなたは不幸などならないのだ。


1. 自分自身を主張することは、自分を他の者とは何か別個な存在であると思おうとすることである。


1. すべての感情は、単なる固定観念の反応である。
 

1. 出来る限り人から奪おうとする心を捨てなさい。
 

1. 欲望が消え失せるとたちまちそこに幸福が現われてくる。
 

1. 知識は決して完全ではなく、従って思考も完全ではない。
 

1. すべてを選ぶのはあなただということを忘れてはならない。そして選ぶ自由、選ばない自由があることも忘れてはならない。







              
                       西園寺昌美



  




  

2010年10月27日 (水)

一所懸命と頑張るは違う

  

   
一所懸命と頑張るって同じような言葉のような気がします。

でも頑張るとは我を張ること、つまり自分を出そうとすること、一方一所懸命とは自分を無くして、そこに生命を懸けて打ち込むことをいうのです。

だから全然違うのです。

ただ、一所懸命のつもりを言葉で“頑張る”と言ったのならなんの問題もないのですが

頑張るとは、どうしても 力む というリラックスしていない光景が浮かぶのです。

人間というのは、力んでいるときは本当の力は出ないのです。

力を抜いてリラックスしたときに本当の力が湧いて来る。

だけど、日本語には、リラックスして、我を無くして、一所懸命にやろうという言葉がないんですね。

また、本当の力の出し方(方法)がわかっていないこともあると思うのです。

最近、何事においても一所懸命にすることって大切だなぁと思うことがあるのですが、3次元でも4次元、多次元でも一所懸命に努力することが一番尊いのです。

それをみて、神さまが力を与えてくださる。

ぎりぎりの所で、瀬戸際で、崖っぷちで (笑)

だからどっちにしても一所懸命に努力するしかないんですね。


前置きが長くなりましたが、五井先生の質問コーナーに移ります。わーい(嬉しい顔)

よかったらお付き合いください。




 
問 17


私は二度大学受験に失敗し、三度目に目的の大学に入りました。大学で勉強してゆくうちに、人間の生きる目的がなんであるかということがわからなくなってしまったんです。

それで結局、無我の境地になることが目的だ、ということがわかって来たんですが、そうなると、こんどは、自分が学校で勉強していることが何の為にしているのか、わからなくなって来たんです。どうしたらよろしいでしょうか?




 



それ無我でもなんでもないんだね。 無我であるならば、自分の環境が学校に入って学問をする環境にあれば、そのままそれを生かして学問してゆくものです。

無我というのは、自分の我が無くなることなんだから、これがどうだ、ああだって考えてるうちは無我でもなんでもないわけなのね。

人間の目的は何かというと、置かれた環境は神さまが置いて下さったんだと信じて、その場で一所懸命いのちを生かしてやること、これより他にないですね。

なんでも一所懸命やるということが人間の目的です。


それをもっと詳しくいえば、神さまのみ心をお互い二十何億(その当時は)に分れて、この地上界に花咲かせる、神さまのみ心を現わすために、自分は生れてきているんです。

神さまのみ心を現わすためには、その場に置かれたら一所懸命、真剣にやらなければだめなのです。

便所掃除の役に当ったとする。

こんなつまらないことっていうけれども、やる事柄がつまってもつまらなくてもいいんです。

生命を一所懸命に生かす、一所懸命働くというのが、神さまの目的を達成する第一段階なんですね。

それがわからないと、どんな理屈をいってもだめです。

学問の殿堂、大学に入ったら、学校の勉強を一所懸命やる。商売をしているんなら商売を一所懸命やる。家庭の主婦なら主婦の仕事を一所懸命やる。

そうすることが神さまのみ心なんです。

神さまのみ心というのは、観念の意味で頭でもって、あっちこっちと兎や角するんでなくて、頭も体も一緒です。

一緒に一つのことにぶつかってゆくわけですよ。

ぶつかってゆくのに手の届かないところにぶつかってゆくのではなくて、自分の置かれた環境をそのまま一所懸命やる。

それ以外にないですね。

そうすると、知らない間に、たとえば誰かに会って “君そんなことをしているのか。こっちへいらっしゃい” って引っ張られたり、或いは誰かから “それは駄目だから、こっちにしろ” っていわれ心が動いて、そちらへ行ったり、その場その場で自然に心が動いてゆく。

それでやってゆくわけですね。

置かれた環境がどんなに悪かろうと、又心が動いて行ったところが悪かろうと、そこで一所懸命やるんです。

一所懸命さえやっていれば、必ずその環境を突破して、目的にだんだん近づいてゆくんです。

一所懸命やらないで理屈ばっかりいっている人が、一番愚かですね。

理屈ばかり頭でこねまわしていて、ちっともその与えられた環境で一所懸命にならない人、そんな人ほど愚かなものはない。

神さまはそれを一番嫌います。

神さまが一番好いている人は、どんな環境でも一所懸命やる人ですよ。

一所懸命やるということは、求めていることなんです。

商売が嫌いだとしても、商売の環境に置かれたら、商売を一所懸命やる。

それがどうしてもその人に適さなければ、また違うところに行くようになります。

私なんか自分がいい体験をしています。

私は終戦後に何をやったかというと、音楽の勉強をしたから、音楽をまずやった。

しかしジャズバンドみたいのでなければ食べてゆけなくなってきた。

そんなものいやだから、パッと捨てちゃった。

どうにも嫌だから止めた。

それで失業しながら病人のお浄めなどをしてみんなを救って歩いてましたね。その場合には一銭も金なんか貰いやしなかった。

ところが知らない間にポケットにお金を入れておいてくれたりしたので、まあ食べられていった。

そのうちに中央労働学園に勤務するようになった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(中略)労資協調の斡旋をしていたんです。社会主義と共産主義の真只中で、私は神さま主義でしょう。私は文句も何にもいわなかったんです。

与えられた環境は神さまから与えられたんだと思って、一所懸命やっていました。

つまらない労働争議の統計を書いたり、労資の協調のことを書いたりしてたんですよ。

唯物論の真只中に唯物論の最も唯神論者がいたんです。

そこで唯物弁証法など唯物のこともよくわかった。

そういうものですよ。

自分の一番嫌な、反対のところへ行っても、そこでもやっていた。

けれどジャズバンドなんか嫌だったから、死ぬ想いで出ちゃったですね。

神さまは置いておかないですよ。放り出しますよ。

そういうふうに飛び出した。

だから嫌な時には、パッと飛び出すことも神さまがやるんだ。やっぱりジーッと忍ぶだけ忍んでなきゃだめですね。

いやな環境でも一所懸命やってると、神さまは必要なきゃパァーンと出さしちゃうですよ。


何かの方法でね。そういうもんなんですよ。


人間の目的を達成するためには、置かれた環境で一所懸命、生命を生かしてやってゆくこと。

そうすると、知らない間に目的を達成する、神さまの使命、天命をまっとうする道に知らないうちに入ってゆくんです。


それ以外神さまの道に入る方法はありません。







      「質問ありませんか?」 五井昌久 白光出版





  

  

2010年10月26日 (火)

想いって何だろう?

 
  
私たちはいつも何かを想っています。

そして

「なんでこんなこと想うんだろう?」

「あの人はなんでこんな風に想うのだろう?」

といつもいつも自分の想っていること、人が想っているだろうということにこだわり、振り回され、考え過ぎて、心が重たくなってしまう。

スッキリしない げっそり

「なんにも想わなくなったら楽なのに」

「想いをコントロール出来たらどんなに快適だろう」

「この想いってどこから来るのだろう?」

そう思っているのは私だけではないと思います。

そこでどうしたらいいのか?

またまた五井先生に教えて頂きましょう わーい(嬉しい顔)


問 36

・・・・・・・・・・・・・(中略)先生が

『この世の不幸や災難はすべて過去世からの各人の想念行為によるのであって、神の子そのものである生命体は少しも苦しんでいないし、不幸でもない。不幸であり、災いをうけているのは、各人の想念(おもい)だけなのである』と書いていらっしゃいますが、苦しんだり災いをうけたりするのは想念だけである、というのはどういうことでしょうか?






 


この世のなかの苦しみ、不幸というものは、何が不幸なのか、何が苦しみなのか、というと、肉体にまつわる想念が苦しむのであり、想いが不幸なのです。

いつもいいますが、眠っている時には、どんな病人でもどんなに貧乏な人でも、想いがそこにないから、全然なんでもない。

それでも生きています。

心臓も肺臓も動いているから、ねているということは死んでいることではありません。

生きているけれども、想いが消されている場合には、なんの苦しみもない、貧乏もない、病気もない、なんの考えも感じもない。

しかし、想いがよみがえると、病気があり、貧乏があり、苦しみがある。

つまり想いが不幸を感じ、想いが病気をし、想いが貧乏を感じるわけです。

想いが勝手につくっているのです。

生命体そのものはそういうことに関係なく肺臓を動かし、心臓を動かし、いろいろな活動をしているわけです。


お釈迦さまはインドのカビラ城の王子でした。若い頃いろんな遊びもしたし、楽しみもした。ところがちっとも楽しくない。

そしてある時病人を見せられ、いろんな不幸なことを仙人によって見せられたわけです。それで、「ああこの世はいやだな、どうしたらこの世の苦しみというもの、老人になって醜い姿をさらす、病人になって醜い姿をさらす、貧しいこと、老いること、病気のこと、死ぬこと、そういう苦しみからのがれることが出来るか」 といって家を出て、修行をするわけです。


そして悟りをひらいたことはどういうことかというと、想いが苦しくなければ苦しくはないんだ、ということがわかったのです。

人間の苦しみは何かというと、

想いが苦しんでいるんであって、生命(いのち)そのものは苦しんでいない。生命そのものは仏なのだ、生命そのものの流れは仏の姿なんだ、だから坐禅観法をして空になって、その想いから解脱しさえすれば、その人は光輝く人であって、貧乏でも苦しくない、病気でも苦しくない、ということを悟ったわけです。

お釈迦様はそこで坐禅観法、今いう祈りを教えたのです。

そしてなかの仏を出せ、想いが邪魔をするのだから、想いをすべてなくし、消してしまって空になればいいんだ、と終始一貫 “空” を説いたのです。

そして、どうしてその想いというものは、そのような境遇になり、嫌な想いとして現われてくるのかというと、過去世の因縁がめぐってきて、今の苦しみになり、不幸にもなり、幸せにもなり、いろいろの境遇にもなるわけですけれども、それはあくまでも業生の世界のことであって、どんなに幸せそうに見えても、どんなに不幸そうに見えても、それは実際にあるものではないのだ、過去世の想いの波が伝わって来ているのだ、(お釈迦さまは消えてゆく姿とはいわないが)だから、その想いにさえ把われなければ、人類は不幸ではないのだ、ということなのです。

 



長くなるので続きはまた、明日書きます。







ここまでのポイント
 

1.今想っていることとは今ではなく過去世からの想いの流れである、実体のない幻である、よって今の自分ではない、だから何も想わなければ(過去の波を受けなければ)そこには不幸はないんだ。

過去世が不幸、貧乏、病気だったのであって今の自分はそれを掴まなければ不幸、貧乏、病気にはならない。


2.想いが現実を創る、だから過去世の想いをつかまえずに、本当の実在する世界(神界、神さま、本心)と一体となろう、そうすれば過去世(業)は消え、素晴らしい未来がやって来る。



  

怖い夢をみても祈っていれば大丈夫です!

  
  
  
以前、マイミクさんから怖い夢をみた、それが現実になるのではないかと心配で心配でしかたがない、どうしたらいいでしょうか?という相談を受けたことがあります。

夢は過去世の業を消すために守護霊様、守護神様が夢をみさせてそこに出させて(劇画化させて)その間に悪いものを消してくださっている。

夢はほとんどが覚えていないので、潜在意識の中に入らないで消えてゆく。

覚えている夢も同じで意識をそこに持って行かず、世界平和の祈りで守護霊様、守護神様に消して頂いてくださいと申上げました。


今回は五井先生が夢についてある人の質問にお答えされています。

それ以外の幽界のこと、永遠の生命のことにもお答えされています。

よかったら読んでみてください。






 
問51


明け方老婆の生首の夢をみました。一所懸命統一してお祈りをしました。昨夜国分寺の原っぱを夜道ですが、歩きました時、生首そっくりの老婆とすれ違いました。その時とても妖気を感じました。夢で判断することはおかしなものでしょうけれど、初めてそんないやなものをみたもので・・・・




 

 


それはたしかに後ろに誰か憑いていたのです。

けれどそれさえも消えてゆく姿と思って平和の祈りへ入れていけばなくなってしまいます。

夢をみたら、それにひっかからず、ああこれは過去世の因縁が消えてゆくんだというように思って、守護霊さんに感謝して平和の祈りの中に入れて下さい。

観を転換させることです。

過去世の因縁を守護霊さんが消して下さるんだから、ああこれで消えてゆくんだな、大丈夫なんだな、というふうにしてお祈りの中に入れてください。

それが正夢と思われようとなんでも、消しちゃったほうがいい。

現実に出ないで消えてしまいます。

人間の肉体の世界というのは、神さまのみ心を現わすと同時に、過去世の因縁を消してゆく場なのです。

だから、生まれてからこのかた、五十、六十歳になって、悪いことが一つもなかった、なんていう人は一人もおりません。

なにかしら不幸があったり、悪いことがあったりするんです。

しかしそれは悪いことではなくて、過去世の借金をどんどん返している姿なんです。

だから本当はすべていいことなんです。

たとえば借金があったら、そのままでいたら苦しくてしょうがないです。

少しぐらい苦しくても、しまいには全部返した場合には、なんともいえないいい気持ちです。

返されたほうも喜ぶし、返したほうも気持ちがいい。

それと同じように、過去世のことはどこで借金をしたかわからない、けれど、守護霊守護神のほうで少しづつ、その人がこらえられる程度に、病気にして現わしたり、不幸にして現わしたりして、どんどん消してしまうんです。

そして魂がきれいに磨かれてこの世で働く。

この世で魂がすっかりきれいになると、あの世へ行った時はすばらしい高い所へ行くんです。

これは昔からのいい伝えで、本当のことなのです。

だからこの世において、いかに生命を洗濯してゆくか、生命がいきいきと働けるようにするか、過去世の業を浄めておくかが大事なんです。

そこで、どんなことが現われてきても、ああこれは過去世の因縁が消えたんだな、これによって私の運命はよくなるんだな、私の魂はますます磨かれたんだな、というふうに感謝にかえてゆくわけですね。

そうするとどんどん魂が開いてきます。

私がいつもいうせりふなんだけれども、この世でどんなに長生きしたって百歳ですよ。

百歳なんていうものは宇宙の運行からみれば、ほんのわずか、一瞬です。

ああ長かったナなんて思わないです。

過去の辛いこともみんな楽しい思い出。ああ、あの時はよく乗りこえられてきたな、オレも満更でなかったな、とか思って、自分でかえって辛いことでさえも楽しい想い出になるんです。

想い出というものは僅かの短い感覚なんです。

だから百年なんていうものは、本当をいえば短いんですね。

宇宙の永遠の生命というものは、何億年、無限億万年ですから、その中の百年など一瞬です。

ですから本当は五、六十年まるまる苦しんだって、たかがしれている。

無限億万年苦しんじゃったら大変だもの。

千年苦しむより、百年苦しんだほうがいいですね。

この肉体界というものは、業をとるために非常にいい場所なんです。

肉体界でいかに苦しみがあろうと、一瞬すぎれば、時間がたてば忘れられる。それからうんと痛い場合には気絶してしまう。そういうようにフッと助かる抜け道があるわけです。

悪いことをしたらすぐに現われて、すぐに苦しめられちゃうわけではないんです。

時間があるわけ。 その間に善いことをすれば、不幸はズーッと和らいでくるわけです。

そういう肉体界といういい環境におかれているわけなんです。

それで肉体界に生れないで、幽界で人間にもならないで、動物ともつかず、なんともつかない生物がいっぱいいるんです。

幽界には肉体界に人間として生まれられないで、霊界にもいかれない、幽界で迷って、折あらば馬鹿な人間にとっついて、その体を借りて浄まろうというのがずいぶんいるんです。

それにくらべると、肉体の人間として生まれてきて、そこであらゆる苦しみがあっても、苦しみによってどんどん業を消してゆく、そういう立場は実に楽です。

限度があるから。 ある点までくれば必ず消えちゃうんです。

幽界の生物で、幽界でゴソゴソしているのはいつまでたっても消えない。

だから肉体の人間に生れたことは得難いことだ、人身得難し、といってその有難さも感じて、少しぐらいの不幸や嫌なことがあっても、ああこれは消えてゆく姿だな、これによって私は天命がまっとうされてゆく、私の本心は開いてゆくんだな、私の行く霊界はいいんだな、というふうに思って感謝して下さい。





   「質問ありませんか?」 五井昌久 白光出版




  

2010年10月25日 (月)

金星人が地球を救ってくれる(宇宙は無限に進化している)

  
   
アセンション(次元上昇)のときは、金星人(神さま)が現われて私たちを救ってくれます。

その金星も地球と同じ幼い星だったときにアセンションを迎えてそのときも金星よりもずっと進化した星に助けてもらいました。

ということは、そのときのずっと進化した星は、そのときよりも又、進化してもっともっと素晴らしい星になっているのです。

だから地球より数百、数千倍も進化した星が宇宙には無限にあるということがわかります。

そんな素晴らしい宇宙の中に私たちは住んでいる。


それだけでも私は幸せを感じるのです。


 




 

追伸


五井先生の「みんな救われている」という著書の中のP35にこんなことが書かれています。




 
世界平和の祈りの中には、神々が光輝いて働いている。この祈りに救世主がやっているのですから、救世主の大光明なんです。

その大光明が世界平和の祈りとして私に説かしている。他にもいろんなことを説かしているでしょうが、私には世界平和の祈りを説かしている。

その祈りの中に守護神がやがて降りてくるだろう。宇宙人が肉体と同じような形で降りてきて、宇宙科学をもって暗黒のサタンの武器を押さえるであろう、というのが私への神示なのですよ。

それで私は一生懸命世界平和の祈りをやっている。・・・・・・ 




   
       「みんな救われている」 五井昌久 白光出版



 
 
五井先生は、地球を救うためにある星から降りて来られた大聖者です。五井先生の霊光写真の中には、お釈迦さまもキリストもいらっしゃる、それほど霊位の高い神さまなのです。

その先生が宇宙神から神示を受けた、それが世界平和を地球人に説くことだったのです。

そして次元上昇するときの様子が書かれています。



宇宙科学をもって暗黒のサタンの武器を押さえるであろう、というのが私への神示なのですよ。


次元上昇するときにはやはり、神さまが働かれるのです。

目の前に人間の形をした神さまが現われる。

そして、カルマ、サタンは一瞬のうちに消える

そのことがわかっているから世界平和の祈りを広める意味があるのです。

みんなが世界平和を祈ることによって、神さまと波長、意識を合わせることによってこの大奇跡、宇宙の大イベントは行われるのです。

これがアセンションの真相なのです。



  

無題 4

  
  
 
● 私たち地球人も宇宙人なのです、だから宇宙の法則に乗らないとしんどくなるのです。


● 目に見えない世界(精神波動)が整うと目に見える世界(物質波動)も整って来る、それを人は奇跡という


● 奇跡とは、人間が最大限の努力をしたときに起る


● 悪い想いが心から出てきたら、それをそのままにして置かずに、世界平和の祈りで神さまに渡してしまおう、そうすれば綺麗なエネルギーになって肉体に戻って来る。


●目に見えない波動(精神波動)と目に見える波動(肉体波動)を整えていくのが私のしている調和波動気功法なのです。



           

               

                      グッドムーン



  



  

宇宙法則とはどういうことでしょうか?

  
  
 
アセンションとはつまり、進化した宇宙人の仲間入りをするということです。

そのためには宇宙の法則に乗ってしまえばいいのです。
 

宇宙は無限なる愛、無限なる調和、無限なる平和 の波動で溢れています。


地球も人間ももうしばらくするとそうなるのです。 わーい(嬉しい顔)


ここでも宇宙の法則を五井先生がわかりやすく説明してくださいます。

 

 


 
問37

宇宙法則とはどういうことでしょうか?







宇宙法則というのは根本は大調和ということです。 調和にむかって進むことは宇宙法則にのったことです。

怒りの心でふつかってゆく、相手を怨む、相手を憎む、或いは嫉妬する。

そういうものは自分がいかに正しくても宇宙法則に外れているのです。

自分が正しいことをしている、相手が悪いことをしている。

だからあいつは憎らしい、あんなやつはこの世にいる必要はない、殺してしまえばいい、と思ったら、その人の行いは正しくても、その想いは正しくない。

宇宙の法則に外れている。 いかに自分が正しい立場にあっても、怒りを発して想いを乱したら、自分の心が乱れます。

自分の心を乱すということは、宇宙法則に外れたことなのです。

宇宙法則にのるということは、いつも心がスッキリ青空のように晴れやかであるということです。

自分の心も、人に与える波動、いわゆる雰囲気も調和しているということが大事なのです。

口ではいうけれど、なかなかいつもそういうようになりませんね。

そこで、自分が正しいのに、相手が悪いのに、このヤロウがいるからこの世の中は悪いのだ、あんなヤツは死んじまえばいい、とたまたま思います。

思った場合に “しかしこれは消えてゆく姿なんだ” と思って、世界平和の祈りに切りかえるわけです。

世界平和の祈りをすると、どんな人でも宇宙法則にのることになるんです。

どうして宇宙法則にのるかというと、世界が平和になることは神さまのみ心だから。

神さまのみ心がそのまま宇宙法則なんです。

ですから、世界人類が平和でありますように、と思えば、自分の中の消えてゆく姿の想いが起っても、それは神さまのみ心の中で、大光明の中で消されてゆくわけです。

自分の中にはいろんな想いが起ります。

想いを起こすまいと思ったら、かえって苦しくなってしまいます。

ところが普通の宗教では、悪いことを思ってはいけない、怒りの想いを出してはいけない、妬みの想いを出してはいけない、ずるい心を起してはいけない、臆病な想いを出してはいけない、というわけです。

いけない、いけないばかりで、どうしていいかわからないのです。

そこで私は、どういうかというと、地球界にいる人では、怒りも出るでしょうし、妬みも出るでしょうし、怖れも出るでしょうし、いろんな業想念が出るにきまっている。

出てくるのがいけないのではなくて、いけないのは初めからわかっているのだから、いけない想いを神さまのみ心の中で消してもらう。

み心の中で消してもらうにはどうしたらいいかというと、世界平和の祈りをなさい、といって、消えてゆく姿で、世界平和の祈りにしてしまうわけです。

あんまり、これじゃいけない、これじゃいけないと想うと、自分がせまく縮こまってしまいます。

もちろん、間違ったことも思うのだから、これはいけないと思ったら、いけないと思うのが正しいのであって、いけないと思ったら、それを世界平和の祈りの中に入れて、そして神さまに消して頂く。


そうするといつもいつも宇宙法則にのっているわけです。




  「質問ありませんか?」 五井昌久 白光出版




 

世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます




  

肉体も心も宇宙もすべてのものは波動なのです。

  
  
   
波動といってもよくわからないですよね。

宇宙も人間も肉体も心もすべては波動なのだ

と言われてもわかりません。

人間とは一体何なのか?

死んだらどうなるのか?

学校でもテレビでも教えてくれない

そんな大切なことをわかりやすく五井先生が答えてくださいます。

「質問ありませんか?」という本から抜粋したものなのですが、人間という本質が少しでもわかれば生きる力が湧いて来ます。

よかったら読んでみてください。





 
問 44


人間が神によって生かされている、という尊さと、人間が肉体界における義務をおわりまして昇天するその意義深さをお話し願いたいと思います。










肉体は一つの現れなんだ、とか、本当の人間性、人間の生命が現われた一つの形が肉体なのであって、肉体は実在じゃないんだ、といくら説いてもなかなかわからない。

何故かといいますと、肉体という衣をピッタリとまとっていまして、肉体の中にすっかり入りこみ、肉体の中で考え、肉体の中でものを食べ、働いている感じですね。

ところが実はこれは粗雑な一つの波にすぎないんです。

万事はみんな波動なのです。

ここに机があります。 これは木で出来ています。木はいろいろな元素で構成されています。元素は原子で出来ています。 原子は電子と陽子で出来ていますね。

陽子は素粒子によって構成されています。素粒子は字の通り粒子であると同時に、波動でもある。

結局波動の現れがこの形になっているわけです。 

みなさんの肉体も波動なのです。 心もやはり波なのです。

噂をすれば影とやらで、誰々がなんとか、というとその人が来たりするでしょ。

それはその人の波を感じるわけですよ。 万物はすべて波動なのです。

ただ精神波動と物質波動があるわけです。 簡単にいえば微妙な波動が精神波動で、粗い波動が物質波動なのです。

肉体というものは粗い波動なのです。 幽体は肉体より微妙になり、霊波動はそれよりもっと微妙、神霊波動というものはもっと精妙微妙です。

人間というものは、微妙な波動から粗い波動まで広い範囲で現われてくる。

微妙な体を何重にもまとって、肉体界にいるわけです。

今、肉体肉体と肉体ばかりのことを思っているけれども、実は肉体の波動の現れを終えますと、今度は幽体なら幽体に、霊体なら霊体にゆく。

いいかえると、神さまの世界があって、神さまのみ心から生命の光が流れてきている。

それが肉体界まで届いて、肉体の波動を作っているわけです。

その光が肉体をはなれて幽体まで行っちゃうと 「死」 ということになる。

また幽界から霊界のほうへゆくと、幽界もなくなってしまう。

霊界から神界のほうへゆくと霊界もなくなっちゃう。

というふうに光が来ている所、光が停まっている所があるわけです。

今、みなさん方は光が肉体に停まっているわけです。

生命の光が肉体にとまっている。

そこで働いているわけです。

だから肉体の自分が自分だと思っているわけです。

肉体の人間が死んでしまうということは、生命の光が肉体をはなれることです。

霊線というのが後頭部にありまして、その霊線がきれて、光がはなれてしまうと肉体がバタッと倒れて死んでしまう。

そうなると、肉体の自分がまずなくなっちゃう。

しかしなくなったんじゃなくて、本体は天のほうにあるわけですね。

他の微妙な体のほうに移動してゆくわけです。

今度は霊体の中で生きている。だから肉体が死んだからって 「人間」 が死んでいるわけじゃないんです。

永遠に生きているわけです。

無限に進歩して生きているのです。

それを肉体だけと思う癖が長い間ついているのです。

毎朝おみおつけを食べなきゃいられない人は、おみおつけを食べなきゃいられない。

タバコをのんでいる人は知らないうちに、パッパッとすっている。

全然無意識にのんでいますよね。 あきらかに癖です。

そのように人間は肉体だという想いの癖がついているわけです。

それをお釈迦さまやイエスさんという聖者は 

「人間は肉体じゃないんだ、神のみ心なんだ、生命なんだ、光なんだ」 というわけです。

それで説明するんだけれどわからない。 私たちだとよくわかる。

そういう世界をよく知っているわけ。 村田さんも霊界通信に書いています。

肉体をはなれたけれど、霊界で生きている人を書いています。

あのように霊界には霊界の生活があって生きているわけ。 それでこちらの世界でもってあらゆる苦しみをなめたり、修行したりして、魂がきれいになっていると、いい所へいくわけです。

肉体をぬけて幽界へ行ったり、霊界へ行ったりします。

それも輪廻転生(りんねてんしょう)の世界なんです。

しかし輪廻転生しない、生き通しに生きている本当の世界があるのです。

それはどこにあるかというと、神さまのみ心の中にある、自分の本心が神さまの生き通しの生命にありながら、肉体波動はグルグル廻っていることを知っているということになれば、これは菩薩。

ある時は肉体へ行って人のためにつくす。

ある時は幽体へいって迷っている人を救い、ある時は、霊体へ行って光を放つ、というふうに、尽している自分を知っている人になれば菩薩さま、あるいは仏さまになるわけね。

皆さんも今は気がつかない、あるいは気がついている人もあるけれども、知らない間に世界のためにつくしているのです。

世界人類が平和でありますように、といつもいつも世界のことを思い、人類が平和であるようにと祈っている。

それは大勢の人のことを思っているわけですね。

それは愛の行為です。

愛の行為をすることを菩薩行というのであり、常に人のためにつくしているひとを菩薩というのです。

皆さんは、いつも世界平和の祈りをして菩薩行をしているわけですね。

だからこの肉体の小さな自分にいるように思うけれども、知らない間に、実は人類という大きな広い世界に生きているわけです。

だからそういう広い心を持っていれば、肉体をはなれても霊界のいい所へ行くわけです。

想いが常にどこにあるか、どこに住んでいるか、肉体界のみに住んでいるのか、あるいは神さまのみ心の中に住んでいるのか。

神さまのみ心の中に住んでいれば、自由自在に生きられる。

生きて肉体にいても自由自在、死んであちらへいっても自由自在。

肉体にこびりついていれば、肉体にいても自由自在じゃないし、死んだ世界ではまた不自由な波の中に閉じこめられてしまう。

すべてが自分の想いによってきまりますね。

だから、想いをいつも神さまのみ心において、明るく人のために尽して生きていれば、その人は自由に生きられる。

これはお話でなくて事実がそうなんです。






   「質問ありませんか?」 五井昌久 白光出版





  


2010年10月24日 (日)

調和波動気功セミナーへのいざない

 
 
心と身体は一体です。

だから

心が整ってくれば自然と健康体になれる!

そんなことが本心から理解できるようになるのが

健・美・食の会なのです。

みなさんのご参加を心よりお待ちしております。わーい(嬉しい顔)







 

  ぴかぴか(新しい) 健・美・食の会  ぴかぴか(新しい)


 
★日時 10月31日(日) 

12:00~13:30 会食

14:00~  于先生講演

★ 大成閣(中華料理)06-6271-5238(禁酒・禁煙)

★ 会費 8、000円(小学生4~6年生4、000円)



 

参加されたい人はご遠慮なくグッドムーンご連絡くださいね 。


篠崎携帯 080-1444-0018


詳しくは


調和波動気功法HPをご覧ください。

http://homepage2.nifty.com/hmwave_goldendoor/index.htm


 

アセンション 2

  
      
  
金星とは、地球よりもずっとずっと進化(精神的にも文明的にも)した星なのです。

しかし、金星もかつて今の地球と同じように幼い時期がありました。

そして今回の地球のアセンションと同じように“ある時期”にアセンションを迎えて、次元上昇を繰り返して今の金星になったのです。

その移行の時期に何があったのか?何が起ったのか?

地球が移行(4次元へ)するときにも同じプロセスが踏まれるのです。

今回はそのことについて 「人類未来」五井昌久 白光出版 から抜粋してみたいと思います。




 

世界を救い得る者は


 
生命は、個人としても永遠のものであるということ、肉体を離れても他界において個人として永遠に働きつづけているものであり、同時に、神の中に住んでいるものであることを知った者の活躍こそ、この地球世界を救い得る最大の力となるのであります。


何故ならば、先程から申しておりますように、この肉体世界の人間を生命(霊、神)の一つの働きであると観ずることなく、ただ自我欲望の満足を得るためのものであると誤解し、生命の探求をさておいて、現れの世界の幸福や、見せかけの平和の道を堂々巡りしているような、智慧薄き人々の集団から、真実の平和も、神の理念も現われることはないからです。


真の神の働き、神の理念を知らずして、その姿をこの地上界に現わすことはできるものではありません。

自分の中に自己中心の欲望を持ちながら、他の力が専横であるといって、自己の強力な力で、他の専横力を抑えたとしても、それは決して平和の様相ではありません。

これは個人にも世界にも通ずることであります。

他の力の専横を抑える力は、絶対無欲な、純粋そのものの力による他はないのです。

そうした純粋むげの力によって、世界が統一された時のみ、真実の世界平和ができるのであります。

現在の世界各国の様相の中に、そうした純粋性、無欲性を見出すことはできません。

絶対無欲、絶対なる純粋性、絶対なる愛、絶対なる統一、私はこれを、生命の根源である神に求めるより他の方法を知りません。


我々の先人の生命は、肉体を離れて、肉体より微妙で自由なる活動のでき得る他界において、大生命(神)のみ心により近づいて活躍しているのであります。

私は、生命の行方を探求して、他界の存在を確め、この地上界の肉体生活を我々よりも先に終えて、神により近い智慧能力を身につけている諸生命(祖先霊守護霊)と、大神の直接の分れとして働いている諸々の神々、私のいう守護神たちの存在を、直接把握、または直観して、地球世界に向き直った肉体人間こそ、救世の使徒たちであると確信するものなのです。


地球人類が、大国の活動だけに任せて、そのいうがままに動いているようではいけません。

武力なき国家民族、資力なき国家民族こそ、地球人類の救世主、救世民族となり得るのです。

どうもがいても、外面的には他の大国に従属するより仕方のない、ということは、もはや内面的にのみ活路が開け得る、ということのなるのであって、内面の世界、神界につながる唯一絶好の機会なのであります。

日本こそ、内面の世界(神界)を祈りによって把握し、心霊研究によって、他界を発見し、その力を十二分に応用しなければならない国なのであります。

人間は自己の内部に神の国をもつ者なのです。

人間の生命は内部の神の国から、肉体世界に流れ出ているものなのです。

人間が肉体だと思っている以上、この理(ことわり)がわかりません。

肉体は人間の器なのです。

人間の働く場所なのです。










感想

久しぶりに感想を述べてみたいと思います。(笑)



私は、生命の行方を探求して、他界の存在を確め、この地上界の肉体生活を我々よりも先に終えて、神により近い智慧能力を身につけている諸生命(祖先霊守護霊)と、大神の直接の分れとして働いている諸々の神々、私のいう守護神たちの存在を、直接把握、または直観して、地球世界に向き直った肉体人間こそ、救世の使徒たちであると確信するものなのです。



ここにはもの凄いことが書かれています。


神々が求めておられるのは、こういう人たちなんだよ と訴えて?願っておられるようです。

このような宇宙(神)意識を持った人たちがたくさん現われる。

そしてその器に凄まじい量の無限の光が流れるぴかぴか(新しい)

すると人間についてしまった「垢」が消え去って

地球人類は覚醒する。

 
・・・・・・・・・・そうだったんですね。電球 わーい(嬉しい顔)





世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます











追伸

「無限次元への誘い」 于寿明 星湖舎 の中にピラミッドの秘密について書かれています。アセンションのことがよく理解できます。

是非、読んでみられてください。




  

アセンション 1

  
  
 
近、アセンション(次元上昇)について興味を持たれている人が増えているようです。

でも、アセンションの本当の意味を理解している人は極少なのです。

そこで私なりのアセンションについて、断片的ではありますが、思い付いたまま、少しずつ述べていきたいと思います。


初めに、今の人間の状態とはどうなっているのか?ですが、私は于先生のご著書「無限なる癒し」を読んでいてとてもわかりやすい現在の人間の姿を見つけた?のです。

納得したといった方がいいでしょうか

その部分を抜粋してみます。



 
 
推薦文(立命館大学教授、高垣先生)
 

私は不登校問題をはじめとする、今日の人々の問題に心理臨床家として関わってくるなかで、今の人々のしんどさを考えます。

その時にでてくるイメージは3重構造のイメージです。

ありのままの本体は輝いているのに、この競争社会で生きているうちに、「比べ癖」 という 「垢」をつけ、「自分にはこれができない」 「あれが足りない」 と否定的な自己イメージ 「垢」 をつけ、さらにそれを覆い隠すために、「いい格好」 という「厚化粧」 をして、しんどくなっている。 そういうイメージです。

ありのままの自分を、「垢」 と「厚化粧」で覆ってしまって重たくなっているのです。 それでは輝きません。 つづく・・・・・・・。



   「無限なる癒し」于寿明 星湖舎から





アセンションとは、まさしく、この人間に付いてしまった「垢」 と「厚化粧」を取り去ってしまうことなんです。

この「垢」 と「厚化粧」は、人間の「業」 「カルマ」 「間違った潜在意識」 なのかもしれません。
 

今、アセンションに向けて人間に付いてしまったこれらのものを落とすために消し去るために宇宙人(神)たちが計画をしているのです。


出来るだけ地球人が傷つかないように、天変地変などの被害を最小限度になるように、スムーズに4次元へ移行出来るように・・・・・・・。


私たちは、神々の計画の意図を識り、理解し、そして神々と協力してアセンションを見事に成功させることが今、この時期に地球に天下ってきたミッション(使命)だと思うのです。


これからそのことについて述べていきます。わーい(嬉しい顔)


 



 
世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます


      

2010年10月22日 (金)

正岡子規の言葉

 
  
  
正岡子規は 「さとりとは、いかなる場合にも平気で死ぬことかと思っていたのはまちがいで、さとりとは、いかなる場合にも平気で生きていることであった」 といっている。


全くその通りであって、完全に生をまっとうすることによって、はじめて死をもまっとう出来るものである。


生を逃避することによって、死への恐怖を拭いさることは不可能である。


生と死とは別なものではなく全く一つのものである。





 
    
         「日々の指針」 西園寺昌美  白光出版




  



お釈迦さまのお言葉

  
  
   
私は釈尊(お釈迦様)の次の言葉が好きである。


「沈黙しているのも非難され、多くを語るのも非難され、少しを語るのも非難される。世に非難されない者はいない」


この世に生ある限り、何をしても人は非難の目、嫉妬の目をもって他人を見つづけるのである。


人の目を気にして生きていたならば、自分の身が持たない。


天の目を気にして生きてゆくことだ。




  

    

     

           「日々の指針」 西園寺昌美 白光出版





  




 
 

波動調整とは心を整えること

 
     
イチローはオバマ大統領の始球式を観ることより、ストレッチをして試合に万全の体制で臨むことを優先させた、それと同じように私たち人間は、出掛ける前、人と逢う前には心の調整をしなければいけないのです。(前だけではないのですが)

 
そのことを波動調整といいます。


宇宙人は波動調整を当り前のこととしてやっている、しかし地球人はそれをしていない、その違いが進化した星と幼い星の違いなのです。


これから地球人は、波動調整をしていくようになる。


それが調和波動気功法なのです。



http://homepage2.nifty.com/hmwave_goldendoor/



オーラ・オーラは波動調整の方法を教えてくれるのです。
 


http://auraaura7.com/



  

    

無題 3

  
  
  
● 本物の愛とは、空いてしまった隙間(魔)の間に、愛の波動を注ぎ込んでいくことをいうのです。



● 感謝行としていると腹が立っていたことが何のことだったのか想い出せなくなるのです。


    
● 心と体は連動している、だから体を動かそう




● 星と星どうしは、絶妙な距離間を保って離れて輝いている、だから人間どうしもくっつかなくていいんだ            
                 

                    

                        グッドムーン




   

無題 2

 
  
 
● 幸せとは、心の中を幸せの波動で一杯にすることをいうのです。


● 神様に自分が近づいていくのではない、神である完璧な自分が、神界から肉体界に降りて来くればいいのだ。


● 感謝出来る自分になろうとするのではなく、心の中を感謝のエネルギーで一杯にすることが真理なのです。



● 肉体は、人間の姿のほんの一部を現わしているに過ぎない。人間はそんな薄っぺらな存在ではない。



● 焦ってはいけない、焦ると心が焦げ付く (無限次元への誘いより)

             


                    グッドムーン



  

  
   
  

いつも感謝出来る自分になる

 
 
   
最近よく感謝という言葉を聞くようになったような気がします。

昨日も、ある老舗の呉服屋さんが創業50周年記念に

“さんかん日セール”チャペル という催しをやっていました。

このさんかんとは感謝、感動、感激だそうです。(笑)
 

話が少しずれてしまいましたが、この感謝ですが

いつも、誰にでも感謝が出来ればいいのだけど

そうでないときもあります。
 

両親に対してもその時期というものがあり

思春期で反抗しているときに


「親に感謝しろ!」

と言われてもできるものでもなく

又、前世で敵(かたき)で、憎しみ合っていた同士が今生で親子になった場合などは憎しみはあってもわかり合えたり、とても感謝し合える状況などではないのです。


親子をめぐる殺傷事件などを見聞きすると、その因縁の深さを思い知らされます。


ですから感謝はしたくとも簡単に出来ないことがあるのです。(それくらい人間の心は複雑です)


そういう難しい時期を超えて、子どもが大人になって親の気持ちがわかるようになったとき、ふと心の中に感謝の気持ちが芽生えることがあるのかもしれません。(ずっと無い場合もあります)


私たちは感謝の出来る人を善い人、優れた人

出来ない人を悪い人、ひねくれた人だと断定するところがあるのですが


心から感謝できる、いつでも、誰にでも感謝出来るというのは聖者、賢者のような悟った人にしかできないようにも思うのです。


しかし私たちが心から、本当の幸せを感じられないのは

この感謝の気持ちが湧いてこないことから始まるのではないでしょうか?


いつも感謝出来る自分でありたい

最初の頃の感謝の気持ちを持ち続けたい

嫌な人にも感謝の気持ちが湧いてきたらどんなに素敵な時間(とき)を過ごせるだろう


そしていつも感謝出来る人とは、どんな人なのか?

どうしたらそのような人、心境になれるのだろう?


そう思います。


そこで感謝が多い人と少ない人の違いを述べてみたいと思います。

私たち人間は、光の波動体で出来ています。ぴかぴか(新しい)

その波動体とは、過去世からの自分の想念、行為の蓄積されたエネルギーで出来ているのです。


これを “心” といいます。


過去世から善いことをして、感動すること、感謝することがたくさんあった人はこの気持ちが蓄積されていてそれに反応しやすいのです。


反対に感謝すること、感動することの少ない人は、蓄積されたエネルギーも少ないのです。


だから同じことがあっても感謝出来る人と出来ない人に分かれるのです。


でもこの蓄積された感謝の波動は減って行きます。(補わないと)


すると以前は感謝出来たのに、今は出来ないという不思議な心の状態になるのです。


では、どうしたら感謝出来る自分になれるのか?

心の中を感謝でいっぱいにすることが出来るのか?ぴかぴか(新しい)わーい(嬉しい顔)

なのですが

そんなものがあるのか?

と思いますよね(笑)

 

実はあるのです。

地球世界感謝行といって

地球にあって私たちを支えてくれている、助けてくれている、生かしてくれているものたちへの感謝をすることで

心の中を感謝の波動でいっぱいにすることが出来るのです。ぴかぴか(新しい)

海、大地、山、食物、肉体、水、植物、動物、鉱物、天象、空気、太陽

に対して感謝して印を組むのです。



“人間は自分達を生かしてくれているものたちに対しての感謝が足りない”


だから感謝の少ない、出来ない自分になっているのです。


感謝行をしていると不思議です。

心があったか~くなって、なんだか嬉しくなって わーい(嬉しい顔)

いろんなもの、人に対して感謝の気持ちが湧いてくるのです。

小さいこと、どうでもよいことが気にならなくなるのです。

私たちは幸せになることは難しいことだと思っています。

感謝出来るようになることも簡単ではないと思っています。

でも簡単なんです、難しくないのです。
 

自分は光の波動体なんだから

 
その波動体を感謝という光でいっぱいにすればいい

感謝行をいっぱいすればいいのです。

これは宇宙神から与えられた最高のプレゼントだと思います。

是非、幸せ感を実感してください。ぴかぴか(新しい)わーい(嬉しい顔)



感謝行の印の組み方は

一冊目の調和波動気功法以外のすべての本に掲載されています。





 
1冊目  調和波動気功法 于寿明 三晃書房

2冊目  無限なる癒し 于寿明 星湖舎 (以下同じです)

3冊目  無限次元への誘い  

4冊目  無限なる幸せを体得する方法  

5冊目  無限なる勇気  





電子書籍もあります。(電子書籍にはCD・DVDは付いていません)


電子書籍は

wookという出版社です。

本の名前で検索すると出てきます。


http://my.wook.jp/

 
  于寿明書籍販売ページ




http://utoshiaki.wook.jp/


調和波動気功法とは


http://homepage2.nifty.com/hmwave_goldendoor/




   

 



  

生命の素直な流れを邪魔するものの続き

  

  
  
頂き直した生活を

 

要するに、肉体的な自我欲望を、自分自身の真実の主張と思って行為したことは、常にこの世界に争いの種を蒔くことになり、しかも自分自身も心快い生活ができない、ということになります。


何故こうなるかと申しますと、人間の本質は、神の大生命の中において軌を同じくした兄弟姉妹的な生命体でありますのに、その生命を分けあったその本質的な在り方を、少しも考えずに、肉体という一個の形だけを人間を自己と想い違いして、その肉体生活だけを守ろうとする想念を真の自我と思いこんでいる大きな誤りがあるからです。


ですから、いつまでたっても、どんな政治政策ができても、真実人々を安心立命させる政治はできないのであります。


そこで聖賢方は、肉体の自我を助長させるような学問知識を小智才覚(しょうちさいかく)というのです。


小智才覚的な自我の発揮というものは、常に、この世を乱し、自らをも損なってゆくのでありまして、神の大智慧大能力の法則に合致してゆくことがないのです。


人間は考えずにはおられない生物です。


人間が他の動物と違うところは、理想をもち考え計画してゆくということであります。


しかし、この考えというものは、常に人類全般の幸福ということと結びついていなければならないのです。


そこで、学問知識を身につけるのは結構なことなのでありますが、人間が神からきているものであるということと、人間はみな生命における兄弟姉妹なのである、という大きな愛の気持ちを根底にしていないと、その学問知識がかえって自己及び人類の進化を遅らせてしまうようになりかねないのです。


そういうわけで、一度小智才覚というより、自己の頭脳知識体験として蓄積されているものを、神のみ心の中にお還えしして、改めて出て来る智慧によって事を運んでいったらよいというのです。


それをやさしい空即是色(くうそくぜしき)の在り方というのです。


一度神のみ心の中で選り分けて頂いて還ってきた智慧能力は、必ず自己を含めた人類の為、兄弟姉妹の為になる智慧能力であり想念行為となるのであります。

真宗ではこの方法を南無阿弥陀仏一念で、如来様からすべてを頂き直す、というのです。

妙好人たちは、みな如来様からすべてを頂き直して生活をし、知らないうちに、多くの人々の模範となる人格者となっていたわけです。

私共は、それを、消えてゆく姿で世界平和の祈りと教えているのであります。

人間の行為の神のみ心に叶うか叶わぬかは、その行為が、自己の肉体生活の欲望の満足のためだけのものか、少しでも他の人への好影響があったか、社会人類の為になったか、ということでありまして、自分の欲望の満足を遂げるために、他の損害を顧みないなどということは悪い行為であることは今更いうまでもありますまい。


中共の青少年たちが、異口同音に、国の為人民の為に働くことによって、自分は満足だ、といっているのを聞くと、教育というのはたいしたものだなあ、と思いますが、国の為というのをもう一歩広げて、人類の真実の平和の為、大宇宙の調和の為、というところまで進んでこないと、国の為に一戦も辞さぬ、という形になってきて戦争の危機をまねくことにもなります。


国の為であれ、誰の為であれ、他に対して恨み心や、殺傷意識をもつことは、その想いそのものが神のみ心に反し、国を損ない自己をも損なう心でありますから、正義の為といってもそれは業(カルマ)の波のさせるわざであって、神仏の喜び給うところではありません。


私共はただひたすら、人類の完全平和を瞬々刻々祈りつつ、自己の心に深い慈愛の想いを常にたたえている人間になってゆくことのみに重点を置いて生きてゆきたいものです。




                 おしまい







  
  


2010年10月21日 (木)

無題

  

  
   
● 神智(インスピレーション)は、何も考えていないときに降りてくる。


● 感情と肉体意識を超えないと人間は幸せになれない





               

                   グッドムーン

生命の素直な流れを邪魔するもの

 
  
  
「生きている念仏」 五井昌久 白光出版より


 
生命の素直な流れを邪魔するもの


 

私がよく、無為にして為す、という老子の教を説いておりますが 「何にも考えないで一体何ができるのですが」とすぐ反問してくる人たちがいます。

そこで私は逆に問いかえします。


「あなた方は、いちいち頭で考えて、心臓を動かしたり肺臓を働かしたりするのですか、人間の五臓六腑をはじめ諸器官は、いちいち頭で考えなくとも、その役目のままにその働きをしているではありませんか、頭で考えたり、想いがとまどったりすれば、かえって諸器官の働きを邪魔してしまうではありませんか」


智慧というのもそれと同じことで、頭脳の想念をあれやこれやと動かすことによって、かえって、真実の智慧の出てくるのを妨げてしまうのです。


実際の私のこれまでの宗教的霊的の体験によりますと、人間というものは、この肉体という体の他にいくつもの微妙な体のあることが判るのです。


そして一番奥深いところにある体というより心といった方がよいところから、神の子本来の智慧能力が常に流れてきているのであります。


それが縦に流れて参っておりますのを、自己の頭脳を駆け巡る意識想念の小さな範囲しか考えられない肉体我が想念の波をはりめぐらしてしまって、縦に流れてくる、神智をさえぎり曇らせてしまうのであります。


日頃から学んでおります学問知識というものの中には、人類の進化の為になるものもありますが、人類の進化を現在の状態にとどめてしまうようなマイナスの面もあるのです。


それが肉体人間の頭脳では、はっきり区別できないのです。


例えていえば、人間というものは、この肉体というものが自分自身であって、この肉体にまつわる能力を増進させ、肉体の個我を充分に発揮させることによって、意義ある人生が送れるのだ、だからいかなる個人といえど個人個人の考えが大事なのであるから、すべての人が各自の意見を述べあって、この社会構成をしてゆくべきで、特別の人の意見というもので社会をひっぱっていってはいけない、というような民主主義的な学説があります。


一応尤もなように聞こえますが、よく考えますと、肉体的な個人というものは、殆どの人々が、自己の肉体的生活環境を守ろうとして社会生活を営んでおりまして、自己や自己にまつわる損得勘定に一番敏感なのであり、自己の得になっても損になるようなことは望まないわけです。


ですから利害が相反し対立するような場合は、お互いが自分の方の意見を主張し合って、常に対立抗争する形になります。


個人個人の誰もが自己の損得を基準にした主張をし合うわけですから、どうしても多くの対立抗争を生み出します。


それを地位や権力のある人々が、自己の側にひき入れようと、権謀術策を講じます。

そして、人数の多い側、権力の強い側の主張し合ったようでいて、結果はその主張を入れられない人々が多くでてくるわけです。




                   つづく





  



直観力を磨くには・・・・・・。

  
    
  
私たちは、肉体(肉体界)しか、ないと思っている。

だから肉体の限られた、ほんの少しの力しか出せない。

でも、インスピレーションとは、肉体の奥の体から流れて来るのです。

肉体の他に幽界、霊界、神体があります。(ほんとはもっと細かくわかれている)

インスピレーションとはこの一番奥の神体から流れて来る。

つまり神界、神様の世界です。

私たちの源は、神界(宇宙)にあるのです。

でも、繰り返しますが

肉体しかないと思っているから頭で考えることでしか知恵は湧いて来ないと思って、頭で一生懸命に考えるわけです。
 

だからほんの数%しか良い智慧は湧いて来ない。
 

なんともったいないことか げっそり

インスピレーションとは、神界にある本心から流れて来るものなのですが、流れやすくするためには、霊界、神界におられて私たちを見守って下さっている守護霊様、守護神様とつながればいいのです。

それは心の中で

「守護霊様ありがとうございます、守護神様ありがとうございます」

と唱えればいいのです。

私たちには誰でも、守護霊様が2体、守護神様が1体必ずついてくださっています。

守護霊様とは、私たちの亡くなった祖先の霊、お祖父さん、お祖母さんなのです。



すると神界にある本心と繋がりやすくなる。


もっと頻繁にインスピレーションを受取ることが出来るようになるわけです。ぴかぴか(新しい)電球

そして、宇宙の願いごとである宇宙(世界)全体の平和を祈ることで本心のある神界、宇宙とよりいっそう一体となれるのです。


宇宙(神)と一体となることを統一といいます。




 
世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます



 

 


正しい統一のしかたは、于寿明先生の

「無限なる幸せを体得する方法」にわかりやすく書かれています。


是非、本当の素晴らしい自分に出逢ってください。


本当の自分に出逢うことが本当の幸せを体得するメソッド(方法)なのです。


 


「無限なる幸せを体得する方法」 于寿明 星湖舎





1冊目  調和波動気功法 于寿明 三晃書房

2冊目  無限なる癒し 于寿明 星湖舎 (以下同じです)

3冊目  無限次元への誘い  

4冊目  無限なる幸せを体得する方法  

5冊目  無限なる勇気  



電子書籍もよろしくお願いします。(電子書籍にはCD・DVDは付いていません)


電子書籍は

wookという出版社です。

本の名前で検索すると出てきます。

http://my.wook.jp/


 
  于寿明書籍販売ページ



http://utoshiaki.wook.jp/


調和波動気功法とは

http://homepage2.nifty.com/hmwave_goldendoor/




  


2010年10月19日 (火)

光明思想徹底行をしよう!

  
    
    
今は地球をマイナスの想念エネルギーが渦巻いています。

だからちょっと嫌なことがあってそのことに意識が行くともうマイナス想念に取り憑かれてしまうのです。


これが鬱(うつ)病の原因なのです。げっそり

そこから脱出するには

自分の心の中を宇宙の波動、プラスのエネルギーで一杯にするしかないのです。


嫌なことがあった

嫌なことを聞いてしまった

マイナスの想念の中に入りそうになった


そんなときはもう理屈ではありません。

光明思想を徹底的に行じるのです。


この言葉は、宇宙のプラスの言霊が全て入っているのです。

7は宇宙の数字です。

完成された完璧な数字なのです。

それが7×7=49

入っています。

一日に10回以上唱えると

かなり長く幸せな気分でいられます。

自分の周りもプラスの波動で包み込みましょう♪ わーい(嬉しい顔) ぴかぴか(新しい)


 




 


世界人類が平和でありますように

無限なる愛

無限なる調和

無限なる平和

無限なる光

無限なる力

無限なる叡智(えいち)

無限なるいのち


 
 

世界人類が平和でありますように

無限なる幸福(こうふく)

無限なる繁栄

無限なる富(とみ)

無限なる供給

無限なる成功

無限なる能力

無限なる可能性

 
 
 

世界人類が平和でありますように

無限なる健康

無限なる快活(かいかつ)

無限なるいやし

無限なる新鮮

無限なるさわやか

無限なる活力

無限なる希望

 


 
 
世界人類が平和でありますように

無限なる自由

無限なる創造

無限なるひろがり

無限なる大きさ

無限なる発展

無限なるエネルギー

無限なる感謝


 

 
 
世界人類が平和でありますように

無限なる喜び

無限なる美

無限なる若さ

無限なる善(ぜん)

無限なるまこと

無限なるきよらか

無限なる正しさ

 
 

 

世界人類が平和でありますように

無限なる勝利

無限なる勇気

無限なる進歩

無限なる向上

無限なる強さ

無限なる直感

無限なる無邪気



 
 

世界人類が平和でありますように

無限なるゆるし

無限なる栄光

無限なる気高さ

無限なる威厳

無限なる恵み

無限なる輝き

無限なる包容力





  

守護霊、守護神に代わってあなたに語る(全27)

   
   
お釈迦様もキリスト様も守護霊、守護神の存在のことは語っていたのです。

ただ守護霊、守護神の存在を知ってしまうとみんな自分の心の中から答を出してしまう、人に頼らずに生きて行ってしまう

それはときの権力者にとって都合が悪かったのです。(だから隠蔽されていた)


それと知ったとしてもその存在を信じ切れる時期ではなかったのかもしれません。


しかし、今そのときが来ました。わーい(嬉しい顔)


守護霊守護神と一体となって、神我一体となる


肉体意識から宇宙意識へとシフトする絶好の時期がやってきたのです。


守護霊、守護神様はあなたからのコンタクトを心待ちにしているのです。


守護霊守護神様の加護がなければ人間はまともに生きていけないのです。






 



守護霊、守護神に代わってあなたに語る(全27)




 

1、私は日頃あなたが思っていること、考えていることそのすべてを把握し、そしてその希望をすべて成就させるよう願っている。

決してあなた一人だけの望みではない。

あなたの望みは常に私の望みなのだ。







2、自己の希望を実現しえないで人生を終わってしまう人の何と多いことか。
 
彼らは私の存在を少しも認めようとはしなかった。
 
私はどんな時でさえも常に彼らの側にあり、彼らの望みを達成し得んが為に彼らを見守り導いてきたつもりでいる。
 
希望の成就は肉体個人一人で出来るものではない。
 
常に守護霊、守護神と共に歩んでこそ成就する路なのだ。
 
それが真実の人生の路なのだ。

   



 

3、出来うる限り明るく陽気に振るまいなさい。








4、私はあなたがいかなることをしようとも、決してあなたに罰を与えない。
 
私はただ、すべてを許すのみである。

そしてあなたのその罰を私が代わりにしょってあげているのである。
 
その代わりあなたは “消えてゆく姿で世界平和の祈り” を繰り返し繰り返し祈ればよい。

自分自身を深く信じなさい。

 


 

5、私はあなたにあえていいたい。
 
出来る限り明るい言葉や思いやり深い優しい言葉を常に、極力心がけて努力して使うようにし、光明思想の本を一日一回は読み、人の心を感動させるようなニュースを聞き、人と語り合う時には人の心を豊かに楽しませるような話題をあえて選び、明るいことのみを語るようにしてほしい。

そして暗いニュース避け、病気の話や人の不幸の話は出来るだけ口にしないことである。



 

6、羨望の心が湧くのも致しかたない。
 
嫉妬心にもだえるのもまたこれ仕方がないではないか。
 
そして人の幸福を妬み人の不幸を心ならずも喜ぶのもまた致しかたない。
 
人の心は感情によって左右されるものであるから、感情を無くさない限りこのようなことはすべて人の心の中に起こり得る現象である。
 
この世は物質肉体の世界、完全なる霊なる世界と違って不自由な束縛ある世界、よくないことだと充分にわかっていながら、正しいことではないと充分に理解していながら、神から反している行為だと充分に納得していながら、やはり現れてくるのが現実なのである。
 
おさえる必要はない、出すだけ出すがよい。

だが、出来るだけ人に迷惑がかからないように出してゆくのだ。
 
相手にまともにぶつからず、声を出して私にぶつけなさい、私にどなりなさい、私に非難をあびせかけるがよい。
 
私はあなたの心が充分にわかるだけに、あなたが愛しくて可哀相でならない。
 
私の大きな翼であなたを包んであげよう。
 
癒してあげよう。
 
心の中にある鬱憤をすべて私に吐きすてるのだ。
 
私が聞いてあげよう。
 
私が代わって祈ってあげよう。
 
あなたがあなた自身で祈れる時がくるまでは。

 偽善者 になるよりはよほどよい。





 


7、不調和な状態を一刻も早く自分の心の中から一掃せよ。

 




 

8、

あなたの内部の奥にじっとひそんで隠されている部分、秘密、嘘、葛藤、情欲・・・・それらのすべてを私は知っている。

私の前には何の隠しだても無用である。

ただ裸になることだ。

私にとっては肉体人間の弱さなどは百も承知の上だ。

だからこそ私というものが必要なのだ。

私の支えを必要とするのだ。

朝な夕なに私の名を呼びなさい。



 


9、

大自然の修復作用が発揮出来るよう大自然に代わって祈れ。






10、


あなたの希望を実現する場合、まだこの世の中に何の手ががりも見出せず、皆目何も無いところから全く新しい希望、この世に打ち出すそのきっかけを創造(つく)り出すのは、いうまでもないこの私である。
  
常に私の存在を忘れず私の名を呼びなさい。守護霊、守護神同士でお互いに交流し合うからである。


 
 

11、

人の悪を聞くために耳があるのではない。
 
人の悪を語るために口があるのではない。

人の悪しき姿を見るために目がついているのではない。

 


 

12、

相手を解放してあげると自己の束縛から解放される。

 


 

13、

すべてを見知っている私の前ですら未だ嘘、偽りでもって自分を覆いつくし、隠しだてをするつもりでいるのか。

情けない。

私はすべてを許そうと思っているのに。

私は(宇宙の法則)から絶対なる権限を与えられている。

あなたのすべてをゆるし、あなたのすべてを愛するのが私の働きである。







14、


あなたが私から離れてどこへ逃げようとも、隠れようとも、またどんな罵詈雑言(ばりぞうごん)をあびせかけようとも、それでもなお私は常にあなたの側を離れず、怪我がないよう、苦しまないよう、痛まないよう、見守りつづけているだけである。
 
私はあなたに嫌われていても、それでも尚あなたが愛(いと)しいし、愛しつづけているのである。






 
15、

私は肉体を持ちあわせていないので常にあなたの内部に働きかけ、内部の力を増し、調わせ、そのエネルギーを外界に現わし、そして出来るだけあなたの思うようになるよう、成就するよういたらしめているのである。

 

 


 
16、

私はあなたが暗く沈んでいる時、今まで以上に強い希望の光を投げかけている。
 
あなたが自分自身を傷つけ悲しみに浸っている時、すべては許されるのだという真理の光を送り、あなたに語りかけているのだ。
 
そして私の慈愛の光によって次第にあなたが真理に目覚めはじめ、その暗く果てしない入り組んだ道から脱け出してゆくあなたを見た時、私はあなた以上に天の神に感謝しているのだ。


 

 

17、

私は常にあなたに真理を語りつづけている。
 
あなたの心が全智全能の創造主と同じような強い力を握っているのだということを。
 
あなたは自分の心で、自分自身を幸せにも不幸せにもすることが出来るのだということを。
 
自分自身を、傷つけ暗く悲しいものだと思ったら、その通りの人生が展開されてゆくであろうということを。

そして自分自身を神の分け生命として認め、明るく大いなる希望をもってゆくならば、またその通りの人生が展開されてゆくであろうということを。
 
心はすべてのすべてである。
 
なぜならば、心は自分自身の運命の支配者であるからだ。



 

 

18、

私はあなたがいかなる苦悩、いかなる悲哀、いかなる絶望にあろうとも、必ずあなたを幸せにしようと心をくだいて見守りつづけているのである。

私の働きはあなたの真の幸せに導くこと以外の何ものでもない。


 





19、

 
私はあなたにお願いがある。この世は物質的肉体がすべてではなく、本来霊なる世界の写し世である、という事実を自覚してほしいのである。
 
霊的自我に目覚めたその時から、もはや何ものにもしばられぬ自由自在なる世界が、あなたの目の前に展けてくるのである。

それは無限の可能性を秘め、自分の思う通りになる世界となるのである。

 

 


 
20、

あなたは常に幸せを願うのだ。
 
あなたは常に神の無限なる能力を信ずるのだ。
 
あなたは常に調和を愛するのだ。
 
私はあなたのその望みにむかって全精力を傾けて、その実現のためにわがエネルギーをフルにあなたの心の中に注ぎこんでいるのだ。
 
だが、あなたの望みが常に暗く悲しく絶望的であるならば、その方向にむかってわがエネルギーを注ぎ込むことは、不可能である。
 
あなたの考えが明るく積極的な希望に満ち溢れたものに変わるよう、エネルギーを注ぎこむのであるが、そのエネルギーの消費量は並大抵ではない。
 
もともと+(プラス)の考え方を更に+(プラス)の方向に導き、この世に実現可能にせしめることは、宇宙の法則通りに実に簡単で無駄なエネルギーを消失しないものであるが、-(マイナス)の思考を+(プラス)に方向転換させることは、前者の何万倍ものエネルギーが消失されるものである。
 
 
常にあなたの考えを+(プラス)の方向に向けて生きて下さい。



 
 


 
21、

頭のよくない人ほど中途半端な聞きかじりをし、自分の知識をひけらかしたがるものである。

頭がよくないから善悪の批判力が無くすべて受動的に自分に吸収してしまうため、その人の潜在意識の奥にすべてそれらの中途半端な知識は溜めこまれてしまう。
 
さて、本人が病気になったり、挫折したり、失敗したりした時、これらの中途半端な知識が次から次へと頭を擡げ(もたげ)はじめ、自分自身の下らない知識で自分自身をがんじがらめにしばりつけ、また、自分自身の暗い思考力で自分自身を暗示にかけてしまい、どうしようもなく救われがたき状態においこんでいってしまうのである。
 
浅はかというより他にいいようがない。
 
知識ならどんなものでも入れていいというものではない。
 
本来ならば自分の心が勇気づけられ、希望に満ち溢れ、生きることの幸せが鼓舞(こぶ)されるような知識なら徹底的に入れこめよ。


自分の心を暗く不安恐怖に陥らせる知識は意識して取り払うべきである。



 
 

 

22、

“自分だけ悟ればそれでよい” という考え方は多分に利己的なわがままな生き方である。

これを出来るだけよい意味にとるとすると、人に真理を押しつけがましくするのは、たとえその教えがどんなに素晴らしくても、そこで必ず人の自由を縛りつけてしまうものであるから、よくないということであろう。

だが神のみ心からみたならば、真理を一人でも二人でも出来るだけ多くの人達に知らしめた方が積極的な善なる徳のある生き方なのである。

また何回も何回も重ねて自分の口を通して真理を語るということは、逆に、更に自分自身の潜在意識の中に改めて真理を吹きこむ形となり、自分の信念がまたここで更に強固に絶対的なものとなってゆくのである。

真理は何度も何度も繰り返し繰り返し語れば語るほどよい。

 

 

 

23、


旧き自己を捨て新しき自己に 蘇(よみがえ)るのが世界平和の祈りである。


どうにもならない自分をしっかりそのままつかんでしまった上、私はこんなにも悪い人間ですといわんばかりに、自分の悪を強調しても、誰も救われはしない。

むしろどうにもならない自分を一旦神の中に捨ててしまって、すべてを神の中に投げ入れていまうと、宇宙の法則にのっとった生き方が示されはじめる。









24、

あなたの長い間にわたる苦しみは私にはわかっている。
 
あなたの悲しみや痛みも私にはすべてわかっている。
 
そして更に今あなたの上に投げかけられている不安恐怖、今のあなたの立場ではどうしようもないのもわかっている。
 
私はいつでもあなたの心の叫びを聞き、訴えを聞き、その問題解決が一刻も早からんことを願い奔走しているのである。
 
だがあなたはこの私の心を知ってか知らないでか、常に自分自身の肉体の力でのりこえようともがいている。
 
だがよく聞いて欲しい、もはや肉体界でトラブルが現われはじめたということは、もう何年も、いや何千年も前に幽界で現れていたことを。

幽界で浄めることが全くできなかったが為に、この肉体界に現れはじめたのであるということを。

そのためにはまず幽界を浄め去るのが先決である。

それが出来るのはこの私である。

霊なる力で、霊なる光で、幽界を浄めれば、自ずと肉体界のすべてのトラブルは自然に解決されるものである。

私に頼りなさい。私を信じなさい。あなたが夢をみているその時ですら、私は闇を光に変える働きをあなたの為にしているのです。

あなたはあなた一人で生くるに非ず、私の生命と共にあって生くるなり。


 
 

 

25、

今あるとるにたらない小さな小さな幸福にさえも、神の与え給いしごほうびだとして感謝せよ。







 

26、

私は “神の子” であるという徹底的なる自覚がいかなる災いからもあなたを防ぎ、いかなる不幸からもあなたを脱出させる。
 
災いにも不幸にも絶対に波長が合わないからだ。







 

27、



私に徹底的に素直たれ。







  

守護の神霊の加護を頼んでから

  

  
蓮上人もそのことをよく知っておられたと見えて、法華経の行者は種々の法難に会うであろう、とはっきりいっているのです。

私は仏だ菩薩だ、みんなよっていらっしゃい、救ってあげます、と宣言しているのですから、肉体の人はおろか幽界からも救われたい霊魂が、我も我もと憑ってくるのです。

呼びよせておきながら、自分自身にそれを浄め救う力がないのですからたまりません。

種々な難がやってくるのです。

自己に浄める力がないことを悟ったならば、まずお題目に先んじて、守護霊守護神の加護を念じ、守護霊守護神に憑ってくるものを浄めてもらうつもりで、南無妙法蓮華経と唱えればよいでしょう。

そうすれば、そのことそのものが菩薩行になってゆくのです。





  

              「日々の祈り」 五井昌久 白光出版




   

本来は覚者宣言

      
    
南無妙法蓮華経とお題目を唱えることは、私は仏である、覚者である、その経を今ここに唱えているのである、ということになるのです。

この題を知って、よくよく南無妙法蓮華経と唱えている調子を聞いてごらんなさい。

非常に高い調子の、高揚した堂々として確信に充ちたリズムをこのお題目はもっているではありませんか。

「私は仏なのだ、覚者なのだ、さあ、みんな私の下にいらっしゃい、みんな救ってあげますぞ!」というようにきこえるのです。

南無妙法蓮華経は自分や自分一家を救ってもらうために唱えるものではありません。

世を救い、国家を救い、人類を救うために、自己の生命を投げ出し得る人たち、つまり菩薩級の人たちが唱えて、はじめてその意義が現われるので、単なる一般民衆が、自分を救ってもらえるつもりで唱えたりしたら、実に危険なことだと思うのです。





  

    

           「日々の祈り」 五井昌久 白光出版  




  

南無妙法蓮華経とは

  
    
  
南無はやはり帰命ということ、妙とは、妙なる実相とか妙々不可思議とかいう実相、即ち絶対者の表現なのです。


法とは、法則のことであり、理念のことなのであります。


妙(神)の法則、神の意志、理念の宣言、つまり神が表現されたということになるのです。

蓮華というのは蓮の花のことであります。

蓮華は泥中に咲く華(はな)でありますから、これを地上界の業の汚れの中で華開く、つまり悟ったということになるのです。

この場合の悟ったということは、正覚を得たということで

「神の法則を或いは意志を理念を、この地上界において立派に華咲かせた、つまり完成させた、そして生命の源に、この地上界にいながら一つになっている」 ということになります。






     

           「日々の祈り」 五井昌久  白光出版





   

お念仏の真義

     
  
みなさんはお経、お念仏とは何か?ご存知ですか?

今は人が亡くなったときに唱えるくらいの認識しかないのですが昔の人や信心深い人は毎日、一瞬一瞬、瞬々刻々と唱えていました。

お経、念仏とはなにか?宗教とはなにか?

私たちはもっと理解した方がいいのかもしれませんね。

そこで、数あるお経の中で、お念仏のこと、南無妙法蓮華経のことを五井先生が述べておられます。

意味がわかった上で唱えると目に見えない世界がみえて来るのです。







 
お念仏の真義



南無は帰命すること、生命の源に帰るということ、一つになるということで、西方極楽浄土におわす阿弥陀仏と一つにならせ給え、というようになります。

それをもっとハッキリいいますと、西方極楽浄土という言葉を、眼にも見えず、手にも触れないけれど宇宙に充満している仏の世界、光明燦然たる苦難の少しもない世界、完全円満なる世界と訳し、そのような世界に仏と一つに住まわせて下さい、と唱名になるわけです。


簡単にいえば、阿弥陀仏、私を救って下さいと願って、唱名しているわけです。

しかし同じ浄土派でも一遍上人のように、自分の中の仏が阿弥陀仏と一体になる唱名だ、といっている人もあります。

とにかく、仏と一体とならせ給えという唱名なのです。




   

   
           「日々の祈り」 五井昌久 白光出版





  




  

幽界を浄める

  

  
私たちはこのままの世界では世の中は絶対に善くならないと思っている、そして人間の心は汚れに汚れまくっていてどうしようとないと思っています。(無限なる光明、無限なる可能性)ぴかぴか(新しい)
 

でもそうではないのです。
 

人間の心の奥には慈愛に充ちた愛そのものの本当の自分がいる。
 

今はそれを業、カルマというものが覆ってしまって神性が顕われていないだけなのです。
 

人間は光そのものである、光の波動体なのです。ぴかぴか(新しい)
 

だから光があたってその覆っているもの(業想念、過去からの潜在意識、誤った想念)が消えていけば、人間は本来の美しい姿に戻ることが出来る。
 

その瞬間(とき)がアセンション(次元上昇)なのです。
 

どうすれば地上に天国が訪れるのか?
 

そのことがわかりやすく書いてある五井先生の“日々の祈り”という本があります。

そこから抜粋しますのでよかったらお付き合いください。




 

 

幽界を浄める


人間の幽体、つまり潜在意識の奥には、神意識、光明そのものの世界があるので、世界平和の祈りをしていると、そのたびに祈った人の想念が潜在意識をつきぬけ、神意識、救世主の光明世界の中にとびこんでゆくことになる。


そうすると、幽体、霊体というのは、幽界霊界で一つに通じ合っているものであるから、一人の人間が肉体界から神界まで祈りの想いでつきぬけた業想念の割れ目を通して、神の大光明が幽界霊界を縦から横にひびきわたるのである。


これによって、幽界霊界が浄められてゆき、肉体界の人間の想念が自然と浄化されてゆくのである。





  

            「日々の祈り」 五井昌久 白光出版





   

袖すり合うも他生の縁

  
      
今、私は高校時代のクラス会の準備をしています。

そのことをしていて気づかされることがあるのです。

それは会に出席する人というのは、心と身体の準備が整った人であるということ

そして縁のある人同士が集うのだということです。

私は以前によく

あの人とこの人が会えばきっと気が合っていい出逢いになるのではないか

と頭で空想することがあったのですが

会う必要のない人同士は絶対に会わないようになっているということがわかってきました。

人と会うというのは必然で無駄な出会いというのは絶対にないのです。

だから空想で会わせようとしても必然でなければ会わないことになるのです。

どちらかに急に問題が起るとか、

自分や身内の人が身体の具合が悪くなるとか

理由はないのだけどなんだか行きたくなくなるとか

それらはすべて守護霊様がそうされているのです。

お互いの守護霊様同士で話し合って行かせないように作戦?を練るのです。

そして人間の脳に働きかけて会わない方向へと持っていくのです。


以前、ある人から聴いた話なのですが

お正月に家族の人が初詣(はつもうで)に行きたいと言ってきた。

その人は急に気分が悪くなって気が進まなかったのですが

みんなの望みだったのでしぶしぶ出掛けたのだそうです。

すると案の定、その“場” は幽界のオバケちゃんの住み家であって

精神状態を戻すのにかなり大変だったそうです。

これなどは、守護霊様が

「行ってはいけない!」

とメッセージを送っていたのですね。mail to

だから無理は禁物なのです。

同窓会もクラス会もいろんな会合も

無理をして人を誘ってはいけないのです。

もし、行った方がその人の魂にとって善いことならば

守護霊様が働きかけて

理由はないのだけど


「なんとなく行きたい」

「どうしても行きたい!」

という気にさせるのです。

タイトルに

“袖すり合うも他生の縁” とありますが

この他生とは前世のことです。

今生で会う人とは必ず前世で会ったことのある人です。

その人たちと又再会をする。

その再会にもすごく意味があるのです。

だから自分の我(肉体意識)で物事を決めたり、人事を決めたり

人と人との出会いを無理に演出してはいけなのです。(来てくれ来てくれと必要以上にお願いすることなど)
 

この世には、会わない方がいい人、会ってはいけない人たちもたくさん居るのです。

いつも守護霊様、守護神様に意識を合わせていると

そこのところを上手くしてくださるのです。

目に見えない世界のことは神様にお任せした方がいいのです。




 
世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます




   

   
 

2010年10月18日 (月)

世界平和の祈りは宇宙の祈り言なのです。

  

   

世界平和の祈りについて

 

私どもが唱えております世界平和の祈り、特に最初の世界人類が平和でありますようにという祈り言について述べてみたいと思います。

世界人類が平和でありますようにという祈り言を心に思い浮かべた時、その人は神様のチャンネルをひねったのと同じであります。

人類すべての悲願が結集し、祈り言となったこの言葉には、どんな人間の個我をも消してしまう大きな光がこめられ、放射されているのでありまして、この祈り言を、思い浮かべるだけで私どもは大光明霊団の中に参加しているのであります。

ところで、この祈りの世界人類とは、どの程度の世界でありましょうか。


勿論直接的には、私どもが住んでおりますこの地球を指しているのであります。

我々人間のいのちを細かくみて参りますと、それは光子という宇宙子から成っており、いのちの源はすべて波動から複雑に構成されているのであります。

宇宙に浮かんだ小さな星、この地球人類達は、こうしたいのちの仕組みというものにまだ気がついておりませんので、そのために宇宙人達から 「幼い兄弟達」 と呼ばれているのであります。

私は今、宇宙人と申しましたが、実際この地球以上に、心も科学も数百倍も進んだ星々と人類が存在することは、事実でありますし、それのみならず、我々はこうした宇宙のすぐれた兄弟達から様々な援助を得て、一日一日を無事に過ごしているのであります。

世界平和の祈りはここに至って、地球人類のみならず、宇宙に生きるすべての我々の仲間、兄弟、宇宙人類が平和であるようにという、宇宙の大調和をも目指した祈りであることが理解されるのであります。

この地球上には多くの国々があり、そのそれぞれの国は国交を結んでおります。

これからの政治家は、世界平和を根底に据えてかからなければ、一日たりとも政治がとれなくなってくるでありましょう。

しかし、もっと真理を見極める眼を持ちますなら、単に地球という星の地上の国々との交わりというばかりではなく、星と星との交わり、星交というところまで進まなければ本当の宇宙全体の調和というものは完成されないのであります。

そして現在、我々にコンタクトを求めてきております宇宙の兄弟達は、この宇宙の大調和の中に、我々地球人類が一日も早く溶け込むよう、最大の助力を日々行ってくれているのであります。


世界人類が平和でありますようにという祈り言は、宇宙のみ心、愛の中に溶け入り、宇宙人類の一人として、全宇宙と宇宙人類全員の平和を祈り、又その愛念を彼らに送って、我々が日々彼らから受けております援助にも、応える形となっているものであります。


宇宙は玄妙であります。

そしてその玄妙な宇宙の運行を支えているものは、一点のわたくしなき、宇宙神の愛であります。






さて世界人類が平和でありますようにという祈り言には、さらにもう一つの奥義があります。


それは、人間というものの全体に向って、祈り言を発しているということであります。


人間というものは、この肉体だけではありません。


幽・霊・神・大きく分けて、肉体以外にさらに三つの世界に生きているものであります。

この人間の本質、本体と申しましょうか、それぞれの世界に呼びかけ、霊界神界から光の放射をしやすくする働きを、自然と持っているのが、世界人類が平和でありますようにという祈り言なのであります。

個人と人類の同時救済という性質を、この祈りは持っております。

さらにこの祈りは、人間の本体である光に向って愛と調和を放っている祈りなのであります。

ですから、心の中に 「世界」 と思い浮かべただけで、直ちにそれは、宇宙と人間の本体である光につながり、大光明を発揮することとなるのであります。

ちなみに宇宙人達は、こうした光体が自己の本質であることを熟知して、日々我々を助けてくれているのであります。

こうした世界平和の祈りを我々はたゆみなく祈って、宇宙人類と光と愛の世界建設のために邁進(まいしん)致しましょう。






   「無限なる幸せを体得する方法」于寿明 星湖舎




 


感想

この文章はまさしく宇宙天使からのメッセージだと思います。

愛に溢れていますよね。わーい(嬉しい顔) ぴかぴか(新しい)



   




  

2010年10月17日 (日)

私たちの真実の生き方

  

       
真理を掴めば人生を真っすぐに生きることが出来ます。地上がどんな悪天候であってもたとえ太陽を見ることが出来なくとも、その存在を理解していれば見えない太陽の存在を信じ掴み続けることが出来るのです。
 
  
真理を掴むと不安や迷いは一切なくなります。
 

同じように私たちは私たちの中に存在する真理を掴まなければいけないのです。
目の前に訪れる現象や体験を掴むのではなく、真理を掴むことによって不安や迷いが消え、自分の人生を真っすぐ歩むことが出来るようになるのです。
 

そしてもっと愛深く、光輝いた自分を限りなくこの世で現していけるように精進していくことこそが、私たちの使命であり、私たちの真実の生き方なのです。

 
真実、自分を愛することを真剣に考える人は自分の生命を無駄にすることはとても出来ません。
 

自分の生命を出来る限り生かしきりたいという気持ちにどうしてもなってくるのです。
 

つまり、自分を出し切ることに積極的になってくるのです。
 

これは活気となり、陽気となり、魅力ともなってくるのです。

 
自分を赦す、ということは自分の想念行為でいちいち自分を突っついて自分を責め裁いていることでは、自分に来ている神の命を生かしきることは絶対に出来ません。
 

自分の誤りに気づいたらすっぱり一度は自分で自分を赦してしまい、そこから改めて出発しなおさなければいけません。
 

それが真実の悔い改めであります。


そうしなければいつまでたっても神の御心に触れることは出来ません。






 
  「無限なる幸せを体得する方法」 于寿明 星湖舎より



 

1冊目  調和波動気功法 于寿明 三晃書房

2冊目  無限なる癒し 于寿明 星湖舎 (以下同じです)

3冊目  無限次元への誘い  

4冊目  無限なる幸せを体得する方法  

5冊目  無限なる勇気  




電子書籍もよろしくお願いします。(電子書籍にはCD・DVDは付いていません)


電子書籍は

wookという出版社です。

本の名前で検索すると出てきます。


http://my.wook.jp/

 
  于寿明書籍販売ページ




http://utoshiaki.wook.jp/




調和波動気功法とは


http://homepage2.nifty.com/hmwave_goldendoor/


オーラ・オーラはあなたの出しているエネルギーがわかるのです。
そしてわかった後でどうすればいいのかを教えてくれるのです。

  http://auraaura7.com/
  
    
    
    

「女子力」 とは?

  
  
  
今、巷では 「女子力」 という言葉がよく使われているようですが

私の中の「魅力のある女子」を述べてみたいと思います。

私だけの私見ですのでちょっと偏見があるかもしれませんが・・・・・。




 
 
1. 男性、女性関係なく人間的な魅力を持っている人

2. サバサバあっさりした性格であること

3. 女子であるという武器を使わない人

4. 自立しようと努力している人

5. 人を批判、非難、評価しない人

6. 自分が美人だと思っていない人

7. 凛として姿勢の良い人

8. さりげない気配りの出来る人

9. 明るい人

10. 人を分析しない人

11.物質欲、金銭欲のない人(少ない)

12. 細かいことにこだわらない人

13. 過去を振り返らない人

14. 謙虚でひかえめな人

15. 人のせい、まわりのせいにしない人

16. 裏表のない人 (誰に対しても同じ態度)

17. エネルギーを流しつづけている人(輝いている)

18. みんなの幸せを祈れる人




 
 
 

まだまだ後から出てきそうです。
 

思い付いたら書き足していきます。
わーい(嬉しい顔) ペン




   



  
   

「ひとり会議」より、返事のしかた

  
  
  
本当に忙しい。

新しい仕事がどんどんやってきて、

目の前の仕事一つひとつこなすだけで精一杯。

こういうとき、あなたならどうしますか?



僕のメンター(仕事や人生に効果的なアドバイスをしてくれる相談者)の家にはとんでもない数のお中元が届きます。

家中がお中元であふれています。

そんなとき、どこから手をつけていくか。

はやく食べないと傷んでしまうから、古いものから手をつけていく。

これが普通です。

でも 「つねに新しく届いたものから食べるべきだ」 とメンターはいうんです。

「古いものから手をつけていると、

今、せっかく新鮮なものまでも古くなってしまうから」

そんなふうに教えていただきました。






メールについても同じことがいえそうです。



古いメールかrか順番に返信していくと、

今届いたメールも古くなっていきます。

反対に新しいメールから返信していると、

「対応が早い」 と感じてもらえます。


(古いメールでも本当に重要なものについては、

電話か、催促のメールが届くはずです)





 
またメールの返信には2種類あります。

用件を伝えるメールと、コミュニケーションのためのメールです。



用件を伝えるメールには、

用件に 「なにを伝えたいのか」 を入れます。

用件が複数ある場合は、

すべての用件を本文の頭に箇条書きします。

そして1件、1件、短い文章で書くことが大切です。

相手にとって読みやすい改行をするのもおすすめ。






また


「今、こんなお話になっていますよ」

「こんな展開になりそうです」

と、事後報告するのも大切ですが、

返信するときに、「Ce」 「Bee」で同時に送ることで時間を短縮することができます。




コミュニケーションのためのメールは、

「!」「(笑)」 「絵文字」 などを使って

相手にとって楽しく読めるように工夫しましょう。

ちょっと加工した写真を添付するのもおすすめ。





メールは時間を取られます。

メールとは 「メールを処理する」 という予定をいれ、

その時間の中で向き合いましょう。



いずれにしても、なるべく短い文章で送ってあげることが、
忙しい人たちにはよろこばれるようです。






 



ToDoやってみよう


1. 忙しくなったら、新しいものから対処する。

2. メールは「メールを処理する」という時間の中で処理する。





 


  「ひとり会議」の教科書 山﨑拓巳 サンクチュアリ出版



 


  

魂が喜ぶこと

  
  
 

● 喜び

感情を喜ばせるのではなく、魂が喜ぶことをしましょう。

それは魂が浄まること、魂が進化することです。


 

 
  
  

● 幸せのエネルギーを追いかける

物や感情を追いかけないことです。お金があって素晴らしい家に住み、何不自由のない生活を送っていても、幸せとは限りません。本当の幸せは魂が浄まり、そのエネルギーがわかることです。



 

 

●美しいエネルギーを持つ

その人がいるだけで不思議とホッとでき、誰もがあたたかく明るい気持ちになれる。その人がいる空間とは、なぜか空気が澄み渡り、とても気持ちがいい・・・・・。
そんな人が身近にいれば、まちがいなく幸せな人生を送ることができるでしょう。 もし、そんな人がいなければ、自分がそういう人になりましょう。
美しいエネルギーだけを自分の中に持つことができれば、人は誰でもそのような魅力あふれる人になれるのです。







  

        「無限次元への誘い」 于寿明 星湖舎 より




  



  


2010年10月15日 (金)

宇宙の法則

  


  

● 宇宙の法則


してもらう事を考えないで、まず自分が相手にしてあげる。

相手を喜ばすと自分も嬉しくなります。相手を活かすことをすると自分が活かされます。

自分が発したエネルギーが返ってきます。これが宇宙の法則です。

ある指揮者が言っていました。「演奏する音楽と人を尊敬すると、それが自分に還ってくる。」








        「無限次元への誘い」 于寿明 星湖舎より




    

技術を磨く前に人間を磨け!

      

  
私は日経新聞を読んでいるのですが、経済とは関係のないスポーツ欄も好きなのです。

そこでは、ただ試合の結果を報告するだけでなく精神面のことを述べています。

人間的に素晴らしい人のことを紹介していたのでファンになった人もいます。

選手や監督である前に魅力のある人間でなれければならない。

これらの記事はそのことを言っている。

今日も素敵なことが書いてありました。

高校生を指導する指導者には、技術を教えるだけでなく人としてどうあらなければならないかを教えていくことが大切なのです。


高校の野球とサッカーを指導する2人の名伯楽には、子どもたちに伝える5つの共通点があったそうです。


それは



1.「明るさ」

2.「素直さ」

3.「感謝」

4.「反省」

5.「謙虚」



なのだそうです。


一流のプレーヤーになるには上手いだけでは長続きしない。


プロ野球の監督で活躍した元野村監督が語っていた言葉を想い出します。




● 「技術を磨く前に人間を磨け!」

● 「人間の成長なくして技術の成長はない」



   

2010年10月14日 (木)

2012年なぜ病気は無くなるのか?

  

  
肉体人間が宇宙(神)意識を持った人(霊止)に進化するということは

肉体人間にしかない病気というものが無くなるということなのです。

でも病気が無くなるとは、ある日突然、病気が治ったりするのではなく

病気というものになぜなるのかがわかり予防出来るようになるということなのです。

だから、病気になる仕組みがわかったのならば、ならないための努力?をして、これまでの間違った固定観念を変えていかなければいけないのです。
 

今は嘘の情報が溢れ、そして間違った先入観が頭の中にたくさんインプットされています。

何が正しい情報なのか?

真実なのはどれなのか?

それがわかる直観力がこれから鋭くなっていくのです。

これは本物だ!

本当のことを言っている!

審神(さにわ)する力を得て

地球の人類はアセンションを迎えることになるのです。


私が読んでいて

これは本物だ!

と思う本(健康に関する)があります。

いずれも于先生より教えて頂いたものばかりですが

波動が善いのです。わーい(嬉しい顔)ぴかぴか(新しい)

波動が善いとは書いている人が真剣に病気に取り組んでいることと私利私欲に走っていないということです。(この本が売れて金持ちになりたいとかいう気持ちがない)


少しでも邪(よこしま)な気持ちがあるとそれが本に伝わるのです。

読み終わった後でスッキリ感がないのです。


これらの本は気持ちよく読めました。わーい(嬉しい顔)

そこで

3冊の本を読んだ私の感想を書いてみました。わーい(嬉しい顔)
 


 



育毛の真理 東田雪子 角川グループ出版



手を洗うのに30秒も洗いつづけている人はいません、それと同じで髪を洗うのも30秒あれば充分それで汚れは落ちるのです。それ以上洗うということは頭皮を痛めていることになるのです。

整髪剤も同じです。私たちは自然に逆らっていることをしているから髪は無くなっていく。(余計なことをしてしまっている)

髪の本質(真理)がわかればいかに間違っていた育毛をしていたのかがわかります。








 

“腰割り”トレーニングに隠されたすごい秘密  元 一の矢  実業之日本社




下半身と上半身をつなげている大切な部分が股関節です。

この股関節が弱ってくるから腰痛になったり膝(ひざ)や足が弱ってくる。

股関節の周りの筋肉は齢とともに使わなくなるので錆びついてくる。

使わないから新陳代謝が悪くなる。

そして、太りやすい体質になる。(余計に身体に負担をかける)

森光子さんのしていたのはスクワットではな腰割りなんだそうです。

この腰割りで腰痛がなくなる それくらいインパクトのある、真実が書かれている本です。

私は毎日、腰割りを実践しています。
手(チョキ)



 

  

幸せを呼ぶ健康のヒケツ 生島ヒロシ TBSサービス


 
健康オタクでも徹底して研究すれば真理まで到達する

そんな本です。(笑)

癌は、普通の治療をすればそんなに怖くない。(高額治療はいらない)

健康食品に頼ったりして今の医学を信用しないからややこしいことになる。



  
 
    

  

プラスのエネルギーは謙虚なときに出て来る

  
     
プラスのエネルギーは自分というものを無くして奥に引っ込んだときに出て来るのです。

出て来るというよりも醸し出されるという感じでしょうか。

宇宙からのエネルギーは頭のてっぺん(百会)に入って来て、60兆の細胞を光に変え、足の裏(湧泉)から地球の中心へ向かって流れて行きます。(これを引力という)


そして3次元へのエネルギーは下丹田(かたんでん)、へその下3.5センチから発せられるのです。

このエネルギーが穏やかでやさしいものであれば、周りはそのように整って来るし、怒りや悲しみで充ちたエネルギーであれば感情的なものと共鳴したり、そのような現象を増幅させたりする。

だから自分の発するエネルギーはとても大切で重要なものなのです。

頭のてっぺんから縦 ↓ にエネルギーが入って来る。

そしてそれを身体の中心である下丹田で横に流していくのですが奥に引っ込まないと(後ろに引かないと)プラスのエネルギーにはならないのです。


後ろには、守護霊さま守護神さまがいらっしゃいます。

そしてそのまた後ろには神界があってほんとうの自分がいる。

そして自分の故郷である宇宙があるのです。夜


その本心と一体となる、守護霊守護神と一体となる。


すると本来の素晴らしい自分になるのです。わーい(嬉しい顔)


それから前にエネルギーは出て行きます。←

縦 ↓ 後 → 前 ←  

このエネルギーの交差がプラスのエネルギーになるのです。

だから自分が自分我と言っているうちはプラスのエネルギーにはなっていないのです。


後ろに引っ込むとは、謙虚になるということです。


天の宇宙と繋がって、自分を無くして、本来の自分である神と一体となって、初めて空になれる。


空とは、神我一体となった本当の自分になるということです。(これを統一といいます)

アセンションとは、肉体の不完全な人間が完璧な宇宙人(神)になるということなんです。






  

「無限なる幸せを体得する方法」では正しい統一の仕方が書いてあります。



こんな凄い本は、今の地球上でこの本しかないのです。わーい(嬉しい顔) 本



 
「無限なる幸せを体得する方法」 于寿明 星湖舎 





  

1冊目  調和波動気功法 于寿明 三晃書房

2冊目  無限なる癒し 于寿明 星湖舎 (以下同じです)

3冊目  無限次元への誘い  

4冊目  無限なる幸せを体得する方法  

5冊目  無限なる勇気  



電子書籍もよろしくお願いします。(電子書籍にはCD・DVDは付いていません)


電子書籍は

wookという出版社です。

本の名前で検索すると出てきます。


http://my.wook.jp/

 
  于寿明書籍販売ページ




http://utoshiaki.wook.jp/


調和波動気功法とは


http://homepage2.nifty.com/hmwave_goldendoor/



オーラ・オーラはあなたの出しているエネルギーがわかるのです。

  
http://auraaura7.com/



  
  
    
   

良いことにもとらわれない

  
        
    
この間テレビを観ていると

精神的にすこやかになるには忘れることが大切です。

と言っていました。

するとあるゲストの人は

嫌なことはすぐ忘れた方がいいと思うのですが、良いことは忘れなくてもいいのではないのですか?

と質問していました。

すると解説の人が

「良いことを覚えていると悪くなった時になんでこうなるんだあのときは良かったのにと比べて落ち込んでしまうからそれもよくないんです」


とおっしゃっていました。


これは真理ですよね。電球わーい(嬉しい顔)


私たちの源(みなもと)は光のエネルギー体(波動体)なのです。ぴかぴか(新しい)


すこやかな状態(健康ということ)を保つには想いを溜めずに流しつづけなければならない。

光続けるためにはエネルギーが流れていなければ光れない。


電流が流れていないと電灯が灯らないのと同じです。


それと同じように私たちの想念エネルギーも止まらずに流しつづけることが大切なのです。

だから善いことにも悪いことにも捉われてしまうとエネルギーが流れなくなるのです。

サラサラと流れている川の流れに大きな重い(想い)石(意志)を置くのと同じことなんです。


だから良いことでもいつまでも想っているとしんどくなるのです。


過去を振り返るな!


とはそういう意味があるのです。


  
世界平和の祈りは、わたしたちの想念に、もの凄いプラスの光のエネルギーを注ぎ込んでくれるのです。






  
世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます




  


人の心をコントロールすることはできない

  
    
私たちは相手の人が自分をどう思っているのかを気にします。

できたら好意的に想ってもらいたい

嫌な奴だと想われたくない

でも、相手の人が何を想おうとそれはその人の自由なのです。

その人にはその人の世界があって

その世界とは想念で決まる

その人が激しい感情の世界に居たのなら

感情的になっている

(あなたは腹の立つ人になっている)

優しい癒しの世界にいたのなら

穏やかでのんびりしている

(あなたは良い人になっている)

相手の世界に入って行って

その世界を変えることなんてできない

それは神様でもしてはいけないことなんです。

だからその人が創った世界で

あなたを判断したとしても

それはあなたには関係のないことなんです。

自分が思ってもみないことを

相手の人に指摘されたことはありませんか?

それはあなたに問題があるのではなくて

その人の心の問題なんです。

相手の心をコントロールすることはできない

それなら自分の心をコントロールすることに

意識を集中させよう!






 

● 人に好かれることを考えるより、人を好きになる



   
「無限次元への誘い」 于寿明 星湖舎 より



  


  

  

2010年10月13日 (水)

頭の中に否定的なものを入れない

 
  
頭を使うのが悪いことではない。

考えることが悪いことではないのです。

ただそこ(頭)にマイナスなネガティブなものを入れてしまうのがいけないのです。

ひとり会議の中に書いてあるのですがある会議の方式に

相手を攻撃しない、焦って結論を出さないという目的で行われる会議があるそうです。


ひとりで会議をするときにもマイナスがなければプラスの発想しか生まれないのです。

みんなでする会議もひとり会議にも必要なことですよね。
わーい(嬉しい顔)




 


その方式(ルール)とは?



“ブレスト” とはブレインストーミングの略で、


・人の発言の分析をしない

・結論を出さない

・ぶっ飛んだ考え方を歓迎する

・アイデアの質より量を重視する

・人の意見を否定しない




   



       「ひとり会議」の教科書 山﨑拓巳 




    
   
 

自然体とは、自分を見せようとしないこと

  

  
  
● 自然体でいる


自分を良く見せようとしないことです。

誰に対しても謙虚さを忘れないことです。


 


● 自分をアピールするより人の話を聴く

最初は特に相手をよく知ることが大事です。相手を理解しようと、よく話を聴きましょう。
自分のことはほんの少し話すだけで充分です。





 
●目的意識をはっきり持つ

何のために生まれてきたかをはっきり答えられる人は少ないですが、すべての人は魂の進化を目的に生まれてきています。魂の進化を意識して日常生活を送りましょう。



   


 

      「無限次元への誘い」より 于寿明 星湖舎 



 


 
1冊目  調和波動気功法 于寿明 三晃書房

2冊目  無限なる癒し 于寿明 星湖舎 (以下同じです)

3冊目  無限次元への誘い  

4冊目  無限なる幸せを体得する方法  

5冊目  無限なる勇気  



電子書籍もよろしくお願いします。(電子書籍にはCD・DVDは付いていません)


電子書籍は

wookという出版社です。

本の名前で検索すると出てきます。


http://my.wook.jp/

 
  于寿明書籍販売ページ




http://utoshiaki.wook.jp/


調和波動気功法とは


http://homepage2.nifty.com/hmwave_goldendoor/ 



  



「緊急じゃないが、重要」 なこと

  

  
今日から日記を再開します。わーい(嬉しい顔)
 

10日くらい書かなかった間に友だちに言われました。
 

「しんのん(私のあだ名です)の日記、長いので最近読んでない」

って

そうなんですよね、私も人の文章長かったら最初から読みません。


それでこれからは直観でヒラメイタことだけを簡潔に書く。電球 わーい(嬉しい顔)

そして日常生活では、タイトルにある。

「緊急じゃないが、重要」 なことをどんどんこなして行こうと思っています。

よろしくお願いします。










物事は 「緊急」か「重要」かに分かれます。



「緊急だし、重要」なこと。

「緊急じゃないが、重要」なこと。

「緊急だけど、重要じゃない」 こと。

「緊急じゃないし、重要でもない」 こと。


いつも 「あ! 忘れてた!」と思い出しては、

あわてて行動に移している人たちは

いつも 「緊急」 に支配され、「緊急」なことでスケジュールを埋められています。

するとだんだん精神的にきつくなり、

「緊急じゃないし、重要でもないこと」 (つまり“息抜き”)がないと、やっていられない状態
になります。











時間を自分のものにするための基本は、

「緊急じゃないが、重要」 なことをどんどん優先し、

先に手をつけていくことです。



そうすると自然に、「緊急で、重要」なことが減っていき、

ワクワクすることに時間を使えるようになっていきます。



かわりに 「緊急だけど、重要じゃない」ことは、できればアウトソーシング(外部委託、人に頼む)しましょう。


自分にとってはあまりやりたくないことだけど、そのことが好き!っていう人は身の回りにきっといるはずです。

あなたはワクワクすることに没頭しましょう。





1.ToDoリストを眺める。

2.そこから「緊急じゃないが、重要」なことをピックアップする。

3.そのことを優先して、スケジュール帳に入れてみる。

4.さらに「緊急だけど、重要じゃないこと」をピックアップする。


5.そのことを、身の回りにいる誰かに頼んでみる。



 



「ひとり会議」の教科書 山﨑拓巳 サンクチュアリ出版




  

2010年10月 7日 (木)

一週間お休みします。

    
      
一週間ほど、ブログお休みします。

充電して、パワーアップして帰って来ますので

そのときは、又、よろしくお願いします。
わーい(嬉しい顔)



 
世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

みなさん即神也



   
   

2010年10月 2日 (土)

最後は人間性なのです。

  
  
大阪に清風中学、高校があるのですがそこには、中学、高校、それぞれ2本のピースポールが建立されているそうなのです。(私はまだ見に行ってません)


建てるのをお願いしたのは、于先生なのですが、


そのとき学長は

「私は五井先生を師事しているわけでも世界平和の祈りがよいからというわけでもなくただ于君を信頼し認めているからピースポールを建てたいという申し出を受け入れたのです」

とおっしゃっていたのだそうです。

私はこの話を聞いて胸がジーンとなりました。涙

そうなのです。

于先生の人間性が認められて受け入れられてこのピースポールは建ったのです。


私たちは何かをしようとするときにすぐに結果を求めます。


プロセスを踏まなかったり、踏んでも結果を早く出そうとする。


機が熟す前になんとかしようとする


ピースポールを建てるのは素晴らしいことです。わーい(嬉しい顔)


そこに光が降りるし、堂々とお願いしてもよいことだとも思うのです。


でも于先生はそれをしなかった


ご自分を認めてもらうまでずっと待っておられたのです。
 

人事を尽されていたのです。


于先生は3次元(今生)のことををとてもたいせつにされています。
 

そしてわたしたち生徒が常識を逸したり当り前のことを当り前にしなかった場合は容赦なく、こっぴどく叱られます。
 

でもそれは、わたしたちの本心が納得していることなのです。


私たちの心の親である守護霊、守護神が了解していることなんです。


「于先生、どうぞ厳しく叱ってやってください!」

という場合です。

于先生は素晴らしい霊覚者ですが、同時に素晴らしい人格者です。
 

だから私たち生徒(ハーモニー)は先生を師事しているのです。
 

「私もそのようになりたい!」

 
と心がけるようにしています。わーい(嬉しい顔)


 






ピースポールとは「世界人類が平和でありますように」と日本では、日本語で書かれたものと英語、その他の国の公用語で書かれている先の尖った四角柱の形をしたものです。みなさんも神社や教会などで見られた方も多いと思います。

ピースポールは世界各国で20万本以上も建てられており、平和を願う人々の想いが込められています。

そしてその柱には宇宙からの素晴らしいエネルギーが降りているのです。




http://www.goipeace.or.jp/Japanese/activities/news/2002/02.html


 


 





 

追伸


于先生のこと(お人柄)が特によくわかるご著書は

「無限なる癒し」 「無限次元への誘い」 

です。

ハーモニーの人たちと先生との人間関係もわかりやすく書かれています。

  

1冊目  調和波動気功法 于寿明 三晃書房

2冊目  無限なる癒し 于寿明 星湖舎 (以下同じです)

3冊目  無限次元への誘い  

4冊目  無限なる幸せを体得する方法  

5冊目  無限なる勇気  



電子書籍もよろしくお願いします。(電子書籍にはCD・DVDは付いていません)


電子書籍は

wookという出版社です。

本の名前で検索すると出てきます。


http://my.wook.jp/

 
  于寿明書籍販売ページ




http://utoshiaki.wook.jp/




   
 
  

「ひとり会議」の教科書 より

     
  
于先生に薦めて頂いたこの本ですが、とにかく読んでいて面白いです。わーい(嬉しい顔)

そこでその中で特に響いたひとり会議の手法5の情報収集会議から抜粋してみます。

私は于先生のレッスンで

「雑誌を読みなさい、テレビを観なさい」と言われていました。

私は4次元、多次元は得意?なのですが、3次元は少々うといところがあるのです。

一般の人が考えていること、想っていることが理解出来ないことがある。

それでは真理の話をしても相手の人は親しみが湧かない。

相手の人が理解出来ないと

受け入れられるようにならないと

そこに壁が出来てしまうのです。(自ら作ってしまうのです)

雑誌やテレビから情報を仕入れるのはそういう意味なのか?と思っていました。

しかし、この本を読んでそれだけではないとわかったのです。

目からうろこです。目

よかったらお付き合いください。









本文から



僕の知人に、すばらしいヒットメーカーがいます。

彼女に

「なぜ、いつもそんなに素敵なアイディアが出てくるの?」

と質問したら

「ものをたくさん見て、たくさん感想を持つこと大切だ」

と教えてくれました。


彼女はなんでも気づいたことを、リストアップする癖があるようです。


たとえばあるカフェに入ったとすると、



入り口がちょっと暗い?

メニューが読みにくいかも?

女性が好むメニューが少ない?

フロアは掃除が行き届いているな。

店員さんの元気がない。

センスのいい音楽が流れてるな。



・・・・など、思いつく限り 「感想」 を出していく。

そしてその量がある一定量を超えると、

「カフェ」について、次々とアイディアが出てくるといいました。



たとえ仕事に関係しないジャンルでも

そうやって日ごろから多くの感想を持ち、引き出しを増やし、どんな案件がやってきても、対処できるように準備しているんだそうです。


僕の場合は、カフェのテーブルに雑誌の束をポーンと置いて、ペラペラめくりながら、「おっ」 と心が動いたものを、メモしています。


眺めているだけで、今考えていること、悩んでいることに対して、とても重要な情報が自然にヒットしてくるものなのです。




潜在意識という検索エンジンが拾ってくれるからです。

ランダムに取ってきた情報であっても、

実は、自分がこれから解こうとしている問題のキーや、ヒントになっていたりします。

またはこれからやってくる、問題の予告になっているケースもあります。



なので、情報はじっくり読み込みません。

コーヒーを置いて速読状態です。

誰かとしゃべりながらでもできます。



「これはネットで検索しておこう」 「いつか必要になるかも」と、ノートに走り書きしながら、思考を深めていくのです。




たとえば、

「セレンディビティ」 という単語を見つけ、

「何かを探しているときに、思わぬ発見をする能力・才能」っていう意味なんだと知り、ノートに書き記す。

「日本人のお小遣い年代別リスト」 のような記事もメモするし、気になる人物を見つければ、その人物の本や関連グッズを購入してみる。


そんなふうに手に入れた情報は、不思議なことに、たいてい3日以内に再び登場するものです。(少しばかり予知能力を僕は持っているようです)






1.ひとり会議(情報収集)という予定を入れる。

2.雑誌、本などを情報源となるものを集める。

3.パラパラ流し読み。気になったものを書きとめる。






「ひとり会議」の教科書 山﨑拓巳 サンクチュアリ出版




  


    

アセンションとは考えることをやめること

  

   
一口にアセンションと言ってもそこには、いろんな意味が含まれています。

でも簡単に言ってしまえば人間が肉体意識から宇宙意識、神意識になるということです。

宇宙意識になるということは肉体意識からの脱皮です。

肉体意識では当然のことながら頭でものを考えています。

しかし、その頭とは、テレビで言えば受信器のようなものでいろんな人類の想念の電波(念波)を頭で受けてしまっているのです。

だから周りの人縁のある人がマイナス思考だったらそれに影響され、地球全体が争いや恐怖に満ちていたらその想念が肉体頭脳を襲って来るのです。

空が一つであるように人間の想念も個人個人で肉体で別れているから違うように思っているけど全部繋がっているのです。


だから私たちの頭にはいろんな想念が絶えず入って来る。げっそり


100入って来る想念のうち自分の本心から来るものは一かそれ以下かも知れません。

後の99はいらないもの

すなわち頭で考えていることはほとんどが不要なものなのです。


マイナスのものか、不安にさせるものか、余計なものなのか

なのです。

だからまず100の想念(情報)が入って来ないようにしなければならない

頭で考えることを止めなければならない(想念停止と言います)

そして必要なことだけインスピレーションで受取ればいい


その方法をお釈迦様は

空になれ!

と言われ

キリストは

幼子のようになれ!

と言われ

老子様は

無為になせ

とおっしゃいました。







頭になにも浮かんでこない


あの青空のようなスッキリ爽やかな心境になりたい! 富士山


これはたくさんの人が思っていることだと思うのです。


では、どうしたらいいか?

肉体から意識を外すのです。

肉体から魂を抜くのです。


と言っても判らないですよね。(笑)


では判りやすく説明致します。

私たちはスポーツなどをして汗を流すとスッキリしますよね。ぴかぴか(新しい)わーい(嬉しい顔)

それは例えば野球だったらボールに集中しているのです。野球

肉体に意識はない、肉体から離れてボールにいっている

幽界とは肉体にくっついているのでその世界とは霊界か神界なわけです。

霊界は浄まった世界なので、その世界に行っている間に魂はきれいにされているのです。


ただし、ボールに集中が出来ていなくて

頭で

「エラーをしたらどうしよう」

「ここで打たなければならない」

と思っていると肉体から意識は外れていないのです。

これを力みと言います。

肉体の力しか出ていないのです。

頑張っている、我を張っている状態です。

これでは本来(神界の自分)の力が出ない。

リラックス出来ていないのです。

力を抜いてリラックスしている、頭で何も考えていない、宇宙と繋がっている のが肉体意識ではなく宇宙意識になっている瞬間(とき)です。

そのときには、外からのいろんな想念からも遮断されているのです。


ではその方法とは?

以前にも書きましたが

立っているときには

足の裏

座っているときには

お尻の穴(肛門)を意識してください。

まず、意識を下に下げるのです。

私たちは頭で考えてるときは意識(気)は上に上っています。

感情的になっているとき、怒っているときは

特に気が上がっているのです。(地に足が付いていない)

気を鎮めるには意識を下げなければなりません。

それも肉体の最下点まで下げる

そして最下点は、肉体からも意識は外れるのです。

もちろん肉体から外れた空間(足の下の空間)でもいいのですが

それでは意識しにくいのです。




前に書いた日記で

下丹田(かたんでん)のことを書きましたが

最下点に意識を持って行っているときは下丹田は忘れてください。(慣れてくると両方を意識することが出来ます)

肉体から意識が外れると

頭は空になり、スッキリしてきます。ぴかぴか(新しい)

そして、100のうちに必要な1の情報だけがインスピレーションとして入って来るのです。

1どころか必要な叡智だけが守護霊、守護神を通して与えられるのです。


考え過ぎだと思っている人


頭をスッキリさせたい人


は是非やってみてください。




これでかなり効果はあります。

意識を最下点に下げて

そこに小さくなった自分を置いて

そこで世界平和の祈りを祈るのです。

天地を貫く光の柱の中にいることを意識してください。

意識が強ければ強いほど、光が強くなってバリアが出来ます。

マイナスのエネルギーをはね返してくれるプラスのエネルギー体に自分がなっているのです。 ぴかぴか(新しい) わーい(嬉しい顔)



  



 
 

追伸


于先生の著書には正しい統一の仕方が書かれている本があります。

統一とは本心の自分、神様のみ心と一体となる方法です。

私たちは本心のある神界に繋がらずに

迷いの世界である幽界に意識が行っているのです。

今の肉体界は、幽界が現われていると言われています。

だから幽界に惑わされずに神界に波動を合わせなければ本当の自分を見失ってしまうのです。

この本は宇宙天使からの贈り物です。

正しい統一をして

是非、本当の幸せ感を体得してください。
わーい(嬉しい顔)


    

「無限なる幸せを体得する方法」 于寿明 星湖舎




1冊目  調和波動気功法 于寿明 三晃書房

2冊目  無限なる癒し 于寿明 星湖舎 (以下同じです)

3冊目  無限次元への誘い  

4冊目  無限なる幸せを体得する方法  

5冊目  無限なる勇気  



電子書籍もよろしくお願いします。(電子書籍にはCD・DVDは付いていません)


電子書籍は

wookという出版社です。

本の名前で検索すると出てきます。

http://my.wook.jp/

 
  于寿明書籍販売ページ



http://utoshiaki.wook.jp/


調和波動気功法とは

http://homepage2.nifty.com/hmwave_goldendoor/



  

 

五井先生の講話 (知識や理論だけでは救われない)

  

   
今の地球は神様のみ心を現わそうとする過程


 

人間というものは、この世に何遍も何遍も生まれ変わってきます。

しかし、本当の自分そのもの、生命の本源は、神様のみ心の中に、神界にいるわけです。


神界にいて、霊要素として、神様の世界、霊の世界に生きている。

それで、魂、魄を付けて肉体に生まれてくるわけです。

この肉体に生まれてくるまでに、神様がいろんな作業をし、いろいろな要素を付けまして、肉体の世界に生んでくださるわけです。

そしてこの世で、神様のみ心を現わしながら、しかも自分の業生の因縁を消しながら、そしてまたあの世へ行き、あの世でまた修行をしてこの世へ来る。

それも何遍も繰り返しているうちに、魂がすっかり浄まって、神霊そのものの姿になりますと、もうこの地球界には生まれてこないわけです。

そうすると今度は神様の世界で、地球や違う星の後輩を導くようになるわけなんですよ。


ということは今のこの地球世界は、神様のみ心がすっかり現われきっていない、トンネルを掘りながら進んでいるようなものなんです。

だから泥もかぶれば埃もかぶり、魂が真っ黒になりながら神様のみ心を現わそうとして、突き進んでいるわけです。

ところが普通の人には、それが判らないわけです。

そこで先に気づいた人が、こんなに汚れている世の中に見えるけれども、こんなにつまらない世の中に見えるけれども、実はこれは神様のみ心を現わすための過程なんだと、神様のほうに想いを向けてゆくわけですね。





 
学問を究めてゆくと

 

その向け方には、哲学的に、学問知識を詰め込んで向けようとしてゆくか、または学問知識を超えて、ただ阿弥陀様は有難いんだ、世界平和の祈りは有難いんだと教わって、ただ単純についてゆくかの、二つがあるわけですね。


法然さんなんかは、非常に碩学(せきがく)といって、深い学問をした人です。

僧侶の中では、法然さん以上の学問をした人はいないと言われたほどの、立派な学者ですね。

その学者の法然さんが、難しい仏教学をやっていてもとても人類は救われるものではない、これではダメだというので、パッと悟ったわけです。

それで阿弥陀様にすべてをお返しして、阿弥陀様の方からすべての生命(いのち)を頂き直す、そういうふうに、寝ても覚めても、明けても暮れても、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・・・・、と阿弥陀様の中に入りきって生活していたわけです。


あんなに学問をして、いろいろな理屈を知っていた法然さんが、知識や理論では人間は救えないんだ、と率先して全託行の中に入ってしまったわけね。

だから今の学者先生方が宗教をバカにしたり、祈りなんかなんだって言うのは、それは学問を究めていないわけなんですよ。

本当に学問を究めてゆくと、哲学なら哲学、宗教学なら宗教学の奥を究めれば、想念、行為全体で実践してゆく以外には道がないことが明らかになってくるわけです。







守護霊、守護神を認めない人は・・・・・・

 

何故かと言いますと、この肉体が現われる前、幽界が出来る前、神霊の世界だけしかなかった時代があるわけです。

それがだんだんと光を広げてまして、幽界が出来、肉体界が出来たわけなんです。

そうすると、一番初めは神様が一つでしょ。

それが個々に別れて、いろいろ出来てくる。

最後には神様全部が調和して、地球も含めたすべての世界が、本当の神様のみ心を現わした、大調和した世界になるんです。

でもその過程としては、みんな別れ別れになるものですから、別れ別れになって現われた、その隙間がどうしても出来るわけです。


その隙間が業なんですよ。

一つが別れます。 そうするとどうしても、流れが歪むわけですね。

その歪んだ姿が、神様を離れた姿になる。

それでこの地球世界のように、悪や不自然な姿、不調和な姿が現われてきたわけです。

その穴埋めをするために、守護神さん、守護霊さんが現われているわけですね。

それを浄土門的に言えば、人類救済の光としていらっしゃる阿弥陀様です。

その穴埋めによって、この地球の人類は救われてゆくわけなんですよ。


だからどんな理屈や理論を言っても、守護霊、守護神を認めない、本当に阿弥陀様の救済を認めない人は、救われないわけです。

自分の力だけでも救われる、と言う人もあります。

でも、空になればいいんだ、我を捨てて空になればいい、と座禅観法しても、業の流れが間断なく襲ってきます。

空になるにしても、守護霊、守護神に業想念を止めてもらわなければならないんです。

そこで私は空になる、というような、そういう難しいことをしないで、単刀直入に、守護霊さん、守護神さん有難うございます、世界人類が平和でありますように、と教えているんです。

この世界人類が平和でありますように、というのは、神様のみ心がこの世に現われますようにという意味ですね。

神様の完全な姿がこの世に現われると、世界が平和になるんです。




    (昭和48年2月のご講話から) つづく




  
 









感想



その学者の法然さんが、難しい仏教学をやっていてもとても人類は救われるものではない、これではダメだというので、パッと悟ったわけです。


然さんは肉体世界では誰よりも一番頭の良い人だったのです。

その法然さんが肉体意識で悟ろうとしたけれど、徹底的に学問は究めたけれど、その先には悟りの世界(神様の世界)はなかったわけです。

そこでこれまでの研究を全部捨てて、仏さま(神さま)の世界に飛び込んでいった。

この全部を捨てて、神様のふところに飛びこむことを全託というのです。

肉体世界には、悟りの要素がない!と完全に割り切ったからこそ、徹底して全託が出来たのです。

みなさんは徹底して法然さんみたいに3次元を生きていないのか?

自分は中途半端なんだ

と思っていると思います。

でも、2012年にアセンション(次元上昇)するということはもう3次元での修行は終わった

もう学問も究めることもしなくていい

ただ、神界に波長を合わせて

本心の自分と繋がればいいんだ

ということなんです。

「わたしなんてまだまだ修行が足りません」

と謙遜している人がいますが

それは違うのです。

私たちは法然さんのように3次元はもう究めているのです。

後は、本当の自分と遭うだけなのです。

それがこの世に生まれてきた目的なのです。

私たちの天命は自分探しの旅に終止符をうつことなのです。






世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます



   


2010年10月 1日 (金)

下丹田をふるわせる

  
  
もう一つ、気功について書いてみます。

これも先日のセミナーで于先生がおっしゃっておられたことです。

みなさんは丹田(たんでん)をご存知ですか?

上丹田(じょうたんでん)、中丹田(ちゅうたんでん)、下丹田(かたんでん) と人間の身体にはエネルギーが出入りする主なチャクラが3つあるのです。

他の4つのチャクラはここでは説明はしません。


上丹田は眉毛と眉毛の間、印堂であり、キョウともいい、チャクウともいいます。

胸と胸の間を中丹田

そしてへその下3.5cmを下丹田といいます。


実はこの中で下丹田がとても重要なのです。

4次元のエネルギーと3次元のエネルギーが交差するところだからです。

まず宇宙からのエネルギーが頭のてっぺんの百会(ひゃくえ)というチャクラに入り、身体の中の60兆の細胞にエネルギーを与えて、足の裏(湧泉)から地球の中心へと流れて行きます。


つまり縦 ↓ のエネルギーです。

4次元の宇宙からのエネルギーです。

そのエネルギーと交叉し交わるところが下丹田(かたんでん)なのです。

3次元にそのエネルギーを横に流して行きます。━


これが十字架の意味であり、プラスマイナスのプラス+になるわけです。


私たちは宇宙から受取ったエネルギーを3次元(つまりこの世)に流すときにきれいなエネルギーをそのまま流さなければならないのです。

しかし、わたしたちはきれいなエネルギーを出してはいません。げっそり

植物は、二酸化炭素を吸って酸素を出しているのですが

わたしたちは悪いエネルギーを吸って、そのまま悪いエネルギーを出してしまっている。

だから地球は汚れてしまったのです。げっそり

ではどうしたらいいか?

先程書きました、吐く息を意識して世界平和の祈りを祈る

のももちろんですが

私たちは、この下丹田を意識して

そこでエネルギーを浄化させることが出来るのです。

3次元でも4次元でも多次元でも

大切なのは集中力です。

太陽の光を一点に集めれば、火をおこすことができる。

それを下丹田でするのです。

虫メガネの役割りを下丹田でする。

それも下丹田をふるわすことでより強固にするのです。

すると3次元が早く整ってくるのです。

この世を善くするためにはエネルギーを浄化しないと

どうしようもないのです。

それは宇宙は、地球は

波動(エネルギー)で出来ているからです。

ちょっと難しかったですか?

でもそうやって地球を浄めている人たちがいるんですよ。わーい(嬉しい顔) ぴかぴか(新しい)





世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます



   









追伸

このことは、于先生のご著書

調和波動気功法 三晃書房 を読まれるとよく理解出来ます。本



  


  

息を吐くことを意識する

  
 
  
気功と言えば、呼吸法を思い浮かべる人が多いと思いますが

呼吸をするというのは



吸う・・・・宇宙のエネルギーを身体の中に入れる

止める・・・そのエネルギーを身体中の細胞に行き渡らす。

吐く・・・・身体の中のエネルギー(老廃物)を出す



という意味があります。

どれもとても大切なのですが、于先生は先日の調和波動気功のセミナーで息を吐くことに意識をしてください。

息を吐き続けるようにしてください。


とおっしゃいました。


これはどういうことかと言いますと


私たちは息を吸っているときに宇宙からのプラスの無限のエネルギーだけでなく、地球を取り巻くマイナスのエネルギーも吸ってしまっているのです。

人類の想いのエネルギーは強烈です。

想いというのはいつも書いていますように

相手の心と書きます。

私たちが息を吸って、何かを想っているときにはもう

本当の自分ではなく、他人の想いをもらって

それを自分の想いだと錯覚、誤解、想い違いをしているのです。

神界にいる本当の自分とは違う自分に想念がなってしまっている。

これはほとんどの人間がなっていることではあるのですが

このことがたくさんの不調和を巻き起こしているのです。


ならば、


ずっと本心に繋がっていくにはどうしたらいいか?


それは呼吸法にあるのです。


吸うことは意識しなくてもいいのです。


息を吐くことだけをしていても、吐き切った後で


一瞬で息は吸っているのです。


吸う時間を極端に短くして吐くことに意識を置く。


吐くとはすなわち、想いを放つということです。


私たちは一日のうちにマイナスの想念エネルギーを嫌というほど吸っている、身体に入れているのです。


マイナスの想念エネルギーでガンジガラメになっています。


想いの鎧(よろい)を着ているようなものです。(想いは重い)


それをスッキリ軽くするには


息を吐き続けること 


もちろんそこに


世界平和の祈りを入れていくと


完璧ですよね。わーい(嬉しい顔)  手(チョキ)




世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます



   

« 2010年9月 | トップページ | 2010年11月 »

最近のトラックバック

2017年5月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ