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2010年9月10日 (金)

自由解脱するために

 
   
私たちは、日常すぐに感情的になります、というよりなってしまうのです。

例えば家族とかは、業因縁の消し合いをするために生まれ合わせて来ているので、過去世ではかたき同士、恨みつらみがたくさんあった相手なのです。

だからふとしたことから昔の恨みが甦ってきて、なんだかしらないけどむしょうに腹が立ってきたり、よくないことだとわかっていてもカンに障るような言葉を発してしまう。

そして火に油を注ぐ結果になってしまうのです。

殺傷事件にもなったりします。

おまけに今生の出来事も加わるわけですから感情的にならない方がおかしいくらいなのです。

でも、感情をそのまま出してしまったら人間関係は壊れてしまう。げっそり

家族関係は崩壊してしまう。げっそり
 

だから我慢をする


だけどそれは消えたわけではないので、溜まりに溜まった感情はどこかで爆発をする・・・・・。



いったいどうしたらいいのか?


それは真理をしっかりと把握した上で解決策というのは見つかるのです。



ここに五井先生の講話から抜粋したものがあります。


興味のある方はお付き合いください。





 
自由解脱するために



人間一人一人は仏さまで神さま




人間というのはみんな仏さまなんです。

一人一人そうなんです。

誰も仏さまでないものはいません。

全部仏さまです。

言い換えれば神の子なんですね。

神の子でないものは一人のいない。

神さまから出てきた神の分霊でないものは一人もいない。

全部が神の分霊なんです。

その神の分霊が本当の自分なんであって、怒ったり、妬んだり、恨んだり、叱ったりいろいろする、そういうのは業想念といって、神さまの子であることを忘れてしまった想いが積もり積もって、癖になり、習慣になって、怒ったり、妬んだりするんです。


そういうことをはっきりと認めなければだめです。


だから今、自分が腹が立って腹が立ってしようがない。


「あのヤロー、帰ったらひっぱたいてやんなきゃ」と思っている。


そう思っている時に ━ 思いながらいいんですよ。


思いながら「ああこう思っているのは業のほうの自分だなァ、私は本当は神さまなんだ、ちょっと思えないけど、神さまなんだ」 とやるんですよ。

腹が立っている時なかなかそう思えるもんじゃない。


こんちくしょう!

と思った時

「私は神さまの子だ」 なかなか思えないけど、思えなくてもいい。

嘘でもいいんだ。

「神の子だ、と先生が云ったんだから、きっとそうだろう。神の子だ。こんちくしょう。神の子だ、こんちくしょう」と家に帰ってから云いなさいよ。

そのうちに「こんちくしょうは消えてゆく姿。こんちくしょうは消えてゆく姿」とやっているうちに、怒りが直っちゃう。直らないまでも、だんだん薄くなってしまいます。

自分のところに出てくる自分の心を不安にする想い、いらだたせる想い、波立たす想い、心臓をパクパクさせる想い、そういう想いはすべて、消えてゆく姿なんです。

消えてゆかないものは一つもないんです。

みんな消えてゆくんです。

腹が立って腹が立っていくらも腹が立って、たくさん積もるように腹が立ってもいいです。

腹が立ったままでいいから 「消えてゆくんだ、消えてゆくんだ、消えてゆくんだ」 と云いながら帰りなさい。

そうすると、消えてゆくんだと思わないで腹の立ちっぱなしで行く人よりは、

「こんなに腹が立っても消えてゆくんだなァ、これは私の本当の心じゃない。消えてゆくんだ、消えてゆくんだ」 とやっている人のほうが、業が現われてもわずかです。

「このヤロー」がわずかですんでしまいます。

しまいにはこんなにうすくなっちゃいます。

というようになるんです。

妬み心でも同じです。

よく宗教的な人、いい人に限って

「自分はだめな人間だ」 と云うんですね。

自分はだめな人間だということは、人間は神の子じゃないということと同じなんです。

「自分はだめな人間だなァ、自分はだめなんだ」と思う想い、自分は神さまの子じゃないという想いと同じなんです。

そうではなくて、自分は神さまの子なんだから、だめな想いというのは消えてゆく姿なんですね。

自分はだめだなァと思う想い、否定の想い、自分はいけないいけないと思いながら、憂うつになってくる。

何だか知らないけど憂うつになってイライラッとしてくる。

みんな経験がありますね。

経験のない人なんか一人もいない。

あるいは淋しくて淋しくてしようがなくなってくる。

いたたまれないほど淋しくなることあるでしょ。

そういう想いはみんな自分じゃなくて、業想念の波がひっかかってきたんです。

自分の責任に思わなくていいんですよ。

ひっかかって来たんだから、ひっかかって来たやつを、天のほうへ放てばいいんです。

それは消えてゆく姿なんです。




                 つづく





     「自由解脱への道」 五井昌久 白光出版




  


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