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2010年9月29日 (水)

自分の動かしかた


  
やろうと思っているのにすぐにやれないことってありますよね。

やろうという感情よりも、やりたくない、めんどくさいという感情が勝ってしまう。

そして時間だけが、刻々と過ぎていく・・・・・。

そして、自己嫌悪に陥る げっそり

これは誰にでもあると思うのです。


そこで昨日ご紹介した本にそれに対してどうしたらいいかというヒントが書いてありました。電球

使えそうです。わーい(嬉しい顔)

みなさんもよかったら参考にしてみてください。








ToDoをどうやって、パッと実行に移すか。



どうも気分が乗らない。 人間なら必ずある精神状態です。

その状態を振り切って、「やるしかない!」と無理をする。

それもいいかもしれない。けれど、心がねんざしたり、ケガしたりします。

心とは長いお付き合いになるので、やさしく接してあげましょう。






「ちょっとだけ、やってみない?」

がスタートのきっかけです。






今日はあんまり気分が乗らないから、軽くやってみよう。

たいした成果がなくてもいいからね。

そんなふうに、なだめるように語りかけてあげる。

すると、いつの間にか 「いい感じ」 で動いている自分がいるかもしれません。





コツは 「がんばらない」 ことです。 

人は身体的にもリラックスしている状態が、

才能をもっともよく発揮できます。



努力感や疲労感がないと、がんばっていないような気がして

まるで自分だけサボッっているような気持ちになるかもしれません。

でも 「リラックスして、がんばること」 に慣れましょう。



肩の力を抜きながら、いかに大きな結果を出すか。

それがあなたにとっては、一番大事なことなのです。








ポイントの整理


気分が乗らないとき、次のどれかをためしてみる


1.「ちょっとだけやってみない?」 と自分に声をかける。

2.「どうすればこの作業が楽しくなるか?」と自分に質問する。

3.まずは簡単な作業を、まるで芸術作品のように、丁寧に時間をかけて仕上げてみる。

4.「今からこれをすると、なにが手に入る?」と自分に聞く。

5.「ねばならぬ」気持ちになったら仕切り直す。







「ひとり会議」の教科書  山﨑拓巳  サンクチュアリ出版




  
  


幸せになるには?

  
   
  
「自己限定をしなければ、幸せになれる」

 
先日の調和波動気功セミナーで于先生がおっしゃっておられました。

確かにそうです、私たちは自分で限界を決めてしまっている。

決めつけてしまっている。

そして他人とすぐに比べるのです。

「あの人と比べて自分はダメだ!」

「あの人はあそこまでやっているのに自分はここまでしか出来ていない」

一日のうちに何回思ってしまうでしょう。

その度に落ち込むのです。げっそり

どんなに優れていると思われている人でも


人も羨む才能を持っている人でも


人と比べたら、自分の限界を決めてしまったら


その時点で 


不幸になってしまうのです。


幸せになるためには

まずは


自己限定をやめることから


はじめましょう。



  

2010年9月28日 (火)

「ひとり会議の教科書」という本

  
  
先日、調和波動気功のセミナーで于先生が、今読んだらよい本をご紹介してくださいました。



「ひとり会議の教科書」 山﨑拓巳 サンクチュアリ出版

「考えを整理する技術伝える方法」 奥村隆一 PHP




の2冊です。本

今日、大阪梅田の紀伊国屋さんで購入したばかりなので「ひとり会議の教科書」をまだ読み始めたばかりです。

でも、すごく面白そうなのです。

みなさんも自問自答されることって結構あると思うのです。

人間は本当に悩んだときはひとりになりたがる。

それは、答は自分の心の中にあることを本能で知っているからだと思うのです。

坂本竜馬は幼少期は、かなり他の子どもと比べて言葉や理解が遅かったのだそうです。

でもその期間に竜馬は、自分と対話していたのだと思うのです。

つまりここにある

“ひとりで会議をしていた”

肉体の自分が別の自分と対話していた。

その別の自分とは守護霊のことなのです。(本には書いていませんが)

守護霊様は先祖の悟った霊ですが、仕事に関することを司っていたり色んなことを経験しているスペシャリストです。

この世のどんな立派な肉体人間よりも頼りになります。

そんな凄い?人が別の自分でもあるし、守護霊様なのです。

だから肉体人間の他人なんかに頼らなくてもいいのです。

この本はそんなことを教えてくれます。

次の「考えを整理・・・・」も面白そうです。



また読んだ後で感想を書きますね。本 わーい(嬉しい顔)





「ひとり会議の教科書」 山﨑拓巳 サンクチュアリ出版

「考えを整理する技術伝える方法」 奥村隆一 PHP



  

 

2010年9月27日 (月)

無限なる勇気

  
   
  
昨日、調和波動気功セミナーに行く、電車の中で日経新聞を読んでいたら「無限なる勇気」「無限なる癒し」「無限次元への誘い」の広告が載っていました。

26日に出ると、連絡はあったのですが忘れていたのです。

それを何気なく見ているうちに発見したのです。

そしてそのときにその掲載の部分から不思議なエネルギーが発しているのもわかりました。

何かふんわりと穏やかでやさしい波動が出ていたのです。

「流石は、宇宙天使からの贈り物だな」夜

と納得しました。わーい(嬉しい顔) 手(チョキ)


もし、みなさんの中で日経新聞をとっている人がおられましたら

是非、ご覧になってください。(波動が感じられると思います)


于先生の5冊の本は、かなり評判になっているそうです。



真理を求めている人

本物を探している人

病気を治したいと思っている人

アセンション(次元上昇)とは何かを知ろうとしている人

生き方を模索している人

人間とは何かを知ろうとしている人

感動を求めている人

神秘的なものを求めている人

自分は何者なのかを知ろうとしている人

自分は何をすればいいのかを探している人

神様と一体になりたいと思っている人

スッキリ、爽やかになりたい人

・・・・・・・・・・・・・・・・


この5冊にはみなさんの求めている答が必ず書かれています。

それは宇宙からの贈り物だからです。ぴかぴか(新しい)

自分探しをしている人

是非、于先生のご著書に触れてください。

どの本から始めてもいいですが、一冊読むと他の本も読みたくなります。 



9月26日(日)日経新聞 21面 


宇宙天使からの贈り物

O大使とM大使のお言葉から

~「大元の光」 「天命について」~

于寿明(ウ トキアキ)

「無限なる勇気」

調和波動気功法Ⅴ






「無限なる癒し」

調和波動気功法Ⅱ

━ メソッド&メッセージ ━





無限次元への誘い

 調和波動気功法Ⅲ

━ ピラミッドの秘密 ━



各巻とも調和波動気功法をまとめた実践CD・DVD付






電子書籍もよろしくお願いします。(電子書籍にはCD・DVDは付いていません)


1冊目  調和波動気功法 于寿明 三晃書房

2冊目  無限なる癒し 于寿明 星湖舎 (以下同じです)

3冊目  無限次元への誘い  

4冊目  無限なる幸せを体得する方法  

5冊目  無限なる勇気  



電子書籍は

wookという出版社です。

本の名前で検索すると出てきます。


http://my.wook.jp/

 
  于寿明書籍販売ページ




http://utoshiaki.wook.jp/




  

世界平和の祈りは、中心の神様のひびき

  
   

世界平和の祈りを祈る人は、みんな神我一体になる



そして、“世界人類が平和でありますように” という祈りは誰も彼もが反対できないものなんですよ。

例えば、左翼の人は自分が自覚していないかもしれないけれども、世界人類が平和であることを願っている。

革命を起こすにしても、革命を起こした後で世界が平和になると思っている。

あるいは右翼の人たちでも、武力でもって悪いものを叩き潰して、それで世界が平和になると思っている。

ところがうちの教えは敵を武力で叩き潰すわけでもなければ、イデオロギーで叩き潰すわけでもなく、ただ必然的に神様の中から流れてくる

「世界人類が平和であれ」 というひびきを受けて、「世界人類が平和でありますように」 というひびきをこちらから出して、神様の世界と肉体の世界が、まっすぐに繋がっているんです。

そうすると神我一体となるということです。

本当は私だけが神我一体になっているのではなくて、世界平和の祈りを祈る人はみんな神我一体になっている。

ただ過去世からの業がそれを邪魔したりしているけれども、根本としては、世界平和の祈りを祈れば中心の神様と繋がっているわけです。



 
 
五井先生の働きとは

  

また神様というのは、一神であって多神なんです。

宇宙神としては一つであるけれども、さまざまな働きに分かれて、いろんな神々があるわけです。

だからAの神様からAの教祖が出来、Bの神様からBの宗祖が出来て、それぞれに道を説いているわけです。

しかしやがて、最後はみんなが世界平和の祈りを祈るようになってくるわけです。

何故なってくるかというと、すべての神々が救世の大光明の中に入ってしまっていて、そこから流れてくるのは

“世界人類が平和でありますように” というひびきだからです。

これは私が説かされただけなんです。

この肉体の五井昌久という人は、中心の神様から

“世界人類が平和でありますように” という教えを説かされているわけです。

器なんですね。

器でもあり、ラッパでもあり、場でもあり、そういう立場にあるわけね。

だから、みなさんが世界平和の祈りをする時は、神様と直にピッタリとくっついているんですよ。

それを固く信じさえすれば、自分の力がますます強くなってゆくし、不安、混迷する想いがどんどん消えてしまうわけね。

そして私は、世界平和の祈りの前に “消えてゆく姿” を持ってくる。

いくら世界平和の祈りをしていても、煩悩が起こってくるし、もやもやの想いも起こってくる。

しかし、それは今起こっているのではなくて、過去世からの業想念が、もやもやの想いとして現われて、そして “消えてゆく姿” になるんです。

消えてゆくに従ってそれだけ減るのだから、かまわず世界平和の祈りを祈っていれば、世界平和の光がどんどん広がって、もやもやの想いはどんどん消えてしまう。


神様の世界では、すでに地上天国が出来上がっているんです。


出来ているのが、ただ現われてくればいいだけなんです。


それはどういう姿かというと、みんなが平和を祈って、みんなが平和な心境になっている姿です。


それがやがては現われる。現われるけれど、時間がかかります。


そのかかる間に、過去世からの相対的な想い、排他的な想い、自分だけが良ければいいんだ、自分の国だけが幸せであればいいんだ、というような、間違った想いが、どんどん現われては消えてゆくわけ。


だから、どんなものが現われてきても、かまわず平和の祈りの中に入っていればいい。

 
救世の大光明の中に入ってさえいれば、やがては個人も人類も、平和になるに決まっている。


それを私が神様から教わって、皆さんに教えているわけです。


              (昭和43年5月)










感想

 
五井先生とは一体なんなのか?

グッドムーンのいう于先生とは一体何者なんだ?

これまでこの日記を読まれた人はきっと???????・・・・・・・・・・・・だと思います。(笑)


一言でいうと自分というものが何~んにもない

空の人なのです。

それもただの空ではなく、宇宙が果てしなく無限なように空の奥にも空があるのですが、果てしなく空の人?なのです。

自分がないということは、人や物との壁がないということです。

なんにもないのでどこまでも意識が拡がっていくのです。

そしてその意識は宇宙大になる。

これが宇宙意識、神意識なのです。

宇宙の意識はすべてを含んでいるので、どんなことを瞬時にわかってしまうのです。


人の想念も地球の裏側のことも宇宙の果てのことも


人間も本来はそんな叡智を持った素晴らしい存在なのですが、自分を肉体だけと限定してしまった為に、肉体の力(つまり念力)しか働かなくなってしまったのです。

だからみなさん、五井先生、于先生という言葉が出てきても個人だと思わずに

宇宙の神様が五井先生、于先生の器を使って伝えたいことを述べておられるのだと思ってくださいね。


  


  


2010年9月26日 (日)

いじめとは?

  
   
  
今日、調和波動気功のセミナーがあったのですが、そのときにある人が于先生に

「娘が学校に行きたくないと言っています、どうも順番にいじめがあって今、娘がいじめられているそうなのです、どうしたらいいでしょう?」

と質問されました。

于先生は

「いじめは殺人です」 とハッキリとおっしゃいました。

そして娘さんに世界平和の祈りを祈ることを教えること

と3次元的には、先生にいじめの事実を伝えることだと言っておられました。

そうなのです、いじめは殺人と同じだと私も思うのです。

いじめらた子どもが自殺しなければ罪にならず

自殺をしたらいじめた方は罪になるのではないのです。

相手の心を痛めつけることにはなんら変わりはない

痛めつけた時点でもう殺人を犯している・・・・。

そして相手の心を傷つけるとは自分の心を傷つけているのと同じなのです。

この世を去って、次の世界(他界)に行ったとしてもその想念はずっと残ったままです。

恨んだ想念も恨まれた想念もずっと消えないで残っているのです。

加害者も被害者になる。

だから3次元に具現化(現実化)させてもいけないし死んだ後の世界にも残してはいけないのです。

勇気を持って、先生なり、保護者たちに伝えるべきなのです。

いじめによる自殺があっても多くの学校側は

「いじめの実態を知らなかった」と言います。

保護者側に告げ勇気がなかったのだと思うのです。

いじめがあったことを報告すると自分の子がもっとひどいいじめに遭うのではないか?

逆恨みをされるのではないか?

色んな不安もあると思います。

でも、今勇気を出さないと後でもっともっと後悔することになると思うのです。

今生で根を切ってしまわないと来世ではもっと苦しむのです。

来世での苦しみは今生どころではないのです。


今は報告したことによる報復は出来ないようにサポートされています。

匿名でもいいと思います。

というより、生命に関することは目にみえない形で守護霊様、守護神様がちゃんと守って、サポートしてくださいます。

そのためには、当事者である子どもさんが相手の天命を祈り、世界平和の祈りを祈って光を与えることが大切なのです。(保護者である大人たちも当事者です)

その光は子どもたちの守護霊守護神に届き、こどもたちに光を与えやすくなるのです。ぴかぴか(新しい)

光が当ると我に還りやすくなります。

我に還るとは、本心に還るということです。

本心は神界にあるので、神界にいる本当の自分からメッセージが届くのです。ぴかぴか(新しい)

「そんなことやっちゃいけない」・・・・・ って

神界にいる自分とは神様のことです。

神様の世界には、いじめや暴力や悲惨な出来事はないのです。

今は、過去世からの神様を離れた想念(業)が心を覆ってしまっているのです。

その業(カルマ)に光を当てる。ぴかぴか(新しい)

それが祈りで出来ることなのです。

そしてその光プラス、3次元では勇気を出していじめの実態を明らかにする。

明らかにするというのも光を当てることなのです。ぴかぴか(新しい)

人間は光の子なので光が当ると本心に目覚めるのです。


その2つで因縁生は消えてゆくのです。




世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます


  


 

2010年9月25日 (土)

世界平和の祈りは、中心の神様のひびき

  

   
世界平和の祈りは神界との約束事

 


世界平和の祈りが、五井先生との神界との約束事だというのはどういう意味か、ということについて話しましょう。

私と神界との約束事というのは、私の直霊と神界と約束事と言っても同じことなんです。

約束というのはひびきが伝わるということです。

神様のひびきが、肉体のほうへ伝わってくるということなんです。

五井の“五”というのは中心という意味です。

一から十までのまん中が五ですね。

それから易(えき)なんかでも中心が五です。

すべて中心は五というんですね。

そうすると、神様の光が集まっている所が 五 なんですよね。

五井の “井”は井戸ですべてが湧き上がってくる所、中心の光、知恵や力が湧き上がってくる所という意味です。

五井という固有名詞にはなっているけど、実は固有名詞ではなく、そういう役目を表わしているんですね。

お釈迦様も神界との約束があるし、イエスさんも、法然さんも、弘法大師も神界との約束事があります。

そういういろんな約束事があるわけですね。

宗祖というものは、ひびきの世界で神界との約束事をして、それぞれの宗教が出来るわけです。

そして私には、中心の神様の光が伝わってきて、私が知らないうちに “世界人類が平和でありますように” という教えをすることになったわけです。

もちろん私の肉体がやったんではあるけれども、実は神々の中心の働きの場からこちらへ伝わってきた、ということなんです。

 





やがて世界中が世界平和の祈りのひびきを体得する




もっと言い換えるならば、神々が時と場所を選んで、肉体の人間を通していろんな教え方をするわけですね。

神様の知恵や力が流れてきて教えを開く人を、宗祖、教祖と言うわけです。

そういう人はたくさんいるわけです。

たくさんいていいわけです。

しかし、それがやがては統合されて、ひとつの世界平和の祈りのような形に統合されてゆくわけです。

そういう時代になってきている。

昔は他の国との交通や関わりもあまりなくて、自分の国だけのような形だった。

そういう時代に日本なら日本、インドならインド、ユダヤならユダヤ、それぞれの場所でもっていろんな宗教が興ったわけです。

しかし、それがだんだん広がってくると、それぞれの場所で興ったような宗教では、みんな自分のほうがいい、自分のほうがいい、ということになりますね。

お互いが自分の宗教のほうがいいんだ、自分の唱え言のほうがいいんだ、というようになって、宗教があるために、却って争いや何かが起こることになる。

ヒンズー教だけがいいんだ、仏教だけがいいんだ、キリスト教だけがいいんだ、というふうに争っていたのでは仕方がない。

そこで、マホメットも、お釈迦様も、イエスさんもみんな集まって、救世の大光明となり、そこから生まれてきたのが世界平和の祈りなんです。

それが五井昌久という肉体を伝わって、この世に現われたんです。

だからこういう祈りはやがて必ず広まって、世界中がこの祈りの主旨を体得して、その元のひびきを体得して、みんな世界平和の祈りのもとに集まってくる。

こちらでどうしようというのではなくて、自然に広がってゆくのですね。



            つづく






感想

“ 名は体を表わす ” といいますが、私の場合は名字ではなく名前の方に特に その役割り?特徴があるようなのです。


朗(あきら)というのですが、ほがらか、明朗のように明るく朗らかな様は、神様の姿を表わしているのです。


私は以前、于先生のレッスンを受けているときに

「あなたは月が良いいのです。ついているんです。ラッキー(幸運)なんです」

とおっしゃって頂いたことがありました。


そのレッスンの後

「そうなのか私は月がいいんだ月がいいんだ」わーい(嬉しい顔) 手(チョキ)

と何回も嬉しくて繰り返し言っていたのを覚えています。(オメデタイ奴ですよね)わーい(嬉しい顔)


そしてブログを書こうと決意したときに何の躊躇もなく

ペンネームは

グッドムーン(月がよい)にしようと決まったのです。三日月

だから、五井先生のお名前が宇宙の中心を表わしている、光が集まっているという意味がとてもよくわかるのです。


みなさんも偶然付けられた名前だとか名字だと思っておられるかもしれませんが

必ず名前が付く(生まれてくる)前にあなたの天命をまっとうするために神様からその名前が付くようにされているのです。

親や祖父母、知り合いの叔父さんが何気なく、思いつきで付けたのではないのです。

易でも姓名学があります。

姓名学よりももっと深いところ(神界)にその源(みなもと)はあるのです。

人間の運命は想念が変わることによっていくらでも変わっていくのです。

だからほとんどあてになりません。

それよりも心を鎮めて、心の奥深く入っていくと(統一をすると)

本当の自分に出逢えるのです。


その本心を信じることの方がずっとずっーと、素晴らしく、尊いことなのです。

アセンションとは本心との遭遇なのです。





世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)




  

 

  

2010年9月24日 (金)

イチローは天界を現わしている。

  
  
イチローが10年連続の200本安打を達成しました。野球

イチローはバッティングだけでなく、守備も素晴らしいです。

3拍子も4拍子も揃っている、そのすべてが超一流です。

なぜ、そんなプレーが出来るかというとイチローがプレーをしているときは

空になっているのです。

つまり頭を空っぽにして、天からの本当の力をそのまま肉体に降ろしている。

だから普通の人の何倍も何十、何百倍も力が出るのです。

普通の人は肉体からしか力が出せない。

しかしイチローは天界の力を使うことが出来るのです。

それは、オーミング・アップのときのストレッチから準備は始まります。

身体の力を抜いて意識、感情を鎮めて、天界と交信するために統一に入っていく。

本人は統一を自覚してしているのかはわかりませんが、前世からの修行の習慣で自然としているのだと思います。


イチローは地球上に居て、天界の世界を肉体に現わしているのです。
 

こういう人を人は天才と呼びます。わーい(嬉しい顔)指でOK


イチローだけでなく、音楽界にも芸術界にも、もちろん一般の社会でも天の恵みを受けて、現わしている人がいるのです。

イチローはスポーツ界で、天の調べ(波動)を表現しているのです。

そしてイチローの背番号は51番です。

51とは五井先生のことだそうです。

五井先生は、肉体という器を使って肉体界に神界(宇宙)の教えを伝えました。

イチローもその器を使って、肉体界に神界の波動を伝えているのです。
 

五井先生の魂が生きているのです。


今この時期にイチローが偉業を達成したのはすごく意味のあることだと思うのです。




人間よ、空になれ!


肉体意識から脱皮して宇宙意識へシフトせよ!

 


そう言っているように思うのです。




 
世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

我即神也

人類即神也



    

五井先生の講話 2

  

  
神様から生命を頂き直す




個性というものは


それから個性のことを話しましょう。

普通、個性と言いますと、いろんな癖やなんかを個性だと思いますけども、本当の個性というものは、天に七色の光があるわけね。

七つの直霊がある。

その七色の神の光によって、いろんな働きがあるわけです。

その光の色分けのように、赤なら赤の性質がある。

青なら青の性質がある。

それが、本当の個性というものなんですね。

そして個性は存続します。

個性というのは、例えば何の太郎兵衛、何の誰子という名前で生まれた人がいます。

何の太郎兵衛、何の誰子が、ズーとその想いを持ったまま、その魂を持ったまま霊界やなんかに行くわけです。

死んだらそのまま個性がなくなっちゃうかというと、そんなことはない。

それがだんだん浄まって、純化してゆくと、最後には大神様のみ心の一番中央に行っちゃうわけですからね。

だから我々も、純粋無垢になって、何にも自分の我欲がなくて、そのまま神様にまかせっきっていたならば、その人は大神様のみ心の近くに住むわけなんです。

判りますね。


急ぐことはありませんけれども、消えてゆく姿で世界平和の祈りで、徐々に、徐々に大神様の一番近い所に、どんどん上ってゆこうと、そういうわけですね。

それを進化と言うんです。

一番始めにアメーバがいましたね。

それが魚になったり、鳥になったり、いろいろ進化して類人猿になった。

肉体的な進化ではそうですね。

そして、人間は一番進化したボディーを持っているわけです。

しかし、精神的には進化がまだ足りないので、これをさらに進化して、天人(てんじん)になるわけですね。

天に住めるような心の状態になるわけです。

今、そうなりつつあるんですよ。

そういう修行の場が、今生なんです。
 




自分の想いをどこに置くか



人間は常に、自分の想いをどこに置いておくかを一番大事にしなければいけない。

自分の幸せだけに想いを置くか、他人の幸せ、社会の幸せ、人類の幸せを願うところに想いを置くか、それによって自分が神様に近いか、遠いかが決まるわけですよ。


自分が天人であるかそうでないか、それが決まるわけです。


我々は世界平和の祈りを祈って、人々の幸せを願っているわけですから、少なくとも普通の人よりは、心が高い位置にあるわけです。

いいですね。

一人の人の幸せを祈っても、これは愛ですよ。

それが、世界人類が平和でありますように、どうか世界が平和でありますようにと、寝ても覚めてもそうやって祈っている人は、その想いが低いはずがない。

だから、もし低い想いが出たらば、自分だけの我欲が出たらば、これは消えてゆく姿だ、これじゃいけないんだな、神様ごめんなさい、世界人類が平和でありますように、とすぐにお祈りに変えてしまって、いつでも神様のみ心の中に入っている、いつでも人の幸せを祈れる人間になっている、こういうことを徹底してゆかないといけないんですね。

それをやってゆきましょう。

そうしますと、この世の中はとっても素晴らしくなります。

どうぞますます、この平和の祈りの運動が、大きな光に包まれるようにやってください。

お願いいたします。



     


          五井先生 昭和47年12月のご講話より




 









感想


普通に普通に生きていると、肉体に神様の想いが入っている状態は、赤ちゃんの天使のような状態を除いて一生のうちでほんの数回だと思います。

心が澄みに澄み切っていて、何の曇りもない、幼子のように純粋無垢で生きているときなんてそうあるものじゃありません。

私はそんな心の状態のときが一番幸せだと思うのです。

天とつながって、宇宙とつながって、本心とつながっている。

肉体の頭で考えなくても、考える前に体が動く

そしてすべてがうまくいく・・・・・・。

こんな経験は、人間は一度はしているはずなのです。

そして、そうなりたい! と心のどこかではいつも求めている。


そうですよね わーい(嬉しい顔)

実は進化した星の宇宙人(神様)とはいつもこんな状態なのです。

自分の想いが常に神界にあるので自由自在心なのです。

だから宇宙人は不幸がない、悩みや迷いもない

幸せな人?たちなのです。

アセンションというのは何かというと

この幸せな人に なるということです。

それもいきなり、ある日突然なるのではないのです。

少しずつ少しずつ

急に意識が変わらないように徐々に徐々に神様が人間の肉体意識が神意識になるときにおかしくならないように波動調整をしてくださっているのです。

みなさんは気づいておられないと思いますが

今、がその最中なのです。

宇宙からの波動が少しずつ変わって来ています。(判る人もおられます)

どういうことかと言いますと

光が少しずつ強くなって来ているのです。(だから色んなことが起るのです)

そして、その光は器がないと降ろせないのです。

その器とは神意識を持った強い光に耐えられる器です。ぴかぴか(新しい)わーい(嬉しい顔)

その器に人間がなっているのです。

その器がなければ光は降ろせないし器なしに降ろすと地球が破滅するのです。(過去にそれに失敗して地球人類は6回滅びて来ました)

それは祈りがなかったからです。

祈りが足りなかったからです。

そして今、機は熟した

地上天国が顕われてもよい時期になったのです。

それは人間の心の準備が整ったことを意味します。

そしてそれは世界平和の祈りを祈れる人が準備されたということです。

これからたくさんの人がそのことに気づいて

世界平和の祈りを祈り、印を組み、マンダラを描いていく

そして30万の器が完成する。

その瞬間(とき)がアセンションの完成なのです。



世界人類が平和でありますように


我即神也

人類即神也










 
 
追伸

かつて、地球にも神性が現れて神と人間が一体となった時代がありました。

みなさんはピラミッドをご存知ですよね。

ピラミッドには多くの謎があります。

今の科学でも解明出来ていないことがたくさんあるのです。

実はピラミッドは金星の神々の計画で

地球に降り立った聖者と神々とそして人間の3つの力、叡智が集まって出来たのです。

それが真実なのです。

でも地球人には、金星のこともわからないし、神様のこともわからない。

だからピラミッドがどうやって出来たのか?

宇宙人(神々)の目的はなんだったのか?

がわからないのです。

その真実を書いた本があります。




于先生著書の

『無限次元への誘い』于寿明 星湖舎

です。

ピラミッドのことは、肉体意識ではわからないのです。

宇宙と共鳴して宇宙意識にならないとさっぱりわからないのです。

その宇宙意識になったのは村田正雄さんという霊覚者なのですが、その人の器を通して于先生がピラミッドの秘密を書いておられるのです。


そこには神と人間が一体となって、一大イベントを成し遂げた感動の実話があるのです。 泣き顔

読んでいて感動します。泣き顔

これから起るアセンションは、ピラミッド建設のときの再来かもしれない。

読み終わったときに、そう思ったのです。

ピラミッドに興味のある人はもちらん

無い人もこれから地球になにが起るのか(アセンション)がわかる本です。

是非、読んでみてください。

そしてこの本にはハーモニー(于先生の生徒たち)の人たちの言葉がたくさん書かれています。

今いろんなことで悩んでいる人たちのきっと参考になります。


素晴らしい本です。 わーい(嬉しい顔) 本




『無限次元への誘い』于寿明 星湖舎



1冊目  調和波動気功法 于寿明 三晃書房

2冊目  無限なる癒し 于寿明 星湖舎 (以下同じです)

3冊目  無限次元への誘い  

4冊目  無限なる幸せを体得する方法  

5冊目  無限なる勇気  



電子書籍は

wookという出版社です。


本の名前で検索すると出てきます。


http://my.wook.jp/

 
  于寿明書籍販売ページ




http://utoshiaki.wook.jp/




  


  

2010年9月23日 (木)

五井先生の講話(昭和47年12月)

  

    

神様から生命を頂き直す




人のため、神様のためと言うけれど・・・・


 
人間というものは、こういう場合にはどうしたらいいだろう、またこういう場合にはこうしたらいいだろうと、初めから答を作っておいても、その通りにはいきません。

どんな立場で、どんな問題が出ても、スパッと答えられ、スパッと躊躇なく行ないが出来るような、そういう心を作っておくことが、一番大事なんですね。

それにはどうしたらいいかというと、常に自分の想いを、祈り心で神様におまかせしておく ━ 生命は神様から頂いているんだから、それを常に神様にお預けしておいて、毎日瞬々刻々、神様から頂き直して、日々の行ないとする、そういう心に徹しないとダメなんですね。

想いを常に神様の中に入れておいて、一瞬一瞬の行ないが、神様から頂いた生命の行ないである、そういうふうに徹していかないと、いろんな問題の答が出て来ないんですよ。

世の中には枝葉の応用問題が多いですから、あらゆる答があるわけです。

どんな場合でも、優等生の答が出来るのは、常に神様と一緒にいるということ。

自分の想いが神様の中に入っていて、自分の体というものは、いつも神様の生命が使っていてくださる、そういうかたちでなければダメなんですよね。

自分の我というものがあってね、自分でこれは損だから、得だからと思う。

しかし言葉だけで、これは人のためにやっているんだ、とごまかす。

それは実は自分の欲望とか執着とかいうものなんだけれども、これは神様のためにやっているんだとか、これは人のためにやっているんだとかいうふうに、自分や人をごまかすわけね。

ごまかして、それで自分の執着を続けてゆく、というような場合もあるわけですよ。

そうすると、神様のほうではちゃんと判っていますから、それなりの因果応報で、なんか答が返ってくるわけです。

 


 

現象的なことが問題ではありません



ですから、現われてきたことが問題じゃなくて、現われる以前の人間の心というものが一番大事なんですよね。

それを常に、神様の生命の中に、神様のみ心の中に入れておいて、いつでもパッと答が出てくる、自分の行ないが自然に正しいほうにゆく、というような人間にならないと、肉体がなくなって霊界やなんかに行く場合に、いい所へ行けないわけです。


現象的なことは問題じゃなくて、そこでいかに自分の心が素直に神のみ心通りに行なえたか、ということが問題になるわけですね。


現象的なことで言えば、イエスさんなんかは一番損ですよね。


肉体は十字架に磔(はりつけ)になっちゃって死ぬんでしょ。


人のために一生懸命、神様のみ心を説いて磔になる。


これほど損なことはないけれども、そのイエスの行ないによってキリスト教が広まり、少なくとも人類の進化のためには大いに役立っているわけです。

 私なんかもそうですよね。さあ、困った人はみんないらっしゃい、悪いものはみんな私が引き受けます。


どうか人類の業が私に降りかかって、自分が身代りになりますように、ということを思っています。


だから、業が一杯やってきます。


はたから見ればバカなことですよね。だけど、そうしないではいられない、神様のみ心をこの世に行じて、みんなのために尽さなきゃいられないという、どうか人類のために自分の体をお使いください、と思わないといられないという、そういう生き方もあるわけですよね。

それを菩薩心と言うんです。

そういうように、いろんな生き方があるけれども、我々の生き方は、あくまでも神様に想いを全部お預けして、日々瞬々刻々、神様から生命を頂き直して、生活を頂き直して生きてゆく、そういう生き方なんですね。

どうぞ、そのことを覚えておいてください。

そういうことが判っていますと、いざという時に、すぐに祈りに入れます。

いざという時に、すぐに行動に移せます。

例えば、強盗にピストルを突きつけられたとする。

初めはドキッとしますよね。

ドキッとするけれども、その次の瞬間には、五井先生なら五井先生、神様なら神様と思って、スーッと心が平安になります。



                  つづく



 


感想
 

なにか 「感想なんていらないよな」 というくらい素晴らしい文章だと思うのです。

私が何かを書くとせっかくの五井先生の波動が違うものになってしまう。

だから特に書きたいと思うとき以外は、感想はやめてそのまま書き写そうと思いました。

でも少しだけ感想を書きます。(笑)

私たちは、現われてくる現象を観て判断をします。

自分も他人も・・・・・。

結果が良ければ喜び、それでいいのだと思い。

結果が悪ければがっかりして、それを直そうとする。

でも現われてきた結果がよいものであり続けるのか?

また、悪いものが本当に悪いものなのか?

自分ではなーんにも、わかっていないのです。

根拠がない、確信がない。

そんなアバウトな生き方で

堂々と胸を張って安心して生きてはいけないのです。

結果がどうであろうと他人がどう言おうと


結果が出る前に自分の心が本心と同じならば

神様のみ心通りならば

スキーッと澄み通っているならば ぴかぴか(新しい)

信念を持って、自信を持って生きていけるのです。


だからますます

祈りを深めて行こうと

自分に言い聞かせたのでした。








世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます


 
     

2010年9月21日 (火)

本物のお守りとは?

 
  
神社仏閣に行くと必ずと言っていいほど、お守りを売っています。

でも、本当にご利益(りやく)があるのかはまゆつばものです。

本来、お守りとは神さまの波動、エネルギーが入っていてその力で人間を守ってくれるものでないと意味がありません。

つまり、細かい神霊波動が粗い肉体波動を守るということです。

細かい波動とは、H2O、つまり水で言えば、水蒸気に似ています。

水は、固体では氷になり、融けて水になり、沸騰すると水蒸気になる。

肉体は氷のようなもので、物質です。(だから固くて脆く、壊れてしまう)

波動が細かくなると肉体波動から水蒸気のような霊波動になるのです。

お守りを持つということは肉体波動が霊波動、つまり神さまの波動に近づくことをいうのです。

霊波動になった身体は、細かい波動になっているので、例えば交通事故に遭って車がぺシャンコになって誰が見ても即死だという状況であっても身体は、水蒸気のような霊波動になっているのでほとんど怪我をしないというような結果になる。

又は、粗い波動、悪い波動と共鳴しないので、おかしなトラブルや危険な出来事に巻き込まれない、巻き込まれたとしても身心共に、影響を受けることはないのです。

それは神さま(宇宙)の波動に守られているからです。

神波動は、決して粗い波動と交わらない、共鳴しない。

ですから、本当のお守りとは、絶対プラスの宇宙の波動、神波動の波動(エネルギー)が入ったものでないとお守りとは言えないのです。

そんなお守りを創れるのは神様のような意識を持った人

お釈迦さまやキリストのような聖者でないと出来ないことなのです。

今、神社仏閣にそのような人?意識の人がおられるか?

残念ながらいないのです。

お守りを売って、儲けようとは思っていないにしても

ただ、お守りらしきものを作って売っている物の中に神霊波動のものがあるはずがないのです。

気休めで持つのはいいと思うのです。

でもそれが本当のお守りとはいえないのです。

唯一、お守りと云えるものは五井先生の「霊光写真」だと思います。

このお守り(霊光写真)はどういうものかというと

在りし日の五井先生をある人が写真に撮ったのですが

そこには肉体は写ってなく、白い光が写っていたというものです。

神我一体となった五井先生は、肉体波動ではなく、神波動になっていたのです。

つまり宇宙(神)からのエネルギーがそのまま肉体という器に降りて来ていた。

写真とは物質波動(粗い波動)のものしか写らないように出来ています。

水蒸気や空気が写真に写らないのと同じです。

ですから五井先生を写した写真には、神波動が宿っているのです。


詳しくは


http://www.byakko.or.jp/2_goi/goimore/goi_reikou.html


私は、この霊光写真を常時持ち歩いていて、縁のある人たちに渡すようにしているのですが、肉体のその人にはわからなくても、その人の守護霊守護神はわかっておられるので、渡した瞬間にとても喜ばれることがあります。わーい(嬉しい顔)

そしてそのお守りを財布などに入れて、身に付けるようにお願いしています。

于先生は、一度に何百枚も購入されてタクシーの運転手さんからオリンピックに出るスポーツ選手、お相撲さん、一般の人々・・・・etc まであらゆる人に配っておられます。

このように神我一体となった人が写ったもの、創ったものには、神霊波動が宿るのです。

私が最近、于先生のご著書をみなさんにお薦めしていますが、これはただ本の内容が素晴らしいだけでなく

持っているだけで、家に置いているだけでお守りの役割りをしてくれるのです。

そこから神霊波動が出ているからです。(宇宙天使からの贈り物だからです)

それは、インターネットで電子書籍のページを開いても同じなのです。

ページを開くとそこから宇宙の波動が伝わって来るのです。

ですから、きっとなんだか爽やかなスーッとする感覚になると思います。ぴかぴか(新しい)


宇宙の波動はどんなところにでも行くのです。


インターネットは、地球を平和にする目的で出来たのです。わーい(嬉しい顔)手(チョキ)




電子書籍は

wookという出版社です。

本の名前で検索すると出てきます。





1冊目  調和波動気功法 于寿明 三晃書房

2冊目  無限なる癒し 于寿明 星湖舎 (以下同じです)

3冊目  無限次元への誘い  

4冊目  無限なる幸せを体得する方法  

5冊目  無限なる勇気  



http://my.wook.jp/

 
  于寿明書籍販売ページ



http://utoshiaki.wook.jp/




世界人類が平和でありますように


調和波動気功法とは?

  
   
于先生の一冊目の本は、調和波動気功法です。

私がいつも書いている、肉体と守護霊、守護神、宇宙神との関係がもっとわかりやすく図解で載っています。

そしてどうしたら宇宙の法則に乗れるのか?(私たちは小宇宙なのに宇宙の法則から外れてしまっている、だから不調和なことが起るのです)

そのメソッドが書かれているのです。

わたしたちは宇宙人(神)なのに、そのことを忘れてただの肉体人間だと思い込んでいます。

地球が出来た頃は、神霊そのものだったのに、肉体を持つようになってから霊界が出来、想念の世界の幽界が出来て行った。


そして、しだいに神界のことを忘れて肉体界(物質欲)だけに執着して行ったのです。

そのこと(人間と宇宙の仕組み)を、わかりやすく教えてくれます。


そして人間とは光の波動体なのです。ぴかぴか(新しい)


輝き続けていくことが生命を生き生きさせることになります。ぴかぴか(新しい)

この本は、エネルギーを流しつづける方法を教えてくれるのです。

想いを溜めないで、きれいな川のようにサラサラとエネルギーが流れているのが本来の人間の姿なのです。

祈り言葉と共に、物事(現われてくる現象)にとらわれず、呼吸法でエネルギーを流して行くとみちがえるように、細胞が生き生きとしてくるのです。

細胞がキラキラと光り出す。ぴかぴか(新しい)

宇宙からのエネルギーをそのまま受取って、地球の中心に流して行くのです。


天地を貫く光の柱になるのです。 ぴかぴか(新しい) わーい(嬉しい顔)


その姿は、神々しい滝のようでもあります。


そしてそれだけではなく、私たちは日常生活においてどういうことに気をつけて過ごしていけばいいのか?

という心の持ちようも教えてくださるのです。

毎日続けることで心と身体が軽く、爽やかになっていくのが実感出来ます。

気(エネルギー)が整うことにより病気も治っていきます、病気とはエネルギーが病んでいる状態をいうのです。


この本は、宇宙天使からの贈り物なのです。


于先生という器を通して宇宙天使が人間に伝えようとしているものです。

こんな本は、どこを探してもここにしかない!


ハッキリとそう云える時期が来たのかなぁと思っています。


みなさんも調和波動気功を実践してみてください。わーい(嬉しい顔) 手(チョキ)






調和とは  静かで 穏やかで 爽やかな 平和の心をあらわすものである。


波動とは  海の流れ 風の流れ 水の流れ すべての流れの調和のとれた動きをあらわすものである。     


気功とは  宇宙根源のエネルギーを源と発し 調和のとれた すばらしい働きをあらわしたものである。


人間とは  小宇宙であり 大宇宙の子どもである。大宇宙を見ずして小宇宙はありえない。




  

    『調和波動気功法』より 于寿明 三晃書房 





 

1冊目  調和波動気功法 于寿明 三晃書房

2冊目  無限なる癒し 于寿明 星湖舎 (以下同じです)

3冊目  無限次元への誘い  

4冊目  無限なる幸せを体得する方法  

5冊目  無限なる勇気  



電子書籍は

wookという出版社です。

本の名前で検索すると出てきます。


http://my.wook.jp/

 
  
 于寿明書籍販売ページ




http://utoshiaki.wook.jp/





2010年9月20日 (月)

調和波動気功セミナー(ゴールデンドア)へのいざない

 
  
   
これまでにココログやmixiのブログからたくさんの人が調和波動セミナーに参加してくださいました。わーい(嬉しい顔)

今では、東京から毎月参加してくださっている方もおられます。

このセミナーがご自分をリセット(波動調整)する場になっているそうです。

楽しい、為になる于先生の講演が聞けて、美味しい中華料理が食べれる、それだけでも超お得だと思うのですが・・・・・。レストラン


そして新しい、本当の自分を発見するきっかけにしてください。


調和波動気功のセミナーとはそんな素晴らしい会なのです。ぴかぴか(新しい)わーい(嬉しい顔)








  ぴかぴか(新しい) ゴールデンドア ぴかぴか(新しい)


★日時 9月26日(日) 

12:00~13:30 会食

14:00~  于先生講演

★ 大成閣(中華料理)06-6271-5238(禁酒・禁煙)

★ 会費 10、000円(小学生4~6年生 5、000円)



参加したい人はご遠慮なくグッドムーンにメッセージくださいね 。


篠崎携帯 080-1444-0018


詳しくは 調和波動気功とは をご覧ください。


http://homepage2.nifty.com/hmwave_goldendoor/index.htm



オーラ・オーラもよろしくお願いします。



   http://auraaura7.com/  


  
  

過去の結果が現在、未来の原因が現在。

  

    
私たちが今だと思っている今は、実は“今”ではないのです。

「ここは、昔来たことがあるような気がする」

「ここに以前住んでいたような気がする」

「あなたには以前、会っていたような気がする」

・・・・・・・・・・・・・・。

それらはすべて過去世が現在?に写って来ているのです。

今、見ている星が何万光年も前の光であったように

私たちの目の前に現われていることは

今ではなく、過去の残骸なのです。

もう終わったこと、済んでしまったことなのです。

だから目の前に悪い人がいても、それは過去にその人が悪かった姿が写って来てるのであり、現在のその人は善い人になっているのかもしれない。(笑)

みなさんもありませんか?

ずっと前に悪戯をして、こっぴどく怒られ、押入れに入れられたことの出来事を、ちょっとぼけてきた父親や母親がそのことを想い出して

さぞ、今、おまえがやったのかのように

烈火のごとく怒りだして ちっ(怒った顔)

「なんであんなバカなことをしたんだ!反省しているのか!」

と再現されたことが

「そんな自分でもよく覚えていないことを今頃言われても・・・・」

と思いますよね。

今の自分は昔の自分ではない

以前の自分と今とはあきらかに変化、進化している

それと同じように今あなたが見ているその人は過去のその人であって

現在のその人ではないのです。

今、あなたが怒っている、責めているその人は今のその人ではなく

過去世でのその人なのです。

ボケたお父さんやお母さんのように大昔にあったことをつかまえて怒っているのです。

幻をつかまえて、幻想をつかまえて、消えていこうとしているものをつかまえているのです。

つかまえるとまた、潜在意識、想念の中に残るので、それが又未来に再現されて現われて来る。

これが輪廻転生(りんねてんしょう)なのです。




神界 

霊界 

幽界(想念、潜在意識の世界)

肉体界




今の肉体界には幽界が写って来ています。

幽界とは過去の人間の想念行為のエネルギーが蓄積された世界なのです。

過去世における人間の想念、行為が汚れていたから現在が悪く写って来ているのです。

本当の今、未来は肉体界、幽界ではなく、霊界、神界にあるのだそうです。

だから私たちは意識を肉体界に向けるのではなく本当の“今”がある神界(本心がある本当の世界)に向けるべきなのです。

そして今現われているのは、今のその人ではないのだ と赦し、自分も赦し、大きな愛で包んでいく。

そうすると、潜在意識には憎しみではなく、愛が刻み込まれていくのです。

 
幽界の潜在意識が愛に変わっていく・・・・・・。


それがときをへて、肉体界に愛が現われるのです。 わーい(嬉しい顔) ぴかぴか(新しい)


このように真理を知らないと、同じあやまちを何度も繰り返してしまうのです。

だから真理を識って、愛を行じていくことが大切なのです。






過去の結果が現在、未来の原因が現在。

今を大切に、現在が大事。

一瞬一瞬を光明思想で明るく、笑顔で、優しい言葉で、礼儀正しく謙虚で、想いやりを。



 「調和波動気功法」より 于寿明 三晃書房






真理を識り、実践するのに最適なテキストです。 わーい(嬉しい顔)  本


1冊目  調和波動気功法 于寿明 三晃書房

2冊目  無限なる癒し 于寿明 星湖舎 (以下同じです)

3冊目  無限次元への誘い  

4冊目  無限なる幸せを体得する方法  

5冊目  無限なる勇気  




電子書籍は

wookという出版社です。

本の名前で検索すると出てきます。


http://my.wook.jp/

 
  于寿明書籍販売ページ




http://utoshiaki.wook.jp/


調和波動気功法とは


http://homepage2.nifty.com/hmwave_goldendoor/


オーラ・オーラ

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2010年9月19日 (日)

良書とは?

  
  
  
私は良い本とは、読んでいる途中も読み終わった後もスッキリ爽やかになるものが良書といわれるのだと思うのです。

喉が渇いているときに、清涼飲料水を飲んだときのようなそんな感じです。 ぴかぴか(新しい) わーい(嬉しい顔)

そのためには、その本から良い波動が出ていないとダメなのです。

つまり書いている人の心が浄まっているとその響きが読んでいる私たちに伝わって来るのです。

五井先生、于先生のご著書は、神界からの響きそのものなのですが、一般に出ている本でも素晴らしい波動のものがあるのです。

于先生はそんな本を、セミナーの時に紹介してくださいます。

そこでみなさんにも2冊ほどご紹介させていただきます。

きっと爽やかな気持ちになられると思います。




サムライ スピリット 神田瀧夢(かんだろむ) 幻冬舎



アメリカのゴールデンタイムの番組の司会者に日本人で初めてなった人の自伝です。

アメリカに渡ってアメリカ人に伝えたかったことは、日本の心、武士の魂(サムライ スピリット)でした。

武士の武とは、戦うと意味ではなく戈を止める、つまり戦いを止めるという平和の精神なのです。

日本人の和の精神、人と争わない、そして思い遣りの心をアメリカ、そして世界に広めたい。

まさしく世界平和の祈りと同じです。

本の中にも「 May Peace Prevail on earth(世界人類が平和でありますように) 」という瀧夢さんの言葉が出て来るのです。

どんな逆境にも負けない精神は、武士の精神を広めるんだという強い意志から生まれたのです。

読んでいて感動します。

そして瀧夢さんは強いだけでなく、どん底を経験しているので弱い人、落ち込んでいる人の気持ちもわかるのです。

とにかく理屈抜きにめちゃめちゃ面白い本です。
 わーい(嬉しい顔) 本









2冊目


育毛の真理  東田雪子 角川学芸出版



実は私も白髪で悩んでいます。52歳なのであっても当り前なのですが、体は超元気で30歳前半だと思っているのになぜか白髪がかなり多いのです。

わたしだけでなく、若いのにうすい人、抜け毛が気になる人、ケアに悩んでいる人、たくさんおられると思います。

髪とはいったいなんのためにあるのか? という原点を追求してみるとその答がわかるのです。

髪は、頭を守るためにある、髪は血液そのものである、だから人間にとってなくてはならないものなのです。

正しい対処をしていれば、髪はなくなることはない。

髪はいつも私たちと一緒にいる。

神はいつも私たちと一緒にいる。(笑)

髪は頭を守るためにあるので凄く丈夫に強く出来ているのです。

その強い部分をキューティクルといいます。

昔、ワイヤーロープな無かった頃、寺院の鐘を吊り上げるのに女性の髪の毛でなわれた縄が用いられたそうです。

このキューティクルが一本一本の髪にあって頭を守ってくれている。

まるで守護霊、守護神(髪)のようです。わーい(嬉しい顔)

物事は本質がわかってしまえば

後は以外と簡単(シンプル)なのです。

この著者も髪のことで悩んでいる人があまりにも多いことに驚き

その悩みから救おうと髪をとことんまで追求した人です。


その意味では、神田 瀧夢さんと似ているのです。

目からうろこの本です。(世間では、間違ったケア方法が蔓延しているのです)

髪は大事です。

大事な頭を守ってくれるからです。

髪の悩みから開放されます。

是非、読んでみてください。わーい(嬉しい顔) 手(チョキ)





サムライ スピリット 神田瀧夢(かんだろむ) 幻冬舎


育毛の真理   東田雪子 角川学芸出版



  

アセンションについて

 
   
柿の種を植えると柿の木がなり、桃の種を植えると桃の木がなるように善いタネを植えると善い結果が現われ、悪いタネを植えると悪い結果が現われる。


つまり今現われている事柄は、すべて過去に自分や人類がどんなタネを植えてきたか? によるのです。


その過去とは今生だけでなく過去世のものが多い、ほとんどです。


そして私たちは前世でしてきたことなんて覚えていない(苦笑)

じゃあ今起こっていることに責任がないか?と言えば責任はないとも云えるしあるとも云えるのです。

では、その責任の取り方とは?

それはこれから未来に向けて善いタネを植えていくしかないのです。

過去は過去のこととしてやってしまったことはしかたがない(半笑)

だから今現われていることはしかたがないとあきらめるのです。

それが病気かもしれない、貧乏なのかもしれない

過去世において病気になるタネを蒔いてしまった、貧乏になるタネを蒔いていた。

あるいに自分は蒔いていないのに縁のある人や先祖の因縁を引き受けている場合もあります。

でもこの際、原因はもうどうでもいいのです。

要はこれからどうしていくのか?

なのです。

そのために世界平和の祈りは生まれたのです。

世界平和の祈りは過去世、つまり潜在意識の悪い想念を消してくれるのです。

だから現われたとしても大難が小難になったり、最小限度になったり、現われる前に消えることもあります。

今、そしてこれからを善くしていこうとしたら過去世を含めた潜在意識を浄化していくしかないのです。

肉体界の想念は幽界に溜まって行きます。

そして今度は幽界に溜まった想念が肉体界に現われて来る。

つまりグルグルと廻っているのです。(輪廻転生という)

だから肉体界を良くしようとしたら潜在意識(幽界)を浄めるしかないのです。

幽界を浄めることが出来るのは、私たちを守ってくださっている守護霊さま、守護神さまです。

霊界と神界から幽界を浄めてくださるのです。
 

そして肉体界からはわたしたちが守護霊守護神と一体となって、世界平和の祈りで幽界を浄める。(守護霊、神と一体となることを統一といいます)
 

この共同作業で幽界は浄まり


私たちの肉体界は素晴らしい世界に上昇して行くのです。






神界(天国、守護神様のおられるところ、本心のあるところ)

霊界 (守護霊様)

幽界 (過去世、潜在意識の溜まった世界)

肉体界




幽界が浄まると神界の波動(エネルギー)が真っ直ぐに

肉体界に降りて来ます。ぴかぴか(新しい)


地上天国が現われる。


それがアセンションの本当の姿なのです。





世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます






追伸


正しい統一の仕方は

『無限なる幸せを体得する方法』 于寿明 星湖舎 に掲載されています。






  

短所を打消し長所を伸ばす

  
  
ある日の日々の祈り



宗教家や指導者は、その人の長所、短所を認識し、その認識の上にたって、長所が伸びてゆくように導き、短所は何気なく打ち消し打ち消し、してやって、消し去るように指導してやるべきである。
 

因縁を説いて、その因縁を消し去ることを教えぬ宗教は人を救えない。
 

因縁を説いたら、必ずその因縁の消し去る方法を教え、その本体の神である所まで説かねばならぬ。
 

形の世界の運命は、みんな心の影であるのは真理であるが、現在そこに現われた病気や不幸が、その人にとって記憶のある悪想念の現われであることは少なく、大半は記憶に出て来ぬ過去世からのものも含めた潜在意識にあったものであり、或いは祖先や縁者の悪想念に感応している場合も多いのである。




          『日々の祈り』 五井昌久 白光出版

  







感想


ひとくちに病気になるといっても、生活習慣からなるものもあれば、精神的ストレスからなるものもあり、いくら原因を追求してもお医者様もわからないことがいくらでもあるのです。


それは表面に現われた病気を診ている、その少し奥(精神的なもの)を診るくらいにとどまっているからだと思います。


人間とはそんなに薄っぺらいものではない。


肉体の他に幽体、霊体、神体という体を持っている。


そのすべては影響して肉体に現われているのです。


だから心を静めて心の奥深いところに入っていかないと人間というものの本体はわからないのです。


それがわかるのは、お釈迦さまやキリストなどの聖者や賢者だけだと私たちは思っています。


でも本当の真実はなにか? 幸せとは何か?を知ろうとしたのなら、肉体だけに留まっていては、何も解決しないのです。


今はそれを真剣に追求する時代(とき)にやって来ているのです。


わかるときになっている。


その準備は整っている。


だからアセンション(次元上昇)を迎えることになったのです。


ならばどうしたらいいのか?


そのメソッド(方法)は5冊の本に書かれています。


それぞれの本には役割りがあります。

文章でいえば、起承転結のようなプロセスがあるのです。

これから少しずつ本の紹介もブログ(日記)の中でしていきます。






1冊目   調和波動気功法 于寿明 三晃書房

2冊目  無限なる癒し 于寿明 星湖舎 (以下同じです)

3冊目  無限次元への誘い  

4冊目  無限なる幸せを体得する方法  

5冊目  無限なる勇気  




電子書籍は

wookという出版社です。

本の名前で検索すると出てきます。


http://my.wook.jp/







于寿明書籍販売ページ




http://utoshiaki.wook.jp/


調和波動気功法とは


http://homepage2.nifty.com/hmwave_goldendoor/


オーラ・オーラ

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2010年9月18日 (土)

心に響く言の葉

  
  

  
1.戦わずして土俵を降りることほどつまらないことはない。(水木しげる)
 
 
 

1.意志の力で成功しないときには好機を待つほかない。
(以下、ゲーテ)
 
 
 

1.空気と光と友人の愛、これだけ残っていれば、気を落とすことはない。


 
 
 
1.王様であろうと百姓であろうと、自己の家庭で平和を見出す者が、一番幸福な人間である。





1.あなたの心の底から出た言葉でないと、他人の心に響くことはありません。






1.私たちの心は常に楽をしようとします。

でもそれに逆らって、何かを目指して頑張ると

今度は心の中が幸せな気持ちでいっぱいになるように出来ているのです。



 

1.自分を信頼しはじめたその瞬間に、どう生きたらいいのかがわかる。






           

                  ゲーテの言葉より





  




  

みなさんへのメッセージ 2

  
  
光をふりまこう

  
じーと考えてごらんなさい。

いくら選挙をやって、誰が総理大臣になろうと、誰が大統領になろうと、それで地球が救われる、と思う人はいませんよね。

業波動がすごい勢いで回っているのです。

どうしても祈りのような大光明波動で、いっぺん洗い浄めない限り、どんな理屈を言っても、社会政策をとなえても、人間は立派にならないのです。

 この前も言ったと思いますが、我々は掃除夫なんだ、私は光の掃除夫だ、どうぞ光が浄めますように、掃除をしましょう、と毎日、はたきをかけているつもりで祈っているんです。

「世界人類が平和でありますように、世界人類が平和でありますように」 とやっているんです。

世界を磨きましょう、地球を。

毎日地球を磨いて歩くんです。

「ありがとうございます、世界人類が平和でありますように、大地が浄まりますように」 とやるんです。

電車にのったら 「電車の中が浄まりますように、世界人類が平和でありますように」と。

どこかのビルへ行ったら 「ビルが浄まりますように、世界人類が平和でありますように」 といつもいつも光をふりまいて歩くんです。

光をふりまいて歩く男であり、女性でありなさい。

 そういう気持ちで、世界平和の祈りを祈りながら、方々中廻って歩きましょう。

家でもいい、会社でもいい、どこに行ってもそうすると、大きな大きな仕事をすることになるんです。

私も日本も外国も、光をふりまいて歩きます。

やがて海外に行きます。

留守になることが多いと思います。

だから肉体の見える私にとらわれないで、ここ(肉体をさして)を通して、見えない五井先生につながってください。

村田さんの『霊界通信』の本の中にひげが長い五井先生が出てきますが、宇宙神と同じ格式になるわけです。

これ(肉体)は宇宙神までつながっているわけです。

だから「五井先生」と思ったら、大神さまの中へつながってゆくわけです。

これは梯子(はしご)みたいな、エレベーターみたいなものです。

ただ自分だけでは、大神さまというのは高すぎて、なかなかそこまで行かない。

途中で、ちょっとご利益ぐらい与えられて、さらわれたりするから。

現世のご利益なんて大したことないんですよ。

自分は百年たったら死んじゃうだから。

永遠の生命のご利益というのは何か、というと、肉体界にいても、幽界にいても、霊界にいても、神界にいても、いつでも光を放っている、自分は安心立命できるというものです。

そういう大きな利益を得るために、皆さんは、世界平和の祈りをし、想いをつねに神さまの中に入れておかなければならない、とこういうことになるわけです。(昭和47年6月25日のご講話より)





 






感想


アセンションというのは、素晴らしいイベントで無限の宇宙の中でもめったに起らないことなのです。

そのイベントに参加したくてそれこそ無限の宇宙人たち、魂たちが希望をして今の地球に来たがっている。

だけど、その中のほんの僅かの人しか、人間として参加出来ないのです。

私たちは肉体を持って、これから起る大イベントに参加出来ることがどれだけ幸せなことかを噛みしめる必要があると思うのです。

人間として肉体を持って、この地球に住んでいる。

それは三億円の宝くじを何千回連続で当るよりも難しく、超奇跡的なことなのだそうです。

そのイベントとは、精神的な次元が上がるということです。

みなさんの魂がお釈迦様になる、キリストになる。

つまり地球意識から宇宙意識、神意識になるということです。

神意識とは、菩薩様の心です。

菩薩様とは、ここで書いてある掃除夫になるということです。

汚れた地球を掃除しないときれいな波動の地球にしないと次元は上昇しないのです。

波動が浄まってみんなの心がきれいになって、真理に目覚めて、神意識になってはじめて、新しい地球に生まれ変わる・・・・。

そうでないとただある日突然、意識が変わっても

なんの努力もしないで神意識になっても

それはなんの価値もないのです。

神さまはそんな価値のないことをしたりはしない

地球は人間が汚したのです。

その汚した地球を自分たちの手できれいにさせる。

究極の自己責任ですよね(笑)

そのきれいにするメソッド(方法)が

世界平和の祈りなのです。

今、現在、宇宙神と共鳴出来る意識の人が世界中で一万二千人いるそうです。

この数が三万人に達した時が臨界点となり、加速度的に世界は次元上昇する。

于先生の 『無限なる勇気』の15ページに書かれています。

掃除夫なんだから汚れることもあります。

しんどくなるときもあります。

でもその後には、素晴らしい未来が待っているのです。
わーい(嬉しい顔)  夜





世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます





    



  

2010年9月17日 (金)

みなさんへのメッセージ

  
    
私は、ココログ以外にもmixiにも日記を載せていて、今はだいたい毎日100人前後の人が読んでくださっています。

そしてコメントとかは少ないのですが、みなさんが今どういう心境なのか?ということがインターネットを通じてですがよくわかるのです。


それは、自分とか一体なんなのか?

これまで前世においてどういうことをしてきたのか?

だと思うのです。

私の日記を読んで

「凄くよくわかる」

でも多分、他の人にこの日記に書いてある内容のことを云っても

ほとんどの人は

チンプンカンプン です。げっそり

それは前世でやってきたことが違うからなのです。

今同じ30歳だとしても

過去世で散々修行をしてきた人と

そうでない人

魂が古い人

魂が新しい人では

同じ境遇であっても

想うこと

考えること

感じること

わかること

そしてそれによって行動に起すこと

が全くと云っていいほど違うのです。


今二十歳でも古い魂の人は

何百億光年プラス二十歳であるし

おじいさん、おばあさんであっても、

新しい魂の人は何億光年プラス80歳なのです。

つまり二十歳の人の方が精神的、魂的にもずっと大人なのです。

ここに何度も読みに来て下さっている人は間違いなく

かなりかなり魂の古い、そして立派な人たちです。

そのことがよくわかる五井先生のご講話があります。


ご自分とは一体、どんな魂の人なのか?

少しでも想い出して?いただけたら幸いです。わーい(嬉しい顔)






守護霊守護神に守られている



自分に自信を持とう



教えの一番大事なことは何か、というと

「自分は常に守護霊守護神に守られている」

ということです。

教義に書いてありますね。

守護霊守護神に守られているんだ、ということを、ハッキリ認識しないといけない。

人間は一人一人、本当に守護霊守護神に守られているんです。

あなた方が寝ている時にも、じっとうしろから守っていらっしゃる。

悪いこと、災難をはらい浄めていてくださるわけです。

人間は過去世からさんざん、いろんなことをやって来ております。

皆さん方は、どうしてここに集まっておられるかというと、過去世から非常に宗教に熱心で、神々を求めていた人たちなのです。

ご自分では気がつかないけれども、相当いいことをし、人助け、人救いをしている人が多く集まっています。

肉体的にはわからないだけ。

今、八十のお婆さんだったり、六十の男性だったり、今生ではまだ何もしていない。

ただ勤めてただ終わったと思っていらっしゃるけれど、過去世においては、さんざん人助けをしたり、宗教の道に励んだり、統一修行をしたりして、さんざん魂を練りに練った人が集まっているわけです。


私などもそうですよ、三十歳くらいでもって霊覚を得たわけでしょう。

ところが少年の頃から坊さんになって、修行をして、八十歳ぐらいになっても悟れない。

そういうお坊さんがたくさんいるわけです。

私のところに 「どうしたら悟れるか」 と、大僧正といわれるような人が来ることがあります。

どうして子供の時から専門的にやっていて、七十八十になって悟れないのか。

何故、私が三十くらいでサッと霊覚者になったか。

へんな話でしょ。

それは過去世からの修行の差なんです。

昨日も、宇宙の神々の中心の神から、私言われたんです。

「先生は、過去世からさんざん人助けをして、さんざん大きな働きを続けていて、それが積み重なっているので、今度は大神業(かみわざ)をやる宇宙神になるんで、その自覚がもっとほしい」 って

私はどちらかというと、オーバーに宣伝したりしないで、やさしくつつみこむでしょ。

それじゃいけない、ふつうで言うと、もっと威張れ、と言うんですね。

そういうふうに自覚を持ちなさい、というわけです。

過去世でさんざんやっていて、積み重なった徳が大仕事になるんだから、何も謙遜することはない、と宇宙の神々のほうから言って来ているわけです。

皆さんも、過去世において、さんざん修行をして、それで今日になっているんだから、自分にもっと自信を持ちなさい。

自信を持つということは、自分の行ないに対して、正しい行ないに対して自信を持つことです。

自分は迷いには負けないんだ、自分は禍事(まがごと)や罪けがれには負けないんだ、いつでも正しいことしか出来ないんだ ━ そういうのも自信なんですよ。

自分の心、自分の行ないに自信を持つ、ということ。

正しいことより出来ないんだ、という自信を持たなければいけない。

良心に忠実で、良心の前でしか生きられない人間である、ということが正しい人間なんですからね。

あなた方は、過去世からそういう道を進んで来た方々なんです。

だから、つねに自分の想いが神さまと一つになることに慣れている。

だからますます守護霊さん守護神さんがそばにいると思って、


「守護霊さん守護神さんありがとうございます。どうぞ天命がまっとうされますように。世界人類が平和でありますように」

それ一念でいい。

あとは、さんざん前世で修行をしているんですから、ただ一念の念仏ではないけれど、あんなに偉い、学問にも深い法然(ほうねん)さんでも南無阿弥陀仏、といって阿弥陀様にまかせきった。

また親鸞がまかせきった。

それと同じように、あなた方も過去世において、さんざん修行をしたんだから、今度はただ

“世界人類が平和でありますように” という世界平和の祈りにまかせきって、飛びこんでしまえばいい。



もう理屈も何もいりません。



世界人類が平和でありますように ━ それによって自分はこの地球界で大いなる働きをしているんだ、ということを、本当に深く深く、自分の心の中にたたきこんでください。


“世界人類が平和でありますように” とあなた方が思った時には、あなた方を守っている守護霊が少なくとも三体いらっしゃる。

三体以上で、十数体、二十体もあれば三十体の人もあります。

それらの守護霊が一つになって、神々と合体して光を放つわけです。

肉体から手を出したって、一メートルも届かないでしょ。

しかし光の波動というのは、宇宙をかけめぐるわけです。

だから光の波動になりましょう。

紅卍字会(こうまんじかい)というのがありまして、各宗教の教祖とか偉い人がみんな入っている。

私も入ったんですが、向こうからなんという名前が来たかというと、昱修(いくしゅう)、光を修めたもの、という名前なんです。

神さまがくれた名前です。

昱(いく)というのは、大きな光のかたまりです。

それを身に修めた者という名前を、神さまかがちゃんとつけてくれたわけです。

皆さんも光なんです。

ただ私より一寸ばかり小さい、私は大きい光なんです。

だから中心になっているわけです。

亡くなった植芝盛平先生(合気道創始者)は“祈りのご本尊”と言ってくれましたが、祈りの中心なんです。

そういうふうに側(はた)から言ってくるわけです。

それに宇宙の神々のほうからも言って来たから、いよいよ自信をつけてやらなければならない。

ということは私ばかりでなく、皆さん方も、自信をつけなければいけない。

そういう私と一緒にやっているんだから、皆さんも立派でなければならないでしょ。

今生(こんじょう)ばかり見てはだめなんです。

根性が小さいから(笑)

前世でたくさん修行をして、たくさんいいことをしているんだ、と決めてかかっちゃうんですよ。

とにかく私に会える、ということは、いいことをしているんだから。

それに付け加えて、世界平和に祈りをすれば、ますます素晴らしい力を発揮するんだ、サァ、一生の最後を、世界平和の祈りで地球を浄めよう! それ以外に救われることはない。


             つづく




  

不安の心多い人のための祈り

  
   
ある日の日々の祈りより
 


不安の心多き人、暗い心の人たちは、常に天を仰ぐことを実行するがよい。

天からはいつも陽気が降ってくる。

たとえ雨や曇の日であっても、天に心をむけることが大事である。

そして次のように祈るとよい。

 “神様、どうぞ私の心に愛を充実せしめ給え、どうぞ、私を愛深い私にならしめ給え” と。


その祈りを毎日かかさずつづけていることは、細かい種々な願い事をする神まいり、仏まいりより、はるかにはるかに、その人を高い境地に導いてくれるものである。

祈りとは、まず自分の心を空っぽにすることである。

それまでの自分をひとまず捨てて、神だけを自分の心に住まわせることである。

願いごとは、すべて後まわしにすることである。

神だけを自己に住まわせれば、その人の願いごとは、すべて叶うのである。



   


        『日々の祈り』 五井昌久 白光出版







 
感想


素晴らしい!という言葉の意味は、素(もと)は晴れているという意味なのだそうです。

素とは宇宙のこと、つまり宇宙はいつもスッキリと爽やかに澄み切っているということです。

素晴らしい人とは宇宙(素)に直結した人のことなのです。

宇宙はすべて無限のプラスのエネルギー(波動)で出来ています。

そのプラスの波動(エネルギー)がどんなときも地球に降り注いでいるのです。

だからどんなに落ち込んでいるときも、マイナスの渦の中に巻き込まれているときも


空を仰げば

なにかしら心の奥の方から元気が湧いてくるようなそんな気がしてきます。 わーい(嬉しい顔) ぴかぴか(新しい)



反対に落ち込んだり、マイナス想念の中に入っているときは

知らず知らずのうちに下を向いています。

想いは重いので、下の方に溜まっているのです。

心が沈んでいるときは、下に沈んだマイナスのエネルギーと共鳴しているのです。 げっそり

ですから、できるだけ

目線はまっすぐよりもやや上に向けてください。(姿勢も良くなります)

なるべく下を向かないようにしてください。


上を向いて歩いて行きましょう♪





世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます



   

2010年9月16日 (木)

無限なる癒し (電子書籍)


  
無限なる癒しは、于先生の2冊目のご著書なのですが、タイトルの通り持っているだけで癒されるような波動が素晴らしい本なのです。

これからの地球やわたしたちは、どうなっていくのか?

私たちは今起こっていること、これから起ろうとしていることを、どう受け止めたらいいのか?

そしてどうしていけばいいのか?


それがわかる前にリラックスして自分自身が癒されていないとそんなエネルギーは湧いてこないのです。

この本は、癒しの本なのです。

私は気功のレッスンをさせていただいているのですが、教科書として使わせていただいている本です。

みなさんも是非、実際の本、または電子書籍でご覧になってください。


ここでは、無限なる癒しからのメッセージをお伝えします。






 ~宇宙天使からの贈り物 メソッド&メッセージ~

  調和波動気功法Ⅱ

 


今、地球に何が起きているか? 環境汚染、天変地変、戦争、経済の低迷、難病等々…
現在、地球は第七劫、完成期に入っていると言われています。

それに伴い宇宙のあらゆるところから頻繁にエネルギーが、波動が、降りてきています。

このような状況は、すべて人類の業想念波動、不調和の波動、幽波動、霊波動の浄化されていない波動が次元上昇により進化してきているのです。
 
しかし、皆さん安心して下さい。

これらはすべて良くなるのです。全てプロセスです。神霊波動が現れる、光明波動が現れる、調和波動が現れる、段階なのです。さあ皆さん、宇宙法則に乗りましょう! 共鳴しましょう! 宇宙の気と解け合うために、無限なる宇宙絶対波動と無限なる自己生命波動とを共鳴させて、調和波動を呼び起こし、不調和な邪気を消し去るわけです。


それが真の気であり、天地の気であり、和のパワーです。では皆さん、調和波動気功法をご一緒に行いましょう。



    
       
        『無限なる癒し』 より




電子書籍は

wookという出版社です。

本の名前で検索すると出てきます。

http://my.wook.jp/



初本   調和波動気功法

2冊目  無限なる癒し

3冊目  無限次元への誘い

4冊目  無限なる幸せを体得する方法

5冊目  無限なる勇気



于寿明書籍販売ページ



http://utoshiaki.wook.jp/

  

  

2010年9月15日 (水)

無限なる勇気 (電子書籍)

 
  
于先生の電子書籍が発売されて、今日、5冊の本をすべて購入し、パソコンから閲覧してみました。


実際の本と比べてどうなのか?

読みにくいのではないのか?

本の内容、重厚さは伝わって来るのか?


とちょっとドキドキしながら読んだのですが、疑問は無用でした。わーい(嬉しい顔)

拡大、縮小は簡単に出来るし、次のページへの移動もスムーズに出来ます。

重要なポイントに付箋は付けられるし、線も引くことも出来る、印刷も簡単、その他色んな機能が付いています。

まだ使いこなしてはいませんが、やるたびに新しい発見がありそうです。

そしてなんと云っても魅力は、300円で一冊の本が購入出来るということです。

実際に本屋さんに行かなくてもいい、パソコンという本棚に本をしまっているような感覚かな?

これって凄いことだと思うのです。

それに本の中身が実際の本と同様、伝わって来るのです。ぴかぴか(新しい)

今、私は電子書籍で「無限なる勇気」を読んでいるのですが、その中の16ページに書いてある無限なる勇気を抜粋します。

ここには、素晴らしいことが書かれています。ぴかぴか(新しい)

みなさんも是非、電子書籍で于先生の書籍を読まれてみてください。

全部で5冊あるのですが、人間にとって、今の人類にとって必要なことがこの5冊にすべて網羅されていると私は確信しています。


それくらい完璧、パーフェクトな本なのです。









無限なる勇気


皆さんに意識していただきたいこと、それは目的意識をはっきり持つことです。健康、富、調和、愛、希望など、自分の望む姿を具体的にイメージし、意識して日常を送っていただきたいのです。

世の中や目の前に起こる出来事、他人や自分のマイナスに捉われないで、調和に向かっている過程だとみるのです。

特に自分には無理だと自己限定しないことが大切です。

日々の生活でも仕事においても、印、祈りの最中でも注意力、集中力を高めて下さい。

そして多くの経験をし、困難を乗り越え、多くの人に会い、観察し、チェックし、多くの本を読むことで自信をつけていただきたいのです。

時には断念しなければいけないことや、折れなければいけないこともあるでしょう。

それも必要な体験なのです。

そして人生の中で感動と神秘体験を積み重ねていただきたいのです。

東大、京大の学生と先生に

「なぜそんなに勉強をするのか?」とアンケートをしている番組がありました。

すると一番多い答が 「感動したいから」 「極めることによって神秘体験をしたい」 でした。

これはすべての人が求めていることなのです。

実は一番の神秘体験とは印、祈りによって自分が変わってゆくことなのです。

祈りは、感謝と心を静めることからはじめます。

祈りにより自分と周りの空間が爽やかになってゆくのを感じて下さい。

すると勇気は人から与えられるものではなく、自分で創っていくものだということがはっきりとわかってきます。

最大の勇気は爽やかな状態の中にあるのです。

何度も何度も祈るのです。回数を重ねるほど効果がわかってきます。

意識が高くなり、進化すると波長が高く、細かくなり波動がわかるようになってきます。(けれど敏感になりすぎると注意が必要です)

反省と努力を積み重ねながらの実践が勇気に繋がるのです。



  「無限なる勇気」より 于寿明 星湖舎 







電子書籍は

wookという出版社です。

本の名前で検索すると出てきます。


http://my.wook.jp/



初本   調和波動気功法

2冊目  無限なる癒し

3冊目  無限次元への誘い

4冊目  無限なる幸せを体得する方法

5冊目  無限なる勇気






  

迷う時は守護霊さんを呼ぼう


  
ある日の日々の祈り



もし迷う事柄があったら、心の中で守護霊さんを呼びながら、その裁断(さいだん)を願えば必ず何らかの形でその答をしてくれる。

それは他の人に会って、その人の口から聞かされるかもしれぬ。(この場合最初に会った人)或いはピンと直感的にひらめくかも知れぬ。

その答がいかに、現在の自分に都合が悪いように思えても、それは後によくなる方法に違いないのである。

それを信じなければならぬ。

第二直感で出てくることは、業の答であるから、よくよく注意せねばならぬ。

業因縁の答は常に甘い。

都合のよさそうな答が多いので、ついこの答にひきづられることが多いものである。

だから、常日頃、守護霊を信じ、感謝の想いを抱いていなければいけない。




   
       

          『日々の祈り』 五井昌久 白光出版



  


2010年9月14日 (火)

常に祈れ

 
  
 
ある日の日々の祈り


 
人間は肉体の他に幽体とか霊体とか神体とかいう体をもっていて、想念波動が常にどの体の中に一番多く時間を巡っているかということによって、その人の人格が定まり、運命が定まってくるのであります。

その人の想念波動が常に神体の中を巡っている人は、高い人格者であり、神人合一の境地のいわゆる霊覚者にもなり得るのです。

そこで、いつでも守護霊守護神さんに感謝を捧げつつ、世界平和の祈りをしていなさい、と私は教えているのです。

いつでも守護の神霊の加護に感謝の想いを向けていれば、その人の想念はいつも霊界神界に往っていて、肉体界に神界霊界の光明波動を導き入れ易くなってくるわけです。

ですからその人の人格は自然と高くなってくるし、その人の運命もよくなってくるのです。



   

           日々の祈り』より 五井昌久 白光出版








感想
 

私たちはなぜ眠るのかというと寝ている間に肉体界を離れて、幽界、霊界、神界に行っているのです。

なぜ行けるかというと、文章にあるように肉体の他に幽体、霊体、神体という体をもっているからです。

そして寝ている間に守護霊さん守護神さんが必死になって汚れた魂を洗ってくださっているのです。

夜疲れ果てていても朝目覚めてスッキリしているのは、肉体を離れて霊界神界で浄化していただいているからです。

私たちは起きているときは色んなことを考えて悩み苦しんでいます。

しかし寝ているときはその悩みや苦しみはないですよね。

つまり起きているときは肉体に意識があるから悩み苦しむのです。

怪我などをして

「痛い!」 という意識があるのは、肉体に意識があるからです。

寝てしまえば、不思議と痛みはなくなっています。

意識が肉体から離れるからなのです。

つまり寝ている間に私たちは守護霊守護神によって軌道修正され正常に戻していただいている。

霊界、神界につながっているのです。

寝ているときだけまとも?

霊覚者になっている?

お釈迦様やキリスト意識になっている?

・・・・・・・・・・・・・・そうなんです。

私たちは寝ている間にみそぎをして、また起きてドロドロに汚れげっそり

寝て、きれいにしてもらい、起きて汚れ、寝てきれいになり・・・・・・・を繰り返しているのです。


私たちはお気楽に寝ますが、守護霊守護神さまは寝ずに私たちを守りに守り、守り通してくださっているのです。


ですから五井先生は、常に私たちを守ってくださっている守護霊守護神に意識を向けて感謝しなさいとおっしゃっておられるのです。


感謝は光なので、守護霊守護神はとても守りやすくなるのです。ぴかぴか(新しい)


肉体の頭で考えなくても、霊界神界とつながっているので守護霊守護神からのメッセージが届くのです。

マンガ一休さんが、座禅観法をして意識を神界(本心のあるところ)に合わせてピンチを乗り越えていたのは守護霊守護神からのメッセージを受取っていたのです。


だから私たちは守護霊守護神の加護がなければまともには生きていけない。

暗闇を恐る恐る歩いているものなのです。げっそり


世界平和の祈りを祈っていると、そして守護霊守護神に感謝していると天と地を結ぶ光の柱の中に入ってることになります。ぴかぴか(新しい)

光のバリヤが私たちをマイナスのエネルギー(業想念)から守ってくれるのです。

神界、霊界と真っ直ぐにつながっているので自然(頭でどうのこうのと考えなくても)とやるべきことが出来て行くのです。

それが本来の人間の姿です。

進化した宇宙人はみんなそうなっている(笑)

私たちは2012年のアセンションに向けてそうなっていきます。

でもそこには、世界平和に祈りを祈るというツール(道具)がいるのです。

パスポートです。

これから地球はどんどん変わっていきます。

進化して行きます。

どうなるかと申しますと



1.人間がみな穏やかになっていく

2.貧富の差がなくなる

3.病気が無くなる

4.戦争が無くなる

5.天災が無くなる




のだそうです。


2012年から徐々にそうなっていくのですが


人間の想念が奇跡を起こすのです。


宇宙意識、神意識が奇跡を起こすのです。


祈り、印、マンダラによってもっと早く地上天国を顕すことが出来るのです。


祈れば祈るほど早く天国は現われる。


そして、当然、私たち自身にも奇跡は起こるのです。
わーい(嬉しい顔) 




世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます



  



 
  
 

2010年9月13日 (月)

悔い改めは永々と時間をかけてするのではない

  
  
ある日の日々の祈り


 
いつまでも悔いてばかりいては、悪を把えていることになるのですから、その人の神性が表面に表われることが出来ないのです。

悔いも改めも同時に瞬間的にするのであって、永々と時間をかけてやるのではありません。

自分が悪い悪いといつまでも思っていることは、けっして神様のお喜びになることではありません。

神の世界には悪はないのですから、自分の悪でも、悪い悪いといつまでも掴んでいるようでは、その人は神の世界から遠ざかっていることになるのです。

悪を掴むのは自己なり人なりからその悪を消し去るために、一度掴むだけなのです。

それが自己の場合には悔い改めとなり、他人の場合には赦しということになるのです。




 

          『日々の祈り』 より 五井昌久 白光出版






感想

この


「悔い改めは永々と時間をかけてするのではない」

を簡潔に云うと

切り替えを早くする

ということになります。

でも私たちはその尺度がわからないのです。

充分に反省をしなければならない時に、相手に誠意をみせないといけないときに「謝ったのだからもういいんだ」と中途半端な反省をして平気な顔をしているのが切り換えが早いとは云わないのです。

へたをすると無責任になってしまいます。

ここでいう切り換えとは

「悪かった」と充分に反省をしたのなら、いつまでも

「悪かった、悪かった」と反省し過ぎずに

「これからそうならないようにしよう」と意識を変えて、前を向いていくということです。

善い人、真面目だと云われる人は反省し過ぎるのです。(私もその傾向があります)

反省とはうまく出来た漢字で

反省の省は少な目と書くのです。

何事もし過ぎるとそれに捉われてしまうのです。

生命が生き生きとしてこない(エネルギーが流れない)

人間の本来の姿である、神の子が現わせないのです。

それが出来たならば、他人のことも赦せるようになると思うのです。



  


運命を変えるための原理

 
  
ある日の日々の祈り

 


まず自分というものは、自分自身で生きているものではなく、何かの大きな力に生かされているものである、という謙虚な心になることが第一であります。

謙虚になった心で、日々神への感謝を行じなければいけません。

自分が現在おかれている不幸とは全く別に、神への感謝に心をこめてゆく練習をするのです。

今、自分がおかれている不幸な環境は、過去世から現在までの誤った想念行為のためなのであって、これからもその運命がつづくと限っているわけではないのです。

ですから、不幸の中にあっても、この不幸は、今迄の間違った想念行為が消え去ってゆくためのものであって、これからは善くなるのだと思いつづけるのです。

そしてその想いと共に守護の神霊への感謝をつづけるのです。

そうすれば必ず善い方向に変ってゆきます。




   
     
        『日々の祈り』 五井昌久 白光出版





 
感想


この文章の中で


自分が現在おかれている不幸とは全く別に、神への感謝に心をこめてゆく練習をするのです。

というのがなかなか出来ないのです。

何事もつづけることが大切でちょっとやってみたけどうまくいかないから止めた(辞めた)では、なるものもならないのです。

テレビなどで発明した人の努力をみていると、普通の人なら諦めてしまうところを信念を持って成功するまで何回も何回もチャレンジしています。

その信念の中に絶対に成功する道があるはずだという強い意志があるのです。

だから失敗は、成功するための道が絞られていく、見つけやすくなったというようにマイナスをプラスと捉えている。

それと同じように不幸が出尽くした後は、善いことがあるという信念が大切なのです。

それも自分一人でするのではなく、守護霊、守護神が過去世(潜在意識)を消して、大難を小難にしてくれている。

大きな不幸が小さい不幸にしてくれているのです。

いつ不幸が出尽くすのか、いつになったら善くなるのか

などは考えずに(それは守護霊、守護神が決めることなのです)

世界平和の祈りの中に自分の想念を入れていけばよいのだと思います。





世界人類が平和でありますように  ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます




  

 

夫婦は磨き合いの場

  

  
ある日の日々の祈り

 


人間の生まれ更(かわ)りというのは、霊が生まれ更るのではなく、想念(魂)が幽界、肉体界と輪廻している姿なのです。


ですから、普通の人達が人間とみている者は、実は真実の人間ではなく、人間の想念をみているわけなのです。


そしてその想念は法則的に動いていて、殴った者は殴られ、借りたものは必ず返さねばならぬようになっているのです。


それが夫婦間に適用され、過去世の反対の生活を営むようになるのです。


そのことを悟らぬ以上は、いつまでもこの想念(業因縁)の法則に縛られていて、真実の調和した夫婦生活を営むことが出来ないのです。


ですから人間がそれぞれ片寄った感情、誤った想念をもっている現在では、なかなか完全に調和した夫婦というものがなくどこか修正し合わなくてはなりません。




    

            『日々の祈り』 五井昌久 白光出版








 

感想


先日の9月2日の日記で「親子、兄弟はわかり合えないと思え」を書きましたが、では、夫婦の場合はどうなんだろう?

分かり合うことは出来るのか? という疑問を持たれた方もおられると思います。

結論を申しますと親子、きょうだいのように、かなり因縁の深い相手なのは間違いないのですが、努力次第ではわかり合えるようになるそうなのです。(苦笑)

私は、

「家庭をしっかりと整えていきなさい」

「家庭をうまくやっていければどこへいっても人間関係は大丈夫です」

とメンターに云われました。

そして

「家庭で気を抜いたらだめです」

とも云われたのです。

家庭とはリラックスして気を赦し合える場ではないのか?と思っていた私は後頭部をガツンと殴られたような気がしました。


完全に勘違いをしていたのです。


世間一般の常識をうのみにしていたのです。


初めて聴いた人は信じがたいと思います。


でもここで詰まると話が進まないので
 

話を最初の文章に戻しましょう。
 

私たちがみているものは、写っている姿(肉体)ではなく想念(魂)なんだ というところですが、これも、にわかに信じがたいですね。


でも心を澄まして目をつむっていると五感である目は働かなくなりその人の奥の姿がみえてくるのです。

そしてその又ずっとずーっと奥に居るその人が、本当の本来の姿なのです。

魂や心を観るわけですね。

お坊さんが瞑想して目をつむるのは、目を開けてみるとどうしても見えるものに惑わされるからなのです。


お坊さんはこの世に現われているのは、過去世からの幻想だと知っているからなのです。

わたしたちは真実をみているのではなく幻想をみている。


この話もこれくらいにしときましょう(笑)


つぎに


そしてその想念は法則的に動いていて、殴った者は殴られ、借りたものは必ず返さねばならぬようになっているのです。


もなかなか受け入れがたいと思います。


私は今、高校の同窓会の役員をしているのですが、同級生の女子で離婚をしている人がかなり多いのです。

離婚せずにうまくやっている人の方が少ないかもしれません。

そしてその離婚原因とは?

夫の浮気、夫の甲斐性、夫の性格的なもの・・・・・・・etc

あるのですが、たとえば夫の浮気などは自分が今夫に浮気をされているのなら、それは過去世で自分がやっていた浮気を今生で立場が代わってされているのです。

前世では女性は男性だった、夫だった、そして浮気をしていた

だから今生では、そのお返しが来ているのです。

甲斐性がないのも前世の自分は甲斐性がなかったのです。

それで散々相手に迷惑をかけていた。

過去のふがいない自分をみているから腹が立つのです。


話は少しずれますが、いじめもそうなのです。

今、いじめられている人は前世では、散々人をいじめていたのです。

傷つけていたのです。

これは法則なんです。

宇宙の法則は絶対に変わることも変えることも出来ないのです。(大難が小難になることはありますが)


ここで書いたことは一般的ではありません。

聞いたことはあっても本当に理解している人はごくわずかだと思うのです。

でも夫婦関係で苦しんでいる人、真理がわからずに悩んでいる人は、いずれわかるようにさせられるのです。(させていただくのですが)

そのことを世間では試練とか云ったりします。

頭を散々打って気づくこともいいとは思うのですが


守護霊守護神の願いは


出来るだけ頭を打たずに

お互いに心を傷つけ合うことをしないで

苛酷な、厳しい試練を受けずに

そして

因縁生を来世に持ち越すことをしないで


悟ってもらいたい(真理を識ってもらいたい)と願っているのです。


悟ると試練はなくなるのです。


必要(試練が)なくなるからです。





世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます



  



 

 

2010年9月12日 (日)

自由解脱をするために 2

  
  
祈りで神さまの中へ入る

 


消えてゆく姿だよ、と云いながらどこまで行けばいいかというと、祈りの中に入っていけばいい。

「世界人類が・・・・・・」と云えなかったら、たとえばあんまり腹が立ったりなどしている時には 「世界人類が・・・・」と云えないんですよ。

そういう時にはしようがない。

「五井先生!」と呼ぶんです。五井先生の五井もめんどくさかったら

「先生!」と呼ぶ。

なんでもいいから、神さまの光のほうへピューッと怒りのままで、その想いを持ってっちゃうんです。

いっぱいたまっている想いのままで入っちゃうんです。

道ばたでころんじゃって、体にベタベタ泥がついて汚くなっちゃったら、お風呂へバッと汚いままで入っちゃえば、きれいになるでしょう。

お風呂は汚れるけど、汚れたのはまた洗えばいいんだから。

そういうふうに、とにかく汚いままでいいから、自分が業をかぶったままでいいから、自分はだめだとかなんとか、よけいなことを自分で云っていないで、そのままでもって神さまの中へ

「神さま、助けて!」と云って飛びこんで行くんです。

そうすると、神さまが

「よしよし」 とやってくれるんです。

その神さまは誰かと云ったら、自分の本体なのです。

守護霊でもあり守護神でもあり、自分の本体でもある。

その中へ飛びこみさえすりゃいいんです。

自分の仏さまの中へ飛びこめばいいんですよ。

それをみんな、自分でなんとか出来ると思って、自分の仏さまの中へ飛びこまないで、業の中で、あっぷあっぷしてもだめですよ。

自分の心が悪いからとか、自分は妬みの心が多いからとか、自分は恨みの心が多いから、自分はだめだ、なんてそんなことでグルグル回っていたら、いつまでたってもだめです。

ところが、今迄の宗教はそうやって教えたのです。

仏さまを説き、神さまを説きながら業の世界の中で説いているんです。

「怒ってはいけませんよ」

これは業の世界です。

妬んじゃだめですよ。

優しくしなきゃいけません、とやっているんです。

教えているほうも業の世界の中にいながら

「だめですよ、だめですよ、だめですよ」

とだめだだめだと業の中で回っているんです。

いくらやったってこんなもの、よくならないです。

なっても僅かづつしかいかないです。

私の教えているのはどういう方法かというと、ふつうの教えはたとえば、階段を一段一段上ってゆくようなものです。

ところがそれは無限に高い階段なので上りきれないわけです。

私のほうはエレベーターなんです。

そして守護霊守護神という運転手がいるんです。

それで

「これは消えてゆく姿ですよ。守護霊さん守護神さん有難うございます、と云いなさい、サア消えてゆく姿の中に入りなさい。世界平和の祈りをなさい」と云って、戸を開けてくれるんです。


そうしたらだまされたと思っていいから 「ああそうですか」とエレベーターに乗るんですよ。


そして 「守護霊さん 守護神さん」 と云っていると、云っても云わなくても守護霊さん守護神さんはそこにいるんだから、エレベーターに乗りさえすれば、自分は何にもしなくても、スーッと神さまの世界へ持っていってくれるんです。




 
       ━ 『自由解脱への道』 五井昌久 白光出版







 
 

感想


このように神さま、つまり自分の本体の中に入ってしまえばいいんだと書いていても


やってみようと思いつつも


そんな単純な方法で、祈りなんかで世の中が変わるわけがない

と思っている人がほとんどなのです。(無限なる可能性)

でも、それも消えてゆく姿であって

祈りを信じている人(半信半疑の人も含む)がコツコツと祈って、地球の波動を変えていっているのです。

地球波動から宇宙の波動へ変えていっている

目には見えないけど確実に浄まっているのです。

すると百匹目の猿のように臨界点に達したときに

ほとんどの人が

「世界平和の祈りは素晴らしい!」

「この祈りで地球は救われる!」

と悟るわけです。

それまでは、そうなることを信じて祈り続けるしかない

だから愛は忍耐なのです。(笑)

「素直な人っていいなぁ」とつくづく思います。

「それって良さそう!」

と瞬間思って

即実行する。

素直とは素(もと)に真っ直ぐにつながっていることをいうのです。

素とは宇宙のことなんですね。

つまり宇宙と真っ直ぐにつながっている人のことを云うのです。

「神さま私を素直な性格にしてください」

と祈るのもいいですし

充分に素直なら

神さまに感謝したらいいですよね。 わーい(嬉しい顔)






世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます

   
  

   

2010年9月10日 (金)

自由解脱するために

 
   
私たちは、日常すぐに感情的になります、というよりなってしまうのです。

例えば家族とかは、業因縁の消し合いをするために生まれ合わせて来ているので、過去世ではかたき同士、恨みつらみがたくさんあった相手なのです。

だからふとしたことから昔の恨みが甦ってきて、なんだかしらないけどむしょうに腹が立ってきたり、よくないことだとわかっていてもカンに障るような言葉を発してしまう。

そして火に油を注ぐ結果になってしまうのです。

殺傷事件にもなったりします。

おまけに今生の出来事も加わるわけですから感情的にならない方がおかしいくらいなのです。

でも、感情をそのまま出してしまったら人間関係は壊れてしまう。げっそり

家族関係は崩壊してしまう。げっそり
 

だから我慢をする


だけどそれは消えたわけではないので、溜まりに溜まった感情はどこかで爆発をする・・・・・。



いったいどうしたらいいのか?


それは真理をしっかりと把握した上で解決策というのは見つかるのです。



ここに五井先生の講話から抜粋したものがあります。


興味のある方はお付き合いください。





 
自由解脱するために



人間一人一人は仏さまで神さま




人間というのはみんな仏さまなんです。

一人一人そうなんです。

誰も仏さまでないものはいません。

全部仏さまです。

言い換えれば神の子なんですね。

神の子でないものは一人のいない。

神さまから出てきた神の分霊でないものは一人もいない。

全部が神の分霊なんです。

その神の分霊が本当の自分なんであって、怒ったり、妬んだり、恨んだり、叱ったりいろいろする、そういうのは業想念といって、神さまの子であることを忘れてしまった想いが積もり積もって、癖になり、習慣になって、怒ったり、妬んだりするんです。


そういうことをはっきりと認めなければだめです。


だから今、自分が腹が立って腹が立ってしようがない。


「あのヤロー、帰ったらひっぱたいてやんなきゃ」と思っている。


そう思っている時に ━ 思いながらいいんですよ。


思いながら「ああこう思っているのは業のほうの自分だなァ、私は本当は神さまなんだ、ちょっと思えないけど、神さまなんだ」 とやるんですよ。

腹が立っている時なかなかそう思えるもんじゃない。


こんちくしょう!

と思った時

「私は神さまの子だ」 なかなか思えないけど、思えなくてもいい。

嘘でもいいんだ。

「神の子だ、と先生が云ったんだから、きっとそうだろう。神の子だ。こんちくしょう。神の子だ、こんちくしょう」と家に帰ってから云いなさいよ。

そのうちに「こんちくしょうは消えてゆく姿。こんちくしょうは消えてゆく姿」とやっているうちに、怒りが直っちゃう。直らないまでも、だんだん薄くなってしまいます。

自分のところに出てくる自分の心を不安にする想い、いらだたせる想い、波立たす想い、心臓をパクパクさせる想い、そういう想いはすべて、消えてゆく姿なんです。

消えてゆかないものは一つもないんです。

みんな消えてゆくんです。

腹が立って腹が立っていくらも腹が立って、たくさん積もるように腹が立ってもいいです。

腹が立ったままでいいから 「消えてゆくんだ、消えてゆくんだ、消えてゆくんだ」 と云いながら帰りなさい。

そうすると、消えてゆくんだと思わないで腹の立ちっぱなしで行く人よりは、

「こんなに腹が立っても消えてゆくんだなァ、これは私の本当の心じゃない。消えてゆくんだ、消えてゆくんだ」 とやっている人のほうが、業が現われてもわずかです。

「このヤロー」がわずかですんでしまいます。

しまいにはこんなにうすくなっちゃいます。

というようになるんです。

妬み心でも同じです。

よく宗教的な人、いい人に限って

「自分はだめな人間だ」 と云うんですね。

自分はだめな人間だということは、人間は神の子じゃないということと同じなんです。

「自分はだめな人間だなァ、自分はだめなんだ」と思う想い、自分は神さまの子じゃないという想いと同じなんです。

そうではなくて、自分は神さまの子なんだから、だめな想いというのは消えてゆく姿なんですね。

自分はだめだなァと思う想い、否定の想い、自分はいけないいけないと思いながら、憂うつになってくる。

何だか知らないけど憂うつになってイライラッとしてくる。

みんな経験がありますね。

経験のない人なんか一人もいない。

あるいは淋しくて淋しくてしようがなくなってくる。

いたたまれないほど淋しくなることあるでしょ。

そういう想いはみんな自分じゃなくて、業想念の波がひっかかってきたんです。

自分の責任に思わなくていいんですよ。

ひっかかって来たんだから、ひっかかって来たやつを、天のほうへ放てばいいんです。

それは消えてゆく姿なんです。




                 つづく





     「自由解脱への道」 五井昌久 白光出版




  


宗教の極意

     
  
ある日の日々の祈り


 
人間は現在現われているすべての状態を、実際に今起こっている状態と思いがちですが、今、現われている状態というのは、過去において、人間の心の波のなかにあった状態が、今、消えてゆこうとして現われてきているので、そうした消えてゆく姿を把えて、どうのこうのといっていることは、ちょうど幻影をつかんで騒いでいるのと同じことなのです。

この真理を知ることが宗教の極意でもあるのです。

今、私たちが想念し、行為していることは、未来の世界にその結果が現われてくるのですから、過去の現れである現在の状態は、すべて消えてゆく姿と観じて、今、世界平和の祈り一念で生きてゆくことこそ、唯一無二の賢明なる生き方となるのです。





           「日々の祈り」 五井昌久 白光出版







感想


冒頭に宗教と書きましたが、日本人には宗教という言葉に対してかなり偏見があるようです。

私も五井先生の教えに触れ、学ぶに従って、途中でこれは

「宗教なんだ」 と気づいたのです。

しかし素晴らしい教えであるのならそれは哲学であれ、心理学であれなんでもいいのだと思うのです。

以前は

「それって宗教じゃないか?」

と聞かれたとき

「そんなんじゃない!」

とムキになっていましたが

今は

「そうですよ」

と答えています。

宗教だったら世界平和の祈りは祈らない

そうでなかったのなら祈る

というのはおかしいですよね。

これから2012年に向けて

宗教というものは無くなっていきます。

人それぞれが自分の中に本心(神)を見い出すことが出来るようになるからです。

他からの外からの教えが必要無くなるのです。

みんながお釈迦様になりキリストの意識になる。

つまり宇宙意識になるということです。

宗教って宇宙を示す教えってことですけれども

地球意識から宇宙意識になることを、宗教は教えてくれているのです。

宇宙意識になるには、まずは今目の前で起こっていることを幻影だと気づかないとなかなかなれないのです。

まず、幻なんだと気づいて惑わされないようになって

出来事を冷静に見守ることが出来るようになる

不動心になる

すると心の奥がわかるようになるのです。

その心の奥に宇宙があるのです。


その宇宙につながるメソッドが祈りであり、印であり、マンダラであり、統一なのです。




世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます
















追伸


相手の人(他の国の人も含む)を理解しようとしたら、その人の背後にはなにがあるかがわからないと納得できないことが多いのです。

そしてその人の背後(潜在意識)には宗教的なものが潜んでいます。

なぜならわたしたちは過去世でなんらかの宗教をやってきたからです。

その宗教上の教え(善い教え、悪い教え、間違った教え)が私たちの考え方の基本になったりするのです。

だから

「私は無宗教です」

と言っている人でも過去世で何の宗教にもかかわっていなかったという人はいません。

ですからその人を知ろうしたのなら

理解したいと思ったら

「宗教とはなんぞや」

「宗教の歴史は?」

「私の宗派はどんな教えなのか?」

「日本の宗教はどんなものがあるのか?どんな教えなのか?」

「他の国はどうなのか?」

を知っておくと

心の中で合点がいくのです。

例えば相手の人が常識を外れていると思っても(腹を立てたりせずに)

事情を察することができたり

赦すことが出来たり

相手の心と一体となれたりするのです。

そのためにはざくっとでいいから

宗教全般を探索してみるのもいいのかもしれませんね。目 本






お薦め図書



 『世界がわかる宗教社会学入門』 ちくま文庫 橋爪 大三郎



 


2010年9月 8日 (水)

于先生のご著書が電子書籍になりました。

  
  
  
私の気功の先生である于先生のご著書が電子書籍になりました。本


全5冊すべてインターネット、iphone、ipadから閲覧出来ます。(一冊300円で)




これから真理が一気に世界中に拡がっていく・・・・。ぴかぴか(新しい)


地球が次元上昇されていく・・・・・。




私がこれまでに日記に書いてきたことは、五井先生、西園寺昌美先生のご著書はもちろんですが、于先生のご本からもかなり抜粋しています。


于先生の本は、宇宙天使からの贈り物とあるように宇宙からのメッセージが書かれているのです。

ですから、本を持っているだけで素晴らしいバイブレーションが伝わって来るのです。

それは、インターネットの画面からも伝わって来るのです。


みなさんも是非、宇宙の素晴らしい響きを感じてください。


そして、宇宙法則に乗ってください。 夜  わーい(嬉しい顔)




http://my.wook.jp/




初本    調和波動気功法

2冊目   無限なる癒し

3冊目   無限次元への誘い

4冊目   無限なる幸せを体得する方法

5冊目   無限なる勇気




無限なる癒し、無限次元への誘い、無限なる勇気には私(グッドムーン)も投稿しています。


無限なる勇気


http://wook.jp/book/detail.html?id=207096









追伸


調和波動気功法とは



http://homepage2.nifty.com/hmwave_goldendoor/

月一回のセミナー(最新講座のご案内)も紹介されています


今月は9月26日(日) ゴールデンドア です。



オーラ・オーラもよろしくお願いします。

http://auraaura7.com/




   

2010年9月 7日 (火)

人間と動物の相違

 
  
ある日の日々の祈り


 
肉体的構造から見ますと、人間も動物もたいして変っていない。力やその他では動物のほうが勝っていることがたくさんあります。

ところが人間は万物に勝っていることになっており、事実、人間は次々と万物を自分たちの自由にし、膝下に組敷くようなぐあいになっています。

それは人間は思考し、創造する能力が備わっているからです。

人間は動物に劣るその肉体力の欠陥を、その思考力、創造力に託して、機械や器具やその他、種々なものを創って、万物の長となってきたのです。

人間は自己自身を自己自身で創造し得る者、つまり神の能力を自己の内にもったまま活躍し得る創造者なのであり、動植物その他の物は被造物であって、自己自身の力で何ものをも創造し得ぬものであります。






   
        『日々の祈り』 より 五井昌久 白光出版








感想

 
これまでにも人間とは、神さまと動物の間にいるという意味である。

だから、肉体を持った肉体人間とは奥底に神霊が宿っているのに表面では動物のような感情を被ってしまって、本来の姿を忘れてしまっていると書いてきました。


人間には神霊が宿っているのです。

神さまがおわすのです。

だから神性が現れた人間は人間というのではなく、人(霊止)というのです。

「あの人間は」

というのと

「あの人は」

というのでは、響きが全然違いますよね ぴかぴか(新しい)

ひとは純粋な、混ざりっ気のないクリスタルな雰囲気がします。

私たちは人(霊止)なのに人間だと思っているのです。

神様が宿っていて神そのものなのに動植物と同じように神様が作った被造物だと思っているのです。

そして

「人間だからしかたがない」

「神様じゃないんだから」

と真実とまったく違うことを言って

低い意識へと落としめているのです。

人間とはなにか?

人とはなにか?

人と動植物はどう違うのか?

どうしたら人間から人になっていけるのか?

人間とは奥の深いものであり


だから追求していくのは、面白いのだと思うのです。




  


    

ほんものとにせものを区別する法

  
  
ある日の日々の祈りより



やたらに人を信じてよいというものではない。やたらに人のいう通りに行動してよいというものでもない。
 

相手の本心と業想念をよく区別して、相手の業想念のなかにひきずりこまれてしまってはいけない。


そうした本心と業想念の区別をつける最もよい方法は、先祖の悟った霊である守護霊さんと、その上にいて常に守護霊に光を送っている守護神さんにつねに感謝の心を送っていると、守護の神霊の側から、その人の心にむけて、その区別を直感的にか、他の人を介して必ず知らせてくれるものである。


もしそれでもだまされたり、ひっかかったりする時は、それこそ過去世からのその人との業因縁がそこで消え去っていったもので、それも、自己の本心を輝かすために必要なことであったのだ、と思い思いし、世界平和の祈りを祈りつづけることである。




  

        『日々の祈り』 より 五井昌久 白光出版



 






感想


この人はほんものか、にせものか(嘘を言っているのか、自分を騙そうとしているのか)を見分けるのは難しいのです。

それはその騙している本人も騙すつもりがなかったり、悪いと思っていない場合もあるし、本人の意思ではなく幽界のオバケちゃんに取り憑かれている場合もあります。

それがにせもの(業想念)なのか?

神から来たほんものであるのか?

このことを神の目で審判することを、審神(さにわ)といいます。

本来の人間とはこのさにわを一瞬のうちにできるはずなのです。

でも肉体界を迷いの世界である幽界のオバケちゃんが取り巻いている状態ではその さにわ もままならないのです。

今、起っていること、そして近未来に起こること、そして将来に起こることは肉体界(目にみえる世界)ではわかりません。

肉体人間は明日のことさえわからない・・・・・・・。

これから先一秒先のことさえわからないで、目の前が真っ暗な状態でどうしてまともに生きていけるでしょう?

私たちはなんとかかんとかまぐれのように手探りで生きているのです。

神とつながってしまえば、宇宙の法則に乗ってしまえば(神我一体になれば)大丈夫なのですが、そんなことはキリストかお釈迦様の意識にならないと出来ないのです。

では、私たちはどうしたらいいのか?

宇宙(神様)はそんな人間たちのために守護霊、守護神さまを守りに付けてくださったのです。

守護霊さまとは霊界を司っている霊のことです。

守護神さまとは神界を司って、守護霊の指導をされている神霊のことです。




神界(守護神)

霊界(守護霊)

幽界(想念、潜在意識の世界)

肉体界



肉体界で起こっていること(起ろうとしていること)は、幽界で起こったことつまり過去世で起こったことが時間を経て肉体界に写って来ているのです。

霊界にいらっしゃる守護霊さんは霊界だけではなく幽界のことも熟知しておられます。

だからこれから肉体界でどんなことが起るのか?自分が守っている人間にどんな出来事、事件が起るのかは全部お見通しなのです。

人間に起こる先のことがわかっていないと守ることは出来ないのです。

わかるからしっかりと守れるのです。

だから守護霊さま守護神さまは肉体界にいるどれだけ立派だ、素晴らしい!凄い!と言われている人よりも比べものにならないくらい頼りになるし、どんな人よりもあなたのことを大切に思ってくれているのです。

私がこの世でメンター(人生の師匠)はいらない、人(肉体人間)に頼るよりも守護霊守護神に頼ってください!といっていたのはそのことだったのです。

肉体人間はどれだけ素晴らしいといっても、業を被(かぶ)るのです、純粋で無くなるのです。

汚れてしまうのです。

幽界の影響を受けて神我一体にはなかなかなれないのです。


そんな中途半端な人たちを私たちはメンターにしてしまっているのです。


人に頼らなくても、神社などに神頼みをしなくても自分を守ってくださっている守護霊守護神に意識を向けていればいいのです。

一番心強い味方なのです。

ですから肉体界に現れている人、出来事をしっかりと見抜く力(洞察力)、そして審神(さにわ)は、守護霊守護神と一体となって初めて付いてくるのです。


これまでに現れた聖者、賢者はみんな守護霊守護神の存在を知っておられたのです。

だから私たちも守護霊守護神とつながることでお釈迦様やキリストと同じ人?になれるのです。

神我一体になれるのです。わーい(嬉しい顔)

アセンション(次元上昇)とは、人間が神意識になるということです。


世界平和の祈りは、守護霊守護神に感謝して守りを強くして戴き、そして神界(本心)、宇宙とつながるメソッド(方法)なのです。






世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます



 




補足

最後の文章の 

もしそれでもだまされたり、ひっかかったりする時は、それこそ過去世からのその人との業因縁がそこで消え去っていったもので、それも、自己の本心を輝かすために必要なことであったのだ、と思い思いし、世界平和の祈りを祈りつづけることである。

がわかりにくいと思います。

人に騙されるのも過去世において自分がその人を騙したので騙し返されている場合もあるのです。

その場合は、守護霊は助けてはくれないのです。

大難が小難にはなるもののやったことはやりかえされるという宇宙の法則を変えることは出来ないからです。

業(業因縁)の消し合いとはそのことです。

しかし、そこで騙されることによって過去の因縁は消え、善い方向へと向かっていくのです。

だから騙されるのも騙されないのも全部肉体人間ではわからないことだし、自分で判断しないで神様(守護霊、守護神)にお任せしたらいいんですよね。

余計なことは考えなくていいのです。



  

2010年9月 6日 (月)

死んでしまえばそれまでか

  
  
 
ある日の日々の祈り



人間とは五十年、六十年、この社会に生存していて、あとは灰になり無になってしまうものと思っている。

死んでしまえばそれ迄のもの、と思いこんでいる。

果して人間は肉体の滅亡をもって、最後の終止符になるのであろうか。

私は即座に、いな、と答える。

なんとなく偶然にこの世に生まれ出て、食べたり飲んだりして肉体を維持し、ただなんとなく、社会生活を営んで、妻をめとり、夫に嫁し、子を生み育て、そして死んでゆく。

人類の大半はこのような生活を繰り返し繰り返して、今日に至っているのであるが、このような生き方ではあまりにも無意義であり、無目的でありすぎる。

これではすまない、と何か漠然とした不安定の想いが、その大小にかかわらず、人々の胸の中を去来しているのではなかろうか。




  
           『日々の祈り』 五井昌久 白光出版








感想


人間とは五十年、六十年、この社会に生存していて、あとは灰になり無になってしまうものと思っている。


そうですよね、5、6十年生きて、長生きして百年生きたとしても、ただなんとなく他の人と比べて可もなく不可もなく

それでいいんだ と

平々凡々の一生を送ったとしたら

死ぬときには、死への恐怖だけが残っている

死後の世界がどうなっているのかがわからないので、追求していなかったので

「怖い怖い、死にたくない、死にたくない」

という想念だけがある。

あまりにも悲しいですよね。

死後の世界がわからないから死と直結していると思っている病気が恐い、車に乗るのも事故で死ぬのではという恐怖から怖くなる。

だから、生きていることも恐くなる
 

自分の人生はこのままでいいのか?

と考えるのはごく自然なことなのです。

真理を追究するのは、真剣に生きている人は当然知りたいことであると思うのです。

これから精神文化、精神世界の時代になっていきます。

それは死とはなにか、生とはなにか

という真理を真剣に求めてゆく時代なのです。



  

  

死とは霊界への誕生である

  
  
  
ある日の日々の祈り



人間世界におけるすべての不安の根底は死の恐怖にある。

いかなる種類の苦しみに直面したとしても、死への恐怖を超越した人にとって、その苦しみは心の痛みにはならない。

死は人間にとっての終りなのか、転移なのか。この謎に解けることによって、人間の進歩は一段と早まるに違いあるまい。

人間は肉体消滅によってなくなってしまうものではない。

死とは幽界、霊界への転出、誕生なのである。

死ぬことを往生(おうじょう)といったのはこのことを昔の人は知っていたからなのである。

人間とは肉体ではなく、霊そのものをいう。

肉体とは霊の容物(いれもの)であって、霊の心のままに行動するものなので、ちょうど自動車が運転手によって走っているように、霊の運転によって種々の行動をするのが肉体なのである。




   
        『日々の祈り』 五井昌久 白光出版


 


 
感想


最後の霊の運転によって行動するとありますが、車(肉体)が無くなっても、運転する人(心、魂)は残る(生き続ける)わけです。

肉体の消滅(死)とは、この車(器)が無くなることであり

今迄は車の中でしか行動できなかったのが、そのよろいから開放されて色んな世界へ行ける自由な体になれるのです。(どこへでも一瞬で行けるのです)

体とは肉体だけでなく、幽界には幽体があり、霊界には霊体があり、神界には神体があります。

肉体以外の体とは、目にみえないエネルギー体のことです。

波動体ともいいます。

私たちは目にみえないものは存在しないと決めてかかっているのです。

しかし、空気がみえないように、心というエネルギー体も見えませんがある(存在する)のです。

死とはなにか?をハッキリ知っている人は、死を、自由自在心になれる、肉体という鎧(よろい)からの脱皮だとわかっているので、悲しいことどころか嬉しいこと、喜ばしいことだと思っているのです。

真理を知っているのと知らないのではそれこそ雲泥の差なのです。

しかし、他の人が人の死を悲しんでいるのに平気にしているというのではなく

他の人と同じように悲しんではいるのですが(涙も流します)

心の中ではその人が無事に

幽界を経て、霊界、神界に行くことを祈って差し上げているのです。

悲しみの中にあってその渦の中には入っていない。(感情に振り回されてはいない)

冷静に相手の人の魂にとって一番いい方法をとっている

そんな人が霊覚者であり、聖者、賢者なのです。


アセンションとは肉体の死とは何か?

をハッキリとわかる人が増えるということです。

死という恐怖を超越するようになる

死を喜ばしいこと(他の世界への旅立ち)なんだと悟ることなのです。




世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)


  


追伸


でも生きるこが嫌になった死んだ方が楽だといって肉体の死を選んだ人は肉体界の天命をまっとうしていないので、幽界に行ってまた厳しい修行が待っているのです。

死とは自分で選ぶものではなく、自分の魂の親である守護霊守護神に任せてしまいその結果は本人はあずかり知らぬものです。

生き続けるのも死ぬのも肉体人間の意志では決めることではありません。

生き続けるのなら肉体界で一生懸命に生き

死んだのなら幽界、霊界、神界でも一生懸命に生きる

どちらにしても一生懸命(生命を輝かせ続ける)に生きるのには変わりはないのです。



  


 
 

2010年9月 4日 (土)

心に響いた言葉

 

1. 「魂が入ってなければ宝物ではない 」


2. 「本ものは消えない 」








 
感想

どちらもNHKの朝ドラ、ゲゲゲの女房でのセリフなのですが、私の心に響いたのです。

私たちは物(物質)は死んでいると思っています、しかしどんなものであれ生きているのです。

以前、人間の心も肉体も波動体で出来ていると書きました。

心を精神波動、肉体を物質波動といいます。

心の波動は細かく、肉体は粗いのです。

だから心は見えなくて、肉体は見える。

その他の目に見える物質も波動の粗いエネルギーが集まっているのです。

それは、陶芸を想像するとすごくわかりやすいのです。

ろくろを廻しながら自分の意志(エネルギー)を粘土に込めてゆく、壺を作りたかったら壺という意志を持った物質波動体になるのです。

茶碗であったら茶碗の波動体、花瓶であったならその人の想念エネルギー(イメージ)が茶碗や花瓶を創る。

想ったことは実現する・・・・。(これって凄いことですよね)

つまりその物には心、魂がこもっている、入っているのです。

心を込めて作ったものは、心に響きます。

おばあちゃんの握ってくれたおにぎりが美味しいのは愛というエネルギーがおにぎりにこもっているからですよね。 おにぎり わーい(嬉しい顔)

物(物質)から出るエネルギーが私たちの心に伝わって来るのです。

創っている人の気持ちがこもっていたのなら

それは伝わるのです。

生きているのです。

物質であっても精神波動が流れている。ぴかぴか(新しい)

だから魂が入っている物は人間の心と同じなのです。

交流することが出来るのです。





2.の 本ものは消えない! は、鬼太郎の人気がなくなってしまって、スランプに陥った水木しげるに対して昔の古本仲間が言った言葉なのですが

“いくら売れなくなってしまったとしても、世間に受け入れなくなってしまったとしても昔情熱をかけて、魂を込めて描いた作品は死んではいない”

と言った場面でした。



贋物は消えてゆく(淘汰)されるけど、本ものは消えない

なぜ消えないかというと魂が入っているからなのです。

心がその作品には入魂されているからなのです。

その心が純粋(ピュア)であれば、絶対に消えることはない。

底辺に愛が流れていれば消えることはないのです。

その心は神界から来ているからです。

神さまの世界から来ている・・・・・・。


ベートーベンやモーツァルトもそうです、何百年何千年経とうと神界(本当の世界)からの調べ(波動)は、消えずに脈々と生きつづけているのです。

水木しげるの作品(売れなかった)は世間に認めらなかったとしても日の目をみなかったとしても全く消えてしまうことはないとこの古くからの友人は語っていたのです。(いつかは認められるときが来る)


その言葉は、やはり光輝いていました、水木しげるが本物であったことを確信することが出来た数少ない友人だったのです。


本物を追及している人にとってこれくらい嬉しい、ありがたい、いや感動する言葉はないのです。涙


私も自分なりに本物を求めています。

そしてその本物(真理)を広めようとしているのです。

ある種、共通のところがあるので

「本ものは消えない」

という言霊は、心に響くのです。

余談ですが

本ものは消えないとは人間は死なないということでもあるのです。

肉体は無くなっても(滅びても)

本ものの心(魂)は永遠に生きつづける

このことは仏教でいう

「空即是色」でも語っているのです。






世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)





 

2010年9月 2日 (木)

親子、兄弟は分かり合えないと思え

  
  
   
なんか偉そうなことをタイトルで書きましたが、親子とは?兄弟とはお互いに理解するために存在しているのではないのです。

それはどういうことかと申しますと人間として生まれて来るときに、親子、きょうだいは、お互いの因縁生を消しやすくするために、近い場所にいたり、血縁関係でつながっているわけです。

もっと詳しくいえば、前世では、一番仲の悪かった犬猿の仲であっただりとか恨みを持って殺し合いをしたような関係の人が現世では親子になるのです。

なぜそうなるか?

それは因縁生が深ければ深いほど、過去世での摩擦が多ければ多いほど魂が磨かれやすいからです。

ダイヤモンドの原石を磨くのにそれよりも硬い(厳しい)ダイヤで削るようなものなのです。

親や子やきょうだいが、自分のことを理解してくれて支持をしてくれる人ばかりであれば居心地は良いのでしょうが、そこで摩擦がなければ、魂の成長は少ないのです。

そしてその相手とは、過去世で恨みを持っているのでいつかは想い出し、そのときの恨みつらみをぶつけて来るのです。(初めは仲が良い関係でも後から悪くなることがあります)

それが反抗期になることもあるでしょうし、ちょっとしたことがきっかけで断絶したりもします。

しかしそこでかわいさ余って憎さ百倍になったりだとか目には目をなどの仕返しをしたのでは、魂を磨くことにはならないのです。



そこで3つ前に書いた日記の愛について

*愛のキャッチボール* に出てくる文章を抜粋してみます。


肉体を持った人間から愛されなくては心がすまない、というのではなく、そうした想いは捨てきらなくてはいけません。


実に厳しい文章ですが、その通りなのです。

他人に自分のことを愛して欲しい、わかってもらいたい、と望むことは真理から外れているのです。

人と人とは愛していくことはもちろん大切なことなのですが、自分の方から愛してもらうことを望むのは間違っているのです。

それは、本当の愛とは、因縁生を超えたところにあるからです。

因縁生、つまり過去世で起こったことのお互いのあらゆる出来事、もつれあい、恨みつらみ、どろどろとした感情、それらのことをすべて許して、おまけに相手に尽して、過去世であったことを大きな包み込むような慈愛にかえてしまわなければ因縁生は消えていかないのです。


そこで相手は因縁生を消してもらおうとあなたにぶつかって来る。

感情的になって怒りを露わにしてくる。

他人にはみせない潜在意識に溜まった面をあなただけに見せてくる。

それはあなたがその因縁生を受け止めて消してくれることが本能的にわかっているからです。

それは、あなたの方が魂が古いからです。

立派だからです。

真理がわかっているので、精神的に強いのです。

だから相手の業想念を受け止めることが出来るのです。


時々会う友人や知り合いなら業をぶつけることが少ない

親子やきょうだいなら毎日、魂のぶつけ合い、磨き合いができる。

だからそのようになるよう、守護霊様、守護神様が組み合わせて天界から降ろして下さったのです。

ですから、親子とはきょうだいとは

お互いを理解するために生まれてきたのではないのです。

魂の磨き合い、削り合いと言った方がいいのかもしれません。

それも正確にはお互いではなくどちらかが一方的にぶつけて、ぶつけられた方はそれに耐えて、そこから真理を学んで、それから相手を赦すというのが真実なのです。

真理を理解した人は、神さまの心境、つまり菩薩心になるので、光輝いてくる。

その光を浴びて相手も真理に目覚めてくるのです。(覚醒する)

キリストのように自分が張り付けになっても相手は真理をしらないのだから許してやってくれという心境になってはじめて、本当の愛になるのです。

自分がこんなに愛しているのにあの人は私を愛してくれない

などは、厳しいようですが、本当の愛ではないのです。

テレビのニュースなどを観ると親子で殺し合いがあったりだとか、きょうだいのいさかいが絶えません。

それくらい肉親の関係は因縁生が深いのです。

現世だけでは、理解できないことがたくさんあるのです。

親子、きょうだいが仲良くやっていけることに越したことはありません。

もちろんその方がいいに決まっています。

でもそれは真理を理解した上でのことです。

親子、きょうだいは因縁生を消すために、魂を磨くために生まれあわせてきた。

だから・・・・

お互いを理解しなければならない

仲良くならなければならない

分かり合えるようになりたいとか

は違うのです。

それは、無理なことなんだ (自分とは違う人格者だと思うことです) と一旦、あきらめてしまうことです。 (あきらめるとあきらかになる)

それよりも相手を赦す

相手を大きな愛で包み込むことに意識を持って行った方がよいのです。

あなたを本当に理解してくれるのは肉体の人間ではないのです。

あなたの守護霊、守護神様だけなのです。

なぜなら守護霊、守護神様は本当の魂の親だからです。

肉体界(この世)の親子やきょうだいは仮の親子であり、仮のきょうだいなのです。


 



  

  

本当の愛を行じたい 2

  
  
 
  
 * 一つの秘訣 *

 


そこで、私たちはひまさえあれば、守護霊さま守護神さまを呼びつづける、これが守護霊、守護神さまと一つになる第一の秘訣です。

そうしますと、つねに私たちは神さま方に見守られているんだ、という安心感が生まれ、その安心感が心に余裕を与え、その余裕が人々をゆるす愛の行為になってゆきます。

まず愛の行為は相手の行為を許すことから始まります。

人を決して責め裁いてはいけません。

相手がどんなに悪いことのようにみえても、どんなにひどいこと、言葉をかけてこようと、相手は相手なのです。

自分は自分なのです。

相手がいくら悪いことをしようと、相手がやったから自分もやっていいだろう、自分もやらなければ損だ、ということはないのです。

相手には相手の運命があり、過去世があり、相手の消えてゆく姿があるのです。

そこにまきこまれて、自分の品格、霊性を低くしてまで、相手に同調することはございません。

低い波、荒々しい波には、フッと気がゆるんだ時には同調しやすいし、またその波に入るのは簡単です。

けれども、そういう波を、細かい波に引き上げる、細かい美しい神さまの愛の中に入れるということは、大変むずかしいことですけれども、私たちの一つの役目でもあります。

そこには忍耐や努力や、自分の感情を殺した思いやりの心がなければなりません。

きびしい試練があって、相手もいきいきとし、自分もよろこびいきいきとする、そういう自分でありたい、と私は願っているわけです。


皆さま方ご家庭をお持ちになり、お家にお帰りになると夫や子供、ご両親がいらっしゃいますでしょう。

どういう想いで今迄その人たちに接して来たか、自分の感情を満足させるために、愛を投げかけていたのではないか、改めて反省してみる必要があるのではないでしょうか?

自分が疲れて帰ってきて、疲れたなァ、ねむたいなァ、と思っても、相手がまだ食事をしていない、という時、自分をさておいて、相手のために力をふりしぼってやってさしあげる。

感情がイライラしている時にでさえもそれをおして実行に移した時、本当の愛を投げかけた時、自分の苦しみとか悲しみとか疲れなどそこには存在する筈がないのです。

神さまからいただいた愛をエネルギーとして、相手のためにつくすわけですから、そこまで行えばかえって、自分が疲れているという段階を通りこして、ほんとうの喜びが自分に帰ってくるわけです。

その喜びが知らないうちに自分を癒してくれるわけです。

私たちは肉体が先にあるのではないのです。

精神が先にあるのです。

精神の苦しみや悲しみや辛さ悩みが肉体にひびくわけです。

肉体をかばおう庇おうとするのは後まわしです。

 

 


* 頭でわかっても何故行じられないのか *
 



私たちは、愛を行じなさい、とそれは何千回何万回と聞いております。

頭の中ではわかっています。では何故行動に移せないんでしょう。

それは過去世から積み上げてきた潜在意識、自分の肉体を守ろうという自己保存の本能意識が潜在意識となって溜まっているからで、愛を行じるという想いが潜在意識の底の底までしみ通らない限り、なかなか行動に移せないのです。

頭の中でわかったというのは、行動に移せたとしても長つづきはしないわけです。

お話しを聞いた時、よしやろう、と思って燃えた精神が一日は持続します。

今日から決意をして勇気りんりんとやろうと、一日でもつづいてくだされば、私の役目もたいしたものだと思います。


けれど、それが十日一ヶ月と、つねに反省して本当の愛を投げかけるということは持続できないものです。

というのは、潜在意識の奥まで “愛” というものがしみ通っていないために、肉体を通した行動、自分の口から現われた言葉として出てこないのです。

潜在意識といいますのは、自分では全く気がつかない。

自分にこんなことがあるのか、こんな想いがあるのか、という、気がつかない間に出ている想いです。

だから強いていえば、自分に責任があるようなないような、潜在意識のせいにされると、なんか救われたような、それでいてなんとなく罪意識を感じるような、ヘンな意識です。

それは過去世から作り上げられ、自己保存の本能のもとに形づくられてきた想いの溜りです。

しかしこの潜在意識も、消えてゆく姿で世界平和の祈りを行じつづけてゆけば、だんだんと減っていきます。

それがまた守護霊さまと自分との距離感をちぢめたことになります。

ちぢまりますと、なお一層守護霊さまのお働きが力強くなり、潜在意識の悪いものを減らして下さいます。

夢とか病気とかちょっとした怪我とかで、どんどん減らして下さいます。

減ってゆくのに比例して本心が光輝いてゆきます。


だから私たちは徹頭徹尾世界平和の祈りを祈りつづけ、消えてゆく姿を行じつづけることが、一番よい方法なのです。




  
      西園寺昌美 「愛について」 白光誌9月号より  


 
   



 
感想


わかっちゃいるけどやめられない

自分を変えようとするのだけど元のダメな自分に戻ってしまう


それは、根本、原点、つまり本当の自分は光輝いているのに、愛深いのに、全然ダメではないのに、過去世からの潜在意識が邪魔をして違う自分になっているからなのです。


本来の素晴らしい自分に還りたい

輝いた自分になりたいぴかぴか(新しい)

のなら

その光を遮っている、遮断してしまっている業想念、潜在意識を消し去るしかないのです。

それができるのが守護霊、守護神さまなんですね。

守護霊守護神と一体となって愛を遮っている暗雲を消し去ることが、本当の愛を得る、そして行じることが出来るようになる、一番のメソッド(方法)なのです。





守護霊守護神と一体となる祈り言霊

 

世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます




  




  

2010年9月 1日 (水)

まずはビジョンを持とう!

  
   
  
私たちが若い?頃(数十年前)は

「目標を持て!」

「目的はなんなんだ!」

「ビジョンを持つんだ!」

それが仕事であれ、夢の実現であれ、成功するためのものであれ

人間が生きてゆくためには必要不可欠と言われたのです。

でも単に

「カッコいい車に乗りたい!」

だとか

「大きな家に住みたい!」

では人間は動かないことがわかってきた

もっと心の底を揺さぶるような

感動するものがないと人は目的を最後まで成し遂げるまで頑張られない、努力しつづけられないことがわかってきたのです。

だから目標、目的、ビジョンを持つことに代わるものを模索しだしたのです。

日産のゴーンCEOは、コミットメントを使うことによって社員の気持ちを高めようとしました。

コミットメントとは、責任を伴う約束のことであり、目標達成(約束)が果されないとペナルティー(プレッシャー)を加えたのです。

もちろんペナルティーだけでなく、達成したときのご褒美(報酬)も与えました。

気持ち(モチベーション)を維持、持続させるためには色んな手法があるのですが私たちはやはり初心に帰ってモチベーションを持つことがよいと思うのです。

それはなんでもいいのです。

「友達を作りたい」

「スリムになりたい」

「自分で自由に使えるお金を稼ぎたい!」

「好かれる人になりたい」

精神的なことでも物質的なことでもなんでもいい

そのことに集中して、成功するくせを付ける

「頑張ればなんとかなるんだ!」

「想いつづければ実現するんだ!」

という真理を識ることがとても大切なことだと思うのです。

小さなビジョンならば、達成するまでに時間がかからないかもしれない、小さな努力で成ることかもしれない、続けることで成果のプロセスが目に見えてわかるかもしれない

そのことに集中しているので、悪いこと(余計なこと、流されやすいこと)に意識がいかない等

色んなメリットがあると思うのです。

ソフトバンクの孫さん

ユニクロの柳井さん

このお二人に共通していることは

「ビジョンが明確だった」

のだそうです。

そんなこと

当り前じゃないか?

と思いますよね。

でも、当り前のことをする

夢(ビジョン)を持つ

ことは、いつの時代もとても大切なことだと思うのです。

そしてそこから感動するものへと変化していくと思うのです。


なんだっていい♪

まずはビジョンを持ちましょう!









追伸


今の若い人たち(大人も含めて)は目標を持っていない人が多いと思うのです。

だから流される、怠惰になる、甘える(自分でやろうとしない)

それを打破するには、小さな目標でもいいから達成感を持つことが大切だと思うのです。

「ビジョンを持つことはいいことなんだよ」

この一言でいいと思うのです。

生きる目的を探している人はピンと来るはずなのです。


 

  

本当の愛を行じたい

  
  
  
私たちは常に何かと戦っています。

それに勝てば、心は喜び、安心、安定し、幸せ感に浸れます。

でも、負けてしまったら、またそこから葛藤が始まるのです。

その何かは何かというと愛だと思うのです。

愛が薄くて、怒りや妬み、恨みなどの感情が勝ってしまったら

愛が負けてしまったら

私たちは、情けなくなって

どうしてもっと寛容に、大きな愛になれないのかと自分を責めてしまうのです。

そして自分を赦せない気持ちは、相手にも向けられていく・・・・。

その繰り返しです。

“本当の愛” がわかっていない

自分のものになっていないからです。

本当の愛を識るとは、自分を識ることです、真理を識ること、そして神を識ことになります。

西園寺昌美さんの愛についての文章が白光誌に掲載されていました。


抜粋してみます。



  




 * 本当の愛を行じたい *


愛といいましても、神さまが人間を愛する慈愛、人間が神さまを慕う愛、親子の愛、夫婦の愛、友人間の愛、恋愛、そして国家愛、人類愛とありますが、私は五井先生の大きな大きな慈愛に育まれまして、今日このように丈夫にならせていただきました。


昔はご飯もあまり食べられず、食べられてもすべて戻してしまうという状態で、その間心臓発作を起こして倒れたり、霊的に波を受けて体が長い長い間硬直したり、よく生きてこられたものと思います。


五井先生は個人指導、統一会、原稿書き等、ご多忙の中を、夜中の二時、三時までお祈り下さってお浄めして下さいました。


お食事の時間になって周りの人が “お食事をどうぞ” と申上げても“この子がこんなに苦しんでいるのに食べられると思う?私のおなかに入ると思う?考えてごらん” と昼食をぬかれ、お夕食もぬかれて、なんにも召し上がらないで、つきっきりでお祈りして下さり、私が一口食べられるようになると “じゃあ頂こう” と召し上がられるのでした。


ご自分のことなど微塵もお考えにならない。ご自分の肉体、感情なぞ、一切投げすてて、人のために尽くされる。

そういう五井先生のお姿を拝見していて、自分をなくさない限り、本当の愛を現わすことはできないのだ、としみじみわかりました。


真実の愛を行うことほどむずかしいものはございません。自分の過去をふりかえって、反省した時、果して自分の心を捨てきって無にして相手に尽したか、相手を喜ばしたか、相手を生きいきとさせたか ━ そういう真実の愛を行じた方は本当に少ないと思います。


自分の喜び悲しみではなく、相手の喜ぶことを喜びとし、相手の悲しむことを悲しみとし、相手が幸せになるのを無上の喜びとしつづけられるのがほんとうの愛なのです。

そういう愛が行じられる方がこの世に住んでいらっしゃれば、神さまと同じ状態を保っていらっしゃるわけですから、その人をみるだけで浄まり幸せになると思います。


真実の愛をすべてにおいてなしつづけていくということは、現在の私たちに無理かもしれませんが、一年の間に一回でもいいですから、そういう愛を行えるところまで、自分の愛を高めてゆくことが大事だと思います。





* 愛のキャッチボール *



夫婦の間でも相手が憎らしい、やっつけたいと思ったら、もうそこには愛がないわけです。それが苦しくても悲しくても辛くても、侮蔑(ぶべつ)をうけた状態であっても、自分がそれによって感情を爆発させては、自分が傷ついてしまいます。


それは相手が消えてゆく姿を出している状態なんだ、と自分で納得して、それもよし、相手が自分にそういう想いを出すことによって満足するなら、自分はそれを喜んで受けましょう、と神さまの中に入れてしまう。


これは愛でもって受けとめ、思いやりを相手に返したことになります。

そうしていけば相手はどんなに浄まってゆくことか。

知らないうちにトラブルがなくなってゆきます。

消えてゆく姿で受け止めて、世界平和の祈りで神さまのみ心の中に入りこんでゆく。

そうしてゆきますと、自分が一廻りも二廻りも大きくなります。

大きくなりますと、本当の愛を行い得るようになります。

つねに相手がこういっていた、といっては怒り悲しんでいたのでは、本当の愛は生まれてこないのです。


真実の愛にはある程度自己犠牲が入ります。自分の苦しみ悲しみをある程度おさえて、犠牲的精神で相手に尽そうという気持ちがなければ出来ないわけです。

相手を本当に生かす、喜ばすということはむずかしいことですが、本当に生き甲斐のある、こんなに素晴らしいことはありません。


自分を犠牲にしたとか、感情をおさえて相手につくすのでは、まだこの世的な愛であります。


肉体を持った人間から愛されなくては心がすまない、というのではなく、そうした想いは捨てきらなくてはいけません。



 

* 守護霊さまとの距離をちぢめる *


 
そうなるために、私たちはまず守護霊さま、守護神さまと一体になることです。

守護霊さま、守護神さまは私たちを本当に愛して下さっています。

無限の愛を与えて下さっています。

私たちはその自覚がないから、お互いに肉体を持った人間から愛されないと、愛の言葉をかけてもらわないと、愛されてないとか、他人がこうやったからこうなんだ、せまい感情で自分を傷つけ相手を傷つけて、それがこんがらがって面倒くさい世の中になっているわけです。

ですから私たちは守護霊さまと肉体人間との距離感、間隔を出来る限りせばめてゆくことが第一の条件です。

その間隔が私たちを不安にさせ、悩みを感じさせ、悲しみを感じさせるわけです。

守護霊さまと自分との距離が遠ければ遠いほど自分の悩みも大きくなるわけです。

守護霊さまと自分との距離が近ければ近いほど、生活の中にいつも安心しきって、調和に充ちた、そして他人の喜びを喜びと感ずる幸せ感、本心が現れてくるわけです。

距離感をなくすことによって、はじめて本当の愛が自分の心の底からにじみ出て、愛の言葉となり、思いやりの言葉となり、行動となって人々に及ぼすものです。

ですから自分と守護神守護霊さまとの距離が離れていて、愛の行動をしよう、愛の言葉を投げかけようと思っても、それは偽善に終ってしまいます。

ですから、まず、私たちは守護霊さま守護神さまに愛されているんだ、神さまと一体なんだと心の底から思えるようになることです。

そしてどんなに苦しいこと、恐しいことが自分の前に現れてきても、それは過去世における自分の行為が、今現れれて消えてゆくんだ、神さまどうぞお許しください、どうぞお助けください、世界人類が平和でありますように、とお祈りした時には、過去世の潜在意識が消えていって、輝く光の たま になるわけです。




                 つづく



      
            西園寺昌美 白光誌 9月号より




   


  

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