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2010年8月 3日 (火)

日々の祈り (まことの愛)

  

8月3日の日々の祈り



愛の心から憎悪の想いは絶対に生じるわけがなく、つねに光に充ちているのです。

愛するということは、光を他に与えることであります。

神様はすべてを与えっぱなしに与えつづけております。

そして何ものからも、その報いを受けようとはなさっておりません。

愛とはそうした神のみ心であります。


人間は愛の行為によって、神のみ心と一つになり得るのです。


その愛の行為のうちで、最も高いとされているのが、神を愛する心、信仰心なのであります。

神を愛するということはどういうことかというと、神の実在を信じ、そして仰ぐとともに、神のみ心を行為にうつして生活してゆくということであります。

真の愛には裏表はないのです。





  
              「日々の祈り」 五井昌久 白光出版

 


 

感想


今日の日々の祈りは、すべての文章にうなってしまうのです。

私の場合のうなるとは共鳴して心がビンビンに響く感じです。

神様は与えっぱなしでそれでいて何も求めようとはしない、

男女の見返りを求める愛は、愛なんかじゃない! 愛と呼ぶのが恥ずかしくなるような気がしてきます。

でもそんな人間も純粋な愛を求めていて感動的な場面に出逢うと歓喜の美しい涙を流すのです。

人間は素晴らしい!

と実感する瞬間ですよね。

人間とは神と動物(つまり感情の生き物)の間に生きている、だから人ではないといわれています。

人とは人(霊止)という意味で、神霊が宿っているのが本当の人(霊止)なのです。

だから人間と人とは違う。

私たちは人間から人(霊止)になるために生きている。

つまり神である自分を顕すために生まれて来たのです。

それは本当の愛を体験する度に本来の自分が輝いてくるのです。ぴかぴか(新しい)

奥にある光が表に現われて輝き出すのですね。ぴかぴか(新しい)


そして愛には裏表がない

「あの人は愛せるけど、この人は愛せない」

は違うのです。

すべての人、神様が創ったすべてのものを愛せるようになる


そのような心境になって

はじめて

神様と一体となるような気がします。


世界平和の祈りは

そのような大きな心になるための祈りなのです。

とてつもなく大きな(無限)心と共鳴する祈りなのです。






世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます



  


  
 

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