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2010年8月 4日 (水)

神のみ心の中に入る 2

  

  
いい人だけでは足りない

 


○○党などにもとてもいい人がいる。いいことをしています、人も救っています。

だから、神さま、神さまといっている人よりも、いい人間がいっぱいいるということが随分あるわけです。

ところがそれだけでは、本当の善さにならない。

何故善さにならないかというと、神さまを知らないで、ただいい行いだけの在り方だけだとすれば、いいことをしたつもりで、悪いことをしているかもしれないのだ。


いいですか。

いいことをしたつもりで、人を救ったところが、人にお金をやったところが、かえってその人が悪いことをしちゃう、お金をもらったけれど、安易になって、それで悪いことをして、地獄におちてゆくかもしれない。

いい行いはしているように見えるけれども、実は自己満足なのです。


自己の心が満足するために、人に物をやったりする。


それで自分はいいことをしたと思う。

片方の人にいいことをしたことが、片方に悪いかもしれない。

○○党のやり方なんかそうですね。

この人たちのためによくする、といって、片方を敵とするでしょう。

そうすると相対的な敵をつくるわけですね。

調和じゃなくて、敵をつくっているわけ。

だからいいことではない。

片半端になっちゃう。

だから、いい行いとしているから、いいというだけじゃないのです。

まだ足りないのですよ。

ここはとても大事なことで、これは質問が出てくるところです。

前生の因縁的にいいことをするんじゃダメなのです。

前生の因縁とか、三界の肉体界の業想念を捨てて、その上で、いいことをしなければダメなのです。

それにはどうしたらいいかというと、一遍、肉体人間じゃだめなのだ、神さま ━ といって、世界平和の祈りにのって、神さまの中に入りこんでしまって、神さまのほうから、自ずから、自然法爾、ひとりでに、いいことが出来るような、力まないでいいことが出来るような、力まないで行動が出来るような、そういう人間にならなければ、それは悟った人間とはいえない、悟りの道じゃないんですよ。




                   つづく



       
            「不動の心」 より  五井昌久



              







感想


いい人といっても前生で悪いことをしたことへのつぐない、埋め合わせとしてそうなっている場合がある。

そして自分ではいい事をしているつもりでも本当に相手の人のためになっていない、自己満足に過ぎない。

本当にその人のことを想ってするのならば、それをすることによって相手の人の魂が成長するのかをずっとずっとみて行かなければならないのです。

自分では助けたつもりでもかえって相手を甘えさすこともあります。

自分の子どもを甘えさせたために子どもを自立させることが出来ず、親も(自分)子どもも不幸になっているケースは枚挙にいとまがありません。

そして相手を守ると同時に敵をつくってしまうこともあるのです。

何が善で何が悪かがわかっていないのに

自分の愛する人の敵というだけで簡単にその敵を攻撃してしまう。

人と人との争い、国と国との争いもそういう根拠のない感情が発端となって始まっているのです。

肉体人間とは感情で生きる動物なのです。

どうしようもない凡夫です。

だから

「肉体人間のままだと救われようがないんだ」

とはっきりわからないと次へ進むことは出来ないのです。

法然さんや悟った人たちは業にまみれたどうしようのない人間と、本心とつながった光輝いている本来の人間の区別がはっきりとわかったのです。

だから神さま、仏さまに自分の想念のすべてを預けようと思った。

光輝いているところにだけ意識を向けようとした。

そうなってはじめて自然の行為ができるのです。

自然の行為とは自分が本心とつながってその本心が肉体の器にそのまま降りて来て頭で考えなくても勝手に体や心が動く状態をいうのです。


お釈迦様はその状態を 空 といいました。

人間は 空 になったときから第一歩が始まるのです。

それまでは空回り(輪廻転生)しているだけなのです。


世界平和の祈りは、自分の想念をすべて神さまに預けて


浄まった自分にきれいに洗濯して戴く方法なのです。


自然と 空 になれるメソッド(方法)なのです。




世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます




  


  

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