« 生命の法則 | トップページ | こう生きよう »

2010年8月23日 (月)

竜馬伝におもう

  
    
昨日観たNHKの竜馬伝について述べてみたいと思います。

近藤長次郎が自害しました。

放映されていることを事実だとすると竜馬を裏切り、仲間を裏切り、亀山社中のお金でイギリスへ行こうとした。

渡英は失敗し、社中の規則により切腹をした。

竜馬と長次郎の違いは何だったのか?

それは志しが違ったのだと思うのです。

竜馬の心の中は、日本を善くしたい、変えたいという理念しかなく、そこには自分がどうしたいという私心がなかったのです。

あったとしてもそれは、日本という大きなものの中に溶けこんでいたのです。

日本の中に自分が居た。

先日に私が “最近感動した言葉” に書いた竜馬の言葉

「私心があっては、それは志しとはいえない」

がそれを現わしています。

一方、長次郎は竜馬と同じく日本を変えたいという志しを持っていたものの

「自分がイギリスに行きたい」という自分がの我が勝ってしまったのです。

肉体的欲望が勝ってしまったのです。


そして、その私心が両者を分けてしまった。


私たちは

「自分を持たなければならない」

「目的意識を持たなければならない」

と教えられてきました。

でもそれが

肉体(目に見えるもの、物質を満足させるもの)を意識したものなのか?


国や地球や宇宙を視野に入れた大きな志しの中の自分であったり目的意識なのか?


はそれこそ雲泥の差、天と地ほどの違いがあるのです。


自分(欲望)を持つのではなく、持っているもの(業想念)をはぎ取っていく

そして、心の中を空っぽにしてスッキリさせる

その空になった状態で

自然と行う行為が本物なのです。

幽界のオバケちゃんに取り憑かれた(自我欲望を持った)状態の志しは

自分も周りのものも不幸にして行くのです。


つくづく自分をスッキリさせること

自分の我を大きなもの(宇宙)に入れること

の大切さを実感します。わーい(嬉しい顔)ぴかぴか(新しい)



   

  

« 生命の法則 | トップページ | こう生きよう »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/160971/36321271

この記事へのトラックバック一覧です: 竜馬伝におもう:

« 生命の法則 | トップページ | こう生きよう »

最近のトラックバック

2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  
無料ブログはココログ