« 続・如是我聞 | トップページ | 日々の祈り (憎しみは消えるのみ) »

2010年8月 1日 (日)

日々の指針 (愛の真実)

  
  
8月1日、日々の祈り


愛というのは、合、相という言葉と同じ意味を持っておりまして、自と他とが一つに合する働きをする時に、起る心の状態です。

神のみ心は、すべてを生みなしたるみ心なので、神のなかには、自と他という区別がないわけであります。

そこで神は愛そのものである、ということになります。

そのような神のみ心は、分霊である人間のうちにも働いておりまして、愛したい、愛されたい、愛せずにはおられない、という想念が湧いてくるのです。

そして、この愛の心が天にむけられた時、魂の内奥にむけられた時には、神への信仰、神への愛となり、人類社会に向けられた時には、人類愛になるのであります。




    
          日々の祈り 五井昌久 白光出版


 





 
感想
 

愛というのは、自分と相手の人の心が一つになったときに生まれる。

感動も同じですよね、自分の心が何かに動かされて、その何かと溶け合う、一つになる。

その時ほど至福の幸せ感を得られるときはないのです。

本当の幸せ者とはこの幸福感をどれだけたくさん味わったかではないかと思うのです。

同じ事に遭遇しても、それをただ通り過ぎるだけなのか?

感動で受け入れるかはその人の愛深さ密度の濃さによります。

愛の薄い人は感動も少ないのです。

幸せになるためには愛深い自分になることしかないのです。

愛深くなると神に近づいていく・・・・。

それは神(大自然、創造主)は、愛そのものだから

か~あ

み~い

アセンション(次元上昇)とは人間が神になるときなのです。




我即神也

人類即神也



  


 

« 続・如是我聞 | トップページ | 日々の祈り (憎しみは消えるのみ) »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/160971/35982654

この記事へのトラックバック一覧です: 日々の指針 (愛の真実):

« 続・如是我聞 | トップページ | 日々の祈り (憎しみは消えるのみ) »

最近のトラックバック

2017年2月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28        
無料ブログはココログ