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2010年8月22日 (日)

いちいち善悪を比較するな

  

  
ある日の日々の祈り


 
相手が悪い、自分は善い、と相手と自分をいちいち比較しているような想いでは、とうてい真実に相手を愛することはできないもので、相手も自分も、悪いも善いもすべて守護霊守護神の神愛のなかに投入することの練習が一番よい方法なのです。

自分のほうが善いと思ったところで、過去世からどれほど間違ったことをしていたかは、現在の自分にはわからないのであって、自分のほうが善い、と思うその想いは、ごく最近の出来事によるだけのものであるので、過去世からのその人の行為の何兆分の一かもわからないのです。

善い悪い等はいちいち自分で判断して、人を責めたり、自分を裁いたりするものではないので、自分は瞬間瞬間を神のみ心に波長を合わせつつ行為していればよいのであります。





     
          「日々の祈り」 五井昌久 白光出版





 
感想


この文章で過去世からのその人の行為の何兆分の一かもしれない とあります。
これは、過去世において自分が相手に対してほとんどひどいことをしてきて、自分は今生では何をされてもしかたがない関係になっていた。でも今生だけをみてみれば自分は悪くない。と言っているのです。

でも、トータルでみれば、1兆 : 1 で完全に負けて(善い悪いでは)いるのです。

完全に自分が悪い(かもしれない)!

しかし、そんな対比をして、分析してもしかたがないのです。

少し個人的な話になりますが、ある人と出逢ってすぐは、人間関係は上手く行っていたのに、途中からたいした理由もないのにギクシャクして、相手が怒って来ることがあります。

嫌われることもあります。

これは相手の人の心(魂)が、過去世のことを想い出したのだと思うのです。

でも、そうとは知らないので、

「何故なんだろう?」

と考えてしまう

分析してしまう

比較(善悪を)してしまう

でも、何千年前、何万年前に起こったことなんてわからないですよね。

考えれば考えるほどわけがわからなくなる・・・・・・。

そんな こんな

ああだ こうだ

と頭で考えてしまうことを

すべて宇宙に還してしまうのです。

そこからどうしたらいいか?

を天に預けて、戴き返してもらう

神様にすべてをお任せする

一番いい状態にして返して戴く

それが世界平和の祈りなのです。




世界人類が平和でありますように



   

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