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2010年8月19日 (木)

本心と業想念

  
  
  
ある日の日々の祈り


普通の人は、心は一つしかないと思っているのですが、私は一つの心、つまり神の直霊分霊として働いている心を本心と呼び、その本心の周囲を何重にも巡っている波動(ひびき)を想念と呼んでいるのです。

たとえば、本心の働きによって生命が滞りなく素直に活動していて、肺臓も心臓も胃腸も丈夫でいたとします。

そこへ癌で死んだ知人があったりすると

“ああ私も癌になりはしないか” とふいっと思います。

このような本心の働き生命の働きを、ちょっと疑うような心の動き、そうした心の動きを、私は心とは呼ばずに業想念と呼んでいるのです。

もっと端的にいえば、神のみ心に素直につながっている心だけを、心と呼び、神のみ心を離れた心の波動は、すべて想念と呼んでいるのです。





            
                        五井昌久





 

感想

ほとんどの人は、この本心と想念の違いがわからないと思います。

私もわかっていません(笑)

ただ、世界平和の祈りを祈り続けているときや、心を鎮めて、統一しているときにふっと浮かんでくる(頭からではありません)ことは、本心かな?


と思います。


でもすぐには信用せず、時(タイミング)を待ちます。


その繰り返しをしていくうちに本心がわかるようになるのだと思っています。



  
  

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