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2010年8月 2日 (月)

日々の祈り (憎しみは消えるのみ)

  
  

8月2日の日々の祈り


ともすれば、愛は執着の想いを伴いやすく、愛の心の流れが把われの想いで、一つところ、一つの想いにとまってしまうのです。

サァこうなりますと、愛することが苦しみとなり、愛されることが重荷となってきまして、神のみ心をはなれた、神のみ心のなかにはない、業想念波をまきおこして、そこに不幸や非劇が生まれてくるのであります。

愛と憎しみは裏表だ、愛の強い人は憎しみもそれだけ強いのだ、などという人もいますが、それはあやまりであって、愛と憎しみとは、全然種類の異なった想いで、愛は神のみ心の本質的な心であり、憎しみは神の中にはない、いわゆる実在的ではない想いであり、やがて地球界からなくなる、消えてゆく姿の感情想念であります。






 


感想


実は、アセンションするとは次元上昇して今迄とは全然世界が現われるとは、感情がなくなることを意味するのです。

お金が無くなるのもこれと深い関係があるのです。

お金は勘定です、感情とイコールなのです。

人間は感情を超えないと立派になれない、悟ることは出来ないのです。

いくら素晴らしいと言われている人でも、どんなに社会的に貢献している人だとしても、人を見下げるような言動をとったり、言葉を荒げて感情的になっている人を見ると

「あぁこの人はたいしたことはないのだなぁ」 と思ってしまうのです。

自分の気持ちをコントロールする、気持ちを鎮めることの出来ない人は3次元では成功したとしても宇宙から観れば、マイナスのエネルギーを振りまいて宇宙の調和を乱している人なのです。


宇宙(神)は、そういう人には、お釈迦様やキリストの持っていた神通力は与えないのです。

というよりその人が自由自在心にはなれないということです。


しかし今の話もやがては消えてゆくものであり、みんなが悟りの境地に達するのです。





  


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