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2010年8月23日 (月)

真愛の持ち主になろう

 
  
ある日の日々の祈り

 

自己の心に感じられてくる相手のマイナス面、嫌な言語動作、それはすべて業(カルマ)の消えてゆく姿であって、相手自身の生命(本心)から発しているのではない、ということが、瞬時に理解出来るようになれば、その人は深い真愛の持ち主ということになります。


愛の心とは、人間の業想念行為を把える心でも、相手の誤りを把える心でもなく、また、自分自身の業想念感情の満足や利点のために、相手と融合し、仲良くすることでもないのであって、ただ純粋素朴に、自己の生命が相手の生命と一つになることなのであります。


イエスキリストは全くこの愛を行じ得た聖者であったのです。


          *

真実の力は肉体自身にあるのではなく、神の中にある。






  
                   「日々の祈り」 五井昌久 白光出版






 

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