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2010年7月20日 (火)

続・如是我聞

  

  
  
1.肉体は過去の影にすぎない。現象に現われてきたものは、すべて“済んでしまったもの” なのである。
 



1.本ものというのは、文章や言葉ではない。その人自身が問題なのである。
 



1.何事も予言にむすびつけて解釈する人がいるが、予言など私にいわせればどうでもよいことだ。悪い予言ならば人を恐怖させるし、善い予言にしても、現実の生活に足をつけなくさせる。

だから今をいかに一生懸命生きるか、現在の自分をいかに生かすか、よくするか、これが一番大切なことだ。

  


1.人間は自分の利害関係に敏感である。そこから不平不満が生まれる。不平不満をなくすのは祈りより他はない。

 


1.肉体人間の生涯は、それが苦しみの連続であれ、楽しみの連続であれ、宇宙からみれば一瞬である。
 
 


1.今、あなたが苦境に立たされたら、あるいは大病をしていたら、大きい仕事をする前の波動調整だ、と思うことです。

 


1.苦しいこと、痛いこと、つらいことが激しければ激しいほど、それだけ業が消えて浄まっているのです。
 



1.肉体の自分がやっているんだ、と思ってるようなうちは、その人は大した人間ではない。
 


1.人間は肉体だけのもの、としか考えられない人は不幸だと思う。たかだか長くて百年という短い期間の中で、人をあざむいたり、人をおとしいれたりして栄華を尽くして何になろう。ふみつけられ通しの一生だとしても、苦しみの連続の生涯だったとしても、生命を汚さず、生命を生かしているものは、永遠の生命をすでに輝かしているものなのだ。



 

1.世界平和の祈りの大光明は、幽体、幽界の汚れを浄める力である。
 






                 五井昌久



  
  

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