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2010年7月22日 (木)

日々の祈り (大切な生きかた)

 
  
7月22日、日々の祈りより



現代の人は、真の人間(生命、霊)というものと肉体(想念)というものとを混合して考えて、相異なり、差異の烈しい想念行為の肉体個々人を平等に扱わなければ、生命の平等性を犯していると考えているが、これは大いなる誤りです。

今、赤子に生れたその時、すでに貧富の差があり、体力、能力の差が内包されているということは、過去世において、それらの魂が、いかに生命を輝かに純粋に生きたか、生命の光を蔽って生きたか、いいかえれば、真の愛の想念行為に生きたか、愛を離れた生き方をしたかの差異が内包されているということなのであって、この理を知らずして、いたずらに人類の平等、個々人の平等を叫んでも、決して、人類も、個々人も平等になり得ないのです。





   『日々の祈り』 五井昌久 白光出版





  
感想

これを読まれて、意味がよくわからないという感想を持たれる方が多いと思います。

同じ地球に生まれるのでも日本で生まれるのと貧しい飢餓の国に生まれるのと戦争のある国に生まれるのと

「どうしてこんなに違うのだろう?」と思ってしまいます。

決して豊かな国に生まれることだけが幸せではないのですが、どうしても魂の不思議さを感じてしまうのです。

これは前世というものを考えないととても腑に落ちることはないのです。

前世で自分が行ってきた想念(思うこと)行為(して来たこと)の結果で今の環境が与えられている。

蒔いたタネが、今という実になって顕われているのです。

そして厳しい環境に居る人は、自分が蒔いたタネを今刈り取っているのです。

違う環境に生まれてしまったら自分の魂を成長させる続きが出来なくなってしまうのです。

して来たことへの責任が取れなくなってしまうのです。

だから、わたしたちがその人たちの環境、境遇をみて、自分たちと比べて

「かわいそうに・・・・。」

と同情することではないのです。

同情してはいけないのです。

同情とはその人たちの魂を見下していることになるのです。

だったら放っておいたらいいのか?

それも違うと思うのです。

どうすることがその人たちの魂の成長にとって一番いい方法なのか?

相手の守護霊守護神の立場に立って

守護霊様、守護神様たちがかわいい子孫にどうしようとされているのか?

その計画を邪魔しないにはどうしたらいいのか?

を考えるのが同じ地球の人類として出来ることだと思うのです。

お金や物を与えるだけではないのです。

平等とは同じ光から分かれた分霊(わけみたま)という立場が同じということなんです。

現われた環境を平等にするということではないのです。




 
世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)

日本が平和でありますように

わたくしたちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます




  


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