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2010年6月17日 (木)

正しい判断が出来ているとき出来ていないとき

  
   
少し前のことなのですが、ある人と共通して共同してやっていることがありまして

このことは自分がやることではない、その人の役割りだと判断し

「そのことはお願いします」


と依頼したところ(メールで)

「自分には出来ない、あなたがやってくれ!」

と甘えてきたのです。

それで段々腹が立ってきて

「何を甘えているんだ、おかしいじゃないか、そんなことなら自分はやらない、勝手にしたらいいんだ」

と思い

その気持ちを相手に伝えようとしました。

でも

「明日でいいや」

と先延ばしにしたところ


翌日には昨日の感情は消えていたのです。


「そのことをするのはあの人には難しいことなのかもしれない」

「自分が協力すると言ったんだからやってあげたらいいんだ」

「それをすることが自分の役割りなのかな」


昨日とは全然違う自分がいたのです。


この心境の変化には自分でもびっくりしました。


即、行動に起していたのなら


感情のもつれから喧嘩になったり関係がおかしくなっていたかもしれない。



でも、どっちが本当の自分なんだろう?
 

答はあきらかです。


翌日の自分だったのです。


人間はやはり感情を越えなければ

まともにはならないのです。


ということは、感情的になっていないときは

正しい判断が出来ているか?

大丈夫だと思います。(断言は出来ませんが)

それも下丹田(へその下3.5センチ)に意識を置いて

世界平和の祈りと相手の天命を祈っているのであれば

万全です。わーい(嬉しい顔)指でOK
  

心が座っている、動いていない


不動心の “状態” だからです。


正しいという字は


天 = 一 なので


一(天)に止まると書きます。


つまり天(一)に対し心が動かないでいるのならば


正しい判断が出来ているということなのです。


感情的になっているときは(心が動いている動揺しているのです)

正しい判断は出来ていない(自分は絶対に間違っていないと思っていても)


だが冷静になって気持ちが鎮まっているときは、天(神)と通じているので心は “正しい状態” にあるのです。


私は


常に “正しい状態” でありたい


そう思った出来事でした。






世界人類が平和でありますように ぴかぴか(新しい)




無限なる愛

無限なる調和

無限なる平和

無限なる正しさ


  

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